HTML convert time to 0.017 sec.


マリア・シュナイダー / Maria Schneider

Last-modified: 2017-06-09 (金) 20:24:04

よくギルはキミに何をもたらしたか?と聞かれることがありますが、こう応えています。自立する精神だ、と。(アレグレッセ、ライナーノーツ)

 
&flash(https://www.youtube.com/v/6H1EI2ivOQY&start=36,425x355,bgcolor=#000000);
 

マリア・シュナイダーは1960年生まれのアメリカのジャズ作曲家。80年代にギル・エヴァンス、ボブ・ブルックマイヤーの薫陶を受け、1992年にマリア・シュナイダー・オーケストラを結成。近現代クラシック的なアイディアをジャズ・オーケストラで展開した1作目の『Evanescence』は当時のラージアンサンブル・シーンにセンセーションを巻き起こした。その後3作目の『Allegresse』からはブラジル音楽、ラテン音楽、ポップ・ミュージックを昇華し繊細さと雄大さをあわせ持つ独自のサウンドを確立。その音楽性は後進のジャズ作曲家に絶大な影響を与えている。また、00年代後半以降はクラシック声楽家のドーン・アップショウやロックスターのデヴィッド・ボウイからも共同制作を持ちかけられ、ジャンルを越境した活動を展開している。

 
 
編集履歴
 

バイオグラフィー

幼少期

本名マリア・リン・シュナイダー。1960年11月27日ミネソタ州ウィンダム生まれ。父親は亜麻布の製造会社の代表で、子供時代はよく業務用飛行機によく乗せてもらったらしい[2]。母はクラシックの愛好家で家にはレコードのコレクションがあり、よく2人で一緒に聴いていたという。家にはジャズのレコードもあった。またウィンダムには大きなレコードショップはなく、ショッピングセンターなど一般的な小売店でポップミュージックを買っていた。2014年のインタビューでもその時聴いたものは今も変わらず好きだと言っている。その中でも特にフィフス・ディメンションに曲を多く提供しているジミー・ウェッブ、ローラ・ニーロに対して賞賛を送っている。

 

5歳の時ウィンダムに移住してきたクラシックとストライド・ピアノの演奏家にピアノレッスンを受ける。彼女とのレッスンは大学進学までの13年間続いた。他にクラリネットとヴァイオリン、バレエもたしなむ。

 
好きな音楽家・作品
時期音楽家・作品ジャンル
幼少期〜10代ウラディミール・ホロヴィッツ『2つのポロネーズ(ショパン)』クラシック
アルトゥール・ルービンシュタイン『バラード(ショパン)』
ドビュッシー、ストラヴィンスキー、バッハ作品
テディー・ウィルソン、アーティー・ショウジャズ
ザ・ティファナ・ブラス、フィフス・ディメンション、ザ・シーカーズ、ビートルズ、サイモン&ガーファンクルポップミュージック
ジミー・ウェッブ、ローラ・ニーロ、ビル・ホルマンソングライター、作曲家
大学時代ビル・エヴァンス、ギル・エヴァンス、デューク・エリントン、マッコイ・タイナー、ハービー・ハンコック他ジャズ
30代後半アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルト、エグベルト・ジスモンチ、パコ・デ・ルシア他ブラジル/ラテン音楽

大学時代

1979年に高校卒業後、ミネソタ大学に音楽理論科と作曲科の生徒として入学(ジャズ科は無かった)。当初はクラシックの理論科にいたが、ビル・エヴァンス、ギル・エヴァンスなどを聴いたことでモダン以降のジャズに惹き込まれ、後にビッグバンドライティングに切り替えている。ヒンデミットに師事していた音楽家に教わり、彼の元で先進的な対位法を学ぶ。その内容はバッハのフーガの技法を範とし、毎週のようにオリジナルのフーガを書かせるものだった。彼はシュナイダーがジャズに影響されていることに気が付き、ビッグバンド用のスコアを書くことを提案する。
イーストマン大学で教鞭をとるレイバーン・ライト(Rayburn Wright)、リディアン・クロマチック・コンセプトを書いたジョージ・ラッセルの本も研究。また、デイヴ・リーブマンのクリニックも自分の信じる道を行く上で大いに影響されたと言っている。
大学での勉強の大部分は独習だったと振り返っている。

 

1983年に音楽理論科と作曲科の学士号を取得。その後マイアミ大学大学院に進学するが、レイバーン・ライトの誘いを受けてイーストマン音楽学校での彼の夏季プログラムを受講したことがきっかけで、1984年にニューヨーク州ロチェスターにある同校に編入。ライトのもとでジャズ科と現代作曲科(contemporary composition)の修士号を1985年に取得した後、ニューヨーク市へ居を移す。

