怜ちゃん/怪文書3

Last-modified: 2020-10-02 (金) 17:27:26

今で書類の整理やら作成やらをしていると、気づいたら1時を回っていた。
もうこんな時間か。
と思い怜の部屋の扉を見ると隙間から光が漏れている。おそらく今日もまだ勉強中なのだろう。
アマルテア女学院の授業ペースは早いらしく、怜は自由時間での自主学習を怠らなかった。
とは言え、毎日遅くまで起きているのも身体によくないだろう。
そろそろ寝るように声を掛けようか悩んでいると、ガチャりとドアが開いて怜が出て来た。
どことなく眠そうな眼を擦りながら伸びをする怜。
お疲れ様と声を掛ける。
「隊長こそお疲れ様…夜遅くまで」
と言いながら怜はソファーの隣に腰を掛けた。
小鳥遊家と同居を始めてしばらく経つが、実のところ一緒にいられる時間は長くない。
自分は仕事に追われる身だし、怜は怜で学業とアクトレス業に精を出している。
なので寝る前のこのわずかな時間が俺と怜が二人きりで落ち着いて過ごせる時間だった。
ソファーの隣でうつらうつらとしている怜…。
眠いならそろそろ布団に入ってゆっくり休んだ方がいいぞ。
「ううん…もう少し隣にいさせて…」
と言いながら糸が切れたようにもたれかかってくる怜。
俺はただそんな彼女を優しく支えていた。

「いやさ…私も隊長の命令ならなんでも聞くとは言ったけどさ…」
恥ずかしそうにスカートの裾を押さえながら怜がつぶやく。
言ってくれたら何でも引き受けるよ、等と言う怜に冗談のつもりで「じゃぁメイドさんになってよ」と言った結果だ。
しばらく更衣室に篭った後メイド服の怜が現れた。というか何でメイド服が更衣室に置いてあるんだ?誰が用意したんだこれ?
「えっと…とりあえずお茶でも用意するね…」
と、給湯室に向かう怜。
振り返り様にふわっと広がるスカートがなんとも愛らしい。
「…お茶入ったよ、隊長」
隊長じゃないだろ?
「…えっ、その…ご主人様?」
お盆を胸に抱き上目遣いで言われたらたまったもんじゃない。こみ上げた衝動を押さえ込むために抱きしめる。
「ご主人様…お戯れを…」
どうやら怜のスイッチも入ってきたようだ。
長い睫毛と伏目がちな瞳、上気して淡く染まった頬。それらが奉仕をするためのメイド服が組み合わさりどこまでも男の欲情を煽った。
「ご主人様とメイドごっこ」はまだ始まったばかりだ。

『ターゲットは資材運搬路を通して逃走中…お前にやれるか…?…怜』
「…私にやらせて…隊長。自分の落とし前は自分で付ける…」
あの人のことを完全に信用したことなんてない。
でもあの人とも上手くやっていけそうな気もしていたのだ。
でも彼女は裏切った。
隊長を…成子坂のみんなを…それから私を。
発進ランプのすべてがグリーンに点灯し、私と私の了リスギ了はポートから転送された。
「やっぱり追っ手は貴方なのね…怜ちゃん」
「芹菜さん…どうして…」
「これが私の仕事だからよ。怜ちゃん」
仕事だから…ただそれだけの事で今日までの仲間を裏切れるのか…。
いや違う、彼女にとって成子坂は最初から仲間等ではなかったのだ。
転移された先、見たこともない黒いギアを装備した芹菜を追う。
「速い…っ!」
だけじゃない。恐ろしく小回りが利く。
重力制御が切れところどころに資材が散乱したこの狭い通路内を、芹菜はスラスターの尾を引きながら疾駆している。
おそらくトップスピードならアズールホークのが上だろうがスラスター推力が大きい分、障害物の回避運動が大味になっていた。
『怜、聞こえるか?前方800m先にメインシャフトがある。そこでならお前のギアの全力を出せるはずだ』
「了解…!」
進路の前方方向にこの狭い通路のゴールが見えた。
残り400m…200m…50m…後少しっ…!
「まぁ、そうはさせないんだけどね♪」
芹菜の持つショットギアが閃光を放ち、通路の壁から間欠泉のように水が噴出した。
HUDに表示されるシャードの構造図を見ると、交差している水道管を撃ち抜いたのか…。逃走しながらの射撃だというのになんと言う精度だ。
噴出した水分は真空中で凝固し、通路を氷の壁で塞いだ。
「ごめんね怜ちゃん。…どうしても貴方に捕まる訳にはいかないのよ」
氷壁の向こう側からの通信。淡く透き通った氷越しにラプタービークの照準を合わせる。
「撃っても良いわよ」
「言われなくても…」
引鉄に指をかける。
「でも実はこのギアもうほとんどエネルギー残っていないのよ。貴方から逃げるのに全力を使っちゃったから」
つまり氷ごと彼女を撃てばシールドを維持できずに無事では済まない、と言うことか。
「そんな脅し…!」
「声が震えてるわよ、怜ちゃん…やっぱり優しいのね」
ラプタービークの銃口を降ろす。
「ありがとう…ごめんなさいね、怜ちゃん」
黒い了リスギ了はどこへともなく姿を消した。
転送か…。
恐らくこの氷壁も脅しも回収用の転送装置の時間稼ぎのためのものだろう。
「隊長…ごめん……取り逃がした…」
『いや、いい…怜に人殺しをさせるわけにはいかないからな…帰って来い』
「はい…小鳥遊怜…帰還します」

「あれ、隊長今日は仕事は?」
外回りからの事務所への帰社中の電車で、出勤中の怜と出会った。
今日はギアメーカー合同での新作ギア展示会だったと説明する。
各企業の肝いりのギアを直接生で見てきたのだ。
その中からパンフレットの一枚をファイルから取り出し怜に手渡す。
センテンス社製のフラッグシップモデル、ペレグリーネFFのパンフだ。
ギアを装備した金髪の英国巨乳美女が手を振って微笑んでいる写真。
「ふーん…隊長こう言うのが好きなんだ」
こう言うのが好き…と言うよりはこのギアが怜に合うんじゃないかと思ってな。
成子坂で使用している一○式C型は汎用性の高い優秀なギアだが、彼女たちの特性に合わせたギア…と言うのも最近では視野に入れていた。
他にもあるぞ。
アーリー社製のMN404とかヤシマの試製一○式K型とかTYPE-Gシリーズの新型も…最近ではオナリ屋と言う変わったメーカーも出展していたな。
同じペレグリーネでも綾香にはこのGX型のが似合うかもな。
各社のパンフレットをめくりながら、各々の個性に合わせたドレスギアを装備したアクトレスの戦いを思うと胸が熱くなった。
「ぷっ…本当に…隊長ってアクトレスと戦闘のことしか頭にないんだね」
え…別にそんなことは無い…と思うぞ…?
「別にいいよ…。そのくらい私たちのこと真剣に考えてくれてるってことだからさ…。ヤキモチ妬いて損した」
ヤキモチ?なんのことだ?
「なんでもない…」
と言いながら怜はペレグリーネFFのパンフレットを凝視していた。どうやら気に入ってくれたようだ。

製作所からの帰り道、すっかり日の暮れた堤防の遊歩道のベンチに、彼女が座っているのを見つけた。
住処の方向が一緒な都合、こうして出会うことはたまに、ある。
昼間の急な陽気で、八分まで咲いた桜をぼんやりと眺めている彼女に、お隣よろしいですか、と声をかける。
「わざわざきかなくたっていいよ、ほら」
急な声に驚いた様子もなく振り返った怜はそう言うと、人ひとり分、身体を横にずらし、ベンチの座面をタン、と叩いた。
それじゃ失礼して、とことわりつつ、たった今怜が座っていた場所へと腰を下ろす。
必然、怜とはぴったりくっつく形となる。
「ちょっと、もう、近い」
そんな、若干迷惑そうな声を出しつつも、怜は無理に離れようとはしない。
触れ合った太ももや二の腕から温もりを感じつつ、がさごそとコンビニの袋からおでんの器を取り出す。
一つの箸でおでんをつつ合いながら、ぽつぽつと取り留めのないことを話す。
この桜の開花具合を見たうちの連中は、明日にも花見だなんだと騒ぎ出すだろう。
賑やかな花宴もいいが、こうして静かに夜桜を楽しむのも格別である。まして、隣に彼女がいるならば。
二人きりの花見は、おでんが無くなった後も少しだけ、続いた。

