黒雲山

南方の熱帯雨林を越えたところには黒雲山と呼ばれる常に黒い雲に覆われた山がある。

そこはブラックドラゴンの住処となっている。

一斉に飛び立つその黒い群れの姿はうごめく黒雲のように見える。

この山には『処刑人』と呼ばれる不死の化け物が徘徊している。

それは歩く者を見ると襲いかかる、無言の殺戮者である。

黒雲山は活火山であり、常に黒煙を吹き続けている。

その粉塵は黒い雲となって日の光を隠し、昼でも薄暗い混沌の世界を作り出している。

マグマに赤く照らされるその一帯はまるで生物を拒む死の世界に見える。

木々は無く、緑などは見えない。

目に映る色は黒か赤である。

そしてその赤色には注意しなければならない。

意志を持って襲い来るマグマが存在するのだ。

擬態によってマグマの姿をとった魔物なのか、それともマグマに命が吹き込まれて出来たものなのか、その真偽は分からない。

ただ、本物のマグマと同様に人を焼き尽くす力があり、その赤く焼けた溶岩から冒険者たちは生き延びなければならない。

黒竜たちは山の山頂付近に棲息している。

死の山である黒雲山には餌となるものが無く、黒竜たちは山から周辺の国まで飛んで行く。

そのため黒竜は飛行能力が高い。

一度空へ飛ばれたら、地べたを這い回る人間などには何も手が出せなくなる相手である。


山頂付近に近づくと、山の斜面に寝そべっている黒竜の姿が見えてくる。

その中で出来るだけ孤立している黒竜を探す……

黒雲山を登り、一番近くの黒竜を一匹だけ狩って去る。

それが黒竜を狩る唯一の方法であろう。

ほとんど身を隠す場所の無い黒雲山を冒険者たちは慎重に登っていった。


そして一匹の黒竜を発見した。

山の斜面に身を伏せて休んでいる。

近くに仲間は居ない。


こちらの接近は気づかれていない。

これなら黒竜が飛び立つ前に襲えるだろう。


冒険者たちは武器を構え、一気に飛び出した。

冒険者たちは黒竜を討ち倒した。

しかしその時、黒竜は断末魔の叫びを上げた。

「ギャォォオオオンンン！！」

その声は黒雲山に響き渡った。




空に黒い雲が見えた。


それは不自然にうごめき……


雲ならざる速さで近づいて来る。


雲のように見える群れとは、どれだけの数なのだろうか？


その雲は四方よりこの場へ迫って来た。

黒雲山には身を隠す場所は無い。

そして雲より速く走って逃げるなど不可能である。




冒険者たちの間にはこのような格言が伝わっている。

「黒竜を倒した時、黒竜の恐ろしさを知る事になる。」

その言葉の意味をこの場に居る冒険者たちは理解した。

黒竜は断末魔を上げて仲間を呼ぶのだ。

黒雲山は罪人の流刑地

つまり処刑場だ。

腹を空かせた黒竜は周辺の国に襲いかかる。

故に近くの国々は、罪人をこの山に放ち黒竜の腹を満たせて国を守っている。

一本の木も生えない山肌には溶岩が吹き上がり大地を赤く染め上げる。

徘徊し続けるアンデッドアーマーが生者に等しく死を与える。

空を駆ける黒竜の瞳からは何人たりとも逃げられない。

死を体現したこの山は、生者が足を踏み入れる場所ではない。

なぜ黒雲山のような山が存在するのか。

それには一つの言い伝えがある。

この山の何処かに、ある者が投獄されてるという。

その者が逃げ出さないよう、また助け出す者が現れないよう、黒竜やアンデッドがこの山に放たれたのだという。

しかし、これもおかしな話である。

この話は何百年も前からある話であり、投獄された者はすでに生きているはずが無い。

たとえこの山の何処かにその隠された場所があったとしても、それはもはや牢ではなく墓であろう。

いずれにせよ捕われの者を助け出すことなど、もはや有り得ない話である。

しかしそれでもこの山は今でも生者の侵入を拒み続けている。

そんな死の山に罪人でもないのに自分からやってくる愚か者が居る。

冒険者である。

黒竜を倒そうという無謀な輩だ。

それは名誉のためであったり、黒竜から得られる貴重な武具のためである。

恐ろしい生命の護符80