500年後からの来訪者After Future11-1(163-39)

Last-modified: 2017-04-29 (土) 14:42:44

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future11-1163-39氏

作品

映画の撮影も残すは解決編とクライマックスを残すのみ。みくるが全裸で青古泉に電話をかけたり、犯行に及ぶシーンを撮影したりと細かいものはいくつか残っているのだが、今夜の撮影で全体の95%の撮影を終えることができるだろう。タイタニックも第三チェックポイントのアルゼンチンを通過し、いよいよ南極大陸へ。北高の文化祭をジャックしてENOZの雪辱を晴らすなどという話も議題に上がり、北高の新しい体育館を新設することに。子供たちの水泳教室を影分身に任せ、有希が用意した脱衣所で覚悟を決めたみくるが自分の出番を待っていた。

 

 美容院から帰宅した青古泉に、ベッドで横になって数列と睨み合っている青ハルヒの姿が映る。
「その様子じゃ、俺と似たようなものか。ジョンや裕のところにも同じチラシが入っていたと連絡が入っていたんだが………ジョンも裕も手掛かりすら掴めないらしい。財宝に辿り着くための暗号文はこれより更に難しいってことになりそうだ」
「む~~~~っ、駄目ね。数列の規則性が全っ然分からないわ。0、10ときて、どうしてその次が1110なわけ!?」
チラシに書かれた問題は0、10、1110、3110、132110、13123110の次に入る数字を応えるという単純な数列の問題なのだが、四人がかりで考えてもその取っ掛かりすら掴めずにいた。
「俺も1110以降は下三桁がすべて110で共通しているくらいしか思い浮かばない。ジョンですら解けないとなると………っ!そうだ、朝比奈さんにも連絡して、この暗号のことを話してみるか!」
「警視庁捜査一課の刑事に、こんな事を考えている暇なんて無さそうだけど……」
「難事件を抱えているのなら、向こうからやってきてサイコメトリーの依頼をしてくるだろ?」
「それはそうだけど………朝比奈さんとはあんまり関係を持って欲しくないのよね。あんたやジョンが死ぬかもしれなかったことだって実際に遭ったんだし」
「まぁ、ハルヒが狙われたこともあったし否定はしないが、アイツ等がこのチラシで俺たちを呼び寄せようとするとは思えない。現時点で俺やハルヒ、ジョン、裕も分かっていないんだからな。俺たちにだけこれが解けるようにでもしない限り、呼び寄せられないだろ。………しかし、朝比奈さんに繋がらないな。ポルシェを運転している最中か?」
青古泉がみくるに電話をかけているところでモニターの映像が切り替わった。バスタオルで髪を拭きながら、みくるが浴室から出てきた。振動しているスマホに気付いたみくるが、耳と肩でスマホを挟んで青古泉からの電話に応じる。
『一樹君?………ごめんなさい、今お風呂に入っていたところだったから。どうかしたの?』
「なんだ、てっきりポルシェを運転している途中で着信に気付いてないのかと思ったぞ。今朝届いたチラシに載っていた数列が解けなくて困っていたんだ。ジョンや裕にも同じチラシが届いていたらしいんだが、ハルヒを入れて四人がかりで考えても手掛かりすら掴めないでいる。今からその数列を言うから朝比………」
『それ、もしかして財宝の在り処を記した暗号を解くとかいうミステリーツアーのこと?あたしのところにもチラシが来てたけど、こんなの有名小学校の入試問題よ?』
『小学校の入試問題!?』
「ってことは、幼稚園児が解く問題ってこと!?」
「俺たちは足し算、引き算すらできない幼稚園児以下かよ……」
『そうでもないわ。一般常識を知っているからこそ解けないだけ。幼稚園児が千万の位なんてわかるはずがないわよ。あれはね、数字を右から読むの』
『右から読む!?』
『あたしもこの数列を知ったときは一樹君やハルヒさんと似たような反応をしていたわ。幼稚園児だからこそ解ける問題だと言ってもおかしく無いはずよ』
「う~~~ん、数字を右から読んでも何も浮かんで来ないわよ。答えを知ってるのなら早く教えてよ!」
『最初の0だけは違うけれど、あとの数字は一段上の数字の説明をしているの。二段目は0が1つだから10。三段目は0が1つと1が1つで1110。四段目は0が1つと1が3つで3110。それを繰り返して、13123110の次だから、23124110ってことになるかしら』
『おぉ~~~~!』
「これで財宝発掘ツアーに参加できるわね!こんなチラシじゃサイコメトリーできなかったけど、暗号ならサイコメトリーできるわよ!どれくらいの財宝かはまだ分からないけど、あたしが仕事を辞めてジョンを養うくらいわけないわ!すぐに応募しましょ!」
『ちょっと待って。ジョンや裕君のところにも同じチラシが届いたって言ってたわよね?こんな問題、ちょっと検索するだけでいくらでも答えが出てきてしまうものよ!時間があるときで構わないわ。ハルヒさんの自宅にも同じチラシが入っていないか確認してもらえる?こんなチラシを全国にバラ撒いたら何千人と集まることになりかねないし、もし抽選で選ばれたとしても、あたし達五人に招待状が届くなんてありえないわ!』
「それじゃあ、あたし達に招待状が届いたら……」
「アイツ等が絡んでいるとみて間違いないな。朝比奈さんがこの数列のことを知らなかったら、一体どうするつもりだったのか直接聞きに行ってみたいもんだ」
「あんた、自分で言ってたことをもう忘れたの!?またあの女が来ることになるわよ!」
『逃れられそうに無いわね』
「アイツがあの後どうなったかも気になるし、今回は賞品まで用意してくれたんだ。ジョンも面白がってついてくるだろ。事件も暗号も解き明かして、アイツ等と関わるのもこれで最後にしてやるさ」

