500年後からの来訪者After Future2-6(163-39)

Last-modified: 2016-07-17 (日) 16:31:26

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future2-6163-39氏

作品

地方代表決定戦を迎え、青俺以外はハルヒを除いた女性陣で固められた。会場内はどよめき、相手チームからは執拗に睨まれていたが、ハルヒの怒気の十分の一にも満たないものなど俺たちには通じない。昨日の俺たちの試合から、「いくら160km/hでもストレートしか来ないだろう」という相手の予測を初球から裏切り、有希の采配にベンチで見ていたW古泉が呆れかえるほどだった。二回表を終えて0-2でこちらがリード。二回裏の攻撃も青有希が相手投手を追い詰めて見事に出塁を果たした。だが、「青チームの力の見せ所」だと言う青俺のセリフを無碍にするかの如く、監督から選手交代の旨がベンチにいる全員に告げられた。

 

「ちょっと!折角涼子が攻撃でもチームに貢献しようとしてるのに交代って一体どういうことよ!」
「来週には女性陣だけで戦ってもらうつもりですし、午後の試合でも朝倉さんの出番は必ず作ります。今回はポジションの関係上朝倉さんを交代させた方がいいのと、朝比奈さんにもう一段階上のプレッシャーをはねのけてもらうのが狙いです。ついでにおでん屋の仕込みの時間を少しでも稼ぐだけです」
「くっくっ、面白いじゃないか。なら教えてもらおうじゃないか?朝倉さんを誰と代えるつもりだい?」
「ジョンですよ」
「あんたね!ジョンやキョンを出すのならあたしも出しなさい!」
「もちろんです。だからこそ、ジョンを朝倉さんと交代させるんです」
「なるほど、キミの考えがようやく僕にも分かったよ。確かにポジションの関係上、青朝倉さんとジョンが入れ替わる必要があった。ハルヒさんと代わるのは、どうやら僕になりそうだね」
さっきは有希のことを「次元の違う相手」と表現していたが、有希に喰らいついていけるだけの力は青古泉にだって十分備わっている。ここで青朝倉とジョンが変われば、相手はジョンの長打や本塁打を警戒するだろう。場合によっては青俺と同様敬遠もありうる。以前、古泉と二人で「満塁の状態で青朝比奈さんをバッターボックスに立たせるのは危険」だと話していたが、ホームランは打てずとも、一人でもいいからホームベースに帰すような打球を……という算段か。未だに全てを掌握し切れてないハルヒから罵声が飛ぶ。
「青涼子とジョンが代わっても敬遠されることくらい眼に見えているじゃない!」
「打順はどうあれ、主力になりそうなキョンを敬遠すれば、相手もしてやったりと思うかもしれない。でもね、そこで朝倉さんの代わりにジョンが出てくれば、敬遠したくてもできなくなってしまうんだ。ジョンを敬遠すれば、ノーアウト満塁というピンチを迎えることになる。古泉君の思惑は、打球によってはダブルプレーも取られかねないプレッシャーの中でも朝比奈さんにヒットで出塁してもらうこと。たとえ朝比奈さんがアウトになったとしても、黄僕と交代したハルヒさんに満塁ホームランを狙えるチャンスが巡ってくる。黄僕と朝倉さんのポジションはセカンドとレフト。三回表を迎えればレフトにジョン、セカンドにハルヒさんが立つことになる。レーザービームを使える絶好のチャンスなんだ」
「それで朝倉さんとジョンを代えるんですね。わたしもようやく納得ができました。有希さんはわたしがホームに戻します!わたしにもレーザービームを受けさせてください!」
「朝倉さんには後ほど僕の方から事情説明をします。ジョンと朝倉さんの交代については異議なしということでよろしいですか?」
『問題ない』

 

