艦これ 二次創作小説『キス島撤退作戦』 第2話「幌筵泊地 a berth Paramushir」

Last-modified: 2014-11-10 (月) 00:44:59

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14.11.9 鳳翔.JPG
絵は むくさんの作品

艦これ 二次創作小説『キス島撤退作戦』 第2話「幌筵泊地 a berth Paramushir」

1630時。幌筵泊地。
古鷹が最初に桟橋に上がり、次に増援艦隊の面々が、最後に加古が続いて桟橋に上がった。彼女達が桟橋を渡り終えると、T提督は増援艦隊を横一列に並ばせて、横一列に並んでいる幌筵
泊地の艦娘達と向かい合わせた。
「私が幌筵泊地の提督だ。彼女達がここに所属している艦娘だ」
T提督が幌筵の艦娘達から一歩下がると、順番に名乗った。
「睦月型10番艦の三日月です。ここで秘書艦を勤めさせて頂いております」
「私、文月って言うの、宜しく~」
「睦月型駆逐艦、3番艦、弥生です」
「卯月だピョン!!」
「暁よ。一人前のレディーとして扱ってよね」
「響だよ」
「そして古鷹と加古。今のところ、これで全員だ」
T提督は古鷹と加古を見やりながら言った。
「今のところ、とおっしゃいますのは?」
千歳が尋ねた。
「うん。他に空母娘の瑞鳳、軽巡娘の阿武隈と鬼怒もここにいたのだが、例の西方海域攻略の為に横鎮に引っこ抜かれてしまってな。幸いにして重巡娘は残してもらったようだ」
「航空兵力は皆無だった、ということですね」
矢矧がそう言ったは、T提督は首を横に振った。
「いや、必ずしもそうではない。基地航空隊と水上機隊がここを守っている。まあ、確かに空母娘がいないから能動的な運用はできないがね」
ちょうどその時、海の方向からプロペラ音が聞こえてきたのでそちらに視線を移すと、2機の水上機がこちらに向かって飛んでくるのが小さく見えた。それがたちまちのうちに大きくなり、
それが二式水上戦闘機のタッグであることが分かった。
「ちょうど空中哨戒から戻ってきたようだな」
T提督は再び増援艦隊の方に顔を戻した。「とにかく、今は疲れているだろう。宿舎は引き続き古鷹と加古に案内させる。1900時に哨戒艦隊を除く全員が食堂に集合するように。それ
までゆっくり休んでくれ。何か質問は?……それじゃ、1900時に食堂で会おう」

港湾を正面に臨む位置に幌筵泊地の主要施設は建っていた。4階までしか無い背が低い建物だが、代わりに面積が広かった。広々とした正面玄関に通ずる幅広のコンクリートの階段を上る
と、心地良い涼風が艦娘達を迎えた。建物の中を風が通っているようだ。増援艦隊の一同は思わず嘆息を漏らした。それに気付いた古鷹が説明する。
「ここはクーラーが無いんです。基本的に夏は涼しいですから」
「さすがは北方海域だ」
若葉が呟くように言った。
「うん、ちょうど良いわ」
初霜がウンウンとする。
「でも締め切ると暑くてダルいからこうやって窓とかドアを開放してんだー」
「横鎮が私達を招集しなかったのは、加古が暑い所ではやる気出さないからなんです」
「え、そうなんですか?」
大鳳が目を丸くした。他の艦娘は加古を見た。加古は狼狽していた。
「いやいやいやいや、それ悪い冗談だってば!デマ流さないでくれよ古鷹ぁ!」
古鷹はクスリとした。
「もちろん冗談です。本気で取ってはいけませんよ」
「もー焦ったよ全くー」
加古が脱力して猫背になった。
「それじゃ、宿舎にご案内します」
古鷹は再び歩き出した。
正面玄関に入ってすぐ左の通路に古鷹達は曲がった。通路は長く、200m以上はありそうだった。50m程進んだ所で階段があり、2階へ上がった。そこが宿舎の区画になっており、扉
