葛城

Last-modified: 2024-03-19 (火) 21:54:04
No.203
正規空母だかんね、正規空母!葛城(かつらぎ)雲龍型 3番艦 正規空母
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久48火力0 / 25
装甲27 / 52雷装0
回避34 / 59対空27 / 72
搭載51対潜0
速力高速索敵36 / 70
射程20 / 69
最大消費量
燃料50弾薬45
艦載装備
1825mm連装機銃
2425mm三連装機銃
3未装備
6未装備
改造チャート
葛城葛城改(Lv50+改装設計図)
図鑑説明
雲龍型航空母艦の三番艦、葛城よ。
そう、正規空母。ちょっと生まれるのが遅かったみたい。
でも戦いが終わった後で、私は全力で働いたの。ある意味、私が一番なんだから。
ホントよ?ホントなんだから。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:茅野愛衣、イラストレーター:くーろくろ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

CV:茅野愛衣、イラストレーター:くーろくろ

定型ボイス一覧

イベントセリフ改装段階備考追加


 



 
追加
入手/ログイン雲龍型航空母艦、三番艦、葛城よ!
え?水上防空砲台ですって?
ち、違うわよ!提督(あなた)、何いってんの!
×編集
航空母艦葛城、参ります! 正真正銘の正規空母の力、存分に見せてあげる!×編集
母港*1編集
母港1詳細一番いい艦載機を頂戴よ。わかってる?編集
母港2詳細正規空母だかんね、正規空母!×編集
そうよ、航空母艦! 主力よ主力!!×編集
母港3あっ…そこは格納庫じゃ…ってあなた何してんの!?どういうつもりなの!?バカァ!!×編集
だからぁ、そこは格納庫じゃないって何度言ったらっ……っ! 今日こそは許さないから!!×編集
ケッコンカッコカリなぁに、提督? 私こう見えて結構忙しいんだけど。結構機関がアレだから、色々と整備を…って、ぁあ、あの…ありがとう! 私っ…!編集
ケッコン後母港提督…ね、補給と艦載機さえあれば私だって…え、なに? そんなに優しい目で見ても、なにも…何も出ないんだからね! もう!編集
放置時そっかそっか、これが流星改ね。うんうん。話には聞いていて…んでもってこれが烈風…いいじゃない!私にピッタリ!えっ?編集
編成出撃編集
編成航空母艦葛城、準備は万全よ。出撃するわ!×編集
航空母艦葛城、艦載機隊も万全です! 改飛龍型の本当の力、見せてあげる!!×編集
出撃機動部隊旗艦葛城、抜錨する!…くぅ~言ってみたかったんだぁ~編集
開戦・攻撃*2編集
戦闘1昼戦開始よぉし、敵艦隊を見つけたわ!稼働全艦載機、発艦はじめ!×編集
よぉし、敵艦隊を発見! いっくわよぉー! 攻撃隊、稼働全機発艦、はじめ!×編集
戦闘2昼戦攻撃敵発見!全高射砲は…ちっ違う、回せー!攻撃隊、直掩隊、発艦準備!編集
戦闘3夜戦開始追撃かぁ…深追いは禁物なんだけど時には必要か…よし、いっけー!編集
戦闘4夜戦攻撃攻撃隊、発進!かっ、葛城は空母なんだから!編集
戦闘時ステータス*3編集
小破やだ?!飛行甲板は無事?!誘爆を防いで!沈む気なんて…ないんだからね!編集
中破/大破くらっちゃったか…でもまだ機関部は無傷!これなら航行には問題ないわ!編集
轟沈なるほど…これが沈むってことか…冷たいわ…あと、寂しい…バイバイ、みんな…編集
戦闘終了*4編集
勝利MVPえっ…私…?葛城が一番ですって…?…そう…ふぅん…ありがとう…そう…×編集
また私かぁ。悪いわね、葛城ばっかり一番貰っちゃって。ごめんね?×編集
旗艦大破こんなとこで……この葛城は沈んだりしない! こんな攻撃なんて……!編集
装備・改修*5編集
装備1改修/改造ま…まあまあの装備じゃない?うん。編集
装備2よぉし、これなら戦える!嬉しいわ。編集
装備3改修/改造/開発/バケツ/遠征/発見全力で行くわ。編集
その他編集
帰投作戦完了。艦隊帰投よ、お疲れ様!編集
補給貴重な補給ありがとう。よぉし、また行くわ!編集
入渠(小破以下)お風呂入るわ!あなた…絶対のぞかないでよね!編集
入渠(中破以上)ふぅ~ちょっと長湯になっちゃうかも…ごめん、お風呂行くね。っ!覗いたら殺す!編集
建造完了新戦力が加わるって!楽しみ!編集
戦績表示そうそう!情報は絶対大事よね!一緒に確認してみよ?編集

各ボイス項目の詳しい説明はこちらをご覧ください


時報ボイス一覧

時刻セリフ改装段階備考追加


 



 
追加
00えっと、今日は私…航空母艦葛城が、あなたの秘書艦をやってあげる。何よ文句あるの? 時報任務くらい余裕よ、余裕!×編集
01マルヒトマルマルよ、いい? 聞いてる? あ、そう? ならいいの…よし!×編集
02マルフタマルマルよ! って、貴方聞いてないでしょ私の時報?! …そう? ホントに? …ならいいけど。×編集
03マルサンマルマル…って、ほら! やっぱり聞いてないじゃない!! さっきから何やってんのあなた?! …って、え? 料理?×編集
04マルヨンマルマルよ。なに、私のために夜食を? その鍋焼きうどん…や、やだ、ありがとう。え、美味しいけど…なんで?×編集
05マルゴーマル……え? 姉さん達に比べて、出るところが出てないからいっぱい食べろって? …~っ!! 上等じゃない、言い残すことはあるかしらっ?!!×編集
06マルロクマルマルよ。はぁ、まったくあなたって、一体私達のどこを見てんの? そんなんじゃ性能は比べられないのに…もう、まったく!×編集
07マルナナマルマルよ。一通り怒ったらお腹すいちゃった。あなた、朝ごはんも作ってよ? いいでしょ? 罰よ、罰!×編集
08マルハチマルマル。やだ、あなたの作った朝食…美味しい! 一体誰に習ったの?! え、天城姉ぇ? マジでっ?!×編集
09マルキュウマルマルよ。まったく嫌んなっちゃう! でも、空母としての能力は、料理じゃ決まらないわ。そもそも空母って…っ!×編集
10ヒトマルマルマルよ。はっ、瑞鶴先輩?! い、いつもお疲れ様です! …はぁ、緊張したぁ。だって、あの瑞鶴さんだもん。憧れの!×編集
11ヒトヒトマルマル。え、なに? そうよ。私の憧れは、何と言っても瑞鶴さん! いいよねぇ~、あの迷彩も好き! 私もお揃なの!×編集
12ヒトフタマルマル。もうお昼じゃない?! あなたは、今日はお昼はどうするの? 間宮さんとこ行く? それとも…う~ん…×編集
13ヒトサンマルマル。たまには、港の外にでるのもいいわね。ちょっと半舷上陸気分♪ …はっ?! べ、別にデートとかそんなん違うからっ!×編集
14ヒトヨンマルマルよ。もう、何勘違いしてんの? 馬鹿みたい、ほんと…でも、あの洋食屋さん…美味しかった。ま、また行ってもいいけど?×編集
15ヒトゴーマルマル。あ、天城姉ぇ元気? うん、私はいつでもバッチリ! ほら、飛行甲板も、噴進砲だって、整備は万全!×編集
16ヒトロクマルマルよ。え、なに? 対空射撃? それは、十八番中の十八番よ。 なに? 今からやってみせようか? 結構派手なんだから♪×編集
17ヒトナナマルマル。そんなことやってたら、もう夕方じゃない。はぁ、出撃や遠征も…もぅ。 あ、明日からちゃんとやるから!×編集
18ヒトハチマルマル。もう夕食ね。えっと…簡単なもので良ければ、私が作るわ。塩の握り飯、沢庵、菜葉のお味噌汁でいいわよね?×編集
19ヒトキュウマルマルよ。どう、私の塩握り飯? 塩加減が絶妙だったでしょ?! そうよ! これはこれで、高い練度が要るんだから!×編集
20フタマルマルマル。私だってね、いつかは機動部隊の中核を担って、外洋に打って出たいって思ってるんだから。ほんとよっ!×編集
21フタヒトマルマル。じゃあ、あなたの夢はなんなの? 聞かせてよ、いいじゃない? ぇ、そうなんだ…へぇー、ふぅ~ん…そうなんだ。×編集
22フタフタマルマルよ。…っ、うん♪ え、上機嫌じゃないかって? そ、そんなことないわ! 普通よ! ふ・つ・うっ!! ……ぇへへへっ♪×編集
23フタサンマルマル。さ、今日もそろそろ看板ね。あなたもお疲れ様! 明日も早いから少し休みましょ? え、休めないのっ?!×編集


