500年後からの来訪者After Future10-18(163-39)

Last-modified: 2017-04-12 (水) 20:53:32

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future10-18163-39氏

作品

子供たち三人にすら解けた数列も、ついに古泉とハルヒがリタイア。数列と暗号文の半分が明らかになった。暗号の残り半分を解くため、映画の撮影を続行。まだ最終回も放送されていないというのに……やれやれだ。もっとも、暗号文は俺の自作だが、サイトで見つけた有名な数列で全員のベクトルを映画撮影に向けさせたのは俺自身。事件に関するトリックは今回は大したものではないが、夕食までどのシーンまで撮影できるのやら。

 

「俺たち以外のミッシングリンクねぇ。その中に谷口が入っていないことだけは確実だな」
「ところであんた、アイツが言ってたのは本当なの?あの狸ジジイが三流企業の雑用係だって話」
「直接触れたわけじゃないから俺にも分からんが、一流企業の幹部で無いことくらい、容易に想像できるだろ?」
「そうなりそうね。一樹君、昼食のときにテーブルを蔦ってサイコメトリーしてもらえないかしら?」
「例の数列が書かれたチラシもそうだったが、この暗号文をサイコメトリーしても何も伝わってこないってのに、そんな離れ技ができるとでも?」
「この紙をサイコメトリーすることができるのなら、あの男がすぐにでも財宝の在り処を全員の前で明らかにするはずよ。それが無いってことは、彼もほとんど情報が得られていないってことになるわね」
「この暗号文を解かない限りここから出られないことに、変わりはないようだね。僕はもうお手上げだよ。それに、誰かを犠牲にしてまで財宝を手に入れたいとは思わない」
「こういうタイプの暗号は両端のどちらかを縦に読むか、漢字、もしくは平仮名だけで文字が浮かび上がる、あるいは漢字と平仮名でモールス信号を表しているというのがメジャーなんだけど………どれもあてはまりそうにないわね」
「モールス信号まで熟知しているのかい?でも、それでも駄目だとすると……点字というのはどうかな?」
『暗号文を解くのならモールス信号の一覧表くらい持っていても不思議ではない。星野朱里が本物の暗号文を調べても何も出てこなかったと言っていたんだ。点字があればそのくらいすぐに分かる。火にあぶる程度のこともやっているはずだ』
「ねぇ、この10行目ってさ、『死ぬ気』じゃなくて『「し」抜き』って意味なんじゃないの?」
「そういえば『し』と読める漢字がやたら多いな。ナイスだ、ハルヒ!一つずつチェックしていこうぜ!朝比奈さんの言う通り何か浮かび上がってくるかもしれない!」
「待って!この暗号文に直接書くのは避けた方がいいわ!食事のときに書いてある内容が見られかねないし、紙を盗まれる可能性だってある。あたしがまとめるから、皆はそのまま持っていて頂戴」
みくるが警察手帳に暗号文を写し、ボールペンしか手元になかったせいで『し』と読める漢字を黒く塗り潰していく。『賜』の字を塗り潰したところで、青古泉、青ハルヒ、裕さんが固まった。
「朝比奈さん、これも『し』と読めるのか!?」
「あたしも自信が無いんだけど、この字も含めないと数字が浮かび上がってこないのよ。あっ!たとえ圏外でも、メールの文章予測機能が使えるわ!ついでに鶴屋さんからのメールも確認しないと……」
警察手帳には、平仮名の『し』と『「し」と読める漢字』が黒く塗りつぶされた暗号がかかれていた。
我が従僕の兵●は、恋愛に
溺れ、あらゆる●想に興味
が湧かず。も●も●の妻女
王の宝が親●を●え●めた
ら去れ。●の●が●を●め
て●の●を●す●が●の●
だ。●え●え●の●を継ぐ
者よ、●を●役●者よ、我
が宝、天●の●物なり。宝
玉を欲す者●ぬ気構え無く
ば、己が身を●と化す。我
其に直面すること叶わず。
『……本当に合っているのか?俺はこんな文字を見たことも無いぞ』
「傾いてはいるけど、そのまま『4』で良いんじゃないの?」
「ジョンが言っているのはそういう意味じゃない。通常は『Ⅳ』と書いて、Iを四つ並べた形では書かないんだよ!」
「一部の例外を除いてね」
『例外?』
「ほら、これだよ」
「えぇっ!?組織の車に邪魔された!?」
ようやく鶴屋さんからのメールを確認して、みくるが驚きの声を上げる。
「ちょっと!今のどういうことよ!?鶴屋さんはバスを尾行して、あたし達がどこにいるのか調べてくれていたんじゃないの!?」
「黒い車三台に囲まれて、あたし達が乗っていたバスが見えなくなっても、尾行させまいとしていたみたい。諦めてSAに駐車したところで、あたしにメールを送ったって。……ペンションとコテージの事はあのチラシにも書いてあったし、長野、岐阜方面に向かって行ったそうだから、ヘリで上空から探すってメールを送ってくれたんだけど、長野や岐阜じゃペンションやコテージなんて数が多すぎて、あたし達のコテージまでは特定出来ないわよ」
『さっさと暗号を解いて、あの弁護士の車で帰るだけだ。それより、この数字が時計の四時を指すことは分かっても、その後は一体どうするつもりだ?』
「星野さんは『この文面にすべてが記されている』と言っていた。『死ぬ気』の三文字が時計を指すヒントだったように、この暗号文にはまだ何か隠されているに違いないわ!」
「そろそろペンションに向かおう。ハルヒや朝比奈さんも昼食の支度を手伝うんだろ?」
「あんたも一緒に手伝いなさい!あのハゲや狸、酔っぱらい親父は手伝いもしないんだから!!」

