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瑞鶴

Last-modified: 2016-04-28 (木) 02:45:04
No.107
翔鶴型航空母艦2番艦、妹の瑞鶴です。幸運の空母ですって?そうじゃないの、一生懸命やってるだけ…よ。艦載機がある限り、負けないわ!瑞鶴(ずいかく)翔鶴型 2番艦 正規空母
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久62火力0 / 39
装甲33 / 49雷装0
回避39 / 69対空29 / 69
搭載75対潜0
速力高速索敵44 / 69
射程40 / --
最大消費量
燃料55弾薬55
搭載装備
21零式艦戦21型
21九九式艦爆
21九七式艦攻
12未装備
改造チャート
瑞鶴瑞鶴改(Lv25) → 瑞鶴改二(Lv77+試製甲板カタパルト+改装設計図) *1 瑞鶴改二甲(Lv90)
図鑑説明
翔鶴型航空母艦2番艦、瑞鶴です。
翔鶴姉と共に、ミッドウェーの後の第一機動部隊の中核として、
矢尽き刀折れるまで奮戦しました。
文字通り、最後の機動部隊が壊滅する、その日まで…。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:野水伊織、イラストレーター:コニシ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 2013年5月17日の臨時メンテナンスで追加実装。
    同日より開始され艦これ初のイベントとなった「敵泊地に突入せよ!!」にて、E4ボスドロップとして先行ゲットが可能だった。
    • 姉の翔鶴も同時に追加実装され、同イベントのE3突破報酬として先行ゲットが可能だった。
    • その後、2013年6月26日のアップデートで通常建造可能に、7月17日のアップデートで通常海域でのドロップで入手可能になった。
      しかし、激レアであり、現状では4-4や5-2や5-4等でしかドロップしない。
      建造での入手も可能だが出現率は低め。ハマりすぎてリアルで破産しないように注意。
  • 搭載機数84機を誇る、加賀大鳳に次ぐ搭載能力を持つ正規空母。
  • 赤城・加賀および蒼龍より回避が10高く、耐久も遜色はない。
    ただし火力の値が航空攻撃力にも影響するため、攻撃力は同程度の搭載機数をもつ赤城より若干劣る。
  • 翔鶴同様、搭載機のスロットはかなり平均的である。攻撃力を維持しつつ強力な艦戦で制空値を稼ぎたいと言う時などには困るかもしれない。
    すなわち「空母は艦載機数の一番多いスロットに艦戦を装備する」という一般的な運用ができない。
  • 反面、どのスロットでも平均的な火力が出る上に低燃費で回避も高いので、レベリング時の引率としては非常に優秀。
  • 運が40(改になれば42)と、かなり高い部類に入る(通常は10-12程度、トップは雪風で60)。
    長らく被弾しなかったことや開戦時の正規空母で一番長く働いたことなどがこの数値に繋がっているものと思われる。
  • なお、Lv25と、正規空母の中では低めのレベルで改造可能である。
  • 2015年10/30のメンテで改二/改二甲実装。IF改装ということで設計図とカタパルトが必須(翔鶴改二参照。)
  • また同日に、瑞鶴(改にすることが必須)旗艦の新任務が複数実装された。
    これまでは、彼女の艦これにおける代名詞でもある五航戦関連の任務で翔鶴と常にセットだったが、今回は小沢艦隊・第三航空戦隊。つまり最終時の瑞鶴がモチーフであり、全てを達成することで瑞鶴に縁のある熟練パイロットに率いられた強力な艦上戦闘機隊が入手できる(小ネタ参照)。

小ネタ Edit

  • 翔鶴型航空母艦二番艦「瑞鶴」として1941年9月25日、神戸川崎造船所で竣工。
  • 航空戦の時代において「文字通り、最後の機動部隊が壊滅する、その日まで」主力艦として常に最前線を転戦し続けた、日本海軍の最殊勲艦に数えられる一隻
