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蜜柑好きな式姫だ〜れだにゃあ?

Last-modified: 2016-12-31 (土) 08:20:56

 冬の日のこと。
「……どうやら私達、お互いに相容れないみたいですね。とこよさん」
「そうだね文ちゃん……私達、分かり合うことができないみたいだね」
 私と文ちゃんは、炬燵で蜜柑を食べていた――――

 
 
 

「ただいまー文ちゃん! 蜜柑お待たせー!」
 よっこいしょっと。
 ふふっ、かご一杯の蜜柑。持ってるだけですっごく匂いが漂ってくるや。
 炬燵で食べるの楽しみだなー。
(お帰りなさーい、とこよさーん)
 おかえりくらいは伝心じゃなくて声で言おうよ!
(居間に着いたらちゃんと言いますから。いいですかとこよさん、居間に着くまでが遠征なんです)
 今日はただの買出しだった気がするけど……?
(顔を見ながらおかえりって言いたいじゃないですか)
 はいはい。
(あ、足音が聞こえてきましたよ)
 じゃあ改めまして。
 開けー襖ー。すぱー。
「ただいまー文ちゃん」
「おかえりなさいとこよさん。これはこれは、ずいぶん沢山買ってきましたね。重くなかったですか?」
 文ちゃん……まるで何事もなかったみたいに。
「どうしたんですか? 何とも言えない顔をして」
「文ちゃんは文ちゃんだなぁ、と思って」
「……ひょっとして私、何かひどいことを言われてますか?」
「私の口からはちょっと言いづらいかな」
「ゴフッ! それはもう言ってるも同じですよ」
「……ぷっ、あはは! 冗談だよ」
「ならいいですけど……」
 私はこういう文ちゃんが好きなんだしね。
 出不精なことにかけては遠慮が無くて、体が弱いことを気に掛けさせないようにする、優しい文ちゃんが。
「ほらっ、とこよさんも早く炬燵に入ってください。蜜柑食べましょうよ」
「はいはいっと」
 どっこいしょっと。
 ふふふ〜、文ちゃんと一緒に蜜柑を食べる〜。
「今度はなんだか楽しそうな顔ですね」
「文ちゃんと食べる初めての蜜柑だからね〜」
「ふふっ、そうですね。初蜜柑ですね」
 文ちゃんの顔も嬉しそうだし、私も嬉しさ二倍だな。
「どれがおいしそうかな〜」
 嬉しさ二倍だから、おいしそうな蜜柑を文ちゃんに選んであげちゃおう。
「これが一番おいしそうかな。はい、文ちゃんにあげる」
「いいんですか? ありがとうございます」
 蜜柑〜、文ちゃん〜、嬉しいな〜。
「そしてこれが私の分」
「はい、では食べましょうか」
「うん、食べちゃおー」

 

 そうして蜜柑を剥き始めて、私が最初の一口を食べた時だった。

 

「うん、おいしい!」

 

 文ちゃんが大層困惑した表情をした。

 

「……とこよさん? まだ薄皮がついたままでしたけど……?」
「え? 薄皮?」
「はい、薄皮」
 薄皮って、房についてる透明な皮の部分?
「えっと、うん。薄皮ついたままだったね……?」
「え?」
「え?」
 え? 何? 何が起こってるの!?
「薄皮がどうしたの文ちゃん?」
「いや、どうしたのって……、剥かないんですか?」
「え?」
「え?」
 剥くって、薄皮を? この薄い部分を??
「薄皮って、剥くの?」
「剥きますよ普通」
「ええー!? 剥かないよ普通!」
「いやいや。薄皮ごと食べるなんて、はしたないですよ」
「いやいやいや。薄皮を剥いて食べるなんてしたことないよ」
「はしたないですって」
「はしたないかな〜……?」
 う〜ん。薄皮をそのまま食べるのが、はしたない……? う〜ん……。
「とこよさんも女の子なんですから、もうちょっとですね」
 そこまで言われるほどなの!?
「えっと、まあまあ文ちゃん。蜜柑の薄皮くらい食べたって死にはしないよ」
「それはそうかもしれませんが……。剥いて食べましょうよ」
「う〜ん……」
 でもまあ、文ちゃんがそう言うなら、剥いてみようかな?
「じゃあ、薄皮も剥いて食べてみるね」
 剥くのかあ……ちょっと面倒臭いかも……。
「はい、是非そうしてみて下さい」
 うっ、文ちゃんの笑顔が眩しい……!

