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遊撃部隊 艦隊司令部

Last-modified: 2017-12-09 (土) 12:20:56
No.272
遊撃部隊 艦隊司令部遊撃部隊 艦隊司令部司令部施設
装備ステータス
火力雷装
爆装対空
対潜索敵+1
命中+1回避+1
射程
装備可能艦種
駆逐艦軽巡洋艦重巡洋艦戦艦
軽空母正規空母水上機母艦航空戦艦
備考
開発不可
揚陸艦、潜水母艦、練習巡洋艦、霞改二(改二乙不可)にも装備可能
任務「「遊撃部隊」艦隊司令部の創設」報酬
洋上において遊撃部隊を指揮する艦隊司令部です。
司令部施設を開設できるある一定以上の大きさ(の)艦に設営可能です。
同司令部を旗艦に設営した艦隊は、「遊撃部隊」として出撃している際に、
損害の大きい艦を単艦で戦場から離脱させる「単艦退避」を実施可能です。

ゲームにおいて Edit

  • 2017年11月19日実装。同日実装された任務「「遊撃部隊」艦隊司令部の創設」をクリアすることで入手できる。
    • 入手には艦隊司令部施設戦闘詳報2個、開発資材x10、鋼材x2,000、電探系装備x3が必要。
      また、達成には秘書艦の一番上の装備スロットに装備させておく必要があるので注意。
      装備ロック外し忘れともども気を付けよう。ロック解除済で装備箇所を間違えた場合はドラッグで装備スロットを入れ替えれば任務達成となる。
  • 2017年秋イベント捷号決戦!邀撃、レイテ沖海戦(前篇)にて実装された「遊撃部隊」(7隻編成)において有効な装備。
    • 道中で大破艦が発生した際、大破艦1隻を戦場から退避させる「単艦退避」が使用できる。
運営twitterより
  • 当たり前だが出撃時に第三艦隊かつ7隻編成(遊撃部隊)でないと一切発動しない。
    • 第一艦隊の通常艦隊や第三艦隊だが6隻以下の編成(≒通常艦隊扱い)で出撃した場合は旗艦に装備されていても一切発動しない。
      • 通常海域使用して退避できるほど流石に現実は甘くないので無駄装備にならないように。

単艦退避→進撃の手順 Edit

  • 遊撃部隊編成において、旗艦遊撃部隊 艦隊司令部を装備する。
    • 間違えて連合艦隊用の艦隊司令部施設を装備しないように。(逆も然り)
  • 道中の戦闘終了後、大破艦が発生した場合、リザルト画面と「進撃 or 母港撤退」画面の間に「離脱判定(意見具申)」画面が表示される。
  • 「離脱判定(意見具申)」画面では大破艦が提示され、「退避」or「退避せず」の選択ができる。
    ここで「退避」を選択する。
  • 通常と同じ「進撃 or 母港撤退」の画面が表示されるので、「進撃」を押す。
  • 次の戦闘から大破艦はバナーがグレーアウトして「退避」と表示され、戦闘から除外される。轟沈と見間違えてヒヤッとする。

使用上の注意 Edit

  • 僚艦に装備させても単艦退避はできない。必ず旗艦に装備させること。
  • 連合艦隊旗艦(第一艦隊旗艦)に装備させても、護衛退避はできない。装備を間違えないよう、厳に注意すること。指差し呼称推奨
  • 一回の戦闘で2隻以上大破した場合でも、退避できる大破艦は1隻のみで、連続して「離脱判定(意見具申)」は発生しない。
    1隻分の退避は可能だが、基本的に拒否して撤退しよう。
    • ちなみに優先順位は2番艦→3番艦→…→7番艦。
      • この優先順を逆手に取れば仮に2番と7番が大破したが7番にはダメコンを装備しているから2番だけ退避させて、進撃するということも可能だが…
        ダメコンの装備忘れとか順番間違いでくれぐれも慢心しないように。
  • 退避時は連合艦隊の護衛退避と同じく弾薬燃料を全消費、cond値が低下し、そこそこの確率で退避中に耐久が更に減少することがある。
    • ただこの退避中の耐久減少で轟沈はしない(かならず1で踏みとどまる)
  • 護衛退避を複数回行って艦数が4隻以下になると輪形陣が使用不可となり、3隻以下になると単縦陣固定になる。