 

『カット。あとは解決編の撮影をす………』
『今のシーンの映像を確認させてください!!』
『も~~~~っ!いくら映像が気になるからって、いきなりテレパシーで大声出さないでよ!』
『おまえだって同じだろうが。どの道みくるのヘアメイク待ちだったんだ。モニターで今のシーンを確認している余裕は十分ある。それと、朝食を食べるシーンで、ジョンと引地の分が無駄になってしまう。夜食として全員分用意してきたが、夕食を食べたばっかりで小腹も空いていないはずだ。それを踏まえた上で……ってことになるが、立候補する奴はいないか?』
『困ったね、ジョン役なら僕が立候補したいところだけれど、辻村もそのシーンに参加するんじゃ、やりたくてもやれそうにないよ』
『アホの谷口と同レベルの奴を演じるなんてお断りよ!』
『それなら、私がキョンの催眠をかけて出る。引地役はそのままキョンが演じてくれればいい』
『その発想には至りませんでしたよ。辻村役なら僕が出ます。青佐々木さんはジョン役に徹してください』
『そうかい?そう言ってもらえると僕も嬉しいよ。お言葉に甘えさせてくれたまえ』
引地役を立候補する奴がいるはずもなく、仕方なく青みくるに頼むことになりそうだと思っていたが、俺もその発想には至らなかった。まさか俺の役を演じるという形で解決するとはな。青古泉との電話を終えてランジェリーを身に着けたあとの場面はカメラに収められていたが、メイクをしながら撮影した映像を確認して安堵の表情を見せていた。しかし、みくるも超能力の使い方が上手くなったもんだ。撮影を終えてからはドライヤーやバスタオルを使うことなく、磁場で水分を吸着して髪型を整えていた。
撮影場所を切り替えて二日目の朝、青古泉のコテージの前で小声で話している五人。青ハルヒがみくる達に例のトリックを伝えようとしたところで、『盗聴器や監視カメラが仕掛けてあるかもしれないから』とみくるが止め、身支度を整えてコテージから出たところで話を切り出した。
「あの靴はそういう理由だったんだね。でも、これで財宝とご対面することができそうだ」
「引地のコテージにあった拳銃は没収したけど、服部の逸話が真実なら武器に困ることは無さそうね」
「それなら心配いらないわよ!あたし達が拳銃を構えればいいんだから!」
『俺には必要ない』
「とにかく、今話した通りだ。ペンションに向かう」
残り四人の顔を確認してから青古泉が先陣を切る。ジョンが普段よりも楽しそうにしているのは……財宝のことだけでは無さそうだ。ペンションには朝食の支度をしている星野朱里とその手伝い……というより邪魔をしているアホの谷口。もう殺される心配はいらないと勘ぐって朝からテンションの高い谷口に反して、おそらく一睡もせずにペンションに来たであろう引地。自席に着いてテーブルに両肘を置き、組んだ手に額をあてている。一体どこまでがコイツの額なのか聞いてみたいもんだが、そのせいで表情までは確認できなかった。拳銃を取り上げられ、財宝を強奪するどころか、殺人事件の容疑者として一番に疑われているんだ。今までどれだけ上っ面だけで取り繕って来たのかがこれで証明されたようなもんだ。青古泉たち五人が到着したところで青ハルヒがアホの谷口を蹴り飛ばし、みくると星野朱里の三人で食事の支度を再開。辻村、俺、最後に意気揚々と上村がペンションに入ってきた。引地と違って熟睡できたようだが、財宝が自分の手に入る可能性もほとんど無くなり、殺人事件まで起きて自分も殺されてしまいかねないというのによくそんな顔でいられたな。真犯人に罪を擦り付けて他の人間を殺害する可能性もあるというのに……本人の発言通り、暗号と殺人事件を解きたいだけか?

