黒の李氷・夜話

Last-modified: 2008-10-22 (水) 12:39:28

黒の李氷・夜話/白井 恵理子

569 :黒の李氷・夜話/白井恵理子:2008/10/17(金) 01:47:30 ID:???
【サブタイトル、セイの転生】
●夏草幻想 成湯(せいとう) 殷(商)王朝の初代皇帝
●通魔鬼 張魯(ちょうろ) 道教の始祖
●冬虫夏草 魏徴(ぎちょう) 唐帝太宗の皇帝秘書監
●鬼神来迎 胡凱(こがい) 元寇の時に元の水軍を率いた司令官
 竹崎季長(たけざき すえなが) 壱岐地方にて胡凱を迎え討つ武将
 この話ではセイの魂が2つに別れ、皮肉な結果に…
●随尸鏡 登場無し
 老子が奪われた随尸鏡(ずいしきょう)を取り戻すため、喬国老の蔵に李氷が潜入する話。
 三国志に登場する周瑜と小喬の馴れ初め(創作)が描かれる。
●徐夫人の匕首
 荊軻(けいか) 秦の始皇帝を亡き父・荊軻の敵と恨む娘
 この回から天帝の部下(息子?)二郎神が登場。
 ここでは始皇帝付きの高官、荊軻の親友でもある高漸離(こうぜんり)
●殺気神 登場無し
 三国志の劉備の祖・中山靖王劉勝のお笑い話。
●蠱 セイ=霍子侯(かくしこう) 漢の武帝時代の武将
 二郎神=金日テイ(きんじつてい) 武将
●妖貴妃 登場無し
 後に楊貴妃となる玉環とその幼なじみの彫刻家 兼 絵師・柳青の悲恋話。



570 :黒の李氷・夜話/白井恵理子:2008/10/17(金) 01:50:59 ID:???
●鬼童子 登場無し
李氷が日本に行き、正倉院からセイの耳飾りを取り返す話。
 大江山の酒呑童子の話がベースとなっている。
●女カ神話(カ=女偏に咼)
 出会いから50年後、成湯が死に際に李氷を思い出す話。
 ジョカについては後述。
●送狼 王昭君 異民族との和平のために差し出される美女
●炮神演義
 セイ=姜子牙(きょうしが) 太公望の語源となった周の武将
 自分が建てた国=殷(商)を自分で壊す事になる。
 この話でのセイは成湯時代の記憶を持っていて、李氷の事も覚えている。
 二郎神=比干(ひかん) 殷の最後の皇帝・紂王の大臣
●黒の紫禁城 最終話
 セイ=毓賢(いくけん) 西太后の巡撫(軍事閣僚)
 二郎神=毓賢の部下


他に本編とは無関係のショートストーリーとして『赤い風車』『死相船』がある。
『赤い風車』は迷っている女の子の霊に李氷が赤い風車を買ってやり、成仏させてあげる話。
『死相船』は二次大戦での日本敗戦を李氷が予言する話。

【ジョカ神話】
約6500万年前に天地を支える柱がずれ、この世は荒れ果てた。
それを女神ジョカが修復したという中国の古代神話。
ジョカは5つの宝玉の心臓と半蛇(竜)の姿を持つ神とされる(人魚みたいなもの?)



571 :黒の李氷・夜話/白井恵理子:2008/10/17(金) 01:52:02 ID:???
 歴史の転換期に男装の麗人として転生し、辛い人生を歩むセイと出会っては悲恋を繰り返す李氷。
 セイは天地縫繕を行ったという女神・ジョカであった。
 古代、男神・伏義に「人界に女は不要」と言われたジョカは悩み、不安な気持ちのまま天地を縫い、人間を造った。
 傷ついたジョカは5つの宝玉の心臓の内1つを捨て、記憶を失った。
 老子は宝玉を拾い、それを心臓として李氷を造った。
 2人は宝玉により惹かれ合う運命にあり、ジョカは転生しながら無自覚に「人界に女は必要か」
という問いの答えを捜しているのである。
 神話の女神として自分以上に崇められ、自分の描く歴史の邪魔をするように転生するジョカを疎んじた伏義は
邪気と交わり、産まれた邪神・ナタを人界に遣わす。
 ナタは殷に妲己として降り、紂王をたらしこみ、国政を惑わす。
 成湯の記憶を持つ姜子牙として転生したセイは、自らの責任を果たすため、紂王を討つべく挙兵する。
 (紂王は殷の17代目、成湯が建国してから629年後)
 李氷の助けにより紂王の玉座に辿り着いたセイは比干(=二郎神)に阻まれ、失神。
 代わりに紂王に向かった李氷は、ナタの張った結界に力を奪われつつも、紂王を討つ。
 しかし紂王は伏義の分身であり、返り討ちに遭った李氷は心臓を貫かれてしまう。
 そこへ老子が現れ、息絶えようとした李氷を助ける。
 太上老として神々の師であった老子こそ、ジョカを転生させていた張本人であった。
 ジョカに失った心を取り戻してほしいと願っての事であったが、それは伏義との対立を生んだ。
 「あなたとは師であった頃から意見が合わなかった。天の法はこの私だ!」
 伏義は言い捨てて天界に帰り、老子は呟く。
 「李氷よ、つらい目に遭わせるが、恨まないでおくれ。ジョカが不完全なまま天地を縫えば、
人の世は狂ってしまう。伏義にはそれが解らぬのじゃ…」



