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【呪いのモチーフ】

Last-modified: 2017-10-15 (日) 20:26:24

概要 Edit

全ての作品において聞ける短いME。
DQプレイヤーの間ではよく「デロデロデロデロデロデロデロデロデンデロラン」という擬音で表現され、略して「デロデロ」という通称で呼ばれている。
DQMJ3ではその擬音を意識したと思われる【でろでろボディ】が登場した。
 
呪われた装備品を装備してしまった時や、データが消えた時に流れるが、この曲からイメージされるのは圧倒的に後者。
【おきのどくですが ぼうけんのしょ○は きえてしまいました】の画面とともに流れるこの短いMEは、極めて影響力が大きい。
FC版・SFC版の経験者には拭いきれないほどのトラウマを植え付け、本来は呪いのために存在することが忘れられているほどである。
作品によっては、通常使われる【間奏曲】が使われず、無音のまま冒険の書選択画面になるため、ショックは後々まで続く。
あるいは、SFC版DQ5〜6のように間奏曲が流れると見せかけてこれを流すパターンもあるので始末が悪いことこの上ない。特に問題なのが後者で、複数が消える場合は消えるたびにこのフェイントをかけてくる。
ハードの進歩によって音源や細かな演出は変化しているが、FCのころの電子音と相性の抜群なDQ3〜4、そして全面的な演出を改良したDQ6は特に怖いので要注意。
 
またFC版DQ3では(恐らく容量不足のせいで)メニュー画面が無音なため、デロデロを聞かされた直後に無音かつ真っ黒な画面が表示される(そして「ぼうけんのしょをつくる」の一文のみが光る)という必要以上に恐怖と絶望を煽る画面構成になっていた。
本作が「セーブデータが消える時の曲」としては初めて使われたものというのもあり、この(プレイヤーへの)必殺コンボによってトラウマメーカーぶりが助長されたことは否めないだろう。
(ちなみにメニュー画面にBGMが再度使われたFC版DQ4・SFC版DQ5でもこの処理でデータが消えた場合は無音)
せめてここにも何らかの音楽が流れていたなら、当時のプレイヤーたちの恐怖心もいくらかは和らいでいたかも知れない。
 
DQのSEは数あれど、このSEがその中でも屈指、いやダントツで忌み嫌われる存在である事は言うまでもない。
そのメロディーの秀逸なほどの不気味さたるや、全国各地のDQファンを阿鼻叫喚させ、耐性を持たないプレイヤーの中には心身喪失した者も少なからずおり、DQのトラウマを語る系の場において欠かせない話題の一つである。
「BGMが脳内に張り付いて止まらない」「夜中にトイレに行けなくなった」「親や兄弟、友達に同席してもらわないとDQを始められなくなった」等といった後遺症を負った者が後を絶たない。
…こう書くとなんだかネタっぽいが、本当にトラウマになったプレイヤーも多いことだろう。
だがあのデロデロ音をトラウマ要素足らしめたのは曲そのもののみならず、下記の要因が重なっていることも大きい。

  • データが消えた場合の画面が取扱説明書に書かれていないために初見では事前の心構えが全くできないこと
  • 電源を入れた時に真っ暗な画面でウィンドウだけ現れるというレイアウトの不気味さ。この「総じて普段見かけない上に不自然な画面構成」で精神的に違和感を覚え、そこにこの曲を重ねられるのだからたまったものではない。仮にドッキリだとしてもかなりのレベルだというのに、知らされるのはデータ消失という無情な事実。したがって、右脳(感覚)も左脳(論理)もショックを受けてしまっている。
  • ついでに言えば他のゲームに「電源投入後、真っ暗な画面にウィンドウだけ現れる」というシチュエーションがほとんど存在しない

もしどれか1つの要素でも抜けていれば、ここまで言われることはなかったかもしれない。
 
実際、予告無しでいきなり「おきのどくですが〜」が来るのはかなり大きい。動画サイトなどでコレを見る場合ならある程度は心の準備もできるが、実機なら当然そうはいかないし、必然的にデータ消えのおまけ付き。
受ける精神的ダメージは段違いなのだ。
 
ちなみに、FC版の3と4では、冒険の書作成時に名前・性別を入力し、表示速度設定の段階で電源を切ると、次回の立ち上げ時に必ずこれを流すことができる。
 
一応呪われた装備品を装備した時にも聞けるが、解呪のための高額な寄付金を払うハメになるくらいしか被害が無いので印象は薄い。
PS以降からDQを始めたプレイヤーには「何がそんなに怖いの?」と言われるほど。
作品によっては、その呪い装備をつけられないキャラが身につけようとした際にまで流れることも(装備できないので当然無意味)。
DQ9ではクエストの内容上嫌でもこのSEを聞かざるを得ないクエストが存在する。
逆に、戦闘中に呪われた装備品を身につけても流れないことがある。
しっかりマイナス効果などは受けているので要警戒。
 
