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雪溶けねども梅のほころぶ

Last-modified: 2017-03-08 (水) 05:07:13

  雪溶けねども梅のほころぶ

 
 

 逢魔時退魔学園がまだ雪で一面真っ白に覆われていた頃。
 とある陰陽師の屋敷の庭で、梅の木が小さな蕾をつけていた。
 梅は枝に少し雪を積もらせながらも、雪で小さな蕾が覆い隠されようとも、ひっそりと、薄紅色の花びらが開く日まで少しずつ少しずつ蕾を膨らませていた。
 そうやって少しずつ蕾を膨らませていく梅の様子を、毎日欠かさず見に来る一人の式姫がいた。
 その式姫の名は、かやのひめ。
 頭には狐の耳がぴょこり。着物の尻からは大きな尻尾がふさり。
 ふさふさの尻尾を揺らしながら、かやのひめは毎日毎日その梅の元へと通っていた。
 そしてある日、とうとう梅がその蕾を綻ばせていた。
 綺麗に咲いた梅の花を、かやのひめは眩しそうに見つめる。嬉しそうに、誇らしそうに。その年、庭の梅が初めて開花した日を見届けることができたことを、ひっそりと喜ぶように。
 かやのひめを使役する陰陽師もまた、たまたま近くを通ったことで梅の開花に気づき、かやのひめと一緒に梅の木を眺めて喜びを共にする。
 と、そこで。かやのひめを呼ぶ声がした。その声を聞くや否や、かやのひめは逃げるように何処かへと去っていってしまった。
 かやのひめの去ったあと、一人その場に取り残された陰陽師。梅の木の前でぽつんと立っていると、はたして、さきほどかやのひめを呼んだ声の主がやって来た。
 やって来たのは薔薇姫だ。
 薔薇姫は、かやのひめを探しているらしい。
 薔薇姫がかやのひめを探しているのはだいたいいつものことで、かやのひめが薔薇姫から逃げるのもだいたいいつものことであった。
 陰陽師は薔薇姫からかやのひめがどこに行ったかしらないかと聞かれたが、曖昧に答えることしかできなかった。本当のことを教えてしまったらかやのひめに悪いと思ったからだ。
 曖昧に取り繕う陰陽師は、薔薇姫に梅の花が咲いたことを教えて話を逸らす。
 薔薇姫は梅の花が咲いたことを喜び、かやちゃんにも見せてあげたいなと呟く。陰陽師は心が痛んだ。
 陰陽師が心を痛めている間に、薔薇姫はまたかやのひめを探しにどこかへと去っていった。
 また一人、陰陽師は取り残されてしまったのだ。
 薔薇姫のぽつりと呟いた言葉を思い出し、かやのひめがさっきまでここに居たことを伝えるべきだったかと悩み。
 かやのひめが薔薇姫から逃げるように立ち去ったことを思い出し、やはり教えてはかやのひめに悪いだろうかと悩み。
 まだ雪解けの遠い寒さの中で咲いた梅の花を見上げて、二人の式姫に思いを馳せた。
 それから二人がどうなったのか、その陰陽師が知っているのはここまでだ。
 薔薇姫はかやのひめに梅の咲いたことを教えて上げられたのか。それとも、かやのひめが薔薇姫から上手く逃げることができたのか。
 その陰陽師は知らない。

 
 
 

 知らないので考えてみたんだけど、多分こんな感じだったりするんじゃないかな?

 
 
 

