500年後からの来訪者After Future2-1(163-39)

Last-modified: 2016-06-04 (土) 20:57:39

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future2-1163-39氏

作品

いよいよ迎えた地元代表を賭けた決勝戦。タイミングが良いんだか悪いんだか、こちらの時間で昼過ぎからハリウッド映画の再撮影をするという連絡が入った。圭一さんからジョンの名前がでてくるとは俺も思っていなかったが、勝手に撮影に紛れ込んだんだから仕方がない。俺、ジョン、そしてカメラ担当として有希が現地に赴くことになり、残ったメンバーで決勝戦に臨むことになった。ハルヒのイライラが表に出ることなくライブは滞りなく終え、ジョンの世界でも今日に限り野球の練習と相成った。地元代表が決定する一戦ということもあってか、報道陣も駆けつけ、有希が撮影したものとTVの生中継を同時進行でみながら試合観戦。試合の様子が気になった圭一さん達も81階へと戻ってきた。電話番は愚妹一人でやっていればいい。青ハルヒの綿密な采配も三番バッターから崩され一回表にしてスコア0-3と相手にリードを奪われた。だが、そんなものただの些末事だと言わんばかりに青ハルヒが相手投手の初球をクリーンヒット。監督の指示に従って動いていた佐々木も2ストライク3ボールまで追い詰められたが、最後でようやく待ちに待った球がきたらしい。見事に出塁して本人もご満悦だ。それを受けてバッターボックスに足を踏み入れた古泉が何やら独り言。
「佐々木さんにまであんな球を打たれてしまっては、僕もただベンチに戻るわけにはいきませんね。バレーと違ってあまり自信がないのですが、無性に暴れたくなりましたよ」
大方、すぐ近くに有希のカメラがあるものだと思って俺に向かって喋っているのだろう。『あまり自信がない』などと本人は言ってはいるが、古泉が『無性に暴れたくなった』と言うのは『相手を完膚なきまでに叩きのめす』ときのみ。有り余るくらいの自信に満ちていると言っているようなもんだ。俺も一旦作業を止めて、古泉のプレーを見守っていた。

 

 青古泉と入れ替わっているんじゃないかと疑う程、先ほどのソロホームラン三発分、青ハルヒが打たれた分のお返しとばかりに相手投手の球をわざとファールにして相手を煽ってやがる。まぁ、入れ替わっていないことは生中継の映像を見れば一目瞭然。バッターボックスに立っているのは『今泉和樹』であって、この試合会場にいる『古泉一樹』は監督としてグラウンドの様子を見つめている。昨日のハルヒと同様、勝負球をホームランにするなんてつもりじゃなかろうな。映像には映っていないが、バッターズサークルでハルヒがどう思っているのやら。7球目、もはや相手ピッチャーもキャッチャーもどのコース、球種を選択していいのかすら分からず、おそらくこれが相手投手の勝負球なんだろう。鼻息を荒げていた投手がようやく冷静さを取り戻して球を投じる。だが、それすらもファールとして受け流し、投手の交代がない限り、相手の手の内は全て見切ったも同然だ。WハルヒやW鶴屋さんなら初球でクリーンヒット以上にしてしまうだろう。丸裸にしたところで古泉の眼付きが変わった。余興はこれでおしまいらしい。さらに数回ファールを繰り返すと、「甘い」と判断した球をようやく打ち返した。1、3塁にいる青ハルヒと佐々木はフライの可能性を考慮して足をベースにつけたまま待機していた。ボールは昨日のWハルヒと同じ軌道でセンターの頭上を越えていく。
「お二人には警告を出されましたが、僕には何も言われていませんので」
などといいたげな表情でボールの行方を追う。後ろに走った外野手のグローブに収まることなく見事にツーランホームランを成し遂げた。佐々木も満足気にダイヤモンドを一周して帰ってきた。
『ホームランっ!ホームランっ!』
ベンチにいる子供たちの様子までモニターに映してくれるとは思わなかったが、古泉のホームランにこちらもご満悦のようだ。
『キミも見ててくれたかい?僕はこの一打席で達成感に満ち溢れているよ。彼が本塁打を打ってくれたこともあるけどね。昨日の青僕の気持ちがよく分かったよ』
『あのな、一応俺は監督からテレパシーは控えるように警告されてるんだ。ホームベースを踏んで嬉しいのは十分わかったから次の打順の準備をしておけよ?このままじゃ、もう一回まわってくるぞ』
もう一回打順がまわってくると聞いて怖気づいたのか、俺とのテレパシーを青古泉に悟られない様に自粛したのかは分からんが、それ以降、佐々木からテレパシーが来ることはなかった。古泉がバットを肩に預けてベンチへと戻ろうとすると、口角が上がって一向に下がりそうにないハルヒが一言。
「古泉君も団長のあたしを差し置いてやってくれるじゃない!」
「僕はただ、状況をイーブンに戻したまでです。ここからはお願いしますよ?」
「あたしに任せなさい!」

 

