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蜜柑好きな式姫だ〜れだにゃあ?

Last-modified: 2017-07-10 (月) 19:03:35

 冬の日。
 蜜柑が旬になった頃。
「……どうやら私達、お互いに相容れないみたいですね。とこよさん」
「そうだね文ちゃん……私達、分かり合うことができないみたいだね」
 炬燵で蜜柑を食べながら、そんな風に文ちゃんと言い合った。
 そんな日のこと。

 

「ただいまー文ちゃん! 蜜柑お待たせー!」
 よっこいしょっと。
 ふふっ。
 かご一杯に橙色の蜜柑。すっごくいい匂いがする。
 甘くて芳しい、すっきりとした香り。
 今から食べるの楽しみだなー。
(お帰りなさーい、とこよさーん)
 文ちゃん……。別に玄関まで出迎えに来て欲しいとは思わないけどさ……、おかえりくらいは伝心じゃなくて声に出して言おうよ!
(それはとこよさんが居間に着いたときで。居間に着くまでが遠征なんですよとこよさん)
 今日はただの買出しだった気がするけど……?
(顔を見ながらおかえりって言いたいじゃないですか)
 はいはい。
(あ、廊下から足音が聞こえてきましたよ)
 じゃあ改めまして。
 襖よ開けー。すぱーん。
「ただいまー文ちゃん」
「おかえりなさいとこよさん。これはこれは、ずいぶん沢山買ってきましたね蜜柑。重くなかったですか? あと、襖はもう少し静かに開けて下さい」
 文ちゃん……まるで何事もなかったみたいに。
「どうしたんですか? 何とも言えない顔をしていますが」
「文ちゃんは文ちゃんだなぁ、と思って」
 何とも言えない顔にもなるってものだよ。
「……ひょっとして私、何かひどいことを言われてますか?」
「私の口からはちょっと言いづらいかな」
「ゴフッ! それはもう言ってるも同然ですよ!」
「……ぷっ、あはは! 冗談だよ」
「ならいいのですが……」
 私はこういう文ちゃんが好きなんだしね。
 出不精なことにかけては遠慮が無くて、でも自分の体が弱いことを誰かに気に掛けさせないようにする優しい文ちゃんが。
「ほらっ、とこよさんも早く炬燵に入って。一緒に蜜柑食べましょう」
「はいはいっと」
 どっこいしょっと。
 ふふふ〜、文ちゃんと一緒に蜜柑を食べる〜。
「今度はなんだか楽しそうな顔ですね」
「文ちゃんと食べる初めての蜜柑だからね〜」
「ふふっ、そうですね。一緒に食べる初蜜柑ですね」
 文ちゃんの顔も少し嬉しそうだから、嬉しさ二倍だ。
「どれがおいしそうかな〜」
 嬉しさ二倍だから、おいしそうな蜜柑を文ちゃんに選んであげちゃおう。
「これが一番おいしそうかな。はい、文ちゃんにあげる」
「いいんですか? ありがとうございます」
 蜜柑〜、文ちゃん〜、嬉しいな〜。
「そしてこれが私の分」
「はい、では食べましょうか」
「うん、食べちゃおー」
 蜜柑のお尻に指を入れて〜。
 橙色の皮を剥いてって〜。
 房ひとつ〜。
 ぱくり。
「うん、おいしい!」
 甘くて、ほのかに酸味があって、汁たっぷりで。
 噛むと汁が「……とこよさん? まだ薄皮がついたままでしたけど……?」じゅわあって広がっ……んん?
「え? 薄皮?」
「はい、薄皮」
「薄皮って、薄くて白い部分のことだよね?」
「はい」
「えっと、うん。ついたままだったね……?」
 それがどうしたんだろう?
「え?」
「え?」
 え? 何?
 何が起こってるの!?
「薄皮がどうしたの文ちゃん?」
「いや、どうしたのって……、剥かないんですか?」
「剥いてどうするの?」
「どうするのって、薄皮は剥くものじゃないですか」
「え?」
「え?」
 剥く? この薄い部分を??
