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葛城

Last-modified: 2017-08-26 (土) 17:42:32
No.203
正規空母だかんね、正規空母!葛城(かつらぎ)雲龍型 3番艦 正規空母
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久48火力0 / 25
装甲27 / 52雷装0
回避34 / 59対空27 / 72
搭載51対潜0
速力高速索敵36 / 70
射程20 / 69
最大消費量
燃料50弾薬45
艦載装備
1825mm連装機銃
2425mm三連装機銃
3未装備
6未装備
改造チャート
葛城葛城改(Lv50+改装設計図)
図鑑説明
雲龍型航空母艦の三番艦、葛城よ。
そう、正規空母。ちょっと生まれるのが遅かったみたい。
でも戦いが終わった後で、私は全力で働いたの。ある意味、私が一番なんだから。
ホントよ?ホントなんだから。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:茅野愛衣、イラストレーター:くーろくろ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

目次 Edit

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ゲームにおいて Edit

  • 2015年4月28日に開始された春イベント2015:期間限定海域【発令!第十一号作戦】のE2をクリアすると入手できた。
    新規実装となっているが通常海域でのドロップや建造では入手不可のため、新規/追加入手の手段は無い。
    • その後、他のイベント海域でドロップすることもなく、1年経った2016年4月現在も新たな入手手段はない。
    • 2016年8月12日開始のイベント海域にてE4Iマスのドロップ枠に初めて登場した。
      ちなみに、長期にわたり入手手段がなかったことで有名なPrinz Eugen秋月、姉妹艦天城をはるかに上回る1年半を経てやっとの入手手段解禁である。
      ただしE4Iマスは連合艦隊出撃であると同時に道中マスでありボスマスではないため、ドロップなしのガシャンが多々ある。
      彼女と邂逅するには多くの資材・バケツとめげない心が必要であろう。

  • 他の姉妹と能力に微妙な差異はあるが、ほぼ誤差の範疇。各スロットの搭載量は改造後も含めてまったく同じ。
    運が姉妹艦で最も高いのは、大きな損傷もなく終戦を迎え、復員船としての勤めを全うした史実からか。
  • 改造前は他の雲龍型同様艦載機は1個もない。もちろん改造すると持ってくる。設計図が必須な点も同様。
  • 姉達(雲龍天城)と比べると胸部装甲が少し貧弱。あの末妹を彷彿とさせる。
    • ただし開口部は多め。
  • 最近の傾向と一致するものの、全体的に台詞一つ一つがとにかく長い。
    特に戦闘中は自分の番どころか戦闘終了時まで終わらないこともある。
  • 入手台詞では文中で「提督」と書かれているところを「あなた」と読んでいる。正妻空母だかんね、正妻空母!

艦歴 Edit

年表 Edit

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日本海軍最後の空母、葛城誕生 Edit

  • 雲龍型航空母艦の3番艦。日本海軍が最後に完成させた空母である。
    • 雲龍型は他に笠置・阿蘇・生駒が建造中、鞍馬が建造開始前の状態であったが、戦況悪化のため建造中止となった。
  • 呉海軍工廠にて1942年12月8日起工、1944年1月19日進水、同年10月15日竣工。
    天城と同様、起工から竣工までわずか1年10箇月という急造艦であった。
    • 超突貫工事であったためか、彼女も進水式でトラブルを引き起こしている。翔鶴初霜と同じく、進水式失敗勢である。
      呉のドックから曳船が引っ張り出そうとしたところ、沈めてあった盤木が突如浮上してしまい、曳航用のロープがそれに絡まって引き出せなくなる騒ぎとなったのである。
      慌てた責任者は舷側でスッ転び、軍楽隊は船体が出て行くまで脂汗を流して「軍艦行進曲」を十数回も繰り返し演奏する羽目になった。
      天皇の名代として参列された高松宮宣仁親王殿下もさすがに退屈され、式典が終わった後に「今日はあらゆる余興を見せてくれたね」と担当者をからかわれたという。
  • 本来なら搭載するはずの機関の生産が遅れ、まさかの駆逐艦(陽炎型)の機関を積んで*1完成させた。
    アレが駆逐艦並に慎ましやかなのはそのせいなのだろうか。でも陽炎型は乳オバケ駆逐艦2号とか駆逐艦一のナイスバディとかいるんだよね。雪風谷風も陽炎型だけど……。
    そのため、雲龍天城と比べると速度が遅い。
    • 最大速力は34.0ノット→32.0ノット(-2ノット)、機関出力は152,000馬力→104,000馬力(-48,000馬力)に減少。
  • 雲龍天城とは対空火器の種類等に差が見られる。
    • 12cm30連装噴進砲の搭載。
    • 対空機銃座の形状が、簡易化により半円形ではなく半六角形となっている。
    • 爆弾や魚雷は、信濃や大鳳で採用された、飛行甲板まで揚弾される専用の揚弾筒で給弾。
    • 砲弾に対する舷側装甲についてはその必要性が薄れたことより装甲厚が薄くされ、その分水面下の装甲に重量が割かれた。