目に映った時、思わず言葉を失った
更衣室から出てきた怜はスカート部分にふんだんにフリルをあしらったプリンセスラインのウェディングドレスを身に付けていた
顔を赤らめ、恥ずかしそうにもじもじと後ろで手を重ねる怜は女神アフロディーテと見紛うばかりの美しさだった
た…隊長、黙ってられると…恥ずかしいんだけど…そんな言葉を受け、喉の渇きを覚える。声が上手く出せない
やっとの思いで出た台詞は、綺麗だ…本当に…という月並みな言葉だけだった
真っ赤になった怜が顔を俯かせる、私…まだ結婚する予定なんか無いのに…私より似合う子いっぱいいるでしょ…
ぼそぼそと消え入りそうな声で呟く怜を見て、身体が自然に動いた
怜の両手を取り、胸元まで上げる
俺は怜と結婚する予定なんだ、俺は怜じゃないと嫌だ
その言葉を受け、怜は瞳を潤ませ顔を背ける
じょ…冗談はやめて…私より可愛い子はたくさん…その言葉を遮り、怜の両手から手を離し抱き締める
本気だ…俺の1番は怜なんだ、結婚しよう。
肩を震わせる怜からの返事を聞き、人生で最高の日となった今日という日に感謝を捧げた
そして一部始終を見ていた記者は真っ白な灰になった

キッチンの方からトントンと軽快にまな板を叩く音が聞こえる。
「すぐできるから、待っててね」
何か手伝おうか?野菜くらい切るぞ?
「ダメだって…。キッチンは私の戦場なんだから」
と言っても怜一人を働かせて待っているというのもむず痒い。
「仕事だなんて思ってないよ…一食一食、食べてもらえるのが嬉しいからさ。だからさ、ほら、隊長は座ってテレビでも見ててよ」
ていよくキッチンから追い出されてしまった。
仕方がないので居間に座り込んでテレビをつける。
しかし視線はどうしてもテレビではなく、軽快に揺れるポニーテールを追ってしまった。
しばらく後エプロンのフリルを揺らしながら料理を運んできた。
「さぁ食べて、隊長…」
いただきますを言い、怜の料理を口に運ぶ……。うん、美味い…!
「そっか…良かった…。毎日のことだけどいつも緊張するね」
そう言うものなのか。こちらとしては毎日怜のご飯が食べれて幸せでしかないのだが。
「隊長のその幸せが私には嬉しいんだ…。だからさ料理は私に任せて…ね、旦那様…♪」

早朝、2人分の朝食を作っていると、日課のランニングから怜が帰宅した。
「隊長、おはよう。起きてたんだ」
俺だってたまには早起きくらいするさ。
フライパンに卵と切ったソーセージを放り込むと、肉の焼けるいい匂いが立ち込めた。
「あ…朝ごはん、あと私が作るよ?」
こっちはいいから、任せてシャワー浴びて来い。風邪ひくぞ。
ランニングウェアはぴっちりと汗で張り付いていた。
「うん…ありがとう。そうする」
結わえたポニーテールを解きながらシャワーに向かう怜。
「あ、覗かないでね…別にいいけど」
と言い残し怜は脱衣所のドアを閉めた。
いいのか…。いや良くないか。
思考を巡らせていると、フライパンの中からジューっといい音がした。
いかんいかん、焦げてしまう。
俺は慌てて2人分の皿にスクランブルエッグを盛り合わせた。

「ねぇ隊長ちょっといいかな…話しがあるんだけど」
帰宅間際に怜に呼び止められた。
「なら少し…遠回りして帰るか」
駅までの道を外れ、川沿いの道へと足を進める。
「大学入試…合格したよ」
と怜は呟いた。
「あぁ、おめでとう」
「反応薄いね…隊長」
「怜なら絶対、受かると思ってたからな」
街灯がぽつりぽつりと照らす夜道。会話の内容は明るい筈なのに、どこかしんみりと空気が付きまとう。
「それでね、隊長」
「なんだ?」
「私大学に入ったらアクトレスやめようと思う」
「そうか…」
これも予想していたことだった。大学入学を期にアクトレスを引退するものは多い。
特に怜みたいに事情を抱えているものは。
「せっかく大学に行くんだったらさ…勉強に集中したいし。今まで働いて貯めたお金と特待の奨学生になれば学費も自分で払えそうだったからさ」
まぁ貯めたって言うよりお祖母ちゃんが貯めておいてくれたんだけどね、と付け足す。
「隊長にもなかなか会えなくなるね…」
はぁと怜の吐いた息が2月の寒い夜空に消えて行く。
「少し背が伸びたか?」
「かも、ね…」
「初めて会ったときは高1だったもんな…あれからもう3年も経つのか」
三年…長いようであっという間の出来事のように感じる。その間に沢山の思い出を重ねてきた。
気づけば二人は何度も言葉を通わせた堤防を歩いていた…。この辺でいいかな。
「そうだ…合格祝いってわけじゃないが、渡したいものがあるんだ」
ポケットの中から小箱を取り出し怜に手渡す。
「もしよければ受け取って欲しい」
「これ…指輪?」
小箱を開けると、そこには銀に輝く指輪。
「その、つける指は分かるか?」
「うん……でもせっかくなら隊長につけてほしい、かな」
「分かった…」
怜の左手を取り、4番目の指にはめる。
「なぁ、怜…良ければ俺と…結婚してくれないか」
「もう貰った指輪をはめてる人にそれ聞くんだ…まぁ、いいけどさ」
「それも…そうだな」
指輪をはめた手を見ながら怜は微笑んだ。
「私さ…最初、私みたいな子供は相手にされないって思ってた…」
「それは……言ったろ?絶対に見捨てたりしないって。それを言ったら俺だって…こんなオッサン相手にプロポーズ受けて貰えるなんて思ってなかった」
「私が隊長を裏切ったこと、一度でもあった?」
「ないな…」
「私たち…似たもの同士かもね」
かもな…と答えると、どちらともなく手を繋ぎ家路についた。
「今まで一杯…ありがとう。それと、これからもよろしくね…隊長」

「それで怜ちゃんは話を逸らさずに意中の男性トークできるようになった?ねえねえ?」
芹奈が喫茶店で怜をいじりまくっていると怜はらしくもなくストローでジュースをぶくぶく言わせながらうるさいよおばさん。コイバナって歳でもないでしょと煙に巻こうとする。
「もーかわいー!!あの時私を責めたときの怜ちゃんどこー?どこに行っちゃったのー??『疑ってるよ…ほかのみんなと同じぐらいにはね』『私の隊長はアクトレスと戦闘しか興味ないから』って奴!!あれカッコいいからもう一回やって?ねっ!お願い!!」
ビキッと額に青筋を立てる怜だが百戦錬磨の芹奈に通用するはずもなくただいじられ続ける怜なのであった。
翌日ひどい報いを受けることになるとはこの時の芹奈には知る由もなかった。

隊長…氷撃と言いつつもじつは虚無属性で何もかも停止させるという現象の過程として凍りつくだけだから厳密には違うんだよね…なんて
別に隊長の部屋のDVD見たとかじゃないから…
「強くなればなるほど何のために力使うべきかジャッジが需要になるさ」
君自身の!ってやらせないでよ隊長…どうでもいいけどね

「やってトライのゲスト出演…?ごめん私はパス」
隊長も事情を知っているので、それはすぐ受け入れてくれた。
成子坂所属になった杏奈さんの担当企画番組「やってトライ」。
今日はその初日の放送日だった。
今日出演するのは成子坂からゲストの楓さんと夜露、それからメインキャストの杏奈さんにサポートの舞さんそれと…。
舞さんの隣、見知った顔がいるのを見て…むせた。
「芹菜さん…!?」
今度のターゲットはテレビ局なのだろうか。
悪徳企業を裁く裏の顔…いやいや成子坂みたいな中小企業ならともかく、メディアの中心たるTV局相手に何をしようとしてるの。
まぁ私が心配をする義理は微塵もないけれど…。
「ごめん…隊長…。ゲスト出演のことだけど…気が変わったから、私も出ていいかな」
取りあえず顔だけ見に行って見るだけならいいかな。

「シタラさん…いくら待機中でもずっとゲームやってるのはよくないと思うよ」
「なにおーう!?これは対ヴァイスの戦闘訓練なのだー!」
「それ本当…?」
「そう!このシューティングキャラバン2010こそ!人類が初めて遭遇した機械生命体ヴァイスとのファーストコンタクトを題材にした名作ゲー…じゃなかった戦闘シミュレーターなのだよ!怜もやってみるー?」
いや、それ本当なのだろうか…。でももしかしたらシタラさんの射撃技術はここから来ているのかも…。
もしそれを確かめることが出来るなら、やってみる価値があるかもしれない…そう思って携帯ゲーム機を受け取った。
「ちょっとそれ貸して…」
「あれー意外」
スタートボタンを押してゲームが始まる。
「何これ…平面機動しか出来ない?」
「縦スクだからねー」
「…一発食らったら死んだんだけど…」
「STGだからねー」
縦スク…?STG…?知らない単語ばかりが飛び交う。
「昔の人はこんな機体でヴァイスと戦ったの?」
「え…それはー…そのとーり!了リスギ了が開発される前の人類は機動性も耐久性も機体でヴァイスと戦争をしていたのだよ!」
そう言えばシタラさんは機動力も耐久力も低い遠距離攻撃型のギアで戦果を伸ばしていた…やはりこのゲームが秘訣なの…?
「シタラさん…これしばらく借りていい?」
「おやおや、はまっちゃった?良いけどー。気に入ったら今度続編も持ってくるねー」