がいくつも並んでいて、かなりの人数を収容できそうだ。扉には目の高さの位置に何かをはめ込むための枠があり、実際に4つの扉には部屋を利用中の艦娘の名前が書かれた白いカードが
はめ込まれている。
「古鷹/加古」を筆頭に、「卯月/弥生」、「文月/三日月」、「暁/響」となっていた。駆逐艦娘のうち、暁と卯月と弥生はあの後すぐに泊地周辺の警備任務に出発し、響と文月と三日月は
T提督と一緒に、先に主要施設の奥へと入って行った。
鳳翔がそれぞれの入室表示カードを見て言った。
「一部屋2人という構成は同じなのね」
「はい、横鎮と変わりありません」
古鷹は自分と加古の部屋の左隣の扉を指し示した。「こちらから4つを開けてありますので、どうぞ自由にお使いください。鍵と入室カード、そして泊地案内図は室内にあります」
「有難う。早速部屋の割り振りをしましょう」
それから10秒も経たないうちに鳳翔があっという間に艦娘達に部屋を割り振った。自分と大鳳、千歳と千代田、矢矧と浜風、若葉と初霜という構成である。もっとも、放っておいても自
然にそうなっていたかもしれないが。
「では、私達は提督のお手伝いに戻ります。何かあれば、提督執務室へご連絡下さい」
古鷹はそう言うと、加古と一緒に階段を下りていった。
残された艦娘達は、兎にも角にも部屋の中に入った。1分後には全ての扉に入室者が記入されたカードが、それぞれの枠にはめ込まれていた。

提督執務室では、T提督が響、三日月、文月と一緒に執務机の上に広げられた海図を囲んでいた。海図は勿論、キス島とその周辺の海域である。キス島を取り囲んでいるのはモーレイ海と
呼ばれる海だ。キス島の周囲に深海棲艦を示す黒い木片が並べられている。
三日月が黒い木片をもう1個追加した。
「…また増えましたね」
「ああ」
T提督は海図から顔を上げた。「海自の方は?」
「明日にでも出港準備が整うそうだよ」
響が応じた。「向こうも急の事だったから相当慌てていたよ」
「無理もない。だが6000名の兵員を撤退させるには、すぐに協力してもらわねば」
「そうだね」
その時、扉がノックされた。
「古鷹です」
「どうぞ」
古鷹と加古は入室してくるとすぐにT提督達と一緒に海図を囲んで立った。
「敵が増強された。これ以上グズグズはしていられない」
「輸送艦が派遣されるのはいつですか?」
「恐らく明日だろう」
古鷹は怪訝そうな表情になった。
「恐らく、ですか?」
「明日に出港準備が整うらしいよ」
響が補足し、古鷹は納得して頷いた。
「なるほど」
「キス島周辺の天候情報は?」
「今から5日後が、濃霧が最も発生するそうです」
三日月が答えた。
「となると、作戦開始は5日後だな。その間に大鳳達には練度を上げてもらわねばならない。だがどれだけ上達するか…」
「あとは戦場で経験してもらうしかありませんね」
「そうだな。無理矢理だが、頑張ってもらうしか無い」
T提督は奥歯を噛み締めた。

大鳳は、自分の使う机の上に装備を置く作業の手を止め、窓の向こうに顔を向けた。外はまだまだ明るい。ちょうど戻ってきた零式水上偵察機の交代で別の零式水上偵察機が哨戒に飛び立
つのが見えた。帰還した方の零式水上偵察機はそのまま滑るように港湾内を進んでいき、ドックのような水上機収容施設へと入っていった。施設内では戻ってきた零偵に2人の妖精が駆け
寄ってきて、機体の整備を始めた。
「幌筵も、最初は深海棲艦の支配下にあったのよ」
大鳳の隣に立って一緒にニ式水上戦闘機の離水を見ていた鳳翔が言った。大鳳は鳳翔に顔を向ける。
「そうなんですか?」
「ええ」
鳳翔は懐かしそうな視線になった。「深海棲艦の出現は唐突だったから、世界は為す術もなく次々と島を占領されていったわ。その際に島に住んでいた人々は深海棲艦に住処を追われた。
