500年後からの来訪者After Future5-7(163-39)

Last-modified: 2016-10-17 (月) 15:09:28

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future5-7163-39氏

作品

九人目の妻との結婚指輪と、来年の世界大会での必勝を祈願したペンダントを購入し、その額にOG達どころかハルヒ、ジョンまでもが驚愕。「正妻を一番に扱う」の『一番』の意味をよく理解していないようなハルヒの言動だったが、夜の夫婦の時間でそれも解消することができた。指輪とセットになるようにペンダントを購入して、ペンダントが先に手に入り、指輪の刻印が入るのを待っていなくてはならない状態。二つの指輪を合わせるとハートが浮かび上がるという斬新なデザインに、俺も早くみんなに自慢したくて仕方が無い。主演女優の果敢なアプローチを蹴ってまで本命の女性と共にありたいと願う古泉の結婚指輪の行方が気になるし、場合によっては82階以上のフロアの配置も検討する必要がありそうだが、まずは今日一日で報道陣がどうなったかだ。

 

 みくる達との話も終え、フロアの照明も消えて69階の方も全員寝静まった頃、ようやく99階で食事の支度の再開ができそうだ。先日のビュッフェディナーではないが、日本代表チームとほぼ同数の楽団員達の昼食も含めた打ち上げ用料理を作るとなると、楽団員達の男女比も含めて色々と気にする事も多い。特に、丸一日スポーツにのめり込んでいる日本代表と真逆の存在にも関わらず、スタイル維持は必要不可欠。コンサートのときの衣装が着られなくなってしまうからな。まぁ、打ち上げのときはそんなに気にしないなんてこともあり得るが、念のためだ。朝食も昼食も作るのは俺。古泉の弁当1.5人分を作るのも一ヶ月半ぶりになるな。滞りなく支度を終えたところで、ようやく外が明るくなってきた。さて、一日垂れ流した映像でどうなったか各局のニュースをモニターで見てみるか。……感想を一言、と言われると、異世界で迷惑電話を受けていたときと同様、「いつになってもやることが変わらん」と言いたい。異世界の迷惑取材電話はつい最近の出来事だが、こっちの世界でだって散々蹴散らして解雇させて、イタ電を警察に通報するというルーティンワークとも言うべき流れを繰り返してきたにも関わらず、未だにアナウンサーに一言謝罪させるだけで、各新聞社の一面に話を切り替えていた。しかし、その新聞社も自分たちのことは隠す癖に見出しは相変わらず。『中○マジ切れ!!「解雇だけじゃ済まさねぇ!!」』だの『許可されていない場所の撮影を強行したカメラマンに非難の声!!』だの『天空スタジアムからギロチン!!まさかの公開処刑!!』だの大袈裟な見出しに写真は本社の大画面を写したものや国民的アイドルに取材をしてきたときの写真が載っていた。
「いや、SOS団からそういうアプローチが来ているなんて今日初めて知りましたよ。彼女たちの実力もよく知らない奴にSOS団を気安く語って欲しくないですね。もう、解雇くらいじゃ割に合わない」
国民的アイドルが例の映像についてコメントを求められたVTRが映っていた。あれほど影口を連発されればいくら国民的アイドルといえど、見出し通り「マジ切れ」したくなる。人事部に「今日は有給休暇」だと連絡して俺と古泉、圭一さんで対応したくなった。
『こっちでもそんな話になっている。青チームのキョンや古泉一樹も参加するそうだ』
しかし、社長自ら連絡を入れて処分すると言ったところで収まりがつかなくなっているぞ。国民的アイドルにすべて任せるか?
『そのようです。解雇したと連絡が来たとしても「翌日から貴社の人間の映像は編集でカットするが、処分についてはこちらから追って連絡をする」と返すべきでしょう。彼の動きを待った方がいいかと。人事部の社員には圭一さんから連絡を入れていただくことにします。また人事部の社員がストレスを溜めかねない迷惑電話になりそうですし、二、三日休暇を取ってゆっくり休むよう伝えてもらいましょう。種を蒔いたのは我々ですし、今日一日で終わるようなことではありませんので』

 

