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榛名

Last-modified: 2016-11-04 (金) 14:07:27
No.023
榛名、感激です!榛名(はるな)金剛型 3番艦 戦艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久63火力63 / 89
装甲52 / 69雷装0
回避30 / 59対空24 / 69
搭載9対潜0
速力高速索敵13 / 39
射程15 / 69
最大消費量
燃料80弾薬110
艦載装備
335.6cm連装砲
315.2cm単装砲
37.7mm機銃
装備不可
改造チャート
榛名榛名改(Lv25) → 榛名改二(Lv80)
図鑑説明
高速の巡洋戦艦、榛名です。
国産の四一式36センチ砲を装備しました。
呉鎮守府の江田島で最後まで空を睨んで奮戦したわ。
高速戦艦四姉妹で最期まで、戦い抜いた榛名のこと、覚えていてね。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:東山奈央、イラストレーター:コニシ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 金剛型戦艦4姉妹は、榛名の運が15なのに対して金剛が12、比叡霧島が10であることを除いて性能的な差違はない。
    他の一般的な戦艦との違いは、ルート固定に有用である速度「高速」であることと(回避率関係は実装予定で今は殆ど関係ない)、微妙に元の火力が低く、更に徹甲弾など一部の装備が積めないこと。(徹甲弾は金剛同様装備可能に。ただし中口径主砲は装備不可のままなので注意)
    ドロップなど詳しくは金剛のページも参照。
  • 提督に接する態度は極めて礼儀正しく、補給・入渠の際にはお礼を欠かさない。言葉の端々に提督への敬意が見受けられ、こちらの行為に全力で喜びを返してくれる。
    長女の金剛とは違って控えめながらもこうした姿に心奪われる提督もおり、彼女の事を提督Love勢の一員であると解釈する提督もいる。
    • 「榛名でいいならお相手しましょう」との発言を何か意味深な物に捉える人もいるが、どうとでも取れる状況でのどうとでも取れる発言なので解釈は提督諸氏に任せられている、のだろう。
  • その一方旗艦出撃すると提督への忠心を声高に叫び、戦闘では積極果敢、夜戦開幕時には丁寧語も忘れて張り切る…と母港とのギャップも備える。
  • 任務A16「金剛」型による高速戦艦部隊を編成せよ!に必要な4隻の内の1隻。
  • 補給専用ボイス及び放置ボイスを話すのは改以降。

小ネタ Edit

  • 金剛型三番艦にして、初の「民間造船所(神戸川崎造船所)で建造された純国産戦艦」(姉の比叡は横須賀海軍工廠)。
    • 一日遅れで起工した霧島も民間造船所(三菱合資会社三菱造船所)で建造されている。この二隻は会社同士が威信をかけて競い合うように作られた。
    • そのせいか、榛名の機関試験が故障により6日程の遅延が発生した際、これに責任を感じた機関担当責任者が自刃するという事件が起きてしまったため、海軍側からの要望もあり竣工日は霧島と同日(1915年4月19日)にする事で悲劇が再発しないように指示された。なのでこの両名は双子とも言える。
  • 榛名が建造された神戸川崎造船所は、名門。
    艦これに実装済みの川崎造船所出身艦娘の中では最年長となる。
    • 戦後や川崎重工業の傘下となった現在でも自衛隊の艦艇を多数輩出している。
      もっとも、戦後は造船部門よりは鉄道車両(新幹線車両のほぼすべての車種を制作)、「カワサキか…」コピペで有名な二輪車などの制作に重点を置いている。
    • 戦後、数々の海上自衛隊の護衛艦を建造しているが、その中でも潜水艦はかなりの数を建造している。
      通常動力駆動潜水艦では世界最大級のそうりゅう型は、妹・霧島を産んだ同じく造船の名門・三菱重工業と共に現在も建造中。
      川崎造船(現・川崎重工業神戸工場)ではうんりゅう・けんりゅう・こくりゅうが建造されている。
  • 艦名の由来は、群馬県に位置する榛名山。日本戦艦の名前は大体旧国名なのだが、当初装甲巡洋艦として計画・設計された金剛型は重巡洋艦と同じ山の名前。ちなみに空母赤城も同じ事情。
