さらい屋五葉

Last-modified: 2012-03-03 (土) 23:42:13

さらい屋五葉/オノ・ナツメ

816 :さらい屋五葉/オノ・ナツメ:2012/02/03(金) 03:01:42.66 ID:???
小学館IKKIコミックス 全8巻

誘拐を「つとめ」「働き」、押し込み強盗や強盗致死を「急ぎ働き」など、時代劇的な表現が散見されます。
物語の趣には欠けますが、書き人が口語的な表現に変えている部分があります。
原作には文中で紹介する他に銀太という仲介屋、主人公の弟妹、いい味出してる立花という同心が登場しますが、これらのエピソードを拾っていくと止めどなく長くなってしまいますので、思いっきり省いています。
過去と現在が飛び飛びに交錯するシーンがあり、書き人の方で勝手に切り貼りしていますので、
原作とは時系列が違う部分があります。
ノイタミナで放送されたアニメとは結末が異なります。
以上、ご理解、ご了承くださいませ。



817 :さらい屋五葉/オノ・ナツメ:2012/02/03(金) 03:05:08.64 ID:???
気弱な浪人・秋津政之助(政)は郷里への送金の必要に迫られ、誘拐を生業とする拐い屋・五葉の用心棒になる。
脛に傷を持つ五葉の面々をまとめる頭目・弥一(イチ)はヤクザな遊び人のようでありながら、どことなく品のある男。
五葉には他に居酒屋の主人・梅造、女郎上がりの色っぽい美人・おたけ、
腕のいい飾り職人として様々な店に出入りする情報屋の松吉がいる。
人質は薬で眠らせて、彼らが「ご隠居」と呼ぶ、引退した盗賊一味の元締め・宗治の庵に一時預かってもらい、身代金を受け取った後に生きて返す。
彼らが関わった誘拐には、五葉の楓の葉を添えた脅迫状を相手方に届けるという習わしである。
相手を吟味し、江戸で「五葉」の名が噂されることもなく、彼らの仕事は上手くいっていた。
複雑な想いを抱きながらも悪事に手を染める内、政はそのバカ正直さで彼らの信頼を得ることとなり、
また、政も彼らに居心地の良さを感じるようになってゆく。
そんなある日、政は、新たに奉行所に赴任してきた与力・八木平左衛門と知り合う。
政と一緒にいた弥一を見かけた八木は「墓参りに付き合え」と政を誘い、道すがら昔話を話して聞かせる。



818 :さらい屋五葉/オノ・ナツメ:2012/02/03(金) 03:05:37.89 ID:???
八木は元々この近くの沢井という旗本の次男坊で、後に八木家に養子に入り、江戸を離れていた。
沢井家の向かいには、同じく旗本の三枝家があった。
刻限過ぎまで遊び回って締め出された八木は、見かねた三枝家の使用人・弥一に招き入れられ、
やがて互いに「弥一・平左」と名で呼び合う程に親しくなる。
その後八木は、弥一に懐いていた三枝家の跡取り息子・誠之進とも親しくなっていった。
この時代、子供が出来ずに貰い子をしたものの、後に跡継ぎが出来、疎まれる子も多かった。
誠之進もそんな子供であった。
肩に五葉の火傷の痕がある他は文武に優れ、利発な少年であったが、奥方に嫌われていた。
折悪く奥方が懐妊し、ますます誠之進の肩身は狭まった。
そんな身の上の誠之進にとって、弥一と八木は兄のような存在であった。
しかし更に折悪く、誠之進は誘拐されてしまう。
誠之進は家に戻って間もなく病死したとされ、それからすぐに、弥一も井戸に転落するという事故で亡くなった。
本当の跡取り息子もその後亡くなり三枝家は断絶、真相は闇の中…
長い話が終わり、辿り着いた墓には「弥一之墓」と書かれていた。



819 :さらい屋五葉/オノ・ナツメ:2012/02/03(金) 03:06:32.96 ID:???
そして。
数年前に残忍な急ぎ働きで江戸を騒がせ、獄中にあった盗賊一味・白楽(ばくろ)の残党共が出所する。
彼らは自分達を密告し、一味の金を持ち逃げしたとされている「霧中の誠」という男を探しに江戸にやってくる。
残党の内の一人・仁は、つてを頼ってご隠居の庵に身を寄せる。
そして五葉は、新たに誘拐を決行。
大旗本である加納家の嫡男を拐うも、受け渡し人は身代金の半分と「あれは嫡男に非ず。返さずともよい。
そちらで内密に処理されたし。表沙汰にすれば五葉の名が瓦版に躍ることになろう」と言い置いて去ってしまう。
身代金は嫡男の始末料ということだ。
事前の下調べでは、嫡男は養子ではないはずだった。
嫡男は奥方の不義の子で、誘拐されたのを幸い、厄介払いをされたのだろう…とイチ達は結論づける。
いつもクールなイチにしては珍しく、加納の嫡男に顛末を話して聞かせる。
家には戻るなと説得するが、嫡男は信じず「金は父上が私の為に用意してくださったのだ。
そうでないはずがない」と涙ながらに訴える。
ふいに出ていってしまったイチを追った政は、イチの泣き笑いのような顔を見て、
彼が三枝誠之進であると確信するのであった。



