社会調査の事例

Last-modified: 2009-10-09 (金) 12:00:32
■「中央調査報(No.588)」より
 

 ■ 家庭廃棄物(ごみ)に対する住民の意識と行動

 
東北大学大学院文学研究科  海野 道郎    
 環境問題が現代社会が直面している最大の問題のひとつであることは、論を待たない。私は、東北大学の文学研究科行動科学研究室の関係者とともに生活環境研究会を組織し、1989年以来、家庭廃棄物(ごみ)を中心として環境問題に関する調査を重ねてきた1。今回は、2005年10月~12月に実施した「家庭廃棄物(ごみ)に対する住民の意識と行動に関する調査」の結果の一部を紹介したい。
 

1.調査の設計と実施
 環境問題、とくに家庭ごみに関する市民の意識と行動を知ることによって、廃棄物政策の改善に貢献するとともに、人間行動と制度の関わりについての科学的理解を深めることが調査の目的である。この調査では、環境配慮行動やリサイクル行動の実態、および意識や属性との関連を明らかにするとともに、特に意識項目に関しては、ごみ問題に対する個人的な関心や、市のごみ分別制度の評価、ごみの有料化に対する意識を回答者に尋ね、さらに、それらの意識と実際の行動の関連などを分析した。また、異なる都市における調査データを分析することによって、ごみ分別制度の特徴や人間の意識がごみ分別行動を中心とした環境配慮行動の実行に与える影響を検討した。
 調査対象とした3都市(熊本県水俣市、愛知県名古屋市、宮城県仙台市)は、家庭ごみの処理に関して特徴的な政策を採用している都市である。簡潔に述べるなら、水俣市が全国有数の細かい分別制度を採用しているのに対して、仙台市では分別数が少なく市民への労力負担は少ない。名古屋市は、大都市でありながら比較的細かい分別制度を採り、住民への期待も大きい。
 調査対象者は次のように選んだ。まず、住民基本台帳をもとに確率比例抽出法によって各市1000名を選んだ。これには赤ん坊から老人まですべての市民が含まれている。次に、抽出された市民を宛先として調査票を郵送し、それぞれの家庭で「家事を主に担当しておられる方」に回答を依頼した3。調査票は、調査を委託した中央調査社の調査員が、郵送のほぼ1週間後に各家庭を訪問し回収した(一部は郵送)。有効回答は総計1772名(水俣市657名、名古屋市480名、仙台市635名)であった。回答者の特徴の詳細は紙幅の制約から省略するが、調査票を送付した世帯の中で「家事を主に担当おられる方」に回答を依頼したため、各市とも回答者の85%以上が女性であることに留意する必要がある。

 

2.ごみ分別は良いことなのか?
 ごみ分別行動の社会的有効性に関する3つの意見に対する回答を得た(図1)。ごみの減量に対する効果については半分弱の人が悲観的だが、最終処分場(埋立地)の延命に効果がないと考える人は各市とも15%しかおらず、この点では有効性を信じている。他方、「自分のやっているごみの分別は本当に環境に良いのか分からない」と思う人は、仙台と名古屋では4割前後なのに対して、水俣では2割強と相対的に少なくなっている。
 他の問いに対する回答傾向と考え合わせると、水俣市のごみ分別制度は、分別は手間や時間がかかり回収場所までの運搬も大変だと感じつつも、市民が細分化された分別方法の意味を理解し、分別が環境に対して及ぼす好影響を確信していることによって支えられている、と推測される。
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1
現在のメンバーは、海野の他、長谷川計二(関西学院大学総合政策学部)、篠木幹子(岩手県立大学総合政策学部)、小松洋(松山大学人文学部)、土場学(東京工業大学大学院社会理工学研究科)、阿部晃士(岩手県立大学総合政策学部)、村瀬洋一(立教大学社会学部)、中野康人(関西学院大学社会学部)、中原洪二郎(奈良大学社会学部)、工藤 匠(東北大学大学院文学研究科大学院生)である。研究会の活動については、以下のウェブ・サイトを参照。(http://www.sal.tohoku.ac.jp/behavsci/frame-j.html内

