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No180 オバノン

Last-modified: 2017-09-24 (日) 13:42:09

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基本データ Edit

画像基本情報
DD_0180A.pngレアリティ☆☆☆☆☆
ゲーム内名称奥班农翻訳名称オバノン
所属/艦級アメリカ海軍/DD-450
本名USS O'Bannon (DD-450)
進水日1942/2/19
身長114.8m
体重1830英t(1859t)
出力60000shp
(60832PS,44742kW)
イラストレーターSaru
艦種駆逐艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久17火力8/28
装甲7/22雷装20/70
回避40/85対空24/54
搭載0対潜35/75
速力37.0kt索敵6/16
射程52
最大消費量
燃料15弾薬25
艦載装備
0アメリカ5inch単装砲
0ジャガイモ
装備不可
装備不可
強化経験値 (火力/雷装/装甲/対空) 0/20/7/5解体資源
(燃料/弾薬/鋼材/アルミ材)
4/8/6/0
改造チャート・必要な核心 種類/数
未実装
 
SD
Ship_girl_180.png
 

セリフ Edit

セリフ
 

衣装 Edit

艦種紹介 Edit

日本版オバノン(DD-450)はフレッチャー級駆逐艦である。1943年、日本の潜水艦の呂-34と遭遇した。突然至近距離で現れたため、俯角が足りなく敵に火砲が当たらなかった。攻撃する武器がなかった乗員は艦内のジャガイモを投げつけ、呂-34の乗員はジャガイモを手榴弾だと誤解したためパニックになった。敵が慌てているうちに距離が離れオバノンが再度火砲により攻撃、呂-34は逃げるため潜航し始めた。そこにオバノンが爆雷を投下し呂-34を撃沈した。この一件はアメリカ国内にも伝わり、米国のジャガイモ農家は表彰状を作ってオバノンに贈った。またオバノンは多くの作戦に参加し、駆逐艦では一番多い17枚の従軍星章を受賞したが、負傷した乗員はほとんどいなかったという強運な勲功艦でもあった。
中国版奥班农号(DD-450)属弗莱彻级驱逐舰。在43年奥班农号突然在近距离和日军潜艇遭遇,由于距离过近舰炮俯角不够,情急之下奥班农号用甲板上堆积的土豆砸向日军潜艇,潜艇以为是手雷慌忙下潜,之后被奥班农号的深弹击沉。这件事情传回国内,美国土豆农还特意制作一张嘉奖送给奥班农号。奥班农号还是艘幸运的功勋舰,她参加了诸多战役,获得了17颗战斗之星,列驱逐舰第一位,却几乎没有水兵受损。
 

入手手段/ドロップ海域 Edit

中国版:建造[00:21:00]
日本版:無し

  • 限定海域イベント ミッドウェー海戦 Ex-3、4ドロップ限定艦
    Ex-3ではボスマスのみドロップする。相手がAkagiなのでS勝利は難しい。一方、Ex-4だと道中でもドロップする。
 

性能や運用について Edit

  • ミッドウェー海戦のイベントドロップで初登場したフレッチャー級駆逐艦。大陸版では建造落ちもしている。
  • 性能自体は標準的で改造も出来ないが、特筆すべきは運52という異次元の幸運。
    ビッグE瑞鶴改のツートップに次ぐ全艦3位で、雪風を上回る数値である。バトルスター17個の超武勲艦は伊達じゃない。

