22スレ/初めて

Last-modified: 2014-04-17 (木) 10:38:15

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「――か」
「―どか、どうしたの?まどか」
「えっ?あっごめんほむらちゃん、なんでもないよ!」
「…そう、ならいいんだけれど」
心配そうな顔をしたけど、それ以上ほむらちゃんは何も聞いてこなかった。
今は昼休み。誰もいない屋上でお弁当を食べていた。
箸を動かしながらやっぱり心配そうにチラチラと私のほうを見てくる。
その度に私は苦笑いで返すしかなかった。
言ってしまったらきっとほむらちゃんを困らせてしまうから。
ゆっくりとおかずを口に運びながら、また考えてしまう。
すぐ隣にいるほむらちゃんのことを。
気がついたらいつの間にかほむらちゃんのことばかり考えるようになってしまっていた。
授業中でも、昼休みでも、家に帰ってからでも、お休みの日でも。
ちょっとしたことがすぐにほむらちゃんに結びついてしまって、そのことばかり考えてしまう。
ほむらちゃんだったらなんて言うのかな。 ほむらちゃんだったら気に入ってくれるかな。
そんなことを考えたその後で、ここにほむらちゃんはいないんだって思い出すと。
胸が痛くなるくらいぎゅっと締め付けられて。
次の日にほむらちゃんに会えるまでずっと痛みは消えなくて。
会えて嬉しいはずなのに、何を言ったらいいかわかんなくなっちゃうんだ。
ぎゅっとされてた胸が急にどきどきし始めて、そしてまた考えこんでしまう。
今だってそう。 ほむらちゃんはすぐ隣にいるのに、何のお話をしたらいいかわからない。
お弁当の中のおかずと、昼休みの時間だけがゆっくりと減っていって。
どうしたらいいのかな… 頭の中がゴチャゴチャになっちゃって、何も考えられなくなった。
「…ねぇ、まどか。 なにか悩んでることがあるの?」
「え…ううん、なにも…」
「話しづらいことだったら無理にとは言わないけれど…私でよければいつだって話を聞くから」
「うん…ありがとう、ほむらちゃん」
やっぱり言えないよ…私もどうしたらいいのかわからないのに…こんなこと話したら困らせちゃうよ…
大きな鐘の音が校舎中に響いた。
結局なにもできないまま、昼休みが終わってしまった。
   *
その日の帰り道、私はほむらちゃんの隣を歩いていた。
「今日の授業は退屈だったわね。 まあ中間テストが近いから仕方ないんでしょうけど」
「うん、そうだね」
「…そういえばまどか、休み時間にさやかから聞いたのだけど早乙女先生またダメだったらしいわ。先生も大変よね」
「うん」
「………」
どうしよう…せっかく話しかけてくれてるのに、どうやって返せばいいかわからない。
考えても考えてもぜんぜん頭が追いつかない。
何も言えないだけじゃなくって、もうほむらちゃんの顔も見ることもできなくなってた。
胸のどきどきが、ぎゅってされてる時よりも痛いような気がして。
ほむらちゃんが横にいるって思うだけで、もっとどきどきが大きくなって。
うつむいて、足元を見てることしかできなかった。
私はおかしくなっちゃったのかもしれない。 ほむらちゃんのことを考えすぎたせいなのかな…?
