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No114 シャルンホルスト

Last-modified: 2017-12-14 (木) 15:27:05

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基本データ Edit

画像基本情報
Scharnhorst-min.pngレアリティ☆☆☆☆
ゲーム内名称沙恩霍斯特翻訳名称シャルンホルスト
所属/艦級ドイツ海軍/シャルンホルスト級1番艦
本名Scharnhorst
イラストレーターRail(轨道君)
艦種巡洋戦艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久72火力56/81
装甲70/85雷装0
回避30/60対空25/55
搭載12対潜0
速力31.5kt索敵15/40
射程16
最大消費量
燃料70弾薬110
艦載装備
3ドイツ283mm三連装砲
3なし
3なし
3なし
強化経験値 (火力/雷装/装甲/対空) 56/0/74/13解体資源
(燃料/弾薬/鋼材/アルミ材)
40/50/40/0
改造チャート・必要な核心 種類/数
未実装
 
SD
Scharnhorst_C.png
 

セリフ Edit

セリフ

衣装 Edit

 

艦種紹介 Edit

日本版シャルンホルスト級は、ドイツ海軍の著名な主力艦。戦艦並みの装甲を持っているが、火力は弱く、380ミリ主砲への換装計画も実現できなかった。第二次世界大戦中、姉妹艦グナイゼナウとともに行動することが多く、ノルウェー沖海戦ではともにイギリスの空母グローリアスを撃沈したものの、それ以前にレナウンに撃退されたこともある。1942年、困難を極めたツェルベルス作戦において、グナイゼナウ及びプリンツ・オイゲンとともに、イギリス海軍のミスを利用してイギリス海峡を突破し、本土に戻った。1943年、単独にノルウェーに赴き、連合軍の船団を破壊しようとしたが、1943年末の北海沖海戦でイギリス海軍に撃沈された。
中国版沙恩霍斯特级是国著名的主力舰。沙恩霍斯特级有着战列舰的防护,但火力较弱,换380mm炮的计划也未实现。二战中沙恩霍斯特级常结伴活动,在挪威战役中她们用舰炮击沉了英国光荣号航母,不过也曾被声望以一敌二击退。42年在难度极大的瑟布鲁斯行动中,沙恩霍斯特级同欧根亲王号一起穿越了英吉利海峡回到国本土。43年沙恩霍斯特号被单独调往挪威,以破坏盟军的北极航线,在43年年底的北角海战中被英国舰队击沉。
 

入手手段/ドロップ海域 Edit

中国版:DBドロップ(6-3,6-4)
日本版:ドロップ

 

性能や運用について Edit

〜未記入〜

ゲーム内において Edit

  • 悪人面な大人のお姉さん。一応、他国にはドイッチュラント級の1隻と発表されているのだが・・・。見た目が違いすぎるッピ!
    • スケベな服装だが性格は真面目で、癖のある妹グナイゼナウに振り回されている模様。同じ問題児を妹に持つビスマルクとは気が合うようだ。酒を飲み交わす間柄だとか。
  • アントン、ブルーノ、カエサルとは、前部砲塔と後部砲塔の事である。ドイツ海軍では艦砲をそう呼んでいる。頭文字を取るとA、B、Cの順になる。
  • 見ての通り爆乳。しかも未だ成長途上だと言うのだから驚きである。服のサイズが合わなくて苦労している姿が窺える。
  • 戦争半ばで死亡したにも関わらず、運16と比較的高め。困難なツェルベルス作戦を完遂し、随伴艦を1隻たりとも戦没させなかった強運を反映したのだろう。
  • レナウンをネルソンと見間違えているのは、ヴェーザー演習作戦で同様の誤認をしたからである。
  • 戦艦と呼称される事が多いが、実際は巡洋戦艦である。戦艦少女では巡洋戦艦扱いとなっている。
  • 日本版での衣装名は「チャイナ風」であるが中国版では「我到河北省来 (私は河北省に着ました)」と言う意味。
    餃子を食べて喜んでいる様子がコメントされている。餃子食べたいな〜。
  • 実は一度、絵が手直しされている。色が塗り直されただけで衣装やポーズ等の変更は無い。
  • 規制版では服の裾が伸びており、絶対領域が消滅している。追加衣装の方も規制されており、美しい生脚が黒タイツで隠れてしまっている。
  • 武器の装備枠が4つになり、前級のドイッチュラントを大きく上回る火力を獲得。速力も上。世界に冠たるドイツの技術力を味わっておこう。
  • ドイツの未完成巡洋艦Mの台詞で言及された。M曰く「強そう」との事である。
     