小ネタ Edit

妖精さんは那智、最上、山城の3人。鉢巻き姿が似合っている  かわいい

「遊撃部隊艦隊司令部」という名前と、実装された際のイベントのネタ元などからレイテ沖海戦に参加した第二遊撃部隊、通称「志摩艦隊」の司令部がネタ元ではないかと思われる。因みに旗艦は妖精にもなっている那智である。
また「遊撃部隊」を「本隊と別に行動してこれを支援する部隊」という意味で考えるなら第一遊撃部隊(通称「栗田艦隊」)の別動隊として行動した同第三部隊、通称「西村艦隊」の司令部もネタ元として考えられる。因みに山城最上は第一遊撃部隊第三部隊の所属(山城は旗艦)として参戦している。

  • 第二遊撃部隊は捷号作戦に合わせて第五艦隊を中核に編成された軍隊区分での部隊であり、作戦立案当初は扶桑山城や第五戦隊、練習部隊の第十一水雷戦隊、秋月型駆逐艦で構成する第61駆逐隊なども含めた大規模な部隊として編成される予定だった。またその役割は攻略部隊攻撃の任を受けて従来の「機動部隊の前衛」の役割を解かれた第二艦隊の代わりに前衛を務めることとしていた。
    • 軍隊区分とは作戦の都合でその都度編成される部隊で艦隊区分で通常から編成される艦隊とは異なる。第二遊撃部隊の場合、その司令部と中核の第五艦隊の司令部は同一なのだが、組織上は全く別のものとされる。
      艦隊区分と軍隊区分の違い
  • しかしその後の作戦内容の変転で、基幹戦力だった扶桑姉妹は栗田艦隊への戦力増強に持っていかれ、第61駆等の編入の話も流れてしまい、10月の時点では第五艦隊の所属艦艇のみで構成する小部隊となっていた。そして10月12日に発生した台湾沖航空戦で、敵機動部隊を壊滅させたと信じた連合艦隊は第二遊撃部隊に急遽残敵掃討を指示する。慌てて出撃した同部隊だが、16日に無傷の米機動部隊が発見され状況が一変、追撃を中止して奄美大島に後退する。その翌日に米軍がレイテ湾入口にあるスルアン島に上陸、18日に捷一号作戦が発動しレイテ沖海戦が開始される。
  • 瀬戸内海にいる機動部隊本隊と合流する事も不可能ではなかったが、フィリピンの近くにいるという第二遊撃部隊の状況が、以後の同部隊の運用方法の決定に混乱を生む事になる。
    元々海軍には米軍上陸の際、陸軍の増援部隊を現地に送り込む「海上反撃機動作戦」が検討されており、その護衛戦力として第二遊撃部隊を充てようという考えが連合艦隊内であった。そのため機動部隊本隊の指揮下だった第二遊撃部隊を急きょフィリピン方面を担当する南西方面部隊(南西方面艦隊基幹)に異動させる。しかし南西方面部隊の方ではそのような反撃作戦は無理と考えており、当の第二遊撃部隊側も機動部隊への復帰か、第一遊撃部隊と共に上陸部隊攻撃に向かうべしという考えだった。現地陸軍部隊でも上陸地点へ送れるまとまった兵力を早期に集結させて輸送艦艇に乗せる事が不可能と考えていたのだが、連合艦隊側ではこの案に大分固執していたようで、結局21日午後になるまで第二遊撃部隊の作戦は決定せず台湾の馬公に待機する状態が続いた。
  • こういった運用方法の意見対立により出撃が遅れた第二遊撃部隊は慌ててマニラに向かう。ここにはこれも急遽決まった増援戦力の第16戦隊*3が待機していて合流する筈だったのだが、出港後に届いた第一遊撃部隊の作戦行動を見て、これでは間に合わないと判断した第二遊撃部隊指揮官の志摩清英提督はマニラ入港を中止してコロン湾に向かい、そこにいるはずの油槽船から最終補給を受けてレイテ湾に向かおうと判断する。しかしコロン湾に着いてみるとあてにした油槽船はなく、やむなく燃料に余裕のある重巡の燃料を駆逐艦に分け与えて、同部隊は西村艦隊の後を追ってレイテ湾に向かう事になる。もしこういった運用決定の混乱がなく、当初から突入が決まっていたら西村艦隊と連携した行動がとれたかもしれず、史実もまた違ったものになっていただろう。
    • なお、艦上反撃機動作戦はマニラで待っていた第16戦隊の鬼怒浦波で実施される事になり作戦名は多号作戦となる。25日にミンダナオ島ミヤガンにて陸軍兵約350名を搭載してレイテ島に向かい、翌日にはオルモック湾に到着し300名ほどの増員兵力を無事送り届けた。しかしマニラへの帰路に米軍機の空襲を受け2隻は沈むことになる。そして以後多号作戦は9度にわたって実施され、多くの将兵をレイテ島に送り込むが護衛の艦艇にも多くの被害を生む事になる。