背中に剣でも担いでいるかのようにバットを持ったハルヒが打席につく。いい加減その顔やめたらどうだと言いたくなるくらい自信に満ち溢れた面持ちで投手に相対した。まったく、昨日のあの練習は一体何だったんだか。古泉が丸裸にした投手の勝負球で満塁ホームランを打とうが、監督が警告したセンター越えのホームランを打とうが無理だろうな。この試合、ハルヒが満足できるようなシチュエーションはおそらく訪れまい。昨日の準決勝、青古泉の言い分から察するに、9回裏までピッチャーを変えることはなかったはず。隣で俺たちがコールド勝ちしたことくらい、すぐにでも情報が届くだろう。それでも最後まで交代せずに貫いたんだ。相手チームに代わりかそれ以上のピッチャーはおらん。いくら青ハルヒ以上の球速だろうともはや関係ない。ハルヒが初球をツーベースヒットで塁に出ると、青俺も本塁打は打たずに右中間を狙った。続く鶴屋さんも内野安打で出塁。巡り巡って6-3でノーアウト満塁、打順は一番に戻ってバッターボックスに立ったのは青ハルヒ。満塁ホームランのチャンスがやってきた。
「あたしの失点は、あたし自ら取り返してやるわ!」
1点を犠牲にして青ハルヒを敬遠してまで佐々木に回すことはまずあるまい。この試合の立役者がその後に控えているんだからな。有言実行、監督の警告を順守した青ハルヒの特大級の一発が放たれた。生中継中の実況アナウンサーも熱弁。
「皆様、ご覧いただいているでしょうか?この試合を見ている誰もがこの状況を想定していなかったと言えるでしょう。県代表を賭けたこの一戦、女性メインで構成され、加えてチアガール五人というこのチームが怒涛の攻撃力で点差は既に7点。コールド勝ちを目前にしております!何故彼女たちにここまでの攻撃力が備わったのでしょうか?体格差が歴然としたチームに何故ここまで立ち向かえるのでしょうか?全国大会のダークホース的存在になろうとしております!」
ははは………チーム名がSOS団なのにダークホースと言う実況もどうかと思うぞ?実況の疑問にテレビの前から応えておいてやろう。類い稀なるセンスの持ち主がWハルヒとW鶴屋さんの四人、あらゆる戦闘経験から動体視力に特化した古泉に、俺や双子と同じ集中力をもち、ジョン式筋力トレーニングで160km/hの投球が可能な青俺、その球の速さに慣れ、悉く打ち返すことが可能になった青朝比奈さんに佐々木、若干一名宇宙人が紛れ込んでいるがあとは至って普通の人間であり、それ以上の力は使ってはおらん。スコア10-3から士気が下がってしまった相手にハルヒのテンションが上がるはずもなく、青俺の一発で勝敗が決した。

 

 異世界移動で戻ってきたメンバーに圭一さんたちからの拍手が沸き起こる。今日は偵察する相手もいるわけでもないし、次の会場を聞いてくるだけで済む。青俺たちはついでに実家に行ったらしいな。報道陣が生放送をしている件については俺だけでなく青俺にもジョンが伝えているはず。どうせ土日は暇を持て余しているんだ。ジョンから聞いた時点で、テレパシーで実家に連絡していたとしてもおかしくない。
「まさか、お弁当を二日続けてここで食べることになるとは思いませんでしたよ。昨日と違って今日はゆっくり味わうことができそうです」
「くっくっ、今日の試合の立役者がそんなことを言うのは妙だと思わないかい?」
「『あまり自信がない』なんて言ってた奴のプレーじゃなかったことは確かだな。しかし、監督。わざと二回表を迎えて、青俺の球を試してみてもよかったんじゃないのか?」
「あなたの零式と同じですよ。報道陣が撮影している前で手の内をみせるわけにはいきません。たとえ肩を負傷したとしても簡単に治せるでしょうが、今のところ160km/hの投球と高速ナックルボールしか武器がありませんからね。涼宮さんのあの采配でさえ失点を許してしまいましたから、今後は彼がマウンドに立つことになりそうです」
青古泉のセリフを聞いてか、両手で思いっきり机を叩いた青ハルヒが立ち上がった。
「練習してくる」
弁当にも手をつけずに青ハルヒがテレポートしていった。まぁ、SOSスーパーアリーナあたりだろうが、今は誰もいかない方がいいだろう。これだけWハルヒに好意を抱いている青古泉にここまで言わせたんだからな。だが、青ハルヒもただ打たれて終わるような奴じゃない。来週までは間に合わなくとも再来週までには新たな武器を引っさげてマウンドに立ってみせるだろう。それより明日からのことについて話しておかないとな。パーティのときに話していたんじゃ忘れてしまいかねん。
「みんなの活躍は有希のモニターで見させてもらった。今度は俺たちが見られる番になりそうだが、その前に明日からの動きを確認しておく。前にも話したが、明日からは野球の練習に時間を割くわけにはいかん。福島のツインタワーに移住する人達の引っ越し作業にエージェントと催眠がかかっている状態の黄チームが出向き、その間のビラ配りを青チームとENOZでやってもらいたい。ツインタワーの店舗に移動してくる社員やアルバイトには俺たちが出向かなくても済むようになるまでの給与を倍にすることを伝えてある。青朝倉、その旨を経理の社員に伝達しておいてくれ」
「わかった」
「ビラ配りが終わった時点で青チームやOGもツインタワーの運営を手伝ってもらいたい。これまでのツインタワーと同じく、店舗の店員だけでなく、コンビニや本屋の店員、地下一階のスーパーのレジ打ち、総菜作りに魚介類の切り分け作業その他もろもろだ。ただ、さっきの通り、青ハルヒだけは自分の行動を優先しても良いことにする。青古泉の言っていた武器が増えるかもしれんからな。俺も青俺とは別の形で修錬を積むつもりだが、ジョンの世界での練習は基本バレーだけとする。訂正、聞き漏れ、追加があったら教えてくれ」
「黄チームに催眠をかけるといったのは彼ですが…それを引っ越し作業にまで利用してしまうとは…いやはや恐れ入りましたよ。涼宮さんが明日以降どんな行動にでるかは僕にも分かりませんが、地下一階のスーパーに食材を揃える作業を全員でやってからビラ配りに行った方が効率がよさそうですね」
「問題ない。すべて明日から届くよう契約済み」
「僕と朝比奈さんは引っ越しよりそっちに行った方がよさそうだ。キューブの収縮ができないと仕事にならないだろう?」
「わたしもテレポートとドレスチェンジまではできましたけど、佐々木さんの言う通りキューブのことについては自信がありません」
「じゃあ、有希さん達にはわたしから伝えておくわね」

