:インゴットの敗北者 黄泉で散った文

Last-modified: 2017-04-22 (土) 01:14:55

  インゴットの敗北者 黄泉で散った文

 
 
 

 水曜日、とこよは市を覗いて、「おおぅ。シルバーインゴットがとってもお安く……」と、そんな呟きを洩らした。
 それから市の相場をざっと眺め、そのまま何も買わずに回れ右をする。
 それは、十月も末に差し掛かろうという頃。朝夕の風が少し肌寒く感じられるようになってきた季節のこと。
 とこよの歩く大通り沿いの街路樹は、その葉をすっかり落として枯れ木のようになり、太い幹に生じた奇妙な裂け目はまるで人の顔のようになっている。
 秋の逢魔時退魔学園は、すっかりハロウィンの装いに包まれていた。
 学園の建物はもちろん、街灯、長椅子、敷物、果ては街路樹に至るまでがハロウィンの装飾でおどろおどろしく飾り付けられている。まるで耳の奥からものものしくもどこか悲哀を帯びた音楽が響いてくるような雰囲気すら漂っていた。
 一部の式姫はハロウィンの衣装を身に纏い、お菓子をねだっていたり、あるいは、お菓子を配っていたり、大通りを闊歩している。
 通りを行き交うハロウィン衣装の式姫達。恐ろしいというより可愛らしい衣装に身を包んだその式姫達の姿を横目に見つつ、とこよは大通りを真っ直ぐに歩いていく。
 真っ直ぐ歩いて行き着いたのは学園の門前。そこには数名の人影が立っていた。吉備泉校長、レメゲトン、アスタロト、季節置き物販売員、そして、異界の旅人。
(今週からは季節置き物販売員さんも立ってるんだ)
 頭の中で呟きつつ、とこよは異界の旅人に声を掛ける。
「今日から新しく交換できる品物が増えているんですよね」
/文ちゃんから月曜日のメンテ情報という名のお知らせを聞いていた
 異界の旅人は、今だけ出現している黄泉『塔界』で集めた紅月の破片を貴重な品物と交換してくれる親切な旅人さんだった。
 そして、とこよはそれを見る。
「新しくシルバーインゴットが交換できるようになってる!?」
 驚きの声を上げ、とこよは地に膝を着いた。
 そのまま何も言わずがっくりと項垂れる。
 校長が、どうしたのじゃろうか、とでも言いたげに首を捻って見ている。
 そしてそこに、綿花砂華姫が通りかかる。
 綿花砂華姫は、見るからにモフモフとした白いフードを被っていて、すっかりハロウィンの装いだった。
 モフモフとした白い生地で仕立てられたフードには、大きなふわふわの猫耳のようなものがついている。そこに砂華姫の大きな猫耳がすっぽりと収めれれているようで、ふわふわの耳がふんわりと膨らみながら布地の先端はへにゃりと垂れて、綿花砂華姫が歩くたびにひらひらと揺れた。
 そのフードはモフモフのぬりかべを見立てて繕われているようだった。頭には三つ目をあしらった小さな穴が開いている。全体の色は乳白色にモフモフと和らいでいて、白い耳の先端の縁は桃色に軽やかに揺れていて、小さな三つ目のそれぞれにも桃色の細い隈取のような線が引かれていて、乳白色の布地に桜の花びらで線を引いたみたいに和らかい。襟止めの黄金色さえ和らいで見える。
 フードの顔出し口が丁度ぬりかべがあんぐり欠伸したみたいだ。あんぐり大きく口を空けていて、小さく描かれた三つの目がまるで眠たげに目を細めているみたいで、何となく気が抜けて。大きく大きく欠伸した口から綿花砂華姫の可愛らしい顔がすっかり覗いて見えるのが、何とも愛らしさをかもし出す。
 口の中は広く仕立てられていて、肩の上でゆったりと余った口からは、肩口で切りそろえられたしっとりとした髪が覗いて見えている。フードの中、ゆったりとした空間の中で肌寒い秋の風に吹かれることなく、しっとりまとまったまま歩く度にふわりと揺れる。
 フードの裾は肘のあたりまでしか丈がない。それでも、モフモフと暖かそうに綿花砂華姫の肩を、二の腕を、ちゃんと包み込んでいた。
 綿花砂華姫が何気なくフードの顔出し口へと手をやった。あんぐりと弛んだ口の縁を手で掴み、くいと前に引っ張る。気の抜けたぬりかべの顔が、砂華姫の頭へのんびりじゃれつくみたいに食み直した。綿花砂華姫の顔が、ぬりかべの口の中で楽しそうに輝く。
