第5回選考会議録要約

Last-modified: 2009-06-30 (火) 18:11:26

第五回日本SF新人賞

一次選考通過 17作品

作者名作品名
深神悠樹廃園の天使 angel of neglected garden
早坂千尋星屑の、間に
鴇沢亜妃子Heavenly Blue
倉沢修二紅い雪の女王
桑野一弘カレル
愛阪龍太郎わたしはブリキのロボット
宇次原雅之明日を夢見て
中里友香パイプドリーム
片理誠終末の海・韜晦の箱船
増山香太郎SMOKER HEAVEN
朝霧刹那闘争の久遠
永井佑紀空の光に想いを馳せて
八杉将司夢見る猫は、宇宙に眠る
樽井聡子デバイス
坪山ノ有平シットナップ
北國浩二ルドルフ・カイヨワの事情
大木えりか君はいつか、空を見上げる
 

最終候補 7作品

最終選考会 2003年12月5日
SF Japan vol.9 (ロマンアルバム)

作者タイトル採点者
野阿井上久美新井豊田
鴇沢亜妃子Heavenly BlueB+B+CB-CB-
桑野一弘カレルB-CB-CCB-
片理誠終末の海・韜晦の箱船CACBB+B+
八杉将司夢見る猫は、宇宙に眠るA+CBBAB
樽井聡子デバイスCCA-CCB-
北國浩二ルドルフ・カイヨワの事情A-CA-CB+A
大木えりか君はいつか、空を見上げるBBBCB+A-

1 Heavenly Blue

人類が外宇宙探査へと向かう未来。地球との埋められない溝、浦島効果に耐えきれず自滅する探査船乗員たち。記憶を操作することで、彼らの重荷を取り除こうと研究していた宇宙開発局スタッフの久我は、チームに新しく加わったラーンガリーの養女ナディアの脳内に、違法ナノが使用されていることを知る。久我は口止めとしてラーンガリーの共同研究者に抜擢されるのだが……。

 キャラクターが弱い。天才であるという主人公に天才さが感じられない。会話にも問題があって、時々誰がしゃべっているのか区別がつかなくなる。ラストちかくの黒幕の登場の仕方も唐突。
野阿 風景、登場人物に関する描写が一切無くて、イメージがわかない。構成にも難がある。
新井 記憶がなくなっていくことによって、私が私でなくなるという設定は、書きようによっては非常に綺麗な物語になる可能性を秘めているのに、主人公があまりにも莫迦なんですよね。自分で記憶をなくす研究をしていたはずなのに、何をやっているのだろう。
豊田 言葉だけで流して、重要なシーンを描写していない。情景描写、心理描写、アクションシーン、肝心な場面をきちんと書いていかないと小説にはなり得ない。

2 カレル

惑星コーディアの都市カレル3を管理する人工知能カレルは、ネットワークと39台のカメラで都市を監視、制御、管理していた。カレルは生みの親であるクリスコワ博士を敬愛していたが、博士は他人の視線を嫌っていた。盲目の博士が何故視線そのもののような存在である自分を造りだしたのかを思考するようになる。

野阿 いろいろと論理的に見ておかしい。
井上 人工知能を作者が演じようとしているが、工夫がなく稚拙なため作者の狙いは成功しなかった。人工の意識とその生みの親の倒錯関係を、視ることと視られることだけで描こうとするのは、ロボット・テーマの新しい可能性かと思った。
豊田 人工知能による一人称という試みは認めるが、実際は重荷になってマイナスに作用している。全体的にめりはりが無く、小説としてはまだまだと言わざるを得ない。

3終末の海・韜晦の箱船

核戦争により地球上のあらゆる社会が崩壊。九歳の少年、宇藤圭太は父や仲間と共に大型漁船で日本を脱出し、南太平洋の海上基地フロート・ナインを目指していた。そこにある軌道エレベーターを利用し宇宙ステーション、月面コロニーへ脱出する計画だった。しかし船は座礁。通りかかった豪華客船の調査に向かった大人達を乗せたまま、船は姿を消してしまう。数年後、現れた謎の船に乗り込んだ子供達は、船が完全に無人であることを知る。そして仲間達が消えていく。