 

「僕が最後のようだね。全員揃っているところを見る限り、昨日の火事の後は殺人事件が起こることは無かったようだ。無事で何よりだと言いたいところだけど、ちょっと残念かな。暗号を解いた彼か、知能指数の低い誰かさん達が殺されていると面白そうだったんだけどね。ところで、解読した暗号の説明はいつになったら始めるつもりだい?買い出しに行けない以上、食料も残り少ないんだろう?」
『それなら朝食が終わってから話す。どんな馬鹿でも分かるように詳しく解説してやる。それより、少しは配膳を手伝ったらどうだ?自分に殺人事件の容疑がかかっただけで一睡も出来ないようなハゲには任せられないだろ?』
「くっくっ、それもそうだね。僕も貴重な食料を無駄にしたくはない。というより、それすらしない人間に食料を分け与える必要はないんじゃないのかい?過度に手伝おうとして追い払われた誰かさんも含めてね」
「おい!おまえ、それはどういう意味だ!」
「君も随分自意識過剰のようだ。けれど、今回はその反応で正しいよ。そのままの意味で受け取ってくれて構わない。だが、僕に殴りかかるような真似だけはしないでくれよ?折角の料理が台無しになってしまうだろう?そのときは君に地べたを舐めてもらうことになる。誰の足跡かはっきりと分かるこのペンションの床をね」
『足跡』の一言で引地が更に怖気づいてしまった。昨日のように反論する余裕も気力もないらしい。しばらくして、ディナーのフルコースと言っても過言ではないほどの料理がテーブルに出揃った。
「おい、おまえの席はそっちじゃないだろ!」
「君たちと同列に扱われたくないからね。それに、僕の席がそこだと一体誰が、いつ指示を出したんだい?空席が三つも増えたんだ。どこに座ろうが僕の自由だろう?」
「ですが、食料が残されていないというのに、この料理の数々は一体……」
「これが最後の晩餐とでも言いたげだな」
「朝比奈さんから『外部と連絡が取れた』って聞いて、私も吃驚したんです。彼が暗号文を解く頃には迎えが来るって」
『外部と連絡が取れた!?』
「ええ、そうよ。ジョンに付近のスキー場まで向かってもらったわ。電気柵もジョンなら軽々と越えられるし、颯爽と駆け抜けていった彼にボウガンの照準が合うわけがない。ジョンは自分には必要ないと言っていたけれど、一樹君のコテージにあった拳銃と、容疑のかかった彼のコテージにあった拳銃を護身用として持たせたわ。結局、一発も使わずに戻ってきたけれど。とにかく、朝食が終わって財宝の在り処を明らかにした頃に迎えにきてくれるはずよ」
「これは困ったね。彼から財宝の在り処を聞いた後、脱出の糸口が掴めたところで財宝の一部だけでも抱えて逃げる計画を立てていたんだけどね。実行に移す前に防がれるとは思ってなかったよ。でも、いいのかい?財宝をすべて強奪して、逃げることを考えていたあの二人の前で明かしてしまっても」
『暗号を見て一番に発言していたのはおまえだろう。「誰かが犠牲にならないと宝は手に入らない」とな。そこの二人には一番に財宝を拝ませてやる。もっとも、財宝の隠し場所まで無事に辿り着けたらの話だが』
「お、俺は星野さんや朝比奈さんの護衛として付くんだ。そんな役回り、他の奴にやらせろよ!」
「それなら、わたしが先陣を切るわ。ちゃんと護ってくれるわよね?」
「そっ、それは…………」
「結局、そこのハゲも含めて、その程度のことすらできない腑抜けだということだ。俺が先に行く。何か言い返したければ、『自分が先陣を切る』と宣言してからにするんだな」
「なら、あの三人を殺した殺人犯はどうするつもりだ!?この中の誰かに間違いないんだ!いくら罠を回避して財宝に辿り着いても、そいつに全員殺されてしまうぞ!!」
「ようやく言い返してきたかと思えば、たった一晩でそこまで顔が変わってしまう程とはな。そんなに殺されるのが怖いか?無事に帰ったとしても、難波殺しの容疑者として拘束されるのがそんなに嫌か?上っ面だけ取り繕ってきただけの男には、殺人事件の容疑者になっただけでも周りの視線がさぞ痛かろうな。『大量殺人犯でも勝てば英雄』と聞いたことはあるが、大量殺人犯にすらなれないおまえに英雄を語る資格はない。さて、言い返してきたからには実行に移してもらうぞ。一番手はおまえで決定だ。どんな罠が仕掛けてあろうと、俺たちがおまえを助けることはない」

