Short Story

Last-modified: 2024-04-25 (木) 11:01:58
 
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Short Story

 
 
 
Short Story

Scarlet Cage

 

 6-1 

解禁条件 楽曲「Purgatorium」のクリア

日本語

いつもここにはもっと、人がいる気がしてしまう。

どうしてかは、わからない。辺りにあるのは白い荒野と、曇りのようにそこを埋めるばかりの褪せた廃墟群。
およそ生きたものの足跡など、そこにはない。ーー彼女以外には。

この場所で目覚めてから数日、それより前の記憶が蘇ることもないまま、探れる限りを探りながら、途方も無い距難を歩いた。ぼろぼろになった建築物たちは、それぞれに空虚だった。
内心に浮かんだ謎を晴らすこともなく……そして見覚えのある様式の建築物を見つけても、その名前と形、機能をいつ知ったのかさえ、依然として判然としないままだった。

何度となく、何故ではなく、それが何なのかだけがわかるという事実に、彼女は考え込むようになってしまっていた。もしかしたら、もっと明らかに重大なこの世界のことを(あるいは彼女自身に関することを)考え込んでしまうことからの、一種の逃避だったのかもしれない。

それでも、この場所が変に不気味な場所だと、言わずにはいられなかった。

おもむろにギターの紐を肩にきつく掛けると、疑問がまた湧き出てくる。
一体どこでこれを手に入れて、どうして自分と一緒にこの世界にあったのか?
目覚めたときからあったとはいえ、その謎に答えは見つかりそうになかった。
わかるのは、弦を爪弾き、フレットの押さえ方を変え、様々な音を鳴らすやり方だけ。
タイミングよく鳴らして、リズム、メロディ、コードと、ハーモニーを紡いで行く。
それだけなのに、それだけのはずなのに、手にあれば気が安らぐようだった。

けど、どうして?だめだ、わからない…いったいなんで……?

周囲には砂が、長い長い間、水に冒された砂があった。けれど水はなく液体さえない。
ならばなぜ砂がここに……?ただ、歩く。歩き方はわかる。どうして……?
ーーそこに答えはなかった。答えなんて、何一つ。

大事なことといえば、そもそもこの知識は、「記憶」していたのだろうか?
これを「思い出して」いるのだろうか?その他のことも「忘れて」しまっているのか?
どうやら記憶喪失のようだが、そもそも記憶喪失で失われるのは、こんな風に限られた記憶だけなのか……?

物事のことを知りながら、それを知る理由を知らないという事実が、彼女を深く、奥深くから揺さぶっていた。
まるで自分が正しい人間ではないような、誰かに肌と筋肉と骨とをすべて持ち去られ、偽の器に詰め込まれ、そしてそれ以外の大事な部品が全て失念されてしまったかのような奇妙な虚しさが、彼女を忘れ去らせたままにしていた。

わからないのは、嫌だ。

頭で渦巻く、既に万華鏡のように積み上がった疑間たち。なんとかして、その圧倒的な造形や角度、細部に無理やり自身の関心を集中させようとしてみても、実りはないまま。やはり、何ひとつ答えなどなかった。

裸足の探索の途中にも、わかったことなんて殆どなかった(靴は早々に紐同士を結んで、首元にかけた。ヒールの高い靴なんてものは、この地形では不便すぎたのだ)。
もはや多くを見るほどに、わかるものなどないような気さえしてきた。

……わからないのは、嫌。あたしは周りのものをこんなにも知ってるのに、
自分のことは何ーつわからないように態じてる。
見てきた数多くは、わからない馬鹿げたものだったーーわけもなく漂う硝片でさえそうだ。
他の世界と時間、人々とを見せてくる硝片たち。最も奇妙な形で彼女と共鳴する追憶たち。
それは同時に……あたしにとって疑いようもなく親しみのあるものたち。

それでも、親しみとは感情以外のなにものでもない。硝片は決してその中の追憶を見せてこようとはしない。映っているのは過去に記録された光景じゃなく、記憶でもない。

少なくともこれらのArcaeaは何一つとして、自分のものじゃなかった。

心の深い奥底で、彼女の感情は動いていた。その変化に伴って、混乱と、かすかな孤独と、場違いのような感覚と、そしてなにか大事なものが内側のどこかから欠如しているような座りの悪さのすべてが、懸念として膨らみ始めていた。彼女には、何一つそれが気に入らなかった。

また、歩き始める。これだけはいつも、気を晴らしてくれる。
自分の内側にあるものの代わりに、ただ周囲へと関心を向けさせてくれるから。

English (未記入)
 

 6-2 

解禁条件 6-1の解禁 &楽曲「Scarlet Cage」のクリア

日本語

それでも、内側に奔る怖気のような感情を無視しつづけることは出来なかった。

やがて、表面のなめらかな岩片の上に座ると、落ち着かない様子で髪に手櫛を通し始めた。
振り返れば、消えかける砂の上、地平線の先まで伸びる長い長い足跡の線が見える。
一体どうやったらこんなに多くの砂ができるの?もはや、気色悪く感じてくる。

一瞬考えたあと、彼女はギターを前に回して、再び手に構えた。そしてすぐに、安らいでいる自分がいた。
まるで支えになる親や、友達を前にしたような心地がそこにあった。
ため息を、手放す。本当は、前に進む彼女に必要だったものは、これだけだったのかもしれない。

考える前に、メロディを口ずさみ始めた。弦を弾く指が、静かながらも安っぽいコードを紡ぎ出し、凝ったハーモニーがさきほどのメロディにと加わっていく。歩き方を思い出せたように、同じく思い出せた演奏の仕方。その2つを呼吸するように自然にできたという事実が、この口端に、つかの間の笑顔を咲かせた。

その唇もしかし、余裕を失うと、一瞬の後に落ち込むこととなった。この曲を彩りたかった言の葉が、舌を、歯を、唇を越えて。はじめは散り散りになって、うずまきながらも、一つの像を結ぼうとしている。

そうして、黒と紅の衣装に身を包み、彼女は歌う。
ーーこの白い世界へ。色のない、無限に続く鳥かごに向けて。徐々に大きくなっていく、言葉。

荒々しく、勢いを強めながら、感情が内側で荒れ狂っていく。
この衝動的な言葉たちは、新しく未知のものでもなく、古く忘れられていたわけでもない。
ずっと、この身の内にあったのだ。そして今、それは彼女の胸から這い出て、叫びだそうとしている。
ただ声に出すだけでは足りはしない。叫ばなければ、吠えられなければならない。
この言葉が、この死んだ世界の一番遠い場所の隅々まで響いて届くように。
吠えられる限りの大声で、彼女は叫び続けた。

それがこの場所、この瞬間は、正しいことのように思えたから。

困惑を叫び、未知を叫ぶ。荒涼な地平を叫び、また消える前に過去を一瞬だけその身に閃かせる、膨大な数のちいさな硝片について叫んだ。

そうして、叫ぶーー

ーーその恐怖を。

演奏した瞬間、彼女は気づく。その胸の奥深く感じていたものに。
この世界が、この体の空っぽな記憶が……

恐怖させていたのだ、彼女を。

ーーあたしって、誰?この殺風景なところはなに?これから何がおきるっていうの?
そして、アタシの身に一体なにが起きたっていうの?

けれど、その答えを知ることはないであろうことはもうわかっていた。ここでは無理だ。

歌うがゆえに、声が割れてきた。それでも、自ら肺の限界を超えて歌い続ける。自分の存在のすべてを絞り出すように。狂気的なほどに、6つの弦の上を指が飛び交う。力強さと、轟くようなギターのざわめき、叫ぶような音、そして振動、そのすべてがはっきりと頭の中に聞こえていた。

魂と音楽の嵐ーそれは煮えたぎるような恐怖と詩の底にある、止めどなく流れる激動の暗流が、力強い熱気となって、その瞳を煌めかせた。

ただ、はっきりとはわからないものの、何かが彼女の気分を晴らしていた。混乱も恐怖も、少しだけ収まっていたのだ。

しばらくして、彼女の絶叫と、その残響は引いた。
右手によってかき鳴らされた数音のあと、右手は弦から落ちた。
終わったのだ、演奏は。
その曲は、明る過ぎる空に消えた。
一連の出来事の唯一の証拠は、今はその、空っぽに等しい彼女の記憶の中にだけあった。

もう片方の手で目を拭う。
震えながらも、あたしの歌を奪ったあの空が見えないように。

だがそこで、彼女は笑った。驚いたのだ。
心からの笑いだったーーそしてやりきった達成感からの笑いでもある。
服でその手を拭って、ようやくため息を吐いた。

もうほんと、こんな場所キライ。

English (未記入)
 

 6-3 

解禁条件 6-2の解禁 &楽曲「VECTOЯ」のクリア

日本語

世界は依然、今もよくわからないまま
ーー居たたまれないままだし、空虚なまま、慈悲もない。

けれどそれでも、なんとかやっていけそうな気がしてきていた。

確信は持てない。けれどその恐怖はどこかで、知っているような気がしてならなかった。
何か、知っているような気がするのだーーどのように立つ力を奪い、どのように逃避させ、どのように決意を阻み、そして支配するものなのかを。未知への、失敗への恐怖だったりするそれを。

そして、推測するしかできないけれど、おそらくは自分を駆り立てる衝動のような何かが、あの曲を演奏させたのだろうと思う。おそらく、前にもやったことがあるんだろう。
そして今と同じように、あの恐怖を叫んだこともあるのかもしれない。

もしかしたら、あったのかもしれない。少なくとも今は恐怖と付き合っていけそうな気がしていた。
このいびつな感情の正体を、彼女は前よりもしっかりつかみかけている。
恐怖から目をそらしてはいけない、操られることを引かなければならない、この理解できない世界で正気でいたいのなら。けれど、それでもそこに恐怖は常にあるんだろう。

息を吐いて、座る向きを変える。そうして自分のギターをゆっくり、岩の上、そっと自分の横に置く。
するとその時、なにかが落ちる音がした。鈍く軽い、何かが。

ちいさな布の袋が内ポケットから、砂の上に突き出た石の上に落ちた。その中には針が数本と、小さなハサミがひとつ。それから指ぬきに、いくつかの糸巻きと、巻き尺が入っていた。裁縫キットだった。
目覚めてからずっと彼女と共にありつつも、あくまでそれが自分のものだと推測することしか出来なかった、物。

ポーチを見つけた時、思わず戸惑った。なんのために使うのかは、知ってる。
でも、それを持っている理由がわからない。中に備わった道具をもちろん、「知って」はいる。
けど、それをどこで手に入れて、どうして持ってるのか、手がかりになりそうな情報さえも全くない。
……そう、あのギターと同じように。

しかしそのポーチを拾おうと屈んで、自らの服の袖が目に入ったとき、彼女は思わず硬直した。

あたしはこれを、知ってる。そうでしょ?この袖がどうやって作られたのか、縫い方だって、ひだの作り方も全部。色も、すべてこの裁縫キットの中にある糸の色と同じ……。

けれど、それ以上は届かなかった。論理で安易な結論を描くことは出来ても、自身の精神だけが追いつかない。
知識と経験、その残酷なまでの乖離は……あまりに苦痛だった。

だが、今となっては、その乖離による恐怖に呑まれるわけにはいかない。
それはそうと知った上で、うまく使うものだ。でも、何も覚えていないから、何だっていうのだろう?
結局、大事なのは知っているという事実だけなのでは?

