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ムエンゴ

Last-modified: 2017-12-06 (水) 10:32:01

所謂「先発投手が味方打線の援護を受けられない事」を指し、どんなに好投して試合を作ろうとも味方打線が点を取れず勝ち投手になれない状態のこと。
勝ち星の数は契約更改時における年俸査定に少なからず影響するため、投手が最も恐れるものである。

 

一般には「負け運」とも呼ばれ、実況パワフルプロ野球(パワプロ)シリーズ・プロ野球スピリッツ(プロスピ)シリーズ(KONAMI)においては勝ち星に恵まれない投手が持つ特殊能力の名称にもなっている。


概要 Edit

もともと「無援護」という言葉自体は試合を作っても報われない貧打チームのエースを象徴する言葉として存在していた。
特に横浜ベイスターズ・三浦大輔、広島東洋カープ・黒田博樹は最優秀防御率(2005年三浦、2006年黒田)のタイトルを取りながらも勝ち星に恵まれなかったため有名であった。
「チーム得点率が高いにも関わらず、その投手が先発すると異様に援護点が少ない」という場合も同様に無援護と呼ばれ、考えようによってはこちらの方が悲惨である。

 

これがカタカナで「ムエンゴ」となった発祥は2008年に東北楽天ゴールデンイーグルス所属だったドミンゴ・グスマンから。
同年開幕戦の大乱調で「ドミンゴwww」で有名になったが先発再転向後は好投。しかし今度は無援護に悩まされ、語感が近いことから名前を捩られ「ムエンゴ」の代名詞とされていった*1

 

さらに恐ろしさを最も広めたのは2009年の千葉ロッテマリーンズ・渡辺俊介。この年はQS達成数13ながらQS勝利2回(QS勝率.154)で3勝13敗、援護率2.55と見事なムエンゴぶりを披露した。
巷では「渡辺俊介ちゃんを救う会」が結成、援護に恵まれない俊介ちゃんへの熱い声援が送られ、これを契機にムエンゴが注目されるようになったと言える。


近年のムエンゴの動向 Edit

2010年 Edit

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2011年 Edit

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2012年 Edit

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2013年 Edit

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2014年 Edit

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2015年 Edit

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2016年 Edit

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2017年 Edit

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用語 Edit

援護率 Edit

英語ではRun Support per Nine Innings、大概の場合Run Supportと呼ばれる指標、計算式は以下の通り。

(味方の援護点数×9)÷攻撃イニング数(投手がマウンドにいる間に味方が攻撃したイニング数)
出典:外部サイト"Kazmix World -- Baseball Data"

9回完投時に期待できる味方打線の得点数」が援護率であり、この計算に基づいた援護率を算出するのが大前提。この数字が低いほどムエンゴに苦しんでいると言える。
特にDH制の場合は投手がジエンゴで操作できない数値であり、チーム内でも大きく差が出る場合がある。

援護率はチームの得点能力と運のみによって決まるわけではない。例えば、エース級の先発投手は相手チームのエースと投げ合う機会が多いためチーム内でも援護率が低い傾向がある。また采配方針である投手の登板時に守備重視のオーダーを組むような場合にもその投手の援護率は低くなりやすい(代わりに防御率などの投手成績は良くなりやすい)。とはいえ、これらの傾向を覆して異常な援護率を叩き出すケースも多々あり、運の要素が最も支配的といえる。

QS Edit

「クオリティ・スタート」の略。
投球回6イニング以上かつ自責点3以下の先発登板試合に記録され「ある程度試合を作り先発投手としての役割を果たした」という評価になるもの。

QS率は全先発数に対するQSの割合で、先発投手の安定度を示す指標としてWHIP(1イニング当たりに走者を出す割合)とともに近年はアメリカで重要視され、日本でも定着しつつある*19
また、ムエンゴを見分ける上で有効な数値となるQS勝率(敗率)はQSを記録した登板における勝敗率を意味する。

 

なお、仮に登板全試合で6回3失点のQSを達成した場合の防御率は4.50であり、シーズン通算では良い成績とは言えないため、イニングイーターとしての役割も求められるエース級の投手などに対してはHQS(ハイ・クオリティー・スタート、7イニング以上かつ2失点以内)が使われることもある*20

関連項目 Edit


関連サイト Edit



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*1 なお、ドミンゴの2008年は防御率3.87・援護率は3.00、2勝7敗・QS勝率.222と見事なムエンゴ属性であった。
*2 それまでの記録は1944年に近畿日本軍・中本政夫(政野岩夫)が記録した.231(15登板・3勝10敗、防御率は2.16でリーグ6位)。当時は極端な投高打低で、さらに太平洋戦争の戦局悪化から1チーム35試合で打ち切りとなったことが重なった結果の記録。
*3 ちなみにNPB時代(8年間)の援護点中央値は2点だった。
*4 チームが相変わらず貧打、防御率3.45は規定投球回到達投手の16人中14位。
*5 チーム打率.262・132本塁打、特に本塁打は前年から約2倍増。
*6 期間別の援護率→5月2.08・6月2.25・7月1.17
*7 14奪三振での敗戦は史上4人目、しかも同試合までは援護点が0.5だった
*8 9勝4敗・防御率3.12。菅野と同様、中継ぎには何度か勝ちを消されている。
*9 1位は1953年広島の23試合連続。中日以外のワースト5はいずれも1950〜1970年代の記録であり、2000年以降にランクインした例は同年の中日のみである。
*10 普段貰えなかった援護を貰いすぎて胃がビックリしたから失点を重ねたとネタにされた
*11 打率.229(48-11)・3本塁打・12打点・OPS.739。加えて得点圏では打率.263(19-5)・1本塁打・9打点と好成績だった。ちなみに本業は故障離脱もあって規定投球回に及ばなかったが、10勝2敗で球団史上初となる外国人の二桁勝利を達成。
*12 それ以前は久野剛志が喫した6連敗が最長。なお、プロ野球記録は成田啓二(元国鉄)と松崎伸吾(元楽天)が記録した11連敗。
*13 「遊撃手の大和と中堅手の糸井嘉男が衝突して落球、記録は二塁適時打」「遊撃手の糸原健斗二遊間のゴロを捕れずに中前適時打(しかもこれが決勝点)」など。
*14 シーズン終了時には2.52に回復したが、それでも記事冒頭の渡辺俊介を下回っている
*15 特に原は先発19登板中でQS12回、しかも最終5試合は全てQS(うち2度はHQS)だった。
*16 ただし投手陣も低迷しており、二木は勝利数・防御率でチーム内のトップ。規定投球回到達は涌井秀章と2人だけだった。
*17 ちなみに同年のHQSは15/17、6完投・4完封で防御率1.59だったが、勝ち投手となった試合に限れば防御率0.40とさらに圧倒的だった。
*18 ただしCSファーストステージ第2戦では古巣・西武と対決、6回1/3を3安打無失点で久々の勝利投手に。
*19 QSは完全に先発投手専用の指標であるのに対し、WHIPはリリーフ投手寄りの評価に適した指標とされる。また、分業制の確立などから完投数そのものが少なくなっており、2016年度から両指標は沢村賞の選出基準にもなっている。
*20 特に極端な投高打低となっていた違反球時代にはQSへのハードルが下がってしまい、代わりにHQS・HQS勝率が指標として使われることが多かったようである。