遅れてきた主力艦 Edit

  • 天城とともに一航戦最後の主力空母を務めたが、既にレイテ沖海戦後の事であり、搭載する航空機も空母に発着艦できる熟練搭乗員も払底していた。
    更に戦争末期の燃料不足も重なり、作戦活動には従事せず、本土決戦に備えて温存されていた。
    • 一応、レイテ沖海戦後も天城と組んで航空隊を載せ、機動部隊の再建を目指し瀬戸内海で練習航海を続けていた。ただしそれも1945年の2月までである。
      • なおこの時葛城(または天城)で訓練をしていた六〇一空のパイロットは「葛城は着艦時の視界が良好で着艦が容易である」と語っており空母としてはなかなか好評であった。出るものが出ていないからと思ったやつは前に出なさい!
        雲龍型は飛龍で不評だった艦橋配置が右舷に変更され、また艦橋が飛行甲板の内側に食い込んでいた翔鶴型や大鳳に比べて飛行甲板の外側に張り出す形となっているため、艦載機の発着には有利に働いたようだ。
        また雲龍型は、着艦フックを母艦の着艦制動装置に引っかけられずにオーバーランした機体を制止する装置を前部エレベーターの前方に移設している。
        従来の正規空母は前部エレベーターの後方に着艦制止装置があったのだが、着艦区域を少しでも延長して着艦に不慣れなパイロットに対応するための改良だった。ただしこれは、着艦作業中に前部エレベーターが使用不能になるという代償を伴うものでもあった。*2

葛城の終戦 Edit

  • 呉市の三ツ子島に対空砲台として係留され、飛行甲板に家屋や道路を設けるなど島の一部を擬装していたが、米軍にはバレバレだったようで、呉軍港空襲で爆弾3発が命中し中破。
    飛行甲板がめくり上がり、空母としての機能を喪失した。
    • ただし擬装の効果が全く無かったか、といえばそうとも言い切れず、集中攻撃を受ける天城を尻目に殆ど攻撃を受けていない葛城の写真や映像が多数残されている。
      すぐ近くでは伊勢青葉も大破着底しており、葛城の被害が比較的軽微だったのは、擬装のおかげとも考えられる。

戦後 Edit

復員輸送任務へ Edit

  • 戦中はまともな活躍が皆無だった葛城であるが、戦後最大の功績をあげる。復員輸送任務である。
    • 呉軍港空襲にて甲板に大破孔という被害を負った葛城であるが、機関部・艦体・艦橋などには大きな損傷はなく、輸送能力・航行能力にはなんら問題ない状態で終戦を迎えたため、戦後は最大規模の復員船として起用された。そのシーンがカラー映像として残されている。(10:32-)