どうしてもどきどきを抑えることができなくて、ただ隣を歩いて着いていくことだけで精一杯だった。
「そうだ、もし良かったらちょっとだけ寄り道していかない?」
「え?でも…」
「少し気分転換したほうがいいわ。 そこの公園にでも寄っていきましょうよ」
「…うん」
ごめんね、ほむらちゃん。
困らせたくないからって言わないでいるのに、気をつかわせちゃって。
私なんかに優しくしてくれて。
そんな言葉が浮かんだけど、やっぱり言えなかった。
公園の中は意外に広くて、あまり人はいないみたいだった。
道は二つあって、公園のまわりを一周できる遊歩道と真ん中にある広場に続く道。
私たちはとりあえず遊歩道の方へと歩きだす。
樹の間から漏れる夕焼けが道に落ちて、黒色と橙色の模様を作り出している。
「こんな時間の散歩も悪くないわね、夕陽が綺麗だわ」
「そうだね、ホントきれい…」
それから、私もほむらちゃんも喋ることなく歩き続けた。
私から話しかけることはやっぱりできなくて、ほむらちゃんはきっと気をつかってくれてて。
何も言わずに夕暮れの道をゆっくりと時間をかけて歩いた。
そうしていると、少しずつどきどきが落ち着いていくのがわかった。
ただ歩いているだけだったけど、なんだかとてもあったかい気持ちになれたから。
気分転換は正解だったみたいだよ、ほむらちゃん。
今ならちゃんとほむらちゃんの顔を見てお話できそうな気がする。
そんなことを思っていたときだった。
「あっ…」
不意に聞こえたほむらちゃんの声に思わず顔を上げる。
驚いたように後ずさりながら、樹の向こうの何かをみていた。
なんだろう、何かいるのかな…
ほむらちゃんを避けて、私もそのほうに視線を向けてみる。
「…えっ!?」
思わず大きな声が出てしまった。
樹の向こうにいたのは一組のカップルで。
誰にも見えないように抱き合って、大人なキスをしていたから。
「まっまどか、静かに…」
ほむらちゃんが私の声に気付いて教えてくれたけど、遅かった。
抱き合っていたうちの男の人のほうが私たちに気付いて、こっちを睨んでいた。
「あ、あの…えっと…」
その男の人は私たちを睨みつけたまま、しっしっと動物でも払うみたいに手を動かしてみせた。
「…まどか、行きましょう」
「う、うん…」
なるべくそっちの方を見ないようにして、その場所を離れた。
ビックリした…本当にあんなことをする人がいるんだ。
唇と唇があんなにくっついて、とっても幸せそうで…
私も、ほむらちゃんとだったら――
そこまで考えた瞬間、また胸がどきどきし始めた。
さっきよりも大きく、もっと痛いくらいに。
私は、ほむらちゃんとあんなことがしたいの?
だけどそれは、本当に好きな人同士がすることで、だからええと…
それに私たちは女の子同士だし、きっとほむらちゃんだってそんなことは…
どきどきしてるのに、胸が苦しい。
どきどきしてるのに、ぎゅってされてるみたいで苦しい。
こんなことは初めてだった。 胸がすごく痛くて、頭の中がめちゃくちゃで。
私はほむらちゃんのことが…でも、ほむらちゃんは私のこと…
足がふらふらする。 まっすぐ前にむかって進めない。
私は…私は……
「まどかっ!大丈夫!?」
ふらふらしていた私の肩を掴んで、ほむらちゃんが支えてくれた。
なんだか今にも泣き出しそうなくらい心配そうな顔をしていた。
「うん…ごめん、なんでもないよほむらちゃん…」
その顔を見ていられなくって、目を逸らしてしまった。
「なんでもないわけないじゃない!どこか悪いんじゃないの!?」
「そんなことないよ…大丈夫、大丈夫だよ…」
「……そう」
私の肩を掴んだ手にもっと力が入った。
「ねぇ、まどか。 私ってそんなに頼りないかな…?」
「えっ?」
「今の貴女はとても苦しそうなのに、それを私に隠そうとしてる…」
ほむらちゃんはうつむいてしまった。
「私には話せないことなの…?それとも、私じゃ頼りになれないから話そうとしてくれないの?」
「そ、それは…」
「まどかが苦しんでるのに、それを助けることもできないなんて…私は耐え切れない」
「…ほむらちゃん……」
「私はまどかの力になりたい。 できることならなんでもしたい。 だから…」
声が、震えていた。
ゴメンね、ほむらちゃん。 でも、はっきりしたよ。
私は、ほむらちゃんが…
「…わかった。 今から、ほむらちゃんのお家に行ってもいいかな…?」
「…ええ。もちろんよ」
ほむらちゃんはうつむいたまま振り返って、そのまま歩き出した。
どんな顔をしていたのかわからなかったけど、きっとほむらちゃんは…
向き合おう。 ほむらちゃんと、自分の気持ちと。
  *
お互いに口を閉ざしたまま私の家についてしまった。
鍵を開けて中に入り、まどかを促す。 お邪魔します、と小さく呟くように言った。
私の部屋に案内し、一呼吸ついてから向かい合う。
さっきまでどことなく暗かったまどかの表情とは違って、強い目をしてこちらを見ていた。
「あのねほむらちゃん。 私は今から、きっとほむらちゃんを困らせることを言っちゃうと思う」
「…うん」
「だけど、私もほむらちゃんの気持ちに応えたいから…だから言うね」
胸に手を当てて、深呼吸をして、まどかは話し始めた。
「最近ね、ずっとほむらちゃんのことばかり考えてたんだ」
「私のこと…?」
「ほむらちゃんが傍にいるときも、そうじゃないときもずっと。 ほむらちゃんのことばっかり考えてた」
えへへっと小さく笑う。 ほのかに頬が赤みを帯びていた。
「最初はなんでそうなっちゃったかわからなかったんだ…でもね、今日わかったの。
 私のことを本気で心配してくれてるほむらちゃんを見て、やっぱりそうなんだって思ったんだ」
じっとまどかは私の目を見つめている。 まどかの緊張が伝わってくるようで、視線を動かせない。
迷うように、躊躇うように、少し間を置いてから言った。
「私はね、ほむらちゃんのことが好き。 友達としてじゃなくて、もっと特別な存在として」
「…まどか……」
「こんなこと、突然言われたって困っちゃうよね。 だからホントは言わないでおこうと思ったんだけど…
 それじゃほむらちゃんがもっと苦しむってわかったから、言っちゃいました」
照れを隠すように、頭の後ろを掻いて笑ってみせるまどか。
信じられない、というのがその時に感じたことだった。
まどかが私のことを…?
