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SKYLINE Hardtop 2000 TURBO INTERCOOLER RS-X (R30)

Last-modified: 2017-10-03 (火) 23:21:52

基本スペック Edit

駆動方式[FR]/ミッション[5速] 1981年発売開始
初期馬力[205ps]/カーナンバー:19-90
nissan_03.jpg

全長:4,620mm
全幅:1,675mm
全高:1,385mm
最高速度:350km/h

モード別カテゴリー称号
ST無敗【首都高無敗】
ワンメイクバトル【鉄仮面キング】
エンジン形式バトル【直4選手権】
期間限定首都一TA・1【伝説のR30】
期間限定首都一TA・2【俺の鉄仮面】

備考:通称「鉄仮面」の名を持つ6代目スカイラインの後期型モデル。

 

車幅は全車種中第8位の狭さなのに何故か当たり判定がかなりシビア擦り抜けの際に気を遣う必要がある。 また、インに攻め気味に走るとフロントをぶつけやすい。

 

なおコーナーでは持ちこたえが効かず、アンダーが出やすい。 FRの性能がモロに出た車種である。
対接触性能もあまり強くない。

Z32同様に、下手したら日産車の中で戦闘力最弱と言っても過言ではない
初心者にはおすすめ出来ない車のひとつ

腕に自信のある上級者向けの車である。

やはり性能の問題や、他のスカイラインシリーズが強いからか、使用者数はかなり少ない。


選択可能カラー Edit

レッド×ブラック
ガンメタリック×ブラック
ホワイト
レッド×ガンメタリック

追加カラー Edit

1回目イエロー21回目レッド×ブラック2
2回目ガンメタル22回目シルバー×ブラック
3回目ブルーメタリック23回目ホワイト2
4回目ゴールドメタリック24回目レッド×ダークグレー
5回目ワインレッドメタリック25回目イエロー×ダークグレー
6回目ホワイト×ブラック26回目ピンク2
7回目コーラル27回目ペールグリーン2メタリック
8回目ペールブルーメタリック28回目ベージュメタリック2
9回目ピンク×ブラック29回目ダークグリーン2
10回目ライトベージュ×ダークレッド30回目イエロー3
11回目ダークブルー×シルバー31回目オレンジ
12回目オレンジ×ブラック32回目レッド×ダークレッド
13回目オリーブ33回目グリーン×ブラック
14回目グリーンメタリック34回目スカイブルー
15回目ダークパープルメタリック35回目ピンク×ホワイト
16回目ペールピンク36回目ダークブルー×ライトブルー
17回目マルーン237回目ピンク
18回目ミントグリーン38回目ライムグリーンメタリック
19回目レッドメタリック39回目ダークレッド×ライトベージュ
20回目ライトイエロー×ブラック40回目ダークグリーン×オレンジ

エアロパーツセット Edit

A:当時の流行りのスタイルを意識したエアロ。
PLC_R30_A_FRONT.jpg
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B:ライトポッドがつくラリー風。
PLC_R30_B_FRONT.jpg
PLC_R30_B_REAR.jpg

C:次モデルであるR31型のGTS-R及びグループA仕様を意識したエアロ。
前後バンパーやフェンダーの形状が実際とは異なる。
AE86などと同じくツートンカラーでなくなる。 これまた旧車によくあるオイルクーラー外出し。
PLC_R30_C_FRONT.jpg
PLC_R30_C_REAR.jpg

D:
PLC_R30_D_FRONT.jpg
PLC_R30_D_REAR.jpg

E:
PLC_R30_E_FRONT.jpg
PLC_R30_E_REAR.jpg

F:純正の下回りを強調したエアロにGTウイングがつく。
PLC_R30_F_FRONT.jpg
PLC_R30_F_REAR.jpg

G:Aに対しリアディフーザーなどの現代風のエアロ
PLC_R30_G_FRONT.jpg
PLC_R30_G_REAR.jpg

H:80年代に活躍した、スカイライン・スーパーシルエットを意識したと思われるエアロ。
車種別ウイングBとダクト付きボンネットBが良く似合う。

R30H.jpg

ダクト付きボンネット Edit

A:
R30ボンA1.jpg
R30ボンネットA2-1.jpg

カーボンボンネット(ダクト付)1:
R30カーボンボンネット1-1.jpg

B:「西部警察」のマシンRS-1・RS-2風、またはスカイライン・スーパーシルエット風の、左右端に垂直の整流用フィンが立ったエアロボンネット。
R30ボンネットB1.jpg