ここもそうだったの。でも、横須賀や呉、佐世保を拠点として、提督の方々と私達が頑張っていくつか島を取り返したわ。この幌筵もそう。でもまだ民間人の帰島許可は下りていないわ。
まだ北方海域は危険と判断されているのよ。戦いはまだまだこれから先も続くわ」
「平和な時代を、一日でも早く取り戻したいものですね」
「そうね」
鳳翔は微笑んだ。
「私も、低練度と言ってはいられません」
大鳳は、机の上のクロスボーを見下ろした。彼女はこれで艦載機を飛ばすのだ。隣には艦載機となる矢の入った弾倉がいくつか重ねて置いてある。大鳳は決意に満ちた表情でクロスボーを
ゆっくりと持ち上げた。鳳翔はその様子を見守った。
「でも、無理は禁物よ。それは忘れないでね」
「はい」
大鳳は力強く頷いた。
「とりあえず集合時間までまだ時間があるから…」
と、鳳翔は箪笥の上の時計を一瞥し、また大鳳に顔を戻した。「自主訓練でもしましょうか。外はまだまだ明るいはずよ」

1700時。
鳳翔は施設内電話を使って提督執務室と連絡を取り、三日月を通じてT提督から自主訓練の許可を取った。T提督は鳳翔達に、警備艦隊と共に行動するように命じた。鳳翔と大鳳の他、矢矧
と浜風も自主訓練に参加した。千歳と千代田は泊地案内図を持って泊地内探検に出かけており、若葉と初霜は室内で眠っていた。
警備艦隊の周回航路を逆走する形で進んでいくと、程無くして警備艦隊と合流した。
「宜しくお願いします」
警備艦隊旗艦の暁が頭を下げた。
「こちらこそ、宜しくお願い致しますね」
鳳翔が会釈で返す。大鳳と矢矧と浜風は暁と同様に頭を下げた。警備艦隊と矢矧と浜風は、鳳翔と大鳳を囲んで輪形陣を形作った。鳳翔は大鳳の左側につき、時々肩越しに振り返りながら
大鳳の指導を始めた。通常なら空母同士は横並びではなく縦並びになるが、今回は発着艦の訓練なのでそれについては問題ではなかった。
さて、艦隊は風上に向かって全速力で航行して、艦載機の発艦を実現する人工風力を生み出した。鳳翔は背中の矢筒から矢を1本抜き、大鳳を振り返った。
「あなたの道具はクロスボーだから、長弓の私とは違うやり方で発艦させることになるけど、水平にではなく、緩やかな仰角をつけて飛ばすのよ」
「はい」
「では、まずは零戦からやってみましょう。準備ができたら教えて」
「分かりました」
大鳳は、体の左側に据え付けてある、大鳳を模した船体型の艤装から「戦」と記された単行本サイズのケースを引っ張り出し、クロスボーの上からそれをはめ込むと、弦を引き絞る為のレ
バーを引いて最初の「発艦機」を装填した。そして台尻を肩に押し付けた状態でクロスボーを構え、鳳翔に教えられた通り、緩やかな仰角をつけた。
鳳翔は既に弓を引き絞って待機している。
「発艦準備完了しました」
「では、航空部隊、発艦!」
鳳翔は言い終わると同時に矢を射出した。矢は飛び出した一瞬後に金色に光り、続いてその光が航空機の形に取って代わり、それが3つの機体に分かれて左右に展開した。それから光が消
えた時、そこに現れたのは緑の機体の零式艦上戦闘機52型、通称零戦52型だった。
大鳳もクロスボーの引き金を引き、矢を発射した。矢は一瞬だけふらついて高度を下げたがすぐに持ち直し、鳳翔の放った矢と同様に金色に光り、続いてそれが航空機の形に変化した。し
かし分離した数は5つと、軽空母娘の鳳翔とは違っていた。やがて鳳翔の矢と同様、零戦52型が姿を現した。
「次は編隊を組んでみましょう」
鳳翔は自分の零戦52型に無線で指示を送った。すると3機の零戦52型は素早く逆V字型の編隊、デルタ隊形を形作った。「私と同じ編隊を組んでみて。でも焦らず、ゆっくりとね」
大鳳も無線機でデルタ隊形を取るよう指示を送った。大鳳機はそろそろと動き始め、少しずつ鳳翔と同じ隊形に近づけていった。最後の1機が位置に付いた時、大鳳はホッとして緊張を解