決死!復員船葛城を始動せよ Edit

  • 復員船指定後、格納庫に仕切りを作って居住区にしたり、飛行甲板に通風孔を設ける*3などの改装を受ける。これにより約3,000名の収容が可能となった。
    しかし破壊された飛行甲板は修理されなかった。
    • 輸送能力の高さ・航続距離の長さ・高速艦という空母としての特徴を最大限活かし、ブーゲンビル島やラバウルなどの遠く南方方面、そしてシンガポールや仏印などの東南アジアの復員輸送を担当した*4
  • 葛城が特別輸送艦に指定された際、一部の整備マニュアルを製造所の控えともども終戦時の機密処分の際に焼却してしまったことが発覚。
    一時は運行どころか長らく使っていなかった機関を再始動させることもできない状態であったが、葛城のすぐ近くで横転着底している天城から整備マニュアルを持ち出し事なきを得た。
    • 葛城機関科の決死隊が命綱と防毒マスクを装備し、干潮時を見計らい天城に侵入。
      なんとか整備マニュアルを持ち出すことに成功した。
  • どうにか動かす事に成功したものの、当時の乗組員は僅か47名*5であり、一度に数千もの人間を復員させるのには到底足りない人数だった。
    そこで佐世保復員局は1945年11月に人事発令をし、23名を補充する事にした…のだが、20名が逃亡。ちゃんと来た3名も、1名が階級詐称、もう1名が軍楽兵曹でありながら主計兵曹と詐称する始末。
    結局葛城から分隊長が派遣され、佐世保・呉の復員局と交渉の後、機関科員のみ定数の80%を確保、どうにか航行が可能となった…のだが、これまた採用者の40%が身分を偽った飛行兵と整備兵だった。どうやら明日の食事にも困っていたようで、機関科の募集に応じたんだとか。

葛城と5万の復員たち Edit

  • このように様々な苦労があったが、1945年の12月いよいよ復員輸送が開始された。葛城最初で最後の外洋航海であり任務であった。
  • 葛城を見た復員兵の多くは「日本にはまだこんな巨大な艦が残っていたのか!」と驚き大いに励まされたという。
    また日本の兵士だけでなくオーストラリアを始めとした連合国の兵士もその巨大な船体を見て驚かされた。
  • 葛城で復員した人の中には、南方各地を慰問していた途中で敗戦となり、インドネシア共和国の捕虜となっていた、「青い山脈」で知られる歌手の藤山一郎もいた。
    彼の復員の際には艦内にてコンサートが催され、復員兵達を大いに盛り上げた。
  • 東南アジア方面の復員を行った際にはあの「加藤隼戦闘隊」で有名な飛行第64戦隊の隊員を復員させている。
  • なお、復員輸送時に葛城艦内で出された艦内食の粥は大変不味かったと言われている。別名「猫のヘド」
    一日中艦内を回り腹をすかせた乗組員でさえ食事を拒否したと言われるほどである。どこのMREだ。
    • 無論不味い粥が出されていたのにはそれなりに理由がある。
      極度の飢餓状態の人にいきなり通常の食事を食べさせた場合、胃痙攣などを誘発し最悪の場合は死に至る事がある。*6現に他の復員船では白米を食べさせ死者を出していた。
      これをリフィーディング(再栄養)症候群という。ミネラル(特にリン)やビタミン(特にB1)の慢性欠乏時、これらの添加なしに糖や蛋白質を与えると発生する多様な代謝障害である。
      不味い飯しか作れない訳ではなく、自分に任された最初で最後の任務である復員輸送を、一人の犠牲も出さずに成功させるための苦肉の策なのであろう。
  • 様々なこともあり約1年間、8回の復員航海により、南方からの約5万人が故郷の地を踏む事ができた。彼女が「戦いが終わってから全力で働いた」戦果であり「ある意味一番」と誇るのもこれが理由であろう。
    • 現に米国側は日本の復員輸送について高く評価している。米国側は復員には少なくとも4〜5年は掛かると考えていたのである。しかし葛城をはじめとする日本側の尽力により約2年で復員を終えることができた。
    • 本ページでも、お祖父様や親類縁者が葛城で復員できたという書き込みが散見される。
      もし、貴方の縁者で外地から引き上げてきた経歴を持つ方がおられれば、一度確認してみるのもいいかもしれない。もしかしたら貴方も葛城に関係している・・・かもしれない。

