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Last-modified: 2007-06-15 (金) 22:38:15

マルスの姉

 

~ある日の帰り道~

リン   「はぁ……」
フロリーナ「どうしたの、リン……ため息吐いて。悩み事なら、わたしにも聞かせて」
リン   「ああ、ちょっとね。今月も、いろいろと厳しくて……」
フロリーナ「お金のこと?」
リン   「そう」
フロリーナ「……わたしの家も貧乏だけど、リンのお家は人数が多いものね……」
リン   「うん。わたしもこうやって高校生なんかやってるけど、本当は働いて家計を助けた方が……」

 と、愚痴っぽくなったとき、不意に二人のそばに妙に豪華なリムジンが停車した。

フロリーナ「ふえ?」
リン   「……なにかしら?」

 訝る二人の前で、運転席側のドアが開いて一人の男が姿を現した。

ケント  「失礼致します、お嬢様方」
フロリーナ「お、男の人……」
リン   「(フロリーナを背後に庇いつつ)何か、御用ですか」
ケント  「はい。私の主が、あなたと是非お話したいと……」

 その言葉と共にケントは後部座席のドアを開けた。中から、身なりのいい老人が姿を現す。

ハウゼン 「お、おお……」
リン   「……あの、何か……」
ハウゼン 「何という……他人の空似とは思えん。マデリンに生き写しじゃ……」
リン   「マデリン……?」

~その夜~

マルス  「ただいまー……? 何だろう、妙に優雅な音楽が……?」

 廊下の先から聞こえてくるクラシックなミュージックに首を傾げつつ、
 マルスが居間に入ると、そこでは手と手を組んで踊るエイリークとリンの姿が。

エイリーク「リン、またステップを間違えていますよ」
リン   「え、そう? ええと……こうだっけ?」
エイリーク「少し違いますね……ここは、こう……」
マルス  「……ただいま」
エイリーク「あ、お帰りなさい、マルス」
リン   「……お帰り」
マルス  「何でそんな似合わないことやってるんですか、リン姉さん」
リン   「……絶対そう言うだろうと思ってたけどね、はぁ……」
マルス  (……拳骨が飛んでこない。これは相当参ってるな……)
エイリーク「実は、今日の学校帰り、貴族の方から声をかけられたそうで」
マルス  「貴族から?」
リン   「うん。ハウゼンっていうお爺さん。なんかね、わたしにパーティに出席してほしいとか言うのよ」
マルス  「……なんでそんな話に?」
リン   「……ええと、遠目に見たわたしの姿が、庶民とは思えないほど優雅だったとかなんとか。
      市井に埋もれさせておくのは勿体無い、今からでも貴族としての教育を、とか」
マルス  「なんだか凄く嘘くさいんですが」
リン   「……君がよければ養子に来ないか、とも言ってたわね」
マルス  「……! まさか、その話、受けたんじゃ……」
リン   「……ううん。さすがに、急に養子とか言われてもね」
マルス  「……」
リン   「まあ、そういう訳で、あんまり熱心に勧めるものだから断りづらくて。
      とりあえずパーティには出席してみようかなあってね」
マルス  「暴力的なくせに押しに弱いですからねリン姉さんは……あたっ」
リン   「一言多いのよ、あんたは。で、エイリーク姉さんからいろいろ教わってるところなの」
マルス  「……なるほど」
エイリーク「……リン、とりあえず今日はこの辺りにしておきましょう。まだ時間はありますから、ゆっくり……」
マルス  「……」

~数日後~

リン   「……と、これでいい、エイリーク姉さん?」
エイリーク「ええ。ようやく、ダンスも形になってきましたね」
リン   「んー……まあ、ね」
エイリーク「努力の成果ですね。きっと、パーティでは立派なレディとして振舞えると思います」
リン   「……ありがと」
エイリーク「……さあ、そろそろ夕食の時間ですから、今日はこの辺りにしておきましょう」
リン   「そうね……」

リン   「……ふう」
ヘクトル 「よお、リン」
リン   「……なに、ヘクトル?」
ヘクトル 「無理してるだろ、お前」
リン   「……それはまあ、こんなことなんて今までやったことなかったし……」
エリウッド「そういうことじゃないよ」
リン   「エリウッド?」
エリウッド「リン、君がこの話を断らない理由。熱心に誘われたからってだけじゃ、ないんだろう?」
リン   「……他に、何か理由があるって言うの?」
ヘクトル 「とぼけんじゃねえよ。お前、その爺さんの養子になって家から出て行こう、とか考えてんだろ」
エリウッド「そうすれば、苦しい我が家の家計が助かるからってね」
リン   「……なんだ、全部お見通しなんだ」
エリウッド「兄弟だからね。リンの考えること、少しは分かってるつもりだよ」
ヘクトル 「ガサツなくせに妙に周りに気ぃ使うからな、お前。
      今回だって、大して楽しくもなさそうなのに必死で頑張ってよ。おかしいだろ、普通に考えてよ」
リン   「ガサツって……あなたにだけは言われたくない言葉よ、それ」
ヘクトル 「お前だっていい勝負だろうが」
リン   「あなたには負けるわよ」
エリウッド「……ほら、元気が出てきた。リンはそうしてるのが一番似合ってるんだ」
ヘクトル 「そうだぜ。大体な、お前みたいなのが、貴族の令嬢に混じっておほほほうふふふやってられる訳ねえだろ」
リン   「なによその言い方……でも、そうね。本当は、エイリーク姉さんからいろいろ教わってる途中で、気付いてたわ。
      どんなに努力したって、今更貴族のお嬢さんみたいにはなれないし、そういうのが似合う訳もないんだって」
エリウッド「じゃあ、やっぱり家計のために?」
リン   「うん、それもあるけど……ハウゼンさん、ずっと昔に娘さんを亡くされてから、ご家族と一緒に暮らしてないんだって。
      もちろん使用人の人とか、執事のケントさんには凄く慕われてるけど……屋敷に、肉親は一人もいないとかで。
      弟さんはいるらしいけど、仲が悪い上にその人は別のところで暮らしてるらしくて。
      周りに人がいなくて、寂しいのね。肉親を失くす辛さは、わたしにも分かるもの。
      だからね、話を聞いてる内に、この人の寂しさを少しでも和らげてあげられたら、なんて考えたの」
エリウッド「そうだったのか……」
ヘクトル 「……へッ、辛気くせえ顔でそばにいられたって、かえって迷惑だろうよ」
リン   「そうね、ヘクトルの言うとおり。なんで気付かなかったのかしら……
      こんなんじゃ、かえってハウゼンさんを苦しめることになるわね。
      ありがとう二人とも、迷いが消えたわ」
エリウッド「じゃあ」
リン   「うん、パーティも、今出席したってかえって迷惑かけるかもしれないし、断りの電話をいれるわ」