 

 星野朱里の手伝いに向かった五人がペンションへ入ると、それを追ってきたかのように谷口、そして上村が現れた。谷口が昼食の支度を手伝おうと声をかけたところで青ハルヒが一言。
「あんたが居ても邪魔になるだけだわ!少しは暗号文と向き合いなさいよ!あんたみたいな間抜けでも、暗号文を解くヒントくらい出せるわよ!!」
「君は片付けの手伝いに専念したらどうだい?君が作った料理なんて、食べる気がしないよ」
渋々テーブルへと戻った谷口が上村の隣へと座る。本人は星野朱里とみくるの間を陣取りたいと考えているだろうが、青ハルヒに間違いなく蹴り飛ばされる。まぁ、ジョンや裕さん、上村が今朝と同じ席に着いていたことも要因の一つとして上げられるだろう。ペンションの時計は十二時を過ぎ、俺、辻村、引地、ペンションから最も近い真野と、最も遠い島村の順で現れた。昼食が全員の前に揃っても、難波が一向に現れる気配がなく、食事に手がつけられないからと真野が吸っている煙草の匂いがペンション内を漂っていた。
「あの、私が難波さんのコテージに行って、様子を見てきます!皆さんは先に食べていてください」
「星野さん一人で酔っぱらった難波さんを連れて来られるとは到底思えないわ。一樹君、星野さんと一緒に行ってもらえないかしら?」
「あっ、それなら俺がやります!」
「あんたはいいから黙ってなさいよ!!」
アイコンタクトで『難波をサイコメトリーしろ』とみくるから青古泉に伝わり、こちらも渋々と重い腰を上げる。マスターキーを持った星野朱里と二人でペンションから出ていったところで時間も頃合い。少しの間を置いてテーブルの料理に現状維持の閉鎖空間。古泉は……アイツ本当に酔い潰れていないだろうな?
「やれやれ、もう少し真相を究明したかったんだけどね。僕たちも夕食の時間じゃ仕方がない。ここに出揃っている料理を食べたいところだけれど、撮影の小道具として使うんじゃ、そういうわけにもいかない。でも、僕から一つ提案があるんだけどね。この食事を夜食として食べないかい?」
「おまえ、今夜も眠気を取って撮影するってのか!?」
「くっくっ、キミもよく考えてみたまえ。『明日の夕食はパーティ用の料理を用意する』と言ったのキミじゃないか。今コテージで待機している彼が酔い潰れているのかどうかは分からないけれど、パーティの後に撮影じゃ、古泉君も朝比奈さんも酔い潰れた意味がなくなるだろう?それに、彼女たち六人も今度は本体で見ていたいんじゃないかい?このあとは事件の真相に近づくシーンばかりになるだろうからね」
『私にも暗号を解かせてください!!』
やれやれ……毎日酔い潰れるまでと宣言していたみくるも『今夜撮影をしたい』と視線を俺に向け、催眠を解いて青古泉たちと一緒に戻ってきた古泉もそれに同意した。
「いやぁ、他のシーンを撮影している間に、暗号の残り半分を解くつもりでいたんですが……解決の糸口すら掴めませんでしたよ。この暗号にもう一つの意味なんてあるんですか?」
「あまり難しく考えない方がいい。この後撮影するシーンの、青古泉のサイコメトリーと裕さんのセリフが重要になってくるはずだ」
「とにかく、さっさと戻ってライブを始めるわよ!客を待たせるわけにはいかないわ!!」
『問題ない』