820 :さらい屋五葉/オノ・ナツメ:2012/02/03(金) 03:08:05.67 ID:???
加納の嫡男を殺すわけにもいかず、梅造は彼を江戸の外れに離した。
後日、嫡男の行く末が気にかかり、加納家に向かったイチと政の前に、仁が現れる。
「霧が晴れたな、誠」
不穏な空気を感じた政はイチを逃がし、仁と向き合う。
仁は匕首(あいくち=短刀)を納め「あいつに、次はケリをつけると伝えろ」と去る。

住まいの長屋に戻った政はある決心を固め、イチに自分の身の上を語る。
政は秋津家の長男として生まれながら、人見知りで気弱な性格ゆえに宮仕えに馴染めず、
藩主より暇を出されてしまう。
剣の腕は良いものの、人目が多いと足がすくんでしまい、満足に立ち合いも出来ない。
背だけは高いが、自信の無さから、いつしか猫背になった。
そんな自分を変えたい、そしていずれは再仕官を果たしたいと思い、政は江戸に出た。
しかしそう簡単にはいかず、何度も用心棒の職をクビになり、途方に暮れていた時にイチに声をかけられた。
「お前さん、俺を守ってくんねえか?」と…
母が病に倒れたとの手紙が届き、政にはどうしても金が必要だった。
後にそれは弟・文之助による嘘であったと判るが、自分の離藩により俸禄を下げられ、
替わって跡を継いだ弟の苦労を思えばこそ、知らぬふりをした。
戸惑いながらも悪事に手を染め、再仕官など望めぬ身となったが、後悔は無い。
「過去は関係ない。今を楽しめ」と軽やかに世を渡るイチの様は小気味良く、政は彼のようになりたいと思った。
しかしイチの過去を知った今、政にはそれがイチの精一杯の虚勢のように感じられるのだった。
「過去に囚われているのは、弥一殿なのではござらんか?」
「なんだと!」怒るイチに、冷静に政は相対する。
「某(それがし)が身の上を話したのは、弥一殿のことを知りたいと思ったからでござる。
某はこれから、ご隠居をお訪ね申す」


821 :さらい屋五葉/オノ・ナツメ:2012/02/03(金) 03:11:42.08 ID:???
江戸の外れ、ご隠居の庵にて、政はイチの過去を聞く。
誠之進を誘拐した白楽に、三枝家から始末の申し入れがあった。
誠之進をよく知る弥一は、とうに事故に見せかけて殺されていた。
仁は誠之進を気の毒に思い、手元に置くことにした。
仁は「過去は関係無い。今を楽しめ」と誠之進に言う。
しかし、家人に見捨てられたという思いを拭えず、誠之進は自らを「霧中の誠」と称した。
霧の中であれば、女子供であろうと平気で斬れる。誠は冷酷な殺人者に成長していった。
仁は誠を恐れながらも同情し、繰り返し「今を楽しめ」と言い聞かせた。
長じて、ある大店に急ぎ働きに入った白楽一味は追手をまく為、バラバラに逃亡した。
この時、金を運んでいたのは誠だった。
結局、この急ぎ働きで白楽一味は一網打尽にお縄となり、誠だけが逃げ伸びたのだった。

仁は白楽の残党があと二人いることを知っていた。
ご隠居に身を隠すよう差配し、イチの下へ向かう。
仁には、自分が誠之進を霧中の誠にしてしまったという後悔があった。
しかし白楽の者として、裏切り者へのけじめはつけなければならない。



822 :さらい屋五葉/オノ・ナツメ:2012/02/03(金) 03:15:10.25 ID:???
同じ頃、加納家を探った松吉は、嫡男が病死として処理されたとイチに報告する。
荒れたイチは松吉に匕首をつきつけ、過去を明かす。
「身を守る金さえ手に入りゃあ、五葉なんて、俺にはもう無用のものだ」と言い捨てる。