C:縦にギザギザしたダクトがつく。
R30ボンネットC1.jpg

D:
R30ボンネットD1.jpg

カーボンボンネット(ダクト付き)2:端がカーボンになる。
R30カーボンボンネット2.jpg

カーボンボンネット(ダクト付き)3:
[添付](画像求む)

車種専用ウィング Edit

A:ハコスカの車種別ウイングAと同じ板ッパネウイング。
R30車種別A1.jpg

B:スカイラインスーパーシルエットのウイング。
R30_WING_B.jpg

C:ドラッグウイング。
R30_WING_C.jpg

エアロミラー Edit

旧車御用達、ビタローニ製の丸いエアロミラー。

R30ミラー1.jpg

カーボントランク Edit

R30トランク1_0.jpg

ワークスステッカー Edit

スーパーシルエット・トミカスカイライン風、カラーが赤×黒固定になる。
純正のレッド×ブラックに比べ、少し赤が濃くなる。

R30wks.jpg

サイドステッカー Edit

[添付]

雑記 Edit

  • カメラアングルのせいでハコスカやJZA70のように三人称視点のボディが大きく見えすぎる。
  • 湾岸マキシ収録モデルの正式な型式名は、E-KDR30。この車に搭載されているFJ20型エンジンは、一般的な量産エンジンと違い、熟練の職人が経験に裏打ちされた技術で、ひとつひとつ手作業で組み立てていた。
    そのため市販車用エンジンとしては、かなり高い完成度を誇っている。*1
    また、FJ20型はKPGC110型ケンメリGT-R搭載のS20型以来8年ぶりのDOHCエンジンであったため、GT-Rの名称を望む声も多かったという。*2
    このように、GTーRの再来と持て囃された同車だが、ドアインサイドハンドルはこの頃らしくメッキ仕立てであったり、ハンドルコラムの裏側に小さなランプがあり、左側のスイッチを照らしていたりと、細部の一つ一つにまで気を使い、コストと手間を掛け、品質に拘って開発されたことがよく分かる。

特に、このRSーXはRSの中でもパワーウィンドウ・パワーステアリング・電子制御ATなどが標準装備されている豪華グレードで、特徴的なルーフのアンテナは、室内から角度を調整することができる。
なお、本車は「スカイラインの父」として有名な桜井眞一郎氏が、最後に開発責任者を務めたスカイラインである。*3