 
 
 

 そして私は薄皮と戦っていた。
「うあー! ……うすかわ、むきづらいヨ」
「ボっちゃ……コロボックルさんみたいな喋り方になってますよとこよさん」
 この終わることのない戦いに今すぐ敗北したい……。
「うう……撤退させて文ちゃん……」
「ここが自宅ですよとこよさん。ですからね、ここをこうやって……こう剥くんですよ」
「それはさっきも聞いたって〜」
「あとは慣れですよ慣れ」
「うう。もう、だめ……」
 ぐで〜ん。
「とこよさんったら、もう……」
「だって〜」
 慣れてないから薄皮ひとつを剥くのにすごく時間がかかるし。
 それをひとつひとつやるからまたすごくすごく時間がかかるし。
 もう蜜柑一個食べるだけでもすごくすごくすごく時間がかかるし。
 もっとぱくぱく食べたいよ文ちゃん……。
 ……文ちゃんに見えないように炬燵の影でこっそり蜜柑を剥いちゃおう。そして薄皮をつけたまま口に放り込んじゃおう。
 まずは気付かれないようにぐで〜んとしたままで、そ〜っと蜜柑の籠に手を伸ばして……。
 よしっ、掴んだ!
 ふふっ、多分気付かれてない気付かれてない。
 このまま、音を立てないように、そろりそろりと懐に……よし成功!
「蜜柑を炬燵で温めるんですか?」
「気付かれてた!?」
 うわー! 失敗だー!
 ……この蜜柑は籠に戻そう。
「食べ物で遊ぶのはよくないですよ?」
「ううん……今のは戦いだったんだよ」
 ……なんで暖かい眼差しで私を見るのかな文ちゃん!?
「ええーいもう! こうなったら普通に食べてやる!」
 もう薄皮なんて知らない! 私はぱくぱく食べる!
「いえ、薄皮を剥くのが普通ですから」
 こうやって蜜柑のお尻にずぼっと指を突っ込んで。
「いや、私にとっては薄皮ごと食べるのが普通なんだよ」
 薄皮じゃない皮をむきむきして。
「いえいえ、普通は剥くんですよ」
 一房とってぱくり。おいしい!
「むにゃむにゃ、ごくん普通は薄皮ごと食べるんだよきっと」
「口に入れたまま喋るのは行儀が悪いですよ。あと剥かずに食べるのも行儀が悪いですよ」
「うん気をつけるね。でも剥かずに食べるほうがおいしい気がするんだよ」
「薄皮の無いほうがおいしくないですか?」
「薄皮ごと食べたほうがおいしいって」
 剥かない方が早く食べれるし。
「……どうやら私達、お互いに相容れないみたいですね。とこよさん」
「そうだね文ちゃん……私達、分かり合うことができないみたいだね」
 ……どういう会話なのかなこれ?
 蜜柑おいしいなあ。
「なにやら揉めてるみたいだけど――」
「ふえっ?」
「へっ?」
 いきなり襖が開い――
「――喧嘩は止めるにゃ!」
 ――獅子女ちゃん!?
「喧嘩よりもなぞなぞにゃ!」
 喧嘩!?
「べ、別に喧嘩はしてなかったよ!」
 ほらほら、文ちゃんも驚いた顔をしてる! 
「ええ。喧嘩というか、蜜柑の食べ方でちょっと相容れないものがあっただけで」
「相容れないって言い方はどうなんだろう……?」
 私が思ってるより気にしてるのかな文ちゃん?
「そうだったにゃ? よかったにゃあ。じゃあなぞなぞいくにゃ」
「あっ、なぞなぞは出すんだ」
「なぞなぞは出すんですね」
「蜜柑好きな式姫だ〜れだにゃあ?」
 蜜柑好き?
「蜜柑が好きな子って、誰だっけ?」
 今年はこれが初蜜柑だからなあ。蜜柑が好きな子が誰なのか、まだよく知らないなぁ……。
「とこよさん。これはなぞなぞですから、普通に蜜柑が好きな式姫さんを考えてもダメだと思いますよ」
「あっ、なるほど」
「うんうん。文は鋭いにゃ」
「じゃあ……!」
 ……えっと。
「……誰だろう?」
「そうですねぇ……」
 うーん。
 うーーーーーん。
「ヒントはズバリそのまま、『蜜柑好き』にゃあ」
「蜜柑好き。ですか、うーん……」
「うーん、蜜柑好き蜜柑好き、うーーーん、蜜柑好き蜜柑好き……」
「あの――」
 また襖が開いた!
「――呼びましたでしょうか……?」
 今度は三日月さん!?
「えっ? あっ! ごめんなさい三日月さんじゃなくて蜜柑……あっ! そっか!」
 答えが分かったかも!
「そうです! そうに違いないですとこよさん!」
「だよね文ちゃん!」
 文ちゃんも同じ答えにたどり着いたんだね!
「にゃあ」
「えっ、えっ?」
 あっ、三日月さんが戸惑ってる。
「すみません三日月さん。実は今、獅子女ちゃんのなぞなぞを解いてるところでして」
「なぞなぞですか」
「そのなぞなぞと言うのが、蜜柑好きの式姫は誰かという問題で」
「蜜柑好き……」
 あっ、三日月さんが考えてる。
「ヒントは、そのまま『蜜柑好き』なんです」
「蜜柑好きな式姫で、ヒントは蜜柑好き……? うーん……?」
 悩んでる。
