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Prinz Eugen

Last-modified: 2016-06-02 (木) 22:44:44
No.176
Guten Morgen!私は、重巡プリンツ・オイゲン。よろしくね!Prinz Eugen
(プリンツ・オイゲン)
Admiral Hipper級
3番艦 重巡洋艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久50火力38 / 56
装甲38 / 64雷装32 / 64
回避34 / 68対空16 / 44
搭載9対潜0
速力高速索敵15 / 40
射程30 / 79
最大消費量
燃料50弾薬70
艦載装備
3SKC34 20.3cm連装砲
3Ar196改
3未装備
装備不可
改造チャート
Prinz EugenPrinz Eugen改(Lv45)
図鑑説明
わ! びっくりした! 私、ドイツ生まれの重巡、プリンツ・オイゲン。
アドミラル・ヒッパー級3番艦です。
ビスマルク姉さまとライン演習作戦に参加しました。
幸運艦…そう? この海でも戦い抜きます!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:小澤亜李、イラストレーター:島田フミカネ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 2014年11月14日のアップデートで新実装。同日から始まった秋イベント:期間限定海域【発動!渾作戦】のE-3クリア報酬。
    • 通常海域でのドロップや建造では入手不可のため、通常は新規/追加入手の手段が無い。
    • 2015年11月18日開始のイベント海域にて遂に秋月とともに初めてドロップ枠に登場した。
      ただし、未所持提督にしかドロップしない模様。
      • 非常にハイリスクであるが、Prinzを改造後解体すれば牧場も可能な模様。

  • 重巡洋「艦娘」の追加は鈴谷熊野以来、1年3ヶ月ぶりである(13冬コラボイベント時限定実装のタカオを除く、ただしタカオ自体の性能は霧の艦艇とあって重巡のそれをはるかに超越していたが……)。
  • ドイツ艦だが、建造でZ1Z3、大型でBismarckが建造できるかは要検証。ただし現時点で建造に成功したとの検証結果はない。
  • 改造Lvが45と高く、同レベルは磯風と同様になり、重巡の中ではトップ。
    • 改にするには5-4がオススメ。ちなみに旗艦S勝利のみ44周で達成可能(MVPを取ればその分周回数は下がる)。
  • 初の無改造でのホロ重巡。改造するとSホロになる。
  • 運の初期値が30と改造前の重巡洋艦娘の中ではトップの値。改造後を含めても2014年11月現在では青葉改妙高改二しか並ぶ艦が存在しない。
    このため着任してすぐから魚雷カットインが視野に入れられる唯一の重巡とも言える。
    • この値は後述するクロスロード作戦に参加した長門酒匂を意識した値と思われる。轟沈時の台詞にもその二人の名前をつぶやくことから、面識はあるようである。
    • 改造後は更に上昇して運40になる。
  • 余談だが、この娘の登場により初めて、艦娘図鑑において、1人だけの絵師が手がける図鑑ページが登場した。絵師は島田フミカネ。
    • 惜しいのは、吹雪北上などを含む図鑑2ページ目。10隻のうち9隻がしばふ艦である。
    • ちなみに同時に1ページすべて海外艦(日本艦以外)で初めて埋まったページでもある。
  • どうにも和んでしまう「Feuer! Feuer!」のイントネーションは必聴。
  • ちなみに中破絵で見られるパンツweiß…良い色だな…
  • 公式4コマ第77話で初登場。
    Bismarckが小さくなった、開口部(排熱機構)等、絵師のつぶやきを拾ったと思われるネタが複数有った。
  • 実は「私がラッキーガールですって?」というセリフだけドイツ語ではなく英語だとうわなにをするやめ

小ネタ Edit

  • アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦の3番艦。
    キールのクルップ・ゲルマニア造船所にて1936年4月23日起工・1938年8月22日進水・1940年8月1日就役。
    • 基準排水量14,680tは第二次世界大戦に参加した重巡洋艦の中で最も重い。*1
  • 艦名は、17世紀末から18世紀初頭に活躍したオーストリア・ハンガリー帝国の軍人オイゲン・フォン・ザヴォイエンに因む。
    • 敢えてオーストリア・ハンガリー帝国軍人を名前にした訳は、進水時にハンガリー摂政ホルティ提督が訪独していたため
    • 名前の独:プリンツ/Prinzは、英:プリンス/Prince、と同じ。王族・貴族の男子と言う事である。 だが断じて男の娘ではない!!*2
    • 彼がプリンツ・オイゲン、つまりオイゲン公子と呼ばれたのはサヴォイア公家の男系子孫だから。*3フランス生まれの陸軍の軍人である。
      イタリア系(サヴォイア家)フランス貴族出身のオーストリア軍人という大河ドラマのネタになりそうな人。
【オイゲン・フォン・ザヴォイエンの略歴】
  • 比較的艦名が長いため、艦これでは「プリンツ」「プリンちゃん」「オイゲン」の様に略される事が多い。
    • 当時、実艦の乗組員達・ドイツ海軍内では「プリンツ」と呼ばれていたようだ。*5
    • 呂500の台詞では「オイゲンさん」と呼ばれている。
  • なお某イラストサイトでは一文字変えて「プリケツ」と呼ばれてる、憲兵の皆さん今日も鎮守府は平和です。