ゲーム内において Edit

  • 金髪に、ハートマークのアホ毛が目立つ女性。ロリっ娘だが胸も大きい。
  • やはり彼女を象徴するジャガイモが目を引くデザイン。ジャガイモ料理も好きらしい。
    • このため提督諸氏からは「じゃがいも」「芋」と呼ばれている。
  • バージョン3.0.0のログイン画面では、柱に縛り付けられたウィリアム・D・ポーターの足元に大量のじゃがいもを置くという奇怪な事をしている。
  • 彼女の発言にある「パープルハート章」というのは、戦死者・戦傷者に授与される「名誉負傷章」のこと。
    オバノンは大戦中、乗員から1人の受賞者も出さなかったことでも有名。これも「ラッキーO」の愛称と、ゲーム内の超幸運に寄与している。
    • このパープルハート章、実は近年まで在庫があったことで有名である。
      米軍は戦争の長期化に伴い、日本国内での本土決戦(=ダウンフォール作戦。日本側の呼称は決号作戦)で多数の死傷者が出ることを想定し、50万個のパープルハート章を製造したが、日本側がポツダム宣言を受諾したことで本土決戦は起こらなかった。
      このため量産されたパープルハート章は戦後長い間残っており、朝鮮戦争やベトナム戦争、湾岸戦争を経てアフガニスタン対テロ戦争やイラク戦争に参戦し始めた2003年時点で12万個、底をついたのは2010年頃だったという。
      著名な受賞者として、ダグラス・マッカーサー、ジョン・F・ケネディがいる。
  • 性格は至って真面目。提督にも友好的。運も実力のうちと思っているらしい。
  • 中国版2017年7月12日のメンテで衣装が追加された。
    白いワンピースに花を付けている可愛らしい格好をしている。
    また専用セリフでは花についてや夏のことなどの話を見ることができ、プレイヤーと一緒に夏を過ごしているような内容となっている。
     