 
師事歴
時期学校・機関教育家主な内容
5-18歳プライベートレッスンEvelyn Butlerピアノレッスン
19歳ミネソタ大学エリオット・カータークラシック理論
19歳-20代前半Paul Fetler対位法
20代前半Dominick Argentoオーケストレーション
Manfredo Festピアノ
20代前半マイアミ大学大学院不明不明
20代前半イーストマン音楽学校レイバーン・ライトジャズ、現代音楽の作曲
20代後半雇用ギル・エヴァンス作曲アシスタント
20代後半プライベートレッスンボブ・ブルックマイヤー作曲

ギル・エヴァンス/ボブ・ブルックマイヤー門弟時代

当初譜面の写譜の仕事をやっていたが、そこに客として来たピアニスト/アレンジャー、トム・ピアソンがギル・エヴァンスを紹介。ギルのアシスタントとして、オーケストレーションを手伝う。1986年には「ハスラー2(The Color of Money)」、「ビギナーズ(Absolute Beginners)」[34](ギルが関わっているのは器楽曲のみ?)の作曲を助け、1987年にはスティングとギルのヨーロッパ・ツアーで数曲のアレンジの経験をしている。
ギルから直接アレンジメントについての指導を受けたことは無かったという。
ギルの元では彼が亡くなる1988年まで学び続けた。

 

また同時期にNEA(National Endowment for the Arts、全米芸術基金)に奨学金を認められトロンボニスト/作曲科のボブ・ブルックマイヤーから作曲を学ぶ。ブルックマイヤーのもとには1986年から1991年まで師事し、大きな影響を受けたと彼女自身が語っている。またブルックマイヤーがアレンジャーを務めていたサド・ジョーンズ/メル・ルイス・オーケストラと同バンドの後継であるヴィレッジ・ヴァンガード・オーケストラのための作曲もしている。

マリア・シュナイダー・ジャズ・オーケストラ結成

1989年、当時の夫でトロンボニストのジョン・フェドコックと発表を前提にしないリハーサルバンド形式でビッグバンドを起ち上げる。発足はメル・ルイスの勧めもあったという。[16]その後シュナイダーがバンドをリードし、1992年にマリア・シュナイダー・ジャズ・オーケストラを発足。同年の9月、第1作「Evanescence」を自主制作し、この作品を恩師であるギル・エヴァンスに捧げた。1994年にエンヤ・レーベルからリリースされたこの作品はグラミー賞にもノミネートされ、アメリカのジャズファンや評論家、ミュージシャンの間で注目される存在になった。

 

1993年、シュナイダー・オーケストラはニューヨーク・グリニッジ・ヴィレッジのクラブ、ヴィジオーネスで毎週月曜日に定期的に演奏する機会を得る。当初はバンドメンバーに25ドル、リーダーである自身には15ドルのみの支払いだった[35]。この演奏はヴィジオーネスが閉店する1998年まで5年間続き、レギュラーメンバーだけでなく、数々のミュージシャンたちが彼女のバンドに参加した。

また、90年代の中盤になると様々な場所で活躍する機会が増える。1993年6月、アニタ・エヴァンスの指名でスポレート・フェスティバルでギル・エヴァンス・オーケストラの演奏の指揮をする。ギルの過去の作品からのセレクションで、『Miles Ahead』『Porgy & Bess』『Sketches of Spain』『Quiet Nights』の曲が披露された。[16]トゥーツ・シールマンスとスウェーデンのノルボッテン・ビッグ・バンドのコラボレーション(1994年)、カーネギー・ホール・ジャズ・オーケストラ、モンタレー・ジャズ・フェスティヴァル(1995年)、モダン・ダンス・カンパニー、ピロボラス(1998年)からの委嘱などがある。
1995年には第2作『Coming About』を録音。同時期に作編曲を依頼された作品を中心に構成されている。

南米音楽への転換

第3作『Allegresse』に収録予定の楽曲の制作中、スランプに襲われる。「実は『Allegresse』の制作にとりかかる前、私は本当にひどい状態にあった。何もアイディアは浮かばないし、もう私は作曲家として終わったのかもしれないとすら思ったわ。」[25]

 

1999年、友人とともにブラジルに旅行する。「自らの音楽を振り返ると、1999年に初めてブラジルを訪れてから、私の音楽は大きく変貌したことが分かる。とても大きな影響を受けたの。確かにブラジルでの体験は素晴らしく、楽しく、エキサイティングで、一種の人生の転機だとは思った。けれど、それがその後の私にとって、どれほど重要な意味を持つことになるのかその時は分からなかった。私の意識を超えて、ブラジルは私と私の音楽に大きな影響を与えてくれたの。」[25]

