HTML convert time to 0.008 sec.


マーク・ターナー / Mark Turner

Last-modified: 2016-11-27 (日) 16:20:45
&flash(https://www.youtube.com/v/v1_swLm6N3c,425x355,bgcolor=#000000);
 
編集履歴
 

バイオグラフィー

デビューまで

1965年11月10日オハイオ州フェアボーンにあるライト・パターソン空軍基地で生まれる。その空軍の指揮官だった父を飛行機事故で失う。4歳の時カリフォルニア州南部のランチョ・パロス・ベルデスへ移住し、継父の元で育つ。[5]

 

4歳から9歳までクラリネットをマーチングバンドで演奏していた。その後高校生の時にアルトサックスからテナーサックスに持ちかえる。
小学校ではクラリネットを演奏し、高校でアルトとテナー・サックスに持ちかえる。当時在籍した学生バンドでは別校のダニー・マッキャスリンと共にサックスセクションを担当していた。[7]

好きな音楽家・作品
 
師事歴
 

80年代後半にカリフォルニア州立ロングビーチ大学に進学し、デザインとイラストレーションを学ぶかたわらジャズ・バンドで演奏していた。当時はブレイクダンスにも打ち込んでいたらしい。[7]
しかし軽い腕試しのつもりで大学3年生の時、ボストンのバークリー音楽大学に編入する。[6]

 

当時のボストンのバークリー音大生を中心としたターナーと交流のある学生ミュージシャンは、ジョシュア・レッドマン(ハーヴァード大学)、シェイマス・ブレイク、クリス・チーク、クリス・スピード(ニューイングランド音楽院)、アントニオ・ハート、ダニー・マッキャスリン、ホルヘ・ロッシー、ダニーロ・ペレス、ロイ・ハーグローヴ、スコット・キンゼイ、レイラ・ハサウェイ、デルフィーニョ・マーサリス、ジム・ブラック、スクーリ・スヴァーソン、ジェフ・パーカー、そしてニューヨーク進出後コンビを組むことになるカート・ローゼンウィンケル(この頃はまだ顔見知りなものの、音楽的な交流はなかった)がいた。

下積み時代

バークリー音楽大学卒業後、ニューオーリーンズでの短期間の活動をはさみ、ニューヨークのブルックリンに移り住む。ニューオーリンズではデルフィーニョ・マーサリス、ブライアン・ブレイドと活動を共にしていたと思われる。
和声感覚や音域拡大の練習はニューヨークに移ってから。それまではハーモニック、リーディングのボキャブラリーを増やす、耳コピ中心だった?[5]

 

1991年、学生時代からの友人のラリー・グレナディアが練習にターナーを呼び、ジェフ・バラードと出会う。以降この3人はサックストリオ『FLY』を結成し、断続的ながら2010年代まで活動していくことになる。[3]

 

1994年にカート・ローゼンウィンケル・カルテットに参加。ローゼンウィンケルとは彼や自身のバンドで2007年まで活動をともにすることになる。

 

90年代はタワーレコードで働いていた。『In This World』発売後まで、イラストレーターの道を断ちミュージシャン一本でやっていくつもりは無かったという。

メジャーデビュー〜事故による負傷まで

90年代はいくつものレコーディングを経験するが、クリスクロスで録音した初リーダー作の「Yam Yam」と第2作の「Mark Turner」、タッド・シュールとの共作「Two Tenor Ballads」はレーベルにお蔵入りにされる。
後に「Mark Turner」はワーナー・ブラザースからリリースされデビュー作となり、その後未発表作の2枚がクリス・クロスからリリースされている。

 

90年代前半から00年代前半頃までコネチカット州ニューヘヴンに妻と子供で住んでいた。その後ブルックリンへ移住する。
2001年に録音した『Dharma Days』を最後にターナーは12年間リーダーアルバムの制作を停止し、ライブはサイドマン、コラボレーターとしての活動にほぼ専念する。この理由は2人の子供の成長を見守るためだと説明している。[2]

 

