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No192 タシュケント

Last-modified: 2017-08-24 (木) 13:21:05

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基本データ Edit

画像基本情報
Tashkent_normal.pngレアリティ☆☆☆☆☆
ゲーム内名称塔什干翻訳名称タシュケント
所属/艦級ソ連海軍/タシュケント級(201型)1番艦
本名Ташкент (Tashkent)
進水日1936/11/30
身長139.7m
体重2847英t(2893t)
出力128222shp
(130000PS,95615kW)
イラストレーターSTmaster
艦種駆逐艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久24火力13/33
装甲8/23雷装25/75
回避45/85対空16/46
搭載0対潜20/50
速力42.7kt索敵5/15
射程16
最大消費量
燃料20弾薬10
艦載装備
0ソ連二連装130mm火砲
0改良型エンジン
装備不可
装備不可
強化経験値 (火力/雷装/装甲/対空) 0/25/8/0解体資源
(燃料/弾薬/鋼材/アルミ材)
4/8/6/0
改造チャート・ 改造に必要な物資(燃料/弾薬/鋼材/ボーキサイト) 必要な改造コア 種類/数
未実装
 
SD
Tashkent_C.png
 

セリフ Edit

セリフ

衣装 Edit

 

艦種紹介 Edit

日本版1930年代、ソ連がイタリアから購入した駆逐艦。排水量は4000tレベルに達し、ソ連はその性能にも満足していた。後の駆逐艦の設計の模範にもなった。独ソ戦では、護衛および砲撃任務を完璧に遂行した。1942年6月、敵の封鎖を突破して、部隊をセヴァストポリに届けた。それから多くの負傷兵と貴重な文化財を搭載して撤退し、ドイツ空軍の空襲に耐えながらノヴォロシースクに戻ったため、赤旗勲章を受章した。1942年7月、ドイツ軍の空襲を受け、港内に沈没した。
中国版她是苏联在30年代向意大利订购的驱逐舰,塔什干号排水量达到了4000吨级别,而苏联对她的性能也十分满意,后续几级驱逐舰也以塔什干号为参考蓝本。卫国战争中塔什干号执行了护航和炮击任务,表现出色。42年6月该舰先是突破封锁线将部队送到了塞瓦斯托波尔,之后搭载着大量伤员和珍贵文物撤离。撤退途中遭受国空军的猛烈袭击。塔什干号在机的重重阻截下成功回到了新罗西斯克,因此获得了红旗勋章。42年7月,塔什干号又遭到了军空袭,在港口内坐沉。
 

入手手段/ドロップ海域 Edit

建造限定[00:30:00]
獲得率は0.2〜0.3%と大淀と並び、ティルピッツを下回る。
実はどのレシピでも獲得率が最下位と、最も建造困難な艦の一つである。
大淀より幸いというべきか、同じ★5駆逐のル・ファンタスクと同様にレシピから弾けないため、戦艦や空母の建造を続けているといつの間にか獲得していることもある
タシュケントを助けんとする提督は副産物として期待するのが良さげ。

性能や運用について Edit

  • 金レアリティ(☆5つ)の駆逐艦。建造のみで入手可能な駆逐艦の一つ。
    日本版では2016年11月の建造イベントから実装された。
  • 性能は高く、改造は実装されていないものの耐久24と高め。
    また、大型艦ではあるものの他のイタリア駆逐艦と似て燃料20弾薬10という低燃費さが売り。
  • パラメーターは平均的ではあるが、速力はル・ファンタスクに迫る42ノットと非常に高速である。
    • このためT字有利を取りやすく、戦闘を有利に進めやすい強みがある。
  • もっとも改造不可能でスキルもないため、強化した改造駆逐艦と比較するとどうしても劣ってしまうのが難点。

ゲーム内において Edit

  • 茶色の巻いたツインテールが特徴の駆逐艦。
  • ソ連艦としてはキーロフと同じく、ソ連軍の軍服をモチーフにした制服を着用している。
    • 帽子にはТихоокеанский Флот(チハオケアンスキィ・フロート)と書かれており、これは太平洋艦隊を意味する。艦艇時代の彼女は黒海艦隊に所属していたのだが…デザイン時の都合かはたまた少女の姿になってからの所属を表すのか(母港は上海に位置するという説がある)
    • 腕章のЗаРодинуは「祖国のため」という意味である。
  • キーロフと異なり、こちらはソ連の海軍兵士をモチーフとしている。
  • 中・大破画像からはそこはかとなく犯罪の香りが漂う。
  • Ver3.0.0より母港台詞及び戦闘台詞が追加され妄想に拍車が掛かった。
     