季節ボイス一覧


イベントセリフ改装段階備考追加


 



 
追加
桃の節句編集
春の訪れ編集
ホワイトデーもちろんお返しはくれるんでしょ? …なにがって、そりゃチョコのお返しでしょ?! チョコのっ!!編集
編集
春本番編集
梅雨編集
初夏編集
編集
盛夏編集
夏祭り編集
なんか、秋ってもの悲しくない? 何となく。えぇ? 天城姉ぇは秋好きなの? なんで?編集
秋刀魚編集
晩秋編集
ハロウィン編集
秋のワイン編集
編集
師走編集
クリスマスクリスマス…か。悪く無いわね、この雰囲気。これが、シャンパン? …そう編集
年末そろそろ年の瀬ね。格納庫も大掃除しなきゃ…って、コラ! 手を突っ込むなバカァ!編集
新年新年あけましておめでとう、今年も機動部隊の中核としてガンガン頑張るわ!編集
節分節分かぁ。…雲龍姉ぇと天城姉ぇに豆投げる感じでいいかな? …って、よくないよくない!編集
バレンタインチョコ、ほしいの? ん~…一応用意したけど…ほんとに? 仕方ない、あげるわ!編集

二周年記念編集
三周年記念そっか、今日は私達にとって大切な日ね。あなたにとっても、そうよね? ねぇ?編集
四周年記念編集
五周年記念編集
六周年記念編集
七周年記念編集
八周年記念編集


ゲームにおいて

  • 2015年4月28日に開始された2015年春イベント「発令!第十一号作戦」のE-2をクリアすると入手できた。
    • 2016年8月12日開始の2016年夏イベント「迎撃!第二次マレー沖海戦」にてE-4-Iマスのドロップ枠に初めて登場した。
      ちなみに、長期にわたり入手手段がなかったことで有名なPrinz Eugen秋月、姉妹艦天城をはるかに上回る1年半を経てやっとの入手手段解禁である。
    • それから再び1年以上の時を経て2017年11月17日開始の2017秋イベント捷号決戦!邀撃、レイテ沖海戦(前篇)にてドロップした。
      ドロップ設定されていたE-1-Lマスは周回コストや難易度が低かったため、戦艦、空母などの大型艦が出撃不可・道中マスという条件ながら多くの提督が殺到したようだ。

  • 他の姉妹と能力に微妙な差異はあるが、ほぼ誤差の範疇。各スロットの搭載量は改造後も含めてまったく同じ。
    運が姉妹艦で最も高いのは、大きな損傷もなく終戦を迎え、復員船としての勤めを全うした史実からか。
  • 改造前は他の雲龍型同様艦載機は1個もない。もちろん改造すると持ってくる。設計図が必須な点も同様。

キャラクター設定について

  • 姉達(雲龍天城)と比べると胸部装甲が少し貧弱。あの末妹を彷彿とさせる。
    • ただし開口部は多め。
  • 最近の傾向と一致するものの、全体的に台詞一つ一つがとにかく長い。
    特に戦闘中は自分の番どころか戦闘終了時まで終わらないこともある。
  • 入手台詞では文中で「提督」と書かれているところを「あなた」と読んでいる。正妻空母だかんね、正妻空母!

艦歴

年表

クリックで開きます
194212.8呉工廠で起工。
19441.19進水。
10.15竣工。
迷彩を施したり島に偽装したりして、本土決戦に向けて温存されていた。
19457.24呉軍港空襲。飛行甲板に被弾。
7.28
10.20除籍。連合国軍によって武装解除されたのち、復員船となる。
12.~葛城による復員輸送が開始される。
1年の間に8度の航海を経て、計49,390名の復員輸送を行った。
194611.20復員船の指定解除。
12.22日立造船桜島工場で解体開始。
194711.30解体完了。

日本海軍最後の空母、葛城誕生

  • 雲龍型航空母艦の3番艦。日本海軍が最後に完成させた空母である。雲龍型は他に笠置・阿蘇・生駒が建造中、鞍馬が建造開始前の状態であったが、戦況悪化のため建造中止となった。
    • 進水日で比較しても、実装済みの艦の中で葛城より後に進水した艦は遅い順に酒匂伊14伊401清霜のみであり、重巡以上の大型艦の中では最も遅い。
      笠置・阿蘇・生駒は進水は済ませていたものの、竣工前に建造中止となったため、竣工までこぎつけたのは葛城までとなっている。
  • 呉海軍工廠にて、第5003号艦の仮称を与えられて1942年12月8日に起工。1944年1月19日に進水し、佐世保鎮守府へ編入。同年10月15日竣工。天城と同様、
    起工から竣工まで僅か1年10箇月という急造艦であった。要目は排水量1万7260トン、全長227.4m、全幅22m、飛行甲板全長216.9m、出力10万4000馬力、
    重油3670トン、最大速力32ノット、航続距離18ノットで8000海里、乗員1500名。常用51機の艦載機を有し、内訳は艦上戦闘機18機+補用2機、偵察機6機、
    艦攻27機。烈風、流星、彩雲と次世代機を運用する予定だった。艦長の手記によると、橘花の運用も視野に入れられていたという。
    • 超突貫工事であったためか、彼女も進水式でトラブルを引き起こしている。翔鶴初霜と同じく、進水式失敗勢である。呉のドックから曳船が
      引っ張り出そうとしたところ、沈めてあった盤木が突如浮上してしまい、曳航用のロープがそれに絡まって引き出せなくなる騒ぎとなったのである。
      慌てた責任者は舷側でスッ転び、軍楽隊は船体が出て行くまで脂汗を流して「軍艦行進曲」を十数回も繰り返し演奏する羽目になった。
      天皇の名代として参列された高松宮宣仁親王殿下もさすがに退屈され、式典が終わった後に「今日はあらゆる余興を見せてくれたね」と担当者をからかわれたという。
  • 本来なら搭載するはずの機関の生産が遅れ、陽炎型の機関を積んで完成させた。と言われていたが、当時の技術将校の記述や戦後の米軍の調査によって、葛城と妹の阿蘇の
    主機は秋月型のタービン二隻分であったことが分かっている。*6なおこの主機は駆逐艦用に造られたものを横取りしたわけではなく、
    葛城用に製造された専用のものである。そのため、雲龍天城と比べると速度が遅い。
    • 最大速力は34.0ノット→32.0ノット(-2ノット)、機関出力は152,000馬力→104,000馬力(-48,000馬力)に減少。
  • 雲龍天城とは対空火器の種類等に差が見られる。
    • 12cm30連装噴進砲の搭載。
    • 対空機銃座の形状が、簡易化により半円形ではなく半六角形となっている。
    • 爆弾や魚雷は、信濃や大鳳で採用された、飛行甲板まで揚弾される専用の揚弾筒で給弾。
    • 砲弾に対する舷側装甲についてはその必要性が薄れたことより装甲厚が薄くされ、その分水面下の装甲に重量が割かれた。