 俺たちがベンチで話している間に、予想通り青俺が敬遠されて監督から代打の旨が審判に伝えられた。子供たちは青俺にホームランを打ってもらいたかったと考えていただろうが、代わりにそのホームランを打ってくれる奴が出るんだから少しは満足するだろう。バットを肩に背負ってバッターボックスに入ると、「どんな球でもいいからさっさと投げて来い」と言わんばかりにジョンが人差し指で相手ピッチャーを煽る。青俺を敬遠して嘲笑を隠しきれずにいた相手チームの面持ちがジョンの登場で一瞬にして曇った。控えメンバーとして俺たちがベンチにいるんだから、交代する可能性があることくらい誰にだって予想できる。青俺以外は全員女だと知って俺たちのことを睨んできたのはおまえらだろうが。慌てて主審にタイムを告げるとマウンドの周りに選手が集まった。監督の思惑通り、満塁の状態で青朝比奈さんにヒットを打たせるのであれば、ジョンを敬遠してくれるとありがたい。もっとも、ジョンに真っ向勝負で挑んでくるなら軽くヒットを打てばいいだけの話だ。どういう作戦に出ようがやることは同じ。俺は俺のやるべきことをしてくるか。
「どうせ大した策も出ないだろうし、子どもたちを連れて青俺の両親のところにいってくる。そこまでする必要もないだろうが、俺と青佐々木も入れ替えるつもりならテレパシーで連絡してくれ」
「ジョンとあたしが入るだけで十分勝てるわよ。あんたは子供たちと一緒に客席から見物していればいいわ」
「午後は僕がバントをすることになるかもしれないからね。キミには悪いんだけど、ここは僕にやらせてもらえないかい?」
「なら、後は任せたぞ」
子供たち3人を連れてベンチの奥から観客席へと向かう。青朝比奈さんがWハルヒに似てきたのは感じていたが、まさか青佐々木まであんなことを言い出すとはな。まぁ、相変わらずの食わず嫌いで、やってみたら結構面白かったなどといういつもの佐々木らしいと言えば、佐々木らしいか。怖がって逃げていたのが、ようやく立ち向かう気になったらしい。双子は俺と手を繋いで青俺の両親が気になって仕方がないらしいが、幸の方は誰かに怒られた後のように、視線を下げてとぼとぼと後ろからついてくるだけ。ついさっきまで試合に夢中になっていたはずだが……一体どうしたんだ?
「パパ、ホームラン打てなかった」
これから青俺の両親に会いに行くってのに幸のテンションが低かったのはそのせいだったのか。
「幸、打てなかったんじゃない。ホームランを怖がって相手チームが逃げたんだ。おまえのパパがホームランを打ってしまうからってな。そのくらいパパは強いんだぞ?ママだってヒットを打ってチームに貢献したんだ。おじいちゃんとおばあちゃんに自慢してこい。パパもママも凄いってな」
返答は返ってこなかったが、瞬く間に気分が高揚して俺たち三人の前を歩きだした。

 

『どうやら、ジョンを打ち取りに来たようですね。ジョンまで敬遠されてしまうようでは涼宮さんやハルヒさんはおろか、我々もやる気が削がれてしまいます。どちらにせよ、これまでのプレーで相手の力ははっきりしましたし、午後の試合に繋げる準備をすることにしましょう。ジョンは初球をツーベースヒットで打ち返してください。有希さんは三塁まで行ったらそこで待機していてください。朝比奈さんには満塁のプレッシャーを克服してランナーをホームに帰す役回りを果たしてもらいます。そのあとは……言うまでもなさそうですね。ハルヒさん、頼みましたよ?』
『あたしに任せなさい!』
なんとまぁ、ジョンなら十分可能だろうが、『初球をツーベースヒットで打ち返せ』なんてさらりと言ってのける監督も大したもんだ。子供たちと4人で客席に出たところで快音が鳴った。ホームランにならない様に調整したらしい打球がセンター後ろのフェンスにあたった。センターポジションに立っていた選手が捕球をしてダイヤモンドを見る頃には既に持ち場に着いていた。最初はこの状態を不思議に思っていたようだが、監督の思惑をようやく察知して、再度、苛立ちの感情を表に出してきた。この状況で青朝比奈さんがどうでるかだ。この試合はもはや俺たちがレベルアップするための単なる経験値稼ぎにすぎん。青朝比奈さんがバッターボックスにつくと、俺のすぐ傍で叫び声が上がる。
「おじいちゃん!おばあちゃん!」
幸の声に反応して青俺の両親が後ろを振り向く。やれやれ…生活リズムもそうだが、主に食事に天と地程の差があるにも関わらず、どうしてこうも似ているんだか。体型も髪型も、相違点を探そうとしばらく見ていたがジョンと培った集中力をもってしても違いが分からん。俺がさっき提案したことが採用されたようだ。幸が自慢げに両親のことを話している。
『キョンパパ、あれが幸のおじいちゃんとおばあちゃん?わたしのおじいちゃんとおばあちゃんじゃないの!?』
「だから言ったろ?幸が何度も間違えて、俺でも区別がつけられないくらいだってな」
驚いて、頭を悩ませて、何か閃いたような表情を見せると、青俺の両親のところへ急行。幸が双子の説明をしてくれている。
「お久しぶりです。応援に来て下さっていると聞いて子供たちを連れてきました。青俺も有希も今は試合の真っ最中ですからね。こっちの双子は俺とハルヒの娘です」
「随分大きくなったのね。うちの息子から話は聞いていたけど、二人ともいくつになったの?」
『年長さん!もうすぐ小学校に行くの!』
質問に対する答えとして間違っているわけではないが……自分の年齢のこともちゃんと教えないとな。会社設立当初に比べれば、こうやって野球の試合にのめり込むことができるくらいの余裕はできたが、家族サービスがまるで出来ていない。明日の練習は午後にしてもらって、昼食は鉄板料理か寿司にしよう。本マグロの一本釣りに子供たちが一緒に行きたいと言い出すかもしれん。暗闇で怖い思いをすることのないような配慮をと頭を悩ませたが、「怖くなるかもしれない」と釘を刺すことくらいしか思いつかん。せいぜい、ジョンの世界でモニターで確認させて釣ってきた本マグロを触らせるくらいが妥協点ってところか。
「伊織パパ、今日はおばあちゃんたちとごはん食べたい!伊織パパのごはんすっごくおいしいんだよ!」
「うちの息子や有希ちゃんが来るたびにこの子から話は聞いてたけど、あんた、いつの間に料理を覚えたの?」
…ったく、こっちは敬語で話しているっていうのに、母親と息子の関係のまま俺と話すつもりらしい。少しはどうにかならんのか?
「俺たちのW結婚式の日に料理を振る舞ってくれた新川さんから習ったんです。双子も幸も『給食不味くて嫌い!お弁当作って!』などとよく耳にしますよ。その度に『ちゃんと給食食べないとバレーの選手やモデルにはなれないぞ?』と言ってなだめているような状態です」
「あのときの料理の味は一生忘れられない。折角の機会だからお邪魔させ…」
青俺の父親が幸の提案に賛同しようとしたところで快音が鳴った。揃ってグラウンドに視線を移す。青朝比奈さんの打球はサード寄りの三遊間を抜いたツーベースヒット。青有希と青俺がホームに戻ってこれで0-4。これでようやく二人も呼べそうだ。青朝比奈さんも歓喜に満ち溢れていた。さて、これでハルヒがどう出るかだな。

