慟哭

Last-modified: 2009-10-14 (水) 15:31:24
 

貫井徳郎 『慟哭』 創元推理文庫

 

幼女連続誘拐殺人事件、その捜査本部の指揮を任された若手キャリアの捜査一課長、佐伯。
娘を失った悲しみから怪しげな新興宗教団体へと傾倒し、
黒魔術によって死んだ娘を蘇らせようと幼女を誘拐しては殺していく男。
手がかりは少なく、難航する捜査に対して高まっていく世論と警察内部からの批判、
そして妻子との不和、愛人との関係に懊悩する佐伯。
狂気と冷静さを共存させ、娘のために次々と「儀式」と称した殺人を繰り返していく男。
マスコミに自身のスキャンダルを暴露され、激しいバッシングにあう佐伯。
そんな中、犯人から届けられた犯行声明文によって事件は新たな局面へと動き出す。

 

この作品は、大筋の流れは幼女連続誘拐殺人事件とその捜査というものだが、事件に対する推理的な要素は殆どない。
事件を推理し解決していくことよりも、人間関係や警察の階級構造の中で疲労していく佐伯や、
何よりも大切な娘を失ってしまった男の空虚さ、新興宗教に傾倒し、殺人を犯してしまう心理、
犯人に翻弄される刑事たちの焦燥や苦悩、葛藤など、
登場人物の内面を描くことを中心にしている少々異質なミステリである。
人間の心理、感情、心の機微を緻密に執拗に描かれることよって、
普通なら当然ありえないとわかる異常な「儀式」を男が信じ込んで行ってしまうことにもリアリティを与えている。
最後の最後で明かされる、最初から仕掛けられていたこの作品の本当のトリックにはとにかく驚かされた。

 

一度読んでも面白いが、真相を知ってから読み返せばこの作品の印象はまた違ったものになるので、
二回読んでみるのもオススメ。面白い作品だった。

 

担当者 - 山田