遅れてきた主力艦

  • さて、1944年10月15日に竣工した葛城は、天城とともに一航戦最後の主力空母を務めた。しかしレイテ沖海戦後の事であり、搭載する航空機も空母に発着艦できる熟練搭乗員も払底していた。更に戦争末期の燃料不足も重なり、作戦活動には従事せず、呉や柱島等を往復。本土決戦に備えて温存されていた。
    11月15日、米潜水艦バーブとクイーンフィッシュが五島列島南方で「葛城を発見した」と報告しているが、これは隼鷹の見間違いである。11月27日、天城とともに岩国を出発して演習を実施。
    • 一応、レイテ沖海戦後も天城と組んで航空隊を載せ、機動部隊の再建を目指し瀬戸内海で練習航海を続けていた。ただしそれも1945年の2月までである。
      • なおこの時葛城(または天城)で訓練をしていた六〇一空のパイロットは「葛城は着艦時の視界が良好で着艦が容易である」と語っており空母としては中々好評であった。
        雲龍型は飛龍で不評だった艦橋配置が右舷に変更され、また艦橋が飛行甲板の内側に食い込んでいた翔鶴型や大鳳に比べて飛行甲板の外側に張り出す形となっているため、艦載機の発着には有利に働いたようだ。
        また雲龍型は、着艦フックを母艦の着艦制動装置に引っかけられずにオーバーランした機体を制止する装置を前部エレベーターの前方に移設している。従来の正規空母は前部エレベーターの後方に着艦制止装置があったのだが、着艦区域を少しでも延長して着艦に不慣れなパイロットに対応するための改良だった。ただしこれは、着艦作業中に前部エレベーターが使用不能になるという代償を伴うものでもあった。*7
         
  • 1945年1月、鹿児島沖で公試を行ったのを最後に呉軍港へ係留。2月4日から3月19日にかけて呉工廠に入渠した。敵軍の硫黄島侵攻に伴って第601航空隊が取り上げられ、葛城は航空隊を失った。派出された第601航空隊は特攻を行い、護衛空母ビスマーク・シーを撃沈したとされる。そして3月19日、呉軍港空襲に巻き込まれる。
    葛城には噴進砲が搭載されており、これが効果抜群だった。噴進砲が起こす猛烈な炎と煙は、命中せずとも米軍機パイロットを恐怖させ、雷撃と投弾の機会を奪った。このため空母は最優先攻撃目標になっていたにもかかわらず、10機程度の攻撃に留まった。しかし右舷艦首部に直撃弾を受け、乗員1名が死亡。3名が負傷した。
    さらに九四式高射装置が破損し、以降は機銃手の目視による射撃をしなければならなかった。空襲後の3月24日、三ツ子島への回航を命じられ、翌日移動。北東端に係留され、左舷側を陸岸に寄せた。そしてカムフラージュ作業が始まった。
  • 4月6日、水上特攻に赴く戦艦大和と軽巡矢矧から退艦してきた若手の候補生を収容。4月13日にカムフラージュ作業は完了。飛行甲板は偽装網に覆われ、木や家を用意してあたかも陸地の一部であるかのように見せかけた。電力は地上送電してもらっており、いつでも機関を始動させられる状態だった。
  • その後しばらくは軍港への攻撃は無く、市街地を狙った空襲が続いた。飛来するB-29や米艦載機を相手に対空射撃を行ったが、大して戦果は無かった。

葛城の終戦

  • 呉市の三ツ子島に対空砲台として係留されてからは、飛行甲板に家屋や道路を設けるなど島の一部を擬装していたが、米軍にはバレバレだったようで、7月28日の呉軍港空襲
    爆弾3発が命中し中破。飛行甲板がめくり上がり、空母としての機能を喪失した。だが対空砲で天城を攻撃した敵機を撃墜するなど、タダではやられていない。
    • ただし擬装の効果が全く無かったか、といえばそうとも言い切れず、少し前の7月24日の空襲では僅か10~12機の急降下爆撃機から攻撃を受けたのみで無傷だった。
      集中攻撃を受ける天城を尻目に殆ど攻撃を受けていない葛城の写真や映像が多数残されている。すぐ近くでは伊勢青葉も大破着底しており、葛城の被害が
      比較的軽微だったのは、擬装のおかげとも考えられる。

戦後

復員輸送任務へ

  • 戦中はまともな活躍が皆無だった葛城であるが、戦後最大の功績をあげる。復員輸送任務である。
    • 呉軍港空襲にて甲板に大破孔という被害を負った葛城であるが、機関部・艦体・艦橋などには大きな損傷はなく、輸送能力・航行能力にはなんら問題ない状態で終戦を迎えたため、戦後は最大規模の復員船として起用された。そのシーンがカラー映像として残されている。(10:32-)

決死!復員船葛城を始動せよ

  • 復員船指定後、格納庫に仕切りを作って居住区にしたり、飛行甲板に通風孔を設ける*8などの改装を受ける。これにより約3,000名の収容が可能となった。
    しかし破壊された飛行甲板は修理されなかった。
    • 輸送能力の高さ・航続距離の長さ・高速艦という空母としての特徴を最大限活かし、ブーゲンビル島やラバウルなどの遠く南方方面、そしてシンガポールや仏印などの東南アジアの復員輸送を担当した*9
  • 葛城が特別輸送艦に指定された際、一部の整備マニュアルを製造所の控えともども終戦時の機密処分の際に焼却してしまったことが発覚。
    一時は運行どころか長らく使っていなかった機関を再始動させることもできない状態であったが、葛城のすぐ近くで横転着底している天城から整備マニュアルを持ち出し事なきを得た。
    • 葛城機関科の決死隊が命綱と防毒マスクを装備し、干潮時を見計らい天城に侵入。
      なんとか整備マニュアルを持ち出すことに成功した。
  • どうにか動かす事に成功したものの、当時の乗組員は僅か47名*10であり、一度に数千もの人間を復員させるのには到底足りない人数だった。
    そこで佐世保復員局は1945年11月に人事発令をし、23名を補充する事にした…のだが、20名が逃亡。ちゃんと来た3名も、1名が階級詐称、もう1名が軍楽兵曹でありながら主計兵曹と詐称する始末。
    結局葛城から分隊長が派遣され、佐世保・呉の復員局と交渉の後、機関科員のみ定数の80%を確保、どうにか航行が可能となった…のだが、これまた採用者の40%が身分を偽った航空兵と整備兵だった。どうやら明日の食事にも困っていたようで、機関科の募集に応じたんだとか。