このあと文嘉に見つかり2人とも滅茶苦茶怒られた。

ねぇ隊長が私に好きっていってくれるの…嘘じゃないよね…ってエイプリルフールに気づいて少し震える怜が見たいっす

「ねぇ…隊長が私に好きっていってくれるの…嘘じゃないよね…」
エイプリルフールの休日を二人で過ごしてると怜が唐突にそんなことを言いだした。
そんなわけないだろ、と答えるも怜の顔は浮かない。
「今日はエイプリルフールなんだけど、それも嘘…?」
ダメだ…怜の考えが深みにはまってる。ここは逆に反対のことを言って…。
怜のことなんて好きじゃないし、ずっと一緒にいたくなんてない…と、言おうとしたが途中で自分の胸の方が痛くなりすぎてやめた。
怜の顔も青ざめている。
「隊長…私…隊長のことは信じてるけど…その」
疑心暗鬼にはまり目の端に涙を浮かべる怜…。
こうなったら言葉ではなく態度で示すしかない。怜の身体を抱き寄せ唇を奪う。
怜が不安になるなら、もう今日は言葉は交わさない…代わりに行動で判断してほしい。そう耳元でささやいた。
「うんっ…隊長…」
怜も不安を振り払うかのように抱き返す腕に力が籠った。
ここが街中の道端であることを2人が思い出すのは数分後のことだった。

「エイプリルフール?…別に興味ないけど…」
まぁ怜らしいな。
せっかくだから何か嘘をついてみないか?と言ってみたが…。
「嘘つくのも、嘘つかれるのも、あまり好きじゃないかな…」
エイプリルフールの嘘は元々相手を騙すんじゃなくってジョークで人を笑わせる日だ。
「それ、もっと難しいんだけど…人を笑わせる嘘とか…」
あとは…そうだな、江戸時代…って頃には不義理の日って言うらしい。
「不義理の日…?」
義理を欠いていた人に謝ったり便りを送って再び縁を結ぶための日、らしい。
「へぇ…そっちの方が私には合ってるかもね…」
でも怜が不義理を働いたことなんてあったか?
「うん…隊長に一個だけ…」
俺にか…?特に心当たりはないが。
「私のこといろいろ気にかけてくれたのに邪険にあしらったの…ごめんって…謝りたかった」
なるほど…あの時のことか。それなら気に病むことはない。怜の気持ちはわかってるつもりだ、と言うと怜は肩の荷が下りたように安堵の笑みを浮かべた。

萌え袖的なぶかセーターでホットミルクを飲むのが似合うのは怜

夜にお勉強してる怜ちゃんにホットミルクの差し入れしたいっすね…

夜、怜の部屋をノックする。
「隊長…?入っていいよ」
了承を得たのでドアを開け部屋に入り、お盆に乗せたマグカップを差し出した。
「ありがとう…ホットミルク?」
怜は受け取ったカップの中身を飲み干しつつ、はぁ、と一つため息をついた。
それを飲んだら、あまり根を詰めすぎないよう、早く寝るように促す。
「うん…もう少ししたら寝るから…これ、ごちそうさま」
ふと怜の口の端に牛乳がついてるのが気になった。
「え、牛乳が…?あ、いいって自分で拭くから」
と、軽い抵抗をはね退けて、持っていたハンカチで口元を拭う。
「自分で拭くって言ったのに…でも、ありがとう…」
飲み終えたカップを渡しながら、渋々とお礼を言った。おやすみの挨拶を交わし部屋を出る。
まだしばらくの間、怜の部屋のドアの隙間からは光が漏れ続けていた。

怜のお風呂上がりにばったり遭遇して

髪を結ってないロングの怜も可愛いなって思いながら目をそらしたい

「隊長…お風呂お先」
と言いながら脱衣所から出て来たのは、お風呂上がりの怜。
普段は纏めあげているセミロングの髪を下していて、まだ湿り気を帯びた髪をバスタオルで丁寧に拭いていた。
「どうしたのさ…そんなじろじろ見て」
いや…髪を下ろしている姿もなかなか可愛いな…。
普段とは違う色香を感じ、慌てて視線をそらす。
「えっ…あ、ありがとう。…ドライヤー借りるね」
と言いながら洗面所からドライヤーを取り出す怜。
頬が染まっているように見えたのは湯上りだから、と言う訳ではないだろう。

TV局の番組出演記念にウサギの耳をかたどった付け耳を貰った。
それも出演者ほぼ全員分。
と言うわけで怜にも付けて見てほしいとお願いしたのだが「ごめん…興味ない…」と断られてしまった。
それはそうと、そろそろ出撃の時間だというのに怜が出てこない。
待機室にも談話室を探しても見当たらないので、もしやと思って更衣室のドアを開けた。
「えっ…あっ隊長!?…これは…その…」
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そこには頭の上にうさ耳を乗せた怜が…いた。
おぉ…おぉ…これは何とも…。
「違うからっ!…別にこれはそう言うんじゃなくて…」
違うとは?
「隊長がどうしても…って言うから…」
頬を朱に染めながら言う怜。
良く似合ってると言うと更にみるみると赤くなっていく。
あまりにもその様が可愛すぎて、俺はその恰好のまま出撃を命じた。

他の三人どんな理由つけて来るっすか

「隊長…Yシャツしわになってるよ。カッコ悪い」
「徹夜明けでちょっとな…洗濯する暇もなくて新品開けてたんだがついにストックが切れた」
隊長は少し恥ずかしそうに言うと怜に背を向ける。怜は襟を掴んでそれを許さずに言い放った。
「隊長は今日有給を使うから。私は無断欠勤」
ぐいぐいと引っ張る怜になんのつもりだと言うと怜は少し言いよどんでから更に爆弾発言をする。
「今から洗濯しに隊長の家行くから。食べ物も買ってご飯作るしアイロンだってかける。隊長が倒れたら困るからね……」
あっけにとられた事務所に後ろ髪を引かれながらも怜の歩みは止まらなかった

「隊長…今日もお願い……」
潤んだ瞳に紅潮した頬
まるで男を誘う蝶のような表情で今日も怜はやってきた
1ヶ月ほど前に『味』を覚えさせてからというもの
連日、出撃を終える度にこうして二人きりになれる時間を彼女は求めるのだ
「いいよ怜…おいで…」
ベッドの上に腰かけ招くと笑顔をより深くして彼女は俺の上へと腰を下ろした………
……

「あのねパパ…怜今日も大型ヴァイスたおしたんだよ」
「そうかそうか…怜が活躍してパパも鼻が高いよ」
膝の上に怜を座らせてその柔らかな髪を優しく撫でつける
「うふふ…怜ね、パパのなでなでだーいすき♥︎」
無邪気に笑う普段と異なる怜の姿により愛を注いでやろう…
もっと色々と教えてやろうと俺は決意した

「すごいねこれ…」
怜は水族館は初めてか?
「小さいのなら子供の頃にいったことあるけど、こんなに大きな水槽のは初めて…」
訪れたのは水中トンネル型の全点周のアクアリウム。すぐ横を回遊魚の群れが、頭上を巨大なマンタが通り抜ける。
そんな非日常的な空間を怜と歩いていた。
「幻想的だね…地球ってところの『海』はみんなこんな感じだったのかな」
さぁなぁ…。
『母なる地球を再現』と言う謳い文句も、確認しようがない。
我々人類の『母星』についての記録は残された僅かばかりの映像のみで、今このシャードにいる誰も『地球』と言う惑星を見たことがあるわけではなかった。
「でも…私はずっと昔に置いて来た星のことより、今、ここで隊長の隣にいられることのが大事かな」
そうだな…。
と呟きながら、繋いだ怜の手を頼りに、何万光年の彼方へと旅をしていた意識を手繰り寄せる。
「ちょっと、手、強く握りすぎ…まぁ、いいけど」
…すまん。

なぁ怜、ちょっと質問があるんだが。
「藪から棒に、何?」
怜にとって、腕時計ってどんな存在。
「私にとって…」
しばらく逡巡したあと怜は答えた。
「うーん…無いと困る…かな」
ほうほう…。それから?
「いつでも肌身離さず傍に居…持っていたいかな…。って何ニヤニヤしてるの?」
いや、これ実は心理テストでな。
「知ってるよ、そのくらい。『あなたが恋人の事をどう思ってるか』でしょ」
なんだ、気づいてたのか。
「これでも私、一応女子高生だから…」
さすが、花も恥らうアマルテア女子、と言ったところか。…いや、ちょっと待て。じゃぁさっきの答えは知っていてあんなこと言ったのか…?
「さぁね」
と言うと怜は悪戯っぽく笑った。