 

 有希に確認したところ、念のためカメラワークの打ち合わせの電話が来ていたらしい。影分身で対応して確認をしているから問題ないとのこと。練習試合を終えて、影分身から撮影の情報をすべて受け取ったOG達がタイタニックの船上ではしゃいでいる。
「この後の撮影が気になって仕方がないですよ!!キョン先輩、私に現状維持の閉鎖空間をつけてください!」
「くっくっ、それなら僕もお願いするよ。ダンスを踊るのは青僕だからね」
「おまえら……楽団員たちは○ステ初出演で張りきってるんだ。見守ってやるくらいのことはしてやれ!」
「それで、午後の体育館の様子はどうだった?特に、観客のこと」
『ざっと三倍』
『三倍!?』
「監督の話が終わってすぐに物凄い勢いで走ってくるだもん!逃げ出したいくらいだったよ。それに、私のスリーサイズが載っているページにサインを強請られるし……もう最悪!」
「明日と明後日は観客で満席になりそうですし、夕食は先輩たちで先に食べてください!」
「おや?影分身だけ残して、本体はこちらにテレポートしてくれば済むのではありませんか?」
「ダメです。黄私たちまで影分身ができると知れたら、確実に世界大会に影響します」
「強請られても、慣れてくれば平気です。でも、椅子に座って書いた方がいいかもしれません」
「サインを強請ってくる連中に椅子を人数分持って来させればいいわ!それよりあんた!総監督のあたしにまで次の脚本を渡さないって一体どういうつもりよ!!」
「なんだ、てっきり『一番に謎を解いてやるんだから!!』なんて言い出すと思っていたぞ。そんなに答えが知りたいのなら、ハルヒにだけ解決編まですべて書かれた脚本を渡すが、どうする?」
「そっ、それもそうね!先に答えが分かっても面白くも何ともないわ!ヒント無しで解いてやるわよ!!」
「うん、それ、無理!黄有希さんですら、現時点で残りの半分が分かっていないんだもの!殺人事件すらまだ起きていないのに解けるわけがないわよ!」
「そういえば、どっちの古泉先輩だったかは忘れちゃいましたけど、登場人物だけで犯人が分かったって言ってませんでしたか?」
「確か、黄僕の方だったかと……もっとも、黄朝倉さんもそれを見越して星野朱里役に立候補したようですけどね」
「ってことは、星野朱里が犯人なんですか!?」
「『最も早く暗号に辿りついて財宝の在り処を見つけた人間に遺産を相続する』という設定だけなら、他の候補者をすべて消そうとするでしょうが、彼とジョンがいてはそれも不可能。父親殺しの犯人たちを自ら裁いていくと考えるのが普通です。今回はトリックにそこまでこだわっていないようですが……僕も有希さんですら暗号文が解けないというのは驚きましたよ」
「わたしがペンションを情報結合した後、彼が情報結合を弄っている。ペンションの時計の針を四時の状態から左右どちらかに何回か回す必要がある。でも、どちらにいくつ回せばいいかが不明」
「とにかく、今はライブと生放送が最優先だ。おススメ料理の火入れは俺と青ハルヒで行く。古泉、観客の方は?」
「既に満席ですよ。残りの方には謝罪をして帰っていただきました」
「よし、それぞれで絞った楽曲を演ったところでスタジオからの中継を待つ。有希、それでも入りきらない場合はENOZ四人にテレパシーを頼む」
「問題ない」