572 :黒の李氷・夜話/白井恵理子:2008/10/17(金) 01:55:55 ID:???
 そして、西太后の治める中国最後の王朝・清。
 西太后の信頼厚い女性将軍・毓賢として転生したセイは、義和団(“扶清滅洋”を目標に外国人達を排斥した秘密結社)討伐へ。
 義和団の頭目は記憶を無くした李氷であった。
 彼は自分の名も分からぬままナタに操られ、義和団を率いる。
 毓賢にはセイの記憶は無いが、義和団と戦う度に何故か悲しく、懐かしい李氷という名が思い出される。
 そして李氷もまた、不思議な感覚をおぼえる。
 どんなに兵と団員が入り乱れて戦っていようと、毓賢だけは見分けられるのだ。
 「あの娘は俺の何なのだろう?」
 やがて義和団は北京に迫り、毓賢はこれが西太后の企みである事を知る。
 西太后は有能で、夫(咸豊帝)に疎まれていた。
 しかし夫は外国人に北京を掌握されると(第二次アヘン戦争での敗北により、中国には大量の外国人達が流入した)
真っ先に逃げ、残された彼女は政治家として生きる事を余儀無くされた。
 いくら有能でも「所詮は女」と能力を認められず、何もかも嫌になってしまった西太后は
義和団を完全には鎮圧せず、意図的に国政の混乱を招いたのだった。
 毓賢は紫禁城に入った義和団を迎え討つが劣勢となり、追い詰められる。
 戦況を見ていた李氷は「この娘に手を出すな」と毓賢を庇う。
 「この娘は俺の…伴侶だ!」
 李氷の記憶が戻るとナタの術が解け、屍人形であった義和団員達の大半は消えてゆく。
 「何故こんな事を許したのです!この国がどうなってもいいというのですか!」
 毓賢は西太后に詰め寄る。
 「もう疲れてしまった。男達は何もかも放り出しておきながら、私が政治をすると文句を言う」



573 :黒の李氷・夜話/白井恵理子:2008/10/17(金) 01:58:34 ID:???
 ある日、西太后が庭園で悩んでいると、ナタが現れ、彼女を唆したのだと言う。
 ナタは李氷に取り憑き義和団を組織させ、西太后を焚き付けたのだった。
 「女が男より劣ると言うのなら、何故この世に女を造ったの!」
 西太后の悲痛な叫びが、毓賢のジョカの記憶を呼び覚ます。
 「そうだ…昔、伏義も同じ事を言った。私は迷った。自ら捨てた心臓を拾おうか、それとも砕いてしまおうか…」
 その答えを捜し続け、何度も転生し、李氷と必ず出会ってきたのだ。
 即ち、心臓を拾えば天地は縫合、砕けば天地は閉じられ、この世は終わる。
 「もう時間切れだ。結局私は李氷を選べず…後者を選択するのだ」
 セイは泣き崩れ、暗雲が空を覆い、地に亀裂が走る。
 「結局は伏義が正しいんだ。愛だの伴侶だの、無意味だ!5つの心臓が揃わず、こうして大地が崩壊するのさ!」
 邪神であるナタは楽しくて仕方が無い。
 だが、李氷はセイに近づいてゆく。
 「あんた、いつも重いもん背負ってんだな…そんなもん、1人で背負ってんじゃないよ。俺がいるだろ」
 「来ないで!私、もう自分を止められない!」
 「いつも、そばにいるから」
 李氷はセイを抱きしめ、息絶える。
 天地崩壊が始まり、李氷の宝玉の心臓は完全に砕け散ってしまったのだった。
 「私は君を愛していた…やっと分かったのに、もう君に会えない。私が殺した…」
 激しい自責の念に駆られたセイの叫びと共に、世界は眩しい光に包まれる。



574 :黒の李氷・夜話/白井恵理子:2008/10/17(金) 02:21:51 ID:???
 光に巻き込まれた二郎神が目を開けると、そこは6500万年前の世界。
 セイはジョカとなり、その周りを砕けた宝玉の欠片が取り巻いていた。
 「これは李氷の心臓。ずっと私を追ってきた。いつも助けてくれた」
 ジョカは欠片を1つに纏め、美しい球体を造る。
 「伏義、君はそんなに天帝になりたかったの?」
 ジョカは天に問いかける。
 天地縫合をした者が天帝となり、人の世の歴史を司る。
 天尊からその命を受けたのはジョカであり、それを妬んだ伏義は女をバカにし、ジョカを傷つけたのだった。
 「天帝の権力なんて、私は要らない。君がそうしたければ、何度でも世界を壊せばいい。
私は何度でも縫い直して、男と女を造るよ。
私が李氷を愛したように、皆がそれぞれの李氷と巡り会い、心から彼を愛せるように、祈りをこめて―――」
 二郎神が天界に戻ると、伏義の姿は見えず、彼が柱に刻んでいた歴史が全て消えていた。
 そして、本当の歴史が始まる。
 老子と碁をさしていた李氷は老子の長考に飽き、散歩に出かける。
 「あっ、そこの彼女、何か占ってあげようか?こう見えても僕、天才占い師なんだぜ」
 李氷が声をかけたのは、きちんと女性の服を着た、美しいセイであった。
【終わり】


付記:ナタ(口に那、口に屯)は4万6千の殺戮を遂げるまで何度でも復活する邪神なのだそうです。
作中には、ジョカの光に飛ばされたナタが渋谷らしき街に復活する、ちょっと怖い描写もあったりします。