  • また、先述のケンメリから始まり、現代のGT-R (R35)まで続く、特徴的な丸型四連テールランプのデザインは、この鉄仮面で確立された物と言えるだろう。*4
    また、このモデルからリアのサーフラインが無くなった。しかしボディー全体でサーフラインを表現しているとのこと。*5
  • その他のスカイラインの例に漏れず、代表作である特撮ドラマ「西部警察」をはじめとして、PS1の「レーシングラグーン」PS2の「首都高バトル0」「グランツーリスモ4」といった、様々なメディア作品に登場しており、今なお人気の根強いモデルである。
    ちなみに、首都高バトル0とグランツーリスモ4では、前期型と後期型の2種類が用意された。*6
  • RSの純正コンピュータはプログラミング精度が低く、そのまま追加インジェクターでチューンすると、シフトチェンジをする度に、マフラーからアフターファイアを吐き出していた。*7
  • 現在では、パルサーGTI-Rや、S13・14・15シルビア用のCPUを流用する方法や、純正コンピュータを後付けのフル・コンピュータで置き換えて、セッティングをやり直すという方法が確立されており、こうしてきっちりチューニングされたRSは、今なお一線級の速さを見せる。*8
  • 5代目である「ジャパン」ことC210型スカイラインを発売していた頃、ライバルのトヨタ・セリカはキャッチコピーを「名ばかりのGT達は道をあける」としていた。
    これは当時、既存のエンジンにターボをつけただけのスカイラインに対し、セリカは2バルブではあるもののDOHCを採用しており、明らかにライバルであるスカイラインを意識した内容だった。
    しかし、1981年8月に発売されたDR30型スカイラインRSは、DOHC 4バルブを搭載し「国産車唯一の4バルブDOHC/4バルブなしにDOHCは語れない」というキャッチコピーで売りに出され、2Lクラスで最強を誇った。*9しかし、この当時としてはパワーが大きい為、ディラーの営業マンには、「納車すると1週間で帰ってくる車」と呼ばれた。*10また矢継ぎ早にマイナーチェンジを繰り返した為、顧客からの苦情も多かったそうだ。
  • そしてこのKDR30も、スカイラインとは切っても切れない縁のあるサーキットレースで大いに暴れまわった。
    当時、熱狂的な人気を誇っていた富士グランチャンピオンレース*11のサポートレースとして開催されていた、富士スーパーシルエットシリーズ*12に1982年5月から参戦。
    パイプフレームで構成された、市販のスカイラインRSとは殆ど別物の車体に、空力効果の獲得を狙った巨大なフロントスポイラーや厳ついダクトが幾つも設けられたボンネットフード、大きく張り出した箱型のオーバーフェンダーとサイドスカートに巨大な門型リアウイングという凄まじい威圧感と迫力を持つエアロパーツで武装し、エンジンを市販モデルのFJ20型から、四気筒のL型をベースに開発された2L直列四気筒DOHCターボのレース用エンジン「LZ20B型」をフロントミッドシップに搭載した怪物、「スカイラインRSターボ・スーパーシルエット」としてサーキットへ舞い戻った。
  • 旧ハセミモータースポーツ・現NDDPの長谷見昌弘監督の駆る、このスカイライン・スーパーシルエットは、サイドに設けられたマフラーからド派手なアフターファイアを吐き出しながら疾走するその姿から圧倒的な人気を獲得し、同じくシルエットフォーミュラ規定に則って開発された、星野一義氏の駆るS110型シルビアや柳田春人氏の駆る910型ブルーバードと共に「日産ターボ軍団」「火を噴く三兄弟」と称され、BMWM1 (E26)と熾烈な争いを繰り広げた。
    その人気は、本来のメインレースであるグラチャンを上回るレベルで、今もなおスカイラインRSといえば長谷見監督の駆るシルエットフォーミュラを思い浮かべるファンが存在する程である。
  • 因みに、このスカイラインRSターボ・スーパーシルエットは、後に屋根やボディの高さを低くしての空力改善・低重心化等の更なる大手術を受けて、世界唯一のフロントエンジン・レイアウトのGr.Cレーシングカー「スカイライン・ターボC」として生まれ変わり、ポルシェ・956やジャガー・XJR-9といった純粋なプロトタイプ・レーシングカー達のひしめくGr.Cレースへと殴り込みを掛けた。
    ドライバーはスーパーシルエットに引き続き、長谷見昌弘監督が務めたが、流石にシルエットフォーミュラベースでは無理があった*13のか、毎レース完走もままならず、散々な成績で終わってしまったらしい。
    ただ、それでもシルエット・フォーミュラ、そしてスカイラインの雰囲気を色濃く残したスタイリングからか、その人気は根強いモノがあり、当時無敵を誇っていたポルシェ・956よりも人気だったとか。
  • 本車はドリフトスピリッツにも登場しているが、湾岸マキシとは違いSKYLINE RS-X Turbo Cと表記されている





