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早霜

Last-modified: 2017-11-28 (火) 09:30:25
No.209
また…来てしまったのね…この海に。夕雲型駆逐艦早霜、着任しました。早霜(はやしも)夕雲型 17番艦 駆逐艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久16火力10 / 30
装甲6 / 19雷装24 / 69
回避47 / 80対空9 / 39
搭載0対潜27 / 52
速力高速索敵6 / 19
射程11 / 49
最大消費量
燃料15弾薬20
装備
12.7cm連装砲
25mm連装機銃
装備不可
装備不可
改造チャート
早霜早霜改(Lv30)
図鑑説明
夕雲型駆逐艦、その十七番目、早霜です。
舞鶴海軍工廠生まれ。だいぶ押し迫ったころに生まれました。
レイテ沖海戦にリンガ泊地から出撃して…色々な光景を見ました。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:金元寿子、イラストレーター:藤川 (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 2014年8月8日の夏イベント:期間限定海域【AL作戦/MI作戦】にて新規実装。
    清霜と同様に、クリア報酬では無くドロップ艦。E-4以降のボスで入手できた。
  • 2015年6月12日に実装された4-5にて、待望の通常海域でのドロップが確認された
    ただし、通常海域の中でも屈指の強ボス&道中編成が相手とあって、イベント海域深部並みの探索難易度。
    十分な戦力を以て臨むか、勲章のついでと割り切ろう。

  • 改造後は爆雷を持ってくるが、同時実装の清霜改三式ソナーなのに対しこちらは九四式。残念ながら三式牧場はできない
    • しかし改修素材用として需要の高まった13号対空電探22号対水上電探を両方持ってきてくれるのでそれらが欲しい提督にとっては非常にありがたい存在。
  • なんとも微妙な運は「救助に来た艦が次々と沈むところを見せられる」と「沈没を確認されていない」を差し引きしたものか。
  • 実装からしばらくの間は春雨清霜秋月と同様の中破グラフィックに関する不具合があったが、2014/12/12アップデートで修正された。*1
  • 2016年6月1日のアップデートにおいて、初の限定グラフィックとして梅雨限定バージョンの母港グラフィックが実装された。
    例によって梅雨グラフィックは立ち絵限定で、カードイラストはそのままである。
    限定期間終了後に図鑑に格納された。
    限定イラスト:梅雨限定Ver.