もう一つのモデルと思われる西村艦隊だが、この部隊は攻略部隊攻撃を任務とする第一遊撃部隊内で急きょ編成された別動隊で、10月に合流したばかりの第二戦隊を基幹に編成された。

  • 元々栗田艦隊は2つの部隊で構成し、栗田提督が率いる第一部隊、第三戦隊司令官の鈴木義尾中将が指揮する第二部隊に別れ、第一部隊が攻略部隊を護衛する米艦隊を攻撃し、第二部隊が輸送船などを攻撃する手筈となっていた。この時第二戦隊と最上、時雨は第一部隊、満潮、朝雲、山雲は第二部隊に所属していた。
  • しかし第二戦隊は9月に再編されたばかり*4。艦自体は古豪だが部隊としての経歴は未熟であった。その部隊が10月に合流した事で部隊内での連携訓練が未了の状態で17日の作戦開始を迎えており、足手まといになる危険があった。そこで第一遊撃部隊は新たにもう1部隊を編成し、本隊とは別ルートで進出させ挟撃行動をとらせることを考える。
  • こうして連携訓練が未了の第二戦隊に、第五戦隊と行動を共にしていた最上、本隊の通るルートは航続力的に負担となる時雨満潮朝雲山雲が加わり第一遊撃部隊第三部隊が誕生する。
    • 扶桑姉妹が低速であるという事から部隊を分けたという説もあるが、一方でほぼ同速力の長門が第一遊撃部隊の本隊として参加している事から、不安要素ではあるが要因ではなかった可能性もある。*5
      • マリアナ沖海戦直後の1944年6月27日、第一機動艦隊司令長官の小澤治三郎中将は「長門は速力、戦力の関係上、大和、武蔵と別個の行動をとらしめ、山城、扶桑と共に第二戦隊を編成、遊撃部隊に編入するを可と認む。戦隊編成困難なるときは機動部隊附属にて可なり」と意見具申した。
        この意見は了承され、軍令部総長は第二戦隊の再編と長門の編入を天皇に奏上し、軍令部が第二艦隊(第一遊撃部隊)司令部に長門の第二戦隊編入を通知するところまで話は進む。
        ところが、第二艦隊司令部や長門が所属する第一戦隊司令部はこの案に真っ向から反対する。
        「捷号作戦発動も近きにありと認むるところ、当隊としては第一戦隊の編制をもって作戦計画を策定し、また全ての作戦要務を準備しあり。一方今日までの訓練においては、予期する軍隊区分による各部隊毎の訓練を励行し、各種戦術実施も右を基礎とし考慮策定せられあり」
        「今日まで折角第一戦隊の編制をもって訓練を重ね戦技等の向上せる長門としては、第二戦隊編入替えに基づく戦闘要務その他の新規変換等により返って一時戦力低下する恐れあり」
        要するに、せっかく第一戦隊で行動することを前提に訓練していた長門を第二戦隊に移すのは、捷号作戦発動を前に訓練や作戦行動計画を練り直さないといけないからやめてほしい、ということだった。
        長門が所属する第一戦隊の司令官宇垣纒中将も「この切迫せる時機は全く不適当にして長門の戦力を発揮せしむる所に非ず」と長門引き抜きに否定的で、長門の第二戦隊編入は結局中止となった。
        このように長門の速力については、低速だから別働隊にしようとした小澤中将と、運用上問題ないとする第二艦隊、第一戦隊司令部で見解が分かれていたようだ。
  • 同じ針路でレイテ湾を向かう事になった2つの部隊だが、前述の通り第二遊撃部隊の運用方法決定が遅れた事で連携についての協議も連絡も取れないまま進撃する事になり、2つの小部隊が別個に大部隊の待ち構える海峡に突入し西村艦隊は壊滅する羽目になった。また第三部隊と志摩艦隊とは所属する部隊が異なり、指示系統が違っていた事も連携が取れない要因であった。*6