    • 1973年に就役した、初の「ヘリコプター搭載護衛艦」に「はるな」(DDH-141)と命名された。かつては一等巡洋艦が名乗った山岳名を海自として初めて採用した例である。
      当時の自衛隊で最大の4,700トンと、かつての軽巡洋艦並みの排水量であったために、海外からはヘリ巡洋艦とみなして、防衛庁が必死になって否定した*2
      今度は「次姉」だった「ひえい」(DDH-142)を妹に従え、長年活躍した「はるな」だが、2009年に次世代DDH「ひゅうが」が就役し、その入れ替わりに引退した。*3
      その「はるな」も最後は舞鶴でお役目を全うしたが、最後に解体された場所は運命のイタズラなのか、先代の「榛名」が大破着底するまで戦った呉だった。
    • ちなみにこの護衛艦はるな、海上自衛隊でも数少ない、任務として艦砲射撃を行った艦である。
      • その任務とは『第十雄洋丸事件』といい、自衛隊による撃沈作戦で難を逃れたとはいえ一歩間違えば川崎市街地が焼き尽くされかねない大事故であった。

  • 昭和天皇即位を記念して1928年12月4日横須賀沖にて挙行された大礼特別観艦式において、「榛名」は天皇陛下が座乗する御召艦を務めた
    • 1931年11月8日の天皇陛下による熊本行幸の際にも御召艦を務めている。11月19日には天皇陛下は鹿児島から横須賀へ「榛名」に乗艦して帰京した

  • 米軍発表によると、榛名は最低3回撃沈されている
    • 主だった原因は、爆撃機パイロット達の艦影の見間違いや撃沈の誤認。当時はどこの国も似たような事をやらかしていたが、彼女のやられっぷり(?)はその中でも屈指のものだったり。
      9回も帝国海軍に沈められたエンタープライズさんには敵いませんが。
    • 余談だが、「名取への至近弾」を「榛名撃沈*4」と誤報された時は、戦艦「ヒラヌマ」(榛名の僚艦もしくは姉妹艦)が同時に沈没したとアメリカの幾つかの新聞が報道した。
      ただでさえ金剛型は複雑な家庭事情持ちなのにさらにややこしい設定を作られても困ry
  • なお、ミッドウェー海戦を皮切りに、榛名は参加した重要な海戦でどこかの狼さん被害担当艦さん程ではないが、必ずと言っていいほど損傷を受けている。「榛名は大丈夫です。」
    • 竣工して間もない頃に一番砲塔で筒内爆発事故が起きている。
  • 四姉妹の中では、金剛と一緒に出撃することが多かった。
    • 比叡と霧島は30ktにわずかに届かなかったが、榛名と金剛は30ktを超えていたためである。
      • 実は金剛型姉妹の中でも榛名は一番速かったりする。具体的にいうと双子の霧島が13万7000馬力で速力29.8ktに対し榛名が14万1000馬力で30.5kt。
        つまり榛名こそ最速の日本戦艦である。霧島「頭脳は負けないわよ!」
        もっとも、新造の時点では榛名が27.776ktだったのに対して霧島は27.540ktと殆ど差は無かった。
  • 榛名は、姉妹に先んじて第一次・二次近代化改装を受け、技術の進歩の礎として献身した。
    • 金剛型における最終時の榛名の見分け方は後部艦橋周辺。後部艦橋が□なのが榛名、⊿なのがそれ以外。
      また、榛名の後部煙突は他の金剛型より後ろにあり煙突間の距離が長く、さらに後部煙突が前部煙突より長い。明らかに他と違う比叡の次ぐらいには見分けやすい。
    • 金剛・比叡の主砲側面が角ばっているのに対して、榛名・霧島は主砲側面が丸みがかっている。
      この理由は、榛名から国産の35.6cm主砲になっているからであり、丸みを帯びていた方が、敵の攻撃によるダメージを拡散出来るという狙いがあった。
    • 榛名には日本初の方位盤射撃照準装置(全砲門を一括で動かして一つの目標に向ける装置)が搭載された。
    • また、第一次改装の時には、他の姉妹の改装による予算の都合で8年もの期間現役を退くことになった。
    • 日本戦艦で初めて冷房装置が入ったのも榛名である。
      第二次改装時、対毒ガス戦対応のため艦内密閉・与圧化を行った関係から通風悪化を補償するために空気冷却装置を置いたもので、他の艦にも大改装時に同様の対応がなされている。