葛城の最後 Edit

  • 葛城は復員が収束し出した1946年11月20日に特別輸送艦の指定を解かれ、同年12月22日に日立造船桜島工場にて解体に着手、翌1947年11月30日に解体が完了した。
    • 国土地理院の「地図・空中写真閲覧サービス」解体中の葛城(と思われる艦)の姿が見られる。既に飛行甲板は無く船体のみである為断定することは出来ないが、周囲との比較から推定される全長は220〜230m。葛城の全長は227mでほぼ一致することに加え、写真が撮られたのが解体期間中の1947年5月10日であることから葛城であるとみて間違いはないだろう。
    • 余談になるがこの桜島工場、所有していたドックが100mに満たない駆逐艦や水雷艇、砲艦等小型艦艇用のものばかりであったため200mを超える葛城の巨体を所有する最大のドックでも収容できず、安治川上で解体作業が行われている。*7
    • なおこの桜島工場跡地は現在、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンになっている。

小ネタ Edit

「葛城」の名 Edit

  • 艦名は、奈良県と大阪府の境にある葛城山(大和葛城山)に因む。(標高959.2m)大阪府の最高峰でもある。
    • 水越峠を挟んで隣りに金剛デース山がある。また葛城山の北には妹になる予定だった生駒山もある。
      • この一帯の山々を総称して「金剛山地」と呼ばれる。最高峰が金剛山(1,125m)、次いで大和葛城山、岩橋山(658.8m)、二上山雄岳(517m)など。
        どの山も大阪や奈良から近く、登山道なども整備されているため比較的登山客が多い山である。
      • ちなみに、鎌倉時代ごろまでは岩橋山、大和葛城山、金剛山をまとめて「葛城山」(かずらきやま。葛木山とも書く)と呼んでいた。
        金剛山の山頂にあるのも「葛木神社」であり、現在でも金剛山地を「葛城連山」と呼ぶことがある。
    • 大阪府と和歌山県の境にも葛城山が2座あり、それぞれ和泉葛城山、南葛城山と呼ばれている。
      ただ、大和葛城山の方が知名度が高く、単に葛城山と言えば普通は大和葛城山の方を指す。
    • 葛城山へは近鉄が運営する葛城山ロープウェイでアクセス可能。奈良県御所市の近鉄御所駅からロープウェイ乗り場までバスが出ている。
      • 葛城山は「葛城高原」とも呼ばれ、山頂付近にはツツジが多数生えている。見頃は5月上旬〜下旬。
        山頂には日帰り入浴施設や宿泊施設、キャンプ場などもある。
      • ちなみに、このロープウェイで運行されてる車両の名前は「はるかぜ」(神風型)と「すずかぜ」(白露型)。何の偶然か、ここでも駆逐艦二隻が葛城の主機となっている。
      • さすがにこれが陽炎型の名称なら出来すぎの話だが、温暖な内陸県である奈良県では、海にちなんだ名称や雪風など、そのほとんどが使えそうになく、かろうじて使えそうなのは「まいかぜ」「はぎかぜ」あたりか?
    • 葛城は大和と並んで奈良盆地南西部にかつて存在した旧国名でもあり、古代豪族葛城氏の本拠地である。中世には高天原は金剛山麓、大和葛城山麓に広がる葛城地域にあると考えられていた。また、天岩戸は葛城山中にあるとも考えられていたようだ。
    • 葛城という艦名の艦は2代目。
      初代は1887年に就役し、日清・日露戦争に参戦したスループで、同型には大和、武蔵があった。
    • 戦後の海上自衛隊で「葛城」もしくは「かつらぎ」の艦名を継承した艦艇は存在しないが、海上保安庁の大阪海上保安監部所属の巡視船で2代にわたって「かつらぎ」の船名が使用されている(初代:PC-104・あかぎ型巡視船4番船1988年3月竣工、2代:PC-109・たかつき型巡視船2番船1993年竣工)。*8
    • 一部書籍では艦名候補に「岩木」などが上がっていたと記されている。