小ネタ Edit

  • 「早霜」とは、朝早く降りる霜、もしくは秋早く降りる霜のこと。
  • 1942年度(マル急計画)仮称第345号艦として舞鶴海軍工廠で1943年1月20日に起工、1944年2月20日に竣工。
    第十一水雷戦隊で乗員の訓練を受け、5月10日にタウイタウイに向け出航。
    この時期にはもはや駆逐艦へも十分な訓練を施すだけの油がなく、わずか3ヶ月弱という凄まじい詰め込み訓練だった。
    • 1944年2月当時は、第十一水雷戦隊は龍田が旗艦を務めを除く第六駆逐も所属していたが、早霜所属から間もない間に龍田・雷・電が立て続けに戦没してしまった。
  • タウイタウイでは飛鷹隼鷹龍鳳らの警戒艦となる。
    いまだ技量未熟ながら、いきなり泊地周辺の対潜掃討などに投入されている。実戦をそのまま訓練としていたのである。
  • 6月19日のマリアナ沖海戦では乙部隊に合流し作戦に参加。初陣ながら2機を立て続けに撃墜している。
    そして大火災を起こし総員退艦命令が出された飛鷹の乗員たちを救助した。
  • その後呉に戻り、25mm単装機銃や25mm連装機銃などの対空兵装を大幅追加。
    7月1日に第五戦隊を護衛しリンガ泊地に到着。
  • 8月15日、秋霜(未実装)、清霜とともに第二駆逐隊*2を編成し、第二艦隊・第二水雷戦隊に編入された。
  • 10月24日からのレイテ沖海戦に栗田艦隊に属して参加。それに先立つ21日、士官を集めての最終打ち合わせの際、
    航海長が「必勝を期して乾杯しましょう」と提案し、とっておきのシャンパンを持ちだした。
    ところが栓を開ける際、誤って瓶を落とし割ってしまった。全員顔をしかめ、内心先行きの不吉さを感じたという。
  • そして25日、サマール沖海戦参加中に至近弾を浴びて損傷。
    転輪羅針儀が破壊され、舷側に無数の破孔が空き、しかも燃料タンクに海水が流れ込んでしまった。
    燃料と海水を分離するためには、ドラム缶に燃料を汲み取った上で揺らさないよう12ノットの低速で走りつつ分離を待ち、
    柄杓で上澄みを掬う方法しかなく、しびれを切らした旗艦能代はコロン島への単独回航を命じた。
  • 10月26日、必死に燃料分離作業を続けながら回航中、ついに敵機に発見され、波状攻撃を受けることとなった。
    この時、艦長平山敏夫中佐*3雪風那珂の例と同じく、艦橋の天蓋から身を乗り出し、航海長の肩を蹴飛ばすという戦車のような操艦で爆撃を回避。
    さらに艦首を風上に向けることにより豪快な艦首波を発生させ、12ノットをあたかも20ノットで走っているように見せかけて敵機の照準を狂わせるという奇策で回避を成功させている。
    • しかし、集中攻撃の連続に、ついに1本の魚雷を避けきることができず、1番砲塔下に命中。艦首が吹き飛ばされ、行脚が止まってしまった。
      動けなくなった早霜へは機銃掃射が集中して叩き込まれ、機銃員に死傷者が続出する。
      しかし早霜乗員たちはそれにめげず、機関兵までが飛び出してきて機銃を撃ちまくっていたという。
      ついには平山艦長も負傷したため、駆逐隊司令の白石大佐が代わって指揮を執り、沈没を防ぐためセミララ島の浅瀬へ微速でのし上げ、擱座した。
      • 早霜の母港(本籍)は横須賀。そのため乗員はほとんどが東京、茨城、千葉、栃木、神奈川といった関東人で占められ、血の気が多かった。
        上半身裸で背中の彫り物を剥き出しにし、「ベラボウめ、負けてたまるかッ!」と雄叫び狂いながら引き金を引くさまは壮観だったという。
  • その後早霜は、栗田艦隊から大きく離脱し単艦行動を取っていた沖波に発見され、横付けで燃料補給を受けた。この最中、同じく救援に来た藤波が2艦の目の前で空襲を受け沈没、その姿を目の当たりにしている。藤波では同艦が前日救助していた鳥海乗員もろとも全滅した。
    燃料補給を行っていた沖波にも空襲が迫ってきたため、沖波はやむなく補給を打ち切り、反転して早霜の元から退避した。
  • しかしその翌日、今度は鬼怒の救援に向かっていた不知火が早霜を発見、救助のため接近してきた。
    接近する味方駆逐艦の姿を認めた早霜は、昨日の藤波轟沈を思い出したか、「ワレ早霜、敵襲ノ恐レアリ、来ルナ」と信号を送ったが、不知火はそれに構わず沖合1,000メートルに停止し、救助のカッターを下ろし始めた。
    だが早霜の悪い予感は的中した。作業を始めた直後、案の定敵機が来襲したのである。不知火は急いで離脱を図ったものの、速力が上がらないままに艦中央部へ爆弾が直撃。
    爆発と同時に大火柱が噴き上がり、全艦猛火に包まれつつ真っ二つに折れて轟沈するという凄惨な最期を遂げた。
    余りに凄まじい爆沈であったためか、第十八駆逐隊司令、艦長以下乗組員全員が脱出する暇もなく戦死を遂げた。*4
    動けない早霜は、その光景をただ見つめるほかなかった。
    • その後、那智から発艦した水上偵察機が早霜を発見し着水。乗員から両艦の最期を聞き取っている。
      乗員たちは陸上に2週間ほど放置されたのち、派遣された救助船によって生還した。
    • 生存者のうち、残留員の田口大尉以下30名はセミララ島部隊を編成、米軍上陸後にマニラを目指したものの、途中で現地民ゲリラと交戦し1名を残して全滅した。この1名もマニラへ辿り着いたことははっきりしているが、その後は消息不明となっている。
    • また『海軍陸上部隊兵力表』によれば、せっかく救助船で生還した残りの乗員たちも、負傷や転勤で内地後送になった一部を除き、
      うち167名が最上木曾熊野初春若葉などのフィリピン方面沈没艦船生還者たちと同じくマニラ方面陸上部隊に編入。
      おそらくはそのまま徒手空拳に近い状態で*5地獄のマニラ市街戦に巻き込まれ、殆ど全員が為す術なく玉砕していったものと思われる。
  • 幾度もの空襲によって早霜の船体は蜂の巣と化し、再起不能の廃艦となってしまっていたため、放棄が決定。
    軍艦旗と暗号書類を焼き、船体はその場に置いて行かれた。
    主砲弾も機銃弾も全弾を撃ち尽くし、魚雷も誘爆を防ぐため投棄していた早霜は、もはや自爆することすら叶わなかったのである。
    打ち捨てられた早霜の船体はのちに米軍が捕獲し調査しているが、その後どうなったかは定かではない。
    • 一部資料によると、擱座した日本駆逐艦を米駆逐艦ウォーカーが完全破壊したとされている。何故かこれを沈没したはずの若葉としていることもある。当然早霜と若葉ではサイズが全く違う。
  • 助けに来た艦が次々と目の前で爆沈・乗組員全滅の地獄を見たせいだろうか、薄幸な霊感少女のような外見と口調。
    それでも提督(二人称:司令官)に対して一定以上の信頼は持っているらしい。
  • 早霜改での時報や家具『鎮守府カウンターバー』を見ると真夜中でも提督にお酌してる事が分かる。ちなみにウイスキー派。
    • そんな夜更けまで酒を出している駆逐艦は希少で、他は村雨(ワイン派)と朝霜(全部開ける派)のみ。
    • 公式4コマではカウンターバーのバーテンダーもやっているという設定。
      • 単行本5巻裏表紙では妙高型姉妹の相手をしており、やたらと長身のように見える*6ため、
        「娘Type」2016年4月号に収録された夕雲型ピンナップで、夕雲型の中でも小柄な事にギャップを感じた提督もいたかもしれないが、
        実際は4コマ版早霜は木箱の上に乗っているので身長が高く見えるだけで別に4コマ版が長身というわけではない。
        そんなはずはないと思う提督は、単行本5巻につけっぱなしになっているであろう帯を外してみよう。
        カウンターバーのお手伝いをしている清霜も見られるぞ!