明確で堅実な目標は確かに助けとなるだろう、だが、そのようなものは彼女にはない。
けれどもしかしたら、いずれは見つかることもあるかもしれない。

仕切り直しの一歩を踏み出したその顔に広がる、挑発的な笑み。もちろん、いまだに動揺させられた裁縫キットのことを考えてはいる。ーーけど、便利じゃない?少なくとも、このイカれた旅路の途中でも、アタシの服を整えて置くことはできるし、と。服といえば、そもそも実用的でさえないこんな服でも、それでも自分のものであるこの服を、この世界で何があっても手放すつもりなどなかった。

そう、これは……あたしのもの。

ギターも、裁縫キットもーーこの退廃した世界のなかで、そのすべてがアタシのものなんだ。
その事実を実感すると、気が楽になる。長い道のりの中を、もう少し進めそうな気がしてくる。

数歩ののち、足元のなにかがその目に留まる。

それは砂上の足跡。

けれど、自分のものではない。

今の進行方向と交わる形で、左の方へ続くそれは、彼女のサイズとは少々違うものだ。
その持ち主が向かったであろう方向に目を凝らす。するといくつかのなだらかな丘、その先に続く足跡が見えた。

また、新たに笑みが花開く。彼女らしい、挑発的な笑みが。

「……ヘえ」

案外、あたしの歌には、観客がいたのかもしれなかった。

English (未記入)
 

Obsidian Blade

 

 8-1 

解禁条件 楽曲「GIMME DA BLOOD」のクリア

日本語

森を覆う、月さえ見えぬ夜。
それは一面に広がる深緑を貪る炎と、その中の村さえもすべて覆い隠そうとしていた。

絶叫、そして破砕音。炎を背にした、暗く、直視し難い異形から聞くに堪えない音が
聞こえてくる。恐慌と煙臭に染まりつつある空気が、その一部、人々を逃走へと駆り立てる。
その足が保つ限り、疾く早く。

混じりけない闘争という、スリル。
だがそれも、その女にとっては慣れ親しんだ衣服のよう。

一閃、振るわれる鴉石の如き黒き剣の前に、割断される異なる獣影。
獣にしてはあまりに醜いそれらは、四ッ足で駆けずり回りながらも、
機敏にその後脚を駆使しては攻めてくる。

対する女は斬撃を以て、その異形どもを肩から袈裟に割る。
だが、地にその屍体が着く前には、とうに獣だったソレは消えていた。
まるで煙になったように立ち消えて、
今なお上がる火の手へと、絡まるように立ち昇っていったのだ。

醜獣どもはまるで火事の煙から受肉しているようであったが、
それでもあの異形について、女は多くを知りはしなかった。個体差も些細なものなのだ。

なんとなく、一匹を屠ったところであの雲へと煙が還るだけで、
何事もなかったかのように、まもなくあの異形が舞い戻ってくるような感覚さえある。

美しい刃を影の獣に突き立てながら、彼女は背後を一瞥した。かの村の住人はなんとか森を
越えつつあり、どこかの国、その最前線へと逃げ切れそうだった。

そこまでは護衛が必要だろうし、己を昂ぶらせるソレを晴らしたかったのだろう。
そうして、女は跳ぶ。必死に逃げる無辜の村人をまさに今引き裂かんとする、煙のような獣爪の主、
その首を刈るために。

ただの一躍でほぼ消えた遥かな距離、その軌跡を、かの長髪だけがなぞっていた。

背丈の小さい、けれど筋肉質な女性が逃げながらも刹那、立ち止まり、こちらへと向き直る。
なにやら見慣れぬその女の仕草は、おそらく感謝の意だろうか。
まもなく、また這々の体で駆けていった。

まもなく、事態は落ち着くだろう。
どこに自身が在っても、どれだけ技術が進歩し、人の哲学が深まろうと、彼女の指針は唯一つ。

壊し、殺し、屠る。
——おそらくは敵が尽きるまで、ひたすらに。

最後の村人が、槍兵隊の立つ前線まで逃げ果せたころ。
彼女の立つ位置からでも、隊列を組む槍兵たちの額に汗と、その瞳の怖気が見えていた。
それでも、その立ち姿には覚悟があった。

ようやく、剣を下ろした。まもなく訪れるものを知り、知らずと強張った息が漏れる。
溺れるほどの疲労。押し寄せつつあるそれは前よりもずっと、早くて。

周囲が、世界が崩れていく。所詮は硝子に映された虚影に過ぎないとでも言うように。
目を閉じて、虚しい笑みを浮かべながら、女はすべてを埋めるような青白い光に、その身を任せた。

そうしてまた、女はArcaeaの世界へと帰ってきた。

English (未記入)
 

 8-2 

解禁条件 8-1の解禁 & 楽曲「Bookmaker (2D Version)」のクリア

日本語

その女、ミールは自らの名を知らない。この死んだ世界に来る前の記憶があったとしても、
それは既に、彼女にとって失われて久しいものだ。

硝片の一つ、今の今まで彼女を引き込んでいたそれは、遥か彼方へ飛び去っていく間際、
女の周りをくるりと回った。これまでのからするに、飛び去るそれとは二度と相見えることは無いだろう。

硝片は、その名をArcaeaと言う。目覚めたときには名など、その知識を断片的に知っていた。
どこで知ったのかは、判然としない。
Arcaeaは、どうやら特定の状況下にある他の世界へと誰かを送り込めるようだった。
また、ミールが触れることはできないが、硝片の方から干渉することは出来るらしい。

十を超えてから数えてはいないものの、向こうからその内の世界に彼女を引っ張り込むのだ。
そしてとある状況下の世界へと誘われる理由、それはどうやら常に同じようだった。

倒せ——否、敵を破砕しろ、と。

異界へ赴くたびに、背後に戦えぬ只人がいるのは避け得ぬことらしい。何者かを庇いながら戦う
というのは、血湧き、肉踊る闘争に比べてしまうと、その興奮は数段落ちる。

どこで手に入れたかさえわからないが、目覚めた時には傍にあったこの剣を、女は使いこなしていた。
もはや、熟達しすぎているとさえ感じるほどに。かの世界の者には到底なし得ないことが、自らには
出来るのだから。現に、一対一での戦闘において、女の前に立つ敵はさしたる障害にもならない。
それよりも誰かを守りながら戦うことこそ真に困難なのだと、ミールは実感しつつあった。

だが、いざ闘争に臨んでしまえばもうそれも瑣末なこと。
彼女の身を灼くのは殺し合う喜悦であり、四肢に奔るのは武を振るう快哉だ。

——そんな喜悦でさえも、いまでは長く続かなくなっていた。興奮が引いた後に残る虚しさと、
そして立ち直るには数時間か、あるいは数日もかかるかのような、尽きぬ疲労だけ。
そしてどうやら、日毎に疲労が続く時間は伸びているようだった。

アドレナリンの離脱症状に似たその状態からか、とある思考に彼女は流されていた。
それはこの身を引き寄せる、他の世界のことについて。
今までの世界は一様に、すべてがまるで現実のようだった。だが、近頃は——どこか、
ちぐはぐに感じていた。まるでそれは、自分がなぜか干渉できる映像を見せられているようで。
答えは明白だった。直感では、わかっている。ならば理解も追いついてもいいはず——なのだが、
それでもこれは、とうに彼女の理解の範疇を超えていたのだ。

周囲を見回してみる。疲れにやつれながらも、剣を肩に担ぐようにして。見果てぬほどに続く、白い砂。
砂漠だ、水気どころか色にさえ渇いている。それはまるでここに戻ってくるときの己のよう。
自らの後ろに続く足跡は、”神隠し”の直前と一厘と違わず。風もないこの地では、どれほど時間が
過ぎたのかさえわからない。そも、時間さえここでは、意味が蒸発しているような有様だが。

そして、再度の神隠し。全ては白く奪われていく。

刹那、感覚が戻る。どうやらどこかに立っているようだ。焦げた色の畑に、立ち込める煙。
建ち並んだ一時しのぎと思しき囲いに、掘られた塹壕。

周囲を見渡して——突如、押し寄せる疲労。”神隠し”がここまで頻発することなど、いままでなかった。

——そして只人だ、弱きものはどこにいる?盤上の、あの顔なき有象無象の役者ども。
どうぜ不毛ながらも、あやつらがゆえにこの身は戦場(いくさば)へと引き立てられているの
ではないのか?否、それよりも敵だ、敵はどこにいる?

——我が戦いは、どこだ?

English (未記入)
 

 8-3 

解禁条件 8-2の解禁 & 楽曲「堕楽の園」のクリア

日本語

戦(いくさ)。

こと争いの嗜みはあれど、戦の類は女になかった。
今、ミールは見ていた。研ぎ澄まされた致死の一撃をもって、誰も彼もがまた誰かを殺すその様相を。
恐怖しながらも野を駆ける者に、真の英雄然とした戦いをする者、
そして唾棄すべき行いに堕ちる者も。

何処を向こうとも、己に到底及ばない弱者の姿があった。
無辜の、恐怖に染まった顔。その多く、殆どが若者だった。

女のことを彼らは見るものの、まるで蜃気楼か、幻覚か、とにかくそのような目を向けると、
目をそらすのだ。それでもなお助力を試みようとも、誰もが泡を食って逃げ去り、死に急いだ。

何処を向こうとも、己の敵がいた。装備を喪った敵に武器を向ける兵どもだ。
それは凄惨な武器、おおよそ人の身から隔絶した練度、
自らも認識し得ない速度で、致命の一撃をその武具は届かせる。
破砕し切ればまた、増援が対辺から湧き出てくる。

人の群れへとまた、女は跳躍する。そこには紅い一群へと対峙する蒼の群れ。一瞬の逡巡をはさんで、
紅の勢力を潰すと定めて動いた。——その直後。背後で、今まさに庇ったばかりの一群が消し飛んだ。
たったの一撃、それは認識外からの攻撃だった。

褪せていく、醒めていく。

頭上に、浮遊する船団から見渡す限りの大地へ、破壊という力そのものが降り注ぐ。
かの船団にある紋章(シンボル)は、蒼き一群と同じものだった。多くというには収まらないほどの命を
吹き飛ばした、あの一撃。奴らこそが真なる敵だったのだろうか。

——呼吸を深く、振るう腕は後ろへ。狙いを定めたかと思えば刹那、えぐれるほどの回転、そうして
女は一吠とともに、その剣を投げ放つ。唸りを上げ、頭上の小さなー群へと襲い掛かるその刃。
一群を食い破り抜いたそれは、蒼穹へと荒々しく、赤橙に大小の破片を散りばめた。

その時、女は見た。中空へと飛び降りる人々を。そうして過ちに思い至る。
頭上とその背後に白く広がり何かで、彼らは緩慢に揺れ降りて——落下傘だろうか?
だがそれも、紅い軍勢の得物の前では、ただの的にも劣るものだ。