元ネタ解説 Edit

艦型フレッチャー級駆逐艦6番艦
名前の由来Presley O'Bannon(プレスリー・オバノン海兵隊大尉)2代目
建造所Bath Iron Works, Bath, Maine
(バス鉄工所)
  • フレッチャー級6番艦、DD-450。1934年3月27日、計画が承認され建造決定。1941年3月3日、バス鉄工所にて起工。1942年2月19日に進水し、6月26日に竣工した。
    アメリカ海兵隊の英雄、プレスリー・オバノン中尉(1776〜1850)の名を冠する2代目の船として、ウィルキンソン中佐の指揮下に入り、太平洋艦隊に編入された。
    2か月間にわたり東海岸、主にカリブ海で訓練を積んでいたが日米によるガダルカナル島争奪戦が激化。1942年8月29日にボストンを出港し、南西太平洋に進出。激しい戦いの続くガダルカナル諸島へ投入される。
  • 10月9日から始まった最初の任務は護衛空母コパヒーを護衛し、ヘンダーソン飛行場へ航空機を輸送する任務だった。
    無事に任務をこなすと11月7日には今度は輸送部隊の護衛に当たり、対潜哨戒と上空警戒を行う。任務中、浮上している日本潜水艦を目撃。船団が安全に通過するまでの間、睨みを利かせた。
    11月12日午後、ラバウルから発進してきた一式陸攻16機に襲われたが、仲間と共同で対空砲火により11機を撃墜した。オバノン単独の戦果は4機であった。
    その後偵察のB-17より日本軍の戦艦2隻を含む17隻の艦隊発見報告を受け、オバノンは輸送隊と別れこれの迎撃に向かった。
  • 駆逐艦カッシングラフィー、スティレットと共に前衛を務めたオバノンは、翌13日未明、日本軍挺身隊と遭遇。大混乱の第三次ソロモン海戦が勃発した。
    オバノンは比叡に探照灯を照射して艦上構造物を狙って他の艦と集中砲火を加えたのち、
    被弾して行動不能に陥っていたアトランタを救援すべくアトランタに探照灯を向けるを共同で攻撃して撃沈。
    更に比叡めがけて魚雷を発射したが不発だった。乱戦だったためか味方から誤射を受け、オバノンは損傷した。
    この夜戦で米海軍はノーマンスコット司令が戦死し、戦艦サウスダコタを護衛していた駆逐艦4隻と2隻の巡洋艦を喪失するという大損害を受けたがヘンダーソン飛行場への砲撃は辛くも阻止し、
    逆に戦艦比叡を大破、翌日放棄させた。生き残った飛行場は以降も日本船団を苦しめ、ガダルカナル島争奪戦を優位なものにした。
  • この海戦のあともオバノンはしばらく同海域で哨戒を行う。ヌメア島を拠点に活動し、被弾した機の着陸を手助けした他、ガダルカナル、ムンダ、コロンバンガラを砲撃している。
  • 43年4月5日(い号作戦決行延期の日)、ガダルカナル島北西のラッセル諸島にて、不審な船舶を発見。
    当初小さなシルエットから転覆した艦艇ではないかと接近したが動きがおかしいため、機雷の敷設艇かと思い機雷にぶつからないよう慎重に接近したところ、
    その船は故障修理のため浮上中だった日本海軍の潜水艦呂-34であった。デッキでは何人かの乗員が昼寝をしていたという。
    まさかの会敵にパニックになったオバノンだが、不運なことに武器を持ったクルーはその場にはいなかった。呂-34も相手が敵艦と分かり、行動を開始。
    デッキの8cm砲で攻撃するため乗員たちが集まり始めた。この危機にクルーの一人が煙突基部のポテトロッカー(芋の芽が出ないよう風通しのいい甲板に野菜を置く場所がある)からジャガイモを投げつけると、
    呂-34側もそれを手榴弾と勘違いしてパニックになり、その隙にオバノンは全速力で離脱して砲撃を加え、転覆した呂-34が潜行して逃げたと思い込み
    念のため爆雷まで投射してこれを撃沈した。
    後日オバノンは起工した造船所のあるメーン州のじゃがいも農家より表彰状を送られている。
  • しかし喜んでばかりもいられなかった。当時のソロモン諸島の戦力は日米双方が切迫しており、オバノンは短い休暇と補給でそこらじゅうの戦闘に駆り出された。
  • 1943年6月23日、サンクリストバル島近海で呂103に雷撃され、大破した大型貨物船ダイモスを撃沈処分。
  • 7月5日、クラ湾夜戦に参加。エインワース少将指揮の下、輸送を行う日本艦隊に突撃を行った。そして輸送船団に対し5本の魚雷を放ったが、命中しなかった。
  • 7月12日には第18任務群を編成して、コロンバンガラ沖海戦に参加。前回のクラ湾同様に夜戦となった。オバノンは僚艦2隻とともに第二水雷戦隊の追撃を命じられたが、スコールによって逃げられた。
    艦隊から大きく離れた事により、司令部はオバノンの正確な位置が把握できず戦闘から孤立した。結局この夜戦では殆ど何も出来なかった。
  • オバノンが最も苦杯を飲まされたのは、10月6日に生起した第二次ベララベラ海戦であろう。ベララベラ島からの撤退を図る日本軍は駆逐艦9隻を派遣。それを迎撃するべく、オバノンは第3艦隊より分離。
    姉妹艦キャバリエとともに旗艦セルフリッジに率いられて哨戒を行っていた。やがて日米の駆逐艦は会敵し、夜戦が始まった。まず先頭を走っていた夕雲に集中攻撃を浴びせ、大破に追いやった。
    だが間もなく反撃の魚雷が飛んできた。その魚雷でキャバリエが被雷し、航行不能となる。その後ろを走っていたオバノンは回避しきれず、キャバリエと衝突。艦首を大破させてしまう。
    2隻は瞬時に戦闘能力を喪失し、戦えるのは旗艦セルフリッジただ1隻となってしまった。さらに日本側に増援が現れ、セルフリッジも被雷し大破。戦闘不能となったセルフリッジはのろのろと離脱していった。
    衝突したままの格好となっている2隻を、3隻の日本駆逐艦が雷撃したが幸いにして当たらなかった。その後、戦場は視界不良に陥ったため日本艦隊は離脱。オバノンとキャバリエは海上に取り残された。
    何とか船体をキャバリエから引き離すと、投げ出されたキャバリエの生存者を救出した。修理不能と判断されたキャバリエは自沈処分され、妹を目の前で失った。
    衝突事故が発生したにも関わらず乗員に1名の死者も出なかった事から、水兵の間でラッキーOと呼ばれるようになった。
    日本側は撤退作戦を完遂、損害も米軍側が上と、オバノンたちの完敗であった。衝突した直後の写真が今も残されている。傷ついたオバノンはヌメア島に帰投し、修理を受けた。
  • 帝國海軍との戦いは苛烈を極め、オバノンは苦しい戦いを続ける。日本軍の輸送を阻止しつつ味方の輸送を成功させねばならなかった。
    幸いなことにオバノン自身の損害はほとんどなかったが、機関の損耗が限界に来ていたためツラギで小修理を行ったのち、11月19日に本国のヴァレーホ工廠でオーバーホールを受けた。
    ガダルカナル島での武功や、クラ湾での功績が認められ、オバノンは大統領選挙勲章を授与された。ルーズベルト大統領はコロンバンガラ沖海戦での救助活動を例に挙げ、称えた。
     
