Top > 天山(村田隊)

天山(村田隊) の変更点


 |CENTER:218|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|CENTER:80|c
 |>|>|>|>|~No.144|
 |&attachref(装備カード一覧/weapon144.png,nolink);|>|天山一二型(村田隊)|>|艦上攻撃機|
 |~|>|>|>|~装備ステータス|
 |~|~火力||~雷装|+15|
 |~|~爆装||~対空|+1|
 |~|~対潜|+6|~索敵|+4|
 |~|~命中|+2|~回避||
 |~|~[[戦闘行動半径>基地航空隊]]|5|>|BGCOLOR(#ccc):|
 |~|>|>|>|~装備可能艦種|
 |~|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):駆逐艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):軽巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):重巡洋艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):戦艦|
 |~|軽空母|正規空母|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):水上機母艦|BGCOLOR(#ccc):COLOR(#ddd):航空戦艦|
 |~|>|>|>|~備考|
 |~|>|>|>|開発不可能&br;2015年夏イベントの限定任務報酬&br;[[機種転換任務>任務#id-F19]]報酬|
 |>|>|>|>|LEFT:旧式化した「九七艦攻」の後継機として開発された、新鋭艦上攻撃機「天山」。&br;同機を装備した本部隊は、高技量と豊かな指導力を兼ね備えた歴戦の空中指揮官が率いる、&br;「天山」への機種転換が完了した精鋭艦攻隊です。|
 *ゲームにおいて [#about]
 -2015年期間限定イベント「[[反撃!第二次SN作戦]]」のE3『激突!第二次南太平洋海戦』の共通突破報酬として実装された[[九七式艦攻(村田隊)]]を、機種転換することで入手できる艦攻。
 --入手方法は[[九七式艦攻(村田隊)]]を参照。
 --機種転換任務は[[2015年夏イベント期間限定>反撃!第二次SN作戦#id-SN08]]だったため、イベント終了のメンテナンス実施後には任務一覧から消えてしまった。
 &br;
 -その後装備入手が不可能と思われたが、まさかの[[翔鶴改二]]の実装と共に再び[[機種転換>任務#id-F19]]が可能になった。
 --機種転換前の任務で九七式艦攻(村田隊)が入手できるため、もう持っている提督ももう一個入手可能。
 ---よってこの装備、''最大2つ所持''することが可能。
 ---ちなみに機種転換で変わるのは1つのみ。過去も事例があったが、秘書艦に転換対象を2つ搭載しても転換されるのは1つだけである。
 夏イベントで九七式艦攻(村田隊)を入手し、転換せずにいた場合は転換対象装備を2つ所持することになるが、肝心の転換任務が1度のみなので機種転換できるのは1つだけ。
 &br;
 -図鑑での表記や装備変更の確認画面では''「天山(村田隊)」''であるが、艦娘の装備欄、装備一覧画面および装備カードでの表記は''「天山一二型(村田隊)」''である。
 --天山一二型(友永隊)がある関係で後者のほうが呼びやすいか?
 --内部データでは「天山一二型(村田隊)」の模様。図鑑側の表記ミスの可能性が高い。
 ---過去に[[彗星一二型甲]]も装備変更画面での表記が「彗星一二''甲型''」となっていた事例がある。(※修正済み)
 &br;
 -[[天山一二型(友永隊)]]との比較だと命中-1(よって触接時+17%)、雷装+1、索敵-1であり、雷装値≒砲撃戦火力で勝っているが、命中が+2なので、触接時の倍率では負ける。
 --対空値が設定されているため、制空権争いにも参加可能、ただし+1なのでオマケ程度で。
 &br;
 -8つ目の☆5装備。機種転換を考えると天山一二型(友永隊)や彗星(江草隊)等と同様、ロストにだけは要注意。
 -天山一二型(友永隊)と違い青いオーラはない。&color(Black){やっぱり法則不明である。};
 
 **性能比較表([[装備最大値/艦攻上位早見表/テーブル]]より転送) [#mf9505e0]
 **性能比較表([[装備最大値/艦攻上位早見表/テーブル]]より転送) [#d4a64d63]
 #table_edit(装備最大値/艦攻上位早見表/テーブル)
 
 *小ネタ [#trivia]
 -「南太平洋海戦から村田重治少佐率いる村田隊が生還し、後継機の天山が配備されたら…」という、いわばif装備。部隊については[[九七式艦攻(村田隊)]]を参照。
 [[天山一二型(友永隊)]]とは違い、村田隊が母艦とした空母「赤城」「翔鶴」のうち、「翔鶴」は天山の搭載事例があるので、母艦の生存も含めたif設定ではない。
 -機体後部の垂直尾翼に書かれている機番号は「EI-301」
 --日本海軍の艦上機の垂直尾翼の番号は
 ---最初のアルファベットは航空戦隊を指し、Aは1航戦、Bは2航戦と続き、Eは5航戦となる。
 ---次のローマ数字は戦隊所属の艦番号であり、気楼貳峇蓮粉艦)、兇脇麋峇呂鮖悗后
 ---最後の3桁の数字は機体番号で艦戦は100番台、艦爆は200番台、艦攻は300番台
 ---文字色では戦隊を区別している訳ではない。真珠湾攻撃時は殆どの機の文字は赤であった。
 色で戦隊を区別しているのは機体胴体や垂直尾翼に描く隊長機を示す帯ラインであり、赤が1航戦、青が2航戦、白が5航戦で帯1本が小隊長、2本が中隊長、3本が飛行隊長となる。
 --この法則で行くと「E-301」は「第五航空戦隊翔鶴艦攻隊1番機」となるが、村田隊長が赤城時代に搭乗していた機体は「A-311」(第一航空戦隊赤城艦攻隊11番機。1番機は総隊長の渕田美津雄中佐が搭乗)だし、翔鶴への移動時、翔鶴は新生第一航空戦隊だった。
 ---実はミッドウェー海戦後に「翔鶴」「瑞鶴」「瑞鳳」が新生第一航空戦隊を編成したのちも、機体番号はEの表記を使い続けたらしい。同じく新生第二航空戦隊となった「隼鷹」「龍驤」も前任の第四航空戦隊の表記であるDを使い続けている。従来通りにA番号とB番号に戻したのは南太平洋海戦後の昭和18年になってかららしい。
 --なので97式艦上攻撃機の「E-301」号機は正確に言うと村田隊長専用機の番号というわけではなく、ミッドウェー海戦前の珊瑚海海戦までは別の人物が搭乗していた。その人物は市原辰夫大尉である。
 --仮に村田隊長が南太平洋海戦から生還しても上記のように昭和18年には1航戦は機番号表記をEから従来のAに戻す訳なので、天山が配備される昭和18年12月頃ではA表記だったはずなのだが…
 ---まあ昭和19年2月には機動部隊の空母と艦載機が分離し601航空隊が編成。機番号も「601-○×△」という風に変わるのだが…
 *この装備についてのコメント [#comment]
 
 #region(過去ログ)
 #ls(./)
 #endregion
 
 #pcomment(./コメント2,reply,15)