*1 例として、任意のエンジンブロックにどのピストンを選ぶか?さらには嵌め込むピストンリングはどれを選ぶか?など。また、FJ20のベースエンジンは、H20型という商用車用エンジンであるがため、重たいが、頑丈である。
*2 GT-Rの名称がつかなかった理由は、開発主管の桜井眞一郎氏の「4気筒モデルである以上はGT-Rとは命名できない」という考えから。そのためRS(レーシングスポーツ)というグレード名となった。
*3 厳密には、7代目のR31型スカイラインも途中まで開発責任者を務めていたが、開発終盤の運輸省(現在の国土交通省)に型式申請をする直前、病に倒れて入院することとなり、急遽後継者としてプリンス自動車時代からの仲間で、桜井氏の一番弟子である伊藤修令氏にバトンタッチした。余談だが、その後発売された「セブンス」「都市工学スカイライン」ことR31型スカイラインは、本車と比べて大型化したボディや高級志向に振られた部分が、歴代のスカイラインファンや自動車評論家などの各界から不評を買ってしまう結果となり、後継者の伊藤氏は直接開発指揮を取っていないにも関わらず、不満をぶつけられる形となり悔しい思いをしたという。そのため、8代目であるR32型スカイラインでは、伊藤氏が開発スタート時から直接指揮を取り、「これが私のスカイラインだ」と胸を張って言えるモデルに仕上げたと言われている。
*4 開発時、テールランプの処理で相当悩んでおり、スタイリングに影響を与えない解決策が見つかった為に採用されたが、ド派手なエアロパーツで武装され、スタイリングが大幅に変わったスーパーシルエットにも採用されたことを見ると、当時からスカイラインの象徴の一つだったのかも知れない。
*5 スカイラインらしさを残す為だそうだ。また、トレッド拡大の必然から従来のサーフラインの採用が難しかったということもある。
*6 なお、前期型の愛称は「3本グリル」「ニューマン・スカイライン」鉄仮面は後期型で、フロントマスクのデザインが前期型と異なる。また、前期型と後期型はテールランプの形状も僅かに異なっており、後期型はテールランプのカバーに横線があるが、稀に前期型へ後期型用のテールランプを移植している個体も存在する。
*7 ノーマルでもコンディションによっては、信号待ちで停止中にエンストしてしまうことがあったらしい。
*8 つまり、お粗末な制御系と貧弱な脚回りさえどうにかなれば、BNR34のフルチューンよりも最高速が伸びる。事実、オプション誌で330.2劼魑録したKDR30が存在する。その個体はフロントの脚回りにS14型シルビア、リヤにBNR32型スカイラインGTーR用の脚回りをメンバーごと移植。エンジンはOS技研・2.4Lキット+トラスト・T88-33Dタービン仕様で、設定ブーストは1.6kg/cm。コンピュータはHKSのF-CON V-pro単体で制御。ミッションは同じくHKS製の6速ドグ。ちなみにメーターで330km/hを確認してアクセルを抜いていたそうなのでまだまだ記録は伸びるはずだ。さらに、最大許容ブースト圧が2.0kg/cmなので、ブースト圧にもまだ余裕がある。普段はゼロヨン仕様で、タイムはオーナードライブで10秒フラット。
*9 当時のトヨタと日産はお互いを意識するようなキャッチコピーを多々使用(カローラとサニーの『プラス100ccの余裕』vs『隣の車が小さく見えます』等)していた。
*10 事実、大半は事故ってディラーに帰って来たとのこと。
*11 富士GC・グラチャンの略称で有名な、プロトタイプレーシングカーとツーリングカーの混走レース
*12 FIA-Gr.5規定に則って制作された、市販車両ベースのレーシングカーによるレース。この規定によって制作された車両は、外観の面影以外は市販車と全くの別物といえるレベルの大幅な改造が施され、「これは市販車の皮を被ったフォーミュラカーだ」と言われたコトから、シルエット・フォーミュラと呼ばれた。「外観に市販車の面影を残した、中身は純粋なレーシングカー」という点では、SUPER GTのJAF-GTマシンに通ずるモノがある。
*13 排熱処理等の熱対策が上手く行かなかったらしく、コクピット内はレーシングシューズの底面ラバーが溶ける程の灼熱地獄で、レースが終わった後にドライバーの長谷見監督は足を冷やす必要があったとか