第9回選考会議録要約

Last-modified: 2021-09-03 (金) 03:49:47

第9回日本SF新人賞 最終選考会議

前文

 一次選考通過 13作品

作者名作品名
滝川廉治幸福な羊飼いの詩
黒田康幸推定呪詛
中里友香黒十字サナトリウム
三本木みわ鍵替記
坂本四郎完全懲悪ゼフィランサー
小崎真也ミノタウロスの蒼き迷宮
叡惟匡見エクス・マキナ・ファミリア
石田龍顕むしくい
山田悠ミッドナイト・ブルー 茜編
梅津俊紀拝谷雨神考
黒葉雅人宇宙細胞
樽井砂都地球がさみしいその理由~あるいはしたたかな天体
千葉貴博音速シマウマ

・三本木みわ「鍵替記」 → ふみのかとん「鍵替記」
・樽井砂都「地球がさみしいその理由~あるいはしたたかな天体」→書籍化 六冬和生「地球が寂しいその理由」

2007年12月2日に行われた会議の一部抜粋と要約(from 『SF Japan 2008SPRING』
最終候補作品は5作。会議は各選考委員の採点の集計を拠り所に行われた。
 
 

作者名作品名採点
梶尾浅暮小林田中合計
中里友香黒十字サナトリウム6575706090360
三本木みわ鍵替記6565606060310
叡惟匡見エクス・マキナ・ファミリア6065555040270
石田龍顕むしくい6365707050318
黒葉雅人宇宙細胞6865807550338

以下、採点の低い順に意見が交わされる。

1 「エクス・マキナ・ファミリア」 落選

 全ての戦争が仮想現実で行われる近未来。戦うのは、それに適応した少年少女たち。圧倒的な戦果を誇り「機械神の子」の異名をとる康と彰悟はある日、仮想戦場で噂だった「邪神」と呼ばれる謎の存在と遭遇し、敗北してしまう。邪神の正体と目的は何なのだろうか。

小林20歳でこのレベルなら力はある。しかし描写に難があり、具体的に何が起こっているのかつかめない。仮想世界での勝利で現実世界で領土が取れるシステムらしいが、どうしてそれが可能なのか説明が不足している。
田中国家の命運をかけた戦いにしてはありきたりで、しかも戦士たちは普通に学校に通って勉強している。これはおかしい。(この意見に対して、小林と森が主人公たちの14歳という年齢や親との疎遠な関係、特殊な才能を持つ生徒を集めた学校という舞台をして、エヴァの影響を指摘した)
浅暮小林と同意見で、面白いアイデアなのに説明が足りていない。
梶尾設定の部分に説得力が欠けている。今回の選考でこの作品を最初に読んだのだが、全部がこのレベルなら辛いなと思った。その意味でも高く評価は出来ない。
私が20歳の時よりは遙かに上手ですよw
 

2 「鍵替記」 落選

 人の個性や能力を決定する鍵(遺伝子)。それを書き換えてしまう鍵替能力を持つ者が特権階級にいる世界。「鍵主」が王として君臨する国で、王宮を追われた鍵替能力を持つ少女つかねは反体制の一党に拾われる。つかねは予知能力を持つが故に追われ、戦争に巻き込まれていくのだった。

小林他人の能力を替える力を持った王が、その結果有用になった者を臣下にくわえる。非常に面白そうな設定だが、肝心の超能力が全く生かされていない。主人公にしても作中で二回くらいしか、その能力を使っていない。とにかく、もったいない。
田中文章と作品全体のテンションは良いが、エピソードはありきたりでネタを順序だてて組み上げるという点では破綻ぎみ。
浅暮誤字脱字はあまり見あたらず、書き慣れている印象だが、どこか物足りない。
つかねの設定がエマノンそのもの。梶尾さんが選考委員にいる回にこれを応募するのはどうかと。人物、エピソードともに盛り込みすぎで、散漫になっている。バランスが悪い。
梶尾ストーリーそのものより、ちりばめられた小ネタに惹かれた。全体の流れを見ると焦点が定まらず、つかみ所がない。
 

3 「むしくい」 落選

 三葉柚子は指導教官から「昆虫の食品化」の研究を指示され、フルーツフライの幼虫であるハエノコの研究に取り組む。二年後に発表した修士論文がスポンサー支援され、柚子は研究を続けることになる。その成果を国際的シンポで発表したところ、宇宙時代の食料問題解決の手段として着目された。

前半の展開、研究が始まるまでがまどろっこしくて、枚数稼ぎのよう。ラストもおとなしい。文章は上手いので読んでいて苦痛は少なかった。ご都合主義なシンデレラ・ストーリーですね。でも、ネタ的には好きです。
田中蛆を食べる話をここまでほのぼのと書き上げるとは大したものw  すらすら読める上手さはあるが、物語に起伏がない。研究が上手くいかなかったり、それを乗り越えたりすることもなく、期待をはぐらかして、すんなり話が進んでしまう。
小林キャンパスライフを描いたほのぼの小説としては、結構面白く読んだ。科学の面白さという点では広い意味でSFに入るのだろうが、どちらかというと講談社ブルーバックス的な科学啓蒙小説。SF新人賞の対象としては違うかな。
梶尾昔懐かしの学習マンガを読んでいるような気が^^  最初、何のイメージも湧かなかったのだが、だんだん「美味しんぼ」で食通が蘊蓄を語るシーンが浮かんできた。最後に登場人物が全員揃って語り合う場面など、まさに「美味しんぼ」の世界w 私はいかれたグルメというのは大好きなのですよ。(ここで「はい、よく存じ上げておりますw」と編集部員が鋭く突っ込む)虫を食べるグチャグチャを期待したのだが、なかなか出てこないw ほのぼのとするけれど、物足りない。最後まで「美味しんぼ」で終わってしまった。SFの面白さというのは生み出した技術が暴走してしまうことにあるのだけど、この作品ではまったく暴走するところがなかった。
浅暮テーマはSF的だけれど、簡単に言ってしまうと、青春小説だよね。
 