その夜、政は弥一(本者)の墓にイチを連れ出した。
峠に差し掛かると、白楽の残党二人が現れた。政は二人を斬り、返り血を浴びる。
「某、人を殺めたのは初めてでござる。慣れてしまえば、何も感じなくなるものなのでござるか?」
「…そんなことを責めるなら、なんで放っておかない?白楽での俺を知ってるんだろう?だったら…」
「軽蔑いたす。だが、それを知っても尚、弥一殿と共に行く気持ちが勝ったのだ」
政はイチの手を引き、墓へと誘う。
寂しい林の奥に、粗末な石でポツンと建てられた、弥一の墓。
幼い頃が思い出され、イチは慟哭する。
誠之進であった頃、肩の傷さえ無ければと嘆くイチに、弥一がくれた言葉。
「鮮やかで、とても立派だ。自信をお持ちなさい。誠之進様の火傷の痕は、この楓と同じでしょう?」
庭の五葉の楓を見上げ、弥一は言った。
「誠之進様はお優しく、お強い。あの楓のように立派に成長なされる。
私はそれを、お側でお見届けいたします」
しかしその夢は、叶うことはなかった。

その夜からしばらくして、瓦版に五葉の名が躍った。
切れ者として名高い八木は、政が刀で斬った白楽の残党の遺体を改め、着実に五葉の正体に迫りつつあった。
ある日の夕方、1人で弥一の墓に参ったイチは、白楽の仁 と出会う。
仁はイチを追い詰め斬りつけるが、自責の念に止めを刺せず、逃がしてしまう。
仁が林の中で途方に暮れていると八木が現れる。
八木は三枝誠之進を知っていることを明かし、仁はイチの白楽時代の過去を話してしまう。
「俺はあいつを見逃しちゃならねえ。ならねえが…あいつの希望を俺は奪った。
今それをまた奪い上げる事は、俺にはできねえ」
仁は「誠をあんたに託す。つけるべきけじめを、奴につけさせてやってほしい」と八木に手をついた。
翌日から、梅造の店の近辺に八木の姿が散見されるようになった。



823 :さらい屋五葉/オノ・ナツメ:2012/02/03(金) 03:17:09.79 ID:???
イチは自身が居候をしている女郎宿・桂屋の女将に政への文箱を託し、身を隠した。
弥一の墓で時を過ごし、いくばくか戻ると八木が待っていた。
「弥一、霧中の誠、三枝誠之進。一体、どの名のおめぇと接すりゃいいのか」
「三枝?」イチは薄く微笑んで「俺の名は弥一だ」と言い切った。
八木はイチの前に一歩踏み込む。
「北町奉行所与力・八木平左衛門として弥一、おぬしを拐かし一味『五葉』頭目、その疑いのかどでお縄とする」

五葉の面々は表向き平静を装い日々を暮らすが、イチがいつ自供するかもしれぬと疑心暗鬼となり、
揉めることも多くなった。
そんな中にあって、政だけは頑なにイチを信じ、誰もがその愚直さにいっそ清々しさすら感じている…
といった風であった。
金だけで繋がっていると思っていた五葉という組織が、いつの間にか大切な心の拠り所となっていたことを
感じ、その終わりを寂しく思うのだった。
イチは拷問を伴う厳しい取り調べにも何も喋らず、一人で罪を被ろうとしていた。



824 :さらい屋五葉/オノ・ナツメ:2012/02/03(金) 03:19:38.20 ID:???
政は八木の住まいを訪ね、座して向き合った。
「弥一殿を助けたい」
八木は立ち上がり、政を見下ろす。
「無実を証明するものを持っているか?それもなく、ただ助けたいとすがりに来たか」
「八木殿しかいないのでござる」
「五葉一味の名が出れば一同、死罪を申し渡す」
八木は政に背を向け、窓の外を見やる。政は膝に拳を握りしめ、汗をかいていた。
「八木殿はなぜ、白楽ではなく、五葉の件で縄をかけられたので?」
「奴が、自分が弥一だと申したからだ」
「…では、霧中の誠だと申せば白楽として捕らえたのでござるな」八木は答えない。
「もしも三枝誠之進と申していたら、見逃されていたので?」
八木は政の方を見ずに、目を閉じた。
「話は…それだけか?」退室を促す八木に、尚も政は食い下がる。
「弥一殿には、生き長らえてもらいたいのでござる!」八木は政に向き直る。
「お前さんは、道理の通らぬことをしている」そう言って、政を見据える。
「…俺は今、役人として道理の通らぬことをしている。己の首を締めるだけでは済まないぞ」
その顔を見て、政は悟った。
八木は政が五葉の一味であると知っている。おそらく、他の者達のことも分かっている。
これ以上、政がイチの命乞いの為に八木を訪ねるのであれば、見逃してやることが出来なくなる、
ということなのだ。