 リンがそう言ったとき、不意に玄関の方で電話のベルが鳴り響いた。

エリンシア「はい、もしもし……リンディスですか? はい、おりますが……
      リンちゃん、キアラン家のケントさんて方からお電話よ」
リン   「ケントさん? ……はい、もしもし」
ケント  『ああ、リンディスさま。実は、大変なことが……』

~縁側~

マルス  「……やあ、なんだか騒がしいけど、どうかしたんですか、ヘクトル兄さん」
ヘクトル 「……キアラングループの子会社の一つで、ちょっとした不正が発覚したんだとよ」
マルス  「へえ」
ヘクトル 「もちろんハウゼンって爺さん本人とはそんなに関係ないが、
      その会社の社長が、弟のラングレンとかいう奴だったらしいな。
      で、いろいろと外聞も悪いから、パーティは取りやめになったってよ」
マルス  「それは残念ですね。折角いろいろと恥かくリン姉さんを見物しに行こうと思ってたのに」
ヘクトル 「とぼけんなよな。お前、いろいろと手ぇ回しただろ。
      マシューの奴が言ってたぜ、『弟さん、今回はやり方がずさんですね』とかなんとか」
マルス  「……やれやれ、バレバレでしたか」
ヘクトル 「お前が人使うのうまいのは分かるけどよ……危ねえだろ」
マルス  「んー、そうでもなかったですよ。不正してるのバレバレでしたし、ラングレンさん。
      本当は、リン姉さんが関わってるのが悪どい貴族なんじゃないか、調べるだけのつもりだったんですけど」
ヘクトル 「ったく、お前は……ま、発覚した不正の規模もさほどでかくねえみたいだし、
      そんなに問題にはならねえってよ。多分、キアラン家の内部で処理されるんだろうよ」
マルス  「そりゃそうでしょ。本家の方には打撃がいかないように、あれこれと調整しましたし」
ヘクトル 「よくやるぜ、ったく」
マルス  「……ええと、それで」
ヘクトル 「リンなら心配いらねえよ。ハウゼンの爺さん本人とも話したみてえだし。
      これからちょくちょく遊びに行く約束はしたけど、養子になるってのは断ったってさ。
      ま、お互いにそんぐらいの距離を保つのが一番だろうな」
マルス  「……そうですか」
ヘクトル 「へへ。良かったな、マルス?」
マルス  「いや、むしろ残念だなあ。リン姉さんがキアラングループの養子になれば、
      いろんなところにパイプを作る足がかりになったのに」
ヘクトル 「心にもないこと言いやがって……ああそうそう、リンが電話口でこんなこと言ってたぜ」

リン   『申し出はすごくありがたいんですけど、わたし、まだこの家から出るつもりはないんです。
      家族のことは愛してますし、それに……とても放っておけない弟が一人いるもので。
      今回も、ずっとぶすっとした顔でわたしのこと見てて……やっぱり、まだ離れられないなって』

ヘクトル 「……ってな」
マルス  「……ははあ、それはそれは。全く、リーフも仕方のない子ですね、姉さんにそんな心配かけて」
ヘクトル 「……」
マルス  「……」
ヘクトル 「マルスよ。顔赤いぜ、お前」
マルス  「ほっといてください」
ヘクトル 「ま、そういうこった。リンはこれからもお前の姉貴をやってくれるってよ」
マルス  「やれやれ。すると、僕はこれからも殴られ続ける訳か。
      野蛮な姉を持つと大変ですよ、ホント」
リン   「……聞こえたわよ」
マルス  「げえっ、リン姉さん!?」
リン   「だれが野蛮ですってぇ!?」
マルス  「ちょ、ストップ、リン姉さん、ギブ、ギブ!」
リン   「やかましい! エイリーク姉さんとのダンスの特訓が無駄になった代わりに、
      あんたには死のステップを踏ませてあげるわ……!」
マルス  「お、お助けぇぇぇぇっ!」
ヘクトル 「……ったく。姉弟揃って、面倒くせえ奴らだぜ」

<おしまい>