元ネタ解説 Edit

艦型20И型嚮導駆逐艦1番艦
名前の由来Toshkent(ウズベキスタンの首都 タシュケント)4代目
建造所Cantiere navale fratelli Orlando, Odero Terni Orlando, Livorno
(オデロ・テルニオーランド社オーランド・ブラザーズ造船所 トスカーナ州リヴォルノ)
  • 「空色の嚮導艦」または「空色の巡洋艦」の愛称を持つソ連の大型駆逐艦。
    大型艦だけあって、全長は139メートルと軽巡洋艦夕張とタメを張れる長さを誇る。
    ソ連の大祖国戦争(第二次世界大戦)において、黒海で活躍した武勲艦の一つ。
  • 船名はウズベキスタンの首都であるタシュケント(とその名前を冠した同名ロシア海軍艦)に因む。
     
  • 建造の切欠は1930年代。海軍軍縮条約により各国が強力な駆逐艦の建造を行う中、ソ連も新鋭駆逐艦の建造に着手した。
    海軍戦力の拡充を目指すソ連は、嚮導艦(駆逐艦隊を指揮する大型艦)の建造に着手。
    その後は40ノット以上の高速を実現可能かつ20ノットで5000海里の航続距離を実現する駆逐艦を計画した。
    とはいえ革命の爪痕が残るソ連の技術力では実現が難しく、建造・設計は海外に委託される事になり、イタリアのOTO社が選考で選ばれた。1935年9月9日、レニングラードでサインが行われた。
    蛇足だがキーロフの建造もイタリアが関わっており、ソ連とイタリアは妙な縁で繋がれていた。
  • こうしてソ連と契約したOTO社は計画に基づいて1935年9月11日、リヴォルノ造船所にてタシュケントの建造に着手。1937年4月11日、タシュケントと命名。同年11月28日にタシュケントは進水するが、イタリアとソ連の関係が急激に悪化する。
    スペイン内乱において、それぞれが敵対する勢力に支援を行っていたのだ。またイタリア海軍の潜水艦がソ連の輸送船を撃沈するなど、関係は険悪な状態だった。
    進水式の際には、OTO代表によりファシズムの言及と意図的な誤訳が行われて、ぼろくそに非難されている。また日本海軍はタシュケント級の計画的配備を妨害するため、この艦を購入しようと申し出たとか。
    一触即発のまま建造が進められ、1938年3月18日に公試を行った。非武装状態では44.2ノットという超快足を叩き出し、武装状態でも39ノットを記録した。そして遂に1939年5月6日に竣工。
    その後、タシュケントの同型艦を建造する計画がソ連の内部で行われたが、結局この計画は白紙になってしまい、タシュケントは同型艦なしのままソ連海軍で運用される事になった。
    • イタリアはソ連の要求を全て盛り込んだが、その結果、船体が異常なまでに大型化してしまう。排水量は3400トンと軽巡洋艦に匹敵した。あまりの巨体に、ソ連はタシュケントを量産する事が出来なかった。
  • 未武装の状態で引き渡されたタシュケントは、オデッサに到着後、ソ連製武装を付けられている。
    当初は130mm単装砲を装備したものの、すぐに連装化された事で強大な火力を入手。
    さらに射撃管制装置、DShK機銃(12.7mm、西側のM2重機関銃に相当)や533mm魚雷発射管、爆雷などを装備した。
    しかし回転式主砲の到着が遅れ、しばらくの間は130mm連装砲が主力だったとか。
    船体はコバルトブルーに塗装され、水兵から「青い巡洋艦」と呼ばれた。入手ボイスで空色の嚮導艦と自称するのは、この事に由来している。
    タシュケントはバルト艦隊に編入される予定だったが、ソ連が支援していたスペインの共和国派が敗北したため、スペイン近海は危険として急遽黒海艦隊に配備される事になった(バルト海へ至るにはスペインの目先を通過しなければならなかった)。
    1941年2月にようやく主砲が届き、ニコラーエフで搭載。十分な戦闘能力を付与された後に、大祖国戦争の激戦へと身を投じる事になる。
     