元ネタ解説 Edit

所属Kriegsmarine
艦種・艦型シャルンホルスト級戦艦
正式名称Scharnhorst
名前の由来Gerhard Johann David von Scharnhorst(1755-1813) プロイセン陸軍中将 参謀本部制度の生みの親であり、後任のグナイゼナウと共にプロイセン軍の軍制改革に多大な影響を及ぼした。
起工日1935.6.15
進水日1936.10.3
就役日(竣工日)1939.1.7
除籍日(除籍理由)不明(英Battle of North Cape/独Unternehmen Ostfront(北岬沖海戦) 1943.12.26沈没)
全長(身長)234.9m
基準排水量(体重)32100英t(32615.11t)
出力ボイラー12基蒸気タービン3基3軸 165930PS(163660.1shp)
装備(1942)28cm54.5口径SK C/34三連装砲3基9門
15cm55口径SK C/28連装砲4基単装砲4基12門
10.5cm65口径SK C/33連装高角砲7基14門
3.7cmSK C/30対空機関砲x16(8x2)
2cmC/30対空機関砲x38(7x4+10x1)
53.3cm三連装魚雷発射管2基6門
艦載機x4
装甲舷側:45~350mm 甲板:50~105mm 砲塔:180~360mm バーベット:280mm 艦橋:200~350mm 隔壁:20~45mm
その他ゲームとの性能違いゲームでは巡洋戦艦であるがドイツ海軍は戦艦として計画建造した*1
建造所Deutsche Werke, Kiel
(ヴィルヘルムスハーフェン海軍工廠 ニーダーザクセン州)