【設計】


【戦歴・戦果・参加作戦】






*1 彼女が属するアドミラル・ヒッパー級は、ドイツがワシントン海軍軍縮条約に参加していなかったため「巡洋艦は10,000t以下」の制限外で設計された。その後、イギリスと英独海軍協定を結び「巡洋艦は10,000t以下」の制限を受けたが設計を変更しないまま建造、諸外国には10,000tと通知していた
*2 ちなみにこの女性系、すなわち英語の「プリンセス/Princess」に対応するドイツ語は"Prinzessin(プリンツェスィン)"である。
*3 オイゲンの祖父、トマーゾ・フランチェスコはフランス王家の傍系、コンデ家出身のマルグリット・ドゥ・ブルボンと結婚したサヴォイア公、カルロ・エマヌエーレ1世の五男である。すなわちオイゲンはフランス王家の血を引いており、ヴェルサイユの宮廷では「血統上の公子」(prince du sang)と称する資格を持っていた。このためオーストリアで仕えるようになっても、「プリンツ」(Prinz)の称号を保持していたのである。
*4 エマヌエレ・フィリベルト・デュカ・ダオスタ級2番艦
*5 「ドイツ海軍戦記」「呪われた海―ドイツ海軍戦闘記録」による。
*6 他は未完成のまま空母に改装されたが未竣工のザイドリッツ、独ソ不可侵条約の結果ソ連に未完成のまま売られたリュッツオウ。
*7 日本海軍で最も重い重巡である高雄型(改装後)でも基準排水量13,400t程度。オイゲンより重い重巡は第二次世界大戦後に就役したアメリカ海軍のデモイン級(同17,273t)ぐらい。ちなみに、日露戦争時の敷島型戦艦は一番艦の「敷島」が基準排水量14,850t、四番艦の「三笠」が15,140tで、オイゲンはかつての前弩級戦艦に匹敵する重量である。
*8 最終時に2cm連装が大幅に削減されているが発射速度の遅い3.7cm(艦これでお馴染みの3.7cm FlaK M42ではなく3.7cm SK C/30U)と射程が短く4連装ほどの弾幕が張れない2cm連装を長射程高速連射の4cmに置き換えているため対空能力は増している。
*9 厚めの主甲帯に重量を費やし、弾薬庫など重要部位はそれぞれ異なる厚さの追加装甲によって防御し、砲塔を含む上部構造物は弾片防御(25mm)に限定するする日本の重巡とは異なる形式である。
*10 1944.8〜とあるように実は艦これのPrinz Eugen改の状態ではFuMO25は装備してなかったりする。
*11 特に広角砲用の4mはこのクラスとしては珍しくジャイロによる安定装置つきである。ドイツの技術の高さを窺わせるがその複雑な機構が災いしてライン演習作戦時には完成しておらず、前部の2基はカバーも未装備でトラブルが多発した。
*12 自艦の速度や海面の状態にもよるが良好な状態なら20Km先の水上艦を探知する高性能聴音機。ドイツ艦は規模は違えど大抵装備しているので艦これでの実装も期待できる?
*13 排水量の割りに攻撃力が高かったので「ポケット戦艦」とも呼ばれた。航続距離は20ノットで10,000海里。
*14 大西洋横断を最速で達成した船に与えられる賞。
*15 1930年に就役した貨物船「ウッカーマルク」、1935年の客船「シャルンホルスト」(後の空母「神鷹」)、1936年の客船「グナイゼナウ」など。
*16 ドイツZ計画の理想はかつての大洋艦隊の復活であり戦艦と巡洋戦艦の連携であった。
*17 1941年頭の大西洋通商破壊作戦「ベルリン作戦」の結果。両艦は後にビスマルクで戦死したギュンター・リュッチェンス大将が指揮していた。
*18 ツェルベルスとは独語でケルベロスの事で戦艦二隻・重巡一隻の大型艦三隻を三つ首の冥府の番犬に見立てて命名された作戦名。英名は文字通り海峡:CHANNELを懸け抜けた事から。
*19 実際は知っての通り仏ノルマンディーであった
*20 出撃回数705回、撃墜機数104機のエースパイロット。バトルオブブリテンの英雄であり空軍嫌いの海軍からも尊敬され人気があった。戦闘機隊総監についてからも自身パイロットとして出撃し撃墜数を伸ばすと言う男気溢れまくる人物で、史上最年少将官にもなった。自らの戦闘機にあしらったパーソナルマークは「葉巻をくわえ、手に斧と拳銃を持ったミッキーマウス」
*21 初の本格的電子戦自体は日露戦争での露軍による弾着観測への電波妨害
*22 逆にイギリス側のソードフィッシュ隊が全滅し、シャルンホルストのホフマン艦長が「かわいそうに。あんなにのろくては自殺同然だ」という感想を口にしたほどの散々な戦闘結果であった。
*23 前年10月に本艦に衝突され、行動不能となる大被害を被った軽巡洋艦ライプツィヒですら自力航行可能に修理してこの作戦に投入した。
*24 それでも「ヴィルヘルム・グストロフ」や「ゴヤ」などの脱出用客船がソ連潜水艦に立て続けに撃沈され、軍民併せて3万3千人もの犠牲者を出している。この2隻は戦災を含めた場合の民間船遭難犠牲者数のワースト2(グストロフ:9千人以上、ゴヤ:6千人以上)である。ちなみに、沖縄からの疎開船「対馬丸」が撃沈された時の犠牲者は1,476人に上り、撃沈した潜水艦「ボーフィン」は真珠湾で「アリゾナ」の隣に展示されている。
*25 終戦まで自力航行、自力戦闘能力を保持していた唯一の枢軸国重巡洋艦である。
*26 ビキニ〜クェゼリン両環礁間は300km以上離れている