「あれ、なんか人だかりが出来てる」
怜が指刺した人だかりの中心には、クマネズミをモデルにしたミッチーとミディー、それから合鴨をモデルにしたロナウド。いずれもこのパークの人気キャストだ。
怜も混ざってくるか?
「冗談…私はいいよ、あぁいうの」
遊園地なのに随分クールな事を言う。怜らしいといえば怜らしいが。
と、人混みの中から現れたミッチーが、冷めた視線を送っていた怜の手をつかみ駆け出した。
「えっ!?ちょっと、何急に!?」
おいおいおい!ちょっと待て、その子は俺の連れなんだ!
と言ってるうちに、自身もミディーちゃんに腕をつかまれ引っ張られていく。
あれよあれよと言う間に怜と並べられたのは、対岸にお城が見える湖のほとり。パークの名物撮影スポットだった。
後から追いかけてきたロナウドダックが手でフレームを作るジェスチャー。
「隊長…これって…」
なるほどそう言うことか、とロナウドにカメラを手渡す。
ミッチーとミディーがロナウドの構えたカメラに向かってピースをする。
ほら、怜も!と、自身もピースをしながら促すと
「私はこういうの苦手なんだけど…」
と言いながらもぎこちない笑顔と共にピースのサインを作った。
ピロリン♪
と軽快な音楽と共にシャッターが切られ、ロナウドが撮影した写真を自慢げに見せてきた。
三人のキャストに礼をすると、ミディーがハグと共にこちらの頬にキスをする…ジェスチャーをしながら『多少強引にでも、楽しませてあげた方がいいですよ』と耳打ちをされた。
デートへのアドバイスに再度お礼を言う。
キャストの集団と分かれた後、しばらく怜は撮ってもらった写真を眺めてた。
「きぐるみで写真撮影するなんて器用だね…」
こらこらあまりお子様の夢を壊しかねない発言はしないの。
しかし本当にいい写真だ。
お城と湖を背景に、ミッチーとミディーに挟まれ照れくさそうにピースをする二人。最高の記念写真。
「いい思い出にはなったね。隊長もミディーちゃんにキスされて嬉しそうだったし…」
おやっ、ヤキモチか?
「そんなんじゃないけどっ!」
と言いながらも怜はこちらの腕をつかんで離そうとしなかった。
そんな怜の頭を撫でてやりながら思う…ミディーちゃんの中の人の声が壮年の男性だったことは…まぁ、言わないほうがいいだろう。

「いまさら呼び出してなんのつもりなのお母さん」
昼下がりの喫茶店、隊長、怜、怜の母親が座った窓際の席は重い空気が支配していた
「私だけじゃなくて隊長までよびだして何のつもり?」
「これは貴方にも関係がある話なのよ怜」
なんでもないといった様子で怜の母が珈琲をすする
「あなたご家族の記憶は?」
「いえ、自分は幼いころに両親がいなくなりましたので」
「もういいよ帰ろう隊長」
何故だ、なぜこんなにも自分は不安を感じているんだろう。隊長の家族がいない話なんてもう知っているのに。
首筋に張りつくような不快感がまとわりつく。
「ご出身は立川の方で?」
「ええそうですが…なぜ知っているんです?」
嫌だ、その先は聞きたくない。理屈ではない、直観がそう叫ぶ。
「よく聞いてください、私があなたの母です」
「…は?」
一番聞きたくなかった言葉が耳を貫く。
「診断をしてもらったらすぐにわかる事だけどあなたとこの人は兄妹なのよ怜」
「嘘、嘘、嘘だ」
目の前が暗くなる。今までの隊長との思い出がフラッシュバックする。
「あれはもう十年以上前のことに…って怜!?ちょっと大丈夫なの怜!?」
「おい起きろ怜!怜!」
母と隊長の声が遠くなる。隊長が私を抱きかかえるのを最後に私の意識はそこで途絶えた。

白い部屋、ベットの上から窓の外を眺める。コンコンとノックの音がした後に白衣の先生と見慣れない男性が入ってくる
「おはよう怜ちゃん、今日はお客さんを連れてきたんだ」
「お客さん?」
お客さんだというやさしそうな男性は大きな袋を抱えていた。
「やぁ怜ちゃん」
「あなた誰?」
私の言葉を聞いた男性は一瞬顔を伏せる
「僕は君のお兄さんだ」
「私のお兄さん?」
「そう、お兄さん。君と仲良くなりたくてここに来たんだ」
そういうと男性は袋から熊のぬいぐるみを取り出した。
「君が気に入るかと思って」
「わぁありがとう!」
「どういたしまして」
そういうと男性はベット横の椅子をたぐりよせ私と同じ目線に座る。ふとその人から感じた匂いはなんだか懐かしいような気がした
「お兄さん、ちょっとこちらへ」
話し始めて二時間ほどたったころだろうか、日が落ち始めたころに先生が男性を呼びに来た。
「私、あなたとなら仲良くなれるような気がするの」
「ああ僕もそう思うよ」
そう言い残すと男性は部屋を後にした
「妹さんはショック性の記憶喪失と幼児退行を…」
部屋の外からかすかに先生らしき声が聞こえる。何を言っているかはわからなかったけど、きっとささいなことだろう。
「明日もあの人来てくれるかな」
ぬいぐるみを抱きながら兄と名乗った人の顔を思い出す。今の私は自分でもわからない温かい気持ちで胸がいっぱいになっていた。

「はい、隊長。隊長宛にFAX来てたよ」
と、怜が届けてくれたのは取引先からのFAXだった。
受け取ると見出しには「ゴールデンウィーク中の営業日のお知らせ」……。
「そう言えば、もうすぐゴールデンウィークだもんね。…隊長は連休取らないの?」
まさか…。むしろここが稼ぎ時だ。
他の大手企業のアクトレスチームの活動も薄くなるこの時期、大型案件を受注し易くなる。
そうなるとアクトレスたちはシフトで回すとしても、隊長の自分が休むわけには行かない。
「大変だね、隊長も」
そう言う怜は連休の予定はどうするんだ?休みの予定があるのなら申請を早めに上げておいてくれ。
現にすでに何人かから連休の日程は提出されている。
実家に帰省するもの。旅行に行くもの。余暇の過ごし方は様々だ。
「じゃぁ……隊長が出勤する日は私も全部出る」
はい……?いったい何を言って……。
「旅行の予定も特に無いし……帰省するような実家も私にはないし」
人手があるのは助かるが、かといって一週間丸々出勤させるわけにも行かない……。
「そう思うなら隊長もちゃんと休みなよ。皆も心配するだろうし……私も」
そこまで言われてしまっては仕方ない……。
連休最後の2日だけは休みを取る事にしよう。
「そっか……うん、それがいいと思うよ」
怜も安心したように微笑んだ。
と、その笑顔が不意に何かを思いついたのか悪戯っぽい顔に変わる。
「ところで隊長。連休最後の休日、時間空いてるよね?」
なるほど、そう来たか。
これは空いてないなんて言えないな。
そう答えながら、二人で過ごす休日へ思いを募らせるのだった。

夜半過ぎ頃、部屋の扉が開け閉めされる音で目を覚ました。
隣に敷かれた布団を見るとそこはもぬけのからで、かすかに温もりの残滓が残るのみ。
どこに行ったのだろうか……。
直に帰ってくるだろうとは思いつつ、どうにも目が冴えてしまった。
仕方ないので広縁のチェアに腰掛け、窓から旅館の中庭を見下ろす。
これをブルームーンと言うのだろうか。
照明は無いが青白く輝く満月に、広縁も和庭園も薄ぼんやりと照らされていた。
しばらくそうして景色を楽しんでいると、カランコロンと下駄の音と共に、よく見知った人影が現れた。
その人影は庭園の中央まで歩いていき、池の前で止まる。

空に輝く月と
その月を映す池泉と
その池のほとりに佇む浴衣の少女

あまりに明媚なその景色に、思わず荷物の中からカメラを取り出した。
カシャリ――と、シャッターを切る音に、その少女…怜は振りむいた。
「誰……隊長?ずっとそこから見てたの」
あぁ、あまりに綺麗な景色だったからな。
「うん……良い庭園だね」
怜も含めての一幅の絵ではあったのだが、それは本人には伏せておこう。
「もしかして、起こしちゃった?」
まぁ、すっかり目は覚めてしまった、と答える。
「それなら…どうせなら隊長も降りてきなよ。少し歩かない…?」
旅先の夜散歩と言うのもまた一興か。
そうして自分もまた部屋を後にした。