 

エージェント達も含めて、問題なさそうだな。よし、
「なら青チーム、ENOZ、OGは今、青古泉の言った通りに動いてくれ。佐々木と朝比奈さんもそこに入ってもらう。それから、バレー合宿の期間中に今度は宮古市の引っ越し作業がある。明日以降と同様の動きになるだろうからそれぞれで準備を頼む。次、バレー合宿が終わった九月一日に垂れ幕を追加する。内容は以前話したSOSオーケストラの各楽器を務める人員を募集するためのものだ。皆に提案してからもいろいろと考えたんだが、『SOS交響楽団』って名前でいこうと思ってる。これなら文字通り団員募集になるだろ?全員揃っての移動がやりやすいように本社垂れ幕だけで宣伝して都内に住んでいる人間に絞るつもりなんだが、どうせまた報道陣が撮影してくるだろう。全国から団員加入希望の電話が殺到するだろうが、こっちで一人暮らしをして、アルバイトで生活するような状態でもいいのならと伝えてほしい。その上で日程を決めて楽器毎にオーディションを行う。オーディションは圭一さん、指揮者を務めるハルヒと、コンマスの有希で対応してもらいたい。俺も電話対応に加わるが、他のメンバーも出来る範囲で人事部にきてくれ」
「面白いじゃない!団員選びならあたしに任せなさい!」
「了解しました。ビラ配り以外は僕も人事部に向かうことにします。それと、地方の住民でオーディションに合格するような人材がいるのであれば、以前、あなたが六か所店舗同時オープンのときに提案していた、ここと少し離れた旧校舎の土地を使えばいいでしょう。家賃をとらないのであれば、アルバイトでも十分生活することが可能です」
「分かった。こちらもそのつもりでいこう。社員にも私から伝えておくよ」
「よし、ならその旧校舎にシートを被せに行くことにする。俺からはこれが最後だ。9月以降、圭一さん、裕さん、森さん、俺の父親の四人を土日どちらか休めるようにしたい。エージェントは交代で休みを取っているし、新川さんと俺の母親、俺たちは月曜が定休日だが、四人とも毎日のように働いてくれている。本店の店員は社員とアルバイトに任せるとして、人事部には俺たちが交代で降りるようにしたい。そこにいる愚妹については平日いついなくなったとしても何ら問題はないが、圭一さん達は別だ。社員が受けた電話に取り次いで判断を仰ぐ必要がある。またライブだったりドラマの撮影があったりで忙しくなるだろうが……」
「みなまで言う必要はありません。それに、一ヶ月以上先の話にしなくとも、今日から休んでもらうというのはどうです?もっとも、あなたが一番休む必要がありそうですが…ハルヒさんにまた心配をかける気ですか?」
「あんただって毎日料理作ってるんだから、たまには古泉君や青あたしに任せてあんたは休みなさいよ!まったく、双子が生まれて今日初めて家族四人揃って身支度を整えるなんて、いくら朝食の支度をしているからって、ありえないわよ、そんなの!………それよりあんた、手出しなさい!」
「はぁ!?」
「いいから手出しなさい!!」
いきなり何を言い出すかと思えば手を出したら何かあるのか?アホの谷口のように切断するわけでもあるまいし。と思ってハルヒの指示通り手を出したところにハルヒの人差し指が触れた。サイコメトリーでハルヒの人差し指から情報が流れてくる。
「おまえ………こんなの………いつのまに…」
俺とハルヒ以外のメンバーは何が起こっているのかまるで分かってない様子だ。それもそのはず、ハルヒから流れてきた情報は俺たちがこれまで支部を立ててきた五カ国『以外』の国の言語。しかも、それが一つや二つじゃない。スペイン語、ポルトガル語、中国語、ドイツ語、ロシア語の知識が一気に流れ込んできた。
「ジョンと会話していた素振りも一切なかったし、独学で覚えたっていうのか?しかも、一回しか使わないかもしれないんだぞ!?」
『????』
「四郎君、一体何のことを話しているんですか?」
朝比奈さんの『四郎君』の一言に笑いが飛び出る。その反応に朝比奈さんが怒った。
「皆さんもっと自重してください!折角有希さんが考えてくれたキョン君の偽名なのに…失礼です!」
「これは、申し訳ありません。ですが、お二人が何のやり取りをしていたのかようやくキーワードが繋がりましたよ」
『キーワード!?』
「『ジョンと会話していた素振りも一切なかった』、『独学で覚えた』、『一回しか使わないかもしれない』これら3つのキーワードが指し示すもの。それは、映画の宣伝としてこれから回りそうな国々の言語を、あなたに内緒でハルヒさんがマスターしたものをあなたに渡してきた。違いますか?」
「ああ、これまでサイコメトリーしてきた余計な知識を有希や朝倉のようにエラーとして捨てていかないと頭がパンクしそうだ。さらに五ヶ国語も入ってくるとは思わなかったよ」
『さらに五ヶ国語!?』
「何なら、どこの国の言語か当てるクイズでもやるか?勿論、ハルヒ、有希、朝倉はバツ印の書かれたマスクをつける必要がありそうだけどな」
『クイズもいいがそろそろ向こうに行った方がいいんじゃないのか?仕込みも終わってるんだろ?』
ジョンが俺の中に戻ってきていることをすっかり忘れていた。
「すまん、ジョンからそろそろ向こうに行った方がいいという話になった。クイズはまた今度にさせてくれ。それより有希、俺に今かけられている催眠は向こうの撮影スタッフから見るとどうなる?」
「別人に見えてしまうはず。カメラでもあなたの姿は映らない」
「なら、俺と有希は一旦解除する必要がありそうだ。ジョンも準備ができたのならそろそろ出て来いよ」
ボンッ!という音までは今まで通りだったが、ジョンは既にガスマスクをつけたスタントマン状態。屈強なスタントマンに朝比奈さんやOGが脅えている。有希も自分と俺にかけた催眠を解除した。
「じゃあ、行ってくる。撮影の様子を見てからビラ撒きに行っても遅くはないはずだ。パーティの時間には戻る。圭一さん達の休みの話、考えておいてくれ」
『問題ない』

