その六

Last-modified: 2010-01-26 (火) 18:18:43

 この屋敷へ外部の者が来た時の恒例行事なのだろうか、これ。

 

 数秒後には目の前の繰り広げられるであろう展開を想像しながら、流は苦笑しつつ思案した。

 先ほど屋敷に到着した迷路は、現在この居間へ向かって廊下を進んでいるはずだ。

 流と同じように、迷路だってこの屋敷で迷うはずは無いのだから。

 

 まぁ、それはいい。

 問題はそんなことではない。

 別に迷路がここへ向かっている事自体は何らおかしいことではないのだから。

 

 だから、現在の問題はと言えば、

 

「くふふ……」

 

 この、怪しい笑い声を携え、廊下へ続く扉の前にタックル準備をして構えている少女である。

 ……それが誰とはもはや言わずもがなだろう。

 というか、さっきの出来事を反省していないのにはもはや誰もツッコまないのは、一種の慣れというやつなのだろうか。

 

 そして、ついに扉の前に足音が到着する。

 何も知らない扉の向こうの迷路は、扉へと手を掛けて――。

 

「失礼する――」

「ぽんおじさーんっ!」

 

 ――尊い犠牲となった。

 

 

 

「何故、誰も止めない」

 

 それが、起き上がった迷路の第一声である。

 後頭部から床に倒れたはずなのだが、痛み素振りを全く見せなかったのはある意味尊敬に値した。

 ついでに言うなら、迷路はその胸に飛び込んできた小雨もしっかりキャッチしていたりする。

 

「えっと……、この屋敷を訪れる際の恒例行事と思えばいいのかと……」

「……あぁ、そういう場所だったなここは」

 

 呆れ顔。

 半年振りで忘れていただけで、もしかしたら以前にも同じ目にあっているのかもしれない。

 

「いらっしゃいませ、ぽん様」

「ぽんおじさん、久しぶりっ!」

「あぁ、久しぶりだな。二人とも」

 

 小雨を抱えたまま迷路は立ち上がる。

 その後頭部には瘤すら無かったのだが……まぁ気にしたら負けなのだろう。

 

「サメも、久しいな」

「あぁ、久しぶり。ぽんさん」

 

 おそらくは、この中で最も付き合いの長い二人はお互いにそう笑い合う。

 

「まぁ俺もこの歳になると、半年もそうそう長くは感じられないのだがな」

「言わないでくれ」

 

 歳を取れば取るほど、時の流れは早く感じる。

 そんなことを思っての言葉なのだろうが、実際のところは歳を取ったことを嘆いているだけなので、サメも苦笑を浮かべるしかない。

 

「とりあえず、ぽん様もお座りください。お客様を立たせたままなのも申し訳ないですから」

「では失礼しよう」

 

 昴の言葉に従って、迷路は先ほどまで小雨が座っていた流の隣へと腰を下ろした。

 

「それにしても、流が来ているとは思わなかったな」

「商店街の方で小雨ちゃん達に会いまして、そのまま成り行きで」

「あぁ……妙に押しに強い部分あるからな、この屋敷の者達は」

 

 その言葉に、小雨を除く一同は苦笑。

 とりあえず全員にその自覚はあるらしい。

 ……それでもなお、それを抑制しないのも如何なものだと思うが。

 

「ところで、秋蘭はどうしたんだ? さっきから姿が見えないが」

「セバスチャンでしたら――」

「先程まで料理の下ごしらえをしておりましてな。顔を出せなかったのです。……お久しいですな、ぽん殿」

「あぁ、久しぶりだ。秋蘭」

 

 いつの間にそこにいたのだろう。

 皆が振り返った先。

 廊下への扉が音もなく開けられており、秋蘭はそこに立っていた。

 

「流お嬢さまも、お久しぶりですな」

「えぇ、久しぶりです。相変わらず元気そうで安心しました」

「まだまだ若い者には負けていられませんからの」

 

 そう言って軽く力瘤を作って見せるその姿は、どう見ても初老の執事のそれではなかった。

 

「ところで秋蘭、もう下ごしらえは済んだのか?」

「おおそうでした、そのことを昴に伝えようと思って来たのです」

「では、ここからは私の仕事ですね」

 

 秋蘭のおかげで、昴も休憩をすることが出来た。

 となれば、それに答えなければ失礼というものだ。

 

 ……まぁ、もっとも初めから手を抜く気なんてないのだが。

 久しぶりに会う知り合いをもてなすための料理。

 腕が鳴るに決まっている。

 

「何か昴が燃えてる……」

「……まぁ、いいだろう、別に」

「やっぱり懐かしいな、こういう光景も」

「あはは……」

「まぁ昴のことですから……火事とかは心配せずともよいでしょう」

 

 そんな十人十色の意見が飛び交うも、既に昴は聞いちゃいなかった。

 普段は真面目なメイド。

 だが一度火が付くとなかなか鎮火はしない、厄介な性格の持ち主なのであった。

 

 閑話休題。