被害艦を退避させる際、護衛をつけるのは基本であり、同システムでの単独退避というのは史実的には稀なケースである。

  • 被害を受けた艦はいわゆる「何時沈んでもおかしくない」状態であり、それも敵の勢力下である場合が多いので、護衛にある程度健全な艦を1〜2隻つけるのは生存者救助の観点から見ても必要だった。
    また護衛も付けてもらえずに単独で退避する同僚を見て、健全な艦艇の乗員に「やられたら見捨てられる」という風に受け止められて士気が下がる危険もあった。
    • やられた味方を見捨てないという姿勢は近代では重要であり、現在でも陸海空軍問わずそうである。負傷者が出たら兵士数が減るのを覚悟で健在な兵士を介護につけるし、行方不明者がでたら危険を承知で戦場に舞い戻って捜索する。捕虜がでたら特殊部隊を送り込んで救助したりするのも、こういった「仲間を見捨てない」という姿勢を重視するからであり、戦場では大切なものである。*7
  • 単独で退避させられると、もし退避中に敵に見つかると回避も反撃もままならない状態なので殆どは撃沈され、救助してくれる味方もないというパターンが多い。レイテ沖海戦での多摩や、熊野などがそうである。
  • 但し護衛をつけるにも、それによって本隊の方が艦艇数が減少するので、多くの脱落艦がでたらそう何隻も付ける事は出来なくなる。特にガダルカナル戦などで多くの駆逐艦を失い、数が不足していたレイテ沖海戦の頃は護衛をつける事すら困難だった。
    • この為第一遊撃部隊では高雄や武蔵など緒戦での脱落艦には護衛を2隻つけていたが、脱落艦が続出した事で護衛につける駆逐艦が足りなくなり、途中で1隻につき護衛を1隻のみとしている。