 

 伝えることは全部伝えた。休みの話も青古泉が提案した『今日から休んでもらう』という意見でまとまりそうだ。バレー合宿前までは野球もライブもあるだろうし、土日は難しいと判断していたんだが、可能なら青古泉の言う通りできるだけ早い方がいいだろう。仕込んだものを全て詰めたキューブを持って三人で某廃ビル付近へとテレポート。予想はしていたが、これでは2食分作ったものが1食で全て無くなってしまいそうだ。衣装を着る必要の無くなったバニーガール役の女性や大富豪役を演じていた男性、カーチェイスの際のドライバー…要するに、映画に少しでも関わったメンバー全員が時間前に集結していた。ようやく俺たちの存在に気付いたヒロインが声を上げる。
「キョン!!」
その一言で全員の視線が俺たち三人に向いた。すでに催眠のかかっているジョンに驚いたものもいれば、有希の存在に不思議がっているものもいる。そういえば、ヒロインが来たときは俺だけで対応して、有希や朝倉たちが入ったのはその後だったな。全員を代表するかのように監督が俺に尋ねてきた。
「待っていたよ、キョン。キミも彼も既に準備万端とは驚いた。最後の二人のバトルは編集の一切ないものでないと僕も納得がいかなくてね。キミのパフォーマンスを全世界に発信したいと思ってるんだが、キミが吹き飛ばされたシーンだけはどうしてもカメラが追いつけずに困っている。何度か撮影して一番いいものをと思っているんだが…」
「ええ、おそらくそのシーンで困っているだろうと思って連れてきたんですよ。俺の仲間の優秀なカメラマンです。彼女の超小型カメラなら俺とジョンの戦闘についてくることが可能です」
「長門有希。よろしくお願いします」
てっきり俺の苗字で名乗るかと思ったが、明日以降もどうせ『長門』と旧姓で名乗る必要があるし、本人がそれでいいなら良しとしよう。
「あ、あぁ、よろしく頼むよ。しかし、キョン。キミはこれまで幾度となく我々が不可能だと思っていたことを可能にしてきた。だが、この少女にそんなことが可能なのか?」
「お見せした方が早そうですね。有希、モニター出してくれ。ジョン、例のシーン頼む」
「問題ない」
撮影をするのは例のフロアでのラストバトルのみ。一応閉鎖空間はつけたが、この周辺が破壊されても支障はない。有希が出した巨大モニターに一同驚愕の表情。こういうところであまり時間をかけたくないんだが…パーティに間に合わなくなってしまうぞ。まぁいい、モニターに注目しているのならどちらでも同じだ。

 