 ジョンが中継役になって俺の思考をテレパシーとして送信したようだ。ジョンが古泉の真似をしたのかと思ったが、どうやら本人かららしいな。人事部の社員も俺たちと同じ時間帯から身支度を始めるはず。圭一さんにはすぐに人事部の社員に連絡を入れてもらうことにしよう。それが終わってから朝食だ。青圭一さんにも入ってもらった方が時間短縮になりそうだ。敷地外に溢れている報道陣は、今回は残しておいた方がいいだろう。社員にインタビューしそうになったときのためのSPを配置しておく。他のメンバーは普段通り降りてきてくれればいい。
『問題ない』
 W古泉で圭一さん達を起こしに行って事情を説明。人事部の社員に連絡して戻ってくる頃には、81階には全員が揃っていた。食べ放題とはいえ、子供たち……特に幸の遅刻に関わってくるからな。少しでも早く始めてしまおう。
「じゃあ、ニュースの件は後回しにして、今日の朝食のルールを説明する。米は全部で六升分用意した。ルーも先週のディナーよりもさらに増量してある。今置かれている自家製コーンスープとノンドレッシングサラダまで食べ終えたらカレーのおかわりOK。ルーの四分の一はW有希の分、残りがそれ以外全員の分だ。W有希はこの四分の一を食べ終えない限り、俺たちの分のルーには手出しできないものとする。以上だ」
『いただきます!』
最初の一皿は全員均等に盛り、あとは本人の自由。颯爽と食べ終えた有希がやはり一番手だが、いつもの断崖絶壁を盛っているせいでWハルヒやエージェント達に抜かれてしまっていた。ルーにはふんだんに野菜を溶け込ませてあるが栄養の片寄りが無いようにスープとノンドレッシングサラダを食べてからという条件を付けた。青有希、青俺、W裕さん、OG達がほぼ同時に席を立ち、カレーの入った鍋の周りに群がる。
「青チームのOG達だってジョンの世界で練習しているんだ。どんどん食べて筋肉をつけた方が太りにくくなるぞ」
『はい!ありがとうございます!』
俺は作っている最中に匂いで胃が満たされているようなものだからな。勝負のつもりは毛頭ないんだが、ハルヒ達やW有希はそう思ってはいまい。八合カレーのせいもあり有希はルーのすぐ傍で食べていた。

 

 子供たちもカレーの皿を持ってきておかわりしている中、無慈悲な青俺の携帯のアラームが鳴った。
『あ――――――!!わたしまだ二回しかおかわりしていないのに!!』
その体躯でカレー三杯食べれば十分だろう。給食を食べない分、今食べていくと言うのなら容赦なく連れて行くんだが、問題は連れて行く方だ。青有希はアラームが鳴ろうが何事もなかったかのようにカレーを食べ進めている。保育園に行って戻ってきたら無くなっているに違いない。今日は俺が行った方がいいかもしれん。席を立ち上がり双子に声をかけようとすると、母親が間に入ってきた。
「あんたは此処にいなさい。二人は私が連れて行くから。いつも有希ちゃんに任せてばっかりだから、こういうときくらいは私が行くわよ。お父さんもまだ食べている最中だし」
『お婆ちゃんと一緒に保育園行けるの!?』
「ああ、月曜日はお婆ちゃんの休みの日だからな。気をつけてな」
『問題ない!』
幸もランドセルを背負って一緒に降りていった。
「しかし、ここまで美味いカレーとはいえ、私ももう食べられない。昼にでも取っておきたいくらいだが、彼女たちが食べつくしてしまうだろう。事の一部始終は古泉から聞いたが、一体どうするつもりかね?」
「我々は解雇処分だけでよかったのですが、彼がそれだけでは割に合わないとコメントしている以上、簡単に承諾するわけにはいかなくなりました。人事部の社員が休んでいる間、彼がどういう決断をするかによって我々も対応が変わってきます。映像に映っていた本人からの電話は切り捨てますが、処分を下したという電話については保留扱いをしてください。彼が直接本社にアプローチをしてくる可能性もありますので」
「とりあえず、もう昼食の支度も楽団員の打ち上げの料理もできている。俺と古泉の影分身で十分足りる。青俺たちまで参加することもないだろう。それよりこっちの世界のビラはどうなっているのか教えてくれ。曲が決まっていればすぐにでも次のコンサートの詳細を記したビラが撒けるはずだ」
「ふぉんふぁいふぁい」
「問題ありまくりだろうが!口の中のものを全部飲みこんでから話せ!」

 