今日はバレンタイン
窓の外は雪が降っていて、世間は久しぶりのホワイトバレンタインだとかで朝から色めき立っていた。
……もっとも1人休日出勤の俺には関係のないことだが。
アクトレスも磐田さん達もいない、1人きりの事務所は酷く静かで退屈であった。
そんな静けさを打ち破って
「隊長……?ちょっといいかな……?」
ドアの開く音がして怜が入って来た。
「どうしたの わざわざ休日に 」
「実は…隊長にお願いがあるんだけど… 」
「怜から頼み事なんて珍しいね」
「隊長ってお菓子作りが趣味なんでしょ?」
「そうだけど…誰から聞いたんだ?」
「真理さん」
「あー… 男の趣味っぽくないから秘密にしてたんだけどなぁ」
「それで…実はチョコの作り方を教えて欲しくて…出来れば一緒に…」
「誰かに贈るのかい」
「ちょっとね… 大事な人には手作りの方がいいかな、と思って」
そんなことならお安い御用だ 快諾した僕は早速食堂に向かった。
(怜の大事な人…  怜を任せて大丈夫な人だろうか)
親でもあるまいに、そんな心配をしながら準備を始めた。

「最初は板チョコを刻みます」
「わかった…」
「次に加熱した生クリームに刻んだ板チョコを入れて混ぜます」
「沸騰しないように気をつけるんだね」
「最後にトレイに流し込んで冷やして固めます」

 

「固まったみたいだよ」
「したら適当なサイズに切り分けてココアパウダーをかけて完成です」

「ありがとう 隊長」
「お安い御用よ 後片付けはやっとくから  暗くなる前に早く帰ってチョコを渡しに行っておいで」
「…うん ………」
ラッピングされたチョコがこちらに差し出される
「……えっ?」
突然のことに頭が真っ白になる
「去年は素っ気なくなっちゃったから… 今年は…」
怜の顔は真っ赤だった  多分俺もだろう
「……今日は手間かけさせちゃったから、夕飯、食べに来ない…?」
どうやら残業出来る時間は無さそうだ  未完成の書類を放りだして  思いがけず入った予定へと向かった

≪全てのヴァイス反応の消滅を確認。お疲れ様でした≫

サポートOSのアナウンスが今日の任務を終了を告げた。
今日はいつも通りの東京上空の防衛任務。
雨の降る街を見下ろしながら、蒼い機体を夜空に漂わせる。
了リスギ了のフィールドに守られているので毛先一つ雨に濡れることなく、ただフィールド表面で弾けて消える雨粒の音だけが耳を打つ。

普段だったら視界を紛らわすだけで煩わしいとしか感じなかった雨も、しかし今日は違った景色に見えた。
街灯や車のヘッドライトが濡れた路面に反射してキラキラと輝き、道行く人の色とりどりの傘を照らす。
眼下に広がるそれらの光景が、まるで宝物をたくさん詰め込んだ宝石箱のように思えた。
そしてそんな風に感じるのも自分が舞い上がっているからだと言う事も自覚していた。

右手を見ると薬指にはめたリング……隊長から誕生日のプレゼントに、と手渡された物だ。
外すのが憚られ、つい出撃にも身に着けてきてしまったそれを夜景にかざす。
青い宝石が輝くそれはこの世のどんなものより綺麗と思えた。

「左手に付けようとしたら、隊長慌ててたっけ」
先程のやり取りを思い出すとくすりと自然と笑みが零れた。
曰く、"そこ"に付けるための物はいずれちゃんとした物をプレゼントしたい、と。
これでも私は十分嬉しいよ、とか、それじゃほとんどプロポーズじゃない、とか散々からかってしまったけれど、胸の内はただ喜びで満たされていた。
「有難う隊長」
一人呟いた言葉は夜空に溶けていった。

夜景に想いを馳せるのは良いがそろそろ帰らないと。
隊長が待ってる。パーティーの用意をしてるって言ってたっけ。

リングを包むようにぎゅっと胸に抱き、こみ上げる暖かいものを感じながら機体を帰投コースに乗せた。

成子坂製作所で行われた怜の誕生日はひとしきりお祝いを終えた後、結局酒が入りそのままどんちゃん騒ぎの宴会へとなだれ込んだ。
最終的に酔いつぶれた整備士軍団を宿直室に放り込みアクトレス達を帰らせ、一人残って後片付けをしていた。

「隊長、手伝うよ」
しかし食器を洗っていたところに現れたのは、帰らせたはずの怜だった。
もう遅い時間だから先に帰るように言っただろ。
「隊長が帰るって言うなら一緒に帰る」

困った。
せめて飲み食いした後の食器だけは片付けようと思っていたのだが、それを手伝ってもらうことにした。
「ごめんね……我侭言って」
こっちこそ、怜の誕生日なのにこんな事をさせてしまってすまない。
二人で給湯室に並んでカチャカチャと食器を片付けていく。

「ありがと……隊長」
不意にそんなことを言う彼女。
むしろ礼を言うのこちらじゃないか。
「私がこんな風に皆と誕生日を楽しめるようになったの……隊長のおかげだから」
そうだろうか。
「うん……そう」
再び沈黙。
だがそれは気まずい沈黙ではなく、ふと隣を見ればすぐそこに彼女がいる……そんな穏やかな沈黙だった。
しばらく黙々と作業していくと、ほどなくして片付け終わった。

さて帰るか。
事務所を消灯して出入口を施錠すると、帰り支度を終えた怜がそこにいた。
もうだいぶ遅くなったし送っていこうか。
「ねぇ隊長……もう一つだけ我儘言っていいかな」
胸の前で握られた彼女の手にはいつの間にか、誕生日プレゼントにと渡したリングが輝いていた。
今日は一年で特別な日だ。
普段控え目な彼女の願いだ。出来ることであれば何でも聞いてあげたい。
そう答えると、彼女は少し頬を赤らめて言った。

「今夜、もう少しだけ一緒にいてもいい?」

「怜ーあのさー最近隊長のこと避けてるよねーなんで?」
「…は?」
リンがポテチを貪りながら唐突に投げ掛けてきて、思わず聞き返してしまった。
リンが唐突なのは今に始まったことではないが。
「いつも通りだよリン…そんなわけないでしょ」
「ううん怜は最近隊長が来るとすぐどっか行こうとしてるよー」
そんなこと_____なぜか言葉が出ない
隊長を避けている…確かにそうかもしれない
『怜ちゃんってさ、男好きだよね』
あのいけすかないジャーナリストにそう言われて真っ先に隊長の顔が頭に浮かんだ
それからずっと隊長の事が頭から離れない…
「隊長もちょっと寂しそうだったよ?『何か怜を怒らせることしたかな…』って」
隊長といると胸が苦しくなる…
隊長と話そうとすると言葉に詰まる…
隊長と誰かが話しているととてもざわつく…
「もしかして隊長のこと嫌いになったの?」
リンの一言が琴線に触れた
「違う!!」
「あっ…ごめん…そんなんじゃないから…」
呆気に取られているリンを置いて私は事務所から逃げるように立ち去った
この感情の正体に私は薄々気づいていた
私にはもっとも縁遠い感情
どうせ離ればなれになるのだからと幼くして切り捨てた感情
だったはずなのに…
「隊長…そんなはずないのに…」
河川敷に向かう道すがら私はそう呟いた
(…怜が河川敷にいる気がする)

PM:18:50
「いやーすまないな怜。わざわざ家まで来てもらって…」
「別にどうってことないよ…私達の隊長なんだから健康管理もきっちりしてもらわないとね」
今私は隊長の家に上がり込んで軽い食事を作っている
聞くところによると、連日の多忙が祟り、小結さんの出勤日の昼食以外はコンビニ飯かパンで済ませているらしい
当然そんなことを聞いて黙っていられる訳もなく、
いつもの乗り換えをすっ飛ばし、スーパーで一緒に食材を買い足し、無理やり家までついた来たと言う訳だ
「ほら、出来たよ…おあがりよってね」
「肉じゃがにほうれん草のおひたしか…懐かしい…しばらく食ってないな…」
「うん…旨い…じゃがいもによく味が染みてご飯が進むくん…」
隊長の感想にほっと胸を撫で下ろす…おばあちゃんに習っておいた甲斐があったと言うものだ
「真理さんみたいな事言わないでよ…隊長まだ若いでしょ…まあ…口にあってよかった…」
「ああ…こういうのが毎日食べられたら…と思うよ」
毎日…その単語に胸が躍動する
「その…隊長がよかったらさ…これからも作りに来てあげようか…私達の隊長の健康のためだからね…
毎日と言う訳にはいかないけどさ」
言ってしまった…完全勢いに任せた提案だ
自分でも早口になっているのがわかり頬が紅潮する
そう…私達の隊長の規則正しい食生活のためなのだと自分を納得させる
「ほ…本当か!?嬉しいなぁ…コンビニ飯もパンもいい加減飽き飽きしてたところなんだ…本当に助かる」
私の葛藤などどこ吹く風で呑気な顔でありがたがる隊長に若干イラつきながらも肯定の意思をもらい安堵する
「不規則な食事で体調崩されたら皆困るからね…どうってことないよ」
「そうだな…気遣いが身に染みるよ…さっきの料理も小結さんに負けず劣らず旨かったし怜はいいお嫁さんになる」
完全な不意討ちだった
「なっ…そういうの…興味ないから…どうでもいいし…洗い物してくる」
お嫁さん…隊長から発せられたこの単語に完全に思考を掻き乱される
困惑する隊長を尻目にリンゴのように染まった顔を隠すように台所に駆け込む
「おーい…なんか変なこといったか…?」
…この天然たらしめ
………隊長のお嫁さんか…………