 

 OG六人は夜練も本体で出ることに渋い顔をしていたが、撮影ならまだしもライブなら何度も見ている。子供たちも早々と夕食を平らげて、ライブが始まるのを今か今かと待ち侘びていた。楽団員たちもステージ裏で緊張した面持ちを隠せずにいる。酔いや眠気なら取ってやれるが、緊張はいくら取り払っても、すぐ元に戻ってしまうからな。みくるの緊張を解そうとして、ジョンにそう言われたのはいつだったか……まぁいいだろう。暗転したスタジアム内から、朝倉のドラムの音と共にSuper Driverの演奏が始まり、ステージ全体が照らされる。中学生……いや、今日卒業した中学三年生を優先的に入れるべきだったな。
『それなら、古泉一樹がもう一体の影分身で中学三年生をサイコメトリーで探していた。再優先で天空スタジアムに入っている』
アイツも相変わらず手抜かり無しか。サンキュー、ジョン。
『いえいえ』
 八時を過ぎ、大画面には○ステの生放送が映り、ライブの方は既にENOZに出番がまわっていた。英語版God knows…とLost my musicも大盛況。大画面に映し出された日本語と英語の歌詞に観客の視線が集中していた。動画サイトにUPするかどうかは有希やハルヒと相談することにして、スカ○ターで生放送を見ながらENOZの演奏を聞いていると、有希から全体に向けてのテレパシーが届く。
『次がわたし達の出番。この曲で終わりにして』
『問題ない』
時刻は午後八時四十分。少し急ぐ必要がありそうだが、『旅立ちの日に』以外は一分半のショートVer.で演奏する。歌っている途中で切り替わることはあるまい。榎本さんがMCとして観客に声をかけている間に、スタジアム中央に巨大モニターが情報結合。SOS団五人もステージ上に現れた。
「今週の○ュージックステーションの最後を飾るのは、ENOZとSOS団です。タモ○さんは昨日の生放送でもSOS団のお二人と共演されているんですよね?」
「昨日はもう自分の推理を確かめることしか頭に無かった。来週の最終回もどんな展開になるのか楽しみなんだけど、今日はできれば生で聞きたかったね~。SOS団~、ENOZ~」
「は――――い!こっちはいつでもOKです!最終回も事件の真相以外にも見ごたえのあるシーンばかりなので楽しみにしていてください!」
「来週の放送が待ちきれなくなったよ。じゃあ、お願いします!」
「それでは、ENOZのニューシングル、SOS団でシレ知レセカイ、SOS交響楽団で旅立ちの日にを、三曲続けてどうぞ」
巨大モニターが消え、SOS団が舞台裏へとテレポート。岡島さんのドラムスティックが四回鳴って、ENOZの演奏が始まった。全国生中継じゃ、もうアンコールとして使えるわけがない。だが、その代案もとびっきりのアンコール曲を有希が用意してくれた。来週のライブから古泉に歌わせて、ハルヒと榎本さんはコーラスに入った方がいいかもしれん。そんなことを考えている間にENOZの演奏が終了。ENOZと入れ替えで俺たち九人がステージ上に立った。キーボード担当の青OGには催眠を念のため催眠をかけておいたし、心配いらんだろう。
「キョン君、ドレスチェンジ!」
これまでのダンスで散々やってきたんだから、大画面に俺の手元を映し出す必要は無いだろうに……。腕を高々と上げている俺に言う資格はないか。マジシャンが「ワン、ツー、スリー!」と言うのと似たようなもんだ。指の音は鳴らなくとも、手元が動いた瞬間に九人同時にドレスチェンジ。RPG風踊り子の衣装に身を包んだ五人と、英国兵士の衣装を着た古泉を見て観客から一斉に声援が届いた。楽団との入れ替えはテレポートでパフォーマンスを見せると伝えてあるし、次第に足から消えていく例のテレポートでも問題ない。そういや、あのテレポートは何テレポートと呼べばいいんだ?『ゆっくりテレポート』なんて名称じゃしまりがないし、パワーポイントにこれに近い演出があった気がするが、何という名称がついていたかなんて覚えているわけがない。
 ダンスと演奏が終わり、ステージ全体がブラックアウト。ライブ用の楽器と入れ替えにオーケストラの楽器を持った楽団員がテレポートで現れる。ステージ袖からドレスチェンジしたハルヒがスポットを当てられながら歩いてくる。ハルヒが一礼したところで、オーケストラ全体にスポットが当てられた。旅立ちの日にの主旋律が流れだす。それぞれマイクを持った俺たち11人にようやくスポットが当たったが、歓声が上がることも無く、アリーナ席で今日卒業を迎えた中学三年生たちが眼に涙を浮かべて、祈るように聞きいっていた。一番を歌い終えたところで、青みくるがスタジアムの観客全員に向かって一声。
「皆さんも、一緒に歌ってください!!」
おいおい、45000人全員に歌われたらオーケストラの音が……って、有希がなんとかするか。大画面には日本語と英語の両方の歌詞。スカウターにはエンドロールが加わって流れていた。ハルヒのピアノの音と共に生放送は終了したが、特にアリーナ席の中学三年生たちが動こうとせず、ライブ終了を告げる照明がついてもその余韻に浸っている。さて、どうしたものやら……
『おい、このまま終われそうにないぞ。どうするつもりだ?』
『フフン、決まっているじゃない!スタジアム内にいる観客だけでもう一度やるわよ!』
『問題ない!』