起工から進水〜バルト海訓練まで

  • 先に建造されたドイッチュラント級装甲艦に対抗するためフランスが建造を始めたダンケルク級へ対抗するため新たに起工された。
    ダンケルク級の情報錯綜や再軍備宣言などもあり設計は二転三転したが、最終的に3万トン級の高速戦艦として誕生している。
    艦名の由来となったのは、ゲルハルト・フォン・シャルンホルスト(1755〜1813)。元々はハノーバー軍に入隊していたが、プロイセン軍に移籍。
    ナポレオンに完敗したプロイセン軍を参謀長として立て直したため、プロイセン参謀本部の父と言われる。ナポレオンとフランス軍を徹底的に研究し、復讐に燃えた。
    1813年、リュッツェンの戦いで負傷し、敗血症で死亡した。後釜に座ったのは参謀次長だったアウグスト・フォン・グナイゼナウである。
    彼の遺志はローンやモルトケが引き継ぎ、フランス第二帝政を崩壊させた。
  • 廃艦となるブラウンシュヴァイク級戦艦エルザスの代艦として建造が認められた。
  • 元々はドイッチュラント級4番艦として設計され、計画戦艦Dの仮称を与えられていた。ドイッチュラント級の防御力を強化し、排水量は1万9000トンにする予定だった。
    1930年、D級装甲艦建造計画をヒンデンブルク大統領に提出、裁可されて建造が始まった。排水量が1万以上に達するため、ヴェルサイユ条約の規定に違反するが
    表向きはドイッチュラント級の姉妹艦と発表する事で、英仏の目をごまかしている。
    1934年1月25日、ヴィルヘルムスハーフェン工廠に発注。125番船として1934年2月14日に第2船台で起工した。だが、7月5日に計画中止となる。理由はダンケルク級への対抗のため設計を変更した事だった。
    未完成巡洋艦マッケンゼンをベースとし、設計を拡大発展。先発のポケット戦艦より火力が50%向上し、排水量も2万6000トンになるという、ヴェルサイユ条約完全無視の怪物が造られようとしていた。
    こんな物をヴェルサイユ条約下で造る訳にはいかず、一度建造を中止したのだ。英仏を刺激しないよう、同年6月27日の会議でヒトラー総統はこの怪物を「1万トンの改良型」と呼ぶよう忠告した。
    シャルンホルストの真の正体は、ヒンデンブルク大統領やブリューニング首相、グレーナー国防相等といった首脳陣にも伏せられていたという。
    • 「起工後、船体が横転し工員60名が圧死、110名が負傷」「ボイラーの爆発事故続出で死者が出る」という話が流れているが、実際は順調に建造されており、そのような大事故は無かったようだ。
      「艦長に就任予定の士官が心臓発作で死亡した」という話も、実話ではない模様。
  • 翌1935年5月16日に再起工する。この年の3月には再軍備宣言がなされ、ヴェルサイユ条約の破棄が発表された。このため忌々しい制約が無くなり、シャルンホルストは高性能化した。
    1936年10月3日、ヒトラー総統やレーダー大将、カール・ヴィッツェル造艦局長臨席の下、進水式が挙行された。ブロンベルク元帥が公開演説を行っている。
    洗礼親となったのは、先代シャルンホルスト最後の艦長を務めたシュルツ大佐の未亡人であった。(無作為に選ばれた14歳の少女じゃ)ないです。
    純白の艦体と優美な造形は「戦争の為に造られた事が悔やまれるほど美しい艦」と評された。実際は薄い灰色だったが、太陽に照らされると純白のように見えた。
    • 「進水を果たし、陸岸に係留されていたシャルンホルストが突然沖まで流され、繋がっていた飾り船3隻を乗員もろとも沈ませてしまった」という話があるが、これは事実を歪めたものである。
      シャルンホルストの進水式は至って平穏だった。だが、隣のドックで行われていたグナイゼナウの進水式は大変だった。進水時、船台から滑り降りた際に勢い余って反対側の岸に激突。
      この事に尾ひれが付いて、いつの間にかシャルンホルストの事故になったと思われる。
  • 公試で31.5ノットの速力を発揮。1939年1月7日、ツィリアックス大佐が艦長として着任し、竣工。ドイツが渇望してやまなかった、待望の戦艦が誕生した瞬間だった。
    排水量は3万4841トンにまで膨れ上がり、純白の悪魔は巨大児として産声を上げた。これでも公称は2万6000トンとしている。
    建造費用は1億4347万ライヒス・マルク。前級のドイッチュラント(8000万)より遥かに金が掛かっている。ちなみにグナイゼナウの方が253万高い。
    • 38cm連装砲塔を搭載する予定もあったが、開発が進んでいなかったため28cm砲に縮小し、後日換装する事にした。なお、戦没までに間に合わなかった模様。
      幸い、仮想敵ダンケルク級の舷側装甲が10インチ以下である事が判明し、28cmでも十分対抗できた。
      ドイッチュラント級と同じ28cm砲を搭載する事になったが、砲身を60cm延伸する改良が施されており、発射速度は毎分3.5発となっている(ドイッチュラント級は毎分2.5発)。
      仰角は40度で統一。砲塔の旋回・俯仰、砲弾の装填は主に電力で行われ、補助として人力が用いられた。その威力たるや、距離2万m以内でレナウン級の装甲を打ち破り、
      1万5000m以下に接近すればクイーンエリザベス級やリヴェンジ級戦艦の装甲を打ち破れた。対艦性能は十分であった。
      防御性能は「330mm砲弾に対し、距離1万5000〜2万mで耐える物」を目標としていたが、マッケンゼン級の設計を一部流用した弊害で、
      ドイッチュラント級に採用された巧みな機関配置や舷側・艦底部の三重構造が中止となり、対艦防御と水雷防御は前級に劣ってしまっている。
      さらに防御装甲の追加に余裕が無い設計のせいで、思うように装甲が仕込めず、舷側防御の大部分が45mmしかない装甲板で覆われていた。このため巡洋艦どころか駆逐艦の主砲でも脅威になりえた。
      一応、喫水線より上の狭い範囲には350mm装甲板を、喫水線下には170mm装甲板を仕込んでいた。多少進歩したとはいえ第一次大戦時代から防御性能が殆ど変わっていないのである。
      航続距離延伸のためディーゼルエンジンの搭載が考慮されたが、速力30ノットを超えるだけのエンジンを積むスペースが無く、やむなく高温高圧タービンを搭載。
      しかしこの判断がまずかった。出力が得られる代わりに信頼性が低い高温高圧タービンを採用したことで、シャルンホルストは恒常的な機関不調に悩まされる羽目になってしまった。
      舷側防御も兼ねたウイング・タンクに大量の燃料を搭載しているため、航続距離も長大。17ノットで1万海里を航行可能だった。
    • 開戦でお流れになってしまったZ計画艦隊には、O級戦艦なる図面が残っている。この戦艦はシャルンホルスト型に酷似しており、後継の拡大発展型である可能性が高い。
  • 2月から3月にかけて、バルト海にて訓練を行う。4月1日、戦艦ティルピッツの進水式に参列。同日、ヴィルヘルムスハーフェンに停泊しているシャルンホルストをヒトラー総統とレーダー提督が視察に訪れた。
    6月、入渠。垂直の艦首、乾舷の低さが祟って、荒天時や高速航行時に第2砲塔まで波をかぶる事があった。波濤で損傷する事さえあったため、凌波性を向上させるべく艦首をクリッパー型に改修した。
    波飛沫の原因となっていた主錨の位置も変更されたが、乾舷の低さが問題となって根本的な解決を得られなかった。秋頃には射撃指揮レーダー用アンテナを搭載。
  • 余談だが、2番艦グナイゼナウは1番艦シャルンホルストよりも早く就役していた。このためイギリスはグナイゼナウを1番艦と誤解し、グナイゼナウ級巡洋戦艦と呼んでいたとか。
    またイギリスでは巡洋戦艦と記録していたが、ドイツ海軍では伝統的に巡洋戦艦の枠が存在しないため戦艦扱いだった。