 

 トラップが仕掛けられているかどうかならサイコメトリーで判断できる。だからこそみくるが自ら一番手になると名乗り出た。だが、この二人の場合は別だ。どこで何が起きて自分の身体がどうなるかすら分からん。気付いた時には首が身体から切り離されていたなどということもあり得る。周りの冷たい視線が引地に集中する。
「あ~あ、こんな奴のことより、殺人犯の方を擁護したくなってきちゃったわよ。一樹が事件を解決しちゃったら、そこの二人の不安材料が無くなるってことでしょ?」
「えっ?涼宮さん、それってどういう……」
「暗号はジョンが、殺人事件は一樹君が解いてくれたわ。あたしも、持っている手錠でそこの二人をトイレに繋いでおきたいくらいなんだけれど、真相が解明された以上、この手錠は真犯人に使わなくちゃいけないわね」
「ちょっと待ってください!昨日の火災が起きた際、コテージの周囲にあった靴跡は引地氏のものでは無いとおっしゃるのですか?」
「……妙だな。俺は殺人事件なんて解いちゃいない。あの足跡もそいつのもので間違いない。足跡とその後の行動が明らかに矛盾しているせいで、そいつは犯人ではないという説が上がっているだけだ」
「一樹君、あなたの気持ちは十分伝わっているけれど、ここに来た目的を果たさなきゃ、あたし達は前に進めないの。今日が終わればこの人たちとは二度と会うことはないし、この二人が今後どういう人生を辿るかなんて、一樹君にも分かっているはずよ」
「くそっ……やってられるか!こんな事件!!もし俺に財宝が手に入ったとしても御免だね!」
『おまえが話さないのなら、俺がこの殺人事件の真相を話す。それでもいいのか?』
「こんなくだらない連中に何もできやしないわよ!」
「では、やはりあの足跡は……」
「……ああ、犯人によって作られたものだ。辻村さんを除いて、ツアー参加者の中から無作為に選ぶつもりだったのが、そこのハゲがそんな靴を履いてきたせいで計画が狂ってしまったんだ。作るのが簡単だったからとはいえ、こんなどうしようもない奴の靴跡を選んだ自分が馬鹿だったと思っていただろう」
最後の晩餐も終え、アホの谷口と引地の二人もそのまま黙り込んでしまった。青古泉も推理を熱弁するというよりは、周りの質問に対して答えるだけ。財宝を自分一人で強奪しようとする連中にかけられた容疑を、自分が晴らしてしまうという事実に、青古泉も腸を煮え繰り返していた。
「確かに僕たちは渡された暗号の解読に夢中で、そんなことをやっている人物がいるなんて考えもしなかったけれど、君の言う犯人はどうやって作ったというんだい?」
「氷だよ。氷を加工して難波のコテージまで出向き、自分の靴の上からスリッパのように履いてコテージにガソリンを撒いて回ったんだ。コテージに火を放った後、その場から逃げているように足跡をつけながらアスファルトまで辿り着き、氷のスリッパを脱いで草むらに隠した。こんな時期だ。いくら標高があろうと、俺たちが消火作業をして現場検証をしているうちに氷は溶け、証拠は消えてなくなる……はずだった」
『はずだった!?』
「誰かがその氷のスリッパを発見したとでもおっしゃるんですか?」
「いや、靴跡と、全員の靴底に土が付いていないか確認するためにジョンが撮影していた写真の中に混じっていたんだ。丸一日晴天で水たまりなんて一つも無かったはずなのに、なぜか濡れた靴を履いていた奴が一人。………星野朱里、おまえだよ!!」
『!!!!!』

 