 

『キョン(伊織)パパ!絵本読んで!!』
「じゃあ、三人の部屋に行こう。明日は図書館に本を返しに行く日だ。読めなかったものはまた借りて来よう」
『フフン!あたしに任せなさい!』
アンコールでは泣き崩れた生徒ばかりで、一緒に歌うことができなかったが、それでも観客全員がスタジアムに残り、二回目の旅立ちの日にを聞いて帰っていった。夜練も終えて、タイタニック号の船上で小休止をしていたところに子供たちから一言。三人の後ろから影分身を客室へと向かわせた。
「眠気を取って撮影もいいが、小腹も空いただろうし、少し休んでからにしようぜ。撮影中に食事をしないメンバーの分の夜食を影分身に作らせるつもりだが……希望者は?」
カレーパン以外のパンをテレポートすると、すかさず手にとって食べ始める奴がほとんど。それに……エージェントと俺の両親、ディナー中の新川さんを除いて全員かよ。パン作りを止めて、すぐにでも夜食作りだな。
「やれやれ、見るのはいいが撮影中に雑音が入ってNGになりかねん。遮音膜の中に居てもらうことになるぞ!それでもいいのか!?」
『問題ない』
キャストと監督、見学希望者全員を告げてペンションへと移動すると、アホの谷口の催眠をかけた青俺が一言。
「このアホじゃこんなことに気がつかないだろうが、今後は時計にも現状維持の閉鎖空間をつけた方がよさそうだ。時計を直さないと、黄有希の話していた時間に昼食を摂ることになってしまうぞ」
「ってことはコテージのデジタル時計も……ってことになりそうね」
「問題ない。シーンに合った催眠をかけるだけ」
「ちょっと有希!どの道時計の針を回すんでしょうが!あんたが言い出したんじゃない!」
「そのときだけ催眠を解けばいい」
まぁ、撮影のやり直しなんて事にならないのならそれでいい。食事のシーンだから尚更な。マスターキーを持ってコテージへと向かっていく星野朱里と青古泉が見えなくなったところで上村が口火を切る。
「外にもテーブルがあるのなら僕はそっちで食べたかったな。そっちの方が暗号文の糸口も見つかるかもしれない」
『止めておけ。虫が群がる上に、大事なものが風で吹き飛ばされかねない』
「おい!おまえ、それはどういう意味だ!!」
『そういや、前にも金髪を超サ○ヤ人のように逆立てて身長をごまかそうとした奴がいたな。あんたも自意識過剰なんじゃないのか?俺は暗号文のことを言っただけだ。あんたの毛が吹き飛ぶなんて言った覚えはない。そんなに気になるのならカツラでも被ったらどうだ?バスに乗車する前なら、俺たちに知られずに済んだだろう?』
「このっ……この野郎―――――――――っ!!」
「50を軽く超えた大人が二人揃ってみっともない。止めなよ、昼食が台無しになるだけだ。ところで、辻村さん。暗号文を紛失した場合どうなるのか教えてくれないかい?」
ハゲと同じ扱いをされた島村も苛立ちを隠せずにいたが、俺が目配せをしたところで縮こまっていた。アホの谷口も男にはまるで興味がなく、自分の食事に被害が及ばないようガードしている。やむなく引地も踏みとどまったものの、上村とジョンに対する苛立ちは隠せず、昼食に手をつけていた。
「その場合、その方には財産相続の権利が無くなります。勿論、しらみ潰しに探しまわっていただきます。外に漏れたとしても、お渡しした暗号文だけでは何のことか分からないでしょうが、万が一ということもあり得ます」
「ちょっと待って!ということは、この中の誰かに盗まれて紙を燃やされでもしたら、暗号文を解いても意味がないってこと!?」
「それが明らかになった場合は、財産が相続された後だったとしても、すべて剥奪され、残りの方々で分配することになるでしょう」
「くくくくく……『証拠さえ残らなければ平気』だと顔に書いてあるぞ。狸ジジイとハゲとそこのアホがほぼ同時に同じ面をした。自分以外の人間の暗号文を奪うのは勝手だが、おまえらにこの暗号文が解けるとは到底思えない。そんなことより、自分の暗号文を奪われないよう注意するんだな。……おっと、暗号文をどこにしまってあるのかはっきりしたようだ。くくく……どうやら、暗号文を守るだけで精一杯のようだ。そんな奴がここにいる資格はない。財宝は諦めてとっとと帰れ」
「(朝比奈さん、アイツの今のセリフもサイコメトリー?)」
「(いいえ、そうとは言いきれないわ。今のはスリと似た様な手口を使っただけよ。それに、彼の言った通り、あの三人とそれに真野って女性の顔が変わったのがあたしにも分かった。一樹君やジョンは大丈夫でしょうけれど、あたし達は注意していないといけないわね)」
俺と同様、笑いを堪えきれなかったのが数名、辻村や上村、裕さん、それに青ハルヒ。無言で食事をしているシーンがしばらく続いたところで星野朱里と青古泉、それに難波が現れた。