葛城と5万の復員たち

  • このように様々な苦労があったが、1945年の12月いよいよ復員輸送が開始された。葛城最初で最後の外洋航海であり任務であった。
  • 葛城を見た復員兵の多くは「日本にはまだこんな巨大な艦が残っていたのか!」と驚き大いに励まされたという。
    また日本の兵士だけでなくオーストラリアを始めとした連合国の兵士もその巨大な船体を見て驚かされた。
  • 葛城で復員した人の中には、南方各地を慰問していた途中で敗戦となり、インドネシア共和国の捕虜となっていた、「青い山脈」で知られる歌手の藤山一郎もいた。
    彼の復員の際には艦内にてコンサートが催され、復員兵達を大いに盛り上げた。
  • 東南アジア方面の復員を行った際にはあの「加藤隼戦闘隊」で有名な飛行第64戦隊の隊員を復員させている。
  • なお、復員輸送時に葛城艦内で出された艦内食の雑炊、別名「猫のヘド」を乗組員の一人は大変不味かったと語っている。
    終戦時日本内地にいて食事もできていた葛城乗組員は疲れていても食べたくなかったそうだが、南方の孤島に取り残され、食えるものはなんでも食った引き上げ者達は味については何も言わず全部食べた。
    • だが、水のように薄い粥には不満が溜まっていた。乗組員達は毎食山盛りの白米を食べ、また乗組員の知り合いがいる引き上げ者は缶詰や乾パンをもらっていたが大部分はろくに食べられなかった。
      そこに引き上げ者一人あたり一日400g分の米があることわかり、さらに内地入港後適当に横流しするという噂が流れたから引き上げ者がいた格納庫内は騒然となった。
      このままでは一騒動起きるため、引き上げ者の代表8名が幹部室へ乗り込み、葛城側の6名と交渉することとなった。なお葛城側は真新しい防空服に顔は紅色でふっくら、一方引き上げ者側はよれよれの上着にやせこけ、マラリアで青黄色の顔と同じ元海軍士官とは思えない有様であった。
    • 葛城側はブインは食糧難で栄養失調であるから粥にしてるのだと説明したが*11、オーストラリア軍の捕虜であった6ヶ月間食料が配給されており栄養失調ではないと反論、それに対し葛城の炊飯能力では毎食5000人分はつくれない、あの程度で我慢していただかなければとの返事であった。
    • 会談は1時間あまり続いたが、葛城側はああ言えばこう言うでついに引き上げ側が「我々は3年間食物もろくにない最前線で苦労してきた。これに対し先程からの態度はいったい何だ。もし便乗者の糧食をけちるなら俺たちにも考えがある。陸戦隊員だって皆もとは艦のりなんだぞ」と立ち上がりかけたところ、待ってくれと叫びながら引き止めた。
    • やっと話し合いがまとまり次のように決まった
      1.引き上げ者用の糧食はちゃんと支給する。乗組員の分はそれより多いが勤務についているということで納得すること
      2.船の炊事員が手不足だから引き上げ者側から炊事当番50人を出して応援すること、応援者には一日あたり乾パン6枚を増配する
      3.炊飯釜の能力が不足しているので引き上げ者側は毎食2組に別れること
      表面上はこれで解決したが相変わらず闇取引が横行していたのであった。
    • この後も引き上げ者には米130gと梅干しだけ、乗組員は山盛り食べており炊事所にいけば一杯20円で売っていたのであった。
    • こんなことから悪評が広がり誰がつけたか地獄船と呼ばれるようになったのであった。こすい守銭奴の悪党キャラにならなくてよかった
  • 様々なこともあり約1年間、8回の復員航海により、南方からの約5万人が故郷の地を踏む事ができた。彼女が「戦いが終わってから全力で働いた」戦果であり「ある意味一番」と誇るのもこれが理由であろう。
    • 現に米国側は日本の復員輸送について高く評価している。米国側は復員には少なくとも4~5年は掛かると考えていたのである。しかし葛城をはじめとする日本側の尽力により約2年で復員を終えることができた。
    • 本ページでも、お祖父様や親類縁者が葛城で復員できたという書き込みが散見される。
      もし、貴方の縁者で外地から引き上げてきた経歴を持つ方がおられれば、一度確認してみるのもいいかもしれない。もしかしたら貴方も葛城に関係している・・・かもしれない。

葛城の最後

  • 葛城は復員が収束し出した1946年11月20日に特別輸送艦の指定を解かれ、同年12月22日に日立造船桜島工場にて解体に着手、翌1947年11月30日に解体が完了した。
    • 国土地理院の「地図・空中写真閲覧サービス」解体中の葛城(と思われる艦)の姿が見られる。既に飛行甲板は無く船体のみである為断定することは出来ないが、周囲との比較から推定される全長は220~230m。葛城の全長は227mでほぼ一致することに加え、写真が撮られたのが解体期間中の1947年5月10日であることから葛城であるとみて間違いはないだろう。
    • 余談になるがこの桜島工場、所有していたドックが100mに満たない駆逐艦や水雷艇、砲艦等小型艦艇用のものばかりであったため200mを超える葛城の巨体を所有する最大のドックでも収容できず、安治川上で解体作業が行われている。*12
    • なおこの桜島工場跡地は現在、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンになっている。

小ネタ

  • 「カッコいい海軍さん」のイメージが強い士官用の二種軍装(無良提督が着てるアレ)に用いられる生地には葛城織(かつらぎおり)という名前がある。
    木綿の太い糸で織った厚手の綾織生地で、丈夫な上に綾が45°以上の急角度で交差しているために水滴や雨粒程度なら染み込む前に流れやすく、波飛沫をかぶることが多い海軍さんにはもってこいな生地であるが、反面水にドブ漬けすると強度が下がる、というデメリットがある。強いのか弱いのかどっちやねん…
    同じく厚手の生地であるデニムは、アメリカ海軍では長いこと水兵の作業着にベルボトムのジーンズ(上衣はダンガリーシャツ)を用いていたこともありこういうところでも妙な縁がある。