井上 キャラクターの書き分けも出来ていて、会話もうまくリズムがあって読みやすい。設定もイメージも魅力的。読みながら新人賞は決まったと思った。ところがラストの種明かしで虚脱感に襲われた。構成から謎解きが最大の焦点になっていたのに、ラストで解かれた謎がひどくイマジネーションの乏しいものだった。あまりのあっけなさに愕然とした。巧い人だけど、SF新人賞のレベルがこれでいいのか、と。
久美 私もラスト近くまですごいじゃんと思っていたんですが、期待はずれでした。
新井 ミステリ、ホラー、冒険小説、どれにも当てはまらない中途半端なもったいない作品。
野阿 この話は一人の少年が戦うことによって世界を救済するとかいった大きな話ではない。作者は小さな世界を一所懸命に描いている。物理的な困難が次々と押し寄せる。少年は自分の知恵と手に持つ技術だけで立ち向かっている。そのあたりにSFの原点的な想いを感じ取ることができた。
豊田 私の世代からすると、この作品のある部分に、リアリティを感じることができなかった。それはね、食べ物に飽きると食欲がなくなるという描写にあるんです。船の中に暮らす人たちにとって、食料は大変貴重なものです。日常的に不足しているのが現状なわけですよ。そんな中で手に出来る食べ物に飽きるということはあり得ないし、食欲がないというのもあり得ない。私は戦後のある時期、来る日も来る日もカビの生えた餅を焼いて食べていたという事実がある。でも決して飽きるということは無かったし、食べたくないと思ったことも一度もない。 ←大変感銘を受けたので原文のまま引用させてもらいました

4 夢見る猫は、宇宙に眠る

医療ナノマシン・メーカーに勤務する俺は、カウンセリング施設で研修生のユンと出会った。意気投合し惹かれあったがユンには婚約者、マークがいた。結婚したユンとマークが火星に赴任し、その半年後火星では謎の緑化が起こる。やがて火星で反乱が勃発。俺は民間調査員として火星に向かった。

新井 この作品好きです。登場人物が生き生きとしています。
SFとしても面白いし、仕掛けも大きい。世界がひっくり返るというところまでしっかり見せてくれる。
野阿 マルチ・ユニバース理論について主人公がわかろうがわかるまいが、読者の大半が理解出来なかろうが、怒濤の語り込みが入るべき場面を、わからないの一言で済ませている、ここで語り込まないでどうするんだ。投げやりで許せない。
井上 ナノテクノロジーと量子力学と想像力を結びつける部分が面白い。ただ、小説としてはかなりぎくしゃくしている。

5 デバイス

過疎山村で農業をしている少女やまめはカントウから来た青年と出会う。彼に連れられて生まれて初めて都市へ旅行するが、都市の環境で身体的拒否反応を起こしてしまう。やまめは症状を緩和すべく医療用ナノテクのインプラントチップ移植手術を受けるが、彼女に他人のインプラントシステムを調整する能力があることが判明し、評判になる。

山の風景とか情景が浮かんでこない。やまめの年齢がなかなかわからない。名前だけで性別の分からない人物も出てくる。そんなこんなが続いて非常に読みにくかった。パソコンの使い方、技術は現在の延長線上で、過疎化が進んでいたりナノテクが普及していたりと世界設定がアンバランスだった。
野阿近未来世界の考証がおかしい。端末をインプラントとして体内にもっているのに、コンピュータを借りてメールをしていたり。加えて物語に全くカタルシスが感じられなかったのが致命的。ヒロインの行動原理も釈然としない。
井上日常的な田舎の描写のあとに少しずつ異常な光景が混入していく。それから急に異様な風景が広がっていくという手法、非常にSF的です。
久美情景が浮かんでこないのは、例えばやまめという女の子の性格を考えると「木」とは言わず「ブナ」とか「ナラ」とか木の種類を言うと思うんです。田舎感覚に対するツメが甘いですよ。

6 ルドルフ・カイヨワの事情

ゲノム・ウイルスが大流行し、暫定的に体外受精が義務づけられた、近未来のアメリカ。遺伝子関連問題を専門に扱う弁護士ルドルフ・カイヨワは、ある病院の不正卵採取疑惑を調査するうちに政府の陰謀に突き当たる。ゲノム・ウイルスは政府の研究の産物で、テロリストに利用さればらまかれたあとも、治療法を隠蔽されていたのだった。ルドルフは陰謀を解明しようとする。