4 「宇宙細胞」 大賞

 南極大陸で、巨大化する単細胞の粘体が発見された。氷床掘削技術者の伊吹舞華は唱和基地で調理師の変死を目撃することで、真実をかいま見る。砕氷艦だいもんで200人の乗員ほとんどが異形化する大惨事が発生。かろうじて生き延びた舞華は巨大粘体の存在と兵器としての威力を知る。その後粘体は暴走し首都を壊滅させる。さらに世界中に散らばり地球をも壊滅させ、宇宙へと飛び出していった。

小林最大の問題点は主人公が途中で消えてしまうこと。人類がどうなったのか(滅亡するのか宇宙細胞に飲み込まれるのか)、よくわからない。主人公の意識が宇宙細胞と一体化して宇宙へ飛び出して行くのならまだ納得がいくのだが、主人公が消えてから生きているのかどうかもわからない。ただ、最後の無茶苦茶な展開は面白かった。地球から細胞が出てきた。さらに他の惑星からも。いろいろな細胞が宇宙空間で戦いを繰り広げながら巨大化していく。そして宇宙を滅ぼしながら、新たな宇宙を創造していく!
浅暮最後の方は昔のB級怪獣映画みたい。細胞を主人公にして物語が作れるという試みは小説にしか出来ない芸当だが、残念ながら壮大さだけでは面白さは感じられない。
田中欠点は多いが、SF的ネタとしては今回一番面白かった。ただ、描写力がないのか淡々としすぎていてイメージがわかなかった。SF的なアイデアは光っているのだが、実際の見た目は「巨大アメーバーの惑星」だねw
梶尾この人は何とかなると思った。技術的に他の候補者より劣っていても、このイメージの積み重ねは評価すべきところがある。宇宙の描写などは凄いと思った。今回の応募者の中で次回作を読めと言われたなら、この人の一段上手くなった作品を読みたい。
SFを書くという意欲が感じられて、好感をもった。アイデアも面白い。ただ、設定に凝りすぎて読むのが結構大変で、ストーリーも面白くなかった部分がある。
 

5 「黒十字サナトリウム」 大賞

 自分が狂っていることに気付いた梶原教授は、自殺するために日露戦争の時に負傷した「霧の原野」を目指す。大陸へ渡り、やがて黒十字サナトリウムへたどり着いた。そこには美少女人形のような看護婦、肺病の日欧ハーフ青年、双子の妹を守るために母親と医師を殺害した東欧青年などが暮らしていた。院長は「復活したキリストの肉体は吸血鬼だ」という説に基づく論文を書いている。そして復活祭が行われたとき、そこでの様々な謎が解き明かされる。

二次選考も含めた選考に関わったこの四年間で、この作品が一番面白かった。心理描写、情景描写に優れ、人間が書けている。美学も感じられた。ただSF度は低く、この賞の候補として相応しいかどうか。
田中登場人物個々のエピソードが似通っていて 、長く感じられた。全ての要素が集約されるわけでもなく、すっきりしない。
梶尾好きな人にはいいのだろうが、自分にはあわなかった。ラストのイメージもよくわからなかった。ひとつひとつのエピソードに魅力があるが、途中ちょっと退屈した。
小林中盤はSF的アイデアを書きたかったのではなく、少年期にトラウマを負った人物を描きたかったのだと思う。その部分に関心のない自分にはあまり面白くなかった。吸血鬼とチェルノブイリの関連が乖離して、リンクしていない。必然性がわからない。
浅暮ムードはよい。 自分の世界をもった書き手だと思う。

そして受賞作品は!

梶尾黒十字サナトリウムか宇宙細胞のどちらかということになるだろうね。
小林どちらも欠点はある。ただ考慮すべきは作品にその瑕を越える力があるかどうかですね。
浅暮欠点はあれど、どちらも落とすには惜しい。一作だけ選ぶで、本当にいいのかな。とにかく黒十字は直す必要があるが。
小林宇宙細胞もやはり手を入れてもらう必要がある。
梶尾書き直しの必要はあるが、この二作は本にして出版したい。新人賞というのはある意味ジャンプ台のようなもので、これを契機に伸びてくれたら。その意味で二作品両方選ぶのもありかな。あくまで書き直しが前提になるが。
浅暮二作に大きな差はないわけですからね。
小林圧倒的に差があるわけではない。
田中甲乙つけがたい。二作とも大賞とするのか、佳作とするのかですね。
梶尾私も今年で委員長を下ろさせていただくわけで、最後に委員長特権として、この二作を今後の期待を含め大賞に推したい。勿論、出版される際には我々が指摘した意見や編集者の指導を仰いで手を加えてもらうという条件で。
一同異論ございません。