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キャンペーン

Last-modified: 2016-09-24 (土) 15:10:27

WIP


今作のキャンペーンでは極東で起きた架空の軍事衝突5つをキャンペーンとしてプレイする事ができます。
初期の配備ポイントが違ったり、限られた兵力で戦わなければいけなかったりするため、普段とは違った楽しみ方ができます。
基本的には段々と難易度が上がっていきますが、それぞれのキャンペーンは独立しており最初から一つ一つやる必要は必ずしもありません。


f_ROK.png 釜山包囲戦 Busan Pocket(1987) Edit

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  • あらすじ
     1987年6月、韓国の独裁者、全斗煥(チョン・ドゥファン)の任期の終わりが近づいていた。彼は輝かしい退任の仕方を考えていたが、それは当時虐げられ弾圧されていた学生たちや革新派の怒りに火をつける結果となってしまった。国内でデモや学生運動が頻発し、ソウルは大騒ぎになる。しかも北朝鮮側は韓国の事態を把握していた。南側に潜り込んでいた工作員の煽動により混乱はますます手が付けられなくなり、ついには韓国軍に対し民衆への発砲許可が決定された。街は悲鳴と怒号で溢れかえった。
     そんな中、当時の北朝鮮の指導者、金日成(キム・イルソン)は朝鮮半島の統一を決断。ソウルへの砲撃の後、朝鮮人民軍が奇襲攻撃を開始した。最初の防衛線はあっという間に突破され、韓国軍と在韓米軍は釜山とその周辺にまで追い詰められてしまった・・・・。米軍艦隊の支援が来るのは三日後。果たして韓国軍と在韓米軍は朝鮮半島の資本主義国家を守り抜くことが出来るのか・・・・・?

・全斗煥の時代は、実際に韓国国内でデモや学生運動が頻発していた。そして政権側はそれを武力で弾圧したり、捕まえた人間を再教育施設にぶち込んだりとかなり殺伐とした状況であったようだ。さらに北朝鮮の工作員が暴動を煽動するということも実際あった様で、まかり間違えばゲームと同じ状況になり得かねなかったのだ。

攻略

f_CH.png 熊 VS 龍 Bear VS Dragon(1979) Edit

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  • あらすじ
     1978年11月、ソ連とベトナムは中国への抑止力として相互援助条約を締結。およそ二ヵ月後の1978年12月25日、ベトナムは中国の友好国カンボジアに侵攻。クメール・ルージュ(カンボジア共産党)を駆逐して同国の大部分を支配下に置く。
     これを中国のトップ小平はアメリカ大統領のジミー・カーターと会談し、ベトナムへの制裁の可能性を探った。更に中ソ相互援助条約も破棄し、中国とソビエトの関係は悪化した。1979年2月17日、中国軍はカンボジアを侵攻したベトナムに対する「懲罰」として、そしてソ連に対し「手を出すな」という意思表示としてベトナム攻撃を開始した。中越戦争の始まりである。
     これに対し、ソ連軍は艦隊や戦車部隊を中ソ国境に派遣し緊張は更に高まる。中国軍が大きな被害を出したこともあってベトナムへの攻撃は止まってしまった。このままでは新たな前線が中ソ国境に構築される。下手すれば中国はベトナムとソ連に挟み撃ちにされてしまう・・・・。それを危惧した中国はソ連軍に対し奇襲攻撃を敢行。朝鮮半島の盟友北朝鮮も戦列に加わって、目指すは軍港都市ウラジオストクの制圧だ!!・・・・しかし中国軍の装備は何から何まで、今牙を剥こうとしているソ連のコピー・・・・。本当に大丈夫なのか!?

・中越戦争までは実際にあった話である。大義名分は我らにあるとして意気揚々とベトナムに突っ込んだ中国軍だが、待ち構えていたのはベトナム戦争で経験を積んだ屈強な兵士と以前中国軍が供与した兵器だった。しかも南ベトナム軍から接収したアメリカ製近代兵器すら持ち出され、中国軍はフルボッコにされた。この戦争で危機感を感じた中国は軍の近代化にいそしむようになる。また、ベトナム人の中国人に対する感情が悪いのはこの戦争の所為であるとも言われている。

攻略

f_UK.png オリエントの首飾り Pearl of the Orient (1984) Edit

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  • あらすじ
     1982年6月、「鉄の女」マーガレット・サッチャー率いるイギリス軍はフォークランド戦争においてアルゼンチンを粉砕し、その国内での人気は最高潮に達していた。そんな中の同年9月、北京で小平と会談していたサッチャーは香港の返還延長を要求した。それに対し、中国側は「武力をもってしても香港を奪還する。」との意思を表明。1983年、返還に関する交渉は一年間続いたが、全く進展がなかった。その後半年かけて、中国とイギリスは香港を巡って軍備を拡大させていく。「鉄の女」は一歩も引かず、英国連邦諸国と交渉しその一部を協調させることに成功した。
     1984年4月19日、遂に外交での解決は失敗し、戦争が始まる。香港に向けて中国人民解放軍の奪還部隊が急速に南下しつつあった。果たして英国は、東アジアにおける権益を守り抜けるのか・・・・・。