「隊長って恋したことってある?」
アクトレス業に休日などない
世間様は休日の昼下がり
待機人員としてシフトに入っていた怜が藪から棒に尋ねてきた
「いきなりなんだ…聞く相手間違ってないか?」
「たまたま隊長がいたから聞いただけ」
いつものようにぶっきらぼうに聞いてくる怜
___いつもより若干刺々しいかもしれない__
「恋愛か…まあ俺もしたことあるよ…怜と同じくらいの年に」
「えっ……ふーん…隊長もそういうのあるんだ……」
答えてやったら怜がすっとんきょうな声をあげる
聞いておいてそれはないだろ…
「初恋?」
「ああ初恋…結局叶わなかったけどな…告白したら、すでに好きなやつがいるんだって言われてな…」
「それ以降めっきりそういうのとは縁遠くなってしまったよ」
「やっぱりつらかった?」
「結構堪えたな…下手したらまだ引きずってるかもしれん…我ながら女々しいな」
さて、身の上を簡潔に語り終えたところで次はこちらが問う番だ
「…好きなやつでも出来たのか?」
怜は瞳を大きく見開いて俺を見る
うら若き乙女相手に少しデリカシー無さすぎたか?
「………よくわからない…こういうのはじめてだから」
怜はそれでもポツリポツリと俺の問いに答えはじめる
律儀なやつだ
「その人といると安心するんだよね…でもおばあちゃんとは違う感じ…なんなんだろうね…ほんと」
怜がとても優しい目をして答える
ああこれはまさしくといったやつだな
「怜…その想いは整理したらちゃんと伝えるんだぞ…」
「俺は伝えて実らなかったが後悔はしなかった…とは言わんが伝えないでしまっておくよりかはよかったと思ってる…人生の先輩からのちょっとした助言だ」
「ありがとう隊長…今はまだ無理だけどきっと伝えて見せるよ」
俺の助言を素直に受け止める怜にあの頃の面影はない
しみじみと想うと昼休憩の終わりを告げる鈴が鳴る
「さあ午後も気を抜かず頑張っていこう。」
「そうだね隊長」
そう交わしてお互いの持ち場に戻る
その時怜がなにか呟いたが聞き取ることはできなかった
夕飯はラーメンでも奢ってやろうか

 
 

(だからさ…待っててね隊長)

「ズルいよ、隊長…」
怜が両目を赤く腫らして泣いている。顔まで真っ赤になるまでそう遠くないだろう。
「最初に指輪を貰った時から…もう身体はボロボロだったんでしょ?」
もうそこまでバレていたか。怜はいい子だなぁ。
「いい子なんかじゃないよ…!隊長がずっと無理してたのに気付かなかったのに…気付いてあげられなかったのに…!」
いいんだ。もう駄目だってのは俺がよくわかってた。だから何も出来ずに生き長らえるより先が短くても何かを残せる生き方を選んだのは俺なんだから。
「だからって…」
怜も21だろ?まだまだなんだって出来るんだ。もう俺の事はどうでもいいだろう。忘れて新しい生き方を見つけてくれ。

 

「どうでもよくないよ……!隊長が書き掛けてたコレも、ちゃんと残してるんだから!」
書き掛けってそれ…婚姻届か!?しかも全部記入して…お前、そこまで…
「全部あの人から聞いたよ。書いてる途中で倒れてからずっと病室に隠してたって」
真理め…余計な事を。いやよせ怜。死んでまでお前を縛り付けたくはない。
「私が隊長に縛られたいの!もう一人で立つ事も出来ない隊長から…私が貰える最後の…」
やめろ。やめてくれ。最期に見る顔がお前の泣き顔なんて嫌だ。
「じゃあ…受けてくれる?私の…」
そこまでだ。そういうのは男の役目ってやつだろ?
「結婚しよう、怜」
「はい………」
ああ、やっぱり怜の笑顔はいいなぁ………………
「っ!恥ずかしいこと言わないでよ……隊長?」
……………………
「さようなら、隊長」

見つけたよ隊長…それに芹菜さん…
隊長と芹菜さんは日曜の浮かれた繁華街を二人で歩いていた…なんだか楽しそうだね…
芹菜さんは悪い人じゃないんだろうけどまだちょっと信用できないんだよね…それなのに隊長は「お食事でもどうですか?」なんて言われたらすぐついていっちゃうんだから…ほんと困るよ…
私がこうやって二人をつけてるのはあくまで成子坂のためだから…別に隊長が心配だからとか隊長が芹菜さんに手篭めにされてるんじゃないかとか隊長と芹菜さんは大人の間柄でお食事だけで終わるはずもなく…とか今芹菜さんと楽しそうに話してる隊長の心が知りたいとか別にそういうことはないから…あっ今ふたり顔が近かった
隊長と芹菜さんは一軒のレストランに入っていった…やっぱりここだね…芹菜さんが言ってた通りだ…
隊長が奥の席に座るのが見えて私も客を装って店に入ると
あれ?隊長がこっちに手を振ってる?「おーい怜、こっちだぞー」と声までかけてくる
「怜どうしたんだーキャップにサングラスにマスク姿なんて不審者みたいじゃないか」
ほっといてよ…別にいいじゃない…隊長と一緒に芹菜さんも笑ってる
どういうこと…隊長?そう聞いたら代わりに芹菜さんが「きっと怜ちゃんも来るだろうと思って三人で予約を取ったのよ、隊長は半信半疑だったみたいだけど、ねぇ本当に来たでしょう」「だって怜ちゃん隊長さんのことが大好きみたいだから」
何それ…///ただ隊長が心配で来ただけで別に隊長が大好きとかそういうのはないから…///私がそう言うと隊長は芹菜さんと一緒に急にニヤニヤしだして…隊長ってちょっとそういう所あるよね、ホント…
結局遊ばれてたのは隊長じゃなくて私の方だったんだね、まあいいけどさ…隊長と食事できるし
「怜ちゃん楽しそうね…」別にいつも通りだよ…「でもこんなに笑ってる怜ちゃん初めて見ましたよ、ねぇ隊長?」隊長はうんうん頷いてる…もう…
「ねぇ怜ちゃん、楽しんでくれてるのかしら、そしたら食事の後もご一緒しません?大好きな隊長とこの後も一緒にいられるわよ?」何それ…食事の後があるなんて聞いてないよ…「あら、お気に召さなかったかしら?」
ううん、行くに決まってるじゃない…
店を出て行くとき芹菜さんが隊長の右についたから私は思わず隊長の左についた
隊長と芹菜さんやっぱり顔が近い気がする…私は隊長との距離を10センチつめた

朝…か。目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまった。
すぐ隣では怜が寝息を立てている。腕枕に使われているおかげで目が覚めても動けないのがつらいところだ。
「すぅ…すぅ…」
いつも仏頂面の怜だが、こういう安心しきった寝顔を観察するのも悪くない。
もう少し愛想をよくすれば、友達も増えるだろうに…いや、もう充分に居るか。
空いた手で目にかかった前髪を少し避けて、その頬を軽く撫でる。
「すぅ…隊長、好き…大好き…」
さて、いったいどんな夢を見ているのやら。こんな可愛い台詞は滅多に聞けるものじゃ…いや、行為の最中にはよく聞くか。
とはいえこんな平穏な場面でもなし、やはり貴重な光景だろう。
「んっ…たいちょ、ぅ…?」
おっと、起こしてしまったか。もうちょっと可愛い寝顔を眺めていたかったけど。
起きたばかりなのに見る間に真っ赤になっていくのを見ると、夢うつつで口走った事をしっかり覚えているのだろう。
「え…と。…待って隊長、今のは忘れて」
もちろん怜の抗議に応えるつもりは毛頭なく、また早起きしてやろうなどと考えるのだった。
「ちょっと、にやにやしないでよ気持ち悪い…ばか」