憧れの先輩 Edit

  • 葛城が瑞鶴の事を尊敬しているのは、雲龍型自体がマリアナ沖海戦で翔鶴大鳳飛鷹が戦没し機動部隊が壊滅した後に就役した事も大きいのであろう。
    マリアナ沖海戦は1944年6月、葛城の竣工は同年10月、雲龍ですら同年8月の竣工である。雲龍竣工時点で生き残っていた真珠湾の生き残りは瑞鶴のみだった。
    • 葛城からすれば、瑞鶴は真珠湾まで攻めた主力空母6隻最後の生き残りにして歴戦の武勲艦なのだろう。もっとも、その瑞鶴も葛城竣工からたった数日でエンガノ岬沖に出撃し、還ってこなかったのであるが…。
    • また葛城竣工の1944年の10月15日当時、瑞鶴は最期の出撃に向けて瀬戸内にて訓練中であったため呉に居た。葛城は呉海軍工廠にて竣工*9したため、葛城にとっては唯一その目に焼き付けることのできた正規空母が瑞鶴であった。
  • 雲龍型は他にも同じくマリアナ生き残りの龍鳳とも何かと縁がある。

「ちっ違う、回せー!」 Edit

  • 攻撃時に「回せー!」というセリフがあるが、これは「艦載機のエンジンを回しておけ」という意味である。
    当時の戦闘機のエンジンは、機体内部のイナーシャスターター(inertia=慣性。要は「はずみ車」)というパーツに回転の慣性を蓄積し、それをエンジンに伝えて始動するという仕組みであった。
    その為、エンジンをかける準備段階として機体の外からクランク棒を差し込み、イナーシャスターターの回転に勢いがつくまで回し続ける必要があり、エンジンをかけるのも一苦労だった。
    また、いざエンジンがかかった後も、しばらく暖機しておかなければ安定した飛行ができなかった為、敵機発見の時点でエンジンをかけておかなければ迎撃が間に合わなかった。
    エンジン始動解説:実演
    • 因みに現代でもレシプロエンジンの始動は似たようなもの。違いはスターターがモーター等で自動化されているくらい。暖機も当時と比べれば時間を要しなくなったが依然として必要性は高い。

その他 Edit

  • 同じイベント内で実装された高波と合わせて、阪神タイガースネタが出ることも。どちらも阪神に所属していた選手の名前である。現役のタイガース選手には大和(外野手)もいる。
    • さらに、2016年に入ってそこに望月が仲間入り。しかもまた阪神。
    • 衣笠加賀明石金剛などと組み合わせてプロ野球選手艦隊も組めるように。
  • 余談だが瑞鶴メインのノベライズ『鶴翼の絆』の作者である内田弘樹氏は元から雲龍型のファンで艦これをプレイした時から葛城の実装を楽しみにしていた。そして喜びのコメントも残している。