・史実では香港返還はサッチャーが中国の主張に対し「戦争してまで香港を守りぬく価値ってあるのかしら?」と思ったことや、英中両国の会談が長く続けられたこともあって、1984年12月に共同声明が発表され1997年には香港が中国の特別行政区として返還された。
 だがそれでも長らく英国の植民地であった香港は、中華とイギリスの溶け合った独特の文化を持ち、煌びやかな夜景が観光客を楽しませる観光都市や金融都市としての側面を持つ。道行く人々も本土側の中国人とはまた違った考え方をするし、オリンピックも中国とは別のチームで入場する。制度も法律も中国本土とは大きく違っている。小平が提示した一国二制度を基に、今後2047年までは本土側のような社会主義政策を行わないという考えの下運営されているため、完全な同化は行われていないのだ。

攻略

f_USSR.png ナロードナヤ山登れ Climb Mount Narodnaya(1984) Edit

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  • あらすじ
     1945年より続く北方領土問題は、ソ連と日本の外交関係を完全に冷え切らせていた。
     1979年に入り、極東ソ連軍は北方領土方面の駐屯部隊を増員し、日本は防衛費を増加させることで対抗した。その後も在日米軍のF16配備決定に対して、ソ連軍は欧州配備のSS-20弾道ミサイルを極東へ再配備する、日本国首相の「不沈空母」発言に対し、ソ連は「核の時代に不沈空母はあり得ない」と返答する 等、日ソ間の対立は深まっていった。
     1984年11月、日本海で実施された日米共同軍事演習では、演習艦隊がウラジオストクから500海里の距離まで近づき、ソ連軍が厳戒態勢に入る騒ぎとなった。活発な自衛隊及び米軍の活動を、ソ連海軍諜報部隊・ソ連政治局は「ソ連への攻撃が刻一刻と迫っている」ものだと判断。モスクワは、遂に日本に対して先制攻撃を行うことを決断した。
     そして1984年12月6日、日本侵攻作戦発動暗号文「ナロードナヤヤマノボレ」がソ連の攻撃部隊に受信され、複数個の海軍歩兵師団、及び空挺師団に攻撃命令が下された。夜明けとともにソ連空挺部隊は日本に上陸を開始し、同時に北方領土の機械化部隊も移動を開始。日本への奇襲は成功し、大阪以東の地域を完全に占領下においた。しかし日本へはエンタープライズを旗艦とした第7艦隊が、強力な上陸部隊を従えて急速接近している。本格的な逆上陸が始まる前に、残存の自衛隊・在日米軍を蹴散らし、中国・四国・九州の空港を抑え、占領を盤石のものとしなければならない。核戦力抜きの限定戦争とはいえ、ソ連軍は米軍 そして自衛隊に打ち勝つことはできるのだろうか?

・北方領土問題は、今も解決に至らないロシア(ソ連)との国際問題である。史実では当然日本への侵攻は発生しなかったわけであるが、実際には極東ソ連軍が日本に上陸・侵攻する能力を持っていたかというと、北海道すら手中に収めることができたか怪しかった。しかしこれは航空機・揚陸艇の不足によるものであり、地上戦力は膨大な数を有していたし、ミンスクを中心とした極東艦隊、バックファイア爆撃機やSS-20弾道ミサイル等の核戦力が睨みをきかせており、危険な相手であることに変わりはなかった。

攻略

f_NATO.png 第二次朝鮮戦争 Second Korean War(1992) Edit

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  • あらすじ
     1989年、東欧革命の波は収まるところを知らず、ついに東ドイツにおいてベルリンの壁が崩壊した。ソ連にとって重要な同盟国である東ドイツが崩壊しようとしているにもかかわらず、「ペレストロイカ」「シナトラ・ドクトリン」を掲げるゴルバチョフ書記長は駐留するソ連軍を動かそうとはしなかった。
     1991年、とうとうワルシャワ条約機構が崩壊。ソ連の急速な解体を危ぶんだ共産党保守派・KGB・ソ連軍保守派はゴルバチョフを政権の座から引きずり下ろし、更にロシア共和国のエリツィン大統領ら改革派を一掃することを画策し始めた。
     その年の8月、クーデターが実行に移され、成功した。ゴルバチョフやエリツィン、その他改革派は次々と投獄され、クーデターを実行した保守派は国家非常事態委員会を組織し、ソ連の実権を握った。
     1992年までにソ連軍はバルト海沿岸の重要な港湾都市を占領したが、旧ワルシャワ条約機構加盟国を呼び戻すことはできなかった。そこで、ソ連は中国や北朝鮮など東アジアに残っていた共産主義国との関係を強化することを画策、両国に対し軍事支援を強化した。だが、この動きを西側諸国が黙って見ているはずがなかった。南北朝鮮のDMZ(軍事境界線)付近の警戒が強化され、さらに日本海には空母USSエンタープライズを中心とする機動艦隊が展開した。
     だが、突如としてエンタープライズがソ連潜水艦からの雷撃を受け航行不能になる。そして、機動艦隊にはソ連艦隊が迫りつつあった。さらに38度線の北側でもなにやら不穏な動きが見え始め・・・・・。

・第二次朝鮮戦争は「起こるぞ起こるぞ!」と噂になれど、未然に済んでいる想像の中の戦いである。いろんな所で題材にはなっているが。というのも、どちらにとっても今のところあまり利益にならないからである。ソ連が崩壊している今、北が攻め込んでも装備が充実している韓国軍と米軍にぶっ飛ばされるのは彼らのトップが一番良く分かっているだろうし、南としてもそんなことが起こればゲームのようにソウルが世紀末な状態となる。勝っても人的損失は計り知れないだろう。と言うわけで、未だに両国が(自分達の都合のいいように)悲願としている「高麗共和国」は出来ていない。

攻略