さて困った。アマ女でのアライアンスに関する打ち合わせを終えたら雨が降っている。
傘くらいなら購買部にでも売ってるだろうか。
「はい、それじゃあ購買部に案内しますね」「急な雨ですから、売り切れていないといいのですが…」
椎名と地衛理に案内されて購買部へと向かう。
「あ、隊長…来てたんだ」
そういえば怜もアマ女だったか。どうやら怜も傘を買っているようだ。
「小鳥遊さんも傘を?」「うん、あぁ…ごめんね、今ので最後の1本みたい」
「あらー…、私たちは傘を持っていますけど、隊長さんは…」「ふーん…じゃあ、私が送っていくよ。傘は隊長が持ってね」
「あぁ、なるほど!」「ふふ、でしたら小鳥遊さんにお願いしますね」
俺を置き去りにして何やら話がまとまったらしい。軽く挨拶をして別れを告げてから、怜に着いて購買部を後にする。
「ちょっと羨ましいね」「なら、今日は椎名の傘を私が持ちましょうか」
なんて会話が後ろから聞こえてきたが…何はともあれ、ありがとうな、怜。
「…良かったの?忘れ物の傘とか借りられたと思うけど」
変なところで遠慮するやつだ。わしゃわしゃと頭をなでてやると、怜は照れくさそうに顔を背けた。

「おや?怜も買い物か?」
夕暮れ時の町中で、ゆみさんと連れだっている隊長に声をかけられた。
「・・・そうだよ・・隊長は・・・ゆみさんと・・」
デート?と言おうとしても声にならない。
「同伴出勤って知ってる?」
ゆみさんが隊長の腕を取り、妖しく微笑みながら私に聞いてきた。
「おいおい、なんでそうなる・・・」
隊長が何か言おうとしたが、ゆみさんに目で制止された。
「・・・・・隊長・・」
胸が苦しくなるのは何故?言葉が出てこないのは・・・
「若いっていいわねー、反応が初々しい・・大丈夫、プレゼント選ぶのに付き合ってあげただけよ。」
「!!何でって・・いててっ」
何故か慌てた様子の隊長は、足をヒールで踏まれて悲鳴をあげる。
「そのかわりにお店に来てもらうだけよ。ったく、誘ってくれたかと思えば・・」
「プレゼントって・・」
「アマ女でサバゲ大会があったんでしょ?そこで誰かが活躍したって話、知ってる?」
「あ・・」
「例の生徒会長が成子坂に来て、隊長に報告しに来たのよ。そしたらその子がアマ女へ獲られるかもしれないって隊長焦っちゃって。」
少し顔を赤くした隊長は、ばつ悪そうに明後日の方を向いている。
「・・大丈夫だよ、私は成子坂から移籍する気はないから。」
胸の痞えが嘘のように取れたことで、私は自分の想いを確信した。
「あー、何だな・・アライアンスを組んでいるとはいえ、アマ女は別組織だからな・・」
明後日を向いたまま、隊長が続けた。
「楓もリンもこっちにいるから、有り得ん話だとは思うが・・」
「会長に生徒会入りを勧められているのも、知ってるんだ。」
「聞いてるよ。隊長も協力してくれと言われた。なんだかなぁ。」
困ったような顔で私を見た隊長は、ほっとしたような表情にかわる。
「はいはい、今日はここまで。さ、行くわよ、隊長♡」
ゆみさんが隊長の手を引っ張る。
「今夜は私のモノだからねー、じゃあね、怜。プレゼント楽しみにしててね。」
「はい、行ってらっしゃい。」
「おいおい、誰のモノだって・・って、またな、怜。」
「うん。」
ゆみさんに引っ張って行かれる隊長をジト目で見送ると、プレゼントに想いを馳せて家路についた。

「あのさ・・隊長。」
怜が帰りがけに声をかけてきた。珍しい事もあるもんだ。
「明日さ・・・家に・・学校の担任が来るんだけど・・」
「高校で家庭訪問か?アマ女って変わってるな。」
変に関心しながら答えると、怜の家庭環境を思い出す。おばあちゃんとの二人暮らしだな。
「・・何か気になることでも?」
何時ものように斜め下に視線を落としつつ、怜が答える。
「だから明日は休みたいってことと・・・その・・隊長にも家にいて欲しいんだけど・・」
「へ?俺が?」
懇願するような目で怜がこちらに振り向く。
「おばあちゃんを疲れさせるようなことはしたくないんだ・・・その・・悪いけどさ・・」
俺のジャケットの裾を不安そうにつかんだ怜は、顔を赤くして目を伏せながら続けた。
「私の保護者・・ってことで・・お願いできないかな・・」
保護者・・・怜のね・・・少し複雑な心境であるが、あの怜にこんなお願いをされるようになるとは僥倖か。
「・・別にかまわないが、どんな立場の保護者なんだ?」
設定をきちんとしないと、年齢的にも微妙な保護者になると思って聞いてみる。
「隊長は隊長でいいよ・・私の所属先の責任者ってことで・・」
なるほど、隠し事はなしか。確かアマ女はアクトレス活動に熱心に取り組んでいると聞いている。
「分かった、明日は外勤としておくから、時間を教えてくれるか?」
「いいの?有り難う隊長・・明日は・・」
待ち合わせの場所と時間の約束をし、その日怜は帰って行った。すれ違いで帰り支度を終えた楓が部屋に入ってきた。
「怜ちゃん、お疲れ様です。」
「楓さんもお疲れ様。」
二人の何気ない挨拶、気にも留めずに書類に目を通し始めると、今度は楓が声をかけてきた。
「隊長。」
「ん?」
「怜ちゃんが珍しく微笑んでいました・・何かあったんですか?」
「ずいぶんな物言いだな・・って、怜はそんなに笑わないのか?」
「叢雲の時はほとんど・・成子坂に来てから少し笑うようになったかと思います。」
楓は横目で隊長を見る。ふと目が合うと楓も少し微笑んで続ける。
「成子坂の雰囲気がそうさせるのですかね・・隊長?」

次の日、着崩す事なく制服を着て待ち合わせの場所に行くと、怜がすでに待っていた。
何故かうっすら化粧をしているようだ。少し大人びた部分と年相応の部分が混ざり合って・・
こんなに怜は美人だったのか。
「じゃあ、行こうか。」
怜が手を引いて歩き出す。何かうれしそうにしているのを見ると、悪い気はしなかった。
怜の家に到着し、上がらせてもらった。
「お忙しい中、申し訳ありませんねぇ・・」
「おばあちゃん、支度するね。」
すぐに怜が台所の方に入っていった。
怜のおばあちゃんと挨拶をして、話をしながら先生を待つ。やはり話題は怜のことになる。
両親のこと等、ある程度知ってはいるが・・おばあちゃんはやはり怜の心配をしていることがよく分かる。
「・・ですが・・どこに嫁に出しても恥ずかしくない娘になってくれたと思います・・」
「そうですね、私が言うのもおかしいですが、しっかりとしたいいお嬢さんと関心しています。」
「少し前から隊長さんのことを聞くようになって・・それがあっという間に・・・」
「おばあちゃん、先生来られたよ・・隊長もこっちに来て・・」

畳の部屋にテーブル、上座に先生とおばあちゃん、下座に怜と俺・・・?
何か変だと思った直後、先生がこちらに問いかけてきた。
「小鳥遊さんから伺いました。今は小鳥遊さんの保護者となられるとのことでよろしいのですね?」
「はい。」
「そして時期を見て、結婚なさると・・・」
ん?何言ってんだこのおばさん・・と思うや、怜がまたジャケットの裾を引っ張る。
上目遣いで懇願するような瞳・・・喉まで出かかった言葉を一旦飲み込む。
よく見るとおばあちゃんは目頭を押さえている・・・ハメられた?
「まだ高校生と言うことをきちんとご理解いただいていると。小鳥遊さんから婚約のお話を聞いた際は
 驚きましたが・・・彼女は真面目な生徒ですし、成子坂の隊長様については我が校でも聞き及んでおります。」
えええええ・・・話が見えてきたところで怜を見ると、強烈に可愛いオーラに満ちてこちらを見つめている。
それを見ると、なんかそれでいいか、と思ってしまう。何とも稚拙な方法にかかったものだ。
「・・・・ということでよろしいのですね?」
何かくどくどと説明する先生に辟易としながら、こちらもきちんと答える。
「怜が大学に行くならその卒業を待ちます。無論、家族として怜とおばあさまは私が・・・」
チラッと怜を見た後、続けた。
「一生をかけて幸せにする所存です。」