いた。その途端、隊形が乱れてそれぞれの零戦52型が互いにぶつからないようにフラフラと左右に散り始めた。
「集中して!でないと隊形が乱れるわよ!」
鳳翔が初めて厳しい口調になった。ハッと我に返った大鳳は謝った。
「ごめんなさい、つい…」
しかし鳳翔は再び元の穏やかな口調に戻っていた。
「もう一度、やってみましょう」
「はい」
大鳳は再び無線で指示を出し、さっきよりは幾分かスムーズに零戦52型を指揮してデルタ隊形を形成させた。今度は緊張を解かない。大鳳の編隊は隊形を崩すこと無く、まっすぐに飛び
続けている。
「航空機に意識を集中するのは悪くないけれど、同時に航行にも気を配らなければダメよ」
鳳翔の忠告に、またも大鳳はハッとした。その途端、大鳳機は再び編隊を崩してしまった。それに気付いて再び隊形を元に戻そうとしたが、鳳翔は彼女を一旦制止した。大鳳機は各々好き
に飛行しているが、艦隊の側を離れることはなかった。
「まずは自然に編隊飛行を維持できるようにしましょう。一歩一歩を確実に踏んでいくのよ。焦ってはダメ」
「編隊の維持を複数個こなすのは大変ですね」
鳳翔は肩をすくめた。
「最初はね。でも練度を上げれば、それも苦ではなくなるわ」
そう言う鳳翔の零戦52型は、しっかりとデルタ隊形を組んだまま艦隊の上空を旋回している。「とりあえず1つの編隊の維持の成功を目指しましょう」
「はい」
「では、もう一度やってみて」
「はい」
大鳳は再び無線に手を当てた。3回めになるとそれなりに早く集合させることができるようになっていた。ただし航行と編隊維持の2つに気を配るのは容易なことではなく、時折編隊が乱
れてはまた立て直した。
「2つに集中して…そう、その調子……また編隊が乱れたわよ…今度はあなたがふらついているわよ…落ち着いて、まずは自分の姿勢を元に戻して……次に編隊を…よし、その調子よ。こ
れを長時間維持して」
鳳翔と大鳳の訓練の様子を、随伴艦娘達は静かに見守っている。いつの間にか大鳳の額に汗が滲んでいる。しかし彼女はいち早く技術を習得しようという決意でみなぎっていた。鳳翔もそ
れを感じており、大鳳を熱心に教導した。時には厳しく、時には優しい言葉をかけながら、大鳳に指示を与え続けた。
30分経つと、大鳳は零戦52型の編隊と自分の航行を両立できるようになっていた。ただし編隊を自由に動かすまでには至っていなかった。
「まずは艦隊の周囲を旋回させてみましょう。最初はゆっくりと、でも確実にね」
「了解」
大鳳は編隊を維持しながら艦隊の外側を周回させ始めた。編隊はゆっくりと右に針路を変え、やがて艦隊の右上空を通過した。続いて艦隊の後ろを旋回するが、この時に編隊が一時バラバ
ラになってしまった。
「後ろは特に気を付けて」
「はい」
大鳳は編隊を整え直させると、艦隊の左上空を通過させた。
「もう一周させて」
「はい」
大鳳は再び編隊を外周させ始めた。今度もゆっくりと行う。しかしそれでも艦隊の後ろを旋回する時に編隊は崩れてしまう。大鳳も思わず「あ…」と洩らす。
「焦らないで。もう1周させましょう」
鳳翔が大鳳を落ち着かせる。「落ち着いて、もう1度」
大鳳は編隊を3週目させた。落ち着いて編隊を動かし、今度は編隊を大きく崩すこと無く艦隊後部での旋回を成功させた。更にもう1周すると、編隊の崩れは微々たるものになっていた。
鳳翔は続いて編隊を左から1周させた。大鳳は「落ち着いて」という言葉を小声で繰り返しながら自分の編隊に逆方向の外周をさせた。1周目はややぎこちなかったが、2周目はほとんど
問題無しに艦隊の周囲を旋回させることができた。
「次は着艦させてみましょう」
大鳳は編隊飛行を維持させたまま鳳翔に顔を向けた。