 

 ホームベースを踏んでベンチに戻った二人にテレパシーを送って遮音膜を発動。佐々木とハルヒの入れ替えなら相手もそこまで気にするほどのことでもないだろうが、双子が揃って『ハルヒママ』と声援を送ってしまうと後々面倒だからな。一文字しか違いは無いし、ただの聞き間違いとして何の疑問も抱かずにいてくれるのが一番いいんだが、特に俺たちに負けたチームが大会運営委員会に駆け込んでくるかもしれん。来週までに双子に野球のときだけは『ハルカママ』と呼ぶように注意を促しておくのもいいが、白熱した試合になると水の泡になってしまうだろう。試合のときはベンチに遮音膜だな。双子の応援なら本人たちは自覚がないだろうが、テレパシーで俺やハルヒに聞こえる。案の定、バッターボックスに立ったハルヒに向かって、
『ハルヒママ頑張って――――――――――――!!』
と叫ぶ始末。夕食の件については一旦流れたが、青俺がそれを聞けば、片手で両目を塞ぐことになりそうだ。実家に帰る度に夕食に呼べと言われかねん。何にせよ、その場にいた六人の視線はバッターボックスのハルヒに向いた。
『さて、このまま進むと黄朝倉さんがホームランを放った時点で試合が終わってしまいます。そうなると、ジョンとハルヒさんを投入した意味がありません。この試合に限り、涼宮さんもハルヒさんもこれまで封印していたバックスクリーン狙いの本塁打を解禁としましょう。何せ、アウトになった方が都合がいいんですからね』
『言ってくれるじゃない!!上等よ!あたしがアウトになるなんて二度とないわ!相手の初球をバックスクリーン直撃のホームランにしてやるんだから!有希も涼子も青あたしも文句ないわよね!?』
『当然よ!SOS団団長として、あたしがみんなを引っ張っていくんだから!』
『もう一回、僕も打席に立ってみたかったんだけどね…ダメかい?』
『誰かがアウトになるか、ヒットで出塁するかを祈るしかなさそうね。でも、わたしはホームランしか打たないわよ?』
『よし、それなら本塁打を打てなかった奴は、午後の試合は出場停止。これでどうだ?』
『問題ない。わたしがバックスクリーンを貫く』
『またしても僕抜きでこと細かく決められてしまいましたね。もう少し、僕にも活躍の場を与えてはもらえませんか?』
『おまえがWハルヒを煽ったんだろうが。それをいつものように条件をさらに厳しくしただけだ。Wハルヒのことに関してはおまえが一番よく知っていると自負しているんじゃなかったのか?』
『おや?バレてしまいましたか。ですが、4人にはこの程度の球は本塁打にしていただかないと困ります。午後の打順やポジションにも関わりますので、じっくり拝見させてもらいますよ?』
『問題ない』

 