まったく、声の主が有希だったから良かったが、それ以外のメンバーでは何を言っているのかさっぱり分からん。
「問題ない。次のコンサートも天空スタジアムからの景色を見に来る可能性が極めて高い。楽団員からリクエストの多かった曲をベートーベン交響曲第七番第一楽章の次に入れて、後は変わりない。アンコール曲も同じ」
「そのリクエストの多かった曲って、誰のどんな曲なのかわたしにも教えてもらえないかしら?」
「モーツァルト交響曲第40番 第一楽章と、チャイコフスキー バレエ組曲『くるみ割り人形』花のワルツ」
「どちらも結団したばかりの楽団のコンサートには、ふさわしい曲と言えそうですね。月末が楽しみになりましたよ。人事部に行く必要が無いのであれば、僕は店舗の方に赴くことにします」
「俺も倉庫とビラ配りのヘリだな。曲が決まったのは分かったが、こっちで配るビラはできているのか?」
「フフン、報道陣規制の文面も含めてバッチリ用意してあるわよ!」
「よし、朝食が済み次第動こう。食べる奴は食べ進めて構わない。それから、ハルヒ。おまえに渡したいものがある」
『渡したいもの?』
「ああ、本当なら先週の月曜日が丁度その日だったから先週渡したかったんだが、気付くのが遅れてな。一週間遅れだが受け取ってくれ」
「先週の月曜日が一体何だっていうのよ!?」
「有希、おまえにも俺から渡したいものがある。ここまで言えば分かるか?」
「くっくっ、先週は涼宮さんとの温泉旅行が急遽決まってしまったからね。キミの言う『気付くのが遅れた』というのは、今から渡すものを買いに行くのを忘れていたのかい?それとも……」
「ああ、その日の前に気付いたまでは良かったんだが、買ってから三日も待たなくちゃならんことを悟った瞬間に間に合わないと思ったよ。本当は全員いる前で渡したかったんだが、色々あって今日はこうして朝からカレー食べ放題なんてことにもなったしな。まぁ、母親と子供たちがいない分、まだ少し気が楽ってところだ」
「『先週の月曜』で『買ってから三日』ってことは、キョンとハルヒ先輩の婚約記念日!?じゃあ、渡したいものって刻印の入った指輪ってこと!?」
「あんた、指輪ってそんなの一言も……それに、あたしも青有希ちゃんももう二つもはめているのよ!?」
「だからネックレスとして身につけられるようにチェーンも一緒に買ってきた。あとで外すことになるだろうが、婚約記念日のプレゼントはこれが初めてになるんだ。三つも指輪をつけることになってしまって、俺たちとしても申し訳ない気持ちはあるんだが、はめさせてくれないか?」
「うん、それ、無理。それなら二組同時にやらなきゃダメよ!有希さんがあんな状態じゃ、こっちのキョン君がはめられないわよ」
「えっ!?朝倉さん、わたしのせい?」

 

 青朝倉に指摘されるまで本人も自覚が無かったカレーまみれの口元を拭った青有希の準備が整ったところで、青俺と同時に指輪の入った小箱を取り出す。
「この前のもし○ボックスの話じゃないが、こういうのを選ぶセンスも似通ってしまったらしい。黄俺とまったく同じってわけじゃないから勘弁してくれよ?」
「わたしは平気。でも、どんな刻印が入っているのか見てみたい!」
「そりゃあ、青有希もハルヒも気になるだろうが、はめてすぐ外されるのだけは勘弁してくれ。その代わり、俺も青俺もどんな刻印を入れたかちゃんと伝えるから」
「刻印を見るためとはいえ、すぐに外されるショックを受けるくらいなら、みんなの前でメッセージを伝える恥ずかしさに耐える方がまだマシだ」
「とにかく、どんな指輪なのか早く見せなさいよ!」
ハルヒの言葉に促されて二人同時に小箱を開けた。OG達12人……いや、女性陣の指輪への視線がとてつもなく痛いと感じているのは俺だけか?
「くっくっ、これは面白い。本当に自分だけで選んだのか監視カメラの映像でも見てみたくなったよ。キミ達の頭脳と同様、自他共に認めるってヤツだろうね。違いが18Kのゴールドとシルバー……いや、こっちのキョンはプラチナかい?」
「ああ、リングはプラチナで間違いない。俺の入れた刻印はThank you for your love. Sweets are forever.『ハルヒの支えがあってこそ、今こうしてここに俺が立っていられる。本当にありがとう。これからも仲睦まじく居て欲しい。ずっとな』」
「キョン……」
やれやれ、ようやくハルヒの左手の薬指にはめることができた。ほぼ間違いなく聞かれるであろうアレは後回しにさせてもらって、次は青俺からのメッセージを伝える番だ。
「有希、俺の方はI will give you all my love. 『俺のすべての愛を有希に捧げる』これが俺の刻印だ」
青有希の薬指に三つ目の指輪がはめられた瞬間、周りから拍手が沸き起こる。流石の有希もカレーよりもこっちの方を優先してくれたようだ。優先したというよりはどちらかというと羨ましそうな表情だな。

 