「複数個の編隊飛行の維持の訓練は宜しいのですか?」
「今日は残念ながら無理ね。それについては明日にしましょう。私から着艦の様子を見せるから、その後にあなたの艦載機を着艦させてみて」
「分かりました」
大鳳の返事を受けると、鳳翔は自分の艦載機を自分の後方に移動させた。艦載機群は鳳翔に向かって降下しながら横一列に並ぶとそれぞれがまた金色に輝き始め、次に集合して1つの機体
になり、その次に矢の形に変化し、最後に金色輝きが急速に薄れて元の矢に戻った。鳳翔は右手を飛んでくる矢に向かって伸ばし、慣れた手つきでそれを掴んだ。
回収した矢を矢筒に戻しながら鳳翔は大鳳に合図の頷きをして見せた。大鳳も返事として頷くと自分の艦載機を同じように後方に移動させ、自分に向かって艦載機を横一列に降下させ始め
た。大鳳の艦載機群も金色に輝いて集合して1つの機体になり、最後に1本の矢に形を戻した。ここまではよかったのだが、艦載機の着艦の為の進入路を見誤ってしまった為に艦載機を掴
む距離とタイミングが合わず、矢は大鳳の右手に収まらずに飛び過ぎてしまった。見守っていた艦娘達が思わず一斉に「あ!」と声を上げた。
「すぐに飛び立たせて、急いで!」
すかさず鳳翔が鋭くそう言い、大鳳もすぐに無線機のスイッチを押して「空中に戻って!早く!急いで!」と叫んだ。すると、減速し始めていた矢はまた5機の零戦52型に分離して上昇
し、海面への墜落を免れた。
「今の対処は素早かったわ。もう少し遅かったら墜落していたわ
鳳翔が上昇していく零戦52型を目で追いながら言った。「もう1度挑戦してみましょう」
「はい」
大鳳は再び艦載機を後ろから着艦の為の降下をさせ始めた。
「落ち着いて、集中して」
鳳翔が言い聞かせ、大鳳は同じ手順で艦載機の着艦シークエンスを実行した。艦載機群はさっきよりも正しい進入角度を取って降下してきた。1本の矢に収束し、側を通り抜けようとした
ところを、大鳳は掴み取ろうとして、指先に当たって失敗した。弾き飛ばされた矢はそのまま海面に落下してしまった。「着艦失敗」である。大鳳は呆然と立ち尽くした。しかし鳳翔の声
が再び彼女の注意を引き戻した。
「回収急いで!」
「…あ、はい!」
大鳳は急いで漂う矢に近付いて拾い上げた。
「その艦載機は修理しないといけないわ。泊地に帰投したらすぐに工廠に持って行きましょう」
「…はい」
大鳳は途方に暮れて、濡れた矢を見つめている。鳳翔が後ろから大鳳の左肩に手を置いて横から覗き込んだ。
「しっかりして大鳳」
大鳳は尚も使えなくなった矢を見ている。
「こんなのでは、私、艦隊の役に立ちません。発艦できても、着艦できなければ…」
「ここで自信を無くしてどうするの。まだあなたは訓練を始めたばかり、失敗して当然なのよ。クヨクヨしてはダメ」
「でも…」
「しっかりして!」
鳳翔は語気を少し強くした。思わず大鳳は鳳翔を見た。「気を取り直して。自信をつけるには、練習を重ねるしかないの。確かに、あなたは短期間での練成を強いられているし、軍艦時代
の時と状況が似ている。到達できる練度は限定的だとは思うわ。でもここでモチベーションを下げていては、到達できるところまでも到達できないわ」
大鳳は少し俯いて考え込んだ後、顔を上げた。まだ憂いはあるが、弱気は消えていた。
「はい、やれるところまでやってみます」
「大丈夫ね」
鳳翔は頷くと、後進して元の位置に戻った。他の艦娘達は安堵してホッと息を吐いた。ただし矢矧と浜風だけは別で、矢矧の身振りで浜風が暁と通信を開いていた。
「鳳翔さんってどんな方ですか?、私と矢矧さんは着任して1ヶ月ぐらいしか経っていないのです」
暁はあくまで真面目くさった口調で答えた。
「はい、鳳翔さんは私達の心の支えなのです。その性能上、私達のように第一線に出ることはあまり無くなってしまいましたが、その代わり後方で私達を励ますことによって艦隊の士気を