  • 1944年1月11日、修理完了。武装も強化され、準備は万端だった。3月18日に再び太平洋戦線へ舞い戻ると、南洋諸島の上陸作戦を支援する輸送部隊の護衛を開始。
    同時にニューギニア、フィリピン、ボルネオへ砲撃を加えた。
    4月21日からはホーランジア攻略に参加。第30.4任務部隊に転属し、5月22日より西ニューギニアの制圧を担当した。9月15日にはモロタイの上陸支援を敢行。
    10月18日まで護衛と砲撃に従事した後、10月24日のレイテ沖海戦ではレイテ湾の防衛を担当。補給部隊の護衛に回った。
    レイテの戦いに勝利したあと、オバノンは活動範囲をフィリピン海域に移動。11月19日からはマーレ島に寄港し、44日間のオーバーホールを受ける。
     
  • 1945年に入ると、帝國陸軍に奪取されたフィリピンの要所を攻撃。ミンドロ、リンガエン湾、バターン、コレヒドール、サンボアンガ、セブ等を砲撃した。
    1月31日、リンガエン湾への攻撃中にオバノンは僚艦とともに日本潜水艦を撃沈した。その時は仕留めた獲物の正体が分からなかったが、戦後の研究により呂115の可能性が最も高いと判明した。
    2月8日から3月1日にかけてパラワン諸島の上陸を支援。4月27日よりボルネオ島のタラカンを攻撃。この作戦を最後にオバノンはフィリピン海域を離れ、沖縄方面に進出した。
    5月28日、第3艦隊の護衛として沖縄攻略戦に参加。6月17日、艦隊から離れ、護衛隊と合流。日本本土近海で哨戒任務に従事。
    7月10日からは本州や北海道北部を攻撃する空母機動部隊を護衛。8月15日、本州の近海で終戦を迎えた。終戦後の8月27日からある重大な任務を仰せつかった。
    戦艦ミズーリを東京湾で護衛することであった。
    ハルゼー提督はオバノン、ニコラスらを直々に指名し、「南太平洋から終戦まで勇敢に戦い続けた彼女らこそ相応しい」として、9月1日の調印式に参加した。
     
  • 1949年1月17日、ロングビーチ海軍工廠に入渠し護衛艦に改装され、DDE-450と改名。DDEは対潜護衛艦を意味する。1950年2月10日、工事を完了して出渠した。
    1951年2月19日、再就役し真珠湾に向かう。そして朝鮮戦争に身を投じた。
  • 同年11月19日、韓国近海で国連軍に編入され、航海を行った。そして韓国軍を支援し、北朝鮮軍の道路や鉄道、弾薬庫を攻撃した。また半島と日本間の通商保護も担当している。
     
  • 戦争を戦い抜いたあとの1952年6月20日、帰国。同年11月、エニウェトクで米国原子力委員会の活動に追随した。そして半年間、極東で訓練をする事になり、日本やフィリピン、台湾、オーストラリア等を訪問。
    訓練を終えた後も活動範囲を極東に留め、情勢が不安定な東アジア方面を監視し続けた。1961年10月7日、横須賀に停泊しているところを空撮されている。
  • 1962年の春と秋に、オバノンはジョンストン島の核実験に参加した。ベトナムから飛来する航空機の護衛を任された。
  • 1963年12月、ハワイに停泊していたオバノンにファーリントン高校の生徒が見学のため乗艦。その時の写真が残されている。
     