 ガスマスクをつけている状態のジョンにアイコンタクトというのもどうかと思うが、視線を向けただけでOKと伝わったらしい。前回の撮影と同様、5mほどあった距離が一気に無くなり、ジョンの渾身の一発が繰り出される。両腕でガードするが、威力に耐えきれずに吹き飛ばされ、すぐ傍の建物の壁を破壊した。俺が殴られた直後、小型カメラが瞬時に動き、吹き飛ばされた瞬間が見事にモニターに映し出される。
「こ、これは……」
瓦礫に埋もれていた俺が撮影スタッフのところに戻る頃には、監督も納得の表情。「どうです?」などと聞く必要もなさそうだ。撮影も順調に進みそうだと分かるとここにいる全員の期待は俺が持ってきたキューブの中身になりそうだな。
「それでは、久方ぶりですし、皆さんに新川流料理の数々を振る舞ってから撮影というのはいかがでしょう?何人か手伝っていただけると助かります」
撮影スタッフ、俳優陣、エキストラたちがまるでライブ会場にきた観客のように熱狂し叫び声を上げる。俺がキッチンを情報結合すると、本家本元がそれに合わせて高速詠唱。何台ものテーブルや椅子に食器類が出揃った。それを見るやいなやスタッフが食材と飲み物を運んでくる。仕込んだものとは別に、仕込む必要の無いものも作ってしまおう。しかし、いくらアメリカ支部の広さといえども、この人数を収容するとなるとちょっと厳しいかもしれんな。以前忘年会でやったように下のフロアも使って、料理を運びながら朝比奈さんたちのパフォーマンスを見せるのもいいかもしれん。ドレスチェンジまで可能になったんだ。応用技で壁や床をすり抜けることも何度か練習を積めば可能だろう。調理を開始した俺の傍にヒロインがやってきた。
「わたしが言うのもどうかと思うけど、みんなあなたがくるのを心待ちにしてたみたい。今日で終わってしまうと思うと本当に残念。この映画の撮影が始まってからは脚本家も、監督も、それにわたし達や他のスタッフも、みんなあなたに振り回されてばっかり。今だって監督がどうしようか悩んでいたところを見事に解決しちゃうんだから!『こんなことならもっと早く連絡すれば良かった』なんて今頃思ってるんじゃないかしら?あなたと彼のラストバトルさえ撮影できれば、すぐにでも披露試写会だそうよ?九月からわたしとあなたとで各国を回って…日本に行くのは一月頃になるだろうって話していたわ」
おいおい…いくらなんでも早すぎじゃないのか?宣伝が一月なら三月か四月頃には日本でも上映されてしまう。横にいるヒロインが本社を訪れてくれたときのように俺の発言にニュアンスの違いが出たり、俺の声とかけ離れたアテレコをされるくらいなら俺が直接出向いてアテレコしてしまおうかと踏んでいたんだが…その暇があるかどうかわからん。いっそのこと、ヒロインに日本語を伝授して二人でアテレコしてしまうか?まったく、さっきハルヒから受け取った五ヶ国語がすぐにでも役に立ちそうだ。ホンット、タイミングが良いんだか悪いんだか………
「キョン?何か考え事?」
「ええ、俺の仲間も披露試写会が待ち遠しいと言っていたので、それなら喜びそうだな…と。ただ、日本でこの映画が上映されるのなら自分のアテレコは自分でやろうかと思っていたんですが、スケジュールが過密すぎてできるかどうか……ところで、今閃いたんですが、一緒にアテレコしませんか?」
「ちょっと待って!それってわたしが日本語で自分のセリフを話すってこと?いつも通訳に任せてばかりだったから日本語なんてほとんど話せないわ……一体どうやるの?各国回っている間にあなたが教えてくれるのかしら?それだったら飛行機の中で退屈な時間を過ごさなくて済みそうね」
「ええ、それでも構いませんが、もっとシンプルにマスターできるとしたら……どうします?」
「そんなこと本当にできるの?」
「できないことを提案したりしませんよ。俺が人差し指で触れるだけです」
「人差し指で触れるだけ!?」
ヒロインのあまりの大声に全員の視線が俺たちの方へと向いた。料理が出来上がるのを楽しみにテーブル席に座っていた監督や俳優陣、壊れた建物の残骸を見に行ったスタッフ、俺の手伝いをしながらレシピをまとめていた女性陣。これだけの人数がいて、手が止まってないのが俺と有希だけっていうのも意外と面白いもんだ。催眠にかかったジョンと話していたスタッフまでこちらに振り向いたせいで、ジョンまで一体全体何事かと俺たちを見ていた。全員を代表するように監督が俺たち二人に声をかける。
「人差し指で触れただけで何か起こるのか?彼女がそんなに大声をあげるからにはそれほどのことなんだろう?」
「ええ、日本で上映するときは二人でアテレコをしないかと話していたんですよ。勿論、彼女も日本語でね」
『日本語でアテレコする!?』
「ちょっと待ってくれ、彼女が日本語で話しているところなんて今まで見たことも聞いたこともないぞ!?」
「ですから、これから俺が伝授するんです。人差し指で触れるだけでね」
どよめくなんて言葉はこういうときにこそ使うもんなんだろう。英語と違って日本語は表現豊かだからな。英語で喋る人たちは、語意の少なさをアクションで補っているというのが適切なのかもしれない。日本語なら、一人称だけで、俺、僕、わたし、あたし、ウチ、儂、自分、オラ等々。もっとも、関西人が『自分』って言うと、『おまえ』って意味になってしまうけどな。さて、そろそろ見せた方がよさそうだ。有希とジョンを除いて内容の理解できない話を聞いてもらうとしよう。先ほどのハルヒのセリフが繰り返される。