00年代初頭(?)イーサン・アイヴァーソン、ベン・ストリート、ビリー・ハートのトリオに参加する。このバンドはビリー・ハート・カルテットに発展する。
また2003年にFLYトリオによる初のレコーディングを行い、以降このトリオの活動を本格化させる。
2008年11月、ブルックリンの自宅で指2本を負傷する。一時は復帰も危ぶまれたが、懸命なリハビリのすえ4ヶ月後の2009年3月、エドワード・サイモンのヴィレッジ・ヴァンガード・ライブで復帰。

復帰後

10年代は00年代に引き続きFLY、ビリー・ハート・カルテットでの活動に加え、ギラット・ヘクセルマン・カルテット、トム・ハレル・トリップなどでサイドマンとしてライブ、レコーディングを行っている。
2013年6月にECMレーベルで12年ぶりの作品『Lathe of Heaven』を録音、同時期にリーダーバンドの活動を再開させる。

作品

リーダー作

1995 - Yam Yam
1998 - Mark Turner
1998 - In This World
2000 - Ballad Session
2001 - Dharma Days
2014 - Lathe Of Heaven

FLYトリオ

2004 - Fly
2009 - Sky & Country
2012 - Year Of The Snake

発言

音楽観

生徒に対して言っていること、音楽から学んだこと


「他者の助けになりたければ、まず自分自身を助けられないといけない」というのが大きな教えだろうね。いいかえるなら、「もしサウンドグッドな演奏がしたければ、共演者をサウンドグッドにさせることが大切だ」ということだ。
Jazz Times: Catching Up with Saxophonist Mark Turner

影響源

ジョン・コルトレーン


彼の音楽は品格とエレガンスを融合させたアドベンチャーだといいたいね。優しさとリリシズムを備えたパワー、強さ。複雑なハーモニーとメロディを備えたブルース、フォオークロア。たとえ何をしてもセンター(トーナルセンター?)に居続ける。

 

ジョー・ヘンダーソン(不明点多し)


ファストテンポ、タイム、ペイシングの名手。いつも彼はリズムセクションの中にいて、それらを意のままに操っていた。別の言葉で言えば、リズムセクションを掌握し、活性化させていた。ただ自分の言葉を喋っているだけじゃなくてね。楽曲における「quickly moving form」(?)の父親の一人。異なるスタイル、バンドで演奏する名手。しかも彼は自分の誠実さ/言語を守りながらそれぞれの場合において必要なことを提供できたんだ。いつもみんなをサウンド・グッドな状態にできた。ブルース、フォークロア。いついかなる場合においても、滑らかで、クールで、スマート。

 

ウォーン・マーシュについて


着想の名手。彼は自分のしたことを繰り返すことはほとんどなかった。新しいメロディーを見つけるためなら喜んでもがいていた。どんな犠牲を払ってもインプロヴァイズをしていたんだ。音量、ダイナミックレンジ、抑揚よりも、コンテント(?)、プレイスメント(?)、アンティシペイション(コードの先取り)を第一に信頼していた。〜
以上Jaleel Shaw's Blog: MARK TURNER!(2011)

 
  • 好きなミュージシャンジョンはサックス奏者ではコルトレーン、オーネット・コールマン、ジョージ・ガゾーン、ジョー・ロヴァーノ、ウォーン・マーシュ。作曲面ではトリスターノ・スクール、ウェイン・ショーター在籍時のマイルス・デイヴィス・クインテット、ヒンデミット、アーロン・コープランド。(New York Times: The Best Jazz Player You’ve Never Heard)
     
  • 他に影響を受けた人はウェイン・ショーター、レスター・ヤング(ジャズライフ1998年12月号)

同時代のミュージシャンについて

カート(ローゼンウィンケル)とはずいぶん長く一緒にやっているし、彼のバンドでもよく演奏したことがあるので、フィーリングが合わせやすいんだ。でも、合わせようと思っているのではなく、僕たちは何も考えずに、自然にプレイしているんだ。
木村佳代子 ジャズライフ2000年12月号?別冊

 