 

ブラジル旅行後、アントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルト、フラメンコの作品に魅了され、ブラジル/南米音楽に影響を受けた作品"Hang Gliding"、"Journey Home"を作曲する。その後、ブラジル旅行前後に作曲した作品を中心に第3作「Allegresse」を2000年に録音する。

 

2003年2月、ジャズ・アット・リンカーン・センター主催のコンサートで、パーカッションをテーマにした作品で秋吉敏子ジャズ・オーケストラとダブルビル・コンサートを行う。その際演奏された楽曲"Bulería, Soleá y Rumba"はコンサートの3週間前に宣告された癌の手術と平行して書き上げたもので、その時の心理が反映されている。
2003年にはクラウド・ファンディングのレーベル、アーティストシェアで90,000ドルを集め、前作で加わったブラジル/南米音楽的な要素を更に深化させた4枚目のスタジオ作品『Concert in the Garden』を録音。ネット販売された作品で初めてグラミー賞を獲得する。続く2007年に録音した『Sky Blue』も収録曲"The 'Pretty' Road"と"Cerulean Skies"がグラミー賞にノミネートされる。この作品ではマリアの作品で初のフリー・インプロヴィゼーション的な表現が導入される。

ドーン・アップショウ、デヴィッド・ボウイとの制作

2006年ころから毎年11月第4週の感謝祭週間にはジャズ・スタンダードで一週間の公演を行っている[33]。2007年にはデヴィッド・ボウイが、2009年にはトーキング・ヘッズのデヴィッド・バーン、ベルリン・フィルのサイモン・ラトルが客席にいたという。[7, 13]
また2006年に、マリアのジャズスタンダードでのライブを聴いたクラシックの声楽家ドーン・アップショウと面識を持つ。その後2008年に彼女にクラシックの楽曲を書いてほしいと持ちかけられる。当初はクラシックの世界での経験がないため二の足を踏んでいたが、彼女や関係者にプッシュされ作曲を決意。ブラジルの詩"Carlos Drummond de Andrade Stories"を元にした同名の管弦楽伴奏歌曲集を制作する。

 

"Carlos Drummond de Andrade Stories"初演後、カリフォルニア・オーハイ・フェスティヴァルの運営者に依頼され2作目のクラシック曲を制作する。こちらは詩人テッド・クーザー(Ted Kooser)が癌の療養時の散策から着想をえた詩集『Winter Morning Walks』にインスピレーションを受けている。また自身のグループからフランク・キンブロー、ジェイ・アンダーソン、スコット・ロビンソンの3人をオーケストラ加え、即興的な要素も導入する。オーストラリア・チェンバー・オーケストラで2011年に同フェスティヴァルで初演。2012年には2つの歌曲集をまとめた作品『Winter Morning Walks』をアーティストシェアで集めた資金で録音する。

 

2014年5月、デヴィッド・ボウイのアシスタントからコラボレーションのオファーを受ける。新作録音前だったため躊躇するが、ボウイに渡されたデモ・テープに興味を持ち引き受ける。当初2曲制作予定だったが、スケジュールの都合で1曲になる。7月、リズム隊とソロイストのダニー・マッキャスリン、ライアン・ケバリーを呼び、リハーサルを行う。その後同月のうちに録音に入る。オーケストラのパート、ボウイのパート、ソロイストのパートの順で録音し、オーバーダブを行って仕上げたという。
2014年8月、およそ8年ぶりとなるマリア・シュナイダー・オーケストラの作品『The Thompson Fields』を録音する。

 

2010年前後から週末はキャッツキル山地にあるパートナーの家で過ごし、野生の鳥の世話をしながら作曲をしている。[35,36]

作品

詳しくはこちらをご覧ください。
マリア・シュナイダーの作品

マリア・シュナイダー・オーケストラ
1992 - Evanescence
1995 - Coming About
2000 - Days Of Wine And Roses - Live At Jazz Standard
2000 - Allégresse
2004 - Concert In The Garden
2007 - Sky Blue
2014 - The Thompson Fields

 

w.アルヴェ・ヘンリクセン
2005 - Sketches of Spain

 

w.ドーン・アップショウ
2012 - Winter Morning Walks

 

w.デヴィッド・ボウイ
2014 - Sue (Or In A Season Of Crime)

 