825 :さらい屋五葉/オノ・ナツメ:2012/02/03(金) 03:21:04.68 ID:???
その帰り、桂屋を訪ねた政は、女将がイチから預かった文箱を渡される。
中には、イチが今までの五葉の仕事で貯めた小判が詰められていた。
イチが「身を守るもの」だと思っていたもの。
今、イチは金ではどうにもならない過去と八木に向き合っている。

白楽として追われていた時、イチは桂屋に逃げ込んできた。
女将は彼を気に入り、以来、イチは桂屋に居候を続けてきた。
白楽の仲間達が捕らえられたことを知ったイチは過去を捨てた。
そして、手元にあった急ぎ働きの金で女郎のおたけを身請けした。
惚れた腫れたの話ではなく、イチにとっては「今を楽しむ」為だけの、気紛れな行動だった。
次第に他の仲間達とも知り合い、五葉が始まった。
司直の手が迫っていることを悟り、桂屋を離れ、周囲との関わりをできるだけ絶っていた。
覚悟を決めた後のイチは女将に礼を言い、やってきた時と同じように、ふらりと出ていったそうだ。
「難しいようで、あの子の求めるものは単純だった」
長い煙管をふかしながら、女将は言う。
「家族だよ。自分の居場所を、あの子は築きたかったんだ」

同じ頃、墓地を訪ねた八木は、弥一の墓前に供えられた楓の一枝を見る。
「おめぇがあいつの側にいてやれてたらなあ…」


826 :さらい屋五葉/オノ・ナツメ:2012/02/03(金) 03:25:09.30 ID:???
翌朝、八木の出勤の道中に額を擦り付けんばかりに深々と土下座をする政の姿があった。
「夕方、道場に参れ。手合わせいたそう」
長い立ち合いの末、政は八木の木刀を落とした。
勝ったにも関わらず政は膝を折り、二本の刀を床に置いた。
「某は刀を捨てる。武士を辞め申す」 「二度と江戸に、俺の前に姿を見せぬと約束できるか?」
「約束いたす」
真っ直ぐに、迷いの無い顔で政は刀を差し出し、八木はそれを受け取った。

その夜。
奉行所での取り調べでは埒が明かぬということで牢に送られることとなったイチは、八木と向かい合った。
八木は座敷に座し、イチは白洲のムシロの上に座っているのもやっとという体である。
(※『遠山の金さん』的な画を思い浮かべていただければ幸いです)
 八木はどうせ逃げられないからとイチの縄を解かせ、人払いをする。



3 :さらい屋五葉/オノ・ナツメ:2012/02/03(金) 13:15:12.58 ID:???
「明日、おめぇを牢屋敷に送る。刑が下るまでの間だが、牢内の暮らしはきついだろう」
イチは俯いたまま、八木の言葉を聞いている。
「それが済んだら、俺の前には現れるなよ」
驚いたイチが顔を上げた時、八木は背を向けていた。
「往来で膝を折り頭を下げる秋津の姿を見て、今のおめぇにとっての弥一は、こいつなのかと思った」
言い終えて八木は、自らが携えてきた風呂敷包みを手に取った。
向き直った八木の手には、酒徳利と猪口が握られている。
「誠之進と酒を酌み交わしたい。最初で、最後のな」
「平左…」
八木は白洲に降り、イチと同じ目線に屈みこむ。
「大きくなったのに、そうやって泣いちまうのは変わらねえな、誠よ」
渡された猪口を手に、イチは泣き続けた。

翌日、イチは小伝馬町の牢屋敷に送られた。
八木は虚偽の密告で誤ってイチに縄をかけたと申し出る。
沙汰によっては八木の家禄は引き下げ、出世の道はほぼ閉ざされることになるであろう。
イチは五葉の頭目ではなく、五葉の悪事に加担した協力者という扱いで死罪を免れるが、
市中にて鞭打ちの上、江戸より追放の刑となった。
後日、群がる見物人達の前に引き出され、イチの刑が執行された。
腕には凶状持ちの刺青が入れられ、下着姿で何度も鞭打たれる。
おたけは見物人に混じってその様子を眺めていたが、ふいっと背を向け、消えてしまった。
鞭打ちが終わると、イチは同心達に江戸外れの橋まで連行された。
「ここより放免とする。江戸十里四方への立ち入りを禁ずる」
欄干に掴まり立ち、やっと歩けるという風情のイチを、八木は無言で見送った。
イチがふと顔を上げると、橋の向こうにすっきりと背筋を伸ばして立つ、旅装束の政が見えた。
二枚の笠を小脇に携えている。
「…おめぇ…刀は」
「もはや無用のもの。刀は無くともお守りいたす。これまでと変わらず」
政は晴れやかな顔をしている。
「皆もそれぞれ歩を進めているはず。約束している。西の地で、また共に集まろうと」
晴れた空の下、楓が紅い葉を揺らした。

【終わり】