一部作品ではふざけた名前に改名して【命名神マリナン】の逆鱗に触れてしまったときにも流れる。
こちらのマイナス効果は再改名の為に5000G払うぐらいだが、これを聞くためにわざわざふざけた改名をするようなプレイヤーはネタ以外にまずいないと思っていい。
 
ストーリー上、必ず聞く事になるのがDQ5のレヌール城である(後述)。
暗闇の中突然発生する事件の不気味さも相まって、相当のトラウマを植え付けられる事は必至なので、心臓の弱いプレイヤーは、必ずテレビの消音機能を使うかゲーム機の音量を0にしておこう。
 
また、DQ10とDQ11では呪いが掛けられた装備は存在しないが、ストーリーの進行上必ず2回は聞く羽目になる。
だがハードの進化によって音質がかなりマイルドになっているため、恐怖は抑えられている…だろう。
 
またモンスターズモバイル上でもそのシステム上聞く機会は多いので注意が必要である。
 
事あるごとに巧みに仕込まれているこのBGMを作り上げた【すぎやまこういち】の技量に対し、「お茶目さん」と称えるか否かは各プレイヤーの判断に委ねられるだろう。
ちなみに彼曰く、「嫌われるよう一生懸命作った」「僕も嫌い」とのこと。
自分自身が嫌いなものと正面から向き合ってそれを作れてしまうのは結構すごいことである。
 
なお、この曲のアレンジ版がDQ8の【ドン・モグーラ】(戦闘前)の【芸術スペシャル】や、【マージリンリン】【呪いの曲】に使用されている。
原曲より大幅にマイルドに加工されているので、聞く可能性は高いとはいえども精神的被害はかなり抑えられていると思われる。
東京都交響楽団演奏のDQ1の交響組曲CDには、特典として歴代シリーズのMEのオーケストラ版が収録されており、この曲もピアノでの生演奏が収録されている。
演奏を任された人はどう思ったのだろうか。
 
冒険の書消失時や呪いアイテム装備時を除くと、以下のシーンでも流れる。

使用場面(正常なプレイ中に限る) Edit

作品場面、操作法
DQ1【ガライの町】にいる詩人に話しかけ、「はい」を選択(リメイク版のみ)
DQ3【アッサラーム】の「ぱふぱふ屋」で【ぱふぱふ】を受ける(リメイク版のみ)
【ジパング】のすごろく場でMPが0になるマスに到着する(SFC/GBC版のみ)
【命名神マリナン】に名前を変えて貰う際に命名神の逆鱗に触れる(下品な名前やふざけた名前を付けた場合)
DQ4【サラン】の町(夜)の教会の荒くれ男に話し掛ける
DQ5幼少期の【レヌール城】でビアンカがガイコツ軍団に攫われた時
大神殿で偽マーサの「教祖に仕える事を誓いますか?」という問い掛けに「はい」を選択(実際に呪いをかけられる)
【名産博物館】でランクの低い名産品を相応しくないフロアのスペースに置こうとした時(リメイク版のみ)
DQ6【氷の洞窟】で合言葉を間違える
DQ7【山賊四人衆】に全滅する/山賊のアジトで合言葉を間違える
【カジノ】のラッキーパネルでシャッフルカードを引き当てる
【グリンフレーク】でカヤからドッキリを告白された時(リメイク版のみ)
DQ10【ヒューザ】があまりにも下手な歌を唄った時
【ヒストリカ博士】が記憶の結晶を壊してしまった時
【シスター・ビゴスラ】に冒険の書を渡した時
DQ11【しのくびかざり】を使用する
【デルカダール城下町】下層のゴザの上で寝る
【仮面武闘会】の表彰式の日に【シルビア】に起こされる
異変後の【グロッタ】のモンスターカジノで稼いだコインが消滅する
マップ上で【はずかしい呪い】が発動する
モンスターズモバイル評価が「▽」の結果になる
トルネコ1「Barネネ」が完成した段階で、【ポポロ】の「ボクもお酒飲みたいなー」に対して「はい」を選択(普段は優しい【ネネ】がやけに恐い…)
少年ヤンガス【呪いのワナ】を踏んだ時
【マギー】から【悪魔のこころ】を貰った時
スラもり2
JOKER
ワイヤレス通信中にDSを閉じる、もしくは何らかの方法で通信エラーが発生する
イルルカ&JOKER3(プロ含む)みしらぬ人と段位対戦で段位が下がる
いたストシリーズチャンスカードNo.13「ちょーヒサン!お店価格が13%ダウン!」を開く
いたストDSカジノの【銀のタロット】で死神のカードを引く
DQH2【はんにゃのオーブ】【じごくのオーブ】【ふこうのオーブ】のいずれかを装備する

余談 Edit

中村光一によると、冒険の書が破損したと認識された際は、このMEが鳴り終わってからデータ削除を行うようプログラミングしたらしい(なので鳴り終わる前にリセットしてしまえば消失を防げる可能性がある)。
ということで、このMEはこれからデータ削除が行われますよーという合図のようなものと言えるかもしれない。
こんな気色悪いフレーズと演出で合図する必要があったのかと今でも思わざるをえないのだが…。