哀川潤「雛見沢〜」狐さんへん

Last-modified: 2009-05-20 (水) 20:33:35

「フン、成程な」

顔の整った線の細い男が立っていた。「青年」と呼ぶには些か年を取っている。
しかし「オジサン」と呼ぶにしても何処か妙に幼さを残したままの男だ。

綿流しのお祭りで買ったのだろうか、彼の手には狐のお面がしっかりと握られている。

「しかし、この『物語』は俺の見たい『物語』では無かったようだな」

男は続ける。まるで私なんか目に入って無いように。まるで私なんか
どうでも良い存在だと言わんばかりに…。

「やはり、自分の世界の『物語』の終わりを…俺は読みたい」

だったら、早く『この世界』から『自分の世界』とやらに帰れば良いのに

「うん?くくっ、残念ながら今の俺には無理だ。
あの戯言使いとの対決で十三階段のほとんどが今使えない。
…というより、ここに来たのはどうやら俺一人らしいからな」

そして、漸く男は私の方に顔を向け、淀みなく言い放つ。

「しかも俺はここを早々に引き揚げるつもりなんてないさ。
確かにこの世界の物語を読んで満足はしないだろうが…興味がない訳じゃぁ無い」

…こいつ!

「おっと、自己紹介がまだだったな。どちらでも良い事でもあるが…」
「俺の名前は……いや、人類最悪の名前なんか聞いても嬉しくもあるまい」

「俺の事は『狐さん』とでも呼べばいい」

男は笑いながら手に持っている狐のお面を浴衣の帯にはさんだ。何故だろう?
別にこいつとこれから行動する訳じゃないのに、私は少し気分が高揚していた。

この人なら、もしかしたら私の輪廻を壊してくれるかもしれない。
気がつけば私の足は勝手にその人の後姿に付いていた

『狐さん』は「くっくっ」と喉を鳴らして笑うと

「ふん。じゃあ『俺』の世界の物語を読む前に、お前さんの輪廻とやらを壊して、
この世界の物語を読み切っとくか」

あぁ、『物語』は終わらない

「でも、私の輪廻を断ち切るって、具体的には何かいい案でも有るの?」

私は尋ねる。そうだ、あの圭一や、まして「戯言使い」つまりはこの『狐さん』
を打ち倒した存在のいーちゃんでさえ、私の輪廻を止める事は出来なかった…

「ふん。無いな」

『狐さん』は、はっきり言い切った。流石ね…戯言使いに敗れたとはいえ、やはり人類最悪。
既に具体的な案を持っているなんて……

「……てぇ、無いの!!!???」

私は久しぶりに(もしかしたら今までの人生で初めて)大声をあげてツッコミを入れた

「無いな。そもそも俺は自分から動く人間じゃあ無いんだ。
十三階段が居なくちゃあ俺なんか、基本スペックでは、人類最弱を謳っているあの戯言使い以下だ」

そうなのだろうか?とてもそうは見えないけれど…

「下手すりゃ使える手駒が居なけりゃ、戯言を使わない戯言使いよりもひどいかもな」

『狐さん』は、自分を卑下している筈なのに、何処か嬉しそうに語る。
この人の本心がまるで読めない…

「じゃあ、私を輪廻から解放してくれるのは……」当分、後?

「フン。というより世界から弾き出された…
もとい世界に関われない身になったから何も出来ない人間になってしまった、とでも形容した方がしっくり来るか」

と、質問しようとしたのだが…どうやら私に質問のターンは与えてくれる気は無い
らしい。狐さんは相変わらず勝手に続きを話す。

「ん?何か言ったか?くくっ。まぁそう心配するな。
確かに俺は世界に関われないが、それは俺の世界での話だ。ここでは関係あるまいさ。
何も出来なくなって久しいが、なぁに徐々に馴らしていけば良いだけの話だ」

狐さんは、何処か遠い場所を見つめて語る。一体何をしでかしたら世界に関われない
程の仕打ちを受けるのだろうか?