猛りは薄れゆく、急激に。

あの疲労が忍び寄るのを、感じていた。

——絶望を。この状況下において奮う力のないという、逃れ得ない事実。

——逡巡を。犯した過ちの対処に見当はつかず、しかも真に倒すべき敵も定まらない。

——そして、恐怖。決断がまた、より悪しき結果を招くのではないかという、怖気。

ああそうだ、猛りはもう失せていた。

まるで心を預けた侶(ともがら)にでも、謀られたかのような心地。
これ以上なく、求むる時に置き去られたかのよう。
知らずと手を伸ばして、求めている。あるべき場所に、ないものを。
それなくして、絞り出せる気力などない。
女にあと一歩、それだけを踏み出させるものが、もうない。

その手に掴むものがないままやがて、女はふっと崩折れた。
折れてしまった、傷兵のように。

過ぎる過ぎる、時は過ぎる。もう、猛る兵(つわもの)たちの闘争も勢いを失った。
今遺るのは、命の奪い合いの残骸。満ちてゆく真なる恐怖。

女は、その両手で耳を塞いでいた。刺さるような怨嗟の声、惨憺な叫びから自らを庇うように。
目を閉じて、見るもの、臭うものを拒んでいる。

我のせいではない、悪いのは我ではない。そう唱えて、自らに言い聞かせていた。

だが、それでも女の所業こそがこの惨禍だった。為せることはあったはずだと、彼女は思っている。
変えられたことはあったはずだ——なにか、こんなヒドイコトになるまえに。

女は成し得たことを考える、探ってみる。
だが、なにも。出来たことなどありはしない。

循環し続ける、一連のそんな思考。
それが数十を超えたところで、背筋は凍てつき、恐慌が足元から這い登ってくる。

やがて、再度の神隠し。全ては白く奪われ往く。
いつもどおり、元のとおり、Arcaeaの世界へと戻される。

すぐに、どさりと地面に崩れ落ちた。荒い呼吸。
数刻も前に空へと投げ放った、かの剣が横に落ちる。
落ちて拍子、砂を叩く渇いた音。

しゃがみこんで、目を閉じて、彼女は忘れようとしていた。
心を空に、むやみに白いこの世界を締め出すように。

何をしていたのだ、ここで?
この世界は我に、何を求めていた?

目覚めてから出来たのは、喚ばれた事について考え、眠ることだけ。
だが、記憶がないということが脳裏に取り憑いていたのだ、生き霊のように。

我が求めていたのは、何だったのだ?

考えに、考える。
わかったのは、わからないということだけだった。

ふっと、女は後ろの砂原を振り返る。
長く長く、背後に伸びる、今までの足跡を見つめている。
行き先を知っていれば、どれだけよかったのだろう。

だが、その足跡がすでに、
別の足跡と合流していたのだと、女はまだ知り得ない。

女は今、祈っていた。
誰に祈るのかもわからぬまま、けれど祈った。
この砂ばかりの丘でも、僅かばかりの休息を与えてはくれないかと。

ただ、祈っていた。

English (未記入)
 

Colorful Dream

 

 11-1 

解禁条件 楽曲「Oblivia」のクリア

日本語

その硬質で平らな表面は、どこか腑に落ちるようだった。

歯の先端から顎に伝わる反発、その感覚が心地よかったのだ。
鋭利でぎざぎざとした端っこでさえ、快く舌先をくすぐるようで。

それは、喪失の記憶。極限状態においての無様な失敗と、
痛みさえ覚えるような苦悩の極み。

でも、そんな表現は彼女ならしない。ただ、『かなしい感じ』とだけ評すだろう。
今は目まぐるしい刺激から、期待のあまり、その口端は隠しきれずに上向いていた。

『これきっと、しょっぱくておいしいやつ……』と、もう確信してしまえていた。

かくして、硝片は食い破られた。

「あーっ」少女の右方から上がる声。
そこには白と黒を基調に、端々を翠と橙が彩るコウモリのようなイキモノ。
「まー、いっかー」と独り言つそれは、ファンスと言った。

「おなかデモ空いてたノ?」と、もう一方からも、声。
そこにも黒と白を基調に、端々を橙と翠が彩るコウモリのようなイキモノ。
「すいてたなら、いってヨー!」
そう囀るのは、ドレム。

「むっふふ……!」
喜色があふれる声とともに、少女はほっぺたをおさえていた。
上下の歯先で砕けた硝片は、いま粉々になり、大小の粒として舌の上に踊る。
それは、温かかった。まるでそれは品のいい晩餐の、肉汁ほとばしるステーキのよう。

けれど彼女の言語野は比較的、絞られている。
現に、味への歓喜を胸に口を開いて出てくるものと言えば、
「おいしい!!!!」という一言と、口端から跳ねるすこしのヨダレが全てなのだから。

「よかったねー、彩夢!」
ぱたぱたと羽を上下に、昂ぶるままに声をあげるファンス。

「おいしいよう~~!!」と、彩夢本人は、残留する破片を呑み下す前にもまた感極まっていた。
「おいしい、カ~、どんな風においしいノ?」
その後ろにふよふよと興味深げに漂いながら、ドレムが尋ねる。

「あれみたい、ステーキみたい!」
そう口を開きながら、前進する少女。コウモリ型の眷属も後ろへ続く。

「ステーキ……どんなアジ?」

「はーっ、ドレム……君はほんとうにおばかだね…!」
彩夢はといえば、ため息を返した。まるで、迷子の子供を叱るような調子だ。

「だってステーキの味、しらないシ。どんなのなノ?」
ドレムは言い切りながらも、質問をやめない。

「肉みたいなかんじだよ!」と声高らかに、しかし、
変わったものを見つけたのか、なんと彩夢は宙空から硝片を取り出した。

「しょっぱいノ?」

「そう! それでおいしいんだ!」と、強調を忘れないものの、
そのまま手にした新たな硝片を口に放り込む。

中身はどうやら、祝福と達成の記憶。
新しい人生と、よろこび。彼女が『しあわせ』と呼ぶ、そんな記憶。

「そうそう!甘いものの後はしょっぱいもの! ジョーシキさ!」
高らかにそう続くファンスに気を良くして、彩夢は鼻で笑った。

「ほら見ろドレムくん、ファンスくんは君よりかしこいのさ……」

「……いまそう言おうと思ってたもン。知ってたもン、言うとこだったんだもン」

新しいガラス片をなめながら、興味もなさそうに「あ、うんそうだねー」と投げると、
彩夢はそのままハミングさえしはじめた。気ままに腕さえ振っている。

味は砂糖に似た感じのようだった。

眼前に広がる、白の世界。背後には廃墟が群生している。
どちらもさして、似たようなものだ。

そしてどこであっても、硝片はあった。
ごはんが、どこにでも待っているのだ。

その臼歯が記憶片を砕くたび、その軌跡もまた消える。

世界は、ごはんに満ちている。そして目覚めてからというもの、
その空腹が治まることもまた、ない。

English (未記入)
 

 11-2 

※スチルイラストが付属しています。(Illustration : そゐち)
解禁条件 11-1の解禁 & 楽曲「Rugie」のクリア

日本語

疲れはなかった。少女にも、蝙蝠たちにもだ。

少女の顔面にぺちぺちと翼をうちつけながら、ドレムは頭に収まっている。
ファンスはといえば、高めに飛びながら遠く、硝子の群体について声高になにか訴えていた。

「白い……くも! 彩夢、白いガラスだよー!」

彩夢は、顔面にうちつけられ続けまくっている翼の間から尋ねた。
「あまいの?」

鼻も口もぺちぺちとしながら、二匹目の蝙蝠は主張する。
「みーギ!!みー!!ぎー!!ダー!!」

ファンスもそこに加わって主張する。
「そうだよ!右だよー!」

「それってあの……あまいのだけ?」と、再び尋ねた。
そのまま、肩を落として呻いている「あまいのかあ……」
翼はおでこを依然と、ぺちぺちとしている。

「うー、 もっとさ、違うんだよ……。わかるでしょー? バラエティがほしいんだよ……」

「ちがうよー、そういう風にできてないんだよー」
「そういう風にできてないってなに……?」
そう返すファンスに、思わず問いかける彩夢。

ドレムもようやく翼をあげると、問いかけた。
「アユ、おなかすいてなイ?」
今は顔面ではなく、顔の前でぱたぱたと振っている。

「いっつもお腹はすいてるよ……知ってるでしょ、ドレム」
半目になりながら、ドレムの言葉にそう返した。

「なら、ごちそうは歓迎だよネ!」と、嬉しげにつばさをはためかせている。
その動きを察して、ゆっくりとうつむく。目線がぼうっとしはじめた。
「ガラスがいっぱ――、たべたラ――。もっと――、それガ――。あと――……」

向かう先、異なった風情の二軒の家屋の間に、多種多様の硝片らが見えた。
遠くからでも、そこに苦痛の記憶と喜びの記憶が彼女を待つ様子が伺える。
ドレムをちらりと伺うと、そのままそこへの進路を取った。

「あ、うんうん、そうだねー?」と、頭痛の種になりがちなコウモリ、
その語尾が上がったことから質問らしい一文を、適当な相槌で受け流してみる。
「そのとおりだヨ! だから――」

そのまま、少女は歩き続ける。
そうして頭上、浮かぶ数多の硝片を見て、どうやら行き先が正しいらしいことを察した。

視界に映り込む、古き日の追憶。その硝片。

鳴り始める、彼女のおなか。

そして、目の前から掴んだのは真っ向から異なる硝片。

光の硝片を片手に、対立する硝片をもう一方に。
その2つをそのまま口へと運ぶと、一気に噛み砕いた。

一度に食べ合わせた味わいは、言葉が追いつかないほど。

「ああーー!またそうやっテ……!」
ようやく関心を向けられていないことに気づいたドレムは、深い深いため息をついた。

「まちがいなんだよ! まちがってるー!」と、ファンスも嘆きを隠さない。
「問題なのはここじゃなくてー!! さっきのおっきいのがとにかく……!! もー……」
ため息と苛立ちのはてに、疲れたようにそう言った。
「…………すくなくとも、幸せそうだねー」

「……えっト」ドレムはすこし固まると、概ね同意した。「たしかに、幸せそうだネ……」

確かに真実だった。2つの硝片を合わせた味わいはすばらしかったのだ。
そもそも、そんな異質の硝片を一つの場所で同時に見つけることはなかなかない。
だからこんな機会があるたび、彩夢は自身の幸運を喜んだ。宝の持ち腐れかもしれないが。
とにかく、ずっと止みそうのない笑顔を浮かべていた。

けれどすぐに、コウモリたちがまた行き先を指図することだろう。次は聞いてやってもいいかもしれない。
というのも、今歯で砕いた硝片のように、二匹の言うことが度々、いいかんじというか、
どこか座りがいいことがあるのだ。そしてどうにもそれが、心地が良い。

彼女を突き動かすのはその時その時の満足感であり、飽食的な生き方をできるだけ続けるためとも言える。
極めて、シンプルな生存理由だ。
だが、存在する理由というのは、もっと意味深なものではないのだろうか?