 リングに違いがあれど、俺も青俺もリングの外側すべてにブリリアンカットのダイヤモンドをあしらったもの。さて、誰が一番に聞いてくるのやら。
「『気に入ったものなら値段は関係ない』とか言っていたけど見るからに高そうね。一体いくらしたのよコレ」
やれやれ……やはり、そういう『一番』もおまえかよ。意外なダークホースがいなかっただけ良しとしよう。
「221万だ。リングがプラチナの分だけ青俺より若干高い」
『221万――――――――――――――――――!?』
「ってことは、こっちのキョンが選んだ指輪も200万を超えてるってこと!?」
「ああ、俺の方は215万だ」
「21…5万?キョン、わたしこんな高価なものを身につけて出歩けそうにない。ネックレスでも無理」
「心配する必要はない。もしその指輪狙いで誰かが襲ってきたとしても、そいつはマフィアの末端でも何でもない。アホの谷口と同レベルのただのバカだ。黄俺がつけた閉鎖空間でナイフでも拳銃でも傷一つ負うことはないし、何かしらアクションを受けた段階で黄俺のサイコメトリーにひっかかる。その前に俺に向けてテレパシーを送ってくれれば、そのときは俺が有希を守る。結婚指輪を買ったときと違って、今はいくら給料をもらっても使う用途がない。あのときの俺に今の貯金の半分でも渡してやりたいくらいだが、ジョンのいない時間平面上では、俺たちがこっちの世界にいることすらありえないんだ。金を持て余しているどこぞの大富豪の妻ほど俺たちは暇じゃない。そんな奴が狙われずに有希が狙われるなんてありえない。まぁ、アホの谷口と同レベルだから、そこまでの考えに至るかどうかすら謎だがな」
「大丈夫よ、青有希ちゃん。キョンの施したコーティングがあれば、気絶させるのに一発殴るだけで十分よ!」
青俺とハルヒの言葉にようやく安心したのか、カレーの皿を持ちあげて食事を再開した。
「私たちはそろそろ人事部に降りることにする。もし残るようなことがあれば後でまた食べたいくらいだが、この様子ではどうやらそれも難しそうだ」
Wハルヒと有希は既にカレーを食べ進めており、エージェント数名も指輪の件が一段落して再度食べ始めていた。SPを動かすようなことはまだ無いが、電話はもう来ているはず。社員が全員出社したあと昨日と同じ映像を放映することにして影分身三体が圭一さんや古泉と一緒に人事部へと降りた。一応、どうなるか気になったので本体は81階のフロアに残したまま、スカ○ターで本社前の様子を窺っていた。

 

 カレーの勝敗……という言い方もどうかと思うが、結局最後まで食べ続けていたのはWハルヒとW有希のみ。W有希がルーの四分の一を食べきり、残りのルーに手をつけ始めてしばらくしたところでおかわりをしようとしたハルヒ達とカチ合った。W有希だけで、全体の五分の二を平らげるという衝撃的結果に終わったが、ギタリストやバイオリニストとして華々しいデビューをしている分、今さら大食い芸人として番組に出るわけにもいかん。
「問題ない。鍋に残った少量のルーでも十分」
このカレーに合った米の焚き具合にしたから、若干水分が不足しているものの、飯の余りは全て社員食堂へと思っていたのだが、有希にそこまで言わせるだけのカレーになっていたとは、作った本人としても驚きを隠せないでいた。
案の定、社員にインタビューをしようと駆け寄った報道陣をSP達が引き止める。先ほどのコーティングの話ではないが、報道陣を押しのけるくらいならSP一体につき1%の意識で十分……何て言うと本物のSP達が怒りそうだが、事実なんだからしょうがない。社員と楽団員を無事に本社に入れてSPの影分身を解除。大画面では映像が昨日に引き続き流れだした。膨れ上がっていた報道陣の中に映像に映っていた人間が何人かいたようだ。流れ始めた瞬間、力を失ってガクリと座り込んでいた。まぁ、そんな奴は放っておくとして、人事部にかかってきた電話はその当事者達からの許しを請う電話にそのTV局や新聞社の社長からの解雇通告の報告。当事者には容赦なく「自業自得だ」と即座に電話を切り、しつこい場合には「次は警察に通報する」と脅しておいた。社長からの電話も今朝古泉が話していた通りの対処法で国民的アイドルからの制裁を待った。意外と多かったのが、番組撮影の依頼。どこも野球の試合を放送すると提示してきたが「国民的アイドルの了解を貰ったのか?」と逆質問で返すとどこも沈黙をするばかり。向こうのOKを取ってから連絡してくるよう通告していた。まぁ、こんな映像が流れるんじゃ、どの局がどんなアプローチをしようとも、まず信用してもらえまい。挑戦状を送った例の番組で来るか、以前放送していた番組を一時的に復活させるくらいしか方法は残されてはいないだろう。そのついでに俺たちを敵にまわすとどういうことになるのか見せしめにもなり、人事部の社員が休暇を貰えるという配慮まで出来たんだ。影分身たちで電話対応にあたるくらい造作もない。