  • 幸運を意味する漢字「瑞」に長寿の象徴「鶴」の名前通り、見事な幸運艦ぶりを発揮。が沈んだマリアナ沖海戦まで一発も被弾したことが無い。運の高さはこの経歴を反映したものだろう。
    • 彼女のような大型艦を建造する際は、どうしても工事中の事故で2〜3人は死傷者が出るのが常であった。
      しかし彼女は起工から竣工までの3年4ヶ月間、1人も殉職者や重傷者を出さなかった。生まれる前からその幸運の片鱗を見せていたといえる。
    • 兵装の仕上げのため建造された神戸から呉へ移動する事になったのだが、完成したての新鋭空母を人目の多い瀬戸内海を航行させるのは防諜上好ましくないと考えた海軍が、神戸から徳島沖を経て太平洋に出、四国をぐるりと回って呉に入るよう考えた。しかし室戸岬沖を通過時に台風に遭遇。艦体が28度も傾き、艦内に残っていた重量級の溶接機が右へ左へと転がる。塗料庫の一つの窓が完全に閉まっていなかったので浸水が発生し、乗員たちがバケツリレーで一晩中排水作業をする。足摺岬を通過したら北へ変針して呉へ向かうところ鹿児島の南まで流されてしまい、川崎造船所は無論のこと、艦政本部や海軍省、第一航空艦隊司令部らを慌てさせる。何とか呉に帰港したとき、艦首の菊の御紋は無残にもぎ取られていた。それでも船体には損傷はどこにもなかった。
      • 散々な初航海だった訳だが、これが却って「厄払い」になったのか、以後の幸運ぶりはご存じの通り。
  • もっとも戦闘時に関していえば、ただ単に姉が不幸過ぎて全てを吸い取っていた可能性もある。姉の不幸はむしろ妹を守るために身代わりになっていたと考えると泣けてくる。お姉ちゃん…
    • 姉だけでなく、祥鳳龍驤もある意味珊瑚海海戦や第二次ソロモン海戦で翔鶴・瑞鶴の身代わりになって沈んだようなものである。
  • ちなみに艤装員長と初代艦長を勤めた横川市平大佐は「瑞鶴を芸術家の作品で飾りたい」と企画。巨匠たちの全面協力により、艦内公室は日本海軍史上例を見ないほどの美術作品群で彩られた。
    • 長官室には川合玉堂の筆による、翔鶴と瑞鶴の姉妹を象徴した「二羽の鶴」の日本画。畳一畳分はゆうにある大作だった。
      艦長室には小磯良平の油絵。士官室には伊東深水の美人画や朝倉文夫のブロンズ像「兎之像」、渡辺長男の彩色の花瓶。
      さらに山川秀峰、福田平八郎、小林古径ほか、当時の日本を代表する巨匠たちの作品が集まり、その様子はまさに洋上の美術館。
      建造にあたった川崎重工でもこれらの作品群を非常に喜び、瑞鶴へ取り付ける前に大展覧会を開いたほどである。
    • しかし就役から間もなく、真珠湾攻撃出陣の際に、これらの芸術作品群は不要物件として呉軍需部の倉庫に陸揚げされた。
      そして終戦の際に持ち去られたか、あるいは呉空襲の時に焼けたか、今もって行方不明のままである。
  • 姉ともども連合艦隊の保有する空母では最強格だが、竣工と訓練が開戦前ギリギリだったので、特に先達の1・2航戦との練度に差があった。
    • 建造中に視察に来た高松宮殿下(昭和天皇の弟君)が「もっと早く完成させらんない(意訳)」とのたもうた為に、造船所はバーナーも無いのに根性で工期を3ヶ月短縮。瑞鶴が開戦に間に合ったのはこのおかげである。
      • だがその結果、就役の2ヵ月後に実戦投入(@真珠湾)と言うトンデモ無いことに。無茶しやがって…
    • 真珠湾攻撃から帰投すると間もなく、翔鶴ともども、艦爆・艦攻の常用機定数が各27機から各18機に削減されて常用機数が蒼龍・飛龍と同じ計54機となり(艦戦はもともと18機)、投射重量は3分の2になった。
    • 全盛期の一航戦の練度が異常なだけで、五航戦のパイロットたちも十分有能(海外行ったら教官やれるレベル)ではあったのだ。ただし南太平洋海戦までに限るが。
      • 練度の差があったとされるのは最初だけで、ミッドウェー以降は生還した元一・二航戦のパイロット達が合流。*2
        ミッドウェーで一航戦らを奇襲して沈めたホーネットを、後の南太平洋海戦では姉妹協力して撃沈している。