 

「手を出していただけますか?」
「え?えぇ…これでいいのかしら?」
ヒロインが俺の前に差し出した掌に人差し指で触れた。さっきの俺もこんな表情をしていたんだろうな。前もって説明されていた圭一さんや俺の父親がキーボードや受話器に触れたとき、青朝比奈さんが台本をサイコメトリーしたときと違い、さっきは有無を言わさずにハルヒが五ヶ国語の情報を送ってきたからな。今夜は佐々木と一晩中話をしていることになりそうだし、明日以降、ジョンと一緒に俺の頭の中にある情報を整理することにしよう。必死に受験勉強に取り組んだことや大学で習ったことは今後も使うだろうが、500年後の建物の内部構造や佐々木のラボの図面、藤原がアジトにしていた場所やそこにいた人物、あのバカがデパートや北高を占拠したときの建物の構造や敵の配置、マフィアの構成員の情報等々、そんなくだらないものはもはや必要ないからな。バッサリ記憶から消してもらうことにしよう。ようやく納得したヒロインに日本語で尋ねた。
「今、俺が話している内容が分かりますか?」
「えぇ、本当に日本語が話せるみたい……。自分のことは…『わたし』でいいの?英語じゃ、皆『 I 』だから……自分のことを表現できる言葉がこんなにたくさんあるなんて吃驚したわ」
理解がおいついてないらしい。それでも日本語で俺の問いに応えることができているんだから、まぁいいだろう。突然日本語を話しだしたヒロインに周りの人たちは何を言っていいやらわからんようだしな。というより、これが日本語と確認できる人間が俺たち四人以外にいるのかどうかが謎だ。俳優陣やSPは少しくらい知っていそうなもんだが……
「ちなみに、今は日本時間で午後二時頃。午前中の時間を使って、俺はここにいる皆さんに料理を振舞うための仕込みをしていたんですが、今そこにいるジョンや、有希はどこで何をしていたと思います?」
「そうね…あなたの手伝いじゃなさそうだし……ダメだわ。何も思いつかないわよ」
「実は、野球の試合をしていたんです。今日は俺たちの地元での決勝戦。それに勝つことができたので、来週から始まる全国大会に出場するんですよ。そこで優勝すれば、日本の球団の好きなチームと対戦できる権利を獲得できる。もっとも、好きなチームと言っても俺たちが選ぶのは日本代表クラスの一番強いチームですけどね」
「野球の試合!?あなたたちが選手として出てたってこと?」
「今日はこの撮影があるので、俺たち三人は見学でしたが、この前のカーチェイスの撮影をした日は、あの撮影現場に来る前に野球の試合をしていたんですよ?」
「ちょっと待って!彼女…有希さんだったかしら?あの子も試合に出たの?」
「先ほどのカメラワークと同様、有希に打てない球はありません。今日はその大会で地元代表が俺たちに決定したので夕食は皆でパーティをしようかと。もしよろしければ一緒に盛り上がりませんか?」
「パーティ!?あなたの作った料理がまた食べられるのなら是非行きたいわ!でも……このあとの予定もあるしSPがOKするかどうか…」
「この後どちらに向かうのか教えて頂ければ、俺がそこまでテレポートするだけですよ。年越しパーティのときと同じです」
「わかった。それならSPもOKしそうね。というより、あなたがわたしのSPのようなものだわ!それが叶ったらどんなにいいか……またハルヒさんが羨ましくなっちゃったわよ」
『おーい、どこまで見てたかは知らんが、スペシャルゲスト連れてパーティに戻ってくるからよろしく頼む。ついでに青俺が「鈴木四郎」に見えるような催眠をかけておいてくれるか?ちなみに今回のハルヒは青ハルヒ。スペシャルゲストからはハルヒが「精涼院ハルカ」にしか見えないからそのつもりでな。あと、朝比奈さんのOKが出るまで「鈴木四郎」で笑わない練習しておいてくれ。今後の大会にも差し支える』
『ビラ配りの途中でその名前が出て吹き出しそうになりましたよ。せめて、今日のパーティが終わった後からにしていただけませんか?』
『ダ・メ・で・す!皆さんが笑わなくなるまで、キョン君の偽名を言い続けたっていいんですよ?』
『あっははははははは…み、みくる、それだけは勘弁して欲しいっさ!あっはははははは』
『くっくっ、書き初めを見せたときより彼女の声帯がさらに悪化しそうだね。元はと言えば僕の責任とはいえ、連発されると僕も堪えきれそうにないよ』
『とにかく、ヒロイン連れてくるのよね?わたしたちも、それなりの格好でもてなさないと、日本一のファッション会社の名が廃るわ!パーティの間は極力その名前を出さない様にしていればいいわよ』
『面白いじゃない!涼宮ハルヒの座は今日の失点分、青あたしに譲るわ。丁重にもてなすんだから、皆酔い潰れない様にしなさい!いいわね!』
朝比奈さんと古泉はソフトドリンクになりそうだ。この分だと球場内に俺の偽名がアナウンスされるようになるまでには、たとえ鶴屋さんでも問題なさそうだな。それでも駄目なら平静を保っているように催眠をかければいいだろ。
「キョン?また何か考え事?」
「これは失礼しました。パーティにあなたを連れていくと俺の仲間にテレパシーで連絡をとっていたんです。それともう一つ提案なんですが、各国を回る際に、我が社の支部がある国に向かうときは最上階で俺のフルコースというのはいかがです?」
「うん、それ、賛成!さっきの話じゃないけど、飛行機に乗っている間は退屈しなくて済みそうだわ!」
はははは…有希、ジョン、聞いてたか?今のセリフ。話の流れ上そういう言葉が出てきてもおかしくないが、朝倉の口癖も随分とグローバルになったもんだな、おい。
「二人とも一体何の話をしているんだ?我々にはパーティとカーチェイスくらいしか分からんよ」
「撮影が終わったら、キョン達のパーティに来ないかって誘われたのよ。野球の大会で地区優勝したそうよ?カーチェイスを撮影したときもキョンが撮影現場に来る前まで野球の試合してたんですって」
『野球の大会!?』
「まぁ、話していた内容については料理を食べながらでもゆっくり話すことができます。皆さんも小腹が空いた頃かと思いますので、今しばらくお待ちください」