「葛城」の名

  • 艦名は、奈良県と大阪府の境にある葛城山(大和葛城山)に因む。(標高959.2m)大阪府の最高峰でもある。
    • 水越峠を挟んで隣りに金剛デース山がある。また葛城山の北には妹になる予定だった生駒山もある。
      • この一帯の山々を総称して「金剛山地」と呼ばれる。最高峰が金剛山(1,125m)、次いで大和葛城山、岩橋山(658.8m)、二上山雄岳(517m)など。
        どの山も大阪や奈良から近く、登山道なども整備されているため比較的登山客が多い山である。
      • ちなみに、鎌倉時代ごろまでは岩橋山、大和葛城山、金剛山をまとめて「葛城山」(かずらきやま。葛木山とも書く)と呼んでいた。
        金剛山の山頂にあるのも「葛木神社」であり、現在でも金剛山地を「葛城連山」と呼ぶことがある。
    • 大阪府と和歌山県の境にも葛城山が2座あり、それぞれ和泉葛城山、南葛城山と呼ばれている。
      ただ、大和葛城山の方が知名度が高く、単に葛城山と言えば普通は大和葛城山の方を指す。
    • 葛城山へは近鉄が運営する葛城山ロープウェイでアクセス可能。奈良県御所市の近鉄御所駅からロープウェイ乗り場までバスが出ている。
      • 葛城山は「葛城高原」とも呼ばれ、山頂付近にはツツジが多数生えている。見頃は5月上旬~下旬。
        山頂には日帰り入浴施設や宿泊施設、キャンプ場などもある。
      • ちなみに、このロープウェイで運行されてる車両の名前は「はるかぜ」(神風型)と「すずかぜ」(白露型)。何の偶然か、ここでも駆逐艦二隻が葛城の主機となっている。
      • さすがにこれが陽炎型の名称なら出来すぎの話だが、温暖な内陸県である奈良県では、海にちなんだ名称や雪風など、そのほとんどが使えそうになく、かろうじて使えそうなのは「まいかぜ」「はぎかぜ」あたりか?
    • 葛城は大和と並んで奈良盆地南西部にかつて存在した旧国名でもあり、古代豪族葛城氏の本拠地である。中世には高天原は金剛山麓、大和葛城山麓に広がる葛城地域にあると考えられていた。また、天岩戸は葛城山中にあるとも考えられていたようだ。
    • 葛城という艦名の艦は2代目。
      初代は1887年に就役し、日清・日露戦争に参戦したスループで、同型には大和、武蔵があった。
    • 戦後の海上自衛隊で「葛城」もしくは「かつらぎ」の艦名を継承した艦艇は存在しないが、海上保安庁の大阪海上保安監部所属の巡視船で2代にわたって「かつらぎ」の船名が使用されている(初代:PC-104・あかぎ型巡視船4番船1988年3月竣工、2代:PC-109・たかつき型巡視船2番船1993年竣工)。*13
    • 一部書籍では艦名候補に「岩木」などが上がっていたと記されている。
    • 他に葛城の名前を受け継いだものに関しては次節参照。

「かつらぎ」一瞬の煌き~近鉄の「継続戦争」

国鉄~JRの列車に命名されたことはないが、近鉄特急の復活とともに名阪連絡特急の名古屋方列車に「かつらぎ」が命名された。

国鉄~JRの列車に命名されたことはないが、近鉄特急の運転開始とともに名阪連絡特急の名古屋方列車に「かつらぎ」が命名された。

  • 当時、近鉄名古屋線は国鉄と同じ1,067mm狭軌であり、伊勢中川を境に1,435mm標準軌の他路線と分断されていた。
  • これは実に昭和22年のことであり、路線の運行自体が綱渡りという状況にもかかわらず、状態のいい車両をかき集め、特急用として整備し、運行開始にこぎつけたのである。
    • もっとも、この翌年に有名な「生駒トンネルノーブレーキ事故」こと近鉄奈良線列車暴走追突事故を起こしてしまい、世間の避難を浴びたりもした。ただ、この手の事故は平成12年にも京福電鉄が越前本線(現・えちぜん鉄道)でやらかしているが……
    • もともと近鉄は、かの大東急と同様、戦時合併を繰り返して路線網を広げた会社であった。大東急はこの翌年の昭和23年、小田急が謀反を起こし解体に至っている。
      一方の近鉄も、旧南海鉄道の路線を高野山電気鉄道*14に譲渡させられるなど戦後処理でごたついていた。
      そんな中、名阪連絡特急の運転開始は近鉄にとってまさにその存続をかけた「戦争」であった。
  • 当然、運転開始直後から改軌問題が浮上する。一時期は国鉄・名鉄との連絡を意図して、名古屋線側に合わせて1,067mmに改軌するという話も持ち上がり、一部の大阪線用車両はそれに備えて標準軌であるにもかかわらず狭軌用モーターを装備して落成した車両もあった。
  • そんな最中の昭和34年9月、伊勢湾台風が襲来。名古屋線は各所で寸断される大被害を受けたが、これで一気に1,435mm改軌を実施することが決まり、人海戦術を駆使した2ヶ月の突貫工事が実施される。
  • そして昭和34年12月12日から名古屋線改軌が完了し直通運転となり、それまで上本町方だった「すずか」とともに今なお近鉄黄金期の象徴として名高い10100系ビスタカー*15に「かつらぎ」の愛称名が掲げられていた。しかし翌年1月20日の白紙ダイヤ改正とともに近鉄特急の列車愛称は廃止となり、まさに一瞬の煌きだった。
    • 「近鉄の戦後」をかけた戦いの終幕を見届けて走り去った「かつらぎ」は、艦名「葛城」に通じるものがあるのかもしれない。もっとも、近鉄にはこの5年後、さらなる試練が待ち受けているのだが……

憧れの先輩

  • 葛城が瑞鶴の事を尊敬しているのは、雲龍型自体がマリアナ沖海戦で翔鶴大鳳飛鷹が戦没し機動部隊が壊滅した後に就役した事も大きいのであろう。
    マリアナ沖海戦は1944年6月、葛城の竣工は同年10月、雲龍ですら8月の竣工である。その雲龍竣工の時点で、既に緒戦からの主力の生き残りは瑞鶴のみだった。
    • 葛城からすれば、瑞鶴は真珠湾まで攻めた主力空母6隻最後の生き残りにして歴戦の武勲艦なのだろう。もっとも、その瑞鶴も葛城竣工から数日後にはエンガノ岬沖に出撃、そのまま還ってこなかったのであるが…。
    • また葛城竣工の1944年10月15日当時、瑞鶴は最期の出撃に向けて瀬戸内にて訓練中であったため呉に居た。葛城は呉海軍工廠にて竣工*16したため、葛城にとっては唯一その目に焼き付けることのできた正規空母が瑞鶴であった。
  • 雲龍型は他にも同じくマリアナ生き残りの龍鳳とも何かと縁がある。

「ちっ違う、回せー!」

  • 攻撃時に「回せー!」というセリフがあるが、これは「艦載機のエンジンを回しておけ」という意味である。
    当時の戦闘機のエンジンは、機体内部のイナーシャスターター(inertia=慣性。要は「はずみ車」)というパーツに回転の慣性を蓄積し、それをエンジンに伝えて始動するという仕組みであった。
    その為、エンジンをかける準備段階として機体の外からクランク棒を差し込み、イナーシャスターターの回転に勢いがつくまで回し続ける必要があり、エンジンをかけるのも一苦労だった。
    また、いざエンジンがかかった後も、しばらく暖機しておかなければ安定した飛行ができなかった為、敵機発見の時点でエンジンをかけておかなければ迎撃が間に合わなかった。
    エンジン始動解説:実演
    • 因みに現代でもレシプロエンジンの始動は似たようなもの。違いはスターターがモーター等で自動化されているくらい。暖機も当時と比べれば時間を要しなくなったが依然として必要性は高い。