        ホーネットの僚艦かつ同型艦で、同じくミッドウェーで武勲を上げたエンタープライズにも第二次ソロモン海戦や南太平洋海戦では発着艦不能になる被害を与え、戦線から離脱させている。
        そして南太平洋海戦が終わった時点で、米海軍の太平洋における稼働空母がゼロになるという状況まで追い込むなど大戦果をあげている。
        だが味方の損害も大きく・・・ベテラン搭乗員を擁した艦載機部隊は事実上壊滅してしまった。
      • 南太平洋海戦の映像が空母ホーネット側から撮影されており、これを回収した日本軍が日本ニュース177号として後日公開した。映像には空母ホーネットに攻撃する瑞鶴所属の攻撃隊の戦闘シーンが映っており、逃げ惑うホーネットに雷撃と爆撃が2発命中するシーンまでが今でもNHKデジタルアーカイブスで視聴できる。
  • 彼女の航空隊に配属されていたのは、最強の零戦パイロット、「零戦虎徹」こと撃墜王岩本徹三飛曹であり(珊瑚海海戦まで)、
    彼の後に配属されたのは「ゼロファイター・ゴッド」こと岩井勉飛曹長である(レイテ沖海戦時)。被弾率の低さは彼らの活躍も忘れてはならないだろう。
  • 開戦時の瑞鶴飛行隊長は嶋崎重和少佐で、真珠湾攻撃では第二波攻撃隊の指揮官を務めている*3
    瑞鶴に赴任する以前は赤城や加賀で分隊長を務めた経験があり、翔鶴飛行隊長の高橋赫一少佐とは妻が姉妹同士という縁戚関係にあった。奇しくも五航戦は母艦も姉妹なら飛行隊長も義理の兄と弟という間柄だったのだ。
  • レッコ*4用レールを増設したり、搭載機数増大のために仕切り壁を撤去するなどちょこちょこ史実でも改造している…但し、現場レベルで勝手にやったのだが
    設計に携わった人はその話を聞いて絶句したとか。仕切り壁撤去して強度は大丈夫だったのだろうか。
  • 胸当てに書いてある「ス」の字は艦の識別用の文字である。
    特に翔鶴型は搭乗員が間違って着艦したという逸話があるほど艦形が酷似していたため、この文字の存在は非常に重要な意味を持っていた。ここら辺は翔鶴も参照。
  • なお、エンガノ岬沖海戦時には塗りつぶされほぼ見えなくなっている。
    大きな理由は「翔鶴」が沈没したから識別する必要性が低くなったから。
    そして、稼働可能な大型空母は既に「瑞鶴」以外いなかったからである。
  • 台詞でもお馴染みの爆撃には、史実でも何かと縁がある。
    真珠湾攻撃に参加した際、雷撃を行うには練度に不安があると判断された為、五航戦の攻撃隊は艦爆・艦攻とも爆撃任務のみ命じられている。
    その他、南太平洋海戦では翔鶴から艦攻隊、瑞鶴から艦爆隊と分担されていたり、レイテ沖海戦の瑞鶴最後の攻撃隊は零戦と爆戦が主力
    だったりと、割と爆撃経験が豊富。
    いわゆる爆撃系女子。
    この為か、秘書にしていると頻繁に爆撃を仕掛けてくる。特に執務室で襲われることが多いので提督諸子はくれぐれも頭上注意。
  • 瑞鶴が参加した作戦は以下の通り。
    • 真珠湾攻撃、ラバウル攻略、セイロン沖海戦、珊瑚海海戦、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦、い号作戦、ろ号作戦、マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦。
      • そして参加した作戦のうち、珊瑚海海戦、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦、マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦では日米ともに大規模な空母機動部隊を擁していたので、世界初となる空母同士の海戦も含め激しい衝突が度々生起した。ちなみに帝国海軍にとって武勲艦である瑞鶴と最も対戦しているのは米海軍の武勲艦エンタープライズ(愛称「ビッグE」)。
        瑞鶴が幸運艦なら、エンタープライズは主要海戦の殆どに参加し、何度も撃沈一歩手前の大損害を受けながら終戦まで生き延び、不死身と言われた艦だった。
