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ムエンゴ

Last-modified: 2017-04-20 (木) 08:48:47

所謂「先発投手が味方打線の援護を受けられない事」を指し、どんなに好投して試合を作ろうとも味方打線が点を取れず勝ち投手になれない状態のこと。
勝ち星の数は契約更改時における年俸査定に少なからず影響するため、先発を中心に投手が最も恐れるものである。

 

一般には「負け運」とも呼ばれ、実況パワフルプロ野球(パワプロ)シリーズ・プロ野球スピリッツ(プロスピ)シリーズ(KONAMI)においては勝ち星に恵まれない投手が持つ特殊能力の名称にもなっている。


概要 Edit

もともと「無援護」という言葉自体は試合を作っても報われない貧打チームのエースを象徴する言葉として存在していた。
特に横浜ベイスターズ・三浦大輔、広島東洋カープ・黒田博樹は最優秀防御率(2005年三浦、2006年黒田)のタイトルを取りながらも勝ち星に恵まれなかったため有名であった。
「チーム得点率が高いにも関わらず、その投手が先発すると異様に援護点が少ない」という場合も同様に無援護と呼ばれ、考えようによってはこちらの方が悲惨である。

 

これがカタカナで「ムエンゴ」となった発祥は2008年に東北楽天ゴールデンイーグルス所属だったドミンゴ・グスマンから。
同年開幕戦の大乱調で「ドミンゴwww」で有名になったが先発再転向*1後は好投。しかし今度は無援護に悩まされ、語感が近いことから名前を捩られ「ムエンゴ」の代名詞とされていった*2

 

さらに恐ろしさを最も広めたのは2009年の千葉ロッテマリーンズ・渡辺俊介。この年はQS達成数13ながらQS勝利2回(QS勝率.154)で3勝13敗、援護率2.55と見事なムエンゴぶりを披露した。
巷では「渡辺俊介ちゃんを救う会」が結成、援護に恵まれない俊介ちゃんへの熱い声援が送られ、これを契機にムエンゴが注目されるようになったと言える。


近年のムエンゴの動向 Edit

2010年 Edit

横浜ベイスターズのルーキー・加賀繁が前述の渡辺を下回る援護率2.47を記録。防御率3.66(リーグ10位)ながら3勝12敗、勝率.200、QS勝率に至っては.111である。
なお加賀の勝率は「防御率10傑に入った投手の勝率」としてはプロ野球史上最低記録*3と、歴史に残るレベルのムエンゴを叩き出した。

 

広島・前田健太が援護率3.38という全体ワースト2位ながら15勝(8敗)を挙げ、最多勝・最優秀防御率・最多奪三振の投手3冠、最優秀投手・沢村賞・ベストナインなど投手タイトル総なめの大活躍も印象的であり、先述の加賀とは対照的とも言える*4

2011年 Edit

この年は「飛距離が出ない」という「統一球」が導入され、記録的な投高打低ぶりから例年を上回るペースで完封試合が増加。さらに特別ルール*5が導入、引き分けが著しく増加していることもムエンゴの増加に拍車を掛けた。
その結果、援護率は登板試合5連続完封負けのプロ野球新記録を樹立した日本ハム・武田勝(2.43)を筆頭に、

とキャリアや所属球団リーグ不問で被害者が続出、各球団がムエンゴ対策に追われた*7

全体平均も1点以上援護率が低下する異常事態の中、横浜・高崎健太郎*85勝15敗、QS18回でQS勝利5回、援護率2.20を記録。3年連続でワースト記録を更新した。

2012年 Edit

同年もこの傾向が続き、広島・野村祐輔*9やブライアン・バリントン、オリックス・木佐貫洋らが2.5を下回る援護率を叩き出し、阪神のジェイソン・スタンリッジに至っては驚愕の援護率1.98など超投高打低シーズンに。

なお、この年はノーヒッターが3人(広島・前田健太、巨人・杉内俊哉、オリックス・西勇輝)出ている。

 