維持して下さっているのです。鳳翔さんは言わば、艦隊の母と申し上げても良いのです」
「縁の下の力持ち、ですね」
「そうなのです」
見ていると、鳳翔は大鳳に別の零戦52型を発艦させ、飛行と着艦の訓練を再開させていた。大鳳はまた熱心に訓練に励んでいた。

1830時。太陽がようやく沈み始めた頃に鳳翔は訓練を終了した。暁率いる警備艦隊はまだ警備時間が終わっていなかった為ので、大鳳、鳳翔、矢矧、浜風は彼女達と分かれて泊地に帰
投した。桟橋で待っていた響が彼女達を大浴場まで案内した。ただその前に、海上に不時着した艦載機を修理の為に工廠に詰める妖精に預けた。
大浴場は一度に大勢の人達を入浴させられるようになっていたが、大鳳達は1900時の食堂集合に間に合わせる為に入浴は
せず、シャワーするだけにとどめた。しかしそれでも熱い湯を頭から浴びた後の感覚はすっきりしており、緊張感が緩んで急に体が重くなった。シャワー中に各艦娘に専属の妖精達が艤装
を手早く整備した。
脱衣所で服を着、艤装を装着しなおしている時、思わず欠伸を漏らした大鳳を見て鳳翔はクスっとした。
「お疲れ様」
大鳳は顔を赤くした。
「あ、すみません」
「いいえ、私も久し振りに教官をやって凄く疲れたわ」
鳳翔はうーんと伸びをした。
「鳳翔さんのご指導ぶり、素晴らしかったです」
矢矧が髪を束ねながら言った。
「私もそう思います」
浜風が同意する。苦笑しながら鳳翔は首を横に軽く振った。
「私より教えるのがうまい人は、他にもたくさんいるわ」
「そうかもしれませんが、でも本当に良かったです」
「ありがとう矢矧。でも私、教官よりもやってみたいことがあるの」
「なんですか?」
「私ね、お店でも開いてみたいと思っているの」
大鳳と矢矧と浜風は目をぱちくりさせた。最初に矢矧が口を開いた。
「お店…ですか?」
「ええ」
鳳翔はちょっぴり恥ずかしそうに視線を下げた。「私、手前味噌みたいになるけど手料理には少し自信があるの。少し前に横鎮の提督と一部の艦娘にに試食してもらったのだけれど、おい
しいって言ってもらえたから、いよいよその思いが強くなったわけね。私の手料理で、前線に出る艦娘達の元気を取り戻す事ができれば嬉しいな、って」
「なるほど」
浜風が言った。「おいしいものを頂くと、やる気が上がります」
「そうね。それはぜひともやるべきです」
「私も賛成です」
矢矧と大鳳も賛同した。
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
すると突然、脱衣所の扉が静かに開いて響が現れた。
「早くしないと集合時間に遅れるよ」
大鳳達は慌てて残りの艤装を装着し、響と一緒に食堂に向かって走った。

警備任務から戻ってきた暁と卯月と弥生が最後に食堂へ入ってきたところで全員が集合した。
夕食は肉じゃがをメインとしており、これだけ見れば普通の夕食時間といったところだが、T提督の席の真後ろに、モーレイ海とキス島周辺の海図がホワイトボードに磁石で取り付けられ
ていた。
「すまんな、だが夕飯をとりながら現状を君達に教えておかなければならないからな」
T提督は謝りつつも席から立つと、ホワイトボードの横に立った。三日月が反対側に立った。全員がT提督を注視しており、誰も食事に手を付けようとしなかったので、T提督は食べるよう
促した。
「食べながら聞いてくれて結構だ。キス島はモーレイ海のほぼ外側に位置する大きな無人島だ。ここを足掛かりとして、アルフォンシーノ方面へ進出する予定だったが、目下主力は、西方
海域に集中しているのはみんなも知っての通りだ。そこでキス島防衛の為に守備隊が配置されたわけだ。北方海域より、南西方面の方が深海棲艦の出没率は高かったから、攻略の優先度が