その他

  • 同じイベント内で実装された高波と合わせて、阪神タイガースネタが出ることも。どちらも阪神に所属していた選手の名前である。現役のタイガース選手には大和(外野手)もいる。
    • さらに、2016年に入ってそこに望月が仲間入り。しかもまた阪神。
    • 衣笠加賀明石金剛などと組み合わせてプロ野球選手艦隊も組めるように。
  • 余談だが瑞鶴メインのノベライズ『鶴翼の絆』の作者である内田弘樹氏は元から雲龍型のファンで艦これをプレイした時から葛城の実装を楽しみにしていた。そして喜びのコメントも残している。

戦歴

折りたたみ
  • 大日本帝國海軍が建造した雲龍型航空母艦3番艦。開戦前に策定された昭和16年度戦時建造計画に排水量1万7150トンの中型空母が含まれており、これが雲龍型の原案となった。設計は飛龍のものを流用。防御力は低いが排水量の割に搭載数が優れていたのと、圧倒的物量を持つ仮想敵アメリカに対抗するため新規設計する時間が無い事が理由だった。運用上不便である左艦橋を右に改め、量産性優先のため3基あるエレベーターを2基に減らしたものの新型機に対応できるよう巨大化、対空兵装と航空艤装を強化するなど実質改飛龍型であった。大東亜戦争開戦により造船所の工事が多忙を極めたため、開戦前に策定されていたにもかかわらず起工が遅れた。しかし1942年6月のミッドウェー海戦で正規空母4隻を失ってからは空母の補充が急務となり、昭和17年度戦時艦船補充計画(改マル五)で雲龍型中型空母15隻の建造が計画された。ミッドウェーで得られた戦訓も設計に盛り込まれ、飛龍とはかけ離れた性能となっていった。
     
  • 1942年12月8日、第5003号艦の仮称を与えられて呉工廠で起工。ちなみに1943年1月18日に伊400が同じ船渠内で起工し、お隣さんになっている。建造を促進するためブロック工法を採用。一部の機銃座や指揮装置等のブルワーク形状を角状にして簡易化を図った。1944年1月19日に進水し、10月15日竣工。わずか1年10ヶ月という驚異的な短期間で完成となった。これは秋月型駆逐艦と同等の建造期間である。初代艦長に川畑正治大佐が着任し、第3艦隊第1航空戦隊に編入された。葛城は帝國海軍が建造した最後の空母となった。間もなく生起したレイテ沖海戦により4隻の空母を失い、11月15日に再編制。雲龍天城、葛城、信濃、隼鷹龍鳳で第1航空戦隊を編制した。しかし既に航空機も搭乗員も払底しており、寄せ集め部隊に過ぎなかった。信濃に至っては呉に回航される前に沈没している。このため葛城に実戦の機会は無く、瀬戸内海で細々と活動する羽目になる。11月27日、天城とともに岩国を出発。瀬戸内海で訓練。第601海軍航空隊の再建に協力し、曲がりなりにも艦載機を手にした。
    • 要目は排水量1万7470トン、全長227.35m、飛行甲板216.9m、飛行甲板全幅27m、出力15万2000馬力、最大速力32ノット、重油搭載量3750トン。武装は12.7cm連装高角砲6基、25mm三連装機銃21基、25mm単装機銃30基。21号電探2基と13号電探を持ち、乗員は1500名。搭載機は計53機で、内訳は艦戦18機(補用2機)、偵察機6機、艦爆27機。艦型や船体構造は飛龍型と同一だが、艦橋は右舷後方に移されているのが最大の相違点である。艦橋が肥大化しており、防空指揮所も拡張。着艦制動装置は呉式9基、9索を搭載する予定だったが、建造中に制式採用された空廠式三年式一〇型4基12索に変更された。昇降機の数は2基に減らされたものの大型化しており、制動装置の新式化と相まって大型新型機の運用を可能にした。ミッドウェー海戦の戦訓で、消火装置は炭酸ガスから泡沫式消火装置に変更。海水を使った消火装置も搭載され、軽質油ガス漏洩対策としてタンクを強化、格納庫内の強制通風装置の強化を施すなど、徹底した火災対策が取られた。
       
  • 1945年1月1日、第1航空戦隊は第2艦隊に編入。燃料を多く消費する戦艦と空母の運用を事実上断念し、管轄を第2艦隊に移した訳である。葛城は鹿児島沖で海上公試を行ったが、これが最後の外洋航海となった。1月23日に呉を出発し、岩国へ回航。2月4日に呉へ入港して工廠に入渠した。2月19日に敵軍が硫黄島へ上陸した事により第601航空隊を取り上げられ、敵艦隊攻撃に充てられた。一部は特攻作戦に参加し、護衛空母ビスマーク・シーを撃沈。サラトガに深刻な被害を与えたという。3月19日に出渠して海鷹の近くに係留されるが、そこで呉軍港空襲に巻き込まれる。午前7時20分頃、敵艦上機約350機が襲来。陸上の砲台と在泊艦艇が一斉に対空砲火を上げた。葛城には対空噴進砲が装備されており、これを使って反撃。噴進砲が巻き起こす煙と炎で敵パイロットを恐怖させ、多くの攻撃を中断させた。だが右舷艦首部に直撃弾を受けて約1.5mの穴が穿たれた。飛行甲板と上部格納庫は破片によって損傷し、乗組員1名が死亡。3名が負傷した。また九四式高射装置が破壊され、以降は分隊士による目測で射撃しなければならなくなった。それでも葛城に攻撃を仕掛けた敵機は僅か10機程度であり、噴進砲は高い効果を示していた。
  • 空襲後の3月24日、三ツ子島での係留と擬装が命じられ、翌25日に島の北東端へ到達。左舷を岸に寄せ、擬装を開始した。4月1日、陸上から送電してもらうための作業を開始。同日22時32分、B-29が葛城の艦尾100mに機雷を投下。4月3日に陸上送電の準備が整った。23時44分、1機のB-29が呉市を夜間爆撃している様子を目撃。4月5日17時33分には三ツ子島上空にもB-29が単独で出現している。同日深夜、沖縄への水上特攻を行う戦艦大和から降ろされた若手の候補生らを収容。4月12日午前11時32分、1機のB-29が葛城の上を通過。山中に4発の爆弾を投じていった。4月14日午前10時10分、B-29が投下した機雷2発が爆発して葛城の船体を揺らしたが、被害は無し。4月15日より通信科が試製中波方位測定儀の修理を開始。空中線に絶縁不良が認められたからだった。4月20日午前10時25分、艦長に宮嵜俊男大佐が着任。彼は自ら志願して葛城の艦長になった。4月29日は天長節であり、葛城の酒保を開けて昼から宴会騒ぎとなった。5月1日、B-29が呉市を空襲。葛城も対空射撃を行い、飛行甲板にパラパラと機銃弾が落ちてきた。宮嵜大佐は戦闘中にもかかわらず甲板上に藤椅子を出し、パイプを咥えて悠然としていた。冷静なところを見せて部下を安堵させるという、艦長なりの配慮であった。5月5日にも148機のB-29が襲来し、第11海軍工廠を爆撃している。5月7日、呉病院薬剤部からチフスの治療薬等を搬入。三ツ子島へ回航した時に艦載艇を何処かに取り上げられてしまったので、民間船千鳥丸を徴用して艦と陸地の往来に使用した。5月頃には擬装作業も完了。飛行甲板には擬装用の網が掛けられ、木や家屋も建てられている。電力は地上送電してもらい、いつでも機関を始動できるようにしていた。対空要員以外は退艦し、対空砲が空を睨み続けた。ちなみに大型艦にしては珍しく、葛城では理不尽な暴力が無かった。5月9日から29日にかけて、612名を動員して各タービンの開放検査を実施。6月22日午前9時31分、162機のB-29が大挙襲来。敵の狙いは軍港ではなく工廠だったため、葛城に被害は無かった。7月20日、先の横須賀空襲を受けて呉鎮守府長官は擬装が効いていないと判断。敵機襲来に対して遺憾なく防御砲火を放つよう命じている。
     