それでも結局、二匹に従うことが彼女を満たすのなら、
沈黙こそが満腹感をもたらすならばと、時々は従っているのだ。

そうして今のように耳は澄まされ、食指も舌も、
しばらくは、鳴りを潜めるのだった。

English (未記入)
 

 11-3 

解禁条件 11-2の解禁 & 楽曲「init()」のクリア

日本語

そうして、甘味の群れは見失ってしまった。
けれどすぐ近くに、広大で、暗く、なにより美味しそうなものを見つけた。

彩夢、ファンス、そしてドレムは、ひび割れた岩棚から、黒い硝片の穴を見下ろしていた。
光を呑み込むように、渦巻いては混ざっている。嘆き呻くのようなその音は、
硝片が、また別の硝片と摩擦して鳴らす音だ。この一箇所に集まった、
終末と没落の記憶は、どうやら辛苦に叫んでいるようだった。
それを見る彩夢は――興味深いようだった。世界が、奇妙に感じられて。

その視線が逸れた。声をかけたのはドレムだ。
「アユ、行ってきテ」と、ひとこと。

返したのは「ん。」と一音。そして、一歩。

両腕を伸ばしたままにすれば、すぐに落ちる速度は緩慢に。

周囲で無造作に、無作為に飛び回る硝片は、
縛られるでもなく、なにかと反発しているわけでもなかった。

そのまま、少女が手を伸ばし続ければ、渦は止まった。
すると、硝片をその手に呼び寄せる。

そうして、食事が始まった。

「彩夢、いいぞー!」
「アユ、そのチョウシ!」

笑顔やら、渋い顔やらその顔に浮かべつつ。

やはりそして、少女の空腹は治まらない。

硝片も、欠片も、細々としたほこりさえも、
彼女の食事のあとには、なにも残っていなかった。

だからこそ、彼女は味を吟味したいのだ。歯と歯で砕き食すことがたとえ、
味の吟味以外、意義がないとしても。実際、彼女にとっての胃という臓器は、
どちらかといえば、埋められなくてはならない空虚な穴としか、
感じられないことも少なくなかった。

その感覚のため、その痛みのため、そして刺激を待つその味蕾のために、
彼女は噛み砕き、貪り続けていく。すると、やがて光が戻ってきた。

世界が奇妙に感じられる感覚と、共に彼女の好奇心が薄れていく。
ほどなくして、渦は消えていた。

そして少女は、舌なめずり。

じつに、満足げだった。

すぐに、輝くような笑顔。

「今の、サイコーだった!」
彩夢の声は大きく、喜色も明らかだった。

「そうだねー!!」
「おいしそうだっタ…!」
口々に共感する、ファンスとドレム。

このコウモリたちが、嫌いってわけじゃない。
二匹はただ、彩夢に笑っていてほしいだけなのだ。わかっている。

そして彼らも、その空腹を知っている。

ドタバタコンビを目の前に、大地へと降り立つ。
とりとめのなく色やら、飛び方やら、食べ物の話をしながら。

これが日常、これが世界。だから彼らはここにいる。

不意に、ドレムが声を上げる。
「あれ、なニ?」

「んん……なんだろうねー?」
同胞の指差すところを見て、ファンスも首をかしげている。

視線で追いかけ、彩夢も空を見てみた。

すると、そこには完全に孤立した硝片が、ひとつ。
宙空に静止するように浮遊しながら、風を曲げ、煌めきは杳として伺えない。

「あれも! 食べちゃえ、彩夢ー!」

「うん、食べちゃエ」
ファンスとドレムが、揃って言う。

すると気軽に、けれど力強く、彩夢は嬉しげにうなずいた。
飛び上がるコウモリたちに、彼女も続く。笑顔で、異質な硝片へと向かって。

「あれで、お腹いっぱいになるかな?」

二匹をお供に向かう途中、少女はそう呟いた。

English (未記入)
 

Unseeing Eyes

 

 12-1 

解禁条件 楽曲「Snow White」のクリア

日本語

――知っているって、何でしょう。
どんな状態のことだと思いますか、君?

考えられるということでしょうか、それは。
または見たり聞いたり、触ることができること?

では、つまり物事の確度を保証するものとは、知覚であると?

――きっとそう言えるでしょうね、ええ。
『知っている』状態とはつまり、知覚できること、
感覚や、その人の全てを通して、捉えられることだ、と。

これは、幼子に於いては特に正しいと、そう言って良いでしょう。

――時に、ある人の話をしましょう。

……いいえ?
『彼女』に面識はありません、私は。
けれど、よく"識って"いる……そんな人の話です。

というのも以前、彼女の記憶を全て収集したことがあるんです。
そして時系列順に並べてみればそう、それは、
まるで物語といって差し支えのないものでした。

そうですね……それこそ物語ならば。

きっと、書き出しはこんな所でしょうか――

――それは遥か遠く、遠い遠い宇宙の話。

とくに特色のない銀河系に、生物の繁栄出来る程度の、凡庸な惑星があった。
そんな凡庸な銀河系にありながら、その人々にはとある特性が備わっていた。

強固な結束を持つかの人々のうち、いくらかは特殊な才能に目覚める傾向にあった。
それも10歳からの7年間だけに花開く、限られた才能の花ではあったが。

(一言で言うなら……そうですね。
願うままを現実に叶えるような力、とでも言いましょうか)

(もちろん、彼らは神ではありません。
しかしその造形能力は並外れたものでした)

そしてその類まれなる能力によって、少年少女は世界を守っていた。
――そんな少数ながらも特殊に生まれた子どもたちの中に、その少女もいた。

(その統一政府と世界の名前は……まあいいでしょう。
とにかくその少女の名は、『ヴィータ』と言いました)

頭上は磨りガラスの窓から、夜の空が見えるころ。
ヴィータは自室で目覚める。
夜中ながら、『おはよう』と挨拶を交わしつつ、周囲の友人たちが起きてくるのも、
同じ時間というのも、もはや当然だ。毎夜、2年繰り返した習慣なのだから。

シャワーへと向かいながら、話題はオーディオドラマから本、漫画など。
見た夢の話をする者もいた。年頃らしい雑談だった。

制服に身を包んだヴィータと仲間たちがは、未だ気易い話をしながら歩いていく。
向かうのは、中央司令塔だ。

(――彼らが生きるこの銀河のほとんどは、広域の戦争状態にあります。
子供の想像力を超えた理由で、それらは続いているように見えていたでしょう)

参戦する数多の勢力は、ほとんどが相互の交戦状態にありながら、
それでも時折、その一部の勢力が様々な理由から、
この統一政府の領域に侵攻しようとすることがあった。

だが、そんな母星の掲げる中立は今日まで、
ヴィータと友人たちを含む、いくつかの実働部隊により維持されている。

他にも、空の上で活躍する隊員たちもいれば、洞察力と言論を駆使して、
他の勢力との外交を担う大人たちもいた。駐在兵と、外交官だ。

栄枯盛衰のこの時代、みな中立のためには欠かせない人材であった。


そしてなにより、彼らには『統一神経性連結グリッド』
――通称『グリッド』があった。

母星が推進する、神経のように宇宙空間に張り巡らされた、
超能力でインターネットのようにも、物理的なトンネルのようにも使えるものだ。

(――小さい範囲でさえ厄介で、
”グリッド”の恩恵で大局的には無敵に等しい。

統一政府とその傘下の存在こそ、周囲の勢力にとってはまるで、
眠れる獅子のような脅威であったことでしょう……)

(――さて、ここからは説明を抑えるとしましょうか。)

中央司令塔の威容にも臆せず、少年少女たちは中を進んで行く。
数階分はありそうな吹き抜けのあるロビーの迫力と、
渦巻く策謀と理想の不協和にさえ、その歩みが絡め取られることは無いようだった。

定められた役割と、椅子が用意された彼女たちが定位置につく頃には、
にぎやかな会話も静寂へと切り替わっていく。

また、その様子も年頃の戯れるものから、果たすべき責務を担うものへと。
まるで切替わるスイッチの音を幻聴できるほどに、ガラリと変わっていた。

彼らは意義ある世界のため、そして比類なき平和と繁栄のため、
何よりも、他の追随を許さない己の星の繁栄のため、ここにいるのだ。

これも、当然のことなのだろう。

いつもどおり、今日もヴィータは”グリッド”に接続する。

脳裏から仲間に静かにするように告げて、
自身の神経回路から”グリッド”への接続を確立していく。
妨げるものを許さない生真面目さは、いつもどおりの仕事振りであった。

――そう、突如として現れた、未知の通信信号が彼女に届くまでは。

English (未記入)
 

 12-2 

解禁条件 12-1の解禁 & 楽曲「Sakura Fubuki」のクリア

日本語

一夜前。

ブリーフィングにて、職務に関係しうる情報が通達される。

それは、他の惑星にて依然継続している内紛状態から始まり、
外宇宙での自星の宇宙船の拿捕・略奪事件から、
果ては週末に控える祭事など、その内容は多岐に渡っている。

――気風からか、彼らは、死傷者などの話を避ける傾向にあった。
今も、その話題の殆どはまもなく開催されるコンサートについてだった。
そうでなくとも最近達成した出来事についてなら、喜んで話題を広げていくだろう。

それは例えば、こんな具合に。

この星に対して、常に友好的な方針を取る星系が、第4惑星のそばにあった。
かの星系への統一政府の方針は、単純な取引関係を結ぶことのみである。

具体的には、荒れ狂う大気圏を持つ惑星から、
かの星系が資源を産出し、こちらへと供出する。
その代わりにこちらは、”グリッド”の全面的な利用を認可する、というものだ。

その国民性が大らかなこともあり、ヴィータの住む惑星では、
いわゆる与えたり貰ったりの相互扶助関係がうまく機能していた。

そんな人民相手に、どうにかして私腹を肥やそうとする者も少なくはなく、
超能力で守られたネットワークに潜り込もうとしたり、悪用を試みる者もいた。

――そういった世情に、ヴィータは疎かった。
だが、何かを求めるのなら、誰かに尋ねたりする方が
上手くいく事だけは、よく分かっていた。

今回もそうして、前夜にあった別の星での内紛状態について聞いて回っていた。
どんな経緯でその内紛が始まったとか、そういう内情を。

聞けばどうやら、そのきっかけは怨恨らしい。
もはや薄れ、忘れられていたであろう確執を火種にして、今日まで争っている、と。

ヴィータにとっては、それが愚かで、無意味に思えて仕方がない。
気づけば、呟いていた。
「幸せになれることを探すことなんて、むずかしくないはずなのに」と。

(――この子のこういったところは、脳裏に留めておいて下さい)