  • 台詞の「七面鳥」はマリアナ沖海戦のエピソード。日本軍搭乗員の技量低下に米海軍の技量上昇、洗練された防空体制、新兵器「VT信管」の投入により、
    日本側艦載機が次々叩き落された。この事例を米兵は「ターキー・ショット(七面鳥撃ち)」と呼んだ。
    この時七面鳥と揶揄したのはエンタープライズなどが所属する米第58任務部隊。
    • アウトレンジで…決めたいわね!」の台詞もマリアナ沖海戦が元ネタ。
      日本海軍艦載機の、米軍艦載機より長い航続時間・長い航続距離を生かし、相手の攻撃を受けずに戦おうとする戦法だが、長距離・長時間飛行による攻撃は搭乗員に過大な負担を強いる。
      これは、正攻法で圧倒的な戦力を保持しつつあった米艦隊と殴り合っても到底まともな攻撃は出来ないだろうと考えられた故の苦肉の策だった。
    • しかし、ソロモン諸島での激戦により熟練搭乗員の多くを失い、訓練未熟な搭乗員ばかり抱えていた当時の航空隊には、余りにも無謀で酷な作戦でもあった。
      また、タウイタウイ泊地では敵潜水艦などにより約一カ月も訓練ができない状況だった。
      結局、「数時間に及ぶ飛行でクタクタになった未熟な搭乗員が、準備万端の防空網と最適な位置で待ち伏せする大量の新型戦闘機群に突っ込んで叩き落される」「出撃したものの目標を発見できず、母艦に帰投する前に燃料切れで墜落」と言う悲劇的な結果に終わっている。
      • アウトレンジ戦法は、自軍の空母を極力危険に晒すことなく一方的に敵空母や基地を攻撃できるという利点がある反面、搭乗員に長距離飛行による疲労を強いる上、戦闘で撃墜された際に救助が出しにくく、母艦への帰還が絶望的になるというデメリットがあった。つまり空母の命である機体と搭乗員をすり潰すことで母艦自体の安全を確保するという戦法なのである。
      • そもそも、目印も何もない太平洋のど真ん中で「互いに動いている母艦と敵艦隊との間を数時間かけて往復しながら攻撃する」という行為自体が非常に無謀であった。
        仮に敵艦隊を発見したとしても、長距離を飛行している間に実際の敵艦隊の位置と索敵機が発見した位置とのズレが非常に大きくなってしまっており、敵艦隊を発見することは難しかった。
        更にこれは母艦へ戻る際にも同じことが言えるため、未熟な搭乗員では敵艦隊を発見するどころか、折り返して母艦に帰還することすらままならなかったのである。
      • また根本的な話として、搭乗員という存在の重要性への認識の違いがあり、日本軍は米軍と比較して、搭乗員の損耗率が極めて高く、高練度搭乗員の維持が難しいという問題があった。
        一方、米軍は搭乗員の生還率の高さ*5から次第に練度を上げてゆき、いつしか日米の練度差は開戦時とは逆転した状況になっていたのである*6
      • 艦載機の更新も遅れ、例えば本来の計画ではこの時期には戦闘機を零戦から烈風へ更新しているはずであったとされ、予定外な事続きに提督の小沢は胃を痛めたという。
        さらに悪いことに、無傷のまま鹵獲された零戦(アクタン・ゼロ)などから米軍は既に零戦の弱点について熟知しており、対零戦用の空戦マニュアルが完成した状態にあったという。
        それに加え、後に対日本機キルレシオ19:1という記録を叩き出す「零戦殺し」、F6Fヘルキャット*7の配備も着々と進んでいたのである。
    • 七面鳥撃ちの成果の大半は航空機の空戦における性能差とレーダーや航空管制によるシステム化された迎撃作戦によるもので、対空砲火での撃墜はちょびっとでしかない。
      VT信管は製造が間に合わずそれほど発射されていなかった。
      というかソフト面の劣勢に目を瞑り、ゲーム的に投入された艦戦の機体と数だけを見たとしても、連合艦隊が投入したのは零戦を225機。対する米軍の迎撃は烈風クラスの機体が443機である。そりゃあ攻撃隊を守りきれるはずもない。もう航空劣勢ってレベルじゃねーぞ!