 当の本人だと逆に気付かないものなのかな?
「……ちょっと思いつきませんね。お二人はもう答えが分かったんですか?」
「はい」
「はい」
 ふふふ。
「どうやら同じ答えが分かりあっちゃったみたいだね文ちゃん」
「蜜柑の食べ方は分かり合えないのに、ですね」
「あはは、そうだね!」
 上手いことを言うなあ。
「うーん、私はちょっと分かりそうにないので、お二人に答えてもらえないでしょうか……」
「それじゃあ三日月もそう言ってることだし、二人の答えを聞かせてもらうにゃあ」
「じゃあ、文ちゃん」
「はい」
「せーの」
「「三日月さん」です」
「正解にゃあ!」
 やられたにゃあ! と倒れる振りをしながら炬燵に滑り込む獅子女ちゃんかわいいなあ。
 炬燵でふにゃーんとしちゃってもう。顔もふにゃーんとしちゃってもう。かわいいなあ。
「あの、蜜柑は確かに好きではありますが、それほど大好物というわけでも……?」
 三日月さんも戸惑っちゃってもう。かわいいなあ。
「三日月さん。よく聞いてください」
「は、はい」
「蜜柑好き蜜柑好きみかんずきみかずきみかづき三日月三日月」
「あっ」
 おっ、気付いたかな。
「なるほど……!」
 はっとした顔しちゃってもう。かわいいなあ。
「それでは答えも分かったところで、三日月さんも炬燵に入って。一緒に蜜柑を食べませんか?」
「ええと、でも……」
「遠慮せずにどうぞどうぞ。あっ、そういえば……どこかに行く途中だったり?」
「いえ、そういうわけでもなく……。では、その、ご一緒させてもらいますね。……斬らないように斬らないように」
 ああ、なるほど遠慮してたのはそういう……。
「み、蜜柑をどうぞ! あと薄皮は剥いたほうがおいしいと思います!」
「あ、ありがとうございます……!」
 勢いよく蜜柑を剥きにかかってる。斬りたい衝動が少しは発散できたらいいなあ。
「獅子女ちゃんは?」
 蜜柑食べないのかな。
「うーん、柑橘系はちょっとにゃあ」
「そうなんだ」
 そういえば猫って蜜柑ダメだっけ?
「炬燵があれば、それだけでいいにゃあ」
「そっか〜」
 かわいいなあ。
 ふにゃーんとしてて。
 かわいいなあ。
「薄皮を剥けば猫でも蜜柑を食べられるらしいと以前……」
 文ちゃんひょっとして薄皮剥いて食べる派を増やそうとしてる……?
「斬りたい、斬りたい……」
 三日月さんが蜜柑を剥きながら息を荒くしてる!?
「お、落ち着いて三日月さん! 刀で斬ったら汁が飛び散っちゃう!」
「ハァハァ……返り血は、気にしませんので……」
「蜜柑の話のつもりだったかな!?」
「返り血……ゴフッ!」
 わー! 文ちゃんがびっくりして血を吐いたー!
 ……これは別に慌てることでもないか。
「ゴホッ、ゴホッ……ではこの薄皮を切ってください!」 
「文ちゃん!?」
「分かりました」
「三日月さん!?」
「炬燵はいいにゃあ……」
「かわいいなあ!」
「では……」
 ひゃう!
 刀が炬燵の上をひゅんと! ひゅんと!
「良い風だにゃあ」
 獅子女ちゃん炬燵にふにゃーんとしたままでいいの!?
「すごい! すごいですよとこよさん! 見てください薄皮が!」
 薄皮よりも獅子女ちゃんが……って、薄皮?
「えっ? あっ、本当だ! 薄皮だけが綺麗にぱっくり切れてる!」
 これならすぐ剥けそう! 
 さすが三日月さんすごい!
 こんな小さくて柔らかい蜜柑の薄皮を、炬燵にふにゃ〜んとしてる獅子女ちゃんは全く意に介さず、一振りで綺麗に切れ目を入れちゃうなんて!
 ……獅子女ちゃんが目に入らなくなってるわけじゃ、ないよね?
「も、もっと……」
「はい! どんどん切ってください!」
「文ちゃん!?」
 文ちゃん何故そんなに目を輝かせて……あっ。
「……本当は文ちゃんも薄皮剥くの面倒だったんだね」
「うっ……ゴ、ゴホッゴホッ!」
 あ。誤魔化した。
「ああ……、蜜柑に血がついて……、返り血みたいでこれは……」
 まあ、三日月さんも喜んで薄皮を切ってるみたいだし、いいのかな?
 さてと。私は私で普通に蜜柑を食べるとしようかな。
 目の前で刀が振り回されてるのはちょっと怖いけど、三日月さんの腕前なら大丈夫だよね。
 獅子女ちゃん、ずっとふにゃ〜んとしてるなあ。怖くないのかなあ……。
 ……。
「……なんで私の頭に蜜柑を乗せるにゃあ?」
「あっ、ごめんね。つい、かわいいかなあって」
「にゃ〜? まあ、別にいいにゃあ」
 自分から乗っけてくれた……。かわいいなあ。
「ああ……、薄皮の切られた蜜柑がこんなに沢山……」
 文ちゃんも嬉しそうだなあ。
 三日月さんも一心不乱に薄皮を切ってるし、喜んでるみたいだなあ。
「私も……」
 薄皮は剥かないままで。
 ぱくり、と。
 う〜ん、おいしい。