 

「一人で何をやっていたんだ、おまえは!」
『人に迷惑をかけておいて』などと本当は言いたいところだろうが、もはやコイツ等のプライドはズタズタ。苛立ちを今の一言ですべてぶつけた島村より、酒で酔っている難波の方がまだマシだ。
「暗号文がちっとも解けなくてな。酒を飲みながら考えていたらこの様だ。おう、兄ちゃん、ありがとよ」
「それより、さっきから何度も言っていた『あともうちょっとで二年』ってのを詳しく聞かせてくれませんか?」
難波がここに来るまでに漏らしていたらしきフレーズに、ほぼ全員がハッとして難波を見ている。
「なぁに、簡単な話だ。この暗号文を解いた先に眠っている財宝だよ。この譲ちゃんの父親、星野正治と俺たちで盗んできたお宝の時効成立までもうちょっとってことだ」
『盗んできた!?』
「ちょっと待ちなさいよ!盗んできたものなんて、相続されたとしても国に返さないといけなくなるじゃない!!」
「くっくっく、そんなことは俺たちにだって分かっていたさ。だが、元々盗品だったものなら話は別だ。40年前、ヨーロッパの館で開かれたオークションの品物を、マリファナ一つですべて盗み取った二人組が隠した財宝の在り処を着き止めたんだよ。この紙きれのような暗号だったが、星野の奴がすぐにそれを解読して俺たち全員で乗り込んだ。その二人組ならとっくに殺されている。俺たちがその暗号文を見つける前にな。要は、『財宝を返せ』と言ってくる輩は誰も存在しないのさ!」
「辻村さん、それは本当なんですか?」
「国外の法律についてはあまり詳しくありませんが、難波さんがおっしゃった通り、日本の場合は二年間被害届が出ず、その品物も見つからなければ、その品物の権利は持っていた人物に移ります。今回のようなケースの場合、星野正治さんは亡くなられていますが、遺言と暗号文が残っている以上、この暗号を解いて正式に相続ができなければ、半永久的に星野正治さんのものということになります」
「結局、暗号を解かなきゃ財宝は私のものにはならないってことじゃない!ここにいると気分が悪いわ!あなた、私の食事をコテージまでもってきて頂戴!」
「あっ、はい、分かりました」
難波の隣で酒臭いというのもあるだろうが、ヘビースモーカーの真野が出て行って安堵している奴が数名。
「ほら、君の出番じゃないのかい?星野さんを手伝うんだろう?」
「うるせぇ!俺様は今考え事をしているんだ!邪魔をするな!!あっ、でも、片付けは手伝いますんで!」
「君が考え事とは珍しいね。会って半日も経っていない間柄でこういうのもどうかと思うけど」
「だったら、あんたが行ってきなさいよ!」
「酒臭いならまだしも、煙草臭いのは苦手なんだ。彼女のコテージの中はもう煙草の煙で蔓延してそうだし、遠慮しておくよ」
他に立候補者が出るわけが無く、星野朱里が真野のコテージへと運ぶことになった。
「一樹、あたしは先にコテージに戻るわ!鍵貸して!」
「ハルヒさんだけじゃ危険よ!一樹君が食べ終わるのを待った方がいいわ!」
「こんなイライラするところに一秒でも居たくないのよ!!」
「だったら僕とジョンがついていくよ。僕はボディガードにはならないだろうけど、ジョンなら安心だ」
青ハルヒ、裕さん、ジョンの三人がコテージに戻り、その代わりに星野朱里が戻って昼食を摂り始めた。食事の終えた奴から無言で席を立ちペンションから出て行った。俺もまぁ、その一人なんだが……酔い潰れている難波とアホなりに何か考えている谷口、星野朱里がペンションに残っていた。