 

2
この調査は、科学研究費(基盤研究A)の援助を受けて実施した。なお、本稿は記者発表資料(2006年2月)に基づいている。

 

3
このような変則的な調査対象者指定を行うことによって、家庭ごみの排出量が世帯員数に比例すると仮定したときに、世帯の抽出確率がごみの排出量に比例したものとなる。

 

4
この調査の質問の多くは評定型の4選択肢である。図中『そう思う』という表現があるが、これは、4選択肢の中の「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」を合併したものを意味している。

 

家庭廃棄物(ごみ)に対する住民の意識と行動
3.ごみ分別は公共的なルールとみなすべき
 私たちの行動は、自分自身や周囲の人や制度に関するなどさまざまな要因によって決定されるが、ほとんどの人が、「他人はどう行動しても、また手間がかかったり快適さが損なわれたとしても、環境に配慮した行動をすべきだ」と考えていることが、いずれの市でも見出された(図2a)。
 環境の悪化につながる行動は法律や条令で厳しく規制されるべきかどうか、環境に配慮するかどうかは社会のルールとみなすべきかどうか、環境に配慮した行動をするかどうかは個人の判断に委ねるべきか、という問に対する回答からは、多くの人が「環境に配慮した行動をとることは公共的なルールであると考えている」ことが伺える(図2b)。
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4.ごみ問題の原因は住民のモラルと企業の姿勢
 ごみ問題が生じる原因について市民自身がどのように考えているかを尋ねると、3都市のいずれにおいても、「地域社会全体への影響を考えずに自分の都合を優先してごみを捨てる人が多いから」、「ごみ処理に関するモラルの低い人が多いから」という原因について『そう思う』と回答した人が約9割を占めている。このことから、ほとんどの人は、ごみ問題の原因の一つが住民のモラルにあると考えていることが分かる(図3)。その次に多いのは、いずれの市においても、「企業が利益を優先してごみが増えるような商品を生産し続けているから」という原因で、多くの人は企業の利益優先的な姿勢にも問題があると考えている。
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5.ごみ分別の負担が大きい制度でも肯定的に評価される
 図5.5はごみ分別に関わる各市の制度等に関する住民の評価について尋ねている。「市のごみ分別制度は住民に多くの労力を求める」という意見に対する肯定的回答率が水俣市は仙台市の倍近いにもかかわらず、「市のごみ分別制度は、ごみ減量という目的のためには優れた制度である」に対する肯定的回答率は水俣市の方が高い。ごみ分別の負担が大きい制度でも、その意義がきちんと理解されるならば肯定的に評価されることが分かる。このことはごみ問題に対する行政の取り組みの評価にも結びついており、「市はごみ問題にきちんと取り組んでいる」という質問に対して『そう思う』と回答した人は、水俣市が一番高くなっている。
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6.ごみの有料化:合意に向けて「有料化の社会的意義」の浸透が重要
 ごみ処理の有料化に対する賛否を尋ねると、いずれの市でも、「賛成」「どちらかと言えば賛成」を合わせた肯定的な意見は4割程度となった。分別方法など現在の取り組みは異なる3つの市だが、有料化の賛否については、ほぼ同じような回答が得られた。
 図5aを見ると「別の負担は不要」を肯定する人(「そう思う」「どちらかといえばそう思う」を合併)の有料化賛成率は2割弱なのに対して、否定する人(「そうは思わない」「どちらかといえばそう思わない」を合併)の賛成率は6割から7割となっている。逆に、図5bを見ると「環境問題全般に有効」を肯定する人の6割弱が有料化に賛成しているのに対して、否定する人の賛成率は2割前後にとどまっている。また、このほかに「額は少ないといっても、有料化されて費用を負担するのは経済的に大変だ」を肯定する人も有料化に反対する比率が高かった。
 環境省は全国の市町村でごみ処理の有料化を進める方針を示しているが、有料化に対する住民の合意を得るうえでは、「税の二重取り」と受け取られないための工夫や、有料化の効果も含めた社会的意義の周知、また経済的負担への配慮等が重要だといえる。
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