「……薄皮って、剥くものかな?」
「剥きますよ普通」
「ええー!? 剥かないよ普通!」
「いやいや。薄皮ごと食べるなんて、はしたないですよ」
「いやいやいや。薄皮を剥いて食べるなんて面倒臭いよ」
「面倒臭いって……、はしたないですから」
「はしたないかな〜……?」
 薄皮をそのまま食べるのがはしたない、ねえ……。
 いや、うう〜ん……?
「とこよさんも女の子なんですから、もうちょっとですね」
 女の子だから!?
「えっと……まあまあ文ちゃん。蜜柑の薄皮くらい食べたって死にはしないよ」
「それはそうかもしれませんが……。剥いて食べましょうよ」
「ううん……」
 この文ちゃんは頑なだ……。
 でも、はしたないかなあ?
 ……でもまあ、文ちゃんがそう言うならそうなのかな?
「じゃあ、うん。文ちゃんがそこまで言うなら、薄皮を剥いてから食べてみるね……」
 面倒臭いけど……。
「はい、是非そうしてみて下さい」
 うっ、文ちゃんの笑顔が眩しい……!

 

 という訳で。
 私は蜜柑の薄皮に戦いを挑み続けている。
「うあー! もう! ……うすかわ、むきづらいヨ」
「ボっちゃ……コロボックルさんみたいな喋り方になってますよとこよさん」
 薄皮剥くの面倒臭い……。
 この終わりのない戦いに今すぐ敗北したい……。
「うう……撤退させて文ちゃん……」
「遠征じゃないんですからとこよさん。ですからね、ここをこうやって……こう剥くんですよ」
「それはさっきも聞いたって〜」
「あとは慣れですよ。慣れ」
「うう。もう、だめ……」
 ぐで〜ん。
「とこよさんったら、もう……」
「だって〜」
 だってね〜。
「慣れてないから薄皮を剥くのにすごく時間がかかるし。
 それをひとつひとつやるからまたすごくすごく時間がかかるし。
 そうすると蜜柑一個食べるだけでもすごくすごくすごく時間がかかるし。
 もっと、ぱくぱく食べたいよ文ちゃん……」
「考えてることが口から漏れてますよとこよさん」
「おおっと」
 いけないいけない。
 でも、面倒臭いんだよ〜う。
 ……いっそ文ちゃんに見えないような炬燵の影で、こっそり蜜柑を剥いて食べちゃおうかな。薄皮は剥かずに。
 うん。そしてそのまま薄皮をつけたままで口に放り込んじゃうんだ。
 よし。
 そうと決まれば……まずは気付かれないようにぐで〜んとしたままで、そ〜っと蜜柑の籠に手を伸ばして……。
 よしっ、一つ掴んだ!
 ふふっ多分気付かれてない気付かれてない。
 このまま、音を立てないように、そろりそろりと懐に……よし成功!
(蜜柑を炬燵で温めるんですか?)
「気付かれてた!? あと、いきなり伝心使うのはびっくりするからやめて欲しいかな!?」
 うあー! 失敗だー!
 ……この蜜柑は籠に戻そう。
「食べ物で遊ぶのはよくないですよ?」
「ううん。遊びじゃなくて……今のは戦いだったんだよ」
 ……なんで暖かな眼差しで私を見るのかな文ちゃん!?
「ええーいもう! こうなったら普通に食べてやる!」
 もう薄皮なんて知らない! 私はぱくぱく食べる!
「いえ、薄皮を剥くのが普通ですから」
 こうやって蜜柑のお尻に指を入れて。
「いや、私にとっては薄皮ごと食べるのが普通なんだよ」
 薄皮じゃない皮をむきむきして。
「いえいえ、普通は剥くんですよ」
 一房ぱくり!
 甘い! おいしい!
「むにゃむにゃ、ごくん普通は薄皮ごと食べるんだよ多分」
「口に入れたまま喋るのは行儀が悪いですよ。あと剥かずに食べるのも行儀が悪いですよ」
「うん気をつけるね。でも剥かずに食べるほうがおいしい気がするんだよ」
「薄皮の無いほうがおいしくないですか?」
「薄皮ごと食べたほうがおいしいって」
 剥かない方が早く食べれるし。
「……どうやら私達、お互いに相容れないみたいですね。とこよさん」
「そうだね文ちゃん……私達、分かり合うことができないみたいだね」
 ……どういう会話なのかなこれ?