 

「俺がいなかった間の大体の事情は朝比奈さんから聞いた。難波をサイコメトリーはしたが、酔っ払っているせいで映像がザッピングしたようなものしかサイコメトリーできなかった。まぁ、それ以上の収穫はあったがな」
「そのようね。『40年前』、『オークション』、『マリファナを持った二人組が隠した財宝』。孤島で服部が話していた逸話が、こんなところで繋がるとはあたしも思わなかったわ!日本刀を除いて、あの館に飾られていた武器が全部あると考えてよさそうね。正式な財産相続なんて行われるはずがないわ!互いに武器を取り合うことになるでしょうね。それと、難波が言っていた『星野正治と俺たち』のセリフ。難波の他に誰が参加していたのかは分からないけれど、それが今回のミッシング・リンクで間違いないわ!」
「そんなもの使う奴なんて一人もいないんじゃないか?」
「どういうことだい?」
「ベッドに座った瞬間に伝わってきたよ。おそらく、全部のコテージに拳銃が隠されている」
『拳銃!?』
コテージの奥に座っていた青ハルヒが素早く枕を掴み取ると、青古泉の証言通り一丁の拳銃が姿を現した。
「暗号を解きたくなくなってきたわね。あの逸話のようにあたし達が互いを殺し合うことになりかねないわよ」
『財宝に眼が眩んだ連中の後ろを取っていれば、不意打ちはありえない。俺は暗号文を解く方にまわる』
「あぁ、そうだ。暗号解読の参考になるかどうかは分からないが、ペンションのテーブルをサイコメトリーしたときに妙な図形が伝わってきたんだよ。朝比奈さん、手帳とペン貸してくれないか?」
上手いとは決して言い難い図形が描かれた手帳を青古泉以外の四人がみつめる。
「無限大の記号とはちょっと違うし、メビウスの輪ってこともなさそうね」
「あたしもどこかで見た覚えがある気がするんだけど……」
「朝からずっと頭を悩ませてばかりだったんだ。ゲームをしながらというのはどうだい?星野正治もギャンブル好きだったんだろう?」
裕さんが取り出したのはトランプ。ギャンブルでトランプと言えばポーカーやブラックジャックが主流。サイコメトラーなら周りの参加者の手札を読んで一晩もかからずにカジノの総資金を強奪することになる。
「それなら、財宝発掘を祈願して大富豪にしましょ!ババ抜きや神経衰弱じゃ一樹に勝てるわけがないわよ!」
「それもそうね。朝から気を張ってばっかりだったし、あたしも参加するわ!」
『少しは退屈せずに済みそうだ』
8切り、イレブンバック、JOKER殺しのスペードの3など、大富豪の中ではメジャーなルールをいくつか追加してゲーム開始。館での遊技場のシーンのように、ゲームは大富豪で決まりでも、デュエルのようにカードを弄っているわけでもない。しばらく五人で遊んでいるシーンを撮影してあとで編集するつもりだったんだが……初戦から青ハルヒが8切りからの革命。序盤で3,4,5のカードを三枚ずつ場に出していた青古泉、みくる、ジョンが揃って叫んでいた。五人に配ったのに一人に同じ数字のカードが三枚以上手中に収まると言うのも珍しい。初戦の大富豪は当然青ハルヒ。強いカードを青ハルヒに奪われたジョンが手持ちのカードでどう攻めるか考えている。
『……………っ!!』
「ジョン、どうかしたの?あんたからよ」
『カードを貸せ!!』
「はぁ!?大貧民になったくらいで逆ギレすることないでしょ!?」
「……何か閃いたようね。ハルヒさんもカードを見せて頂戴!」
暗号文の書かれた紙を取り出し、場に出たトランプと交互に見ることしばらく。
『……なるほどね』
「暗号文が解けたのかい?」
『夕食で全員が揃ったときに話す。これであのクソジジイの鼻っ柱を挫けそうだ』
「ちょっとあんた!あたし達にまで内緒にしようっていうわけ!?」
「ジョンや一樹君が言っていたはずよ。上村や谷口が付近にいるかもしれないし、星野朱里や辻村が監視カメラや盗聴器で聞いているかもしれない。それに、あたしも一樹君の描いた図形が何を示していたのかようやく分かったわ!」
「あの図形の意味が分かった!?朝比奈さん、一体どういうことだ!?」
「これよ」
みくるが一枚のカードを指し示し、みくるの細い指の先に視線が集中する。
「そうよ、これよ!どこかで見たことがあると思っていたけど、このことだったのね!」
「裕がトランプを出してこなかったら、ジョンも閃かなかったかもな」
『だが、アイツに先を越されかねない。ペンションに向かう』