発言

作曲観

守屋:"メロディ"、"ハーモニー"、"リズム"、"音色"といった音楽の要素の組み合わせについては、どんな風に考えていらっしゃいますか?
マリア:それらは同時に働くものだと思うので、一遍に考えています。良いハーモニーが無いメロディにはパワーが無いし、逆に美しいメロディを伴わないハーモニーには意味がない。リズムについても同様です。そして、音色は、音楽に新たな生命と広がりを吹き込むと思うの。リズムがスムーズかどうか、音色が適切かどうかは、ハーモニーやメロディの意味を大きく変えます。これらの要素は、ひとつの曲の中で、互いに影響しあって働いていると思う。まるでひとりの人間の身体の中で複数の臓器が働いているようにね。

守屋:あなたのピアノ、ベース、ギターなどの譜面にはコード記号がなく、クラシック譜のように音がそのまま指定されていることがよくあります。コード進行が書かれていないというのは、ピアニストとしてはかなり不安な気がするのですが、これには理由があるのでしょうね。
マリア:わたしが求める和音やヴォイシングやラインをコード記号で描くのは不可能な気がするの。わたしの和音の積み方は典型的な方法では全くないですから。リズム・セクションもオーケストレーションの一部として考えているときは、特に、コード記号では表せないですね。

守屋:貴方の曲には難しいキーのものが多いですが、曲のキー(調性)についてどう考えているのか教えて下さい。
マリア:新作の「スカイ・ブルー」を例にとって説明してみますね。この曲はさきほども言ったように、わたしの耳にそのまま聴こえてきたのだけれど、その時点ですでにGフラットだったの。これをより簡単だからといって、Fのキーに落とすことは、たった半音でも、曲のすべてのカラーとフィーリングを変えてしまうと思う。わたしには絶対音感はないけれど、それが同じでないことは確かに感じます。Gフラットというキーはフラットが多いからではなく、ブラス・セクションのチューニングが合わせにくいという意味で、とても難しかったです。でもだからといってキーを変更したことはないわ。(中略)

守屋:あなたの、特に最近の作品には"フリー"で"オープン"なスペースが感じられます。これは典型的なビッグバンド・アレンジとは一線を画すと思うのですが、この"空気感"があなたの音楽の特徴と言っても良いのでしょうか?
マリア:そのとおりよ。わたしはいつも音楽に"モア・エア(more air)"を求めているの。そして、優しさ(gentleness)と繊細(subtlety)さと静寂(silence)をね。
ジャズライフ2008年1月号「マリア・シュナイダー&守屋純子日米バンドリーダー/アレンジャー対談」

要約


  • 曲を書く時はまず五線譜すら書いていない紙に「ラフ・スケッチ」をする。それによって、バラバラのアイディアの断片を素早く見つけることが出来るという。その後どの断片を選択するか、使えるアイディアはどれか、と長い時間をかけて検討する。スコアに鉛筆で書くのはそれからで、コンピューターは使わない。作曲は直感重視。
    ジャズライフ2008年1月号「マリア・シュナイダー&守屋純子日米バンドリーダー/アレンジャー対談」
    マリア・シュナイダー・トークショーレポート
     
  • 楽曲のスコアは演奏のたびに変えていくこともあり、結果が良ければ時には予想もしない変更もある。自身の作曲スタイルはバンドとともにゆっくりとしたインプロヴィゼーションをすることだと位置づけている(a kind of slowly evolving improvisation with the band)。
    (My music for the band…each other a lot.)Maria Schneider on composing, her CDs, the SPCO — and her Windom roots
     
  • 曲作りで最も大切なことは必然性。ただソロに関しては何が起きるか予想できないので難しい(バンドの演奏の中で育てていくということか?)。ソロセクションは自由度が高い曲とかなり作曲されているもの両方があるが、自分では前者のほうが好き。
    マリア・シュナイダー・トークショーレポート
     
  • アルバムコンセプトを決めてから作曲をすることはない。だがどのアルバムも結果的に自分の人生の年表のようになっている。
    (With each of my six albums…a chronology of my life.)IN CONVERSATION WITH MARIA SCHNEIDER
     
  • 過去の経験を元に音楽を作っているわけではない。ただ作曲しているうちに、不意打ちのように過去の経験が呼び起こされることがある(おそらく"Hang Gliding"や"Coming About"など標題音楽的な作品のこと)。
    (I don’t try to transpose…it out even further.)Bandleader Maria Schneider makes her own magic