    • 他に、日本の戦艦で初めて迷彩塗装を施されたのも実は彼女だったりする。1915年に行われた演習の折、砲戦時の迷彩の効果を調べるため船体に短冊状の白帯を描いた状態で参加している。
      • ……が「戦艦に迷彩とかないわー」と思われたのか戦艦への迷彩塗装は、1945年に彼女や伊勢姉妹らが浮き砲台となるまで復活しなかった。
    • その献身ぶりは最期の時まで発揮される。彼女たち生き残った艦達が残した鋼材は、戦後復興の資材となって戦後日本を支えた。
    • ゲームでの健気さと戦場での勇敢さは、先に触れた献身ぶりと大戦最末期まで勇戦した史実に由来するものと見られる。
      姉妹を差し置いて生き残った反動か自身を省みない面もまた見られるが。
  • 開戦に従い、南西方面の上陸支援を行った。その間に、戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスを中心とした英国東洋艦隊を迎撃の為、金剛、鳥海らと共に向かっている途中、東洋艦隊は海軍航空隊の攻撃で壊滅したため、戦闘の機会を逃した。
    もっとも、英軍の最新鋭戦艦であるキング・ジョージ五世級戦艦であるプリンス・オブ・ウェールズに対し、旧式の巡洋戦艦上がりである金剛・榛名らとは格が違いすぎ、まともな砲撃戦では歯が立たないと考えられていたため、接敵した場合の艦隊の主戦力は水雷戦隊とされていた。マレー沖海戦
  • 1942年3月米駆逐艦エドソールを榛名が撃沈したという風説が一部で流れているが……。
    • しかしこれは間違いである。3月1日に米駆逐艦エドソールを発見し砲撃を加えたのは霧島比叡利根筑摩及び艦爆隊の爆撃によるものである。*5
  • セイロン沖海戦では搭載の九五式水上偵察機が索敵中に英空母『ハーミス』を発見し、空母撃沈のきっかけを作っている。
  • クリスマス島に金剛谷風浦風と一緒に副砲で艦砲射撃を行ったところ、島から白旗を掲げた小型艇が出てきた。……が、上陸占領の兵員と武器を持っていなかった彼女は、なんと始末に困って逃げた。ただでさえ資材が少ないお家事情なのに何をしてるのか……
  • 金剛、第二水雷戦隊と共に飛行場夜間砲撃を行い、古鷹さん、衣笠さんの零式水上偵察機の照明弾の支援下、あらかじめ三角法で割り出した攻撃目標へ三式弾一式徹甲弾の猛射で飛行場を火の海に変えた。
    ちなみに主砲弾で三式弾を撃ったのは金剛のみ、榛名は零式通常弾と一式徹甲弾であった。
    • 同日行われた陸攻隊の爆撃成功もあり、これによってガダルカナルの米軍航空戦力は無力化出来たと思われ、陸軍第2師団の上陸作戦が行われたが、飛行場が早期に復旧してしまい、また第2飛行場の存在を見逃していたため、第2師団は空襲により多大な人的・物的被害を被ってしまった。
    • この「戦艦による対地制圧戦術」は、開戦当時は自殺行為とされていた。
      • 「波浪による射撃の不安定さと遮蔽物のない海上からの艦砲射撃は、足場が安定し隠蔽しやすい陸上砲台に敵わない。」という理由であり、世の海軍における常識であった。
      • 第一次大戦のガリポリ上陸作戦では連合国軍の戦艦三隻が機雷と砲台のコンボで撃沈され、第二次大戦のヴェーゼル演習作戦ではオスロを攻略したドイツ重巡「ブリュッヒャー」が砲台と地上魚雷発射管のコンボでやはり撃沈されるなど実例もある。
      • ちなみにハワイ・オアフ島に築かれた米軍の大要塞は、宇垣提督をして「攻略には連合艦隊がもう一揃い必要」とまで言わしめた。*6
    • もっとも、金剛・榛名が叩いたガダルカナルにそんな要塞レベルの永久陣地などあるはずもなく、恐れたのは復旧した飛行場や近隣の空母からの、翌朝の空襲である。
    • 結局、金剛・榛名による艦砲射撃は余り効果を発揮できなかった。*7
    • ただし、アメリカ軍とて無傷という訳ではなく、艦砲射撃による戦果として最終的には滑走路一ヵ所が破壊、多数の航空燃料が炎上、航空機が90機中54機が破壊され、海兵隊員が43名が戦死するという少なくない損害を受けており、戦術的成功、戦略的には失敗した、という具合である。