「そ、それは本当なの?まどか」
「うん、もちろん本当だよ。 だけどね、だからどうして欲しいってことじゃないんだ」
真っ直ぐに私を見据えなおして、真剣な目で言う。
「私はさっきみたいに、ほむらちゃんと一緒に歩いてるだけでも幸せになれたんだ。 だから、それ以上のことは何もいらないよ。
 ほむらちゃんが私のことをどう思ってたっていい。 これまでみたいに一緒にいられたら…」
「そっそんな…私は…」
「ほむらちゃんには、私なんかよりもっと素敵な人のほうが似合うと思うし…」
「…そんなことない!!」
まどかに詰め寄る。 私の大きな声に驚いたのか、目を丸くしていた。
「私はまどか以上に素敵な人なんて知らない! 私は…私はまどかのことをずっと…」
「ほ、ほむらちゃん…」
「…わ、私も…まどかのことが…好き。大好きよ」
まどかのように目を見ながら言うことは出来なかった。
こんなにまどかのことを想っているのに、いざ口に出して言おうとすると、怖くなってしまって。
「…ホント?ホントなの、ほむらちゃん」
「本当よ…ずっと、ずっと前から私は…」
「…えへへっ…嬉しいな……」
すっとまどかの手が伸びて私の手を握った。
温かくて柔らかいまどかの手が、優しく包んでくれた。
「ありがとう、ほむらちゃん…こんな私を好きになってくれて…」
「…そんな言い方しないで。 貴女は…強くて優しい、本当に素敵な人なんだから…」
「えへへっ、ほむらちゃんにそう言ってもらえると、すっごく嬉しいよ」
ゆっくりと顔を上げて、今度こそまどかの目を見る。
明るくて強い目が、さっきより少し潤んでいた。
「ほむらちゃん…これからも、ずっと一緒にいてくれる?」
「ええ、ずっと傍にいるわ。 まどかと一緒にいられるのは、私にとっても幸せなんだから」
「へへへ…好きだよ、ほむらちゃん」
「私も…好きよ、まどか」
まどかの瞳に吸い込まれそうになるくらい、私たちはずっと見詰め合っていた。
そうしていることで、本当に気持ちを共有できるような気がしたから。
考えていることはわからなくても、気持ちは同じだってわかると思えたから。
ワルプルギスの夜を倒せた時でさえ、こんなにも幸せな気持ちにはならなかった。
「ありがとう、まどか…」
「こっちこそありがとうだよ、ほむらちゃん」
幸せな時間の中にいられる。 そしてその傍に、まどかがいる。
今はただ、その幸せを感じていたかった。
  *
「ね、ねぇほむらちゃん」
「なに?まどか」
「あ、あのね、私たちって…こ、恋人同士になったんだよね?」
「え、ええそうね」
「だっだったら、お願いしたいことがあるんだけど…」
あの後からしばらくして、ゆったりとした時間を過ごしていたときにまどかが切り出してきた。
恥ずかしそうに顔を伏せながら、言いにくそうに言葉を紡いでいた。
「あ、あのね、私してみたいことがあって…」
「…なに?私にできることだったらなんでも」
「ええと、一人じゃできなくて…ほむらちゃんとじゃなきゃイヤで…」
「…もしかして……」
「うん…あの、公園で見たのが忘れられなくって……」
公園で見た、とはやはりあれよね…
木陰でべったりとくっついて、人目を阻んで行っていたあの…
「な、なんだかとっても幸せそうだったから…私も、やってみたいかなって…」
改めてまどかの方を見てみる。 耳まで真っ赤になってうつむいていた。
「ダメ…かな…」
上目づかいでこちらを見てくる。 何故かわからないけど、まどかがいつも以上に愛おしく見える。
「だっダメじゃない…けど…」
「…けど?」
「私たちはまだ中学生だし…その…そういうことをするのにはまだ早いんじゃ…」
「私は今したいの。 ほむらちゃんが…大好きだから」