好きな音楽

無人島アルバム(2017年のインタビュー)Ted Panken Facebook


1. フィフス・ディメンション "Up Up and Away"
2. アーロン・コープランド "Appalachian Spring"
3. ビル・エヴァンス "I Loves You Porgy" (Waltz for Debby)
4. マイルス・デイヴィス/ギル・エヴァンス"Oh Bess, Oh Where’s My Bess" (Porgy and Bess)
5. メル・ルイス・オーケストラ"My Funny Valentine" (Make Me Smile & Other New Works)
6. ジョージ・ラッセル/ギル・エヴァンス "Stratusphunk" (Out of the Cool)
7. ギル・エヴァンス "The Barbara Song" (Individualism of Gil Evans)
7a.クラウス・オガーマン/ビル・エヴァンス "Symbiosis"
8. マイルス・デイヴィス "Filles de Kilimanjaro" (Filles de Kilimanjaro )
9. パウル・ヒンデミット "The Four Temperaments"
10. モーリス・ラヴェル "G Major Piano Concerto"
11. パコ・デ・ルシア "Alcazar de Sevillia" (Live in America)
12. エグベルト・ジスモンチ "Memoria e Fado" (Dança Dos Escravos)
13. シャーリー・ホーン "Too Late Now" (You Won’t Forget Me)
14. ヴェーリャ・グアルダ・ダ・ポルテーラ "Quantas Lagrimas" (Portela passado de glória)

 

無人島アルバム(2014年のインタビュー)[4]


『ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調』(特に第2楽章)
パブロ・カサルス『バッハ:無伴奏チェロ組曲』
ブラジル音楽ではジョアン・ジルベルト『Amoroso』、エグベルト・ジスモンチ『Infancia』
自作品では『Concert in the Garden』、『Winter Morning Walks』
マイルス・デイヴィス&ギル・エヴァンス『Porgy and Bess』
ギル・エヴァンス『The Individualism of Gil Evans』
ケイト・マクギャリー、ルシアーナ・ソウザの作品

 

無人島アルバム(2000年のインタビュー)[28]


ジョアン・ジルベルト『Amoroso』
パコ・デ・ルシア『Zyryab』(it's the mostexciting album. I've fallen in love with flamenco and the excitement of what he does with the buleria rhythm.)
マイルス・デイヴィス&ギル・エヴァンス『Porgy and Bess』
マイルス・デイヴィス『Kind of Blue』
ビル・エヴァンス『Sunday at the Village Vanguard』(That was the first modern jazz I heard. That album changed my life.)

 
  • モダンジャズ時代で好きなオーケストラ[34]
    ソーター=フィネガン・オーケストラ
    クロード・ソーンヒル・オーケストラ
 
  • 好きなブラジル音楽[2]
    Portela Passado de Gloria - Velha Guarda da Portela
 
  • 普段聞いている音楽[5]
    ブラジル音楽ではエグベルト・ジスモンチ、アントニオ・カルロス・ジョビン、イヴァン・リンス、ジョアン・ボスコ。他にはフラメンコ、ラヴェル、ヒンデミットなど

影響源

Postmediaのインタビュー


コール・ポーター
ジミー・ウェッブ
アーロン・コープランド(「作曲家を志す上で、最も影響された人です」)
ギル・エヴァンス
サド・ジョーンズ
ボブ・ブルックマイヤー
デューク・エリントン
ビル・エヴァンス(感情豊かな不滅のピアニスト。自分のもう一つの大きな影響源)
クラウス・オガーマン("velvet-and-silk style attracted barbs from purists at the time")
パコ・デ・ルシア
アントニオ・カルロス・ジョビン
エグベルト・ジスモンチ
(Ask her about idiomatic influences〜my own way in music.)[41]

 

ブラジル音楽について


私が音楽を書く理由は人々が美しさの中で我を忘れてほしいからです。私は美しい物が好きです。初めてブラジルに行って、自分がどれだけ音楽に美しさを見落としているか気がつきました。それから沢山のブラジル音楽を聴き始めました。ブラジル音楽は「美しくあること」を恐れない音楽だと思います。ブラジル音楽にはあの美しくもとても入り組んだハーモニーがあります。アントニオ・カルロス・ジョビンのような音楽家は[moving all over the place〜Wonderful movement.の部分訳せず]。そしてそれこそが私の音楽に望むものだったのです。私は自分の音楽がマッスルになることは望みません。美しくあること以外に必要なことはありません。この星ではとても多くの作曲家がどうにかして美しさを伴わずに曲を書こうとしています。それはいけません。私は美しいメロディを忘れていたのです。
Maria Schneider: Going Her Own Way

 

私がブラジル音楽で好きなのは、彼らにとって歌うことが暮らしそのものになっている点です。音楽を作ることがエンターテイメントのためでもアカデミズムのためでもありません。音楽がただ日常の中にあるのです。自分たちの人生が日常の中にあり、人生と音楽は一つになっています。私の好きな音楽は人生のために、生きるために必要な音楽です。
フラメンコは、生きることを楽にしてくれる音楽です。ブルースや初期のジャズもまたそうでした。サンバは苦痛を喜びや素敵なものに変えてくれる、一種の錬金術のような音楽です。私の音楽はとても尖ってシリアスで、そしてクラシックに影響を受けているとはいえ、ジャズでしかないものでした。しかしブラジル旅行後、私の中の音楽の優先順位は変化したのです。私は自分の音楽が誰かに感動を与えることをほんとうに気にかけてはいませんでした。またそれが複雑であることも気にしていませんでした。
Keeping the Notes Dancing and Flying