    • 圧倒的な物量を持つ米軍は、早速パクって有効性を見出して、低速であまり出番のなかった旧式戦艦をこれ幸いと地上支援に投入し、以後島嶼攻略作戦に大いに活用したのである。とはいえ、要塞があるとわかっている場所には最後まで近寄ろうとはしなかったのだが。*8*9
    • しかしアメリカ海軍は初期の頃、まともに対地支援の経験を積んでいなかったので支援艦隊の戦艦が対地砲撃を行ったときは十分な効果が出ないばかりか戦艦の砲威力が強力過ぎた為、至近弾などで味方を危険に晒し、海兵隊から「役立たず」の酷評を受けた一幕もある。そもそも砲撃地点付近に居るお前らが悪い
      • それでも大口径砲の一撃の威力は他に代え難く、近年までアイオワ型が基礎戦術の一部として使用していた。*10
    • じゃあ日本はどうだったかと言うと、基本的に上陸作戦で戦艦が用いられず、精々軽巡洋艦と航空支援程度だったのでそこまで複雑なことは起きていない。
      • ちなみに日本海軍では、駆逐艦、巡洋艦、戦艦などの砲術長クラスは大半が海軍砲術学校を卒業している。この海軍砲術学校では、教官が陸軍の重砲兵隊を指導したりと対艦砲撃以外にも対地砲撃能力にも積極的で学生に大しても教育を行っていた。つまり日本海軍はワリと対地攻撃は得意な傾向にあり、マレー上陸作戦やガダルカナル島での各対地砲撃では活躍している。問題は観測支援が無かったり、観測班や観測機との連携が上手くいかず効果がイマイチ分からなかったことが多かった点である。
  • 1944年6月のマリアナ沖海戦で250キロ爆弾と60キロ爆弾各一発が直撃。この250キロ爆弾がもたらした被害は甚大で、人力操舵室周辺諸室を大破し、左舷外軸の推進器軸を支えるスクリューブラケットに亀裂が入ってしまった。
    佐世保で行われた修理で取り急ぎブラケットを交換したものの、スクリュー軸のバランスが崩れてしまったらしく、いざ出動してみると「24ノット以上出すと艦尾が振動する」という後遺症を抱え込んでしまう。
    振動のため4番主砲塔照準困難、見張りすら出来ない状態では戦闘どころでなく、シンガポールの浮きドックに緊急入渠。
    問題の左舷外軸の使用を取り止め三軸運転とすることでどうにか振動も収まり、26.5ノット発揮可能へ回復した。この状態でレイテ沖海戦を迎えることとなる。
    • 同年10月のレイテ沖海戦では姉の金剛と共に栗田艦隊に所属したものの、前述の通り推進器故障によって3軸運転となっていため26ノットしか出せない状態であった。
      また、この海戦で榛名は弾薬節用や敵航空機による空襲の可能性を考え後部主砲の使用を控えるなどした他、
      別の空母群を追撃するなどしたため、戦果をあげる事が出来なかった。*11
      榛名は修復のため栗田艦隊と別行動をとるが栗田艦隊と共に日本への帰途についた金剛はその道中で力尽きる(榛名乗組員からも金剛の沈む様が見られていたという)。結果としてボロボロであった榛名が金剛型の最後の生き残りとなった。
  • レイテ沖海戦から帰還後に呉鎮守府に移されるが、榛名には最早出撃機会はないと判断され、1945年2月に特殊警備艦となる。
    これによって、副砲・高角砲・機銃などの大半が陸揚げされてしまった。
    • 他には長門も同様の処置を受けており、長門は煙突やマストと言った航海艤装等までも取り払われた無残な姿であった。
      この時期全力出撃が可能であった戦艦は、北号作戦から奇跡的に無傷で生還した伊勢日向(第1予備艦、多少の整備で直ちに出撃が可能な状態を維持するもの)と大和のみであった。
    • 停泊している間も幾度か空襲を受けており、6月22日を以て呉対岸の江田島に曳航される。結果としてそこが彼女の終焉の地となった。
  • 7月24日から28日にかけて、呉軍港の壊滅を狙った米機動部隊、及び陸上航空隊による大規模空襲が発生(呉軍港空襲)。
    • 24日の空襲は、榛名と同じく特殊警備艦となっていたものの機銃や高角砲が多数残されていて一番激しい抵抗を見せた日向に攻撃が集中し、榛名・伊勢を守る形で大破し、日向は26日についに力尽き着底した。
    • そして28日、榛名は午前8時より艦載機の猛攻にさらされる。残された対空火器や主砲の三式弾も用いて抵抗するが、爆風で高角砲と機銃の多くが潰され、測距儀が折られ、と蹂躙される。