 テレパシーで会話していたせいで、『初球で』と条件をつけていたハルヒも、すでにワンストライク、ツーボール。次の球を本塁打にすればそれでいいんだが……周りがいくら説得しても、本人が納得するまい。自分の役割を終えた青俺と青有希がようやく客席に現れた。
「あんたも有希ちゃんも大活躍だったじゃない。あんた、プロ野球選手にでもなるつもりなの?」
「俺も有希も向こうの世界で就職しているんだ。ハルヒや古泉たちもこっちの世界に戻ってくることはないだろう。いくら勧誘されようが、承諾するつもりはない」
「あんたたちはたまにこの子を連れて帰ってきてくれるからいいけど、親御さんが心配しているんじゃないの?」
「朝倉は有希と同様一人暮らしだったし、何かあれば有希の部屋に置いてある携帯に連絡が入っているだろうから心配いらん」
親子の会話に割って入るようにボールを打ち返す快音がなった。もっとも、こっちの方がメインなんだから『割って入る』と表現するのも不自然かもしれんな。双子は青俺たちの会話を気にも留めずに、バッターボックスにいたハルヒを見守っていた。有言実行、勢いよくセンター方向へ打ち返された球がぐんぐん伸びていく。センターポジションにいた選手が真後ろに走ったが、三角跳びでもボールに触れることすらかなわず、ツーランホームランを成し遂げて一挙に0-7。ダイヤモンドを一周してベンチに戻ってきたものの、その表情は不機嫌そのもの。テレパシーの件とバックスクリーン『直撃』にはならなかったからな。午後の決勝戦で青古泉が再度封印をかけようとすれば、文字通り監督の任から引きずり降ろされる。
「伊織パパ!おじいちゃんとおばあちゃんも一緒にご飯食べたい!」
「そういや、そんな話になっていたんだったな。二人分追加するのは構わんが、幸も双子もどっちが自分のおじいちゃんとおばあちゃんか分からなくなってしまうぞ」
「問題ない。お父さんとお母さんには青色のバンダナを身につけてもらえばいい。黄キョン君がわたし達を区別するときに考えてくれたのと同じ」
「ということだ。幸、これからおじいちゃんとおばあちゃんには青いバンダナを身につけてもらう。バンダナをつけている方が幸のおじいちゃんとおばあちゃん。つけてないほうが織姫のおじいちゃんとおばあちゃんだ」
「パパ、バンダナってなあに?」
そういえば、大学の入学式以降…いや第二次情報戦争の頃か。互いにバンダナをつけなくとも青チームと黄チームの区別ができるようになったのは。異世界人の証として本社ビルの自室に大切にしまってあるだろうが、幸が生まれてからもバンダナなんて言葉として口にしたことも身につけていたことも無かったな。幸だけでなく双子も悩んで…って今は有希の打席か。有希の出番が終わるまでは、こっちの会話に入る気は無いらしい。ここは家族五人に任せて俺も有希の応援に回ろう。バックスクリーンに突き刺すのではなく、バックスクリーンを『貫く』とまで言ったんだ。昨日のW俺の打球を一回りも二回りも上回るほどの威力でないと『貫く』ことはできんだろう。打ち合わせ通りに初球を叩いた有希のボールがバックスクリーンへ真っ直ぐに向かって行く。こちらも有言実行、さっきのハルヒの打球とは勢いがまるで違う。これで終わりとばかりに得点板の三回表のところにボールが突き刺さった。いくら有希でも貫通することはできなかったらしい。頼むからハルヒと同じ不機嫌オーラを出すなよ………

 