 かやのひめは庭から屋敷の裏手へぐるっと半周回ったところで立ち止まる。
「ふう、ここまで逃げれば大丈夫よね」
 今しがた逃げてきた方向を見て一息ついた。
 その時だ。かやのひめの背後から薔薇姫が姿を現したのは。
「かやちゃ(ドッ」
 薔薇姫の額に矢が刺さる。
「出たわね!」
「かやちゃんちょっと来て来て!」
 薔薇姫は額に矢を刺したまま、かやのひめの手を取って走り出した。
「わっ、ちょっと、なに!?」
 手を握られたまま、かやのひめは薔薇姫に引っ張られていく。すでに踏みしめられた雪が、また二人分の足跡で点々と踏みしめられていく。
「どこに行くのよー!」
「かやちゃんに見て欲しいものがあるんだ!」
「見て欲しいものってなによ!」
「もう見えてるよー!」
「なにがよー!」
「着いた!」
 急に薔薇姫が立ち止まる。
「わっ!」
 かやのひめは急に止まれず、雪に足を滑らせそうになった。
「おっと」
 薔薇姫は繋いでいた手を強く引くとその反動でくるり。かやのひめと向かい合い、体勢を崩しかけたかやのひめの体を自分にぐいと引き寄せた。そして引き寄せた勢いのままかやのひめを胸に抱き寄せ、そのまま、まだ足跡の付いていない雪の上へ向かって背中から宙に身を躍らせた。
 薔薇姫に抱き寄せられたかやのひめの体も宙に浮く。
「わわっ」
「あははー」
 まっさらな雪の上に柔らかい音を立てて、薔薇姫の背中が着地した。
 ちょっとした浮遊感のあとの、柔らかな落下の衝撃。かやのひめの顔が薔薇姫の胸へと押し付けられた。
「むぎゅ」
 ほのかに香る甘やかな薔薇の匂いが、かやのひめの鼻孔をくすぐった。
「かやちゃん大丈夫?」
 かやのひめは薔薇姫の胸から顔を引き剥がし、薔薇姫の顔を見上げる。
「わ、私は大丈夫、だけど……」
 心配そうな顔で薔薇姫を見つめたまま、冷たい雪に手をついて、薔薇姫にのしかかっていた自分の体を少し浮かす。
「あたしなら全然平気だよ!」
「そう、よかっ……べ、別にあんたのことを心配したわけじゃないからね! 怪我してないか確認しただけなんだからね!」
「あはは!」
 笑う薔薇姫に、かやのひめは睨むような目をする。
「あっ、かやちゃん。見てみて!」
 薔薇姫が、雪の上に寝転がったまま、かやのひめの肩越しに空に向けて手を伸ばした。
「なによ」
 かやのひめは薔薇姫の上に覆いかぶさっていた体をどかし、雪の上にしゃがむような姿勢になる。薔薇姫は仰向けになったまま、空に向けて指を差している。
 薔薇姫の指差す先をかやのひめが仰いで見ると、青い空の中、薄紅の梅の花が枝いっぱいに咲き誇っていた。
「きれいだねー!」
「と、当然でしょ。寒い中頑張って花を咲かせたんだから」
「そっかー!」
「そうよ」
「今日はね、梅が咲いたのをかやちゃんに見せて上げたかったんだ!」
「そんなの……」
 かやのひめは薔薇姫の顔を見た。
「あははー」
 寝転ぶ薔薇姫は笑顔でかやのひめを見つめ返す。
 かやのひめは何か言いたげな顔をしてから、「……そう」とむすっとした顔で言って、また梅の花を仰いだ。
「うん!」
 薔薇姫は体を起こし、立ち上がる。そして、まだしゃがんだ姿勢のままでいるかやのひめに向けて手を差し出した。
「ほら、かやちゃん」
「べ、別に一人でも立てるから……」
 そう言ってから、かやのひめは薔薇姫の手を握った。
「勘違いしないでよね……!」
 薔薇姫がよいしょと手を引っ張り。かやのひめも立ち上がる。
 それから手を離して、二人とも、また梅の花を見上げる。
「いい匂いだね」
「な、なにがよ?」
「梅の香りー!」
「あっ、そ、そうね。この梅は爽やかでいい匂いがするわよね」
「少し甘い匂いだね」
「そ、そうかもね」
 かやのひめは薔薇姫に気づかれないように指で自分の鼻をちょっとこすった。
「じゃあ、かやちゃん! また遊ぼうね!」
 薔薇姫はそう言うと、雪の上を駆け出していく。
 突然のことに、かやのひめは駆けていくその背中をただ見送ってしまう。
 薔薇姫の背中には雪がついていた。さっき、かやのひめを抱えて雪に飛び込んだ時についたものだろう。マントに、頭に雪がくっついていて、走るのに合わせてぱらぱらと少しずつこぼれて落ちていく。
「あんなに雪をつけたままじゃあとで外套がぐっしょりになっちゃうじゃない」
 駆けていく薔薇姫の背中を見つめながら呟く。
 それから、駆け出した。
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
 薔薇姫が立ち止まり、くるりと振り返る。
「えー?」
 かやのひめはすぐに追いついて、薔薇姫の背中や頭についている雪を手で払い落とす。
「ほら、雪がついたままでしょ」
「あらら?」
「別に、あとでぐしょぐしょになっちゃう外套がかわいそうなだっただけなんだから! 勘違いしないでよね!」
「かやちゃんありがとー!」
「勘違いしないでよ!」
「あ、かやちゃんの服にもついてるよ! 払ってあげるねー!」
「あ、ありがと……べ、別に自分でも払えたんだからね!」
「あははー!」
 溶ける前の雪を払いあう二人の姿を見ていたのは、ひっそりと花を咲かせた梅だけでしたとさ。
 めでたしめでたし。

 
 
 
 
 
 

「どうかな」
「どうって、途中から雰囲気がえらく変わったわね」
「それはね。読んでる人を飽きさせたらいけないなと思って」
「まあ、確かに面食らいはしたわね」
「ふふーん。そうでしょう?」
「褒めてはないわよ」
「えー」
「まあ、悪く言うつもりもないわよ」
「むむ? つまりどういう」
「まあ、それはおいて置いて。そうねぇ……。梅の蕾がほころぶのと、かやのひめの気持ちがほころぶのとを重ねて見立てているのなら、もう少し分かりやすくしたほうがいいんじゃないかしら」
「あっ、気づいてくれたんだ。さすが澄姫! こいのし」
「そっ、それは関係ない!」
「でも……やっぱりか〜。自分でも分かりにくいかな〜って思うんだよね」
「頭を捻ってればそのうち上手くいくわよ。梅のほころびと、かやのひめの気持ちがほころぶのを重ねて見立てるの、私は美しいと思ったわ」
「そ、そう? そんな風に言われると照れちゃうな」
「そして雪の中で蕾をつけて花を咲かせる梅の様子に、表面上は冷たいことを言っているかやのひめの態度の中にも薔薇姫への親愛の気持ちが芽吹いてきている様子を見立ているのは、まあまだ試みだけで終わってるとはいえ、とこよが書いたというのが惜しいくらいね」
「あー、なるほど」
「心に思い描くほどに思わずため息が出てしまいそうなくらい綺麗な感性ね。なんていうか、そうね……。……雪消はせねど梅のほころぶ……うーんまだまとまらないけど、そういう言葉が心に浮かんでくるわね」
「なるほどなるほど」
「……ん?」
「さすが澄姫だね。澄姫が今言ったこと、私もとっても綺麗だと思う。この書いたのはこれで終わりにしようかと思ってたんだけど……、なんだかもうちょっと頭を捻ってみたくなっちゃった」
「……え?」
「ありがとう澄姫! また感想聞かせてね!」
「え、ええ……えええっ! と、とこよ! 待って! 今のは忘れて〜!!」

 
 

 横で見ていましたけど。私に言わせれば、さすがはお二人ですね。と言ったところでしょうか。それにしても澄姫さん。そんなに恥ずかしがることないと思うのですけど。
 ……うう、お願いだからそっとしてて。