しかし、どうせ私の質問など軽くあしらわれるか、無視されるかのどちらかだろう
私も狐さんと同じく、遠い場所を見つめて、これからの事について思想を巡らした。

        と、ここで一つ疑問に思った事がある。

「狐さん?今までまでぼくの前を歩いているのに、どうしてさっきからぼくの後に付いているのですか?」

狐さんは「そんな事も説明しなくちゃお前は分からんのか?」とでも言いたそうな顔で私に説明する。

「どうしてさっきからお前の後についているかって?ふん。決まっているだろう?家が無いからだ」

言い切った。自分がホームレスである事をここまで偉そうに言いきれる人間を私は
見た事がない。

「戯言使いは教師だったからここでの宿には困らなかったらしいが、俺は違う。
そもそも戯言使いは俺の娘の手引きでこの世界に来たみたいだが…
俺はなんとなく、あいつらが楽しそうに会話しているのを発見したから、俺も興味半分、ちょいと『物語の隙間』、世界が重なり合ったが故の『位相のずれ』とでも言う奴を見つけて入り込んだわけだ」

           うわぁ。本当に最悪だ、この人

「だが…俺が入り込んだその場には、俺以外の誰も居なかったから元の世界に戻れる保証は、今のところ皆無に等しいがな」

どうするつもりなのだろう?帰れなかったら、向こうでもいろいろ問題が発生するだろう。
この人を心配している人間も居るだろうし、…その人たちの事をあまりにも考えずに行動している様に私の眼には映る。本当にこの人に私の今回の人生を任せても大丈夫なのだろうか?
と頭に不安がよぎる。

   「まぁ、そこら辺は木の実やるれろ辺りが必死に捜索してくれるだろう」

狐さんは、やはりというか当然というか、私の心配そうな表情には全く触れず続ける。

「俺を捜索中、木の実が『空間』に違和感を感じるだろうし、聞き込みはるれろがそこら辺の人間を『人形』にして、てっとり早く情報が集まるだろう」

「フン。そう考えると意外に早く迎えが来るかもしれんな。少し急ぐ必要が有るかも……まぁ良いか。
その場合はあいつらを待たせれば良いだけの話だ」

私は何度も転生を繰り返し、長い悠久とも言えるほどの時間を過ごしたが、今回ほど他人に失望したのも初めての経験だった。

            ……選択をミスったかもしれない

家に帰宅後、沙都子にはなんて言い訳をすれば良いのか、帰るまでの道程その事についてばかり考えていたのだが、どうやらそれは杞憂の様だった。

      「ほら狐さん!!おかわりは、まだまだ沢山ありましてよ?」

沙都子は両親を亡くしてからというもの、叔父と叔母に執拗に虐めを受けてきた。
…いや、あれは最早虐めというレベルではない。
虐待、もしくは拷問とでも表現した方が良いレベルの扱いだ。

    「まぁ、待て沙都子。お前、俺がそんなに食う様に見えるのか?」

家で私以外の誰かと夜を過ごすなんて、過去を思い出して、沙都子には耐えられる筈はないのだ。
現に圭一でさえ、沙都子と共にこの家で一晩過ごした事など…ないのだから…。

    もしかしたらこの人なら…今までとは全く違った結果を出してくれるかも…

「フン。俺は女に…とりわけ年下の女に好かれやすい性質なだけだ。そんなに俺に期待するな。
後でまた失望する羽目になるぞ?」

この人は何でこうも私をがっかりさせたいのだろうか?…極上のSなのだろうか?………って、
今、私声に出してた?

「フン。こんなの読唇術の初歩だろう。訓練すれば誰でも出来る。
それこそ人類最強である俺の娘でなくともな」

         「?何の話をしてますの?狐さん」

やばい。沙都子に明らかに不審に思われた。
この間『いぃ』が部活のメンバーに事の真相を話したときは、それなりの段階を追って、皆を上手く丸めこみ、その方向に誘導していた。
…しかし、今回はそれが全くない。
皆の前で無垢な少女を演じている梨花ではなく、悠久の時を生きる梨花に、じかに、それも心で思っているだけの事に対して、台詞を口に出して返している。