SFとしての飛躍を感じられる部分がほとんどない。でもストーリーとしては面白かったから評価は高いです。
野阿特に医学と生物学、コンピュータ関係や情報学について、誤解が多すぎる。10年ほど先を舞台に設定しているようですが、人工子宮が完成しているとは思えないし、暗号技術に関しても128ビットで安全といわれても、PCを使っている読者は納得しないでしょう。
井上エンターテイメントとして際だって巧い。
久美作者の好きなものを寄せ集めて無理矢理貼り合わせた印象。でもその割に扱いが粗雑で、キャラクターへの愛が全く感じられない。SFじゃない。 
豊田全てが借り物という気もするが、良くできている。今回の応募作の中では一番売れる要素を持っていると思った。この作品の最大の問題点はSFであるかということ。果たしてSF新人賞に値するかどうかですね。
野阿委員長に反対するようで恐縮なんですが、これはSFの新人賞なんですから、科学的ミスは減点方式で評価するしかないと私は思います。科学的面から見たら――罹患確率の誤解とか、ゲノム・ウイルス感染と体外受精とか――間違いだらけ。なぜ皆さんが高く評価するのか、私には理解出来ない。

7 君はいつか、空を見上げる

火星植民計画は軌道上の反射鏡の故障で頓挫する。地表は再び熱を失い、厳寒の惑星へと戻ってしまった。火星の住人たちはこれを乗り越えるためマインド・スタビライジング・チップ(MIST)を体内に埋め込む。これにより自身を安定させ他者に寛容になり、民族、宗教間の争いは無くなった。それから80年後、系譜学者のモリヤは地球から火星へ調査に赴いた。そして危ない所をスプーキーと呼ばれるMISTを外した人々に救われる。

井上連作短編の形式をとっていますが、連作である以前に短編としてのキレが必要です。詩的で美しく独創的なものも持っていますが、高くは評価ができなかった。
久美モリヤの置かれた状況が安全すぎてサスペンスを感じることが出来ない。
新井個々のイメージは綺麗ですが、一本筋の通った部分が感じられない。嫌味が無くて純粋に楽しむことができた。
去年(「ドリーミング・ソロ」が最終候補)の作品といい、今回の作品といいよく頑張ってくれました。苦言を呈するなら物語を読ませる力がまだ足りない。異世界の実態に迫る過程や謎解きに関する描写がなさ過ぎる。
豊田ストーリーテリングの能力は低いし、人物はだらだらして動かない。欠陥はあるけどファンタジーと思えば許せるか。設定も面白い。

8 まとめ

編集先程までのお話から「Heavenly Blue」は外してもいいですか。B+を付けた谷さんいかがでしょう。
落としていただいて結構です。
編集続いて「カレル」も落選でよろしいですか。
全員いいと思います。
編集「君はいつか、空を見上げる」は豊田さんがA-ということですが。
豊田整合性に問題があるので残して欲しいとは言いません。
編集わかりました。「デバイス」はどうしましょうか。
井上短編にすべき作品だったという委員長のご指摘に納得です。個人的には非常に気にかかる作品だった、ということのみ、明記して欲しい。
編集「終末の海・韜晦の箱船」はどうしましょうか。
野阿オチには問題があるかもしれないけれど、この作品は残すべき価値があると強く言いたいです。
編集得点の高かった順に並べると「ルドルフ・カイヨワの事情」、「夢見る猫は、宇宙に眠る」これに野阿さんが強く推される「終末の海・韜晦の箱船」、これらの順位を付けてください。
「猫」>「カイヨワ」>「箱船」
野阿「箱船」>「猫」で、選びたくないのが「カイヨワ」です。
井上「カイヨワ」と「箱船」の二作品の作者は今回受賞を逃しても、いずれどこかの新人賞から出てこられる可能性が高い。でも「猫」はこのSF新人賞でなければ評価されることは無いでしょう。それほどスケールの大きな作品だと思います。先の二作品に欠如するものをもっています。
久美「猫」>「箱船」で、私も「カイヨワ」の評価は低いです。
新井「猫」>「箱船」>「カイヨワ」
豊田「カイヨワ」>「箱船」>「猫」
編集四人が推している「猫」が一位ということになりますね。あとの二作品に関しては野阿さん豊田さんそれぞれお一人ずつということになります。
野阿多数決から「猫」が大賞になるわけね。あとは二作品をどうするかという問題ですか。
豊田新人賞一作、あとの二作を佳作としたいんですが、皆さんいかがですか。選考委員長としての希望です。
全員わかりました。