――そして未知の信号を受信した、あの日。

管轄のはずだった通信経路を放り出し、耳を傾けていれば、
『――、西へ、救助要請。座標は……』と聞こえてきた。

思わず眉を潜めて接続を中断し、周囲を見れば、なんてことはない、
どうやらそんな通信を聞いているのは彼女だけのようだった。

横の機械端末で指定された座標を入力しながら、かの通信へと思考を通じて応答する。

「コードと階級をおねがいします。所属は技術部?通信部ですか?
どうして外宇宙よりも遠くにいるのですか?」

質問に返ってきたのは、静寂だった。
気もそぞろに通常業務に戻りつつも、頭の中はその通信でいっぱいだった。

……ほどなくして、再び応答があった。

『__こえる_か?待て、本当に通じているだと……?』

「聞こえるなら、話せるはずです。……サイキックではないのです?」

声に、そんな応答を投げた。なんだか、不自然な感覚があった。

向こう側に続けて告げる。
「そちらの信号は続けて受信しますので、司令室に繋――」

『待ってくれ!そちらは”グリッド”の技術チームの一人じゃないのか!?
あれだ、あの、中立国のだ!』

苛立ちが、その指先に伝わるようだった。

「……、それもわからないはずはないのです。司令室に繋ぎ――」

『い、いつもお前らはそうだな!大勢のお前らはいつも傲慢でいやがる!
こんなの役に立たないって分かってたんだッ、くそっ!
なんであいつらはこんなのを俺に託して……』

指先が肘掛け、その端をつねっていた。無意識だった。

「傲慢じゃないです。どんな介入・傍受手段でも、当方の捜査網が特定するのです。
私たちのネットワークは遊びでいじるようなものではないのです。もしこの中立を
破ろうというなら、こちらがあなた達を食い破ります。……わ、わかりましたか?」

『――なら、破ったのがそちらが先だったら、どうしてくれるんだ』
返ってきたのは、熱の冷えた声だった。

「――、え?」

出た声は短く、掠れていたという自覚が遅れてきた。

『――だから、そちらが中立を破るようなマネをしたら、
どうしてくれるんだって聞いてるんだよ……』

「――、そんな、こと、起きたことも起きることも有り得ません」

『なら、ペトルフの名も聞いた憶えがないってか、そうかい』

答えが舌先まで出たところで、答えがないことを自覚した。

『通信は閉じさせてもらうぞ。……だが、また繋ぐ。
精々、そっちのだだっ広いネットで"ペトルフ"を調べるんだな。
――そうだ、驕っちゃいないというのなら、表現規制や検閲なぞないようなもんだろう。
なにせそっちは、さぞ素晴らしい場所なんだろう?なあ……」

――そうして、通信は途切れた。

バクバクとうるさい心臓を抱えたまま、通常業務に戻った。
おかしさを気取られぬよう、注意して。

"ペトルフ"

……聞いた事も、無かった。
だからこそ、日の出の頃に調べようと決めていた。

English (未記入)
 

 12-3 

解禁条件 12-2の解禁 & 楽曲「NEO WINGS」のクリア

日本語

思考能力を持つ生物なら、留意するべきことが一つある。
それは、必ずしも真実が、自分の既知の情報と合致するわけではないということだ。

週末の前日、気が抜ける頃合いに、ようやくあの信号を感知した。

既にあれから2日、ヴィータは余暇の時間を使って、
基地内の図書館経由で内部ネットワークを調べていた。
もちろん、暗号通信を介してである。

この暗号規格は普段、ヴィータと友人たちが、禁止されているゲームや芸術、
動画などを漁るために使っている暗号規格で、特に深刻な内容に使うことはないのだが、
履歴が残らないので、みな重宝していたのだ。

だが、あのペトルフ人の話をきっかけに、
日頃オモチャにしている文明の利器のありがたみを、
こうして骨身にしみるほど実感することになるとは思わなかった。
――特に今回に限っては、文字通り深刻な内容だ。

(――少し、補足を。
元々自分がどんな世界から来たのかは憶えていません、私。

記憶しているのは、あのArcaeaの世界と、
『虚無の世界』にいた他の子の記憶のものだけです。
今回のヴィータさんの記憶もまたそれこそ、収集は容易でした。

――ああ、容易といえばそうでした。
世の中、意外とシンプルなのです。ご存知かもしれませんが。

例えば、そう。
抑え難い恐怖を覚えるようなものもまた……探すことなんて、むずかしくないものです。
どんな世界でも、それはすぐ近くに……)

ヴィータの生まれる20年前。
……まだ、”グリッド”の拡張と開発が進んでいた頃だ。

ペトルフはそんな時代に見つかった小惑星だったが、
発見され次第、間もなくすぐに時代の幕間へと押し退けられた。

更に400年を遡れば、大気圏の消滅を逃れた
エクソダス級の星間船団により、既にこの小惑星は発見されていたらしい。
そして、当時の乗組員たちがそのまま定住を決め、ペトルフという国が建国されたのだとか。

――だが、それも非公式の建国宣言だったという。

公式の書類も、周知もない。そもそも周囲の宇宙区域には何もない。
そして奇しくも、小惑星自体の奇異な公転軌道も味方した。

こうしてペトルフは忘れられるでもなく、そもそも知られてすらいなかったのだ。

その後、かの小惑星を見つけたのはヴィータの母星であった。

だが、当時の彼らは開発を急くあまりか、定住民の存在も知らず、
”グリッド”の性能をフルに活用した結果、容易くその小惑星の半分を破壊してしまったという。
それは、爆薬の過剰利用のような有様だったらしい。

――かくして、実に6割強の人口が蒸発した。小惑星の半分を道連れに。

即座にペトルフ人はヴィータの母星の統治議会に面会を求めたらしい。
だが、議会の記録にはこのような訴求記録はない。

かの議会が擁する『秘密組織』の関与と、
それによる嘆願の封殺があったのではという、
そんな仮説がまことしやかに他の惑星では囁かれていたようだが。

その後、帝国制を敷く惑星との同盟をペトルフは締結し、
全面の降伏とともに、その文化圏へと降ったという。

そんな情報は、ヴィータの記憶になかった。
少なくともその時期、統治議会は遠い宇宙の果てで、
小競り合いのような事をしていたはずだ。

それこそ、この時期ならば帝国からの妨害工作や、
それに似たモノを受けていてもおかしくない。

だが、いくら調べても、そんな情報は見つからない。
唯一在ったのは議会からの全く異なる発表の記録であった。

曰く、『我が国に敵対する目的で、かの帝国が未承認の自警集団との
同盟を締結したとの発表を受けた。今回、これに対し我が国家は、
架空の存在と思しき該当集団の存在と帝国側の発表を否定すべく、
統一神経性連結グリッドの戦略的使用により、該当宙域の殲滅を実行。
ペトルフ人を名乗る自警団の残りと、同行する帝国人数名がこの
対象となった。尚、我が勢力の死傷者は皆無である』と、ある。

多くのデータがこの声明を記録していた。

――だが、ヴィータはそうではなかった。

データベースの深くに埋もれていた、たった2ページのデータ。
少女が見つけたそれこそが、どうにも動かし難い真実に思えてならなかったのだ。

そこには、こう書かれていた。
――いわく、彼女の母星の中立性は偽装の仮面に過ぎないと。
『かの惑星の平和を希求する道の途中で、ペトルフ人のような悲劇は
その実、枚挙に暇がない。そしてその殆どが、事故ですらない、
故意の計略等によるものである。また――』

……その続きには、ペトルフ星の悲劇ですら、そもそも故意だったのではないか、
という旨の仮説を掲げる人も少なからずいる、ともあった。

少女は当然……それを胸のうちに秘めることにした。

そして当然、いつもどおりの仕事をこなしていった。

だが今日まで、彼女は例の信号を待っていた。
……それもまた、当然だった。

『俺はペトルフ人の最後の生存者、その一人だ。俺たちは逃げたいだけなんだ』

いわく、詐欺のような同盟の果てに、国家規模の奴隷牧場となったペトルフから。
そして、この混沌とした銀河から。なにより、統一政府と”グリッド”の、圧倒的な勢力圏から。

『例の経路を繋ぐのは子どもたちだと聞いた。俺……いや俺たちは、
子どもたちなら助けてくれるんじゃないかと思ったんだ。そっちのお偉方は、
どうせ気にもしないだろうが……』

「……それで、何を望むのですか」
そう尋ねれば、疲れた声が返ってきた。

『逃げ道さ、片道のな……聞いた話じゃ、この辺りの宙域は
物騒なこともないそうじゃないか、そしてなによりこの小惑星から遠い。
それこそ……通過したあとは安全な星を探すことくらいは、出来るんじゃないかってな……』

そのまま、声は帝国との同盟、もとい実質の奴隷契約中の出来事を伝えてきた。

曰く、帝国側が開発していた”グリッド”に接続できる精神への傍受や諜報技術、
その存在をペトルフの民は知ってしまったという。そのまま技術を盗み出し、
必死になってヴィータの星にコンタクトを取ろうとしていた、と。
……どうやら、そういうことらしかった。

だが、ペトルフ人の結んだ同盟は無意味なもので、当然ここでも無効だ。
彼らは本当にただ、亡命を望んでいるだけのようだった。

……結局、ヴィータは、それを了承することにした。
というのも、今の艦船は遥かな距離を数分と掛からずに航行できる。
”グリッド”上の経路を使えば、もはやその速度は光速を超える。

記録に残りさえしない、一瞬だけ、一度だけのゲート解錠だ。

そう、なんてことはない。一瞬で済むことだ。
そうして、彼女は了承した。

――だが、ご存知だろうか。

そもそも”グリッド”とは、宇宙の宙域をまるごと殲滅するのに使われて来たのだ。
それは軍による殲滅ではなく、物理的に経路ごと狭めて圧搾する破壊手段。
ペトルフ人はその際、すでに過去の民族となっている。

――そう、徹底的な鏖殺の果てに。

ヴィータには透視能力もある。
”グリッド”の外から近づいてくるの船団の影も、ぼんやりと見えていた。

……だが、問題はそこではない。
問題は、その種類だ。

つまり……外にある艦船がどれだけ近づいても、彼女一人の能力で、
その造形が、その種類が特定できるほどに、はっきりと見えるだろうか?


――否である。

……だが、それを知ることなど、果たして出来たのだろうか。

そして、ヴィータは”グリッド”を開いた。
他でもない、ペトルフ難民の為に。

そうして入ってきたのはペトルフの難民船。

――では、なかった。そんなものは無かった。
なだれ込んで来るのは、帝国艦隊の軍勢の群れだった。

……そして、先程述べたように今日日、
”グリッド”を航行する戦艦の速さは尋常なものではない。

そもそも、この世界での戦艦の速度は円熟したものとなっており、
大概の目的地までなら数秒で事足りる。

それがかの”グリッド”上ともなれば、光速さえも超えるほどだ――。

――”グリッド”上を航行されてしまえば、もう全ては手遅れだった。

その迅速で徹底的な攻勢には、防衛戦さえ成立しない。
蹂躙だけが、そこに在った。

帝国軍は既にサイキックの駐留基地や拠点を調べ挙げており、
初手でその殆どを襲撃することに成功していた。

理解に感情が追いつく前に、彼女の母星の地表は爆撃で焦土と化した。
反応する時間は皆無だった。数時間もすれば、遺るものもまた皆無だろう。

――それでも、彼らは最善を尽くした。
即時の応戦も試みた。かの信号を逆探知し、今なお攻め入る戦艦を撃墜しようともした。

……だがそれでも、在ったのは圧倒的な絶望だけだった。

怖気と、潰しても足りないほどの自己嫌悪と……
戦火の中にいる恐怖と、恐慌と……

……そして等しく、地獄そのものに、踏み込んだ感覚があった。
決着など、最初から決まっていたのだ。

はるか上空から砲台が、こちらを、この基地を狙っている。

……すぐに、親しい友達も上官も、全てが灰になった。

彼女と、共に。

(――少女が溺れるように泣いた後で、目覚めたのは白い世界でした。

けれど、彼女にはもうわからないのです。

涙の理由と、その酷く痛む胸の痛み、その理由さえも……)

彼女もまた、すでに死んだ存在です。……私たちのように。
そして、同様に記憶を全て失った存在でもある。

……だからこそ、私は興味がある。
彼女が、自分の涙の理由をどう理解したのかを。

……そして思うのです。
目元を拭った後、嘆きの他に、彼女は何を思ったか、と。

それは、罪悪感でしょうか? 果たせなかった責任の重さでしょうか。
……でも、どうも違うように思うのです。
もしかしたら私、こう言ってあげたいだけなのかもしれません。
『そんな事を感じる必要はない』、って。

だって……全て間違いだったわけでは無かったのですから。


――知っているって、結局なんなんでしょうか?
だって今、彼女が知っていることは、もう何もありません。
なにもないんです。

……そして、この物語ももう終わり。
立ち上がった彼女もまた、記憶片の世界を彷徨うのでしょう。

だからこそ、問われるべきだと思うのです。


……果たして、彼女が知っていたことって、なんだったんでしょうか?