これでは不審に思わない方が不思議だ。
ましてや沙都子は部活メンバーの一員でもあり、それなりに頭が回る…気付かないわけがない

   「ふん。確かにあの戯言使いは上手くやり込めたようだな。さすがは俺の敵だ」

         …だから声に出しての会話は止めて欲しい

     「しかしお前はまだ読心術が使えないのだからしょうがないだろう?」

     「さっきから、意味が分からないですわ。どうしたんですの狐さん?」

沙都子。出来れば今は会話に入って来ないでもっと、「どうしたんだろう?」とか黙って不審がっててくれないかな?……何とかあなたが納得出来る言い訳を今考えているんだから…
これ以上の状況は頭の処理が追いつかないの

          「そうだぞ沙都子。お前は少し黙ってろ」

……出来れば、あなたにはもっと黙っていて欲しい。
さらに出来る事なら一生口がきけなくなって貰いたい

         「梨花?さっきから狐さんがおかしいのですが…」

あぁ、だから今私に話しかけないで…お願い沙都子。今度アイスか何か奢るから、それで許して…

「物で釣ろうなどと考えるとは、お前中々良い感じで腹黒いな。
もう少しお前の一人漫才を見ていたかった気もするが……くくっ、まぁ良いか。
そろそろ助け船を出してやる」

                ???????助け船?

そう言ったが早いが、狐さんは沙都子を御姫様だっこ状態で持ち上げながら立ち上がった。

             「わわっ、き、狐さん。何しますの?」

「ん?飯を食ったんだから風呂に決まっているだろう。
見ての通り俺は小食でそこまで食べないんだよ。
と、くれば次にとる行動は風呂と相場が決まっているだろう?」

               「そ、そんなの初耳ですわ!」

                  私も初耳だ。

「そ、それに食べ終わったなら後片付けをしないと!お風呂に入ってからだと、また汚れちゃいますわ」

     「フン。そんなの梨花に任せておけばいいだろう。なぁ梨花?」

これが彼の言う助け船なのだろうか?沙都子の貞操の危機も感じたが、今はそれどころではないので、
「そうです☆任せるのです!」と私は今回の人生が始まってから最高の笑顔を二人に向けた。

               「り、梨花の裏切り者~」

     沙都子の叫び声が聞こえたが、私は笑顔を崩さずに二人を見送った

数十分後

先ほどまでバスルームで聞こえていた沙都子の叫び声も漸く収まりを見せ、狐さんは沙都子を既に私が準備 してあった布団に横たえさせた。

                「気絶したのですか?」

私がそう問うと、狐さんは「あぁ、お子様には刺激が強すぎたみたいだな。特に純情すぎる子供には」と、意味ありげに口元を釣り上げた。

「フン。心配するな、何もしちゃいないさ。
ただ沙都子のの目の前で俺が着ている浴衣を脱ごうとしただけだ」

たかがそれだけで気絶する物なのだろうか?
私は大人の男と風呂に入ろうとするシチュエーションで沙都子がL5になっていないか心配する。

    「フン。心配するなと言っただろう?大丈夫だ。そいつの発作は起こっちゃいない」

                  信じても良いのだろうか?

         「まぁ良い。お前が信じようが信じまいがそれは同じことだ」

       狐さんは面倒臭そうに私と沙都子を見やった後、溜息交じりに話し始めた。

「では、少しばかり説明してやる。本当は面倒くさいが話が何時まで経っても進まんからな。
……俺がお前の心で思っていた事に何故沙都子に何も説明しないまま口を出したのか?
…簡単だ。そうすれば沙都子は俺に興味を持つ。こいつの言動は何を根拠にしているのか?
等とな。今回は風呂のおかげで一時的に記憶が飛ぶだろうが、それでも完全に消える訳じゃあ無い。忘れるだけだ。何かのショックと共に思い出すだろう」

「お前は戯言使いと本格的に行動を開始したのが奴と学校で出会ってからだから分からんかもしれんが、俺の敵も聞き込みとかぬかしながら、色々なところで伏線を張ってたんだろうぜ」

         伏線?推理小説とかで使われるっていう後で回収する奴?