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 夏は掘りに失敗したがE2攻略中にお迎え。今イベの未所持艦初ドロップ。やったぜ! -- 2017-11-19 (日) 19:02:56
  • E2で来てくれた。バグって邂逅の場面は見れず、ボイスも聞こえなかったけど、大切に育てたい。ようこそわが鎮守府へ! -- 2017-11-19 (日) 21:45:41
  • ウチにもようやく来てくれたぜ。3年か・・・待たせたな!早霜。 -- 2017-11-22 (水) 15:15:07
  • E2で2連続ドロップして思わず早霜より先に「また来てしまったのね」と呟いた -- 2017-11-29 (水) 04:13:30
    • ???「また…増えたわ」 -- 2017-11-29 (水) 04:20:26
    • なんか今回は早霜が出やすいのかね。攻略中に二隻も出た。 -- 2017-11-29 (水) 20:28:00
      • 栗田艦隊の一員だからじゃないかね。 -- 2017-11-29 (水) 23:46:44
  • この娘といると、自分がアララギ君になった気分になる……。 -- 2017-12-03 (日) 18:38:11
  • 他の夕雲型が鎮守府で待っているので出てください。 -- 2017-12-05 (火) 01:25:25
  • 出ねぇ……。今イベで一番掘ってるのに……。 -- 2017-12-08 (金) 01:52:03
  • 春雨が来たので次はE-2で早霜捜索を開始する -- 2017-12-08 (金) 21:32:28
  • 今イベ最大級に沼った上でようやく邂逅出来た。 ……おかげで燃料が10k切ったが -- 2017-12-09 (土) 04:41:38
  • 早霜出なさすぎ&浜風ドロップしすぎ………那珂ちゃんのファンやめます -- 2017-12-09 (土) 06:38:47
    • って、書きこんで一発目で来るんかーい!! -- 2017-12-09 (土) 06:52:36
  • やっと照月掘ったんで今から早霜掘り開始。間に合うかな…。 -- 2017-12-09 (土) 22:32:30
  • さあ早霜を探すぞ! -- 2017-12-10 (日) 22:22:25 New
  • はよこおおおおおおおおおおい!末っ子がいっぱいだぞ(錯乱) -- 2017-12-10 (日) 23:08:09 New
  • 今育ててるけど好みドストライクだこの子・・・ -- 2017-12-12 (火) 20:37:06 New
  • 4−5Sでキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! -- 2017-12-13 (水) 21:45:30 New
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 改造後にはじめて中破させた場合、未改造時の中破グラフィックが図鑑に登録されなかった。そのため、未改造時の中破グラフィックを登録するには、改造前に中破させる必要があった。修正後は、改造後に再び中破させれば、改造前の中破グラフィックが登録されるようになっている。
*2 白露型四隻の第二駆逐隊は夕立・村雨の戦没により1943年7月に解隊され、1944年8月に早霜・秋霜・清霜の三隻で編成された駆逐隊として名称が復活した。
*3 元白雲艦長。のち涼月艦長として坊ノ岬沖海戦で死闘を繰り広げる人物。
*4 『軍艦物語』(佐藤和正著)ではこの爆沈した救援艦は「野分」となっているが、野分は10月25日の時点で既に戦没していること、当時の戦闘詳報の記録では明確に「不知火」と記述されていることなどから、当該艦が不知火であったことはほぼ間違いない。
*5 沈没艦船の乗員がまともな兵器を持っているはずがない。ましてマニラは兵器弾薬が極度に欠乏していた。たとえば比較的数が多く装備の良い熊野の生存者たちですら重機関銃が2丁、軽機関銃数丁、半数が小銃で、残り半分は竹槍しか持っていなかった。
*6 バーの椅子に座った妙高型姉妹と同じくらいの頭の高さ。