    • このように列挙すればキリがない劣勢な点を、たった一つの優位(航続距離)を活かして挽回しようとした(それ以外に挽回の方法がなかった)この海戦で、日本は逆に参加航空戦力の3/4を喪失するという大損害を被り、更には翔鶴姉や妹分の大鳳飛鷹といった虎の子の主力空母まで失った機動部隊は事実上壊滅*8。戦艦戦隊や水雷戦隊は軽い被害で生き延びたが、それら二線級の戦力のみで米機動部隊を相手にするのは到底不可能であり、ここマリアナにおいて太平洋の勝敗はほぼ決した。
      かつて連合艦隊が日本海海戦をワンサイドゲームで飾ってから40年目、今度は連合艦隊がワンサイドゲームで決戦に敗れ、これが後のレイテでの悲惨な壊滅に繋がることになる・・・。
  • 1944年10月、レイテ沖海戦で囮部隊の旗艦として出撃。連合艦隊最後の機動部隊としてと共に奮戦、任務を全うし小沢長官以下の司令部を予備旗艦大淀に移したのちルソン島北東にて力尽きた。
    • 当初は連合艦隊旗艦の設備を備えた大淀が旗艦になるはずだったが、機動部隊旗艦ならやはり空母をという小沢長官の意向で瑞鶴になったという。しかしこのことが結果的に禍根を残してしまうのだった。
    • 敵は米海軍の主力艦隊(エンタープライズ、エセックス、レキシントンIIらを含む空母11隻、アイオワなど戦艦6隻、他53隻)、対する連合艦隊は寄せ集めの機動部隊とは名ばかりの艦隊(瑞鶴、瑞鳳、千歳、千代田の空母4隻に対して艦載機は僅か108機、他13隻、但し艦載機は戦闘が始まる前に大半を陸基地に退避させている)、戦力差だけ見てもどれだけ絶望的な戦闘だったかが容易に想像がつく。
    • 彼女は真珠湾攻撃に参加した空母のなかで"最後の生き残り"であった。米軍もこの事実をよく理解しており、瑞鶴を目の敵にして集中攻撃を加えている。
      • もっとも激しく瑞鶴を攻撃したのは空母レキシントン(二代目)(Lexington(II):CV-16)の航空隊である。同航空隊パイロットたちは珊瑚海海戦で、翔鶴および瑞鶴航空隊の攻撃を受け沈没した初代レキシントン(Lexington:CV-2)の敵を討つため、はりきっていたという。さらにレキシントン(二代目)が所属していた第38任務部隊・第3群の司令官は、初代レキシントンが沈んだとき艦長を務めていたF.C.シャーマン少将である。復讐戦の気運はいやがうえにも高まっていたのである。
    • もし翔鶴が生きていたら…とも思えるが、この時の小沢艦隊の直掩機が僅か18機しかいなかった事を考えると、身代わりの有無に関わらず瑞鶴の運命は決まっていたと言えるだろう。
      • この護衛戦闘機のうち、空戦を生き延びた6機が相次いで大淀のカッターのそばに不時着水した。
        このカッターは、損傷した瑞鶴へ小沢長官を迎えに行くためのものであり、空襲の間隙を突いての作業でもあったため、無事救助された戦闘機搭乗員は1名のみであった。
      • このカッターが到着し、傷ついた瑞鶴から小沢長官が乗り込むと、艦上からは「馬鹿野郎!俺たちを見殺しにするのか」「小沢!これが長官のやることか!」と罵声が浴びせられたという。一方で長官が大淀に乗り込んだことを確認した瑞鶴艦長・貝塚大佐が「どんなことがあっても軍艦瑞鶴を守るぞ!」と伝声管に向かって叫んだことで、乗組員の士気が大いに高まったというエピソードもある。
      • 瑞鶴乗員の恨みは深く、救助された生存者を奄美大島で確認・整理のため移動させた際にも、司令部の乗っている大淀が見えると怒号が巻き起こった。瑞鶴の高田副長も「お前らの気持ちはよくわかるが、ここで言ってはならん」と必死に制止する有様であった。自分たちのあずかり知らぬところで決められた囮作戦のために、艦も仲間も機動部隊の誇りもすべて失ってしまった瑞鶴の、血の叫びであった。*9