 ジョンから託されたスマホを持って、星野朱里の靴を撮影した画像を本人の前に突きつけた。
「はっ、笑わせてくれるぜ!そんなもの、夕食後の皿洗いをしている最中に付いただけに決まってる!そんなことで星野さんを犯人呼ばわりするんじゃねぇ!!」
「残念だが、それだけじゃないんだ。難波のコテージにあった消火器、どうやって持ち出すことができたと思う?」
「へっ、そんなもの何度も呼び鈴を鳴らして難波を起こしたに決まってる!」
「くっくっ、僕や彼が担いでようやく歩けるような状態で、難波が一人で歩けると思うかい?しかも、彼女には氷のスリッパで足跡を残さなければならない制約がかかっていたんだ。酔い潰れて起きるかどうかすら分からない難波に開けさせるより、マスターキーを使った方が断然早いだろう?しかも、焼死体はコテージの扉から離れたところにあったんだ。そんな余裕があったと思うのかい?」
「ぐっ……だが、そんなものいつでも持ち出せるだろ!?おまえらの眼を盗んで隠しておいただけに決まってるぜ!」
「そもそも、何のために難波のコテージにあった消火器を持ち出す必要があったのか。それがおまえ等に分かるか?」
「いくら酔い潰れていても、自分の命に関わるとなれば酔いも覚めます。彼に消火器を使わせないためでは無かったのですか?」
「それも目的の一つだ。だが本当の狙いは、難波を助け出そうと、さもマスターキーと消火器を持って、ペンションからやってきたように見せつけるためだ」
「じゃあ、私が持っていたその消火器は一体どこにあるって言うんですか!?」
「俺のすぐ後ろだよ。長い間使われていないせいで手の跡がはっきり残っている」
「けっ!そんなの当たり前じゃねぇか!ここから持ち出したものを、元の位置に戻しただけだろうが!」
「射出口を向けられた張本人がまだ分からんのか?星野朱里の指紋『しか』残っていないのはおかしいんだよ」
「あのまま彼女に噴射されていたら、僕は料理にありつけなかっただろうね」
「そうだ。難波のコテージが燃えているのを発見してここから持ち出したのなら、ハルヒと星野朱里の『二人分の指紋』が付いているはずだ。真野が殺害されて朝比奈さんが自分の本職を明かしたが、こういう事件が発生した時のために色々と調べられるようなものを普段から持ち歩いていてな。指紋くらい簡単に検出できるんだよ。ハルヒの指紋のついた消火器なら、他の消火器と一緒にリネン室にでも並べてあるはずだ」

 

 俺が途中に割り込んだことにみくるや青ハルヒ、ジョンが驚いていたが、仕事として依頼を受けていなければ、こんな戯言はさっさと終わらせて財宝の隠し場所の方にベクトルを向けるべきだ。俺の狙いはそっちなんだからな。もはや言い逃れはできないと悟ったらしい。あのジジイ達とどんな契約を交わしていたんだか。
「一つ聞かせてくれないかい?島村があのまま死んでいなければ、君は一体どんな手段を取るつもりだったんだい?」
「『真野と難波を殺害すれば、あの男は自ら死に急ぐ』私にあの三人の殺害計画を提供してくれた女性が話していました。私もそのときはそんな曖昧な計画で大丈夫なのかと疑ってばかりで、それが失敗に終わってしまったときの事を何度問いかけても答えてもらえず、とにかく計画通りに決行するしかありませんでした。私も父を誘惑し、殺した人間の一人というくらいしか知らなかったので、その女性の言っていた通りに事が運んだときは、私も呆れ果てたというか……」
「その女性、森と名乗らなかったかしら?それに、あなたに殺害計画を提供するにあたってどういう契約を交わしたのか教えてもらえる?あたし達五人が揃ってここに来たのは偶然でも何でもない。あの組織に呼び出されたようなものよ」
「どうしてそれを……あっ…でも、おかしいですよね。ミステリーツアーの抽選で選ばれたはずなのに五人揃ってここに来るなんて。計画を遂行して私が何の罪にも問われなければ、このペンションやコテージを残して、暗号に記された財産のすべてをあの人達に相続する契約でした。暗号だけを解いた人物には偽の契約書を渡して……」
「ということは本物の契約書で財産相続をするんだな!?財産の在り処はどこだ!?」
「今頃になって割って入ってくるな、豆電球!いくら元気を取り戻しても、おまえの頭に毛が生えることはもう無いんだよ。朝比奈さん、このハゲを重要参考人として捕えているが、本人は容疑を否認しているとマスコミに流してくれないか?それが事実なんだから別に構わないだろう?そのあと真犯人が明らかになったと伝えればいい」
「そうね。多丸警部にはそう伝えるわ。星野さんを容疑者から匿うためと伝えておけば、あの組織の連中に命を狙われることもないわよ。でも、さっきも話していたけれど、どうして殺されたお父さんの復讐を考えるようになったの?あなたのお母さんと一緒に何度も説得して、ようやくギャンブルから足を洗った人なんでしょう?あたしならそんな父親なんて必要ないって思っちゃうけれど……」
いくら元気100倍になったとしても、元がゼロならゼロのまま。全国に重要参考人として捕えられていることが流れるという青古泉の言葉を受けて、真相が判明する前に戻ってしまった。そんなに世間体が大事ならこんなツアーに参加しなければ良かったものを……財宝に眼を奪われた奴の末路にしては典型的すぎる。アホの谷口も星野朱里が殺人犯ということを受け止められないまま、未だに呆けていた。
「なまじギャンブルに強い父でしたから、母と二人で説得するのも本当に苦労しましたし、父が足を洗うと言ったときは親子の縁を切ろうとも思っていました。でも、この土地を購入してペンションとして経営を始めた父を手伝っているうちにそんな気持ちも薄れていって………そのときの父は本当に優しかったんです。母もこんな父の姿に惹かれていたんだって、ようやく私も実感することができて……でも、それを踏みにじるかのように、難波が『財宝の発掘に乗り出さないか』と父を誘惑して……数日もしないうちに父がこのペンションから去って行きました。母も父を探しに行くと告げて出て行ったまま、今も行方不明です。いくら従業員を雇っても、私一人の力では経営も厳しくて、結局都心に住むことにしたんです。その数か月後、父の死を告げに辻村さんがやってきて、父の遺言の話も聞かされました。その遺言を巡って難波や真野、島村が私に近づくようになって………」
今になって初めて涙を零した星野朱里が両手をゆっくりと前に出し、みくるがそれに応じて手錠をかけた。