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 今回もドロップなしっぽいね。運営さん、本気でこの娘の事忘れてるのかな? -- 2017-08-16 (水) 23:38:40
    • さすがに今回もスルーとは思わなかったわw ひでーよなここまで入手機会ないと -- 2017-08-26 (土) 23:36:31
  • できるだけ資材温存して次回イベに期待 (T-T -- 2017-08-17 (木) 22:19:27
  • 出会った最初の頃は嬉しいものの、この娘は時が経つにつれ、酔ったミサト並に喚く騒ぐのが煩わしく思えてくる。 あくまでも私見で有って、諸兄等の批判は甘んじて受ける覚悟の上で、御注進。 -- 2017-08-23 (水) 23:21:40
  • 2隻目ほしいなぁ うちの葛城そういやなんでツインテールでデレデレなんだろ(白目 -- 2017-08-27 (日) 00:23:31
  • わしはいつになったら葛城に会えるんじゃろうか… -- 2017-08-31 (木) 09:09:17
  • そういやイベとかで葛城の話を聞かないなあと思って検索してみたら、未だにツチノコ級の扱いなのか。 -- 2017-08-31 (木) 12:59:08
  • 15春以前に着任の提督ならほぼ9割方所持しているがそれ以降着任だと非常に限られる。16夏以降着任は入手機会ゼロ。 -- 2017-09-05 (火) 16:33:50
  • ここまで入手機会を絞る理由が全く思いつかんなー 異常過ぎ なんで姉二人とこんなに差をつけるのか (なお配置されてもドロップするかは別問題) -- 2017-09-05 (火) 21:39:04
  • 2016夏着任、今回グラーフを手に入れたことで未所持は葛城とアイオワだけとなったが...チャンスくらい下さい -- 2017-09-05 (火) 22:14:34
  • 天城再入手チャンス 16冬E2、16春E5,16夏E4、16秋E3,17春E2,17夏E3の6回に対し葛城16夏E4のみの1回 天城はほぼ毎回ドロップチャンスあるのになあ -- 2017-09-06 (水) 18:45:02
    • 確かに去年の夏イベで100回以上港湾夏姫マスでずっと掘ってたのに来なかった;; 次イベントドロップで設定されるのいつになることやら -- 2017-09-07 (木) 12:37:07
      • 去年はS勝利でのドロップ率1.1%ほど。実際はガシャン有りだからその6かけで0.7%弱ぐらいか。攻略中に雲龍ともどもゲットできた俺は幸運だった。 -- 2017-09-07 (木) 19:53:22
    • 16夏で掘ってたけど、資源が尽きて諦めた思い出。次のチャンスはいつになるのか -- 2017-09-11 (月) 18:38:59
    • 15秋のGraf掘り、16春E4の雲龍掘り、同夏E4葛城掘りは自分の経験でも五指に入る地獄だった… 葛城掘りは120周くらいで運よくドロップしてくれたけど、途中で精神をやられかけたくらい厳しい掘りだった -- 2017-09-16 (土) 00:56:03
  • 姉は豊満なのに・・・こんなのおかしいずい!世の中間違っているずい! -- 2017-09-06 (水) 21:33:46
    • 深海には豊胸効果があるらしいぞ(某欧州艦談) -- 2017-09-07 (木) 17:47:35
    • 次のイベントボスはフラットファイブか・・あれこれ勝てる? -- 2017-09-07 (木) 18:32:01
  • こんなに出すのを渋るなら過去イベでgetしたくなる。 私の泊地の未着任艦は葛城と大和姉妹の過去イベ報酬艦sだけです。運営さん課金アイテムで良いから過去イベ挑戦権下さい。 -- 2017-09-12 (火) 12:19:09
  • 初めてのイベの報酬やったかな、まだ初心者で完走すらできんかったが 今回復帰して -- 2017-09-12 (火) 12:25:08
    • 天城ようやく出てきてくれて後は雲龍なんだけど6-3なきそう -- 2017-09-12 (火) 12:26:17
  • 最初見たとき究極カーズっぽいなって思った(髪が) -- 2017-09-15 (金) 22:33:49
    • 特に改の方はFGOのイシュタルぽいと思った(髪が) -- 2017-09-16 (土) 13:19:22
  • 15春イベ中に着任、16夏イベの堀りに失敗、気付けば未入手艦は葛城だけになってしまった・・・はよ、イベ泥はよ -- 2017-09-17 (日) 22:35:49
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 もっとも、龍鳳、海鷹、神鷹など、陽炎型の機関流用の空母は結構多い。
*2 従来型の配置ならば、着艦を済ませた機体を着艦制止装置で遮った先の前方エレベーターで格納庫内に収容する作業を、後続機の着艦と並行して行うことができた。
*3 格納庫には窓が無いため。
*4 地名で気づく人も多いだろうが、提督が多く着任している地域の復員輸送に大きく関わっているので同地に着任している提督は何かの縁だと思って可愛がってあげよう。
*5 兵科27名、機関科12名、整備科1名、医務科1名、主計科6名。
*6 有名な物だと羽柴秀吉の鳥取城兵糧攻めなど。
*7 桜島工場では神風の妹にあたる朝露や疾風が建造されている。
*8 2世代の「かつらぎ」の就役年が近いのは、PC-109「のばる」を転籍の上で2代目「かつらぎ」に改名して初代「かつらぎ」を置き換えた為。
*9 ちなみに雲龍は横須賀海軍工廠、天城は三菱長崎造船所で竣工。