      • 空母の壊滅を確認した後米軍が護衛艦艇へ巡洋艦4、駆逐艦10隻による艦隊を差し向けたことで救助作業が打ち切られ、海上に取り残された駆逐艦初月の内火艇が21日後に台湾に流れ着き瑞鶴乗員17名と初月乗員8名が生還した。ちなみにこのとき救助作業を行っていたのは五十鈴・若月・初月である。
  • しかし、瑞鶴たち囮部隊の奮戦は報われなかった。肝心要の栗田艦隊がレイテ湾を前にして反転してしまったからである。
    • その理由は戦後長らく謎とされ議論の的となっているが、一説には瑞鶴が小沢艦隊の旗艦だったことがある。
      瑞鶴は空襲の損傷で通信機能が低下しており、小沢艦隊が囮作戦に成功した旨の電文が栗田艦隊の旗艦大和に届かなかったのだ*10
      またそれ以前に栗田艦隊は武蔵の沈没後一度反転しており、後に陣形を立て直して再度進撃を開始した旨の電文を、小沢艦隊の旗艦瑞鶴は受信していなかった、よって小沢艦隊は栗田艦隊がすでに引き上げていたと認識していたという説まである。
    • レイテ沖海戦で各艦隊間の通信が混乱を極めたことは問題とされ、瑞鶴の送受信能力不足と艦隊旗艦の通信機能の強化が第一機動艦隊司令部から戦訓として指摘されている。つまり、最初から大淀を旗艦にしていればよかったのかもしれない(大淀も「旗艦不適」という評価はあるが)。
      • 空母の通信設備が不足していることは、ミッドウェー海戦で後方の大和がつかんだ敵空母の通信符丁情報を機動部隊の赤城がキャッチし損ねた事例からも窺える問題であった。
      • この連携の不備がなければ、小沢艦隊の前衛部隊として前進していた日向伊勢が、米空母「エセックス」・「レキシントン」を補足し、両戦艦の火力で以って一矢報いることが出来たのではないかとする考察もある。
  • 小沢中将は戦後、「レイテで本当に真剣に戦ったのは西だっ」と語ったという。
  • 最期の時が日本側から撮影されている珍しい艦。艦が大きく傾き総員退去が決まったなか、降ろされる軍艦旗に向け飛行甲板にいる乗組員が一斉に敬礼しているシーンと、その直後に両手を上げて万歳をしているシーンがカメラによって捉えられている。wikipediaに当該写真あり。
    • この一ヶ月前には、映画の撮影に参加。貴重な資料映像が後世に残された。
  • 彼女が沈んだ後も、第一航空戦隊として雲龍天城葛城隼鷹龍鳳・信濃らで機動部隊を編成してはいたが、もはや日本にこれを運用する力は残っていなかった。なけなしの機体も搭乗員も、不安定な空母より防衛力に優れた基地航空隊、そしてレイテ沖海戦において30に満たない機数で連合艦隊の60数隻よりも戦果をあげた特攻隊へと回されたのだ。
    • ちなみに2015年春イベントで新規実装された葛城には、先輩の瑞鶴の前では緊張し、お揃いの迷彩にするくらい憧れているという台詞がある。
      彼女の「だって、あの瑞鶴さんだもん」という言葉には瑞鶴の華々しい戦歴への憧憬とともに、竣工が翔鶴沈没後の雲龍型にとってもはや先達の戦闘可能な大型空母は瑞鶴しか残されていなかったという悲しい史実もうかがえる。
      葛城が呉で竣工したのは1944年10月15日であったが、その5日後に瑞鶴は呉を発ち、レイテへ最期の出撃へ向かった。
    • 雲龍と天城には、まだ建造中だった1944年6月7日に「第605航空隊を7月1日付で編成し第五航空戦隊に充当する」との予令がなされていた。