 

「難波なら、酒を飲ませただけで真実を語ったでしょうね。あなたを星野正治の娘だと知っていても」
『それなら、残りの呪縛を解くだけだ。あの暗号文には韻を踏むように二つの意味が隠れていた。これから向かう財宝の在り処に到達するまでの罠を彷彿とさせる「死ぬ気」も「『し』抜き」と捉えることで、この暗号文に一つの数字が浮かび上がる』
すかさず暗号文を取り出した連中が『し』と読めるものを黒く塗り潰していく。『二つの意味が隠れている』とジョンが説明しているにも関わらず、暗号文をさらに読みにくいものにしていた。まぁ、裏から見れば何とかなるか。
「おい、数字なんてどこにも浮かんで来ないぞ!」
「僕もすべて分かったわけじゃないけれど、君は小学校からもう一度人生をやり直した方がよさそうだね。まだ『し』と読めるものがいくつも隠れているじゃないか。彼は放っておいて次に進んでくれないかい?いくら丁寧に説明しても、彼に理解できるとは到底思えない」
『俺もこの文字は見たことも聞いたことも無かったが、裕がつけている腕時計にこの数字が刻まれていたことで、これがこのペンションの時計を示すものだと知った。コテージの時計がすべてデジタル時計だったのもそのためだ』
上村から受けた指摘も、そんなことは最初から分かっていたと言わんばかりにジョンが話を進めていく。
「この暗号がこのペンションの時計を?でも、財宝なんてどこにも……」
『この時計の真下の地下通路のことは知っていたか?』
「地下通路!?そんな……地下に降りる階段なんてどこにも………」
『俺の推理が正しければ、四時の段階からこの暗号文に書かれた通りに回せば地下につながる階段が現れるはずだ』
「そういえば、そこで話が止まっていたんだったわね。でも、『この暗号文通りに回す』って言われても、どこにもそんなこと書いてないじゃない!」
『数字を浮かび上がらせるために、暗号文では「我」と「私」の二種類に使い分けているが、この「我」にあたる人物が誰で、星野正治がどんな人物だったか考えてみろ』
「誰かなんて考えるまでもない!星野正治本人に決まっているだろう!!」
「だからお前らのようなハゲの能無しには、この暗号文が解けないんだ。浮かび上がったローマ数字が時計を示すなんて雑学は俺も知らなかったが、妻が女王で従僕が兵士とくれば、この『我』に当てはまるのは王様に決まっている。ギャンブル好きの星野正治ならトランプってことだ」
「あ゛――――――――――――――――っ!!だからあんた、あたしからカードを奪い取ろうとしたのね!?」
「くっくっ、ということは、『恋愛に溺れた兵士』はハートのJ、『女王の宝』はダイヤのQってことになりそうだけれど、最後のKはどれにあたるのか教えてくれないかい?それに、ハートのJ、ダイヤのQが分かっても、何をどうすればいいか見当もつかないよ」
『絵札に書かれた顔の向きのことだ。裕、トランプを出してくれ』

 