『キョンパパ!ハルヒママと有希お姉ちゃんのところに行きたい!』
幸の祖父母の件についてはどうやら頭から消え失せたようだ。青俺の両親のバンダナの件についても青俺がその場で二枚とも情報結合。「これがバンダナだ」と幸に説明してから二人に手渡していた。愚妹の夕食をどうするのかとふと思い立ったが、どっちもどうなろうが俺にはどうでもいい。しかし、魔が差してしまったことに変わりはない。アホの谷口の様子見ついでに、青俺の愚妹はちゃんと就職できたのか聞いてみることにしよう。
『ハルヒママも有希お姉ちゃんも凄い!』
ベンチに戻ってすぐハルヒと有希に双子が抱きついた。少しは不機嫌オーラが治まった……かな。二回裏、ランナーはいないが0-8のノーアウトでバッターは4番青ハルヒ。慌ててタイムを取ってはいるが、ただの時間稼ぎにすぎん。朝倉ならホームランの可能性も少しは無くなるとでも考えていようものなら、朝倉の殺気が会場中に広がるか、朝倉と交代で俺が出ることになる。悪いが、もう詰んでるよ。
『すみません、僕も失念していました。ランナーがいませんので涼宮さんが敬遠される可能性があります。黄朝倉さんがホームランなら結果は同じですが、涼宮さんがストレスを溜めることになってしまいそうです』
『くっくっ、もしも二人を敬遠して下位打順で打ち取るつもりなら僕にも出番が回ってきそうだ。黄僕のようにセーフティバントを狙ってみるよ』
『冗談じゃないわ!!黄有希みたいなバックスクリーン直撃弾をあたしも打ってやるんだから!!敬遠なんて承知しないわよ!』
「くっくっく、そうそう、その調子だ。黄チーム対青チームでバレーの練習試合をやっていた頃を思い出してしまったよ。そうやって『あたしを狙いなさい』なんてオーラを放っていれば、敬遠したくても出来なくなってしまうだろう。次の打席で一塁からは青ハルヒの怒気、バッターボックスからは朝倉の殺気が相手投手に集まることになるんだからな。ついでにベンチからはハルヒが『あたしの立てたプランに泥を塗った』と怒気を放つだろう。逃げ出したくなってもノーアウトじゃ昨日のようにはいくまい。たとえ敬遠しようとしたとしてもあいつの性格上、本塁打は無理だろうが何がなんでもバットにボールを当てて出塁するだろうな。さて、この後どうなるのか、相手の出方をゆっくりと拝見させてもらうことにしよう」
「あなたにはもはや頭が上がりませんよ。どうしてそこまで涼宮さんの性格や行動まで精通しているんです?」
「俺はハルヒの夫だぞ。Wハルヒの違いと言えば、せいぜい俺が規則性を見つけてしまったせいで短くなってしまった髪型くらい。天上天下唯我独尊の涼宮ハルヒはどちらも変わらない。ハルヒがそうやっていてくれるからこそ俺は安心して自分のなすべきことに専念できる。それだけだ」
「このバカキョン!周りにみんないるのよ!?ちょっとは時と場所を考えなさいよ!」
「おまえ、周りが何を考えていようが気にしないんじゃなかったのか?耳まで真っ赤にしてどうした?」
「SOS団メンバーなら全員身内みたいなもんじゃない!それ以外の人間と一緒にするんじゃないわよ!まったく!」
「ハルヒさんにそう言ってもらえるなんて、わたし嬉しいです。わたしも黄キョン君と同じです。涼宮さんなら、ただ黙って敬遠されるようなことは絶対にしません」
「では、僕も彼と同様、相手の出方をゆっくりと拝見させてもらうことにします」
古泉の一言を気に、それぞれグラウンドの様子が見える位置へと移動した。腰を降ろす奴もいれば、ジョンのように壁にもたれかかっている奴もいる。双子もガッツポーズのまま青ハルヒから視点を逸らしそうにない。
ようやくマウンドから野手が散り、投手が青ハルヒに対峙する。Wハルヒから怒気を浴びせられて、縮こまっているのか、冷静さを保っているのかはベンチからではよく分からんが、ようやく投球フォームに入った。……やれやれ、今度は俺も笑われなくて済みそうだが、あの投手ホントに大丈夫か?客席から青俺が見ているかどうかはわからんが、声も聞こえてこないし、俺と同様相手投手を憐れんでいるのかもしれん………って、遮音膜張ったままだだった。ピッチャーの投げた球は敬遠とは真逆の、俺が自分で言っていた『あたしを狙いなさい』なんてオーラを出していた青ハルヒの顔面を素直に狙ったデッドボール。青俺と違ってスライダーに変化するわけでもなく、避けなければ間違いなく顔に当たってしまう球。女性陣を怖がらせる作戦に出たようだが、相手が悪かったな。初戦のように青ハルヒが片手で受け止めるわけでもなく、素早く上半身を後ろに逸らしてバットを振った。見事にボールをバットの芯で捉え、打球は勢いよくレフトへ。さすがにあの体勢ではバックスクリーン直撃どころかホームランにすらならず、センターフライに終わってしまうと踏んだらしい。初球は避けて次でバックスクリーンを狙ってもよかっただろうに、『初球』で、なおかつ『ホームラン』でないと納得がいかなかったらしい。バッターボックスから一歩も動こうとせず、バットを肩にあずけたままボールの行方を追っていた。レフトポジションにいた選手も最初は全力疾走でボールを追いかけていたが、途中で諦めてスピードダウン。ようやく青ハルヒがダイヤモンドを回り始め、戦意の無くした相手に朝倉がとどめを刺した。

 