1939年

1940年

1941年

1942年

1943年

余談 Edit

  • 因みに、巷でよく見かける「呪われた純白戦艦」と言う怪談話は戦後になってアメリカ人怪奇ライターがラジオ番組用にでっち上げた創作である。
    桐生操氏著作の「知れば知るほど残酷な世界史」等、後年の書籍では呪われていた事がさも事実であるかのように書かれているため、余計に誤解が広まっている。
    • 一方、シャルンホルストは幸運艦だと、ドイツ水兵たちの間で噂されていた。不思議な事に、シャルンホルストと一緒に出撃した艦は1隻も沈んでいないのである。
  • 横浜・ブレーメン間の極東航路に就役していた、同名の貨客船が存在する。日本とドイツの間を行き来していたが、第二次世界大戦の勃発で急遽神戸に寄港。そのまま帰れなくなってしまう。
    乗員はシベリア鉄道で本国に帰還したが、シャルンホルストは神戸港に係留され続けた。1942年春、日本がシャルンホルストを買い取り、空母へと改装。
    神鷹に名を改め、東南アジア方面への航空機輸送任務に就く。が、1944年11月17日に米潜の雷撃を受けて死亡した。
  • シャルンホルストの死後、搭載するはずだった38cm砲が完成。載せる艦が鬼籍に入っていたため、フランス沿岸に配備された。通称、ジークフリート艦砲と呼ばれた。
  • 2000年9月、イギリスのBBCやノルウェー海軍が協同で沈没船の探査を実施。海底をスキャンすると、大きな物体が沈んでいるのを確認された。9月10日にシャルンホルストであると判明した。
    艦体は290mの海底に逆さまの状態で沈んでおり、様々な破片が周囲に散乱していた。
 

国別艦種一覧表

国別艦種一覧表

コメント Edit

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • アメコミあたりにたまに出てくるナチス残党No.2の女将校を思わせるデザイン。もしくは悪人面三姉妹の上司? -- 2017-03-02 (木) 22:28:36
    • スーパーマンかキャプテンアメリカ辺りにいそう -- 2017-08-14 (月) 19:58:16
  • このシャルンホルスト凄いよ!さすがシャルンホルスト級のお姉さん!!ハハハハハ!我が世の春が来た! -- 2017-03-16 (木) 23:43:29
    • 改装前レナウンぐらい。6−3エリア実装艦では、目立って強いよね。 -- 2017-03-17 (金) 00:03:07
  • 戦利品イベントついでに6-3で手に入れました。いくつか台詞を入れました。 -- 2017-06-24 (土) 22:16:00
  • さすが世界一均整の取れた美しい艦と言われただけのことはあるスタイルとご尊顔ですね -- 2017-06-27 (火) 19:39:29
    • マジか!ちょっと確認して来る! -- 2017-08-14 (月) 00:31:53
  • 相変わらずこのwikiにあるドイツ艦の忠実は読み応えがあるな(ホクホク -- 2017-08-16 (水) 13:16:06
    • ドイッチュラントくん並みに難産で辛いっす・・・ -- 2017-08-16 (水) 14:59:07
    • 北岬沖海戦の経過を初めて読んだけど、ほんと胸が熱くなるわ 先代シャルンホルストの最後の戦いに勝るとも劣らずの勇戦だわ -- 2017-08-17 (木) 21:27:03
    • ちょっと流し読みする積りが最後まで見入ってしまった 読み応えある文章作るなぁ 所々でデマが完全否定されてて笑ってしまう -- 2017-08-20 (日) 20:09:40
    • まとめられちゃっ・・・たぁ! -- 2017-09-03 (日) 07:39:03
  • 6-3周回初めてはや四ヵ月やっと着艦いたしました -- 2017-10-29 (日) 17:44:27
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 英海軍の巡戦より速いため英側の資料で巡洋戦艦としている文献もある
*2 ドイツ艦に風上を押さえられていたため、攻撃機を出すよりも自身の速力で振り切ろうとしたらしい。
*3 一説によると、この雷撃はアカスタによるものはなく、潜んでいた英潜水艦の仕業とドイツ側は考えていた。