  • 1964年、オバノンは映画「危険な道」に出演し銀幕デビュー。映画は翌年に公開された。女優になったのも束の間、極東でベトナム戦争が勃発。
    12月26日、香港を出発するとベトナム近海の水路調査を実施。続いて海上封鎖を行った。1966年5月と6月に海岸を砲撃、ベトコンの小型船やベースキャンプを破壊した。
    その後も砲撃や、墜落した機からパイロットを救出する任務に従事。1966年9月、打ち上げられるジェミニ11号宇宙船の緊急事態に備えて復旧隊の一員となった。
    ベトナム戦争での献身的な支援は1967年まで続いた。1968年以降はハワイを活動拠点として太平洋を航海。
  • 1970年1月30日、ついに老朽化のため、姉妹艦DD-449ニコラスと揃って退役し、1972年5月に解体されてその生涯を終えた。
  • 従軍星章は駆逐艦最多の17*1。朝鮮戦争で更に3つの従軍星章を戴いている。
    南太平洋の苦しい戦いを最後まで生き抜いた彼女にハルゼー提督は、
    「太平洋戦争の歴史を語るにあたってオバノンの話を抜きにすることは出来ない。彼女と勇敢な姉妹たちは幾度となく敵を退け、決してわたしを失望させなかった」と評した。
  • ちなみにオバノンにはアスベストが使用されており、乗員や造船労働者に諸症状が現れる危険性があった。アメリカ政府は退役軍人に早期の治療を薦めている。

コメント Edit

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • ついにジャガイモ持ってくる子が実装なのね 見つけ出さないと… -- 2017-05-25 (木) 14:54:36
    • ジャガイモ掘らせる子が大喜びするな -- 2017-06-04 (日) 15:27:14
  • E4攻略中にボス前で落ちてくれた 掘るならE4なのかな? -- 2017-06-02 (金) 19:51:23
  • ログインの3.0.0でポーターに火をつけているの、この娘かな? -- 2017-06-04 (日) 01:26:47
    • 多分そう -- 2017-06-04 (日) 12:02:29
    • 焼き芋でも作ろうとしてるんですかね -- 2017-06-09 (金) 21:22:24
  • 運の高さに驚いたけど史実読んで納得 1942〜43年のソロモン戦を最前線で戦い抜くなんて割と凄ぇわ -- 2017-06-05 (月) 02:59:04
    • アメリカ艦は結構生き残ってるんだよなあ・・・。 -- 2017-06-05 (月) 18:54:39
      • まあ、そうなんだけどね -- 2017-06-06 (火) 00:38:30
      • 雪風と宗谷が -- 2017-07-26 (水) 13:44:17
      • ↑雪風がただならぬ存在になっているのは第一線で戦い続けた他の艦が全て沈んじゃったためで、アメリカはそういう艦がいくつもあるんだよね。宗谷も戦後大活躍したのは老朽船でも使い倒さなきゃならなかったからだし -- 2017-07-26 (水) 14:15:26
  • フレッチャーなんて死人無しの幸運な奴だしな、まあ縦割りで対立して50人のダメコン要員しかいない日本軍サイドに問題が...(肉を切られても骨を断てる国力とそれを維持しうる補給の確保) -- 2017-06-05 (月) 22:50:20
  • オバノンあと相棒のニコラスもそうだがまだ米側の戦力が整わない最初期に投入され戦い続けたフレッチャー級だけあって戦歴がずば抜けてんだよな -- 2017-06-06 (火) 20:14:12
    • 相棒というか双子の姉 -- 2017-06-15 (木) 02:02:08
  • エピソードが元ネタなんだろうけど、ジャガイモ装備で対潜上がるのほんとうける -- 2017-06-06 (火) 21:32:49
  • オバノンて日本版ウィキペディアにはページないんだな -- 2017-06-08 (木) 02:41:36
    • 戦歴を調べるのにすっげぇ苦労したゾ -- 2017-06-08 (木) 08:33:48
    • 海外艦は日本語Wikipediaだと嘘が普通に書いてあるから英語版見ないといけないので大変 -- 2017-06-08 (木) 09:37:53
      • これマジ? -- 2017-06-08 (木) 11:19:05
      • ↑情報が少ない時代に日本の好事家が書いた解説書をソースにしてる事が多いからね。 -- 2017-06-08 (木) 11:23:10
      • まぁ英語版wikipediaでもソ連艦の間違いとか載っていたりするから、言語関係なくソースしっかり付いてるか確認することだね… -- 2017-06-11 (日) 18:10:42
  • 大破絵を見る限り、意外とおっきなお山をお持ちで -- 2017-06-12 (月) 08:02:44
  • うちの6-1-Aがまるでジャガイモ畑状態に… -- 2017-06-21 (水) 08:16:52
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 アメリカ軍全体ではニューオーリンズ、重巡サンフランシスコと並ぶ同率3位。ちなみに2位はサンディエゴの18、1位はエンタープライズの20