    • 午後からは陸上基地より発進したB-24の襲撃も受けた。その際2番砲塔の砲側照準のみで編隊長機をふっ飛ばした逸話もある。
    • 結局B-24の2機を含む8機撃墜確実を報じたが、代償として500キロ爆弾のみで直撃弾13発を浴び*12煙突や艦橋上部は大きく歪み、艦尾に命中弾が集中して後方にバランスが崩され、
      さらに至近弾により両舷に開いた多数の破孔から浸水、16時15分に艦尾から着底した。
    • 後方に倒れ左舷側に12度傾斜、満潮時に第四砲塔を含む後部甲板ほぼ水没、艦首も半分あまりが海中に隠れ、前部最上甲板のみが水上…という状態であった。
      この有様でなお弾薬庫は浸水もなく、前部砲塔は無事であったため戦闘は可能で、「着底したんだからもう沈まない」と士気は依然として高かったという。
      だがもはや軍港ではなくなった呉は大規模な空襲を受けることはなく、榛名もこれ以上戦うことなく終戦を迎えた。
      • なお、榛名が撃墜を報じたB-24の生存者は機長のみが東京に送られ、残りは広島に収容されていたが、彼らの身に何が起こったかは皆様も承知の通りであろう。
    • 戦後に米軍が撮影したカラー映像が残されている(冒頭約2分)。
  • 日本海軍の主要な作戦のほぼ全てに参戦し、幾度も損傷を受けながらも四姉妹の中で唯一終戦を迎えた。
    • そのため運が若干高く、他の金剛型の上位互換。幾度となく傷つきながらも帝国海軍を支え続けたことから、連合艦隊屈指の殊勲艦であるという見方もある(要出典)。
  • 金剛型4姉妹のうち最後まで戦い抜き戦後は江田島小用沖から引き上げられ復興の資材となったといわれる。
    昭和21年7月4日に解体完了とされるも、この時点で撤去されていたのは主砲塔など艦上構造物のみで船体が残っており、榛名が完全に姿を消したのは早くとも昭和25年以降であった。
    • 日本船舶海洋工学会・西部支部が発行したメールマガジンには、クレーン船による榛名の上構撤去作業の様子がセピア写真で載せられている。
      また国土地理院の運営する「国土変遷アーカイブ」には、昭和22年7月付で上構をほぼ取り去られた姿で佇む榛名の空撮写真が残されており、呉市の大和ミュージアムには昭和25年3月9日付の解体撤去作業見積書が展示されている。
    • この時榛名の解体を手がけたのは、旧呉海軍工廠の設備を引き継いだ播磨造船所呉船渠であった。
  • 実は彼女に装備されていた物のうち、2つが現存している。
    • ひとつは昭和8年8月から翌年9月まで呉工廠で行われた第2次改装の際に撤去されたと思われるマスト(後檣トップ)が、兵庫県尼崎市の難波八幡神社(なにわはちまんじんじゃ)に保存されている。現在県立塚口病院のあるあたりには戦前大日本国光宣揚会があり昭和11年にその敷地内に建てられ国旗掲揚柱として使用されていたが、長年放置されていたのと病院が建設されるため現在の場所に移された(画像は「榛名のマスト」でググってみてください)。
    • もうひとつは榛名の大砲から作られた灰皿が、名前の由来となった群馬県高崎市の榛名山中腹にある榛名神社に保存されている(戦後引揚げ解体された企業から奉納された物だが、現在非公開となっている)。もともと榛名に設けられた艦内神社の御神体は榛名神社から分祀されたものだったが、7月28日に着底大破する直前になぜか御神体は撤去されたという逸話が残っている。
      • その御神体は、終戦直後の昭和20年8月23日に、榛名最後の艦長・吉村真武大佐が江田島八幡宮に奉納しており(その縁で着底した榛名を横から撮った望遠写真あり)、当地で約10年間奉られた後、昭和30年(1955年)7月30日を以て、初代艦長・舟越楫四郎らの手により元の榛名神社へと奉還された。
        祭神の還御は「凱旋」とみなされ、舟越が奉告文を納め、往年のクルーやかつて祭神の分霊に携わった神職らの立会いのもと、厳粛に奉還の儀式が執り行われたという。
  • 長崎県佐世保市と広島県江田島市に慰霊碑があるが、そのうち彼女が所属していた佐世保鎮守府に程近い佐世保東山海軍墓地には、金剛型のうち金剛、霧島、そして榛名の慰霊碑が設置されている。
