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炬燵と厠と転送の術

Last-modified: 2017-07-05 (水) 10:36:51

「あのね文ちゃん」
「なんですか? とこよさん」
 炬燵もとうに解禁されており、すっかり冬になったある日。
「最近めっきり寒くなってきたね」
「そうですね」
 私は炬燵に足はもちろん腕まですっぽり突っ込み、文ちゃんも向かい側で炬燵に入ってなにやら書物を読んでいた時のこと。
「こう寒いとさ」
「はい」
 私が話しかけるのを、文ちゃんが書物を読みながら相槌をうつ。
「厠に行くのも行きたくなくなるよね」
「ゴフッ!」
 文ちゃんがびっくりして血を吐いた、と見せかけてよく見ると血は出てないみたいだな。
 読んでいた書物に血が飛ばないようにしたのかな?
 器用だなあ。
(普通に驚いて(むせ)ただけです!)
 いきなり伝心を使うのはびっくりするから止めて欲しいかな!?
「ごほっ、ごふっ! いきなり何ですか! 行きたくなったのなら我慢せず行ってください!」
 でも、文ちゃんはなんでそんなにびっくりしてるんだろう?
「そりゃあ、行くけど。寒いなーって」
「はぁ……」
 むぅ。文ちゃんが溜め息を。
(とこよさんはなんでそんなに平然としているのですか……)
 文ちゃんの言葉にならない思いまで伝わってくるね。伝心だけどね。
「……でも、分かります。寒さのせいで厠まで行くのも億劫になるの」
 ……よかった〜。
「でしょでしょ? 炬燵から出るの辛いよねー」
「はい。冷たい廊下に足をつけるのも辛いですよね」
「あっ、それ分かる! 床がすっごく冷たいんだよね〜」
「ええ、本当に。いっそ廊下が畳敷きにならないですかね」
「あはは。それいいかも。畳は不思議とそこまで冷たく感じないしね」
「廊下は板張りだから冷たいんです」
「伊邪那岐様に頼んだら畳敷きにしてくれないかな」
「して下さるかもしれませんけど……。必要になる大量の畳を用意するのは、多分とこよさんですよ?」
「うっ……、やっぱ無しで」
「ふふっ。この家は広いですからね」
「あーあ。廊下を歩かずに厠まで行けたらなー」
「そうですね。空を飛べたらいいんですけどね」
「空を飛ぶ、かー……」
 式姫の中には空を飛べる子もいるけど……、まあ無理だよねー。
 はぁ。
 ……こうやって炬燵の天板にだらーんと顔を乗せるのだらーんとできるから気持ちいいなあ〜。
 でも……空を飛ぶと言ったら、真っ先に思い浮かぶのはあれだね。
「……まず宙に浮いて」
「天仙さんですか?」
 文ちゃんがくすくすと笑っている声がする。
「全然簡単じゃないんだよねえ」
 天板のひんやりとした感触がほっぺたに気持ちいい……。
 このひんやり感は炬燵から出た時の寒さとは全然違うのになあ。
「そうですね。そんなに簡単に宙に浮けたら苦労はしませんよね」
「はぁ。ため息が出ちゃうね」
 また文ちゃんがくすりと笑う声がした。
 ……今度は書物をめくる音がした。
 文ちゃん書見に戻ったみたいだな。
 私もそろそろ厠に行こうかな。
 あーあ。遠征先に行くみたいに一瞬でばしゅーんって厠まで飛んで行けたらなー。
「……それだ!」
 ガバッ!
「どれですか急に。今度はどうしたんですか?」
「転送の術だよ文ちゃん!」
「……あー。何となく言いたいことが分かりました。なのでそれ以上は言わないでも大丈夫ですよ聞きたくありません」
「えーなんでー」
「なんでもなにも、どうせ厠まで転送の術で飛ばして欲しいって言うんでしょうとこよさん?」
「話が早くて助かるよ文ちゃん」
 文ちゃんとっても嫌そうな顔になったね文ちゃん。
 そんな顔されるとちょっと心が傷ついちゃうかな!
(そんな事を頼まれたほうの気持ちにもなって欲しいですかね!)
「いきなり伝心を使うのはびっくりするから止めて欲しいかな!?」
「あのですね。転送の術を使うのだって何の気力体力を消費せずに使えるわけじゃないんですよ?」
「うっ……、そ、そうなの?」
「はい。そうです。……最初に会った時にそういう話はしたような気がするのですが」
 ええと、そうだったかな……?
「それに、とこよさんが厠に行くたびに私に転送の術を頼むつもりですか?」
「あっ、いや……、そこまでは考えてなかった、かな?」
「嫌ですからね私は。とこよさんが厠に行くたびに転送の術で送り続けるなんて」
「あはは、それは確かにちょっと嫌かもね……。私もそれはさすがにちょっと気が進まないというか恥ずかしいというか」
「とこよさんにもそういう恥じらいがあったんですね。ちょっと驚きです」
 文ちゃん本当にちょっと驚いてるようだね文ちゃん。
 でも、そうやって驚かれるのが自分でも納得できてしまう複雑な気持ち……。
「いやまあ、恥じらいというか、皆から呆れられそうだからというか……。それに、さすがに文ちゃんに申し訳ないよね」
 私も私もーって言い出しそうな閻魔さんもいるしね。
「分かってもらえたのならいいんです」
「文ちゃんは自分で自分を厠まで転送したりはしないの?」
「えぇっ……。今の私の話聞いてましたかとこよさん?」
 そんなに眉をひそめられるとちょっと心が傷ついちゃうかな!?
(そんな事を言われた私の気持ちも考えて欲しいですかね!)
 ごめん!
「あはは、しないよねそりゃそうだよね、あはは……」
「当たり前です」
「でもそっかー。できたら便利だと思うんだけどなー」
「それはそうかもしれませんが……。まあ、そういう人もいるかもしれませんね。いないで欲しいですが」
 さて。
「……さすがにそろそろ厠に行こうかな」
「いってらっしゃい」
 文ちゃんさっそく書見を再開したね。
 はぁ。炬燵から出る時が一番辛いなあ。
 うぅ、寒い寒い。
 そして部屋の襖を開ければ、そこは冷え冷えに冷え切った冷たい板張りの廊下だ。
「……文ちゃん、あのさ」
「嫌です」
「冷たい……」
「風が入ってきて寒いので早く閉めてください」
「はい……」
 ……大人しく踏み出すしかないね。
 ひゃぃっ……ぅぅ〜!!