 

 天空スタジアムでの午前の練習も終わり、有希が片づけておいたアリーナ席のスペースに社員食堂と似たような机がいくつも用意され、打ち上げ用の料理が中央にテレポートされた。みくるに頼んでおいた座席を決めるクジを楽団員に引かせて、ハルヒ達も入れた全員がバラバラに席についた。飲み物のオーダーはつい先月まで飲み屋で食い扶持を稼いでいた青OGと、鈴木四郎と今泉和樹の催眠をかけた俺の影分身の三名。あとはセルフサービスになるだろう。女性陣の配慮としてソフトドリンクも用意をしたし、あとは楽団員同士の親睦を深めてもらうだけ。
「みんな、ごめん!本来ならコンサートが終わった直後に打ち上げをするべきだったんだけど、それに気がつかなくて。だから今日は『ここにいる全員』で大いに盛り上がろうと思っています。次回のコンサートについては曲も決まってビラも配り始めているけど、もしそれ以降のコンサートでやりたい曲があったら、是非教えてください!それじゃあ……SOS交響楽団初回コンサートお疲れ様でした!乾杯!」
『かんぱ~い!』
こっちはこれで問題なさそうだな。あとはパーティが終わって帰っていく団員たちをSPでガードすればいい。この際だ。過去ハルヒに連絡してしまおう。81階で昼食を食べ始めたメンバーにテレパシーをする旨を伝えて連絡を取った。
『おーい、ハルヒ。聞こえるか?俺だ』
『テレパシーでその声……ってことはキョン!?あんたまた何かの映画に出ることにでもなったわけ?』
『いや、それとはまた別件だ。SOS交響楽団ってのを立ち上げてな。一昨日その初回コンサートをやったんだが、今後のスケジュールによってはこっちのハルヒがコンサートに出られない可能性が出てきてしまってな。もしそうなった場合、おまえに指揮を頼みたいと思っている。文字通り楽団だからな、団員をまとめるのが団長の仕事だろ?ハルヒが一番適任だろうと思っていたんだがどうだ?ついでに今日の練習風景と初回コンサートの映像を収めたDVDをそっちに送る』
『面白そうじゃない!そのDVDをあたし達にも見せて頂戴。指揮の練習もしておくわ!』
『頼りがいがあって何よりだ。もしハルヒに頼むことになったときはまた連絡する。次のコンサートは俺たちの時間平面上で十月末を予定している。来週の日曜日の夜にやると思っていてくれればいい。入れ替えの必要が無くても四人でコンサートを見に来てくれても構わない。頼んだぞ?』
『あたしに任せなさい!』

 

 天空スタジアムの打ち上げの方は、最初は飲み重視の団員も多かったものの、料理に手を付けた瞬間、用意した料理の取り合いになってしまった。
「涼宮さん、この料理、どなたが作ったんですか?まさか社長が?」
「社長は今告知中だろ?海外をまわっているんだ。いるわけないさ」
「そのまさかよ。海外をまわりながら結構頻繁に戻ってきているわよ?この打ち上げだって『楽団員全員でやらなきゃ意味が無い』って言いだしたのキョンだもの。全部自分で作っていったわよ」
『えぇ――――――――!?これ全部社長が作っていったんですか!?』
「社長もよくそんな時間がありましたね……」
「知らないの?ここから自由の女神のところまで一瞬で行き来できるのを前にやっていたじゃない!本当なら飛行機なんて乗る必要もないんじゃ……?」
「そ。年末のパーティだって、主催者から連絡が来た時点で向こうに一瞬で行けるわ。あたしたちが向こうに行ってもリムジンから降りるなんてこともないし、直前までビュッフェの仕込み作業を此処でやっているわよ」
「じゃあ、機内に乗っている間に戻ってきて作ったってことですか?」
「いくらファーストクラスでも長時間乗せられれば誰だって飽きるわよ」
「ってことは、コンサートの度に社長の料理が食べられるんですね!私、この楽団に入ることができて本当に良かったです!練習に更に身が入りそうです!」
「練習が無い日はビラ配りを手伝わせてください!」
「俺も一緒にお願いします!」
テレポートで全都道府県を回るようなことはなくても、都内近郊なら手伝ってもらうのも悪くはない……というより、それが普通か。因みにジョン、映画が放映されてからアメリカが今どんな状況か知ってるか?
『今のところ、週間興行収入第一位、週刊映画ランキング二週連続第一位。今現在も継続中だそうだ。「全米が二度見た」なんて見出しがつくくらいだからな』
撮影のときは勝手に紛れ込みやがってと思っていたが、ジョンとのあのバトルがあってこそかもしれん。これがエージェントならもっと……なんて感じていたところだったからな。しかし、あのシチュエーションで良く最後の一人まで残れたな。
『キョンの周りをガードマンで囲ったときに一番に突っ込んでいったのが俺だ。もし、キョンから攻撃されたらガードすれば良かったし、躊躇していれば他の奴が突っ込んで行ってくれる。後はそこにいる全員の思考を読んでいただけ。キョンについては読まなくても勝手に流れ込んでくる。それだけだ』
道理で簡単に避けられたわけだ。さて、打ち上げも終盤だな。これが終わって楽団員を無事に本社から出せば青みくると出かけられそうだ。

