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かぶぎつね

Last-modified: 2017-12-10 (日) 01:18:27

かぶぎつね     土御門澄姫



これは、私が小さい時に吉備泉というお婆さんから聞いたお話です。
昔々あるところに、私達の村の近くに「かぶきりひめ」という妖怪狐がおりました。
かぶきりひめは少女の姿をした一人ぼっちの小狐で、森の中の大きな木の下に穴を掘って住んでいました。
そして、昼も夜も辺りの村へ出ていっていたずらばかりしていました。
畑へ入ってレーズンを掘り返してしまったり、カタちゃんに火をつけたり、頭割りで飛翔をしてしまったり、いろんなことをしました。
ある秋のことでした。
二、三日雨が降り続いた後、空はからっと晴れ出し狛犬の声が辺りにキンキン響くようになりました。
かぶきりひめはほっとして顔を外に覗かせると、長続きの雨で川は増長し、川べりのすすきや萩の株が水に横倒しになって揉まれていました。
かぶきりひめはその様子を更に見ようと、川下へとぬかるみ道を下っていきました。
その途中、ふと見ると川の中に人が居て、何かをやっています。
かぶきりひめは見つからないよう狐に化け、草の深いところへそうっと歩み、じっとその様子を覗いてみました。
「アピ助ね。」
近くの村に暮らしているアピ助は、なにやら籠のようなものを持ち、中にあるなにやら黒い袋を見るように頭を籠の中に突っ込ませています。
その後「どぼん」という音を立てながら、川の中へその籠と黒い袋の中身だけを岩と岩の間へ投げ入れました。
アピ助は少し離れた川岸にある似たような籠の元へ向かい、同じことを繰り返し始めます。
どうやら、黒い袋の中身は変色していて異臭を放つ、生ゴミのようです。
アピ助がその場を離れると、かぶきりひめはひょいと元の少女の姿へと戻り、最初の籠の元へと駆けつけました。
いたずらをしてみたくなったのです。
かぶきりひめは生ゴミに集まった魚を掴んでは外へぽんぽん投げてしまいます。
すると籠の奥からはてかてかとした大きな人魚がにゅっと顔を出すように出てきます。
かぶきりひめはにやりと口を吊り上げ、人魚へと手を伸ばします。
太い人魚を掴みにかかりますが、なにしろぬるぬると滑るのでなかなか掴めません。
かぶきりひめは籠に頭を突っ込ませると、人魚を口に咥えました。
人魚は噛まれたのが苦しいのか、かぶきりひめの首へきゅっと巻き付きます。
「うわぁ、ぬすっとかぶきりひめめ!」
アピ助が向こうから怒鳴り立てる声が聞こえます。
かぶきりひめは、びっくりして飛び上がり人魚を捨てて逃げようとします。
しかし、人魚はかぶきりひめの首に巻き付いて離れません。
かぶきりひめはそのまま少女の姿であることも忘れて四つん這いになり、横っ飛びに飛び出して一生懸命に逃げていきました。
洞穴の大きな木の近くの、榛の木の下で振り返ってみましたが、アピ助は追ってこず相変わらず狛犬の甲高い声が聞こえるだけでした。
かぶきりひめはほっとして、人魚の頭を噛み砕き、やっとはずして穴の中にある草のお皿に乗せておきました。





十日ほど経って、かぶきりひめが狐の姿で芙蓉という少女の家の裏を通りかかると、何やらいそいそと準備を行っているのに気が付きました。
かぶきりひめは「ふふっ。村になにかあるのね。」と思いました。
「何かしら。秋祭りかしら。祭りなら太鼓やかるらの笛の音がしそうなものね。第一、お宮にのぼりが立つはずだし…。」
そんなことを考えていると、かぶきりひめはいつの間にかアピ助の家の前に来ていました。
その小さな壊れかけの家の中には、大勢の人間や式姫が集まっていました。
よそ行きや限定物の衣装を着て、腰に手ぬぐいを下げた式姫達が表の大鍋で火を炊いています。
「あぁ、葬式ね。」
そう、アピ助の家の誰かが死んでしまったのです。
かぶきりひめはお昼が過ぎると、村の墓地へ行き六地蔵の横で地蔵に化けていました。
墓地には、彼岸花が赤い紙切れのようにばぁっと咲き続いていました。
と、村の方からかーんかーんと織姫の鐘の音が鳴っていました。
葬式の出る合図です。
やがて、白い着物を着た幽霊達がやってくるのがちらちら見え始め、話し声も近くなりました。
行く人々はかぶきりひめに気づかず、かぶきりひめの目の前をつーっと過ぎ去っていきます。
人々が通った後の彼岸花は、ひしゃげたように踏み折られていました。
かぶきりひめは伸び上がって、人々が集まったその先を見つめます。
アピ助が、白い裃を付けて、位牌を下げています。
いつもはレーズンみたいな元気のいい顔が、今日はなんだか萎れていました。
「ははぁ。死んだのはアピ助の座敷童子ね。」
かぶきりひめはそう思いながら、頭を引っ込めました。
その晩、かぶきりひめは穴の中で考えました。
「アピ助の座敷童子は、床についていて人魚が食べたい、人魚が食べたいと言ったに違いない。でもわたしがいたずらをして、人魚を取ってしまった。
だからそのまま座敷童子は死んじゃったに違いないわ。人魚が食べたいと思いながら死んでしまったのね。あんないたずらをしなければよかったわ。」