 

ギル・エヴァンス、ボブ・ブルックマイヤーについて


ボブの楽曲の展開に関する卓越したスキルは驚くしかなく、突出しています。シンプルなアイディアを取り出し、とても多くの別々のものに変形させることができます。ですがそうして創りだしたものすべてはとても自然につながった形で流れていきます。それら全ては巧みに構成されています。無理やり作られたような跡は微塵もありません。ブルックマイヤーは即興の時も、作曲の時もそのように音楽を作ります。
ギルは―私にいわせれば―彼の「ライン」(文脈的にメロディラインだけでなく、対旋律やハーモニーの構成音の移り変わりなど、音楽における「横の流れ」全般だと思われる)のセンスは、他に並び立つものがありません。演奏しているオーケストラのメンバー一人ひとりが―低音楽器のチューバでさえも―メロディアスなラインを担当しているのです。ギルは数えきれないほどのディテールで満たされた音楽を書き、またそれが散らかっているように聴こえることは絶対にありません。また彼の音楽は細部に富みますが、直接的かつシンプルで、なおかつ単純すぎることはありません。
TEN QUESTIONS WITH MARIA SCHNEIDER

 

ギル・エヴァンス、ボブ・ブルックマイヤーについて


AAJ「私たち(ジャズファン)はしばしばギルエヴァンスを流れるような音楽を描く印象派として見なしています。それに対してブルックマイヤー(の演奏)は複雑で精密だと思っています。あなたの意見はほとんど真逆ですよね」
あなたの考えは正しいのかもしれません。ブルックマイヤーの音楽はモチーフ・デベロップメントで構成されているから。だからそれはまるで細胞のような構造なんです。でもあの大きなフォームはどういう訳かそれらの小さな細胞によって構成されている。ギルはそのような手法は使いません。だけどにもかかわらずギルの音楽はいつも精密で、とても複雑です。もし私が彼らの音楽をコピーしても、それはまるで違ったものになってしまうでしょう。ボブの音楽は全てが細かいパーツで構成されているわけではありません。それよりも多くのパートがお互いに結びついており、大きなアイディアになっているんです。ボブはモチーフ(デベロップメント)的な複雑さがあるけれど、結果的にひとつの大きなひとまとまりになっているのだと私は思います。ギルもボブも素晴らしい才能の持ち主です。そして2人ともお互いを尊敬していました。2人は全く異なる生き物だったと思いますけど。

AAJ「そしてあなたはおふたりから多くのものを得たのですね」
もちろんです。私はボブに作曲を師事しました。ギルはどのように作曲をしているかを解説してくれる人ではありませんでしたが。彼はボブよりも作曲観がわからない人でした。
Keeping the Notes Dancing and Flying

 

ギル・エヴァンスについて


私はずっとギルの編曲を愛してきました。だから、彼と合う以前から私の音楽の一部は、ギルの影響のもとに成り立っていたんです。ところが、ギルの手伝いをしている間、彼は理論や技巧についてひとことも言いませんでした。つまり、クローンになってほしくなかったんです。よく、ギルはキミに何をもたらしたか?と聞かれることがありますが、こう応えてます。自立する精神だ、と。それに、ギルを心の底からリスペクトしていますが、音楽を作るアプローチはぜんぜん違うんです。
『Allegresse』日本語ライナーノーツ収録

 

ギル・エヴァンスについて


多くの人々がギル・エヴァンスの音楽について語るとき、彼らはその"素晴らしいヴォイシング"に言及します。少し待ってください。ギルのマジックはそういうこととは全く異なるものです。ギルのマジックとはラインとレイヤーにこそあるのです。彼の音楽には本当にたくさんのレイヤーが積み重なっています。それは素晴らしいとしかいいようがありません。
IN CONVERSATION WITH MARIA SCHNEIDER

 

フライング・モジュレーション/ジミー・ウェッブ "Up, Up and Away"を聴きながら[2]


"Up, Up and Away"は10代の時聴いて以来、私の血肉になっています。最初のリリック(“Would you like to ride in my beautiful balloon?”)を聴いて下さい。短三度上の転調がありますね。これが「フライング・モジュレーション」です。これは私の音楽のいたるところに登場します("Hang Gliding"、"Coming About"など)。そして今また短三度の転調をしました(“For we can flyyy ...”)。今度は長三度下に(“It wears a nicer face in my beautiful balloon.”)。フルートのラインが聴こえるでしょうか?これはギル・エヴァンスの影響を受けていると思います(この曲のアレンジャー、マーティ・ペイチはギル・エヴァンスの同輩)。
ジミー・ウェッブは天才です。この(短い)曲は全部で6回かそれ以上転調しますが、私は(聴く度に)寒気がします。他に誰がこんなことをするでしょうか?"Giant Steps"と同じ回数なんて!