 

 五人が意気揚々とペンションへ向かったところでハルヒの「カット!」の一声。
「ここまでヒントが出たんだ。暗号文が解けた奴も多いんじゃないのか?」
「問題ない」
「危うくNGを出すところでした。暗号文に基づいたカードが手元に来た瞬間に、思わず叫びそうになりましたよ!」
「私も分かりました。でも、この時点ではジョンも自分の推理に確信が持てないはずです。もし失敗すれば、他の候補者に奪い取られてしまいます」
「えっ!?えぇっ!?皆さん何が分かったっていうんですか?スペードのJのカードを指差せって、脚本に書いてあった通りに演じただけで、わたしには全然……」
『フフン、あたしはもっと前から気付いていたわよ!』
「くっくっ、どうやら僕も解決編を待たずに済んだようだ。でも、この映画ではランジェリーの告知はしないのかい?」
「それなら心配いらないわよ。一日目の夜、みくるちゃんと青あたし、それに星野朱里の脱衣所でのシーンを入れるわ!それに、数列を解くときのみくるちゃんは風呂上がりの設定にするわ!こっちは下着をつげずに髪をふきながら通話するシーンを撮るわよ!有希のカメラなら鏡越しで、前も背中も見えるように撮影できるわよ!」
「どひぇぇぇ~~~~~~~~~~~~っ!!はっ、は、ハルヒさん、そそ、そんなシーンを撮影するんですかぁ!?」
「問題ない。脱衣所にいるのはあなた一人。映るのは背中と首元だけ」
「も、問題ありすぎですよぅ……」
「とにかく、昼の間のシーンはさっさと撮影してしまおう」
「キョン、犯人を明かすのだけは最後にしてくれたまえ。事件が起きてもいないのに解決編を撮影するなんて、いくらサイコメトリーでも気分が乗らないからね」
五人がコテージを出るところは撮影できた。夏場なら夕食時でもまだ明るい。ペンションで他の連中を待ち構えるところから撮影続行だ。

 
 

…To be continued