English (未記入)
 

Dark Ambition

 

 13-1 

解禁条件 楽曲「Crimson Throne」のクリア

日本語

ここは、影に満ちている。
存在しうる全ては暗く、冥闇(くらやみ)に侵されている。
 
まるで汚泥のようにねばついて、汚すような陰影ばかりの空間。
今もちらりと舞い込んだばかりの光が、どろりと飲まれてすぐ失せた。
 
まるで砕けた誰かの心のような闇、それだけが広がるこの場所で、
音も失せ往くこの場所でーー少女は、ようやくその双眸を開く。
 
漆黒の中に妖しく輝く、深い紅色の瞳。
今、この『虚無領域』でイリスは目を覚ます。
 
何も存在しないはずの虚空から、不可思議な虚無の膜から、
己を持ち上げるようにして、少女はその体を引き抜いていく。
 
すぐに、纏わりつくような抵抗感。それはタールのような『虚無』の泥。
縋り付きへばりつくそれらにも関わらず、強引に彼女は引きちぎっていく。
 
解き放たれる髪、自由になる体。
服まで引き抜いた頃には、その両足はようやく踏みしめていた。
ーー先程まで概念すらなかった、地面というものを。
 
足元に宿る、足場を示すような、かすかな光。
こうして、生まれ落ちたばかりの少女は跪く。
 
着地、接地
肩口から掛かるコートが、一拍遅れて落ちる。
 
少女は自分を知らない。少女はこの場所も知らない。
立ち上がると、己が何もない中に浮かぶような心地がした。
 
脳内に響く音、聞こえる名前ーー『Arcaea』。
わかるのは『ソレ』が、場所であることと、
そしてこの場所が、『ソレ』ではないこと。
 
ーーそして『ソレ』は楽園で、
彼女が生まれられなかった場所だということ。
 
少女は旅立つ、混沌入り交じるその先へと。
先程まではなかった足場が、その足元で自ずと形作られていく。
 
歩くそばから歪んで、ひっくり返っていく世界。
 
当然、彼女が歩み進む道もまた、いびつに折れては畝っていく。
ときには彼女の気分に沿うように、時にはそれに逆らうように。
 
それを、気に留めない、戸惑わない。
少女が止まることは、ない。
 
だってここで生じた、ここで生まれた。
ならばここは、彼女の『領域』だ。
 
恐れるものなど、ありはしない。

English (未記入)
 

 13-2 

解禁条件 13-1の解禁 & 楽曲「Lucifer」のクリア

日本語

燦然ときらめき、輝くようなモノではないものの、
この暗がりに唯一つ、かの楽園への道はそれでも確かに存在する。
 
だが、少女はそこに惹かれているわけではない。
かの楽園そのものに焦がれているわけでもない。
 
『Arcaea』が確かにそこにあり、現に少女はそこに手を伸ばしている。
それは欲望からではなく、ただ、そこにあるから向かっているだけなのだ。
 
道すがら、少女は多くを知っていった。その楽園と、その歴史と。
ーーどうやら『Arcaea』は、愚かな少女達の箱庭らしい。
 
例えば、頭がお花畑の、浅慮で蒙昧な少女だとか。
例えば、稀有な勇猛さゆえに、茨の道に追い立てられる少女だとか。
たった二人でこの有様。他にも、枚挙には暇がない。
 
散漫に漂う硝片らを眺めて、迂愚にも彷徨う少女ら。
浅薄な笑みをくゆらせるばかりの、有象無象のその多く。
 
笑みとは浮かべるものではない。纏うものだ、誇示するものだ。
ならばこそ艶然に、悪辣に咲かせるべきだ。
ーー黒曜の少女はそう常々思っていた。
 
『窓』のようなそれ越しに知った、無彩色の世界、流浪の少女たち。
イリスからすれば、憐憫さえすれど、羨望とは程遠い、そんな向こう側。
 
見れば解るだけの世界さえ解さない少女たちだ。
こちら側では、立ち寄ることさえ叶わないだろう。
 
それから『虚無領域』の中、永い、長い時間を過ごしたイリスには、繋がっているような感覚があった。
『虚無領域』そのものとだけではなく、『Arcaea』とも。
己が特異なことは知っている。己が奇異なことも知っている。
イリスを除く全ての少女が、暖かく眩い光に祝福されて目覚めているのだから。
決定的に、彼女だけが誰とも違っているのだ。
 
「......そう、コイツもね」
 
光を湛える『窓』の前を早足で横切りながら、彼女はいた。
イリスを追従してくる『窓』に映るのは、見慣れた少女。
その目元には、見せびらかすように光るモノクル。
 
「それで今日もなアに?ひとりたのしくヒトリゴト?」
 
歩く少女に、『窓』は追従する。
有り余る退屈のまま、そこに映る顔なじみ(一方的だが)を眺めていた。
 
片眼鏡の少女が目覚めたのと、イリスが生まれてからは同じぐらいになる。
その殆どの時間をどうやら、スミレ色の髪をした彼女は、一人でベラベラとくっちゃべって過ごしているようだった。
 
『......』
 
けれどなにか、今日の彼女は違って見えたのだ。
 
「......、?」
 
顔なじみの少女は、おもむろに学を前にして。
 
ーーそうして手元に形作られる、小さな生き物......管属のような何か。
おそらくは辺りにありふれた硝片が材料なのだろう。
 
静止と、静寂。
 
『窓』の映像が止んで、虚空に融けて消えても、
イリスは、動けないままでいた。呼吸さえ忘れて。

「......は、はアー......?!
私、なんで思いつかなかったの?」
 
取り掛かる。
少女作るのはしかし、愛玩生物などではない。
そんなものは、いらない。
 
少女もまた、掌を前にして。自分なりに、把握した感覚で。
すると眼前の『虚無』ーーその小さな一部が、ぼろりと崩れた。
 
「ーーつ!......っはは、当然よね」
静かなつぶやき、噛み殺すような嗤い。
「ここは全部、私の『領域』なんだから……!」
 
この『世界』の、または『自分』の、
あるがままを受け入れたモノにこそ、『世界』はその全てを与える。
 
ーー知っている、『窓』の向こうで何度も見てきた。
 
だからこそ、それは『虚無領域』でも同じだと思い込んできた、
そんな己を今、少女は忸怩たる思いで責めていた。
 
思えば何もかもがヒントになりえたはずなのだ。
足元に生じていた道のような足場は?そしてそれが前方に伸びていたのは何か?
ずっとずっと、己の意思によるものではなかったか。
 
それは、遥か地平線を見た者が、海原は最果てを目指すように。
それは、途方無い山を見た者が、登攀に駆り立てられるように。
 

それは、火の熾し方を知った人間が、その脳裏に焔を宿すように。
 

少女の胸に灯るのは、ある冒涜的な好奇心ーー

「 (この『力』はいったい、何がどこまで出来てしまうのだろう?)」
 
ーーただ、その答えを知りたいという、暴力的な渇き。
 
ここに白妙の世界を知った、闇夜から生まれた少女が一人。
渇いたまま、かの永久の陽光の地に、夜を齎すと誓ってーー。

English (未記入)
 

 13-3 

解禁条件 13-2の解禁 & 楽曲「Anökumene」のクリア

日本語

途方も無いことを為すには、途方も無い時間が必要だ。当然である。
だから少女は、膨大な時間を捧げていった。奇抜さなどに優く事はなく。
愚直に只管に、ただ己の異能を磨くことから始めたのだ。
 
こうして今、彼女の胸にはただ自負があった。
過ぎ往く時間の全てな砥石にして、今日まで形作ってきたのだ。
 
体勢を整える。
異質に浮かぶ硝片たちの横に位置取って。
 
「……今ッ!」
 
掌を、前に。
そして、少女は遠くに見える『窓』を”潰す”。
微かな白さを帯びた次元扉は、黒い煙となって宙に融けた。
自壊するように光を失って。
 
「......まあまあ、ってカンジ?」
 
この『虚無領域」は、大部分が謎に満ちている。
それでも、ある程度の法則に基づいてはいるのだ。
存在するようで、存在していない不可能物質ーー『虚無』
 
ある種名前通りの物質で構成されたこの領域には、重力がない。
方向という概念が一過性で、揃うことがない。
 
その一方で、何らかの思念を基に形を取ろうとする性質を持っている。
意識下だろうと、意識上だろうと、一度道を思い描けば、
この暗澹とした空間にも、足元というものが形成されうるのだ。
 
その上で、この空間は無際限というわけではない。
近寄りすぎれば、魂ごと粉微塵に消し飛ばされる淵の際ーー「最果て」がある。
 
加えて妙なことに、ここは『Arcaea』と完全に無縁というわけではない。
.....厳密に言えば、干渉を試みてくる、というべきか。
まるで必死ささえ感じられるような様子で、「窓」が現れるのだ。
 
ぎちり、と握りしめる。
指間から滲む、実体無き『虚無」の小さな束。
 
己の手を凝視して、少女は意識を集中する。
 
『……』
 
指を解く。すると、硝片の一つがその掌の上に浮遊していた、
 
「……ふん」
 
解せないようなため息。そもそもこうしてあの世界に干渉を試みることと、
硝片が現れることに関連性はあるのだろうか?
 