 

 人事部の方はほぼすべてのTV局、新聞社のトップから連絡が入り、古泉の言っていた通り、明日からは通常の映像に戻すことができそうだ。国民的アイドルから直接連絡があり、編集していないものを一部貰いに行きたいとの事。カメラが爆破されたところだけカットしたものを圭一さんが渡すことになったものの……直接取りに来るとなると報道陣が邪魔だな。閉鎖空間でどうにでもなるが、隠せば逆に怪しまれるだろうし、楽団員にインタビューさせないようにするだけで後は任せることにしよう。告知のときの例の閉鎖空間さえ張っておけばそれでいい。81階で待機していた本体にようやく意識を集中させて、青みくるに声をかけた。
「みくる、待たせてしまってすまない。行こう」
「やっとキョン君とデートできるんですね!楽しみです!」
地下一階でポルシェに乗り込むと青みくるが申し訳なさそうに話しだした。
「あの……キョン君、わたし、朝から色々と調べてみたんですけど、この前行ったお店にももしかしたらあるかもしれないんですけど、別の店舗の方に行ってもいいですか?」
「そんなことでいいのなら全然構わん。俺もみくるとのドライブを楽しみたかったんだ。確かに同じ景色を見ていてもつまらない。場所だけ教えてくれるか?」
右手を差し出すと青みくるが俺の掌にチョンと触れる。
「分かった。行くぞ」
店の場所と一緒に別の情報が伝わってきた。みくるから事情を聞いてハルヒにもOKを貰っている。今夜W鶴屋さんがシャンプーしてもらいに100階に来る予定……か。みくる達のどちらかは身体から洗うことになりそうだ。

 

 閉鎖空間を展開させているからどれだけ報道陣がいようとまったく関係ないし、欲しいものも決まっているようだ。全速力で行く必要もない。鶴屋さんのことは知らない振りして聞いてみるか。
「そういえば、こっちのみくるから聞いているか?鶴屋さんのこと」
「はい。もう鶴屋さんに確認しました。ハルヒさんにもOKをもらって、100階でキョン君のシャンプー&マッサージを受けてもいいそうです!」
「みくるが青鶴屋さんを連れてくるってことでいいか?それに、こっちの鶴屋さんはどうなったか聞いているか?」
「二人ともわたし達が連れてくることになっています。夕食からお願いしたいそうです」
「夕食から?俺は九時までは夜練があるんだが……大丈夫か?」
「81階で、四人で話して待っていることになりました。キョン君は夜練に集中していてください」
ジョンやW佐々木との会話じゃないが、W鶴屋さんにとっては時間が経つのも忘れるおしゃべりタイムってことか。
「その様子だと、W鶴屋さんの夕食については青新川さんに連絡がついているようだな。ところで、どの浴室もシャンプー台は三台までしかない。もう一台用意してもいいが、みくる達で先に身体を洗う方とか決めているのか?どうせなら四人で同じ浴室の方がいいだろう?」
「そうですね。夕食後に黄わたしと話してみることにします。浴槽に浸かるのは髪も身体も洗ってもらってからにしたいです!」
閉鎖空間のおかげで、青みくるが指定した店まで大した時間もかかることなく到着。いくら催眠をかけていても、さすがにポルシェで本社から出ると報道陣に怪しまれてしまう。今回の件が一段落したらまた報道陣を追い払うことにしよう。カメラを作っている業者にもう少し貢献してやるとするか。

 