    • 135名の英霊を祀った慰霊碑には「来るべき日を既に直感しながら 後に続くを渇望し 雄雄しくも海に散華せし榛名桜」と記されているそうな。
  • 余談だが、あの撃墜王と称される坂井三郎も榛名の二番砲塔砲手として配属された事もある。その二年前には、姉妹艦である霧島の副砲手として配属された経歴も持つ。
  • プロレスラー、ザ・グレート・カブキの父親も配属されており、最後の戦いの際に機銃弾を浴びたが、奇跡的に生還したという。その前には大和にも配属していたということである。

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 川崎重工、船舶事業からの撤退を検討http://jump.2ch.net/?http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ30HMS_Q6A930C1000000/ -- 2016-10-01 (土) 01:00:55
  • 最近艦これの合間に艦これのSS呼んでいるけど榛名のヤンデレ率の高いこと・・・そういや同人誌もあったっけか 榛名、そんなにヤンデレしそうか? ちなみに結構おもしろい -- 2016-10-05 (水) 12:31:37
    • SSは失恋ブラ鎮苛められ鉄底でとことん胸糞だったり(金剛型は特に多い)、ナイフ持たせて血塗れにしときゃヤンデレ(単なるサイコ)。なんてのもあるから注意な?タグや冒頭、流れで見極めないと核機雷あるで…… 献身的過ぎな性格で弄られるんだろうなあ、と思う -- 2016-10-07 (金) 10:41:47
    • 榛名は一昔前より減ったような気がする。今は時雨が異様に多い。 -- 2016-10-23 (日) 11:01:12
    • 電ちゃんや、以前じゃストパンのリーネのような「非の打ち所の無いいい女の子」にそういう病的な属性をつけて「バランスが取れた」とよろこぶ勢力は昔からいるよ。最近じゃ「魔性の潮」が典型例だ。 -- 2016-11-15 (火) 03:26:57
  • この姿の榛名はブラウザ版ではもう随分使ってないが(改二なんで)、AC版で再びお世話になりまくる事に。榛名さん本当に大丈夫過ぎます -- 2016-10-12 (水) 23:02:44
  • 小ネタ欄の追加&変にわかりにくかった部分を分かりやすく、及び間違いを訂正しました。 -- 2016-10-15 (土) 02:16:46
  • 秋刀魚ボイス追加。…なんか榛名、ねじり鉢巻して言ってそうだ。 -- 2016-10-21 (金) 22:24:37
  • 漁場での勝手は、榛名が許しません!と言いつつ北の海で次々サンマを釣ってくる我が嫁 -- 2016-10-22 (土) 03:14:01
    • 勝手は許しません!漁業取締船と化した榛名 -- 2016-10-23 (日) 22:45:52
  • 2-1でぜかしま掘るのと、2-Xのボスや3-2ハズレルートでこの娘掘るはのどっちがむつかしいんだろ? -- 2016-10-23 (日) 08:08:36
    • 北方いけるのなら西方にも行けるよね?難易度も低いし金剛型もよく見るから西方のがいいかも。島風ともどもそれなりに出るよ 持ってないからほしいって話ならだけど -- 2016-10-23 (日) 08:56:52
      • ありがとうございます、何とか両方とも入手できました。これで帝都に2隻目を送り込めます。(こっちで入手せずMOD制作はやりたくなかったので……) -- 2016-10-26 (水) 22:05:54
  • ふと思ったが、榛名と金剛は「提督」、比叡と霧島は「司令」と呼ぶよね。これは好意を寄せてるかどうかの違いなのか?(深読み) -- 2016-10-25 (火) 16:41:20
    • 好意を寄せてくる男の違い。奇数は赤煉瓦インテリ系、偶数は両舷直マッチョ系に言い寄られやすい。遍歴は数知れず、寝取り上等、実は枯れ専、若い男は眼中に無し。これぞ戦艦。ちなみに男心を弄びすぎると砲塔で火遊びされる。 -- 2016-11-15 (火) 11:47:14
  • 差違じゃなくて差異じゃね?比較の方だろ。 -- 2016-11-05 (土) 11:54:18
