岩崎稲荷神社
住所:宮崎県日南市南郷町榎原甲1134-4
主祭神:倉稲魂命、大宮比売命、大田命
社格:県社
主な祭礼:11月27日(例祭)
↑鳥居↑
(由緒:現地案内板より)
当神社のある此の浄地「星倉新山」は、飫肥城本丸の東南即ち巽(たつみ)の位置に当たる。
当神社のある此の浄地「星倉新山」は、飫肥城本丸の東南即ち巽(たつみ)の位置に当たる。
往時より巽の方は正收福分の地とし、万物の斉う所とされ諸願成就の聖地とされていた。
星は即ち黄金財宝の意味で、その收まる所が倉であり星倉の地名もそこに発すると言われている。
又巽の候は、春暖の天地万物の生々成長するときであるが、当神社はこの意味で諸民万物の弥益々の栄光を祈願し、
その福分を收めるための守護神としてこの地を選ばれたものである。
当神社は元伊豆の国田方郡岩崎に大社して鎮座ありしを、建武元年戌伊東祐持日向国都於に
社殿造営遷座し奉り、岩崎稲荷神社と称す。
その後、天正拾弐年甲申飫肥藩主伊東祐兵本郡平野村に仮社を造立安置し、其の後元和四年にこの浄地に遷座、
郷社にて社領高弐拾六石弐斗を藩主より寄進の上厚く崇敬ありしが、御維新の際社領を廃止せられ
一村一社の藩規に基き村社に定めらる。
↑拝殿↑
↑拝殿・本殿↑
↑飫肥市街遠景↑
(以下、余談)
飫肥城跡から巽(東南)の方角にある星倉新山の山中に鎮座します。
巽は正收福分の地とされ、星倉は黄金財宝が収まる倉という縁起のよい地です。
飫肥城跡から巽(東南)の方角にある星倉新山の山中に鎮座します。
巽は正收福分の地とされ、星倉は黄金財宝が収まる倉という縁起のよい地です。
西都市下三財が最初の鎮座地で、のちに仮殿がJR油津駅付近に、
そして当地へ飫肥城主・伊東祐兵が遷座したとされています。
前者は下三財神社があり岩崎稲荷と称しています。後者は商店街に岩崎稲荷神社があります。
参集殿前にいた飼い犬の鳴き声と、夕暮れの飫肥の風景が印象に残っています。