 

 ヒロインが俺の傍から離れることは無かったが、周りのスタッフからどんな話をしていたのか質問攻めにあっていた。「自分にも日本語を教えてほしい」と俺の周りにも集まってきたが、いくら日本語を覚えても使う機会がないんじゃ、文字通り話にならない。そうだな、教えるとしても……年越しパーティで毎年俺とハルヒを待ってくれている残り三人くらいか。出来上がった料理から大皿に盛られて各テーブルへと運ばれていく。匂いにつられて撮影スタッフが右往左往。ビュッフェ形式にしたから、料理の奪い合いになると踏んでいたのだが、順番に小皿に盛ると料理の味が全身に行き渡り骨の髄までしみ渡るかのような顔をしながら味わってくれていた。日程を合わせられるかどうかは分からんが、集まりやすい場所に来てもられば、俺がアメリカ支部まで全員を連れていくだけだ。あとは古泉たちが料理を運んでくれるだろ。食材や飲み物があらかじめ用意されていたこともあり、撮影後にもう一食振舞えそうだ。みんなが食事に夢中になっている間に、ジョンと有希を呼んで三人で打ち合わせ。
「有希がカメラマンなら、フロア全体を使ってより高度なバトルアクションを見せられると思うんだがどうだ?」
「問題ない。ただ、二人が離れすぎると一つのカメラでは収まりきらない。なるべく一定の距離は保つようにして。それに、スピードが速すぎるといくら編集なしのバトルアクションでも観客から疑われて、監督の意志にそぐわない」
確かにな。俺もジョンも間違いなく超人の枠に入るだろうが、あくまで普通の人間として最高のパフォーマンスを見せる…か。
「分かった。有希や監督の意向に従うことにする。何パターンか撮影してあとは監督に任せよう。それと有希、皆にはテレパシーで今夜のパーティのことを伝えてあるんだが、ヒロインも一緒に連れていく。ヒロインにあったドレスを仕立ててもらえるか?」
「問題ない」

 

 三人で話した内容を監督に伝えると、「あれより上があるのか!?」と予想通りの反応。俺とジョンのラストバトルを生で見たいとスタッフ全員がフロアに行こうとしたが、この人数であのフロアに行くと、最悪の場合、俺たちのバトルの巻き添えを食らってしまう。いくつかパターンを撮るからと説明して、グループ分けをすると、第一陣が目的地まで移動した。当たり前だが、監督、モニターを確認するスタッフ、俺、ジョン、有希、ヒロイン、科学者役の俳優は撮影終了までフロアに残るけどな。
「いつでもいい。有希、始めてくれ」
「わかった」
フロアに散布された毒で俺たち二人が倒れてしまった後、ガードマンに扮したジョンが俺に戦いを挑むところからスタート。中和剤の効果で毒の効果が一時的に抑えられると、両手を振り、頭を前後左右と動かして自分の状態を確認する。このときを待ち望んでいたとばかりにジョンが俺の前に相対した。
「待たせたな。俺たちの危機を救ってくれた礼は、あんたとの勝負をもって果たさせてもらう」
まずは前回と同様のバトルの撮影をした。監督が懸念していたことも有希の超小型カメラで何ら問題はない。ジョンには体格が変わっている分、こめかみを狙った蹴りを放ったときは避けて欲しいと頼み、今回はコーティングの移動をしながら戦っていたが、最終的には右拳にコーティングを集めた一発でカタをつける。
「ここまでよく戦った。あんたは十分強い。だが、俺たちには時間がない。中和剤もそこまで長時間散布することもできまい。これで最後だ」
次の瞬間、ジョンの顎に俺の拳がヒット。天井を突き破って空高く舞い上がりそうになるところを片足を掴んでそれを防ぎ、高速ジャイアントスイングをした後、壁に向かってツーアタック。しばしの間を置いてジョン立ち上がる。
「俺も…まだまだ…だな……だが、俺の挑戦を受けてくれたことに礼を……言う」
ズシン!と最後のガードマンが倒れ、安堵したヒロインが跳びついてくる。
「喜ぶのはまだ早い。俺たちはコイツが撒いた中和剤で平然を保っていられる状態だ。そこにいる廃人の試験管をすべて奪ってどれが本物の血清か調べる。さっさとここから出るぞ」
「あんな強敵を相手にしてたんだから、あなたも少しくらい休んだほうが…」
「中和剤の効き目が切れる前にこの薬を分析ができる研究所まで届けなければならない。車で高速移動中に効果が切れたら二人でお陀仏だ。急げ!」
と、ここまでが前回のラストバトル。この中の何人かは前回の撮影でバトルシーンは見ているはずだが…俺とジョンのバトルに自然と拍手が起こる。監督がモニターを確認している間に、次のグループと交代しに行き、建物の外では、先ほど有希が出した巨大モニターを見つめていた。