  • 7月24日午前9時30分、二度目の呉軍港空襲に遭遇。生き残っていた在泊艦艇にトドメを刺すべく、敵艦載機850機が殺到した。天城には敵機が殺到したが、葛城は擬装が効いていたのか10~12機程度の急降下爆撃機が襲った程度だった。それらの敵機も猛烈な対空砲火が阻んだ。しかし左舷前部高角砲台に爆弾1発が命中し、銃座にいた13名が死亡。5名が負傷した。7月28日、三度目の呉軍港空襲が行われる。今度は艦載機だけでなくB-25のような陸上機まで投入されており、計1747機が軍港を襲った。今回は葛城も猛攻を受ける。天城を攻撃した敵機を対空砲で撃墜する戦果を挙げるも、午後の空襲で右舷側から投じられた2000ポンド爆弾が飛行甲板を貫通。格納庫内で炸裂し、飛行甲板に10mの穴が穿たれた。艦橋に破片が突き刺さり、泉副長以下13名が死亡して12名が負傷。中破させられる。幸い火災は発生せず、浸水も起きなかった。空梅雨だったため晴天の日が続き、照りつける太陽が飛行甲板を焼く。8月3日と4日は、沖縄方面から北上してくる台風の影響で久々の雨となった。蝉しぐれが港内に響く中、息を潜めて敵機の襲来を待っていたが…。
     
  • この状態のまま8月15日の終戦を迎えた。中破こそしていたものの航行可能の状態であり、生き残った艦艇の中では最大級だった。8月末、呉工廠から3つの班が派遣され、艦首にある菊の御紋を取り外した。進駐してくるアメリカ軍に奪われないよう白布に包んで運ばれ、工廠裏の神社に集積。後日、境内で焼却された。やがて進駐してきた連合軍が船体を調査した。盛り上がった飛行甲板は修理されず、とりあえず崩落しないよう格納庫につっかえ棒を置く応急的な対処だけ実施。やがて特別輸送船に指定され、船体を迷彩から塗りなおして灰色に再塗装。日の丸と「KATSURAGI」を記入。高角砲の砲身を切って武装解除とした。居住性を上げるため甲板への通風孔を開け、長屋風トイレを増設。燃料タンクを真水タンクに転用し、格納庫に仕切りを作って居住区とした。10月20日、除籍。