低かったのはよく分かっているし、事実俺も少し油断していた感がある」
T提督は一度キス島周辺海域図を見た。「だが奴らが出ないという保証はどこにもないし、当然予測をしておくべきだった。そして実際に敵は現れた」
「最初の出現地点はどこですか?」
矢矧が聞いた。
「最初に奴らの出現が確認されたのはアルフォンシーノ方面だ。その後にあれよあれよと言う間に奴らは数を増し、キス島に押し寄せてきた。最初は駆逐艦が1隻や2隻だった。恐らく偵
察目的だろう。そして陸戦隊はそいつらを撃退した。1隻撃沈という報告も受けている。だがすぐに大規模艦隊がやって来てキス島を包囲した。奴らにしても、ここを攻略する足掛かりに
するのに有用なんだろう。恐らく上陸して占領し、その後一気に攻勢をかけるつもりだと思われる。救助要請を受けたのは本日の0340時。いつでも撤収できるように準備をしておくように
は伝えておいた。今のところはまだ敵の上陸報告は受けていないが、時間の問題だろう」
「なぜ敵は一気に上陸を仕掛けないのですか?」
これは千歳だ。
「良い質問だ。まず1つは、この陸戦隊の戦力を漸減して上陸部隊の被害を少なくする事。それともう1つ考えられるのは…」
T提督は三日月に頷いた。三日月は、小脇に挟んでいたクリアファイルから1枚の海図を引き抜いて、ホワイトボードに磁石で固定した。
「これは、キス島の周辺を調査したものだ。キス島周辺は濃霧の発生率が高く、その上水深が浅めで、あちこちに暗礁や岩礁が存在し、座礁したり衝突したりする危険性が高い。周辺海域
を調査せずにいきなり上陸戦を仕掛けたりすれば、必ず自滅する艦艇が続出するはずだ。敵はキス島周辺の調査を兼ねて包囲しているのだ。それと並行して、艦砲射撃と空爆が断続的に行
われているらしい」
「一刻も早く救助しないと」
初霜が言った。
「ああ。天候情報によれば、5日後に濃霧が最も立ち込めるそうだ。よって5日後に作戦を開始することになるだろう。それで作戦の編成だが…」
T提督は三日月に目で合図し、三日月はクリアファイルからまた一枚のA4用紙を引き抜き、そこに印字されている内容を読んだ。
「キス島に突入する本隊は、旗艦三日月、及び暁、響、若葉、初霜、弥生…」
矢矧が何か言おうとしたが、予めそれを予測していたらしいT提督は手を上げて制した。
「理由は後で説明する。三日月、続けてくれ」
「はい」
三日月は再びA4用紙に目を落とした。「包囲艦隊を引きつける囮艦隊は、旗艦千歳、及び千代田、大鳳、古鷹、加古、卯月。そして包囲艦隊の配置情報を事前入手する為の偵察艦隊として
旗艦鳳翔、矢矧、浜風、文月の偵察艦隊を編成しました」
そのすぐ後にT提督は補足説明を行った。
「矢矧を本隊に編入しなかったのは、さっきも言った通り、キス島周辺は高度な航行技術を必要とする難所だ。君は確かに練度を着実に上げてきているが、万が一ということがある。無理
をさせるわけにはいかないと判断したのだ。この中では最新鋭駆逐艦に当たる浜風を入れなかったのも同じ理由だ」
矢矧自身にも、それは想像することができた。自分がもし座礁するなり衝突するなりして足手まといになれば、それはつまり艦隊を危険に晒し、陸戦隊を撤退させるチャンスを限りなく小
さくすることになる。
「…確かに」
「だが、敵の包囲網の外側はずっと安全に航行ができる。所々に小島や岩礁は存在するが数は少ない。あとは敵に見つからないよう濃霧に紛れた隠密行動してもらうだけだ。もし発見され
た時は、交戦をできるだけ避け、速やかに離脱してくれ。鳳翔の役目は、撤退時の航空支援だ」
「分かりました」
「文月、道案内をしっかり頼んだぞ」
「りょ~かい!」