      もしこれが実現していれば、2年ぶりに五航戦が復活するはずだったのだが、直後のマリアナ沖海戦で空母艦載機隊が壊滅した影響で、605空の編成は6月24日に中止されて五航戦新編も立ち消えとなり、完成した雲龍と天城、そして葛城は一航戦に編入された。
  • 沈没後、彼女の乗組員たちは情報秘匿のため呉の三ツ子島の病棟に隔離された。日本軍お得意の懲罰人事である。後に同じく隔離された空母信濃乗員曰く、その病舎の壁には次のような書き込みがあったという。
    「後続ノ戦友ヨ、挫ケテハナラヌ、我ラハマタ行ク、後カラ骨ヲ拾ッテクレ。瑞鶴乗組員一同」
  • 奈良県橿原神宮近くの慰霊公苑「若桜友苑」内に、「瑞鶴之碑」という慰霊碑がある。
    一命を捨てて祖国を守ろうとした、空母「瑞鶴」の乗組員たちは、今日も日本神話の聖地から祖国の姿を見守っている。
    彼らの犠牲が、彼らの想いが、末永く語り継がれんことを。 ――合掌。
    • なお、瑞鶴之碑の横には「第十三期海軍甲種飛行予科練習生戦歿者 殉國之碑」が建っている。
      瑞鶴之碑参拝の際は、こちらにも手を合わせてほしい。
  • 瑞鶴の生涯については、NHK制作のドキュメンタリーが「フィリピン・エンガノ岬沖 〜囮(おとり)とされた空母 瑞鶴〜」としてNHKデジタルアーカイブにて公開されている。彼女のファンは各自検索して見てみよう。
  • 2014年12月12日のアップデートで、一部の艦娘にクリスマス仕様ボイスが実装された。残念ながら瑞鶴にボイスは実装されなかったものの、七面鳥ネタで飛龍秋月に火の粉が飛んでいっていたが、2015年12月7日のアップデートで瑞鶴自身にもクリスマス仕様ボイスが実装され、やはり七面鳥ネタにされている。

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 3周年記念ボイスがハイテンションっぷりで噴いた -- 2016-04-24 (日) 21:48:13
  • 昨日やっと5-4でお出迎えできました -- 2016-04-27 (水) 14:26:50
    • うちも昨日やっと5−4で来ました! -- 2016-04-29 (金) 12:51:05
      • これでやっと任務が捗るわー。でも80H遠征の明けがイベント開始日・・・。 -- 2016-04-29 (金) 12:53:59
  • 着任して一発めの空母レシピで来てくれたこの子はおれの幸運の女神 -- 2016-05-04 (水) 14:22:48
  • 昨日近所の田んぼの中をラジコン瑞鶴が航行しててびびった -- 2016-05-08 (日) 16:16:05
  • カタパルトをマンスリー任務でくれたらいいのに二隻目の瑞鶴を改二にしたい -- 2016-05-12 (木) 08:29:59
  • 更新されたプレイ漫画で、ついに水元提督のもとに瑞鶴が着任しました。翔鶴の笑顔が嬉しかったです -- 2016-05-14 (土) 21:21:08
  • E7丙ボス削り中に来てくれました。ご縁がない娘だと思ってたから嬉しい! -- 2016-05-15 (日) 20:12:42
  • 2年半ぶりに再開したら昔お迎えできなかったこの子が来てくれて叫んでしまったわ。今後はこの子と生きていきます -- 2016-05-16 (月) 06:13:42
  • 何でだろう、瑞鶴欲しいがために建造回すと必ず加賀が来るんだが・・・・ -- 2016-05-18 (水) 20:29:29
  • 何でだろう、瑞鶴欲しいがために建造回すと必ず加賀が来るんだが・・・・ -- 2016-05-18 (水) 20:29:38
    • 羨ましい -- 2016-05-19 (木) 16:41:47
