小結さん

小結と付き合い始めてからというもの、俺の体重は増える一方だ
幸せ太りですか、などと周りによくからかわれるがその通りだから仕方がない
「今日もお疲れ様でした隊長さん。た～くさん、召し上がってくださいね～」
2人で囲む食卓には様々な手料理が所狭しと並べられている
到底食べきれる気がしない量なのだが、小結と他愛ない話をしながら箸を進めているといつの間にか皿が空になってしまうから不思議だ
しかしこれ以上太ってはまずい、今度からはいくらか減らしてもらうことに──
「はい、お待ちかねの特製チョコですよ～」
そうか、今日はバレンタインだった
自分で作ったチョコを小さく割って、笑顔でほおばる小結はヒマワリの種に夢中でかじりつくハムスターのようでとても可愛い
だから、食事の量を減らしてもらうのはまた今度にしよう
小結と付き合い始めてから、俺の体重は増える一方だ

千秋楽を迎えましたアクトレス大相撲どちゃ四股場所、結びの大一番は東の横綱大関小結関と西の隊長の同門対決となりました
この一戦、解説の二子玉親方はどう見られますでしょうか
「私はBLとGL専門で…その…NLの方は…」
名前がそれっぽいという理由だけでお呼びして申し訳ありません
では緑帽親方はいかがでしょうか
「uhh…そうだね、やっぱり横綱が優勢に見えるかな。隊長が勝つには陽動で体勢を崩して仕掛ける必要があるね」
陽動、立ち合い変化は見られますでしょうか
さあ時間一杯。合わせますのは行司、磐田宗一郎
見合って…！これは真っ向から！プロポーズした隊長が…！大きく跳ね飛ばされてそのまま土俵外へ。
ピクリともしません大丈夫でしょうか
「男の人でもあんなに飛べるものなんですね…NLも悪くないかも…」
「SAMURAI！隊長の大和魂見せてもらったよ！」
どちゃ四股場所は重力感溢れる相撲を見せた横綱大関小結関が見事優勝を飾りました
解説の二子玉親方と緑帽親方、どうもありがとうございました
実況は目指せ明日の杏奈ちゃん、成子坂放送協会の兼志谷シタラがお送り致しました。それではここ成子坂製作所からお別れです。さようなら

気がつくと俺はホテルの一室に寝かされていた
先ほどまで小結さんと一緒に食事をしていたはずなのに…
「うふふ～大丈夫ですよ隊長さん」
やけに可愛く見える小結さんが俺の頭を膝の上に乗っけて甘く囁く
「く…何か…く…薬……でも？」
震える口でなんとか声を出すと小結さんの可愛い笑顔がより深くなるのを感じた
「違いますよ～？それに～隊長さんの口にしたも物の中には私が食べてたものもあるじゃないですか～」
そういえばそうだ…二人で仲良く皿を分け合いながら…(
ではこの自由にならない身体と先程から全く治る気配のない股間の滾りは一体何なのだろうか…！
「食べ合わせ…っていうのがありまして～」
優しく頭を撫でながら
甘い香りを漂わせながら
そう告げる小結さんの澄んだ声は
混乱する俺の耳にいつまでも残った

ふぅ、さすがに緊張します～。でも隊長さんをお待たせする訳にはいきませんね～。頑張れ頑張れ小結。どすこいっ！

「私、隊長が国技館から実況しています新婚相撲夜場所初日、さあ横綱の登場です。まわしを新調した横綱、気合も十分に土俵へと向かいます」
そう、この日のために化粧まわしを～って、こらっ！これは下着でここは寝室、そこは土俵じゃなくてベッドです～
「さて相手の隊長ですが元大関の小結親方はどうお考えでしょうか」
何度も隊長さんと一緒にお食事に行きましたけどいつも本当に楽しくて～。今はこうして二人で暮らすようになって幸せで白米がおいしい…って、こらっ！何を言わせるんですか～
「ごっつぁんです」
いい加減にしないとこっちから行きますよ～、えいっ！
「がっぷり四つに組んだ横綱が上手を取っていい体勢。緊張は解れたようです」
（…えっ？じゃあこの実況…もしかして以前からの酷い言い方も隊長さんなりに気を使っ）
「さあ横綱、ここから隊長のまわしを解いて得意のもろ出しを狙いたい！」
得意じゃないし狙いませんっ！さすがに怒りましたよ～、どすこい☆

「隊長※ヤマ行って入院だってー」
「山は危険っすね」

「小結さーん…ってゲーム？」
「あ、こんにちは隊長。詰所においてあったゲームをやってみると止まらなくて…」
続けてていいよとジェスチャーし一緒に画面を眺める。このゲームは…
「時空の旅人といって、主人公のクタジマトシトが歴史を変えるゲームらしいんですが難しくて…」
あー懐かしい。あのUFOに乗り損ねるとゲームオーバーのやつだ
「食の支配する世界で平和な未来へ導こうと思ってもうまく行かないんですよねー」
あれ…これそういうゲームだっけ…？
まぁ楽しそうだからいいか。
休憩時間までUFOに乗れなかったりおこったのぶながにきりころされる小結さんを眺めていた。

「隊長さん、お疲れさまです～」
深夜、書類仕事を一人で片付けていると大関さんに声をかけられた
お疲れ様です、と返すと鼻腔に食欲をそそる匂いが
「お夜食、如何ですか～」
大関さんの手にはお握りと沢庵が載ったお盆
水筒にはお茶が入ってるのだろうか
なるほど、確かに空腹を覚えだした所だ
ありがたく頂きますと頭を下げる
しかしこのお握り、随分と量が…
「お隣、失礼しますね～」
椅子を引いてきた大関さんがちょこんと座る
夜食のそれとは違う、女性的な香りにドキリとする
見れば、うっすらと化粧をしているようで、何時にもまして可愛らしく見える

面食らっていると、不安そうにこちらをのぞき込んできた
「ご迷惑でしたか～？」
上目遣いでその物言いはズルい…可愛い
とんでもないですと応えれば、花が咲いたような笑顔
「よかった～…それじゃあ、いただきます」
いただきます
お握りも沢庵も、程よい塩気が絶品であった
こんな美味しい食事が毎日食べられる彼氏さんは幸せだろうなぁ…
そう呟けば、大関さんは頬を染めているがどこか残念そうである
セクハラであったろうか…
何か取り繕うべきかと思考を巡らせ始める

「隊長さん、お弁当、付いてますよ～」
え、どこですか
口元を触るが、米粒らしき物はどこにも…
「失礼しますね…」
すっと眼前に大関さんの顔が近づく
何を、と思うまもなく頬に唇が触れた
数秒の後、離れた大関さんと見つめ合う
彼女の顔は真っ赤になっているが、おそらく私も負けず劣らずだろう
「ご、ご馳走様でした～」
そう言ってパタパタと去って行く大関さんを私は呆然と見送った
そっと頬に手をやれば、先程の情景と彼女のぬくもりが克明に思い出された
当然、仕事に手は付かなかった

翌日、朝一で来た楓と怜に頬のキスマークを見咎められる事になるのだが、
この時の私にそんな事を気にする余裕はないのだった…