  • 1941年6月22日、ソ連とドイツが交戦状態に突入、大祖国戦争の幕が開けると同時に、タシュケントはドイツ軍を相手に死闘を繰り広げる事となる。もっとも、その多くはドイツ空軍機やドイツ陸軍が相手であった。
  • 独ソ戦開幕時、タシュケントはニコラーエフで入渠していた。一晩が経ったあと、すぐに出港。7月にセヴァストポリへ到着した。
  • 同年8月5日から始まったオデッサの戦いでは陸上のソ連軍部隊を支援するため、タシュケントは奔走した。オデッサは黒海艦隊の拠点だったため制海権はソ連にあり、海路から補給が行われた。
    8月22日、ドイツ軍に包囲された陸上部隊を支援するため砲撃。
    1941年8月30日、船団護衛をしている時に初陣を迎える。ドイツ軍爆撃機3機の攻撃により一発の爆弾を受ける。8mの破孔が生じ、乗員3名が死亡。7名が負傷して1名が行方不明となった。
    9月1日にセヴァストポリへ入港。応急修理だけ行ったあと、12ノットの速力でオデッサに舞い戻り、現地で修復に入った。その際に艦尾へ機銃を増設している。
    その後も船団護衛に活躍。海路での補給頼みだったソ連軍の守備隊に物資を送り続けていた。
  • 続く同年9月、セヴァストポリの戦いでは、タシュケントは黒海艦隊の一員として大活躍した。セヴァストポリ要塞は黒海艦隊の根拠地で、何としても死守しなければならない要衝だった。
    幸い黒海の制海権はソ連側にあったため、海路からの支援が可能であった。要塞と軍港を助けんと、タシュケントも出撃した。
    ドイツ軍部隊に押されつつあるセヴァストポリの守備隊に対して物資を補給するため、幾度と無く空襲にあいながらも、タシュケントは物資補給任務を継続。
    設計上、大型で船内スペースも多かった事からタシュケントは高速輸送艦としても適任であった。
    武器・弾薬・食料・燃料、時には鉄道車両まで輸送し、船体に負担をかけながらもタシュケントは守備隊に物資を送り続けた。彼女によって届けられた兵員は1万9300人、弾薬は2538トンに及んだ。
    届けられた兵員によってドイツ軍を危機に陥らせ、一時はセヴァストポリ要塞の包囲を解いた程だった。タシュケントらの働きにより要塞は持ちこたえ、攻略戦は長期化の兆しを見せた。
    10月にはオデッサが陥落するも、脱出してきた部隊がセヴァストポリ守備隊と合流。優勢な南方軍集団を相手に根強く抗戦した。
  • 11月19日、包囲された都市部のため必需品を積んで出港。帰り道は負傷した兵士や市民を乗せて連れ帰った。悪天候が続き、たくさんの積荷があるタシュケントは激浪に翻弄された。11月25日、嵐に巻き込まれデッキに亀裂が入る。
    また、ドイツ軍の攻撃が強まるに連れて、タシュケントはその火力を生かした艦砲射撃を実施し、迫り来るドイツ軍部隊を足止めし続けた。
    その勢いは凄まじく、12月22日から24日にかけて800発も砲弾を発射。飛行場と6つの砲兵陣地を破壊し、13機の敵機を撃ち落とし、1隻の魚雷艇を沈めた。この八面六臂の活躍で守備隊を援護した。
    しかしながら天候に恵まれず、しかも重荷を背負いながらの戦闘だったため非常に厳しい状態での砲撃だった。翌年1942年1月まで砲撃が続けられた。
     
  • 1月30日、新たな兵士と必需品を積んでセヴァストポリへ入港。輸送任務は6月26日まで続けられ、要塞で戦う兵士の生命線となった。
    ところが最後の補給となった6月26日はドイツ空軍の妨害が激しく、輸送船1隻が犠牲となった。タシュケントは投げ出された生存者を助けんと救助を行った。それでも彼女だけで944人の兵と700丁のライフル、26トンの食糧が届けられた。
  • しかし、セヴァストポリ攻略のためドイツ南方軍集団は列車砲「グスタフ」を投入。分厚いコンクリートを貫通して弾薬庫を破壊する絶大な威力を前に、ソ連軍部隊は窮地に立たされていった。
    ドイツ軍の勢いは弱まらず、6月19日にドイツ軍がセヴァストポリの北部を押さえた事で王手が掛かった。ここに至りセヴァストポリの放棄が決定。ソ連軍は撤退を開始する。
  • 1942年6月27日、タシュケントは負傷兵や難民約2300名、さらに貴重な絵画などを満載し、船団を組んでノヴォロシースクへの撤退を開始した。
    この時、80機以上の大量のドイツ空軍機により襲撃を受けたタシュケントは、合計336発の爆弾を投下されながらもそのすべてを回避。
    唯一、1発の至近弾を受けて舵を損傷、200トンの海中が入り込みボイラー室に浸水したものの無事であった。3名の死者と10名の負傷者が生じ、艦前部の50人が海水を飲んだが依然として14ノットの速力が出せた。
    ソ連軍機による援護を受けたタシュケントは、6時間にも及んだ空襲を振り切り友軍艦に負傷者や難民を移乗させると、自力でノヴォロシースクへ到達。奇跡的な脱出劇を成功させたのだった。
  • 賞賛に値するこの英雄的な働きにより、艦長はレーニン勲章を、船員全てにはソビエト連邦国家賞が授与されている。
  • ノヴォロシースクに到着して点検を受けた時、実はタシュケントは瀕死の状態だった。入港して敵の手から逃れられたが、ここでは十分な修理が出来なかった。
     