 
  • ラヴェルは私の音楽にとても大きな影響を与えています。またもし私が死ぬときは、バッハの音楽を聴いているでしょうね。
     
  • 秋吉敏子はヴィジョンを与えてくれた存在。女性がジャズ・オーケストラを率いることに大きく励まされたという。[1]
    要約

  • ショーロは対旋律がグルーヴを生み出している音楽。時計の歯車が噛みあって動いているように、それぞれのラインが連動していることでリズムを作り出している。
    Maria Schneider & the Art of Reconciliation
    (Choro is a good example〜catching and uncatching.)
 
  • 自身の音楽を言葉で表現するなら「ジャズ・クラシカル」か?と聞かれて
    テクスチャーの色彩と展開、複雑な編曲はクラシックから着想を得ている。しかしクラシックだけでなく様々な音楽に精通しているミュージシャンを起用しているため一概にはそうは言えない。
    (If we must have labels〜draws out more idioms.)
    Bandleader Maria Schneider makes her own magic

バンドメンバー、同時代のミュージシャンについて

クラレンス・ペンについて
クラレンスがグループに参加してから、表現領域が大きく拡大しました。彼のスペースを残したドラミングは、私の音楽に不可欠です。[1]

 

クラレンス・ペンが素晴らしいのはたくさんのスペースを生みだせるところ。時間を刻んでいるだけじゃない。彼はとてもオーケストラ的に考えることができる人だわ。[8]

評価

ボブ・ブルックマイヤー
作曲家、指揮者としてマリアは自分にできることをまだ完全にコントロールしていないが、彼女は"chance-taker"だ。彼女には独自のボイスがある。だが私はそれがどこから来たのかわからないんだ。jazz.com

 

守屋純子
マリア・シュナイダーのデビュー・アルバム『エヴァンセンス』が発表された時は衝撃的だった。今まで聴いたこともないような複雑なリズム、ハーモニー、メロディの組み合わせ。一体このサウンドはどういう理論から来ているのだろう、と思っていた(今回、"わたしの和音の積み方は、コード記号で表せるような典型的な方法ではまったくないですから"と、ご本人から伺って納得しました)。それでも、2枚目の『Coming About』、ライヴ盤『Days of Wine and Roses』あたりまでは、他に例を見ないサウンドでありながら、一応"ビッグバンド"というフォーマットの範疇に入るものだったと思う。この頃、日本の学生バンド、社会人バンドなどもこぞって彼女の作品を取り上げていた。
 しかし、その後の彼女は、アコーディオンやヴォイス、パーカッションなどの特殊な楽器を多用し、ミュートや木管楽器の音色に徹底的にこだわり、いわゆる"音の厚みと迫力"で迫る一般的な意味でのビッグバンドとは正反対の方向に進んでいるような気がする。新作の中の"Cerulean Sky"が典型的な例で、22分にも及ぶ大曲の中、管楽器が全く鳴っていない瞬間、ドラムがリズムを刻んでいない場面がたくさんある。
「わたしはいつも音楽に"モア・エア(more air)"を求めているの。そして、優しさと繊細さと静寂をね」という言葉は、まさに彼女の本質を語っている。一般的なジャズ・コンボより多くの人数を使って、"空間"や"静寂"を表現するその一見矛盾し、相反する世界の美しさを具体的に見せてくれるところに、私達は強く惹かれるのだと思う。今回最大の発見は、「わたしは自分のグループをいわゆるビッグバンドと考えたことがない」という部分。なるほど、ご本人自らそういうスタンスだたのですね。
 マリアは今後どこに行くのだろうか……。それは誰にもわからないが、確かなことは、彼女は"ビッグバンド"という範疇を超えて、"マリア・シュナイダーの音楽"をどんどん極め、純化し、突き詰めていくのだろうということ。 ジャズライフ2008年1月号

 