 蜜柑おいしいなあ。
「とこよさん……また薄皮を剥かずに……」
「なにやら揉めてるみたいだけど――!」
「ふえっ?」
「へっ?」
 いきなり襖が開い――
「――喧嘩は止めるにゃ!」
 ――獅子女ちゃん!?
「喧嘩よりもなぞなぞにゃ!」
「なぞなぞ!?」
「なぞなぞ!?」
 じゃなくて。
「べ、別に喧嘩はしてなかったよ!」
 ほらほら、文ちゃんも驚いた顔をしてる! 
「ええ。喧嘩というか、蜜柑の食べ方でちょっと相容れないものがあっただけで」
「相容れないって言い方はどうなのかな……?」
 私が思ってるより気にしてるのかな文ちゃん?
「そうだったのにゃ? よかったにゃあ。じゃあなぞなぞいくにゃ」
「あっ、なぞなぞは出すんだね」
「なぞなぞは出すんですね」
「蜜柑好きの式姫だ〜れだにゃあ?」
 蜜柑好き?
「蜜柑が好きな子って、誰だっけ?」
 今年はこれが初蜜柑だからなあ。蜜柑が好きな子が誰なのか、まだよく知らないなぁ……。
「とこよさん。これはなぞなぞですから、普通に蜜柑が好きな式姫さんを考えてもダメだと思いますよ」
「あっ、なるほど」
「うんうん。文は鋭いにゃ」
「じゃあ……!」
 ……えっと。
「……誰だろう?」
「そうですねぇ……」
 うーん。
 うーーーーーん。
「分からない……」
「仕方ないにゃあ。ヒントはズバリそのまま、『蜜柑好き』にゃあ」
「蜜柑好き。ですか、うーん……」
「うーん、蜜柑好き蜜柑好き、うーーーん、蜜柑好き蜜柑好き……」
「あの、呼びましたでしょうか?」
 また襖が開いた!
 今度は三日月さん!?
「えっ? あっ! ごめんなさい三日月さんじゃなくて蜜柑……あっ! そっか!」
「あっ、そういうことですか!」
 答えが分かったかも!
「そうです! そうに違いないですとこよさん!」
「だよね文ちゃん!」
 文ちゃんも同じ答えにたどり着いたんだね!
「にゃあ」
「えっ、あの、えっ?」
 あっ、三日月さんが戸惑ってる。
「すみません三日月さん。実は今、獅子女ちゃんのなぞなぞを解いてるところでして」
「なぞなぞですか」
「そのなぞなぞと言うのが、蜜柑好きの式姫は誰かという問題で」
「蜜柑好き……」
 あっ、三日月さんが考えてる。
「ヒントは、そのまま『蜜柑好き』なんです」
「蜜柑好きな式姫で、ヒントは蜜柑好き……? うーん?」
 悩んでる。
 当の本人だと逆に気付かないものなのかな?
「……ちょっと思いつきませんね。お二人はもう答えが分かったんですか?」
「はい」
「はい」
 ふふふ。
「どうやら同じ答えが分かりあっちゃったみたいだね文ちゃん」
「蜜柑の食べ方は分かり合えないのに、ですね」
「あはは、そうだね!」
 上手いことを言うなあ文ちゃん。あとやっぱり気にしてるんだね文ちゃん。
「うーん、私はちょっと分かりそうにないので、お二人に答えてもらえないでしょうか……」
「それじゃあ三日月もそう言ってることだし、二人の答えを聞かせてもらうにゃあ」
「じゃあ、文ちゃん」
「はい」
「せーの」
「「三日月さん」です」
「正解にゃあ!」
「やったあ!」
「やられたにゃあ〜!」
 わぁ〜……!
 倒れる振りをしながら炬燵に滑り込む獅子女ちゃんかわいい!