「そうだ、その伏線だ。良いか?俺の敵もこう表現したと思うが、こいつは、お前の人生は、いわば一つの推理ゲームだ。……ならば、伏線を張っておいた方が後で動きやすくなるだろうさ」

まさか…私から説明を受けて、家に帰ってくる道の途中でこれからの筋道を全て考えていたとでも言うつもりなの?この人……もしかしたら『いぃ』よりも……。

   「フン。だから過大評価はするなと言っているだろう?後で失望する羽目になるぞ?」

          この人は…全く。どうやら間違いなく人類最悪の様だ
            私は、古手梨花はこの時、心からそう思った…

この日の夜に、出会ってまだ数時間も経っていないというのに、私と狐さんは今後の事についての
計画を立てた。

まずはこうだ。狐さんは私と沙都子が学校に行っている間、毎日この家で怠惰に過ごし、放課後、
皆と顔馴染みに成る為に、私はクラスの友人(部活メンバー以外も)を家に招き皆で盛り上がる。

次に、狐さんは警察関係者と密になるために毎晩、飲み明かしながら麻雀をして帰ってくる。

仕上げに、多分二日酔いになるだろうからそれを利用して入江診療所に入り浸り入江と接触、その後診療所でどうせ出会うだろう富竹と鷹野三四についてメイド喫茶と呼ばれる場所で語り明かし、信頼
関係を作り出す。

そして、それぞれ盛り上がっている場面で何回かタイミングのよさそうな場面で、例の伏線とかいう
「如何にも探りを入れてますよ」的な雰囲気を醸し出す…らしい

……どう見ても私の目には狐さんが遊んでいるようにしか見えないが、当の狐さんは「フン。嫌なら
別の奴にでも頼むんだな」等と公言しており、私はしびしぶこの作戦に了解した。

      この人は…全く。……どうやらやっぱり間違いなく人類最悪の様だ
私は、古手梨花はこの時、さっきこう思ってから大して時間も経っていないのに心からそう思い直した…

                   「くっくっくっ」

     それから数日の事は……出来ればあまり思い出したくはない。
狐さんは「フン。今日やろうが明日やろうが結局は同じことだ。特に急いだからと言っていい成果が
出るとも限らないしな」等と言い訳をし、毎日をただ、だらだらと過ごしていた。『いぃ』の場合は
一つも情報が無いところから色々探りを入れていた筈なので、彼はとても忙しそうに見えたが、狐さん
の場合はとても暇そうに見える。
しかもほぼ全ての情報が最初から手の内にあり、私が「いぃ」から教えて貰っていない情報だけ狐さん
が独自に探さねばならない筈なのだが…一向に動く気配がない。

    「一体何時になったら活動し始めるの?……もう綿流しまで日が無いのよ?」

         私はとうとう堪えられなくなり、狐さんに詰め寄った。
  すると狐さんは以前と同じく、面倒臭そうに私を見やった後、溜息交じりにこう呟いた。

「良いだろう。では…そろそろ動くか。俺の敵風に言うならば『じゃあ、戯言でも始めるか』かな?
いや、どちらかと言えば零裂人識の台詞の方がしっくり来るか…『良いだろう。この事件。殺して解して
並べて揃えて晒してやるとするか』…うむ。こっちの方が良いな」

そして、そう呟いた後、今まで気の良さそうな感じだった狐さんの顔が、にぃぃぃぃっっと歪んでいく。

     ……誰?そこには私の知っている狐さんはいなかった。…本当に一体誰なの?

怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖怖い怖い怖い怖い 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

あたかも狐の目が、獲物を狩る様に見えた私の眼は、壊れているのだろうか?私は恐怖で体が動かなくなっていた

結局のところ、解決の展開はほぼ「いぃ」と同じ運びとなった。

私は狐さんが何も動いていないとばかり思っていたが、どうやらそれは、私の目が届かない「私が学校に行っている時間帯」に、大石や入江、富竹と会っていたらしい。
そして私が家にクラスメートを連れて盛り上がっている時にも、何故か私がトイレに抜け出したタイミングを見計らって伏線を張っていたらしい。……つまり私が用を足す時間を狐さんは正確に知っていたという事だ(その日の体調や食事のメニューによって排泄量が変化するのにも関わらず!!!)