 店に入ると迷わずネックレスやペンダントのあるコーナーへと向かっていった。
「ありました!」
青みくるが指差したのはキーペンダント。プラチナにブリリアンカットダイヤモンド合計1.14カラットか。ハルヒに渡した指輪のペンダントバージョンってところか。値段にして167万円。刻印を入れる必要もないし、すぐに店員を呼んで購入。姿見の前で俺がつけてやったペンダントを確認している。今朝の青有希の心配ではないが、青みくるがこれをつけて出歩くことなどまずあるまい。店員もまさかこのペンダントを普段は胸元に隠しているなんて思わないだろうからな。昼の間はみくるのピアスでどっちのみくるか判別がつくが、100階でシャンプーや全身マッサージをするときはピアスを外すからな。その代わりに青みくるのペンダントで判別がつけられる。青みくるが俺の腕に巻きついて来たところで店を後にした。ポルシェに乗ったところで話を切り出した。
「因みに、どうしてキーペンダントだったんだ?」
「キョン君に提案されたときからこの形にしようって決めていました。この鍵を使うことができるのはキョン君だけです。わたしのことを隅から隅までこじ開けてください」
青みくるのセリフを受けて、助手席のシートベルトを外し、青みくるを運転席に抱き寄せた。まったくどいつもこいつも、嬉しいことばかり言ってくれるよ。太股の上に青みくるのお尻を乗せ、頭部を抱き寄せて口づけを交わす。
「隅から隅までこじ開けるとなると時間がかかりそうだな。まったく、帰ったらすぐにでもみくるを抱きしめたくなったよ。帰りはこの状態でもいいか?シートベルトが無い分、俺にしがみついていてくれ」
苦しいくらいに青みくるが俺に抱きついたところで運転を始めた。ペンダントは青みくるの豊満な胸の谷間に隠れている。チェーンでペンダントを身に着けているのがバレてしまうが、そのときはそのときで事情を話せばいい。

 

楽しい、あるいは幸せと感じる時間ほど短く感じるものはない。青みくると抱き合ったままのドライブもそこまで堪能できたわけでもなく本社についてしまった。
「もう本社についてしまったな。もっとこうしていたかったんだが……鶴屋さんを迎えに行く前までここでこうしているか?それとも100階に行くか?」
「わたしもキョン君とずっとこうしていたいです。でも、もうほとんど時間もないですし、そろそろ鶴屋さんを迎えに行かないと……キョン君、次にまた二人で出かけるときは、出発するときからこうやって抱きついていてもいいですか?」
「勿論だ。この前、妻になったばかりのOGと鶴屋さんに合ったシャンプー剤も探しにいかないといけないし、そのときにまた付き合ってくれるか?それにみくるの方でも何か出かける用事があったら教えてほしい。少しでもこうしていられる時間をくれ」
「嬉しいです!わたしもキョン君と出かける用事がないか探しておきますね!」
最後にキスを交わして、青みくるが車から降りて鶴屋さんを迎えに行った。車から降りた瞬間にサイコメトリーが自動で発動していた。国民的アイドルにはDVDが既に渡っているらしい。どうやら古泉の計らいらしいな。DVDだとバレないように封筒の中に入れて渡してある。報道陣は国民的アイドルが来たということはカメラに収めていても、DVDが渡ったことには気付いていないらしい。まぁ、おおよその見当はついているだろうがな。報道陣は相変わらず数が減らないか。こうなったら常時例の空間を張っておこう。簡単に侵入できるが、取材目的では一切外に出られず、空間内からの声が外に届かなければ、外からの声も中に聞こえることはない。トイレや帰るときにだけ空間から出られるように条件をつけた。強引な取材で交通事故が起こる可能性もあるからな。何でこんな奴等のためなんかにそういうことにまで配慮しなきゃならんのだ……まったく。

 

ポルシェをキューブに収めてエレベーターを上がっていると、本社ビルに張った閉鎖空間のサイコメトリー能力が発動。幸が帰ってきたらしいな。81階で幸を待ち受けていると、
「あ、伊織パパ。ただいま!」
「おかえり。幸、俺から一つ提案したいことがあるんだが…」
「提案ってなあに?」
首をかしげた幸に耳打ちすると、みるみるうちにテンションが最大限まで上がりきり、「すぐ着替えてくる!」と言い残してエレベーターで98階へ。遅れて帰ってきた双子にも幸と同じ提案。そのあと二人がとった行動は…言うまでもない。しばらくしてユニフォーム姿の三人が出揃った。
「キョンパパ、ホントにわたし試合に出ていいの?」
「ああ。その代わり、急いで帰ってきて信号を無視するような危険なことをしていたら土日しかやらせない。それが約束できるなら、今から三人を拡大して平日も試合に出してやる。どうだ?」
『あたしに任せなさい!』
その後体育館ではハルヒ、有希、朝倉、子供たち三人の変則チームで日本代表に対抗。最高潮にまでテンションが上がった三人がコート内を自由自在に駆け回り、残りのセットをすべて勝ち取った。

 