後に前年の統一球ともども、反発係数が基準を下回っていた事が判明した。

2013年 Edit

悪名高き特別ルールが撤廃、さらに違反球判明からの再製造で異常なまでのムエンゴは改善すると思われたがスタンリッジと澤村は再びムエンゴ病を発症。特に澤村はチーム総得点が約600ながら援護率2.78で、5勝10敗と大きく負け越してしまった*10
三浦も横浜が打撃好調*11にも関わらず援護率2.87と相変わらず、これが原因で2桁勝利を逃した上にセ・リーグ最多敗戦を喫している。
また、オリックス・金子千尋も15勝を記録も援護率はパ・リーグで最低の3.18で、防御率が2.01(リーグ2位)にも関わらず8敗している*12

2014年 Edit

巨人・内海哲也が深刻なムエンゴに。9試合連続で勝ち星なし、一時期は内海の援護点より大竹寛の打点が多くなる有様。後半戦は援護を受けられたとはいえ、前年から防御率は良化してほぼ半減の7勝止まりだった。
岩田も相変わらずムエンゴで、勝ち越しはしたものの防御率2点台の投手で唯一2桁勝利を逃している。

 

なお、前年にムエンゴで悩まされた金子は逆に援護率1位だった模様。

2015年 Edit

阪神・メッセンジャー、楽天・則本昂大(メッセンジャー2.22、則本2.45)が代表的なムエンゴ投手に。メッセンジャーは9勝12敗、則本は10勝11敗で負け越し。巨人・菅野智之(援護率3.11)は防御率1.91ながら10勝11敗と負け越している
またDeNA・井納翔一や石田健大、ヤクルト・新垣渚もムエンゴ(井納3.34、石田1.70、新垣2.45)であり、特に石田は後半戦からのローテ定着で規定投球回未到達ながら2012年のスタンリッジを更新してしまった。

2016 Edit

同年はDeNAの新人・今永昇太のムエンゴが話題に。
開幕から5試合中4試合でQS達成、4月29日の阪神戦では6回2/3で14奪三振ながらも4連敗してしまう*13

また、菅野はムエンゴが前年から深刻化(2.88)。最優秀防御率・ゴールデングラブ賞を獲得しながら、自責点0で敗戦などで2桁勝利を逃してしまった*14。さらに打率.222・3打点と巨人の代打陣及び小林誠司より高打率だったため、「ジエンゴ出来ないから悪い」と言えない不運ぶりであった。

石田は援護率4.44と前年から良化も「好投時に限ってムエンゴの援護詐欺」という不運から、同じく2桁勝利には届かなかった*15

 

なお新人時代に深刻なムエンゴだった野村は、菅野の倍近い援護(5.74)を受けた事からリーグ最多勝を獲得している。


用語 Edit

援護率 Edit

英語ではRun Support per Nine Innings、大概の場合Run Supportと呼ばれる指標、計算式は以下の通り。

(味方の援護点数×9)÷攻撃イニング数(投手がマウンドにいる間に味方が攻撃したイニング数)
出典:外部サイト"Kazmix World -- Baseball Data"

9回完投時に期待できる味方打線の得点数」が援護率であり、この計算に基づいた援護率を算出するのが大前提。この数字が低いほどムエンゴに苦しんでいると言える。
特にDH制の場合は投手がジエンゴで操作できない数値であり、チーム内でも大きく差が出る場合がある。

QS Edit

「クオリティ・スタート」の略。
投球回6イニング以上かつ自責点3以下の先発登板試合に記録され「ある程度試合を作り先発投手としての役割を果たした」という評価になるもの。

QS率は全先発数に対するQSの割合で、先発投手の安定度を示す指標としてWHIP(1イニング当たりに走者を出す割合)とともに近年アメリカで重要視*16され、日本でも定着しつつある。
また、ムエンゴを見分ける上で有効な数値となるQS勝率(敗率)はQSを記録した登板における勝敗率を意味する。

なお、仮に登板した全試合でQSを達成しても防御率は4.50でありシーズン通算では良い成績とは言えないため、イニングイーターとしての役割も求められるエース級の投手などに対してはHQS(ハイ・クオリティー・スタート、7イニング以上かつ2失点以内)が使われることもある。