「ところで、僕たちはこのままベンチに居ていいのかい?」
「ええ、敗者のベンチに向こうの会場の勝者が来るそうです。相手にとっては、あまり縁起が良いとは言い難いですが、それも実力のうちの一つでしょう。我々が向こうに移ったとしても、そんなものは一切関係ありません」
「小腹は空いてきたけど、みくるちゃんの弁当を食べるにはまだ早いし、バッティング練習に付き合ってよ」
「折角グラウンドが空いているんだし、大いに賛成したいね。キョン、キミの投げた球でバントの練習をさせてくれないかい?」
「それはいいが、その前に連絡しておきたいことがある。古泉、今夜の夕食、二人分追加してくれるか?」
「かまいませんが、W鶴屋さんを決勝戦に出場させるおつもりですか?」
「いや、青俺の両親が新川流の料理を食べてみたいんだと。もっとも、それを提案したのは幸の方なんだけどな。『おじいちゃん、おばあちゃんと一緒にご飯が食べたい』だそうだ。そのまま98階で寝泊まりして明日の朝食も…なんてことになりかねん。それと、明日からの野球の練習についてなんだが、福島のツインタワーももう少しで現地の人たちで動かせるようになるはずだ。月、水、金の三日間で次の試合に備えようと思っているんだが、どうだ?毎日練習したいというメンバーがいるのならそれでもいいと思ってる。その後ツインタワーに行けば済むことだからな」
「駄目。あなたの提案には一つ穴がある。西日本代表を決めるための試合会場は広島スタジアム。午前中に練習して午後から出発しても向こうに着くのは夜遅くになってしまう。当然、調味料探しに行くことも出来ない」
「フフン、それならあたしに考えがあるわ!キョンの車に移動型の閉鎖空間を取りつければいいのよ!」
「そういえば、黄有希のマンションで雑誌の編集していた頃にそんなことしてたな。俺たちは背景探しに出かけて、黄俺とハルヒは一般道路ではありえない程のスピードで街中走り回ってたっけ。そのときは移動型じゃなかったけどな」
「ああ、青ハルヒの言う通り俺もその方向で考えているんだが、製造所の営業時間と、双子がそのスピードで酔わないかどうかが心配でな。ついでに明日も午前中はドライブだから練習は午後からになってしまう」
「なるほど、そういうことでしたか。では、明日は僕たちの休日でもありますし、練習は火、水、木の三日間で、金曜日はジョンだけ残ってもらってレーザービームを捕る練習をするというのはいかがです?あなたが月、水、金で練習をすると提案したのも、前日にその練習をしておかないと青朝比奈さんが捕れるかどうか不安だった。違いますか?」
「行動や思考を見透かされているのはお互い様のようだ。折角のレーザービームも受ける方がそれに慣れてないと意味がない。ハルヒはぶっつけ本番でも捕球できてしまうだろうが、いくら青朝比奈さんでも練習を重ねていないと厳しいだろう。とりあえず、俺の目算はそんな感じだ。俺も、今古泉が出した案でいいと思ってる。皆どうだ?」
『問題ない』
「それでは、試合開始までの練習メニューを発表します。あなたと黄有希さん、それに涼宮さんにはブルペンで投球練習。それ以外のメンバーは彼とジョンが投げる球を自分の狙ったところに弾き返してもらいます。もちろんW佐々木さんはセーフティバントの練習、ハルヒさんは本塁打を狙っても構いませんが客席に被害が出ない様にお願いしますよ?ボール拾いには僕と黄朝比奈さんで対応します。それと、彼とジョンが投げる球のキャッチャーとしてOG4人が交代で入ってください」
『わたし達がキャッチャー!?』
「ちょっ…青古泉先輩、いくらなんでもわたしには無理ですよ!」
「これも立派なバレーの練習です。彼のようにセッターから采配を読み取るようなことはできませんが、WSがどこにスパイクを撃とうとしているか程度なら大体の予測が可能です。先日は他のメンバーの後ろに入って剛速球に慣れる練習をしていましたが、バレーをやるのであれば真っ正面で受け止めないと意味がありません。ミットを構えてさえいれば、彼らなら持ち前の集中力でミットの中にボールを収めてしまうでしょうし、そのほとんどは打ち返されてしまいます。威力は日本代表エースのスパイクと同程度ですから、今まで幾度となく受けてきたはず。スピードにさえ慣れてしまえば何ら問題有りません。キャッチャー用の防具をつけずとも、以前彼が施してくれた防護膜で傷一つ負うことはないでしょう」
「くっくっ、以前キョンから僕にも似たような提案をされたけれど、そういうことなら僕にも今度やらせてもらえないかい?この練習に慣れさえすれば、どんなスパイクであろうとすべてレシーブ可能ってことだろう?」
「真正面に撃たれることはまずありえませんし、若干のズレはあるでしょうが、我々のレシーブ力のさらなる向上につながるというわけですか。佐々木さんの言葉を復唱してしまいますが、機会があれば僕にも受けさせてください」
「それで?結局、どうするつもりだ?やるならさっさと始めないと朝比奈さんの弁当を堪能する時間が少なくなってしまうぞ」
青俺も大いに賛成のようだ。目を瞑ったまま、2回、3回と頷いている。OG4人で互いの顔を確認しながら迷っていたようだが、しばらくして結論が出たらしい。
「分かりました。やってみます」

 