 ジョンのセリフを受けてコテージから持ってきたトランプの中からハートのJ、ダイヤのQを取り出し、Kを四枚並んで俺たちの前に姿を現した。
「あたし達の身近にあるものなのに、こうして並べて比べてみると違いがはっきり見えてくるわね」
「『暗号文通りに回す』って言っていた意味がようやく分かったわよ!まずは左に11、次に左に12回せってことなんでしょ!?」
「ですが、最後の13は一体どちらに……」
「ここまでくれば俺様にも分かったぜ!そんなの分からなくても、両方試してみればいいだけだ!」
『だったらおまえが回せ。もっとも、間違った方向に回した瞬間にボウガンの矢が刺さってもいいのならな。島村と同じ道を辿りたいなら俺に止める権利はない。地下通路への入り口から先はそこのハゲが先頭と決まっている』
「あっ、あんなジジイと一緒にされるなんて真っ平御免だ!お、俺様は総大将だぞ!誰か他の奴に譲れ!!」
「君と同じ扱いをされるのも御免こうむりたいけどね。それに自分が総大将だと言うのなら、どっちに行くか君が決めるべきなんじゃないかい?」
「左、左と続いていたんだ。最後も左に決まってるだろ!?」
「じゃあ、僕たちは右を選択させてもらうよ」
「おまえ、総大将を放って違う道を行こうなんて、一体どういうつもりだ!?」
「君に従う気にはなれないし、君の手下になった覚えもないよ」
「も~~~~っ!!こんなバカ放っておいて、さっさと教えなさいよ!どっちに13回せばいいのよ!」
『ハートは愛、ダイヤは金、クラブは知識、スペードは死を意味する。「我其に直面すること叶わず」は死に対して直面することができないスペードのKのことだ』
『ってことは……』
そこにいたほぼ全員の注目がスペードのKに集まっている間に、時計の針が右に13回った。仕掛けが動く音と共に、椅子の上に乗って時計の針を回していたジョンの下の床が動き始めた。
「これで、財宝はジョンの手に渡ることになりそうだね。あんなに難しく思えた暗号文も、こうして紐解いてみるとこんなに簡単なことだったんだ。星野正治もあんな欲に溺れた連中より、彼女に渡したかったんじゃないかい?」
足場を失った椅子が地下へと続く階段に落ち、仕掛けが動き出した瞬間にジョンはその場を離れていた。
「裕の言う通りなら、ここから先はトラップが仕掛けられていることはあり得ない。堂々と先陣を切れそうだな?」
『「早く教えろ」としつこく俺に迫ったのはおまえ達の方だ。さっさと財宝に向かって進んだらどうだ?一番に口火を切った島村は死に急いでしまったが、おまえ達の行く末を後ろで見物させてもらう』
残り全員で詰め寄っても一向に進もうとしないハゲを俺が蹴り飛ばして前に進んでいく。
「ひぃぃぃぃ……分かった!分かったから、蹴るのはもうやめてくれ!!」
「財宝の在り処が分かっても、結局チキン野郎に変わりはなかったようね。強奪しようなんて考えがどこから出てくるのかこっちが知りたいくらいよ!」
「しっかし、長い地下通路だな。トラップがあるんじゃないかと勘繰りたくもなる」
「あの男がどうなろうとあたし達には関係ないけれど、彼もサイコメトリーしながら進んでいるのは間違いないわ。一樹君、何か読み取れたらすぐに教えて頂戴」
「最初からそのつもりだよ」

 

 薄暗い地下通路も次第に奥の光が強くなり、文字通りの財宝を前に欲に駆られた奴から順に飛び込むように走って行った。金銀宝石は勿論、99.99%と書かれたインゴッドが全部で15本。
「朝比奈さん、あれ一本でいくらになるのか知ってるか?」
「確か金は1gで3400円くらいだったはずよ。単純計算で4500万円。あの15本だけでも6億7500万円の計算になりそうね」
『6億7500万円!?』
「ちょっとあんた!少しはあたし達にも分けなさいよ!!」
『ここから無事に持ち出せたらな。星野正治を含めたあの四人だけでこれだけの量を運び出していたとは、目の前で見せつけられても信じられそうにない。増援を頼んだ方がいいんじゃないのか?』
「迎えが来てからでいいわよ。この財宝を強奪したり、一部を持って逃げ出そうとした人間をここから引き離さないと……辻村さんを入れて朱里さんと正式な相続の手続きを済ませてからってことになるわね。十分の一程度は税金として国に奪われてしまいそうだけれど、いくらジョンでも、これだけの量を一人で守り切るなんてできないわよ」
「孤島の館にあった武器が日本刀を除いて全部揃ってやがる。………くそっ!!嫌なものを思い出してしまった!」
「そのようね。あのときはレプリカだったけれど、今度はすべて本物。マリファナが無かったとしても、武器を持った殺し合いが起こったとしても不思議じゃな…………」
みくるが告げようとした言葉通りのことが、一発の銃声と同時にその幕を開けた。
「ぐ……はっ………」
膝を折り、倒れていたのは上村。そのすぐ後ろに拳銃を持ったアホの谷口がいた。真後ろから堂々と心臓を貫き、迎えが来たとしても、もう遅い。
「くくくくく、はははははははははははは…………やっぱり、最後に笑うのはこの俺様なんだなぁ。この財宝の在り処まで案内してくれた礼を言っておこう。コイツのように人を小馬鹿にする連中が一番嫌いなんだよ。だから一番に殺してやった。警視庁のお偉いさんにこの財宝の端くれでも渡しておけば、俺様の殺人罪も朱里ちゃんの殺人罪もすべて潰される。都心に戻るなんて狭い夢で終わらずに、俺様と一緒に生涯遊んで暮らさないか?みくるちゃんも刑事なんて怖い職業なんて辞めて俺と一緒に来なよ。ついでにハルヒちゃんも入れてあげるからさぁ………もうすぐ迎えが来るんだろ?野郎共はここにある金銀財宝のすべてを運ぶ作業だ。……俺様が指示を出しているんだ。さっさと働け!!!!!」
「くっくっ、さ…さっきもい、言ったじゃない…か。き、君みたいな人間に、しっ、従う人なんて、い…いやしないよ。まったく、君のっ、ような………男には、何んっ度言って、もわっ、からないんだから…ね。むし、ずが走るよ」
「だったら、その前にこの世から消えてろ」
二発目の弾丸が無残にも上村の頭部を貫く。これで殺人罪は確定だな。
「あのアホは女は撃たない。俺たちから離れてろ………というより、あんな奴は俺一人で十分だ」
「ちょっと一樹!あんた、何をするつもりよ!?」
『どうやら、狙いをサイコメトリーで読んで避けるつもりらしい。銃の扱いなんて今日が初めてだろうに、狙ったところに撃てるのかすら怪しいもんだ』
「ちょっとあんた!解説している余裕があるのなら加勢しなさいよ!!」
「アイツが一人で十分だと言っているんだ。余計な邪魔が入ると逆に不利になる。今は黙って見ていろ」