 

そのあとは、埋もれた瓦礫を吹き飛ばしてからジョンに突撃してみたり、互いの拳がぶつかり合うシーンを演じてみせたり、互いに殴られ、蹴られる場面を見せたり、交互に攻撃と防御をくり返したり。新しいバトルシーンを一つ見せるごとに監督が頭を悩ませていた。スタッフたちもグループごとでローテーションをしながら、生で戦闘シーンを見物していたり、モニターで確認していたりと、まぁ、色々だ。結局、一人では決められず、監督が他のスタッフ達とどのようにバトルを組み立てるか会議が開かれた。その間に俺はもう一食分の料理の仕込みや食材の切る作業。有希やヒロインも両隣で手伝ってくれていた。
決められずに今日は解散の流れになるかとも思っていたが、どうにか決めることができたようだ。俺がジョンに吹き飛ばされた後、瓦礫をどけながら弾幕をはじき返した痕跡を確認。今度は俺の方から距離を縮めて向後に攻撃と防御をくり返しながら、相手の実力を試す場面。そのあと、互いに殴られ、蹴られながら少しずつ実力差が見え始め、ジョンがぐらつきながら後ろに滑って行ったところで、最後の俺のセリフが入る。ジャイアントスイングでジョンが壁に激突し、先ほどと同様のセリフを言って倒れる。残りのヒロインとのやりとりはあのままでいいそうだ。
「キョン、1つの映画をたったの5日で撮影を終えるのはこれが史上初になるだろう。キミの手にかかれば、キッチンやテーブルと同じように、撮影に使うセットも容易く用意できてしまうんじゃないのかい?カーチェイスで使ったあの道路がいつの間にか倍の長さになっていたと後から聞いて僕も驚いたよ。そんなことができるのはキミしかいない。この5日間、本当にあっという間だった。欲を言うとね、キミともっと話したかった。キミの料理をもっと味わいたかった。もっとキミのパフォーマンスを見たかった。一週間足らずだったが、退屈のしない日々をありがとう。この映画は間違いなく全世界で話題になるだろう。あとはキミが演じた役のセリフとは別に音声を収録するだけだ。都合のつく日があれば連絡をして欲しい。いつでも待っているよ」
「音声収録の日程と場所さえ教えて頂ければすぐにでもそちらに向かいます。僕の仲間も披露試写会を楽しみにしているようで、早く日程を知らせてくれと言っているくらいです。こちらこそ、短い間でしたが本当にお世話になりました。皆さんの都合がつく時間と集合場所が決まり次第連絡を頂ければ、我が社のアメリカ支部最上階でフルコースをご用意させていただきます」

 

 監督や他の俳優陣、スタッフ、スタントマン達との挨拶を終え、新川流料理をふるまった。最後の一回はフルコースでと全員に伝えると、「他に予定が入っていても来る」そうだ。そういや、前に鶴屋さんが前に言ってたな。
『未来のみくるに会いに行くなんて、他に用事があっても絶対行くにょろよ!』だったか?
まさか、朝倉や青古泉たちと同様、三泊四日の泊まり込みになるとは思わなかったけどな。ジョンの催眠も解除したし、ヒロインもSPに事情を説明してOKが出たようだ。
『有希、さっきの件、大丈夫か?』
『問題ない。本社に行ってから着替えればいい。朝倉涼子が全員にスーツやドレスを着せている。今回はドレスコード指定のパーティになりそう。あなたもジョンも着替えて』
ヒロインの前であれだけのバトルを見せていれば、やっぱりジョンもパーティに参加することになるか。俺の頭の中に戻ると、ジョンがいないことにヒロインが気付いてしまうからな。……って、
『有希、圭一さんたちやエージェント達ならまだいいが、子どもたちや俺の家族までいやしないだろうな!?』
『今回は野球関係者だけのパーティ。元機関のメンバーやあなたの家族、ENOZは先に夕食を済ませた。子供たちは古泉一樹が作ったドーナツで満足している』
『満足した時点で寝てくれるといいんだが…年齢的にそういうわけにもいかんだろうな。催眠をかけたハルヒに「ハルヒママ」と言おうものならヒロインが混乱する』
『問題ない。朝比奈みくるが子どもたちを眠らせた。三人とも自分のベッドで寝ている』
ゲストがゲストなだけにその辺の配慮はしてくれていたか。それなら安心だ。スタッフ達と再会の約束を交わして四人で本社へとテレポートした。

 
 

…To be continued