朝かぶきりひめがアピ助の家の様子を見に行くと、アピ助は家の前の井戸で麦をといていました。
アピ助は今まで、座敷童子と二人きりで貧しい暮らしをしていたもので、座敷童子が死んでしまってはもう一人ぼっちでした。
「私と同じ一人ぼっちのアピ助ね。」
物置の後ろから見ていたかぶきりひめは、そう思いました。
かぶきりひめは物置のそばを離れて、向こうに掛けていこうとしました。
するとどこかで、濡女子を売る声がします。
「濡女子の安売りだい!生きのいい濡女子だい!」
かぶきりひめは、その威勢のいい声を発するカクの方へと走っていきました。
どこかで「濡女子をおくれ。」という声が聞こえると、濡女子売りのカクは濡女子の籠を積んだ木の車を道端へ置き、ぴかぴか光る濡女子を両手で二人抱えその声のする家の中へ入っていきました。
かぶきりひめはその隙に濡女子を二人担ぐと、もと来た方へと走りました。
そしてアピ助の家の中へ濡女子を投げ込んで、穴へ向かって駆け戻りました。
かぶきりひめは人魚の償いでに一つ、良いことをしたと思いました。
次の日の朝、かぶきりひめはレーズンを山の中でどっさり広い、それを抱えてアピ助の家へ行きました。
家の裏口から中を覗くと、アピ助は昼飯を食べかけ茶碗を持ったままぼんやりと考え込んでいました。
変なことに、アピ助のほっぺにかすり傷がついています。
どうしたんだろう、とかぶきりひめが思っているとアピ助は独り言をつぶやきます。
「一体誰が濡女子なんかを俺の家へ放り込んでいったんだろう。お陰でぬすっとと思われてカクに酷い目に合わされた。」とぶつぶつ言っています。
かぶきりひめはしまったと思いました。
可哀想にアピ助は、カクにぶん殴られてあんな傷まで付けられたのか。
かぶきりひめはそう思いながら、そっと物置へ回って、入り口にレーズンを置いて帰りました。
次の日も、その次の日も、かぶきりひめはレーズンを拾ってはアピ助の家へ持っていきました。
その次の日には、レーズンだけでなく、からしも二、三本チューブで持っていきました。





月の良い晩、かぶきりひめはぶらぶら遊びに出かけました。
大きな領主の家へと続く道を少し下っていくと、細い道の向こうから誰か来るようです。
話し声が聞こえたのでかぶきりひめは夜雀に化け、聞き耳を立てました。
「そうそう、なぁ芙蓉。」
それは、アピ助と芙蓉という少女でした。
「なんですか?」
「俺は、このごろとても不思議なことがあるんだ。」
「不思議なこと?」
「座敷童子が死んでからは、誰だか知らんが俺にレーズンやからしなんかを毎日、毎日くれるんだよ。」
「へぇ。誰がでしょうね?」
「それがわからんのだよ。俺の知らんうちに置いていくんだ。」
かぶきりひめは二人の後をつけていきます。
「本当ですか?」
「本当だとも。嘘だと思うなら明日見に来いよ。その大量のレーズンとからしを見せてやるよ。」
それきり二人は黙って歩きます。
芙蓉が何かを感じたのか、ちらっと後ろを振り向きます。
かぶきりひめはびっくりして小さく固まります。
芙蓉はかぶきりひめに気がつかないで、そのまま前へ向き直ります。
二人は紫蘭という陰陽師の家まで来ると、その家の中へ入っていきます。
ぽんぽんぽんぽんぽんぽこりんという古椿の音がしています。
かぶきりひめは、「念仏を唱えているのね。」と思いながら井戸のそばでしゃがんでいました。
それから暫くすると、お経を読む声が聞こえてきます。
その声が聞こえる度に、何故か胸がちくちくと痛みました。





かぶきりひめは、念仏が済むまでじっとその場に狐の姿でしゃがんでいました。
アピ助と芙蓉はまた一緒に帰っていきます。
二人の話を聞こうと、アピ助の影を踏むように再び後をつけていきます。
「さっきの話ですが、きっとそれはレズ様の仕業ですよ。」
「えっ?」とアピ助はびっくりして芙蓉の顔を見ました。
「あれからずっと考えたんですけどそれはきっとレズ様ですよ。アピ助さんがたった一人になったのを哀れに思っていろんなものを恵んでくれているんですよ。」
「そうかなあ。」
「そうですよ。だから毎日レズ様にお礼を言うのがいいですよ。」
「うん。」
かぶきりひめは、つまらないわねと思いました。
私がレーズンやからしを持っていってやるのに、その私にはお礼を言わないでレズ様にお礼をいうのなら私は割に合わないな、と。
その明くる日もかぶきりひめは、レーズンを持ってアピ助の家へ出かけました。
アピ助は物置で縄を結っていました。
なのでかぶきりひめは裏口からこっそり中へ入りました。
その時アピ助はふと顔を上げていました。
と、かぶきりひめが家の中へ入ったではありませんか。
こないだ人魚を盗みやがったあのかぶきりひめが、またいたずらをしに来たな。
「ようし。」
アピ助は立ち上がり、納屋に掛けてある火縄銃を取って火薬を詰めました。
そして足音を忍ばせて近寄り、今戸口に出ようとするかぶきりひめをドンと撃ちました。
かぶきりひめはばたりと少女の姿で倒れました。
アピ助はかぶきりひめに駆け寄り、家の中を見ると土間にレーズンが固めて置いてあるのが目につきました。
「かぶきりひめ、お前だったのか。いつもレーズンをくれたのは。」
かぶきりひめはぐったりと目をつぶったまま、頷きました。
アピ助は火縄銃をばたりと取り落としました。
その火縄銃からは青い煙が、筒口から細く漏れ続けていました。