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N1K1-Ja

Last-modified: 2017-05-18 (木) 11:43:08

日本 RankIV 戦闘機 N1K1-Ja/紫電一一型甲 Edit

shot 2016.06.11 21.09.06.jpg

解説 Edit

概要 Edit

1.59で追加された新機体

特徴 Edit

紫電改の改良前の機体なのだが、速度、上昇、火力など殆どの部分で紫電改を上回る性能を持つ。
ただ1つの欠点は20mmの装弾数が、零戦と同じように、一門100発しか無いことである。乱戦に突っ込もうならば早々に弾切れを起こし歯痒い思いをするだろう。

立ち回り Edit

【アーケードバトル】
要編集

#br
【リアリスティックバトル】
要編集

#br
【シミュレーターバトル】
要編集

機体情報(v1.53) Edit

基本情報 Edit

必要研究値(RP)70000
機体購入費(SL)230000
乗員訓練費(SL)65000
エキスパート化(SL)***
エース化(GE)***
エース化無料(RP)***
バックアップ(GE)30
護符(GE)***

BR・報酬・修理 Edit

項目(初期⇒最終形)
【AB/RB/SB】
バトルレーティング5.3 / 5.7 / 5.0
リワード(%)110 / 360 / 400
研究値ボーナス(%)+60
最大修理費(SL)2810⇒3664 / ***⇒15357 / ***⇒32890

機体性能 Edit

項目(初期⇒最終形)
【AB/RB/SB】
最高速度(km/h)633⇒687 / 616⇒657 / ***⇒657
(高度5300m時)
最高高度(m)10000
旋回時間(sec)19.2⇒18.8 / 20.1⇒19.0 / ***⇒19.0
上昇速度(m/s)9.8⇒29.3 / 13.0⇒17.8 / ***⇒17.8
離陸滑走距離(m)300
毎秒射撃量(kg/s)4.47

武装 Edit

分類名称搭載数装弾数搭載箇所
機銃7.7mm
九七式
21100機首
機関砲20mm
九九式二号
4400翼内

弾薬 Edit

武装名ベルト名内訳費用(SL)
7.7mm
九七式
既定T/AI/Ball/AP/I-
汎用T/AP/AI/AP80
曳光弾T/T/T/AP80
ステルスI/AP/AP/AP/AI110
20mm
九九式二号
既定T/FI/FI/AP-I-
汎用HEF-T/HEF/HEF/AP-I60
地上目標AP-I/AP-I/AP-I/AP-I/HEF/HEF-T60
曳光弾HEF-T60
ステルスHEF/HEF/HEF/AP-I/AP-I90

追加武装 Edit


名称
(爆薬量)
種類


影響【AB/RB/SB】費用
(SL)
搭載条件備考*1
最高速度
(km/h)
上昇速度
(m/s)
旋回時間
(sec)
B60kg
九七式六番
陸用爆弾
2-**/-**/-**-**/-**/-**+**/+**/+**40mod20合計搭載量
120kg
(爆薬量46kg)

機体改良 Edit

解説ページを開く

Tier名称
I胴体修理
ラジエーター交換
タレット**mmベルト
プライマリ**mmベルト
IIコンプレッサー交換
機体交換
新しい**mmマシンガン
新しい**mmマシンガン
III翼修理
エンジン交換
プライマリ**mmベルト
IV**オクタン武器貸与燃料使用
新しいエンジン噴射
カバー交換
新しい**mm機関砲
△△

スキン Edit

△△△
[添付]
条件-
説明標準スキン
△△△
[添付]
条件
説明

派生 Edit

前機体A7M2
派生機体N1K2-J
次機体J2M3

過去の修正 Edit

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史実 Edit

1941年(昭和16年)末、川西航空機(以下、川西)は水上機の需要減少を見込み、川西龍三社長の下、次機種制作を討議した。川西社内で二式大艇の陸上攻撃機化、新型艦上攻撃機開発、川西十五試水上戦闘機(「強風」)の陸上戦闘機化の三案を検討した結果、十五試水上戦機陸戦案が決まった。川西の菊原静男設計技師は12月28日に海軍航空本部を訪れ、技術本部長多田力三少将に計画を提案。三菱で開発の進められていた局地戦闘機「雷電」と零戦の後継機「烈風」の開発遅延に悩んでいた日本海軍は川西の提案を歓迎し、その場で承認された。しかし海軍技術者から陸上機製作の経験が浅い川西の技術力に対して疑問の声があがったため審議会が開かれ、1942年4月15日に「仮称一号局地戦闘機」として試作許可を受けた。

完成を急ぐため可能な限り強風の機体を流用することになっていたが、実際には発動機を「火星」から大馬力かつ小直径の「誉」へ換装したこと、尾輪を装備したことなどから、機首部の絞り込みや機体後部が大幅に変更されており、そのまま使用できたのは操縦席付近のみであった。しかし主翼については、車輪収容部分を加えた他はほぼ原型のままで、翼型も航空研究所で開発されたLB翼型(層流翼)が強風より引き継がれている。自動空戦フラップも装備していたが、初期段階ではトラブルに見舞われた。

1942年(昭和17年)12月27日に試作一号機が完成し、12月31日に伊丹飛行場で初飛行を行ったが、当初から「誉」の不調に悩まされた。川西は「紫電ではなくエンジンの実験だ」という不満を抱き、志賀淑雄少佐(テストパイロット)も「完成していなかった『ル』(誉の略称)の幻を追って設計された」と述べている。搭乗員の岩下邦夫大尉はエンジンの不調と共に紫電の操縦席に排気ガスが入ってきて苦労したという。

紫電は「強風」の中翼形式を継承しており、主脚の寸法を長めに作らねばならなかった。そこで主脚に二段伸縮式の構造を採用した。試作型では主脚を縮めるのに1-2分かかり、後に20秒に改善された。ブレーキの効きが左右で違うこともあり、ベテランパイロットであっても安心して着陸できなかった。(脚部収納にかかる時間は、零戦12秒、紫電改9秒) また着陸時に油圧で二段式に縮めて格納する引き込み脚部のトラブルにより、343空戦闘301隊では1945年1月1日から8日にかけて、3日に1機の割合で脚部故障により紫電を失っている。

これらに起因する離着陸時の事故の多発、前方視界不良、米軍新鋭機に対する速度不足などの問題は紫電につきまとった。計画では最高速度653.8km/hを出すはずだったが、実測値は高度5,000mで570.4km/hであった。上昇力は6,000mまで5分36秒 、航続距離(増槽なし)全力30分+巡航(高度3,000m、360km/h)で2.8時間という性能だった。速度低下の原因は、100オクタン燃料(有鉛)のかわりに92オクタン燃料を使用したこと、翼下面に20mm機銃をおさめたポッドを装着したことによる抵抗力の増大等が指摘される。しかし試作機は、問題未解決のまま1943年(昭和18年)7月24日に軍に領収され、8月10日に「紫電一一型」として量産が命じられた。これは、従来の海軍主力戦闘機である零戦では米英軍の新鋭戦闘機に太刀打ちできなくなってきたこと、ようやく完成した局地戦闘機雷電の実戦配備が遅れていたことが主な原因である[20]。だが、紫電の操縦参考書には「紫電は強風を急速に陸上戦闘機に改設計したものだから、計画と設計の不備により、改善の余地大なり」と記されていた。

小ネタ Edit

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外部リンク Edit

 

WarThunder公式英語Wiki

 

WTフォーラム・データシート

 

インターネット百科事典ウィキペディア

 

コメント Edit

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*1 爆薬量はTNT換算