復員船時代は小ネタの項に譲る。

この艦娘についてのコメント

  • 前々から欲しかったからこんなに早く入手機会があるとは思わなかった。なお約3日かかった模様。 -- 2022-03-13 (日) 03:46:04
  • 堀はじめて3回目、初の雲龍型GET。 -- 2022-03-14 (月) 18:50:58
  • いいぞいいぞ、この調子で葛城の魅力もっと広まれ。これまでも入手率の割に人気あったと思うけど。 -- 2022-03-16 (水) 16:00:35
    • 瑞鶴をあおったりしてたからなぁ…ヒダリデウテヤ -- 2022-03-16 (水) 21:38:48
    • 葛城、もしもう一隻会えるのなら、前イベ甲でクリアした時に渡したかった物を渡すよ(乙クリア)。じゃ、元気でな。 -- 2022-03-16 (水) 22:06:30
  • でででよったー!めっちゃ嬉しいわ!即ロック付けた 今回、玉波→八幡丸→屋代→葛城って来ているけどどうした!? -- 2022-03-17 (木) 14:14:36
  • ゲージ破壊と同時にお迎え。よかったよかった -- 2022-03-17 (木) 23:46:01
  • 本艦三隻出るほど通っても玉波はいまだ出ず・・毎度の偏りが悲しい -- 2022-03-20 (日) 09:45:54
  • 苦節?年やっと来てくれた…E4削り中で玉波,葛城と来てくれたので気が抜けた。E4まだクリアしてないけどE5はもう丁でいいやwww -- 2022-03-21 (月) 01:37:40
  • 今イベで雲龍・葛城、次のイベで天城って流れ? -- 2022-03-22 (火) 09:56:54
  • 初雲龍型get!他と違う道で活躍した艦なのか…、早速育てよう! -- 2022-03-23 (水) 02:29:00
  • 今日最初の出撃でE-4にていきなり葛城をお迎え。これで実装済日本空母コンプまで残り2隻!(天城、大鳳)後はタマタマちゃんが来てくれればE-4は用なしだ。 -- 2022-03-25 (金) 10:54:46
  • 二人目が来たけど改造に設計図が必要だから育てるか悩むな… -- 2022-03-28 (月) 11:23:51
    • 同じく二人目。完全に同じ悩み。 -- 2022-03-29 (火) 07:22:39
    • うちは3人いるけどやっぱり設計図不足なので改造済みは1人だけだな…空母は未改造でもそこそこ使えるし現状は中々手に入らない子だから、枠に余裕あるなら改造せずとも置いといたらいいと思う。 -- 2022-03-29 (火) 11:10:30
    • 改造すると絵もセリフも変わるから無改造で置いとくのもいいんじゃない? 自分はそのせいで初実装時に入手した1隻目がずっと改造できないままだった 今回ようやく2隻目が来たのでやっと改に (そして「バカーっ」と罵られるまでがお約束) -- 2022-04-03 (日) 23:03:08
  • 7年待ってやっときた 長かった~ -- 2022-04-01 (金) 06:00:51
  • うーむ サウスダコタが2隻来たのにこっちは1隻も来ない -- 2022-04-01 (金) 08:08:34
  • 屋代を掘ってたら、イベント最終日に来てくれました。初入手なので、嬉しい。 -- かけさん? 2022-04-02 (土) 11:09:53
  • イベント最終日4月1日午前10時58分、最後の出撃でドロップしてくれました!とりあえず、葛城難民からは解放されたものの、天城もまだ着任してないし、使い道も今のところ他の空母で間に合ってるので純粋にコレクション枠です。雲龍もLv99で母港の肥やし・・・ -- 2022-04-03 (日) 17:05:55
  • 葛城の小ネタ充実しててありがたすぎる。一番好きな船はよカンストさせたい -- 2022-06-05 (日) 07:50:28
  • 髪のボリュームが羨ましいが、きっと手入れがガチ大変なヤツとも思う -- 2022-07-27 (水) 18:23:34
  • 今日は竣工日ですね。おめでとう。 -- 2022-10-15 (土) 22:39:41
  • 航空母艦葛城、ヘラクレスの栄光Ⅱのケンタウロスの故郷はカムラギ -- 2022-11-12 (土) 10:04:08
    • 昔、近所に「カツラジイ」という子供達に大人気のおじいさんが住んでいた。ちなみに"地毛"だった。 -- 2022-11-12 (土) 11:58:32
  • 「雑誌丸」で雲龍型の特集が組まれてて葛城の秘蔵写真が載ってた。違うと知りつつもつい購入してしまう。性よのう(悩) -- 2022-11-26 (土) 08:34:37
    • 「性(サガ)」か。わからんではないが、秘蔵写真という言葉で違う方の「性」を想像してしまったよ。雲龍型のグラビア特集…ちょっと本屋行ってくる。 -- 2022-11-26 (土) 09:46:37
  • これからは定期的にドロップするのかねぇ アイオワみたいに態々ドロップ制限してバランス取るような艦じゃないし、 -- 2022-12-16 (金) 15:11:39
  • 「絶対防衛線!」だと日本が追い詰められた時期の戦いがモチーフだろうか?ならば大戦終盤まで健在だった雲龍型にも活躍のチャンスが? -- 2023-03-02 (木) 20:04:49
    • 終戦間際の空気を感じさせるイベントだと完成が遅れて戦いに参加できなかった艦の出番を期待しちゃうよな。ぴゃあ -- 2023-03-04 (土) 05:40:27
  • 今回のEVで初ドロップ以来数年ぶりで通算2隻目の葛城出た。601流星以前に勿体なくて簡単にサヨナラ出来ないよ -- 2023-03-15 (水) 23:12:22
    • 今回のEVで通算4隻目の葛城出た。601流星以前に勿体なくて簡単にサヨナラ出来ないよ -- 2023-03-17 (金) 11:41:32
  • 大和特攻に同伴予定だったのに、まさかアニメでスルーされるとは。 -- 2023-03-27 (月) 08:58:44
  • いやぁまさかの3隻目が4年ぶりにドロップ、Heywood L.E.の2隻目狙ってたからびっくりしたわw(葛城の1つ前のドロップは伊201の2隻目) でも2隻目掘ってから4年経つのかぁ、感慨深いね -- 2023-03-27 (月) 17:16:37
  • 十周年。と言うことは10年耐えたと言うことだ。つまりあと10年だって耐えられる。嘘だ。そんな我慢強くないから10.1年目くらいに葛城改二くれ! -- 2023-04-23 (日) 08:37:07
    • ていうか十周年だったな。おめでとう葛城。我が鎮守府の正規空母枠は不動だぞ。 -- 2023-04-23 (日) 08:42:13
    • うちの子が今Lv172。Lv175になる前に改二あるかなぁ。 -- 2023-04-23 (日) 13:55:49
  • 今回イベントで初ドロップして、やっと雲龍型が揃った (∩´∀`)∩ -- 2023-05-02 (火) 06:04:16
  • 葛城ってあまりドロップ無いよね?編成を見てなんとなく思った。そういえば2隻目出たことがない・・・ -- 2023-09-08 (金) 16:26:22
    • 改での持参品のせいだと思うが、今となってはそこまで出し渋るような装備でもないかも…というよりも、これらが初期のレア装備で今となっては扱いに困っているようにも感じる -- 2023-09-08 (金) 19:45:07
  • 姉の天城が晴着に着替えた。姉のように慕う瑞鶴も晴着を新調した。長姉の雲龍が着替えないと葛城の番は回ってこないだろうか・・・(だが雲龍が着替える姿を想像できない) -- 2024-01-03 (水) 08:35:05
  • いっそどえろいふんどしさらし姿とか見てみたいわ。レアな炉裏じゃないタイプの貧乳だしどんどんプッシュしてほしい -- 2024-02-03 (土) 10:02:35
    • フンドシさらしがドエロいかあ?熊野丸に頼めそういうのは! -- 2024-02-24 (土) 12:39:02

*1 母港ボイスは各艦娘につき3つ割り当てられています。「詳細」ボイスは編成画面の「詳細」ボタンをクリックすることで聞くことが出来るボイスです。母港画面でも聞くことが出来ます。「母港3」ボイスは「母港画面でのクリック」もしくは「母港画面への遷移」でのみ聞くことが出来る、いわゆる「提督お触りボイス」です。編成画面での「詳細」ボタンでは聞くことが出来ません
*2 4つの基本ボイス(昼戦開始・昼戦攻撃・夜戦開始・夜戦攻撃)がありますが、各ボイスはその他の色々な場面でも使われます。各ボイスをどのフェーズ(航空戦/開幕雷撃/先制対潜/昼戦攻撃/各種CI...など)に割り当てるかは艦娘によって異なり、例えば開戦ボイスを攻撃でも使ったり、夜戦攻撃ボイスを昼戦でも使ったりします)
*3 「小破」ボイスの2つ目と戦闘撤退時の「旗艦大破」ボイスは共用化されています
*4 「小破」ボイスの2つ目と戦闘撤退時の「旗艦大破」ボイスは共用化されています
*5 装備ボイスは3ボイスありますが、改修/改造ボイスと共用化されています。また、ボイス3は「改修/改造」「開発」「バケツによる即時修復」「遠征出撃」「アイテム発見」ボイスと共用化されています
*6 もっとも、龍鳳、海鷹、神鷹など、駆逐艦の機関流用の空母は結構多い。
*7 従来型の配置ならば、着艦を済ませた機体を着艦制止装置で遮った先の前方エレベーターで格納庫内に収容する作業を、後続機の着艦と並行して行うことができた。
*8 格納庫には窓が無いため。
*9 地名で気づく人も多いだろうが、提督が多く着任している地域の復員輸送に大きく関わっているので同地に着任している提督は何かの縁だと思って可愛がってあげよう。
*10 兵科27名、機関科12名、整備科1名、医務科1名、主計科6名。
*11 極度の飢餓状態の人にいきなり通常の食事を食べさせた場合、胃痙攣などを誘発し最悪の場合は死に至る事がある。(有名な物だと羽柴秀吉の鳥取城兵糧攻めなど。)現に他の復員船では白米を食べさせ死者を出していた。これをリフィーディング(再栄養)症候群という。ミネラル(特にリン)やビタミン(特にB1)の慢性欠乏時、これらの添加なしに糖や蛋白質を与えると発生する多様な代謝障害
*12 桜島工場では神風の妹にあたる朝露や疾風、またが建造されている。
*13 2世代の「かつらぎ」の就役年が近いのは、PC-109「のばる」を転籍の上で2代目「かつらぎ」に改名して初代「かつらぎ」を置き換えた為。
*14 現在の南海電鉄の前身で、東武鉄道の根津財閥傘下にある。
*15 ビスタII世。現役の30000系は3代目にあたり、「ビスタEX」に改造される前はビスタIII世と呼ばれていた。
*16 ちなみに雲龍は横須賀海軍工廠、天城は三菱長崎造船所で竣工。