 炬燵でふにゃーんとしちゃってもう。
 顔もふにゃーんとしちゃってもう。
 かわいいなあ。
「あの、蜜柑は確かに好きではありますが、蜜柑好きと言われるほどでもないというか……?」
 三日月さんも戸惑っちゃってもう。かわいいなあ。
「三日月さん。よく聞いてください」
「は、はい」
「蜜柑好き蜜柑好きみかんずきみかずきみかづき三日月三日月」
「あっ」
 おっ、気付いたかな。
「なるほど……!」
「それでは答えも分かったところで、三日月さんも炬燵に入って。一緒に蜜柑を食べませんか?」
「ええと」
「遠慮せずにどうぞどうぞ。あっ、……何か用事の途中だったり?」
「いえ、そういうわけでもなく、ただ通りがかっただけで……。では、その、ご一緒させてもらいますね。……斬らないように斬らないように」
 ああ、なるほど遠慮してたのはそういう……。
「み、蜜柑をどうぞ! あと薄皮は剥いたほうがおいしいと思います!」
「あ、ありがとうございます……!」
 勢いよく蜜柑を剥きにかかってる。斬りたい衝動が少しは発散できたらいいなあ。
「獅子女ちゃんは?」
 蜜柑食べないのかな。
「うーん、柑橘系はちょっとにゃあ」
「そうなんだ」
 そういえば猫って蜜柑ダメだっけ?
「炬燵があれば、それだけでいいにゃあ」
「そっか〜」
 かわいいなあ。
 ふにゃーんとしてて。
 かわいいなあ。
「薄皮を剥けば猫でも蜜柑を食べられるらしいと以前書物で見たような気が……」
 文ちゃんひょっとして薄皮剥いて食べる派を増やそうとしてる……?
「斬りたい、斬りたい……」
 三日月さんが蜜柑を剥きながら息を荒くしてる!?
「お、落ち着いて三日月さん! 刀で斬ったら汁が飛び散っちゃう!」
「ハァハァ……返り血は、気にしませんので……」
「蜜柑の話のつもりだったかな!?」
「返り血……ゴホッ!」
 わー! 文ちゃんがびっくりして血を吐いたー!
 ……これは別に慌てることでもないか。
「ゴホッ、ゴホッ……ではこの薄皮を切ってください!」 
「文ちゃん!?」
「分かりました」
「三日月さん!?」
「炬燵はいいにゃあ……」
「かわいいなあ!」
「では……」
 ひゃう!
 刀が炬燵の上をひゅんと! ひゅんと!
「良い風だにゃあ」
 獅子女ちゃん炬燵にふにゃーんとしたままでいいんだにゃあ!?
「すごい! すごいですよとこよさん! 見てください薄皮が!」
 薄皮よりも獅子女ちゃんが……って、薄皮?
「えっ? あっ、本当だ! 薄皮だけが綺麗にぱっくり切れてる!」
 これならすぐ剥けそう! 
 さすが三日月さんすごい!
 こんな小さくて柔らかい蜜柑の薄皮を、炬燵にふにゃ〜んとしてる獅子女ちゃんは全く意に介さず、一振りで綺麗に切れ目を入れちゃうなんて!
 ……獅子女ちゃんが目に入らなくなってるわけじゃ、ないよね?
「も、もっと……」
「はい! どんどん切ってください!」
「文ちゃん!?」
 文ちゃん何故そんなに目を輝かせて……あっ。
「……本当は文ちゃんも薄皮剥くの面倒だったんだね」
「うっ……ゴ、ゴホッゴホッ!」
 あ。誤魔化した。
「ああ……蜜柑に血がついて……返り血みたいでこれは……」
 まあ、三日月さんも喜んで薄皮を切ってるみたいだし、いいのかな?
 さてと。私は私で普通に蜜柑を食べるとしようかな。
 目の前で刀が振り回されてるのはちょっと怖いけど、三日月さんの腕前なら大丈夫だよね。
 獅子女ちゃん、ずっとふにゃ〜んとしてるなあ。怖くないのかなあ……。
 ……。
「……なんで私の頭に蜜柑を乗せるにゃあ?」
「あっ、ごめんね。つい、かわいいかなあって」
「にゃ〜? まあ、別にいいにゃあ」
 自分から乗っけてくれた……。かわいいなあ。
「ああ……、薄皮の切られた蜜柑がこんなに沢山……」
 文ちゃんも嬉しそうだなあ。
 三日月さんも一心不乱に薄皮を切ってるし、喜んでるみたいだなあ。
「……私も」
 薄皮は剥かないままで。
 ぱくり、と。
 う〜ん、おいしい。