OGたちが青古泉の提案を承諾したところで有希が三人分の防具を情報結合。自分には必要ないと言わんばかりにミットだけはめて、青俺や青ハルヒと一緒にブルペンへと向かった。古泉や朝倉からキャッチャー防具の着方を教わりながら、それぞれで準備を進めていた。マウンドの両端には俺とジョンの二人が立ち、ジョンの視線の先にはW佐々木が三塁側を独占。セーフティバントを徹底的に練習するらしい。残りのメンバーは俺が投げるボールの先で列を作っていた。文字通り、ハルヒがトップバッターなのは言うまでもないのだが、先ほどのやりとりからか、防具も付けずにミットをはめた青朝比奈さんが構えていた。
『4人が来るまで、わたしにも受けさせてください!』
呆れて顎が外れそうになったが、ハルヒも「さっさと撃たせなさい」とばかりに待ち構えているし、さっさと投げることにしよう。バックスクリーン直撃弾が出るまで代わりそうにないな、これは。しかし、青古泉も朝比奈さんと一緒にボール拾いなんて雑用、よくもまぁ自分から言い出したもんだ。青古泉がOGに言い放った内容を加味すれば、青ハルヒの女房役として「僕が涼宮さんのキャッチャーを」なんて言ってもおかしくなかったはずだ。全国大会地方予選の決勝ともなれば、いくら青古泉といえど、妄想や欲望より理性の方が勝ったらしい。決勝の打順決めをするのに集中したいというのもあるのかもしれん。
『ちょっと、みくるちゃん!あたしのホームランボールをテレポートしないでよ!バックスクリーンに当たったかどうか分からないじゃない!』
『ごっ、ごめんなさいぃ……』
『ハルヒもちゃんと考えた上でテレパシーを送ったようだが、ここでは黄チーム全員偽名なんだ。互いの名前を呼ぶときは細心の注意をはらってくれ』
『いいから次の球よこしなさいよ!』
『はいはい』
しかし、朝比奈さんも随分とテレポートが上達したもんだ。落ちているボールを1個ずつ丁寧に拾うもんだとばかり思っていたのに、勢いよく飛んでいるボールをテレポートしてしまうとはな。加えて、散らばった球を一気にボール籠に入れてしまおうとする青古泉を止めなければと思っていたがどうやらそれもハズレらしい。本人から説明があった通り、防護膜でたとえどんなに勢いのあるボールが当たっても無傷だが、それでも自分にあたりそうになるボールが来れば誰だって怖い。ハルヒどころか、こちらの様子を確認するようなそぶりすら見せずにボール拾いに集中していた。結局OG四人はというと、青朝比奈さんの後ろに二人付き、まずはどの程度のスピードなのか確認するところから始めるらしい。もう二人も、ジョンの投げる球をいきなり受けるのはさすがに怖いらしく、結局古泉がジョンのボールを受け、こちらと同様、その後ろから覗きこんでいた。

 