先生が帰った後、おばあちゃんにきちんと挨拶をし、怜の部屋に向かった。
半分呆然としていた怜に声をかけると、突然涙をぽろぽろとこぼしながらまたジャケットの裾を持ちつつ、
謝ってきた。
「ごめん隊長・・保護者になってくれて・・話も合わせてくれて・・」
「で、でも分かってるから・・本気でないことくらい・・・でも、本当にありがとう・・・」
少し小さくなった怜をそっとハグした。
「いや・・俺も身を固めるわ・・・ほんとに俺でいいのか?」
「えっ?」
「一緒に住もうか。まあ、怜の気が変わらなければだけど。」
「ばか・・隊長・・」

結局、俺は怜と三年後に結婚するのだが・・怜が何度か狐の面を被った賊に襲われたとか・・。

婚約したことは2年後に発表することになるのだが、それまでは一緒に住んでいることも秘密にしていた。
同じ屋根のもとで暮らし始めて1年程経ったある日のこと。
「ねーねー、怜ちゃん最近スタイル良くなったねー。」
食堂で食事をしていると、真理が指のフレームで怜を見つつ杏奈たちと談笑しているのが聞こえた。
「一番綺麗になってく時なのよねー。アクトレスニュースに出てくれないかなー。」
「写真撮りたいけど、ガードが堅いのよねー。」
「ごはんを沢山食べてくれるから、作りがいもありますー。」
「あれでもう少し愛想がよければ、うち(ニルヴァーナ)でもトップとれるのになー。」
アクトレスの中でもベテラン陣が怜をネタにしているようだ。そういえば、この面々には浮いた
噂は聞かないなあ、などと考えていると、ふと怜と目が合った。柔らかい微笑みを返してくれると、
怜はリンと奥のテーブルに向かっていった。
「・・・・ははーん・・。」
ゆみが独りごちる声が聞こえたので、チラリとそっちを見てみる。ゆみとも目が合うと、彼女はニヤリと
笑っている。少しイヤな予感がする。
「ゆみさん、どうされたんですかー?」
小結さんがゆみの言葉に反応する。
「多分だけど・・・怜に男が出来たんじゃない?」
他の3人はポカンとしている。なるほど、このメンバーでスレているのはゆみだけだ。
「なるほどねー。」
真理も反応するが、あれは恐らく年上の見栄だ。俺の個人的印象だが、真理は「処女」だと思っている。
「でも・・怜ちゃんはアマ女でしょ?身近に男の人って・・・」
杏奈、変に勘ぐるな・・俺は食事のペースを上げた。早くここから逃げなくては・・極自然に。
「怜ってスレンダーだけど・・最近腰のあたりが充実してるわよねー。」
ゆみは顎に手をやると、ニヤニヤと視線をこちらに送っている。目を合わせるとやばそうだ。
「んー・・確かにウエストは細くなっているけど、お尻はぷっちりしてきたかなあ・・」
流石は真理・・被写体の変化に敏感だ。俺もそれには気付いていたけど。
「満たされている感はあるかなあ・・前ほど冷たい印象もないし・・」
杏奈も意外と鋭い。小結さんは食べることに忙しそうだ。
「でも、相手は誰なんでしょう。」
相手が誰か気になるのか、杏奈は考えている。
「一人居るでしょ、成子坂のアクトレスがみんなお世話になってる人。」
ゆみの言葉に、3人が一斉にこちらへ視線を送ったことがわかる・・やばい。
「・・・・それはないんじゃ・・。」
真理・・それはどう言う意味?
「💢」
小結さん・・・俺たち別に付き合ってた訳じゃ・・。
「隊長・・?隊長は私のことを狙ってるって真理ちゃん言ってたよね・・」
杏奈・・・そりゃガセネタだ・・。
「結婚してくれって言ってたのにねー」
ゆみ・・もうニルヴァーナには行ってやらん。
「年端もいかない怜ちゃんを・・・私という存在がありながら・・」
楓!?お前どこから出てきた。
なんかどんよりとした空気がベテラン陣のテーブルに漂っている。ってか楓、殺気を感じるぞ・・
後で京に来てもらうか・・。
「やれやれ、私と隊長をネタにするの、やめてもらえないかな・・」
どうやら怜が俺の困ったオーラに反応してくれたようだ。
「確かに私は隊長のこと好きだけど・・・。隊長はみんなのものでしょ?」
「そうね、怜。ごめんなさい、冗談よ。」
ゆみがにっこり微笑みながら応える。
「でも、お相手が隊長って言ってたのは杏奈だけよ。どうして隊長と思ったの?」
ニヤッとゆみは笑いながら続ける。
「隊長のこと好きって、怜も素直になったわね・・でも、私も隊長が好きなの。」
怜の表情が僅かに動揺する。チラリとこちらを確認すると、目がまた合った。
何かを確認したかのように、怜は落ち着いて答える。
「私は私の気持ちを表現しただけ。ゆみさんもそうでしょ?隊長が誰を選ぶのかは知らないよ・・。
 どうでもいいけど。」
そう言い残すと、怜は食堂を出て行った。その後ろを殺気だった楓が追っていくのを見て、俺も慌てて追いかける。
その夜、裸に狐のお面を被った楓が、カモフラージュのためそのままの俺のマンションで一晩待っているのが
ドローンで確認出来た。

打ち合わせのため俺こと成子坂の隊長は聖アマルテア女学院を歩いていた。しかし、見渡せば青春を謳歌する若い女の子ばかり。そもそも男がこの学び舎にいる機会はあまりないのか、来るたびに好奇の視線を向ける娘達がそれなりに見受けられる。なかなか悪くない。
少しばかりの悦楽とともに校内を歩いていると向こうから馴染みのある姿が見えた。
「やあ、怜。おっと、ここじゃごきげんようだったかな?」
「あ、隊長。……別に、隊長はここの人じゃないんだから、合わせなくてもいいんじゃない?」
アマルテアの制服をまとった怜だ。あまりこの姿を見かけることはないから新鮮な気分だ。これから帰宅するのか手には鞄を持っている。
と、周りの雰囲気が僅かに変わったように感じて目を配ると生徒達の視線が怜にも注がれていた。怜はクールな振る舞いと若干の言葉足らずから冷たい印象を持たれやすいと少し心配していたのだがどうやら杞憂だったようだ。
「ところで何しに来たの。打ち合わせ?」
アマルテアでの怜は事務所で話す時より少しそっけないように見えるが、事務所でたまたま逢うときと同じように言葉の端やしぐさから喜んでいるのがわかる。そんな可愛いところを見て少しばかりからかってやりたくなった。
「…いや?怜に会いたくて来ただけだよ。」
「…!?」
言葉を理解するのに一拍置いた後、怜の顔がみるみる紅潮していく。おーおー耳まで赤くなって。面白い。
「ば、馬鹿じゃないの、もう」
どうにかこちらを罵倒するが口元が嬉しそうに歪んでいるし体も揺れている。本当にいい反応をしてくれる。もう少しからかって遊びたいが打ち合わせに遅れかねないか。
「冗談だ。これから生徒会の娘達と打ち合わせ。怜はこれから帰るのか?」
「いや、図書館でちょっと調べもの。それから事務所によって帰るよ。」
「そっか。俺もあとで顔を出すよ。」
からかわれて少し膨れた顔が輝く。よし、あとで存分にいじるとしよう。
「じゃあ、また事務所で。」
そういって互いの目的地に向かって歩き出す。ああそうだ。これだけ伝えておくか。
「怜。会えてうれしかったのは本当だからな。」
振り返った怜の顔がまた真っ赤に染まっていく。これだからやめられない。と、固まっている怜に生徒達が群がっていく。まずい、周りに彼女達がいたのを忘れていた。彼女達に囲まれるその前に逃げるとしよう。

翌日、聖アマルテア女学院の校内新聞でこのやり取りが掲載されて隊長は学園長にお叱りを喰らったっす。

誕生日パーティも終わり帰っていく少女を呼び止めた。
「隊長どうしたの?」
呼び止められて止まった後数テンポ遅れて少し嫌そうに怜が振り返る、用事があってと説明したが。
「ふーん、まあどーでもいいけど」
案の定機嫌は全く変わらない、まあ不機嫌なのは予測できた、周りが祝ってくれている時に何度かこちらを見ているのを無視したからだ。
だが仕方ない、これを渡すのをみんなに見られて茶化された方が嫌だろうそう説明しながら、ポケットからネックレスが入った箱を誕生日おめでとうと言って渡した。
「…たしかにそうかも……ありがとう。」
お礼を言った後箱を開けて中身を確認した怜だったが、中身がかなりいい物だと理解し驚いていた。
「隊長知ってる?ネックレスを女の子に送った時って女の子に首輪をつけて独占したいからなんだって。」
怜からの心理テストじみた発言にそんな気はないはずなのに背筋から冷や汗が流れるのを感じる。
「いいけど。」
しかし隊長の動揺を素知らぬ顔で箱から取り出したネックレスを首にかけた。
「こんな時間なんだし送ってってよ。」
送っていけと言いながらも先行する怜を隊長は追いかけて行った。