  • しかし悲劇は突然訪れた。
    脱出劇の成功からすぐの7月2日。停泊中であったタシュケントは15機の戦闘機に護衛された64機の爆撃機から攻撃を受ける。そのうち2機のJu88爆撃機の襲撃を受け、2発の爆弾が直撃。
    1900トンの海水が浸入し、駆逐艦ブディテルヌイに曳航されたが、ここまでだった。あっけなく沈没、10mの海底に着底した。
    この襲撃で76名が戦死。武勲艦タシュケントはその生涯に幕を下ろした。
    ソ連軍の英雄、カフカス方面軍総司令セミョーン・ブジョーンヌイ将軍の訪問を受けてから翌日の出来事であった。
  • 沈没後は浮揚させ修復する計画が検討されたが、ドイツ軍の執拗な空襲で計画は上手く進まず、艤装だけは取り外され駆逐艦オグネヴォイに流用された。
    44年8月にようやくタシュケントは浮揚されたが、損傷状態はあまりにひどく再生は不可能と判断され、戦後になって解体された。

国別艦種一覧表

国別艦種一覧表

コメント Edit

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 何で金背景なんだろう→艦歴見て納得。書いてくれてありがとう -- 2017-05-02 (火) 22:29:30
    • こんなにも武勲艦だったのかタシュケント。数多くの人民をたしゅけんとしたのは素晴らしいな -- 2017-05-02 (火) 22:49:45
      • 早く「改」が来ないかなー、スキルはどういうのが付くんだろう、戦歴から対空系かな?それとも護衛任務多かったから守護系かな? -- 2017-05-09 (火) 03:36:18
      • ソビエト人民の鑑 -- 2017-05-10 (水) 10:11:05
  • 中破時の台詞、アレはマズイんじゃないの? -- 2017-05-10 (水) 18:46:42
    • わ、激しすぎる! -- 2017-05-10 (水) 20:10:03
    • わ、激しすぎる! -- 2017-05-10 (水) 21:02:48
    • 猥褻は一切無い -- 2017-05-10 (水) 23:01:23
  • ダジャレを書いたのはだれじゃあああ! -- 2017-05-22 (月) 14:22:31
  • 改の情報来てない?そろそろ来て欲しいなぁ -- 2017-05-29 (月) 20:51:49
  • なるほど、凄まじい武勲の持ち主なのね。 -- 2017-06-25 (日) 01:26:18
    • ウン -- 2017-07-22 (土) 05:55:30
  • 重音テ(粛清) -- 2017-07-21 (金) 20:07:08
    • ルナチャイル(粛清) -- 2017-07-22 (土) 05:55:18
    • お前らドリルしか見てないだろ! -- 2017-07-22 (土) 21:09:02
      • わ、激しすぎる! -- 2017-07-23 (日) 16:40:21
    • ベアトリ(粛清) -- 2017-08-22 (火) 12:48:02
    • ペトラ・ヨハンナ・ラーゲルクヴィス(粛清) -- 2017-08-22 (火) 17:10:51
  • イギリスの某戦艦「タシュケントさんを助けんと…スランプ…」 -- 2017-08-02 (水) 23:17:30
    • レパルスかな? -- 2017-08-03 (木) 05:35:01
  • 空母狙いでやってたら出てきたからよく出る娘かと思ってたら確率そんなに低いのか…なんか反応に困る -- 2017-08-19 (土) 16:58:43
  • 大淀もタシュケントも某レシピでやっときた -- 2017-08-21 (月) 02:12:03
  • 今回の建造祭で9393でポロっと来た。もちろん嬉しんだけど肝心のエンゲルスェ・・・ -- 2017-09-25 (月) 14:01:18
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