狐さんに言わせてみれば「そんなの毎日お前を眺めていれば、それだけでその日のトイレに籠る時間位分かるさ」らしい。

             ……非常に嫌な気分だ

しかし伏線を張るというのは、沙都子の風呂での件と同じく、一度変な空気がそこに居る者に流
れる筈だ。それを私がトイレに行って帰ってくるまでの短時間で私に気づかせずに戻せる物なの
だろうか?

しかも狐さんは皆に「梨花には内緒だ…くくっ、良いな?」等と釘まで刺していた。もう一度言わ
せてもらう。それすらも、私がトイレに行って帰ってくるまでの短時間で皆に徹底できるのか?

いや、これは断じて私の排泄時間が人より長い訳ではない。違うんだ!違うの!絶対違いますから!!!

          「くくっ、口調が壊れてきてるぞ。梨花」

私喋ってませんから!!!!!!!思ってるだけですから!!!!!!!!!!!!!!!!

       「くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくっ」

           「さて…と。まぁこれであらかた終わりだな」

狐さんは相変わらず面倒臭そうに話しかける。ほとんど「いぃ」の真似をしただけのくせに。そう
口に出さずに思ってやると、やはり狐さんは面倒臭そうに

「良いじゃねぇか。わざわざお手本があるんだから、それの通りやってれば上手くいく事が多いんだぞ」

    「ちなみに、こいつは俺の考え方じゃあねぇ。俺の孫の…人類最終の考え方だな」

  この人に娘がいるとは聞いていたが、まさか孫までいたとは…この人、一体何歳なんだろう?

    「フン。今更俺の年齢を聞いたって何になる?それこそ、そんなもん知ろうが知らまいが」

            ……どっちだって一緒だって言うんでしょ?

  「くくっ。分かってるじゃねぇか。さて、最後にお前の輪廻とやらを解いておいてやるとするか」

         「おい梨花。オヤシロ様ってのはここに居るんだな?」

狐さんは私に確認を取る。私は羽生が横に居るのを確認して首を縦に振る。
あぁ、漸く私の輪廻が…幸せな日常が…手に入る。

        「……だそうだぞ。伊吹かなみ…いや、今は園山赤音だったか?」

          狐さんが合図したその先、そこには二人の男女が居た。

                     「」

私が二人に声をかける間もなく、狐さんにそこの二人がこの場に居るのは一体どういう事なのか問い
ただそうとする間もなく、さらには私が悲鳴を上げる間もなく、二人は羽生に攻撃を加えた。
いや、攻撃なんて生温いものじゃなかった。
何と言うか、その…あまりにも凄まじい速さで私の隣に居た羽生を、
そう、殺害した。蹂躙した。殺戮した。破壊した。滅殺した。

                    「え?」

漸く私がその一声を上げる事に成功したと同時に、背中、いや首に衝撃が走り、私はその場に倒れ込む……。

           羽生?え?どうなってんの、これ?い…意識…が……え?…あれ?

                「くくくくくくっ」

都合上彼を『狐さん』と呼ぶことにしよう。狐さんは倒れた梨花ちゃんと、すでに神としての能力を失い、ただの無残な肉塊となった『オヤシロ様』を見降ろしながら笑った。

おっと…、私の事は、そうだな。こちらも都合上『園山赤音』とでも呼んでもらおうか。
私、園山赤音はいわゆる学者だ。七愚人の一人と数えられたこともあったが、それももう過去の話で、今は半ば引退しているような身分だ。

まぁ、それも「あっちの世界」つまり「私達の世界」の話で、こちらでその肩書きを使う事は無い
んだけどね。

しばらくして、私は羽生と呼ばれたオヤシロ様を、私と共に攻撃した逆木深夜に微笑みながら話す。

             「案外神様ってのも強くないね」

逆木深夜は、「そうでしたね」と嘆息をつく。……どうやらこいつは、神殺しを少しばかりビビってた
みたいだ。

私はというと、最早死んでいるオヤシロ様の頭から生えている角を引っこ抜き、自分のこめかみの辺りにそっと添えているところだ。

           うん。良い感じだ。良く馴染む。
   しばらくそのままの状態でいると、角が光りだし、私の体の一部と同化した

        「フン、成程な。そいつが力の源ってわけか」

   狐さんは、すでに常人には姿が見えなくなった私の方を向いてそう言い放つ。

   「しかし、やはりこの『物語』は俺の見たい『物語』では無かったようだな」

狐さんは続ける。まるで私なんか目に入って無いように。まるで私なんかどうでも良い存在だと言わん
ばかりに…。いや、実際に視界からは私は消えうせているのだから仕方ないのか