仮にそうだとしても、一貫性があるようには思えなかった。
 
とはいえ、彼女がもう一方の世界、
かの楽園に手を出せないかと試すうち、独特の感触を感じることがあった。
例えば、『暖かさ』とか『喜び』に似た、得体のしれない感覚だ。
 
そんな言い表しようのないそんな感触が腕を乗り、指が震える。
その感触の瞬間、集中すればーーこうして硝片が掌に現れる.....事がある。
確率は安定しない。大体の場合、文字通り掌には何も生じはしない。
 
だが、現れた。硝片は今、ペットかなにかの記憶を映している。
微動だにしない興味のまま、首を傾けるようにして視線を外した。
 
少女には特殊な能力がある。『虚無領域』を御しうる、そんな力が。
だがそれ自体、いつかの片眼鏡の少女のモノよりも途方もなく難解で。
未だイリス自身が、自身の能力への理解が追いついていない。
故にまだ、届かない。
 
微かに響く、歯軋りの音。
 
少女は正しかったらしい......先程までの、独特な感覚については。
すなわち、硝片や、かの楽園に干渉するには、「虚無領域』で力を行使するような、意思を伝播させる感覚ではなく、
世界まるごと歪曲させるような感覚がいるらしいのだ。
 
文字通り、暴風のような、どうしようもない事象を捻じ曲げるような感触だ。
 
幸い、嵐のような何かなら、既にーー自ら生じる『ソレ』がある。
それは留められないほどに、膨大な力。
 
そして力を御し、指向性をもたせるような、あるいは舵を取るような力も、
遅まきながらもしっかりと、少女の中には育ってきていた。
 
脳裏にある比較対象は、これまでに見たいくらかの記憶だ。
生命ごと削ぎとるような豪雨に、全てを組み伏せうるほどの暴風。
 
さしずめ『虚無領域』を天秤に乗せるならば、台風の目と言ったところだろう。
中心自体に力があるわけではないが、周囲には莫大な力が渦巻いている。
 
そう、少女の傍にはずっと渦巻いていたのだ。そんな途方も無い力が。
 
....だから少女には、『力』の動かし方自体は分かっている、そのはずなのだ。
 
とりあえずの所、彼女は『窓」が閉じられるようになっている。
 
『虚無領域』で、波打ち蠧くような感覚がしたときは、
一部を破砕出来るようになることも、彼女にはわかっていた。
 
あの不快な蠧きも、『領域』の何処かを破れば治まる。
ーーそして破砕された『虚無』はどうやら、従順に命令に従うようになるらしい。
 
そのタイミングだけは、少女にも自由に『虚無』で何かが出来る。
自分だけの『窓』を作ることだって可能なのではないかと、そう考えていた。
 
とはいえ、未だその機会に恵まれても、常にそれを逃してばかりではある。
だが、確かにチャンスはそこに有るのだと、イリスは確信していた。
 
では、少女が作りたいものとは何かといえば、『道』だった。
厳密に言えば近道だ。かの楽園、『Arcaea』まで途方もなく歩くのではなく、
力づくで活路をこじ開けるーーそれが、彼女の狙いだった。
 
ーー刹那、体を違和感が襲う。
感じた。『虚無』が渦巻くように蠢いた。
ゾクリと背中を走る怖気に、少女は視線を周囲へと走らせた。
 
静止する、停止する世界。
カメラで魂が抜き取られたように。
そして世界は突如、奇妙にも、普段通りに感じられて。

.....その感覚と共に、少女の貌には笑みが咲いていた。
 
まったく丁度いいタイミングだ。出来過ぎているくらいかもしれない。
それとももしかしたら、冥闇が味方してくれているのやもしれなかった。
 
片手を上げ、イリスは眼前の虚空を掴む。
 
ー一返ってくるのは、すこし厚みのある布のような感触。
乱雑に引き剥がせば、現れる突然の白光。
 
混色の瞳孔が収縮するころにはもう、その口端は歪んでいた。
 
そうだ、『窓』はこうして作るのだ。
 
すぐに眼前、『虚無領域』そのものを引き裂く。
そうして現れる、顕になるーー白亜の世界、かの楽園。
 
広がる空からの絶景、ここがヴァンテージ・ポイント。
射し込む光は、痛覚を伴うほどに鮮烈で。
けれどその痛みを懐く暇もなく、吹き込む突風ーー世界が呻き、抗っているのだ。
 
今、かの楽園はここにあった。
この『窓』を挟んですぐ向こうに、通行不可だったモノのすぐ先に。
 
ーーそう、”だっだ”。今日、今この瞬間までは永劫に、延々と。
 
「ッ、このォ……!!」
 
呼び掛ける。纏わせる。『虚無」を蔓のように、己の腕へ。
少女の腕にて捻じれ、混じり合い、混沌は螺旋を描く。
 
ーーこれは、チャンスだ。
 
引き絞る、振りかぶる。
力のままに、漏れ入る陽光に冥間を叩きつけるーー。
 
混じり合う光と闇、砕け散っていく硝子のようなモノ。
それは、突き残られた『窓』“だった”モノ。
 
転がるように、もつれるように。
こうして少女は、向こう側へと堕ちて行く。
 

English (未記入)
 

 13-4 

解禁条件 13-3の解禁 & 楽曲「Crimson Throne」のクリア

日本語

『願い』とは、きれいなことばだ。
明るくて、希望があって……どこか、約束のような輝きがある。
 
ならば、かの少女の『願い』はどうだろう。
儚い幽い冥闇から生まれた、少女の心に芽吹く『願い』は……?
 
そも、昏い『望み』とは何か?希望では有り得ない。
それは嫉妬だろうか。それとも恐怖だろうか。
 
ーーーー否である。
 
その『願い』は、ただ己のために。
ひとえに、少女自らのためだけに。
 
それは、『微慢』という旧き罪のひとつ。
 
重力に捉われたイリスに、『虚無』の手が届く。
 
即座に追いすがり包み込もうとする眩い光と、
彼女の周囲に散らばる、空間だったモノの磯片と。
諸共落下しながら、けれど地面まではまだまだ遠い。
 
塞がれていく『窓』が見える。
『虚無』も必死にすがるように彼女を包んで、けれどまだわずかな命を湛えていた。
自身の周りに纏わせて、少女は影が己の一部となることを許す。
落ち続ける視界の中で、渦巻いていく雲々。
 
孤高の黒曜は落ちる、堕ちるーー。
輝くような嗤いを咲かせて、その胸中は高場でいっぱいで。
まもなく消え入りそうな虚影に、己と共にあるように命じた。
そうして、少女はさらに冥く染まっていく。
 
このとき、イリスは気づかなかったが、すぐ近くに落ちていくものがあった。
それは紅の夢星ーー彼女もまた、咲いながら、満たされているようで。
 
けれど、冥闇に包まれたばかりの紅黒の彼女には見ることが出来ない。
そも見えたとしても、視線を向けることさえなかっただろう
 
無彩色の大地へ、イリスは落ちていく、
『虚無』の力、虚影のおくるみに包まれて。
けらけらと強いながら、ただただ狂喜のままに。
 
掌を向ける一一誰の真似でもなく、喜びのままに空に向けて。
掌を向けるー一同化した『虚無』の力を宿して。その矛先は雲々へ向けて。
刹那、空を駆け巡る莫大な力ーーだが、空を掌握するにはまだ足りない。
 
それでも、ほしい。彼女はほしい。
今や影と願いも体も一つにして。
欲望のまま、その感情のままになけなしの『虚無』の力を振りかぶる。
無数の闇が、影が手指となって今、大空を追い立てていくーー。
 
やがて、雲も捉われるだろう。その影の掌に。
すぐに、空も掴まるだろう。その冥き指先で。
 
そして今、閉じられた五指ーーここに、空は掌握された。
 
圧倒的に、鮮烈に、振るわれる腕。
暴力的に、残酷に、劈くように引き裂かれる蒼穹の白。
 
傍らで、忠節を尽くすように、虚栄は少女の直下に己を積み上げていく。
今なお落下を続けながら力を振るう少女を、無事に接地させるために。
 
そうして、真紅と黒曜.....二人の少女は落ちていく。
明るさと一緒に、落ちていく。
 
揺らぐ光、引き裂かれた雲。
そしてすぐに顔を引かせる、新たな空ーー夜の帳。
世界の半分が今、夜間と星空に沈んでいく。
 
深淵なる『領域』から訪れた、黒曜の果、
囚われること無く雲々を裂く、紅の夢星。
 
ーーかくして、陽光と闇夜は出会った。
 

English (未記入)
 

Astral Sea

 

 14-1 

解禁条件 楽曲「To the Milky Way」のクリア

日本語

「(……こんなに夢っぽくない夢って、あるんだ)」

ふんわりと、そう思った。
……思いながらまだ、夢のはずって思ってる。

この世界には、夢みたいな景色がある。
平衡感覚がおかしくなりそうな、一色の絨毯のような花畑とか。
川によるものなんて信じられないくらい大きな渓谷と洞窟とか。
いつかの冬にはただの雫だったものが、氷の塔になっていたり。

キセキみたいで、キセキじゃなくて。
夢みたいなのに、夢じゃなくって。
まるで現実ですらないみたいな、でも、現実の景色。

もちろん、全部そこには理由があって、原因がある。そうわかってしまう。
植物の育ち方とからだ、すがたをかえる水、温度とものの変化ーー小学生のころの記憶。
この世界の当たり前、自然の法則でそうなるって、知っちゃってる。覚えてる。
心も、頭の中も、想像力もーーまるごと掴まれちゃいそうなのに。

だからやっぱり、これはキセキ。夢なんだ。
だって学校でも授業でも、科学館でだって教えてくれないもの。
空にふわふわする、魔法のガラスのことなんて。

崖の上に立って初めて、ようやく一望できるこの静かな夢ーー白い世界。
遠くには直立し、あるいは傾き、荒れ果て、あるいは綴じられた建物たち。

そんな世界を見て、脳裏によぎるひとつの言葉……『Arcaea』。
けどそんな単語、わたしの記憶には馴染みがなくて。

ソラにふよふよ、ガラスのカケラ。きらめきながら、多くを映してる。
誰かの笑顔、どこかの風景……まるで映画、おとぎ話。
これもまた、『Arcaea』の一部。

一つ一つのきらめきが、吸い込まれそうな1カット。宝石みたいな迫力。
だからこそ、すべてが夢みたいで、夢を見てるって分かる。

……本当に、こんなに夢みたいじゃない夢って、あるんだね。

「……、?」

ゆめみたいじゃない、ゆめ?

ぴたっと静止(ぽーず)、ハッと衝撃(しょっく)。
そうだ!とつながるシナプスに、思わず声は大きくなる。

「こ、これ……明晰夢ってやつなのでは……!?」

こだまする声が耳に返る前に、
スパークした興奮のまま、ぴょんぴょんと跳ねてしまったり。
ふおお、なんだかすべてが繋がったみたいでピリピリする!

……まって、夢ならそれって。

「……できちゃうやつ?もしかしてできちゃうやつなのでは?」

思わずお手々組んで唇に当てちゃうやつをしました。
だってそれってつまり……!

「空、飛べちゃうのでは?!」

立てば吉日、立つは崖際。さあ、行くぞあと一歩ーー!