10球ほど投げたところで、「じゃあ、次、青有希ちゃんね」とハルヒが他のメンバーに譲った。珍しいこともあるもんだ。まぁ、自分だけ強くなってもチームが弱いままじゃ勝てないからな。バドミントンや卓球、テニスなら誰にもコートを譲ることはないだろう。チーム力が問われるスポーツをコイツに提案して心底よかったと感じるよ。青朝比奈さんもミットを外して列の最後に並び、俺がボールを投げる先にはミットが震えたままのOGがいた。いくら精密なコントロールが可能だったとしても、的が動くんじゃミットに収めたくても収められん。バットを振るのが青有希じゃ、そこまで打ち返すことができないだろうし、トラウマにならなければいいんだが……でもまぁ、「これもバレーの練習の一環だ」と言われれば、高校時代のような劇的な成長を見せてくれるだろう。バレー合宿初日が楽しみで仕方がない。決勝の相手も既に到着して、会場中が俺たちの練習を見ていたが、そんなことはどうでもいい。チアガールが剛速球を受け止めるキャッチャー役になっているところに疑問を感じている奴も何人かいるかもしれんが、これもちゃんとした目的があってやっているんだ。誰にも文句を言われる筋合いはない。
『そろそろ頃合いです。我々も昼食にしましょう』
青古泉からのテレパシーを受けてベンチへと戻る。さて、どんな采配になったのやら…
 ベンチに戻った俺たちに、朝比奈さんが一人一人に弁当を渡していた。キューブの拡大縮小もマスターしてしまったようだ。もう未来人兼超能力者と名乗っても過言ではないだろう。閉鎖空間の有無に関係なく、俺たちが高2の頃の時間平面上に朝比奈さんが時間跳躍したら、SOS団五人がどんな反応をするのか見てみたくなった。俺や古泉、有希が超能力者だ宇宙人だと宣言してあれだけの反応を示したんだ。過去に時間跳躍した朝比奈さんが「わたしは数年後の未来から来た朝比奈みくる本人です。あっ、未来人兼超能力者と言ってもいいかもしれませんね。色々習いましたから」などと暴露すればその時間平面上のハルヒの天地がひっくり返るかもしれん。TPDDのような欠陥品ではなくなった今なら、許可を得ずとも行き来できるだろうし、「閉鎖空間の発生を抑えるため」と理由付けをすれば異議を唱える奴はおらん。それでも駄目だというのならジョンのタイムマシンを使うまで。5人揃って北高の文芸部室に乗り込むってのも悪くはないが、数日は戻ってくることができんだろうな。いくらハルヒでも頭がパンクする……などと考えているうちに、俺の両隣には双子が座り、弁当を食べながら俺のユニフォームをぐいぐいと引っ張る。
『キョンパパ!キョンパパ!わたし、お昼ご飯はみくるちゃんのお弁当がいい!』
「弁当って、今食べているだろ」
『野球の試合しないときもお弁当がいいの!』
「伊織パパ、わたしも毎日お弁当がいい!」
保育園の年長と小学一年生でここまで違いが出るものなのか?おそらく双子は幸が言った「毎日」という言葉が何のことなのか分かっていないだろう。とにかく、
「誕生日にケーキが食べられるのと一緒で、お弁当が食べられるのは今日みたいな特別な日だけだ。だからこんなに美味しいんだぞ?」
「キョンパパ、わたしケーキも食べたい」
「あっ!美姫ずるい!わたしも食べる!」
「二人の誕生日にケーキを食べただろう。次にケーキが食べられるのは、朝比奈さんの誕生日かな。ケーキよりお弁当の方が早そうだ」
『みくるちゃん!またお弁当!!お誕生日!!』
「はい。みんなに喜んでもらえて、わたしも嬉しいです。また一緒にお弁当食べましょうね」
朝比奈さんの微笑みに三人とも満足できたようだ。毎日弁当を作っていられるほど朝比奈さんも暇を持て余しているわけじゃない。子供たちが弁当に満足したところで、監督から決勝戦のクリーンナップの発表。もはや自分がどのポジションで打順が何番だろうと関係なく、自分のやるべきことをやる。ベンチにいた全員がそんな顔で青古泉からの発表を待っていた。
「てっきりW佐々木さんから午後のスターティングメンバーの発表を急かされると思っていましたが、お二人がここまで自信に満ち溢れた表情をしているのは初めて見ましたよ」
『いいから早く打順とポジションを教えてくれたまえ』
確かに自信に満ち溢れた面持ちだったが、子供たちが俺と話しているところに割って入るのも気まずかったようだ。バレーはもう何年も続けているから、それ相応の顔立ちをしているが、野球の練習を始めてからこの短期間でこの面構えができるようになったのは初めてかもしれん。
「では遠慮なく。一番ファースト朝比奈さん、二番ライト佐々木さん、三番サード朝倉さん、四番セカンドハルヒさん、五番キャッチャー黄有希さん、六番ショート黄佐々木さん、七番レフトジョン、八番センター涼宮さん、最後は午前と変わらずあなたにピッチャーを務めていただきます。W佐々木さんは今回はバントは無しです。先ほどの練習でお二人にはバントがあると刷り込むことができました。相手の虚を突く絶好のチャンスです。佐々木さんは最初にバントに構えるだけであとは打てそうな球が来るまで待ってください。それと、試合後は涼宮さんに報道陣が殺到するはずです。何を聞かれて、どう答えるか考えておいてください」
「あたしに任せなさい!」
「もう一番手は朝比奈さんで固定だな。ジョンが入ってセカンドに黄ハルヒなのはさっき出来なかったレーザービームの分だとして、有希が入っていないのはストライクゾーンの関係か?」
「もはや言うまでもありません。我々がこれまで何を武器に戦って勝ち抜いてきたのか、身を持って知ることになるでしょう」
『それなら、キャッチャーが涼宮ハルヒでもいいんじゃないのか?球の采配ならどのポジションにいてもテレパシーで指示が可能だ。俺の代わりに朝倉涼子を加えて、バレーと同じように超光速送球があってもかまわないだろう?』
「レーザービームのさらに上をいくんですか!?確かに我々ならば有希さんがどこにいたとしてもテレパシーで采配を伝えることが可能ですが、僕もまだまだのようですね。そんな考えには至りませんでしたよ」
「うん、それ、無理。わたしと有希さんだけでやるなら可能だけど、一度も練習していないのに試合で使うなんて無茶。でも、そろそろわたしにも出番が欲しいわね」
「じゃあ、帰ったら早速練習!涼子にも出てもらいたいし、来週は鶴ちゃん達も出てもらわなくちゃ!女だけで西日本を制圧するわよ!」
『問題ない』

 
 

…To be continued