 綿花砂華姫は、お菓子をもらって回っている最中なのか足取りも軽く笑顔でとこよが地に膝をついて項垂れているのを見つけてビクッと歩みを止めた。ぬりかべフードの耳もビクッと動いていた。
 数秒、目を丸くしたまま固まる。
「ど、どうしたんだにゃー……?」
 やがて、ぬりかべフードの口を握りながら、お化けにでも話しかけるみたいにおそるおそる、とこよに声をかけた。
「あ、砂華姫ちゃん……。わあー……、その衣装とってもかわいいね」
 お化けみたいな暗い声で言いいながら、ハロウィン衣装の綿花砂華姫を見て、とこよは小さく微笑んだ。
「あ、ありがとうにゃー。もふもふしたければお菓子を……、いや、やっぱりいいにゃ。よく分からないけどもふもふしていいから元気だすにゃー」
「砂華姫ちゃん……!」
 とこよが勢いよく立ち上がり綿花砂華姫に抱きつく。
 砂華姫は驚いた顔をしつつもとこよを抱きとめる。
 校長も驚いた顔だ。
「お、おーおー、よしよしにゃー」
「わ~ん。砂華姫ちゃ~ん」
 とこよは綿花砂華姫が頭から被っているぬりかべの姿を模したフードをモフモフする。
「わ~……、この頭巾、もふもふだね~……」
「とりあえず何があったか言ってみるにゃ」
「……実はね。シルバーインゴットを、先週買ったんだ」
「うんうん」
「とっても高かったんだけど、これから相場がどう変わるか分からないし、早めに買っておこうかなって幾つも買ったんだ」
「うんうん。なるほどにゃ」
「でもね、今週になってみたらね。私が買ったときの半額くらいまで相場が……下がってて……」
「にゃあ……」
「今日でこの値段なら明日にはもっと安くなってるかも……」
「……なるほどにゃー」
「私、シルバーインゴット買うのに何十万文くらい使ったっけなー……。あはは……」
「……よしよしにゃ」
 綿花砂華姫はとこよの頭を毛繕いする猫のように優しく撫でた。
 校長も心を痛めてたように、表情を曇らせながら二人を見つめていた。
「それだけじゃなくてね」
「まだあるのかにゃ!」
 綿花砂華姫が驚き、校長の表情に曇りが増す。
「うん。今だけ出てる黄泉でね、紅月の破片っていうのを集められるんだけどね」
「ああ、それは知ってるにゃ。色々な貴重品と交換してもらえるやつだったかにゃ」
「うん、その紅月の破片。それでね、シルバーインゴットが交換できるようになってて」
「なんとにゃ」
「シルバーインゴットだけじゃなくて、ブロンズインゴットもティンインゴットも交換できるようになっててね! しかも紅月の破片たった5個でシルバーインゴットと交換できるんだよ! ブロンズは3! ティンは2! まあブロンズとティンは自力で集めるからいいんだけどさ! でもシルバーがたった5で交換できるって、交換できるようになるなんて……」
 一気に捲くし立てて、砂華姫の肩に縋り付いたままとこよはがっくりと項垂れた。
「こんな展開、読めるはずないよ~……」
「ま、まあ、過ぎたことは仕方ないにゃ。だから元気だすにゃー。ほら、これでも被って」
 綿花砂華姫はぬりかべフードを脱ぐと、「一緒にお菓子をもらいにでも行こうにゃ」と、とこよの頭に被せた。
「うう、ありがと~、砂華姫ちゃ~ん」
 項垂れていたとこよは、顔を見上げる。
「……うん、そうだね。……過ぎちゃったことは仕方が無いよね!」
「そうにゃそうにゃ」
「うん! シルバーインゴットを自力で集められるようになったと思えばむしろ嬉しいことだし、限定武具の製作頑張ろうっと!」
「その意気にゃー!」
 とこよはすっかり元気を取り戻した様子で、ぬりかべフードの垂れ耳を楽しげに揺らしながら、綿花砂華姫と並んで歩いていきましたとさ。
 めでたしめでたし。

 
 

「くしゅっ!」
「わわっ、寒かったよね! フード返すよ!」
「だ、大丈夫にゃあ。気にしないで……くしゅっ!」
「ほらほら、かぶってかぶって。モフモフー」
「モフモフにゃー。すまないにゃー」
「ううん。フード貸してくれてありがとうね。とってもモフモフだったよ」
「うんうん。モフモフにゃー」

 

   インゴットの敗北者 読みで散った文   終わり

 
 

「……喜んでもらえるかと思っとったのじゃが。……砂華姫には感謝せねばのう」
おまけ(工事中)
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