「うっ…うぅ…」
ゆっくりとまどかが私に近付いてきて、抱き寄せるように腕を絡ませてきた。
「お願い、ほむらちゃん…」
まどかの髪がふわりと舞って、それがまどかの匂いを運んできた。
甘いような、何とも言えない匂いが頭まで突き抜けるように感じられて。
とてもいけないことをしているような、そんな気持ちが湧いてきた。
「で、でも…」
「…やっぱり、イヤなの…?」
まどかは少しだけ潤んだ目を私に向けた。 ああぁ…お願いだからその目で私を見ないで…
「…わ、わかったわ。 まどか、めっ目を閉じて…」
「う、うん…」
まぶたを下ろして、少しだけ唇を突き出すように顔を傾けた。
その無防備な表情にまた背徳感に似た感情が湧いてくる。
柔らかそうな唇が、私のそれを待っている。
意図せず口の中に唾液が溜まってしまい、それをどうにか飲み下す。
ゴクリ、と思ったよりも大きな音がしてしまった。
「………」
それでもまどかは何も言わずに待ち続けてくれた。
これは、覚悟を決めなくては…
震える手をまどかの肩に乗せ、ゆっくりと顔を近づける。
まどかの呼吸の音が鮮明に聞こえてくる。 まどかの匂いがこれまで感じなかったほどに鼻腔をくすぐる。
それらの新しい発見があるたびに思わずたじろいでしまって、動きを止めてしまう。
「…焦らすのは、イヤだよ」
待ちかねたまどかがポツリと言う。 その声に乗って、まどかの息が私の顔にかかった。
こ、こんなにも近い…まどかが、こんなにも…!
どうにか心を落ち着かせようとしてみるが、どうにもならない。
当たり前だ。 大好きな、大切な人がこんなに近くにいるんだから。
またしばらく時間を置いて、ようやくまたまどかに近付き始めた。
もう少し、もう少しで…
あれ?でもキスってどうやってするの?
そうだ、私は生まれてから一度もキスをしたこともなければされたこともない。
どうやってキスしたらいいの!? た、ただ唇をくっつけるだけ!?
でも公園のあのカップルは…いや、あんなに激しいキスなんて私にはとても…
でもまどかがあれに憧れているなら…でも、やっぱり…
「ほむらちゃん、上手くしようなんて思わないで」
「えっ!?」
「私も、初めてだから…優しくしてくれたら、それでいいから…」
私の心を見透かしたかのように、目を閉じたままそう言ってくれた。
なぜだろう、キスしようとしてるのは私なのに、まどかにばかりリードさせている気がした。
こんなことじゃダメね。 私も、頑張らなくちゃ。
そう思えたためか、肩の力が抜けてまどかとちゃんと向き合えた。
ゆっくりとまどかに、まどかの唇に近付いていく。
余計なことはなにも考えずに。 ただ、気持ちを伝えるために。
触れ合うその少し前に目を閉じて…
私たちは初めてのキスをした。
「えへへ、しちゃったね」
心なしか蕩けるような目になっている。 私ももしかしたらあんな目をしているのかもしれない。
「ええ。私の初めてはまどかにあげたわ」
「私の初めてはほむらちゃんに…えへへへっ」
嬉しそうにはにかんで、一層強く抱きついてきた。
「まどか、ちょっと痛いわ…」
「だって嬉しいんだもん♪」
頬を摺り寄せてくるまどか。 その頭をそっと撫でてみた。
「ねぇほむらちゃん、これからもっと…初めてをいっぱいしようね」
「…ええ、そうね」
不思議なものだ。 するまではあんなに怖かったのに、してみればこんなにも暖かな気持ちが溢れてくる。
キスというのは、思っていたよりも凄いものなのかもしれない…
「これからは少なくても一日一回だからね?」
「ええっ?!」
驚いたけれど、幸せそうな顔のまどかを見ているとそれがいいと思えてしまった。
やっぱり、キスは凄い。
そして、ちょっと怖い…。
おわり