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炬燵と厠と転送の術

Last-modified: 2016-12-25 (日) 05:21:06

冬のある日。
「あのね文ちゃん」
「なんですか? とこよさん」
 炬燵もとうの昔に解禁されていた、寒〜い寒〜いある日。
「最近めっきり寒くなってきたね」
「そうですね」
 私が炬燵に足も腕もすっぽり突っ込んでいた時のこと。
 対面には炬燵に入った文ちゃんがなにやら書物を読んでいた。
「こう寒いとさ」
「はい」
 文ちゃん書物を読みながら相槌をうってる。
 器用だなぁ。
「厠に行くのも行きたくなくなるよね」
「ゴフッ!」
 文ちゃんがびっくりして血を吐いた! ……いや、よく見ると血はほとんど出てない?
 読んでいた書物に血が飛ばないようにしたのかな。
 器用だなぁ……。
「ごほっ、ごふっ! 行きたくなったのなら我慢せず行ってください!」
「そりゃあ、行くけど。寒いなーって」
「はぁ……」
 あっ、ため息を吐かれてしまった。
「……でも、分かります。寒くて厠まで行くのも億劫になるの」
 やったー分かってもらえたー!
「でしょでしょ? 炬燵から出るの辛いよねー」
「はい。廊下を歩く時に冷たい木床に足をつけるのも辛いですよね……」
「あっ、それ分かる! 朝起きた時とか、お布団で暖まってた足がひぁーってなっちゃうよね」
「ええ、本当に。いっそ廊下が畳敷きにならないですかね」
「あはは。それいいかも。不思議と畳はそんなに冷たく感じないしね」
「廊下は木床だから冷たいんです」
「あーあ。廊下を歩かずに厠まで行けたらなー」
「空を飛べたらいいんですけどね」
「空を飛ぶ、かー……はぁ……」
 ぐで〜ん。
 ……炬燵の天板がひんやりしてて気持ちいいなあ。
 でも空を飛ぶかー。
 天仙さんを思い出すなあ。
「……とっても簡単でしょ?」
「天仙さんですか?」
 文ちゃんのくすくす笑う声。あったかい炬燵にひんやりした感触。
 気持ちいいなあ。
「まず宙に浮くことができないんだよねー」
「そうですね。話を聞いていると、とても簡単そうなんですけどね」
「はあ〜ぁ……」
「ふふっ」
 う〜ん。このひんやり感、外の風の冷めたさとは全然違うなあ……。炬燵で暖まりながらひんやりできるからだろうなあ……。
 ……また書物をめくる音が聞こえてきた。文ちゃん書見に戻ったのかな。 
 私もそろそろ厠に行こうかなあ。
 あーあ。
 遠征先に行くみたいに一瞬でびよよーんって厠まで飛んで行けたら――
「――それだ!」
「どれですか急に。今度はどうしたんですか?」
「転送だよ文ちゃん!」
「……あー。何となく言いたいことが分かりました。なのでそれ以上は言わないでも大丈夫ですよ聞きたくありません」
「えーなんでー」
「なんでもなにも、どうせ厠まで転送の術で飛ばして欲しいって言うんでしょうとこよさん?」
「話が早くて助かるよ文ちゃん」
「……」
 そんな嫌そうな顔されるとちょっと心が傷ついちゃうかな!
「あのですね。転送の術を使うのだってなんの気力体力を消費せずに使えるわけじゃないんですよ?」
「うっ……。そ、そうなの?」
「そうです。……前にも言ったような気がするのですが」
 そういえば、出会ったばかりの頃にそういう説明を受けたような受けなかったような……。
「それに、とこよさんが厠に行くたびに私に転送の術を頼むつもりですか?」
「あっ、いや……、そこまでは考えてなかった、かな?」
「嫌ですからね私は。とこよさんが厠に行くたびに転送の術で送り続けるなんて」
「あはは、それは確かにちょっと嫌かもね……。私もそれはさすがにちょっと気が進まないというか恥ずかしいというか」
「とこよさんにもそういう恥じらいがあったんですね。ちょっと驚きです」
 文ちゃんその顔は本気でちょっと驚いてるね?
 なんだろうこの……こうやって驚かれてしまうのが自分でも納得できてしまう複雑な気持ち。
「いやまあ、恥じらいというか、皆から呆れられそうというか……、さすがに文ちゃんに申し訳ないしね」
 私も私もーって言い出しそうな閻魔さんもいるしね。
「分かってもらえたのならいいんです」
「文ちゃんは自分で自分を厠まで転送したりはしないの?」
「えぇっ……。今の私の話聞いてましたかとこよさん?」
「あっ、しないよねそりゃそうだよね、あはは」
「当たり前です」
「でもそっかー。できたら便利だと思うんだけどなー」
「それはそうかもしれませんが……。まあ、そういう人もいるかもしれませんね」
 さて。
「……さすがにそろそろ厠に行こうかな」
「いってらっしゃい」
 文ちゃんさっさと書見に戻っちゃった。うわーんだよ。
「じゃあいってきます」
 うぅ、炬燵から出る時が一番辛いなあ。
 うー寒い寒い。
 そうして部屋の襖を開けてみれば、そこには冷え冷えに冷え切った冷たい板張りの木床の登場なのであった。
 登場なのであった。
 あった。
「……文ちゃん、あのさ」
「嫌です」
「冷たい……」
「風が入ってきて寒いので早く閉めてください」
「はい……」
 はぁ……行くしかないよね。
 ひぁっ……っぅぅ〜!!