同期について
もし僕が仲間とのいくつものセッションをやっていなかったら、僕はきっと今のようになっていなかっただろう。シェイマス・ブレイクやジョシュア・レッドマン、クリス・チークなど同世代の仲間は、僕が聴いてきた偉大なレコードと同じくらい僕に影響を与えている。ともに学校に通ったカート・ローゼンウィンケルのような人々は僕の大きな影響源だ。ジェフ・バラードのようなニューヨークで出会った人達もね。お互いにセッションで演奏し、チェックしあった。
New York Times: The Best Jazz Player You’ve Never Heard

評価

カート・ローゼンウィンケル


(音楽的に共通している部分をおしえてほしいといわれて)音楽的な共通点といっても、ありすぎて1つや2つにまとめられないよ!1つだけいえることがあるとすれば、この関係は言葉にできるようなシンプルなものではないということ。彼の耳には何が聴こえているか、僕にはわかるんだ。それぐらい近い感覚を持っているということさ。
ジャズライフ2003年10月号 金沢隆志/石沢功治

 

ルシアーナ・ソウザ


彼の音楽は私たちの周りでもっともフレッシュなものです。彼のような作曲をしてみたいですね。調整が希薄な音楽('out' music)だけれども、にもかかわらずとても音楽的に、そして協和音的(consonant)にサウンドするんです。
New York Times: The Best Jazz Player You’ve Never Heard

 

ビル・マクヘンリー


一回彼の家で一緒に練習したことがあるんだ。びっしりと書き込んだ練習帳(these music books of things he writes out)を見せてくれたよ。ある本は36ページに渡って大量のコードやエクササイズが記入されていた。彼のアプローチは誠実(purity)であるがゆえに、様々な人に影響を与えているんだ。私のようによりフリーな音楽をやる人だったり、他にもストレートアヘッドな音楽をやる人だったり。スタイルは関係ないんだ。
New York Times: The Best Jazz Player You’ve Never Heard

 

リード・アンダーソン


ターナーは彼独自のハーモニーを使っている。彼はそれらのハーモニーにメロディを聴きとっているんだ。時にそれが複雑で、表面上はほとんど機能和声として聴こえなくても、実はそのハーモニーは完璧に機能している。
New York Times: The Best Jazz Player You’ve Never Heard

太田剣


『Warner Jams Vol.2』"The Man I Love"の演奏について(雑誌では譜面付き)
ターナーのコンセプトの斬新さが際立つテイク。コルトレーン的な8分音符主体のリズム・フィギュアで紡がれるソロですが、連なる音使いに内包されているハーモニック・リズムのズラし方とか、フラジオ音域を飛び道具的ではなくスケールライクに流暢にソロのラインに埋め込んでいるところ、なによりテナーのサウンドそのものにもウォーン・マーシュの影響を色濃く感じます。(略)パーカー〜コルトレーンと進んだビ・バップ〜モード系の演奏イディオムに対し、レニー・トリスターノ、リー・コニッツ、マーシュらが取り組んでいた手法を自家薬籠中の物にし、独自のハーモニックなアプローチを加えた、センス溢れるスタイルです。
ジャズライフ2012年5月号

 

木村佳代子


2000年6月15日武蔵野スイングホールの演奏レポート(抜粋)
本当の意味での"新しいジャズ"、無国籍で今まで聴いたことがないような新鮮なイメージ、でもどこかノスタルジックでメランコリックで、マークがしばしば口にする「相反するモノの融合」。そんなマークの音楽性がひしひしと感じられるライヴだった。
ジャズライフ2000年12月号?別冊

 

ジャズギターブック10


(カート・ローゼンウィンケルは)8分を主体としたラインだが、フレーズの途切れ目というか、休符の位置が特異なために一段と個性的なアプローチとなっている。これはバークリー時代からの盟友、テナー・サックス奏者のマーク・ターナーの影響である。

脚注

 

[1]New York Times: The Best Jazz Player You’ve Never Heard

[2]Jazz Times: Catching Up with Saxophonist Mark Turner

[3]IN CONVERSATION WITH FLY: JEFF BALLARD, LARRY GRENADIER, AND MARK TURNER

[4]A FIRESIDE CHAT WITH MARK TURNER

[5]MARK TURNER!

[6]工藤由美 ジャズライフ1998年12月号
[7]Music & Literature: MARK TURNER AS SEEN BY HIS PEERS, PART ONE