「本隊には明日入港する海自の輸送艦を護衛しつつキス島に突入してもらう。敵の包囲網の穴を探り出してほしい」
「はい」
鳳翔、矢矧、浜風、文月は同時に応じた。次にT提督は大鳳に謝罪の気持ちを込めて言った。
「大鳳、十分に準備させずに出動させることになってしまってすまない」
しかし大鳳は毅然としていた。
「やれるところまでやるまでです」
隣に座る鳳翔が微かに首を縦に振ったのを見て、T提督は、鳳翔が短時間で大鳳をここまで奮い立たせたことに内心感心した。
「そう言ってくれると心強い」
「私達が全力でバックアップします」
鳳翔が空母勢を代表して言い、千歳と千代田が同意の頷きを示した。
「頼んだぞ」
T提督は続いてモーレイ海の海図に指を向けた。
「敵の配置を把握次第、本隊と囮艦隊は直ちに出動、囮艦隊は敵主力艦隊をできるだけ多く引きつけてモーレイ海を北進、その間に本隊が濃霧に紛れてキス島に突入、出来る限り短時間で
陸上隊員を輸送艦へ収容し、急速にキス島から撤退する。モーレイ海を抜けるまでが勝負だ。油断しないようにしてくれ」
「負けたくはありません、戦いなんですから」
三日月がそう言った。
「電探に関してはどうなっていますか?」
初霜が手を挙げた。若葉その後に補足する。
「濃霧を突破するには電探が必要だ」
「それについては問題無い。全艦に行き渡る数を倉庫に保管してある」
「助かります」
「ここは北方海域唯一の泊地だから、大規模作戦を遂行できるよう、物資は常に大量に 備蓄してあるんだ」
「なるほど」
若葉が言った。
「では、夕飯といくか。結局誰も手を付けなかったようだな」
T提督と艦娘達は暫し夕食の時間を楽しんだ。とはいえ、5日後の作戦開始に対するプレッシャーで美味しく食べたかどうかは定かではないが。

翌日。0700時。キス島。
霧は薄かった。島から電子双眼鏡で海上を見回すと、遠くの方に遊弋する深海棲艦の数々が見える。倍率を拡大するとそれは、軽巡洋艦ホ級を旗艦とする水雷戦隊のようだった。そしてそ
の向こう側に巨大な影が見える。そちらに倍率を合わせるとル級戦艦とリ級重巡洋艦であることが分かった。周囲に軽巡と駆逐艦が取り囲んで護衛している。
見張り員はその時、上空から迫るプロペラ音が耳に入った。双眼鏡を上に向けると、雲を出たり入ったりしながらキス島に向かって飛行してくる深海棲艦側の航空隊が見えた。遥か後方に
位置する空母ヲ級や、軽空母ヌ級から発艦してきた艦載機群だ。
見張り員は急いで無線機を引っ掴んだ。
「敵機、襲来!!」
その瞬間、島中に空襲警報のサイレンが甲高く鳴り響き始めた。非番の陸上隊員達は手近な塹壕や防空壕に飛び込み、対空要員達は高射砲や高射機銃、高射機関砲の側の塹壕に身を潜めた。
見張り員も見張り塔から急いで下りると、3メートル先の塹壕に飛び込み、その瞬間を待った。
敵機が島上空に到達するよりも先に、空気を切り裂く「ヒュー」という恐ろしい音が耳に入ったかと思うと、あちこちで大小様々な爆発が起こった。
戦艦、重巡、軽巡、駆逐艦からの艦砲射撃だ。等身大ながら強大な破壊力を発揮する深海棲艦の武器は大きな脅威だった。
続いて敵機が次々と大小様々な爆弾とロケット弾を投下していった。島自体が消し飛んでしまうのではないかと思われた。敵機に向かって対空砲座が応戦の火を噴くが、命中した様子はな
い。小さくてそのくせ俊敏なあの機体に命中させるのは難しかった。現代の誇る兵器である誘導弾が効果が無いのも目標が小さいからだ。レーダー射撃で応戦してはいるが目標が小さいせい
で的を射ることは至難の業であった。
この航空機もまた、小さいくせに強大な破壊力を持っていた。ミサイルを持っていないというのが不幸中の幸いといったところか。
いつ終わるとも知れぬ艦砲射撃と空爆が終わり、人数を確認した所、5名が犠牲となっていた。

続く