『おぉ~(黄)キョン君、夜練お疲れ様っさ!早速で申し訳ないにょろが、シャンプーをお願いしてもいいにょろ?』
「ええ、100階へご案内します」
「しかし、みくる達が羨ましいっさね!あたしもキョン君みたいな旦那が見つかればいいにょろが……」
「鶴屋さん、キョン君じゃダメなんですか?」
「俺が鶴屋さんと結婚すると、苗字が鶴屋になる上に、ハリウッドスターとのパーティに出られなくなる。正月がめちゃくちゃ忙しいのはみくる達も知っているだろう?」
「そうですね、鶴屋家の当主として次期当主になる子を授からないといけないんでしたね」
「で、みくる達はどうするんだ?シャンプー台をもう一つ追加するか?」
「キョン君、わたしは身体から洗ってもらえませんか?」
「分かった。じゃあ鶴屋さん達はシャンプー台についてください」
大分、笑いの沸点が高くなったとはいえ、マッサージ中に大笑いされかねん。クールケットをかけておくか。その間に青みくるが服を脱ぎ、エアマットに横になった。先ほど購入したペンダントを惜しげもなくさらしている。すでに鶴屋さん達には見せたらしいな。値段を聞いて驚くのはこっちのみくるくらいか。他の妻達もようやくシャンプーに入ったところ。おでん屋も今日は休みで既に有希がこちらに来ていた。あとで有希には頼みたいこともあるし、有希を腕枕したところで話を持ちかけてみよう。
「しかし、鶴屋さんもいつからこんな長髪だったんです?俺たちが北高に入学した頃は既にこの長さでしたよね?」
『プッ、あははははは!本当にキョン君が四人になったにょろ!あっははははは……』
「くくくく……そうっさね~中学のときから伸ばし始めて、北高に入学する頃にはこのくらいになっていたにょろよ!その頃にはあたしを誘拐しようなんて奴はいなかったっさ!だから髪を捕まえられるなんて今までなかったにょろよ!その分、みくるのボディーガードをしてたっさ!」
「俺も青チームのみくると鶴屋さんに初めて会ったときに合気道技をかけられた記憶が未だに残っていますよ。みくるに顔面を殴られた記憶と一緒にね。もっとも、こっちのみくるにも北高時代に一度殴られているんですけど。まぁ、どちらも俺の不手際に間違いないんですけどね」

 

 みくるの方はジョンが神人を力ずくで圧倒してしまい、当時の大人版朝比奈さんから俺を殴れという指令が出たから。青みくるの方は、まったくの初対面なのにいつもの調子で俺が話しかけてしまったからに他ならない。まぁ、北高に登校する途中からジョンに聞かされてはいたが、流石に頭が混乱してオーバーヒートする寸前だったからな。どちらのみくるも頬を染め、当時のことを思い出しているようだ。
「へぇ~これがみくる達の言っていたキョン君のシャンプーっさね~。毎日でもキョン君にお願いしたいのが良く分かったにょろよ!青みくるがやってもらっている全身マッサージも頼んでいいにょろ?」
「構いませんが、男の俺に自分の裸を見せることになってもいいんですか?」
「キョン君みたいな旦那様だったら、自分の裸くらい見られたってどうってことないにょろよ!みくる達も、他のみんなも裸でマッサージを受けているようっさ!あたし一人なら恥ずかしいにょろが、みんなやっているのなら心配ないっさ!」
「分かりました。シャンプー&マッサージが終わり次第、服を脱いでエアマットに横になってください」
結局、鶴屋さんがシャンプーで大爆笑することはなかったな。気持ち良さの方が上回ったのか、はたまた今の鶴屋さん達の沸点に達する程でも無かったか……まぁ、クールケットの必要が無くて良かった。シャンプーの度に暴れられても困るからな。全身マッサージならすでに横になっているから報復絶倒はありえない。
「大分ストレスが溜まっているみたいですし、潤いと癒しのオイルを使っていきますね」
「ストレスって……また鶴屋さんの家に報道陣からの電話が来ているんですか?」
「電話の方はもう心配いらないにょろ。でも、さっきも話題になったにょろが、跡取りの問題で周りがうるさいくらいっさ。見合いなんてまっぴら御免にょろよ。みくる達にも一緒に探して欲しいくらいっさ!」
W古泉は無理として……鶴屋さんの旦那になるなら裕さんか国木田のような人間と相性が合いそうだが……しばらく連絡を取っていないから国木田ももしかしたらもう結婚しているかもしれん。みくる達も悩んでいたが、高校、大学時代はみくる達に近づいてくる男ばっかりで、鶴屋さんに近づいてくる男はほとんどがお金目当て。結局何も浮かばず、全身マッサージを終えて鶴屋さんは俺が送り返した。毎日ではないが、都合が合えばまた来たいらしい。
「さて、みくる達に一つ頼みたい事があるんだが、たまには俺にもシャンプーと全身マッサージしてもらえないか?」
『はぁい』

 
 

…To be continued