    • 俺なんて扶桑型ばかり出るのに…不幸だわ… -- 2016-05-19 (木) 16:42:54
  • 赤城さんより先に来たから思い入れがあるのと、この子秘書にしてたら大型2回で大和が出たのもあって畏敬に近いものを感じてさらにケッコンしたいなと思うようになった今日この頃。 -- 2016-05-20 (金) 10:39:24
  • 300/300/600/600で回し続け10回目で来た正規空母、絶対に -- 2016-05-23 (月) 16:30:49
  • E4ボス削り中に来た!早く翔鶴も呼びたいな。 -- 2016-05-25 (水) 21:14:32 New
  • お願いですから来てください。お姉ちゃんが3年近く一人で喋ってます。加賀さんがなぜか優しいし、不幸姉妹(改二)も目を逸らします。 -- 2016-05-28 (土) 13:52:39 New
  • 今回のE3ボス削りでお姉さんとセットで初お迎えできました。しかしオリョールでワンパン大破w -- 2016-05-29 (日) 11:31:22 New
    • 当然入渠中です -- 2016-05-29 (日) 11:32:16 New
      • 未改造ならフル改修したとしても軽空母改並みの装甲しかないから当たり前じゃない -- 2016-05-30 (月) 13:22:01 New!
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建造成果の報告は建造レシピ内にあるコメント欄に、
ドロップ報告に関しては出撃ドロップ内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。





*1 資材の消費だけで、改二と改二甲をいつでも変更可能
*2 練度を不安視され特別な配慮をされたのは、基地攻撃を担当した真珠湾攻撃と、一航戦の支援を受けた攻略作戦(第一次ラバウル攻撃)においてであり、セイロン沖海戦時点では二航戦の防空支援があったとはいえ他の空母と遜色ない成績をあげている。ミッドウェー以降は元一・二航戦のパイロット達が加わったことにより、練度は既に問題ないものとなっていた。
*3 赤城、加賀、飛龍、翔鶴の飛行隊長は第一波攻撃隊に参加し、同じ第二波参加の蒼龍飛行隊長江草少佐より先輩のため。
*4 海軍独特の用語の一つ。要は不要物や損傷した艦載機などを海に放り捨てること。その時の掛け声の「レッツゴー」が訛ったもの。「ウォッシュタブ」→「オスタップ」つまり金ダライなど、イギリス海軍を範とした日本海軍では、この手の英語から転訛した用語・隠語が多かった。
*5 航空機の防弾装備が日本より充実していたことや、不時着水した搭乗員の救助のためだけに捜索用艦艇を出すなど、人命重視を徹底していたことが大きい
*6 「最初はヘボでも出撃を繰り返せばベテラン」というやつである。
*7 性能は烈風のカタログスペッククラス
*8 結果的に、ミッドウェーに続く第二の転機となってしまった
*9 艦隊司令部が通信機能を失った旗艦を捨てるのは、残存艦隊を指揮するためにも当然の措置ではある。しかしそういった戦術・戦略的な合理性と命を懸けて戦う者たちの感情論が激しく矛盾するのがまた常でもあり、ルンガ沖で先頭に立たなかったことが評価を大きく下げた長波や大和特攻を陸上から命令する連合艦隊司令部を非難した朝霜の例があるように、特に日本海軍は指揮官の振る舞いに感情的に手厳しい傾向が強かった。
*10 通信は届いていたとする指摘もあり、また愛宕の沈没で艦隊司令部通信員が戦線離脱、空襲により電線が切断し通信アンテナの機能が低下していたなど、大和の側も通信能力に大きな問題を抱えていたともされる