  • 金剛が3人、比叡が4人、霧島が2人来た。 そろそろ榛名さんにも来てほしい。 (新米提督の独り言) -- 2016-11-06 (日) 21:05:37
    • そこら辺は本当に運だからな。俺は新米からようやく半人前に片足突っ込みかけてるけど、同じ比率で妹たちは結構出たのに、金剛姉様だけ異様に出づらかった。 -- 2016-11-06 (日) 22:22:23
      • 俺も金剛が難関だったな・・・・・というか1番艦出ない症候群だったな(遠い目) -- 2016-11-15 (火) 10:56:18
    • 稀によくある 妙高と金剛には悩まされたなぁ・・・ 根気よくプレイし続けてればいずれ出会えるさ -- 2016-11-15 (火) 12:19:47
  • 改二いるけどこの時の見た目が好きだから榛名さんがドロップするたびに育成したくなる症候群が発症する -- 2016-11-19 (土) 13:57:54
    • やあ、同志よ(同じ理由で榛名2号の育成に着手している) -- 2016-11-21 (月) 14:38:14
  • 改二、改とケッコンしていま三隻目の榛名を無印で育成してるがこの榛名が一番かわいい気がする -- 2016-12-04 (日) 06:28:21
  • 面白かった。他の艦にも言及されてるけど、榛名は少し多いhttp://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/230078/120600065/ -- 2016-12-09 (金) 16:30:38 New
  • あぁ^〜榛名のクリスマスボイスが可愛すぎなんじゃぁ^〜。榛名とクリスマスを過ごしたいだけの人生だった -- 2016-12-10 (土) 01:23:01 New
  • 榛名のクリスマスボイス可愛すぎて吐血しそう -- 2016-12-10 (土) 16:45:45 New!
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*1 2015/04/23〜2015/04/28。
*2 この当時、最上さながらに、ソ連のモスクワ級、イタリアのヴィットリオ・ヴェネトなど、後部をヘリ甲板にした5千〜1万2千トン級のヘリ巡洋艦が流行していた。
*3 しかし、2007年に「しらね」(DDH-143)が火災事故を起こしたため、「はるな」からCICの機器が移され、「はるな」の電子機器は「しらね」が退役した2015年3月まで稼働していた。
*4 その後の報道で更に「B-17爆撃機が榛名の煙突部分に体当りし、撃沈した」という美談が捏造された。詳しくは名取の項目参照。
*5 煙幕を展張し、回避運動を取りながらも隙をついて魚雷を発射し、主砲で盛んに反撃を繰り返してくるエドソールを1,300発以上の砲弾を費やしても撃沈できず、蒼龍より爆撃機(99艦爆)17機を発進させ、爆撃によって航行不能となった所に各艦が砲撃を加えてようやく撃沈した。17:22にエドソールを発見し砲撃を行っていたにも関わらずエドソールが沈んだのは19:01。エドソールや野分、初月のように回避行動に専念する小型艦を砲撃で沈めるのは容易ではないのである。
*6 オアフ島の要塞砲は16インチ砲をはじめとした戦艦砲クラスの大口径砲がいくつも存在し、なおかつ実弾試験において、最大射程付近で30%超の命中率を出したこともあるから当然の懸念である。艦砲に対して要塞砲の命中率は、文字通り桁が違うのだ。
*7 戦闘詳報にも「戦艦主砲を以てしても所在飛行機を一機も残さず撃破することは困難なり」と報告されている。
*8 連合軍がカレーではなくノルマンディーを上陸地点に選んだ理由のひとつがこれ。カレーには強力な要塞があると信じられていた。そして、終戦まで連合軍はカレー地区を攻撃しなかった。
*9 硫黄島やサイパン程度の陣地でさえ、戦艦相手に一ヶ月程度の傷を負わせることはできた。まともな大口径砲を持っている陣地が相手であれば極めて危険なのはやはり変わらなかったのだ。
*10 バンカーバスターの登場で、ようやくお役御免になったともいえる、って、あれは一種の巨大な徹甲弾なんじゃ。
*11 敵機撃墜:確実13不確実1 空母撃沈1と報告している。
*12 日本側の記録では合計で20発あまり、基準の違うアメリカ側では28日で直撃弾7発とされた。