なお遊撃部隊の意味として「パルチサン」「ゲリラ」も含む場合がある。

この装備についてのコメント Edit

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 退避しながら攻撃を吸うのか… -- 2017-12-03 (日) 20:47:23
    • そろそろ訴えてやるでち… -- 2017-12-03 (日) 20:51:33
    • 第2の対潜艦まるまるどこかへ連れてってくれ -- 2017-12-05 (火) 02:31:03
    • またデコイの話してるでち・・・(’・ω・`) -- 58? 2017-12-09 (土) 03:47:37 New
  • 退避しながら攻撃を吸うのか… -- 2017-12-03 (日) 20:47:23
  • 退避時に通常の司令部施設と一緒に考えてたから「〜を随伴として退避します」のメッセージがなかった事に恐怖を感じて撤退させちゃったよ…一隻だけ退避してくれるのか -- 2017-12-05 (火) 20:45:29
  • 退避しなかったので調べたら、そういうことなのか…(´・ω・`) -- 2017-12-05 (火) 23:39:22
  • これにせよ艦隊司令部施設にせよ事実上イベ専用なんだから、艦隊司令部施設で兼用でよかったんじゃないかと思う。たかが一個分とはいえ、こんなもんでアイテム枠埋められると思うとなんか釈然としない -- 2017-12-06 (水) 00:17:09
    • 分ける意味、無いよな。余分な操作が増えただけで、得した気分にもならない。 -- 2017-12-08 (金) 01:41:35 New
  • 複数大破が出た場合の退避は上から順に判定するみたいだな。だからダメコン持ちデコイは最後尾に置くのがいい -- 2017-12-06 (水) 00:22:43
  • 艦隊司令部施設ってのを持ってなくて、大淀出て、手に入れたけどE4クリア後でも作る意味あるのかな -- 2017-12-06 (水) 02:18:08
    • コレは遊撃部隊用。 -- 2017-12-06 (水) 21:51:29
      • すまん、ミスった。後編で使うかもしれないから、連合艦隊用とは別に作っておいたほうがよい。 -- 2017-12-06 (水) 21:54:09
    • E3クリアしたときのはどこに行ったんですかね・・・ -- 2017-12-07 (木) 10:14:27
    • E1で大淀を拾って、なんでやろ、と思ったら万が一司令部をロストした場合の予備ってことか。 -- 2017-12-08 (金) 02:57:07 New
    • コレクションにでも -- 2017-12-08 (金) 22:38:41 New
  • これ使わずにクリアしたら戦闘詳報が2個浮くのか? -- 2017-12-07 (木) 00:49:46
    • 冬イベでも使うかもしれないし、使わないかもしれない… -- 2017-12-07 (木) 10:27:03
    • 戦闘詳報を使うことで今後チート装備を作り出せる可能性があるかもしれない -- 2017-12-08 (金) 16:59:37 New
      • その可能性も考慮した上で3つも余ってりゃ問題ないと判断して作ったわ。残り2つを手に入れるのにこれを使いたかったし。 -- 2017-12-08 (金) 17:17:40 New
  • イベ終了しても遊撃部隊は持続するんじゃね?もしそうなら圧倒的に通常海域が楽になる気がするんだけど -- 2017-12-07 (木) 18:12:30 New
    • 7隻で出撃できる常設海域が現在はそもそも無いので関係ないかと -- 2017-12-08 (金) 17:15:07 New
  • 6艦以下じゃだめか。通常海域ではダメなんですね、惜しい -- 2017-12-07 (木) 23:32:11 New
  • なぜか神威改母が装備できるので、幼女ウホ給も持たせて志摩艦隊の旗艦になれる。 -- 2017-12-08 (金) 02:59:58 New
    • どういう変換ですかね… -- 2017-12-09 (土) 04:15:52 New
      • どうか許してやってくれ、彼はゴリラなんだ -- 2017-12-10 (日) 01:20:37 New
  • 連合艦隊以外でも退避できるって点だけはこの上なく評価できるんだけど、海峡に突入しきるまで(Yまで)は一隻でも抜けるとルート逸れになるんで実質的に退避できないorしづらいっていうのが… -- 2017-12-08 (金) 12:22:18 New
    • まず連合の12隻だと1-2隻くらい余計なもの載せる艦の余裕あるけど7隻の旗艦スロット1個埋めるのは考えどころってのがあるしね。良い意味で使いづらい(便利すぎない)装備。まあ掘りだと非常に助かるけど -- 2017-12-08 (金) 13:01:47 New
      • イベント攻略後に、E2の掘りでこの装備が有ると、道中大破撤退のリスクが減るから有用ですよね。 -- 2017-12-08 (金) 13:37:19 New
  • 普段から使えるようにしてほしいね。単艦退避できたら通常海域は楽勝だろうけど。おにぎり持ってるヤツ可能とか制限付きでもいいぞ -- 2017-12-11 (月) 11:12:39 New
  • 要するに一人で帰れってことなんだけど、最強装備だったわ。 -- 2017-12-11 (月) 13:59:40 New!
    • 大破してたらどうせバケツぶっかけるし消費なぞ誤差だからね -- 2017-12-12 (火) 03:52:41 New!
  • 大淀で更新して持たせたまま一回も使わなかった 削り位使ってやればよかったなあ・・・ -- 2017-12-11 (月) 14:10:24 New!
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 このほか鎮守府司令長官、警備府司令長官、軍事参議官が中将で任命される親任職である。これらの職は在任中は大将や各省の国務大臣と同格の扱いを受ける
*2 同様に陸軍でも中将が務める師団長が親任官で、幾ら上司の軍司令であっても師団長を勝手に変える事は出来ない
*3 元々は第一遊撃部隊に所属しリンガ泊地を出撃しブルネイに向かっていたが、その途上で第二遊撃部隊への編成替えとなり、ブルネイ到着後すぐさまマニラに向かった。その途上で旗艦青葉が被雷大破し、行動可能な艦は鬼怒浦波の2隻だった。
*4 それまで山城は訓練艦としての任務につき、扶桑は長門と共に第二戦隊を編成していたが、1944年2月25日に第二戦隊解隊により連合艦隊直轄となり別々に行動していた
*5 扶桑姉妹の近代化改装後の速力は最大24.7ノットだが、長門の近代化改装後の速力は25ノットであり、ほぼ同速である。
*6 第二遊撃部隊を第一遊撃部隊の指揮下に入れるという案もあったようだが実行されなかった
*7 それを逆手に取って殺さず重症を負わせておく程度で止め敵の兵力を削いだり救援に来たところを一網打尽にするという、ある意味卑怯な戦法が存在するのもまた然りである。