      「やはり、自分の世界の『物語』の終わりを…俺は読みたい」

 …思い違いではなかったらしい。だったら、早く『この世界』から『自分の世界』に帰れば良いのに

  「うん?くくっ、まぁ良いじゃねぇか、折角のラストなんだ」

   そして、狐さんは私の方に顔を向け、淀みなく言い放つ。

「しかし梨花の奴も中々気付かないもんだな。自分を不幸な輪廻の中に閉じ込めているのがいつも周りでへばり付いてる『オヤシロ様』って事位…」

「何故いつも梨花が死んでいる時にそばに居る筈のオヤシロ様は何も教えてくれないんだ?
何故いつも全ての記憶を引き継いだまま別の世界に移行できる羽生は梨花に、梨花が殺された後の出来事を教えてくれないんだ?オヤシロ様なら、梨花が殺される前に、危険を察知させる事位簡単な筈だ」

…こいつ。お前も分かってたんなら、最初っから言ってやれよ。教えてやってたらもっと手っ取り早くに…

       「フン。俺はそこまでお人よしじゃあないんでね」

…どうだかね。結局は、この子が悲しまないように、一番この子が幸せでいられるように、自分自身が悪役だと思われたとしてでも、今回は走り回ってたんでしょ?

           「フン。さぁ、どうだかな」

もしかしたら罪滅ぼしなのだろうか?彼が以前一緒に時間を過ごした…
その、円朽葉ちゃんという子と、梨花ちゃんの人生があまりにも酷似していたから…

  「フン。それを聞いたところで何になる?そんなの知ってても知らなくても…」

          結局は同じことですか?狐さん

  「その通りだ。園山…いや、もう園山ではなく『オヤシロ様』か」

  別にどっちでも良いけどね。名前なんて私にとっては只の記号みたいなもんだし

「くっくっくっ。確かにそうかもな。おっと、こっちは自己紹介がまだだったな。初めまして『二代目オヤシロ様』俺の方も、どちらでも良い事でもあるが…まぁ一応、言っといてやる俺の名前は……西東天だ」

     「だがしかし、人類最悪の名前なんか聞いても嬉しくもあるまい」

       「俺の事は今まで通り『狐さん』とでも呼べばいい」

             分かりましたよ…狐さん

狐さんは笑いながら手に持っている狐のお面を浴衣の帯にはさんだ。そして、私と深夜を交互に
見た後に…

「では逆木深夜は、お前がこの世界に飽きて戻ってくるまでの間、十三階段に入れておいてやる。
ただし、伊達でもいいから眼鏡はかけろよ?」

          この人は、本当に眼鏡が好きだな。

      『狐さん』は「くっくっ」と喉を鳴らして笑うと

「ふん。じゃあ『俺』の世界の物語を読みに帰るとするか。
おい、オヤシロ様よ!俺たちを元の世界に戻してくれ」

私は既に自分のものとなったオヤシロ様の力で二人を元の世界に送る。
きっとあっちの世界も大変だろう。
あっちの世界には、この私ですら成り代われなかった人類最強の哀川潤と、さらにそのスペックの全てを凌駕する人類最終、想影真心。
いかに私ですら成り代われない才能を持っていた玖渚機関のお嬢様。
匂宮を筆頭とした御伽噺の皆さん…そして戯言使いまでいる。

  ……あっちに戻るのは、当分はこっちの世界でオヤシロ様を満喫してからでいいか

    狐さんと深夜を無事元の世界に送り届けた後、私はそんな事を考えていた。

          あぁ、『物語』は漸く終焉を迎える

                 完