ダーシー・ジェイムズ・アーギュー
『Evanescence』が与えた衝撃はヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコと同等だといつも言っている。それを聴いた人はみんなビッグバンドを始めたんだ(※)。そして彼女のデビュー作は他のビッグバンドのサウンドとは異なっていた。当時のジャズシーンで起きていたこと全てと違っていたんだよ。Observer
※ブライアン・イーノの「ベルベットのファースト・アルバムは3万枚しか売れなかったが、それを聴いた人はみんなバンドを始めたんだ」という有名な言葉を借用している)

関連項目

ダニー・マッキャスリン
ベン・モンダー
ダーシー・ジェイムズ・アーギュー

脚注

[1]ジャズライフ2012年12月号

[2]Keeping the Notes Dancing and Flying

[3]THE DOZENS: MARIA SCHNEIDER SELECTS 12 ESSENTIAL GIL EVANS TRACKS by Ted Panken (editor)
[4]Maria Schneider: Going Her Own Way
[5]ジャズライフ2008年1月号「マリア・シュナイダー&守屋純子日米バンドリーダー/アレンジャー対談」
[6]IN CONVERSATION WITH MARIA SCHNEIDER
[7]Maria Schneider comes home -- for the SPCO2008.10
[8]ギル・エヴァンス最後の愛弟子にして、現代最高のビッグバンド・リーダーが語る「ジャズ」「オーケストラ」「即興」
[9]TEN QUESTIONS WITH MARIA SCHNEIDER
[10]An Interview with Maria Schneider, Jazz Composer

[11]マリア・シュナイダー・トークショーレポート
[12]MARIA SCHNEIDER: NAVIGATING COMFORT ZONES
Since you used the word aleatoric
[13]The Maria Schneider Reality Show2009.11
[14]'The Thompson Fields' - An Interview with Maria Schneider
[15]IN CONVERSATION WITH DARCY JAMES ARGUE By Stuart Nicholson
[16]Evanescence (1994)
[17]Coming About (1996/2008)
[18]Allegresse (2000)
[19]Days of Wine and Roses--Live at the Jazz Standard(2000)
[20]Concert in the Garden (2nd Edition)
[21]Sky Blue (2007)
[22]WINTER MORNING WALKS
[23]The Thompson Fields
[24]ジャズライフ 2006年7月号 マリア・シュナイダー・ニュー・アルバム全曲解説 北原英司
[25]ジャズライフ 2013年7月号 マリア・シュナイダー&狭間美帆の音楽対話 前編 常磐武彦
[26]ジャズライフ 2013年8月号 マリア・シュナイダー&狭間美帆の音楽対話 後編 常磐武彦
[27]Downbeat 1996.11 Maria Schneider's Composing Pains Bob Protzman
[28]Downbeat 2000.10 gimme 5 by Michael Bourne
[29]Downbeat 2010.4
[30]Downbeat 2011.8
[31]Downbeat 2013.5 Maria Schneider's Winter Morning Walks Unites Musical, Literary Worlds
[31]Downbeat 2015.8
[33]Maria Schneider: A Music That Is Movingly Majestic
[34]Maria Schneider on composing, her CDs, the SPCO — and her Windom roots2012.9
[35]Prairie Jazz Companion2013.4
[36]Maria Schneider on her hometown of Windom, leading the band and working with David Bowie2015
[37]Maria Schneider on her hometown of Windom, leading the band and working with David Bowie2015
[38]David Bowie and Maria Schneider's Enigmatic Collaboration2015.1
[39]MARIA SCHNEIDER: A WALK IN THE FIELDS2015
[40]Maria Schneider & the Art of Reconciliation 06/10/13
[41]Bandleader Maria Schneider makes her own magic2015.8
[42]10 Questions for Musician Maria Schneider2015.9

[43]Maria Schneider On "The Thompson Fields"2015.12
[44]'The Thompson Fields' - An Interview with Maria Schneider

 

映像・音声
An interview with Grammy Award-winning composer, arranger and conductor Maria Schneider

INTERVIEW WITH MARIA SCHNEIDER
MARIA SCHNEIDER
Big Think Interview With Maria Schneider
Ear to Ear: Maria Schneider
In Praise of Hindemith - Vidéo web (YouTube)
オフビート&JAZZ #17 マリア・シュナイダー インタビュー
Maria Schneider: Classical, Jazz or Does It Matter?

 

テキスト
In Praise of Beautiful Music
マリア・シュナイダー・オーケストラ 写真・文/常盤武彦
Schneider Crosses Over to Classical& and Wins a Grammy

MARIA SCHNEIDER’S “WINTER MORNING WALKS” (2011): WHAT IS JAZZ, ANYWAY?(作曲家の分析)

 

The Thompson Fields – Maria Schneider Orchestra2015.7ライナーからの抜粋?

Maria Schneider: “las mujeres tienen mucho que decir en el jazz”2001