 

「なんだ、おまえも俺様に逆らうつもりか?」
「そいつが言っていたことをもう忘れたか。おまえのようなアホに従う奴は一人としていない。弾丸が切れたところで分相応の刑罰が下ることになる」
「人手をこれ以上少なくするわけにはいかないんだ。使い物にならなくなる前にひれ伏せ」
「お断りだね。使い物にならなくなるのはその拳銃の方だ。今日初めて拳銃を発砲した奴がこの距離で俺に当てられるはずがない。上村のときは近距離だったから、多少狙いがズレても支障が無かっただけの話だ」
「仕方がない。だったら試してみるか?」
「当てられるものならな?」
各コテージに隠されていた拳銃の弾の数は八発。上村に対して二発撃っている以上、残り六発を避けきることができればアホの谷口は再びチキン野郎に戻る。真野や島村のコテージの拳銃はすべてみくるが管理している状態。他のコテージから拳銃を盗み出そうとしても、マスターキーでもない限りは不可能。青古泉の挑発に釣られたアホの谷口が歯軋りをして引き金を引くこと一回。素早く頭部をそらした青古泉の横を弾丸が通り過ぎていく。
「どうした?俺に当てて見せるんじゃなかったのか?ちゃんと狙って撃っているんだろうな?生憎と素人が扱える代物じゃないんだよ」
「やかましい!次で仕留めてやる!!」
「一体どういうこと?一樹君も彼の思考を足でサイコメトリーしているの?あの男と同じレベルにまで達した?」
『今頃気付いたのか。島村を追って森の中へ入ったときも、ここに来るまでの通路を歩いているときもそうだ。壁に触れることなくトラップがないかどうか察知していた。思考を読んでもかなりのズレが生じるだろうが、銃口の向きとトリガーを引くタイミングに合わせて避けるだけだ』
『次で仕留める』と豪語するアホの谷口だったが、拳銃を持った両手が震えている。それを見た青古泉が一歩ずつ谷口に近づいていった。
「背後から近距離で撃たないと、どうやら当てることも出来ないようだな。さっさと撃ってみろよ。撃ちやすいようにこうして距離を詰めてやっているんだ。ああ、一つ言い忘れていた。朝比奈さんが刑事だということは覚えられたようだが、ジョンが連絡した迎えのことまでは頭が回らなかった、いや、そんな考えすら無かったか」
「どういう意味だ!?………答えろ!!」
「全員、警察関係者ってことだ。たとえここにいる全員を殺したとしても、殺人罪と銃刀法違反でおまえの行先は牢獄の中。もっとも、おまえのような奴に殺されるような人間は一人たりともいない」
近づいてくる青古泉に対して発砲を続けるアホの谷口。青古泉が言ったことすら理解できず、青古泉を殺すことに必死になっていた。
「これで残り一発。さっきまでの威勢はどうした?所詮、チキン野郎はチキン野郎でしかなかったな」
「うるさい!!!」
銃口を青古泉からそらした谷口の思考を読み、すかさず青古泉が声を上げる。
「ハルヒ、避けろ!!」

 
 

…To be continued