参考:勝ち運投手 Edit

対照的に圧倒的な「勝ち運」*17を持つ投手も僅かながら存在し、その代名詞が元ソフトバンク・斉藤和巳である。
2004年の斉藤は防御率6.26*18ながら、援護率6.73という強力打線をバックに2桁勝利(10勝7敗)を達成している*19
高援護の試合はそこそこ打たれ低援護の試合は零封してしまうあたりは「勝てる投手」の典型例だろう。
ポストシーズン?知らんがな。

 

また2010年の横浜・清水直行もこの部類。同チームでは苦しんだ加賀とデータを比較すると同じ打線を擁しながら真逆の成績である事から、援護運の存在が垣間見える。

地味様(清水直)加賀
登板数26(先発26)27(先発24)
投球回数155145
防御率5.40(セ規定投球回到達者ワースト)3.66(セ規定投球回到達者10位)
勝敗数10勝11敗3勝12敗
QS回数118
QS勝利回数81
QS勝率.727(同1位).111(同ワースト)
援護率5.47(同2位)2.47(同ワースト)


関連項目 Edit


関連サイト Edit



Tag: なんJ





*1 元々は先発要員も、チーム事情からクローザーに回っていた。
*2 なお、ドミンゴの2008年は防御率3.87・援護率は3.00、2勝7敗・QS勝率.222と見事なムエンゴ属性であった。
*3 それまでの記録は太平洋戦争の戦局悪化から1チーム35試合で打ち切りとなった1944年に近畿日本軍(現在の福岡ソフトバンクホークスで、大阪近鉄バファローズとは無関係。当時南海電鉄は戦時政策の影響で近鉄こと近畿日本鉄道に統合されていた。バファローズ誕生は1949年。)・中本政夫(政野岩夫)の.231(3勝10敗)で、投高打低を極めた時期の記録。
*4 ちなみにNPB時代(8年間)の援護点中央値は2点だった。
*5 同年3月11日に発生した東日本大震災による電力不足から「3時間30分を超えて以降は延長戦で新しいイニングに入らない」という全球団の申し入れ。
*6 規定投球回未到達のため参考記録。
*7 特に牧田は俺達の状況などから影響の少ないクローザーへ転向させられた結果、5勝(7敗)22Sを挙げ新人王を獲得。
*8 チームが相変わらず貧打、防御率3.45は規定投球回到達投手の16人中14位。
*9 野村は防御率1.98ながら9勝11敗と負け越したものの新人王を獲得。
*10 この状況を見て、原辰徳監督は9月からリリーフ転向を命じている。
*11 チーム打率.262・132本塁打、特に本塁打は前年から約2倍増。
*12 沢村賞の全項目を満たしながら、24勝0敗1S・防御率1.27だった楽天・田中将大に奪われた。なお受賞できなかったのは金子が4例目。
*13 14奪三振での敗戦は史上4人目、しかも同試合までは援護点が0.5だった。しかしアレックス・ラミレス監督から大事に使われ持ち直し、5連勝するなど8勝9敗・防御率2.93でシーズンを終えた。
*14 9勝6敗・防御率2.01。ちなみに同僚である澤村に、勝ち投手の権利を3つ消されている。
*15 ただし防御率3.12で、9勝4敗と勝ち越している。
*16 QSは完全に先発投手専用の指標であるのに対し、WHIPはリリーフ投手寄りの評価に適した指標とされる。
*17 こちらも前述の「負け運」と同様、パワプロ及びプロスピシリーズの特殊能力になっている。
*18 規定投球回到達者では史上ワースト記録。前記録保持者は1989年ロッテオリオンズ・園川一美の6.10。なお勝利数は最優秀防御率を獲得した村田兆治(2.50、7勝9敗)と同じ(7勝12敗)である。
*19 だが通算成績は79勝23敗、2度の沢村賞を受賞(いずれも最多勝・最優秀防御率を獲得)するなど同年は例外的。