……だからこそふと立ち止まる。おちつく、おちつけ、クールになれ。
ショートしていた頭をブンブンと振る。

追いつく羞恥、こわばる笑顔。
「やややいやいやいや!!!おかしいってわたし、そうはならないじゃん!!」
行くぞじゃないよ、いや何考えてるのわたし。

へんな鳴き声を上げていると、内側からせり上がってくる、
ふわついた高揚感と現実みのある恐怖感がまぜこぜになったなにか。

お腹のあたりには、落下したときに全身で感じられただろう、
どうしようもない転落感が残っていて。

……この世界はリアルじゃないのに、感覚だけがこんなにもリアルなのは、ずるいと思う。

「うぐぐ……!!」
漏れるうめき声、ついて来る苛立ち。

「や、違うの。違うんですよ??!
だって初めてのほんとの明晰夢だよ!?やるでしょ!!?」

きっと誰だってそーする。わたしもそーする。

……だって、もしも夢を見ながら、
それを理解できてて、現実では出来ないようなことができるなら。
願いは叶えられる。空だって翔べる。鳥だって蝶にだって、なれるはずだから。

……でも、ほかでもないわたし自身が足を止めたんだ。
邪魔をしたのは自分が、魔女でも、魔法使いでもないって、わたしの意識。
まだこの世にないものを最初に手折るのは、いつだって自分なのだ。

ーーにぎやかな少女の名前は、奈実。とくに、ふつうの女子高生。
ちなみにその後、付近を慎重に探索して、降れる道を粛々と降りていったとさ。

English (未記入)
 

 14-2 

解禁条件 14-1の解禁 & 楽曲「クロートーと星の観測者」のクリア

日本語

「(……世界も、自分自身も、わたし自身の認識だから変えられないんだね)」

「(でも待ってここまで意識がはっきりしてるならわたし、
自分の無意識の世界を探検できちゃうってことでは……!?)」

そんな仮説にたどり着きつつ、少女は現在、
さきほどまで立っていた崖の下へと向かう道にいた。

少女は知らなかったことだが、この白すぎる世界のどこもがそうであるように、
彼女が通るその道にも硝片が列をなすように点在している。

硝片らはここでも気ままで、触れようとすれば離れるものの、
願うものには競うように身を寄せてくるのだ。

少女にも硝子たちの内側に映るものが見えていたが、
その殆どは普通ながら、それでも多くは奇妙な有様だった。

ある硝片では、ローブ姿の人々が手から色とりどりの煙や火花を散らしていて。

またある欠片では、少女が立った渓谷に似たーー
けれど、全ての色が反転した風景が写っていて。

あるいは、双角を持つ人々が、何らかのエネルギーの渦を監視する様などもあり。

「(待って、この人たち鬼とかそういうやつでは……?)」|「か……」

「かっこいい……」

思わずかけらに近寄ってしげしげと見つめるやつをしました。
かっこいいものはかっこいい。ため息も出るというもの。うん。

でもかけらさんは触れさせてはくれないらしい。ぐぬぬ、いけずめ。
眉間に寄ったしわを伸ばしつつ、しょうがないので先に進むことにする。

未練はタラタラです。というかなんでわたしの夢なのにわたしの要望が通らないの……?

見える風景は未知なれど、崖沿いの道は二度目くらい。
わたしの地元はいわゆる山岳地帯と言っていいとげとげしい地形に恵まれていて、
青々とした山稜はもちろん、雲にも届きそうな山嶺はご近所さんだ。

や、過言かも……でも気軽に行けるくらいの距離にはあったから、
お休みの日に、友人家族と日帰りで行くこともあったっけ。

引き続き、手をつきながら降りていく。
ふと、何気なく手を置いた壁面は……白い岩。
ーーこれは石灰石……じゃないやつでは?

なんだろう。地学の知識を掘り起こす。
斑状組織?等粒状組織?多孔質組織?
うんうん、いろいろあった気もするね……

「よーし、わからないっ」

そもそもわたしは教室の外のほうがたのしいタイプだ。
座学は眠くなる。実習はピンとこない。
スポーツは楽しい。楽器も楽しい。

すなわち岩、きみとはわかり合えないや。|それでもやっぱり、興味は尽きない。
「地学を思い出しちゃうのもしかたない、かな……」
見慣れない景色って、不思議と眺めたくなってしまうもの。

落ち着かない視線のまま降りつづける。
ようやく視線を前に向けると、眼の前で消える、カケラさんたち。

まるで壁面に透過していくような、曲がり角に折れるような……、、?
そっとそのあたりに近寄ってみると……。

「ど、洞窟……!!」

はい。視界に入った途端に声がでてました。
そのまま飛び込んだし、なんなら走っています。

だって洞窟って、わくわくするでしょ……?!

どうやらカケラさんたちは導いてくれてる。
わくわくをそのままに、奔る、走る!
一緒に駆けると、同じ群れになったみたい。

足並み合わせて、速度も合わせて。
疾く早く、もっと遠くへーー。

ーーそうして最終地点、行き止まり。

急に開けた視界の先、
あったのはとてつもなく大きく、広い吹き抜け。
さっきまで立っていた崖の内側にあるのが、信じられないくらい。

……そこでわたしは、さらなる『キセキ』と出逢うのでした。

English (未記入)
 

 14-3 

解禁条件 14-2の解禁 & 楽曲「Altair (feat. *spiLa*)」のクリア

日本語

時に世界を『創造』するというのは、可能だろうか。

たとえば、主観と現実を同一視する捉え方がある。
自身に対する認識が、そっくりそのまま自分を定義する、というものだ。

仮に、ある者が蝶になる夢を見たとする。
蝶になる夢を見た者は、すなわち蝶になったのか。
それとも、人になる夢を見ている蝶だったのか……そのような話だ。

自分が持つ知識は、世界の一部であると言える。
その知識は、今も現実を形作る断片だと言えるだろう。
つまりは、世界の断片というわけだ。

君の世界はきみの頭の中にしかない。
仮にその中の思考、感情、過ぎ去った過去を実体化、
または物質化が出来るなら、それらを紐づけて、
まったく新しい何かを生み出すことが出来るのではないか。

そんな発想のもと作られた場所を今、
少女は目の当たりにしていた。

ーーすなわち概念の書庫、『記憶庫』である。

ただの崖の中に収まりうるには膨大すぎる、あまりにも莫大な『図書館』。
もはや、『図書館』という単語では役不足にすぎるだろう。

そびえる門のひとつひとつは、自ずと少女を迎え入れるように開いていく。
彼女が奥に進めば進むほど、なんだか異界の門をくぐるような心地さえする。

すると少女の後ろから飛び出す、光と硝片。
螺旋を描いて、山の虚ろな中心に向かって、整然と列を作っていく。

眼前に広がるは、無数無限の『概念』の書庫。
自律で収集・分類されては収まっていく、途方もない数の『概念』たち。

少女の背後から、今なお硝子に流れ込む、新たな『概念』。
頭上よりきらめく数多の硝片の光が、この莫大な概念庫を照らしている。

さらに一歩を踏み出して、少女はあることに気がついた。
足元、照らされた道は不思議なガラス製ではなかった。
硝片だと思いこんでいた床はその実、目を疑うほど皚々とした石畳。

それは、明確に人の手によるもの。
人工の建築物をその内に融合させたものこそ、この山の全貌だった。

少女はこうして、山であって山ではないモノ、
その実態を知ることとなったのだ。

少女の周囲、きらめく硝子が照らす世界は、まるで彼女を誘うよう。
螺旋階段や棚々、横柱、すべてが不可思議に絡み合い、
それでいて視線を釘付けにさせる魅力があった。

一歩、また一歩と置き石を踏みしめ、通り過ぎたところで、
ふわりと複数の硝片が彼女に付き従い、肩のあたりに漂っている。
その光は、少女の肌に温もりを与えるようで。

「わあ……」

知らずと口から零れる、心からの感嘆。

「この場所わたし、すきだなあ……」

すると花開くように輝く壁面から、降りてくるひとひらの硝子。

少女の上に漂うと、硝子は手のひらの間にふわりと収まった。
波と水が織りなす世界が、その中ではキラキラと光を湛えていて。

息を呑んだ。
見た瞬間からただ、『行ってみたい』と思った。

硝子は願いに共鳴するように、少女は世界と融けるように、
彼女は『世界』を受け入れ、『世界(アーケア)』も彼女を受け入れた。

そして今、夢にあらず、
けれども夢のような世界は少女の願いを聞き入れるーー。

English (未記入)
 

 14-4 

解禁条件 14-3の解禁 & 楽曲「To the Milky Way」のクリア

日本語

「(これは夢、の中の夢……じゃな、い……?)」

理解よりも早くわたしを包み込む、染みるようなオレンジ。

沈む太陽、橙の融け往く海原、夕暮れ。
背面から波間のミルフィーユをくぐり、わたしは海原の奥へと惹かれていく。

正直、びっくりした。状況についてびっくりして、
海の中で息が苦しくないことにもびっくりする。
そして駆け巡っている思考という、あまりにも自然でない自然さにも。

だって、今巡ってるのはわたしの思考じゃない。

『ここに飛び込んだ本来の誰か』の思考で、
『ここに飛び込んだ本来の誰か』の経験なんだ。

……どうやらこの人は、恵まれていたみたい。

水のつめたさと、潮流のあたたかさ。
その2つがわたしで渦巻いて、心地よくて。
……ついつい、笑顔になっちゃう。

「それでここは……どこ?」

声に出して、聞いてみる。
液体ははっきりとこの音を運んでくれた。
そして思い出す。ここでは、『わたし』がひとりじゃないことを。

くるりとふり返る。集まってくる色とりどりの魚さんたち。
その左側からはわたしじゃない、『わたし』のよく知る人……小さな女の子。

こちらに難なく泳いでくるその子は、気易い様子でこちらに手を伸ばす。
きっと、いつものことなのかな。『わたし』はもちろん、その手をにぎる。

……なんとなく、ぜんぶがしっくり来る。納得できる。

二人で見るのは海の底じゃない。
海中からのオレンジ、沈みゆく太陽。

はるか上の波間に散った光が、乱反射する宝石の輝きのよう。
数えられないほど小さく散った光がただ、ただキレイで……。

ふと、きゅっと手を握ってくる、隣の子。
きゅきゅっと握り返すわたし。ふふ。

……海の命とその彩り、千々に散りゆく陽光、
全部が全部、あたたかくて。

その時、ふと気づく。こんな夢みたいな楽園なのに……

……これもだれかの想い出のひとつなんだ、って。

ただの事実、すこしだけヘンな、小さな気付き。
こんなに気持ちいいのに、その事実だけがおかしくて。

……でも、ホントのことは今はいいんだ。今はいいの。

ただ、あのあたたかい太陽が落ちて、
この海の上から見えなくなるまで。

ただ、星々がはるかな空の上、ちらちらと顔をのぞかせて、
この海の上にやってくるまで。

今は、この手を繋いでいるだけでいい。それでいいの。
だって今は、こんなにも心地いいんだから。

……きゅっと、もう一度強く手を握った。

これは『記憶』で、誰かの『想い出』。
この前の世界には、そんな『想い出』がたくさんあった。

なんとなく、予感がする。
この『想い出』から覚めても、起きるのはあの世界だってこと。
……でも、もうわたしは、それもいいと思ってる。

だって、たくさん、たくさんの命がここにはあって、
誰かに見てもらえるのを待ってる気がして。

だからーー。

その笑顔は太陽よりも明るく、
心もまた、風より軽やかだった。

少女はここに、満たされている。
満たされる、楽園にいる。

ゆえにーー。

ーー「ここでなら、ずっと過ごせちゃうな」
ーー少女もまた、長い時間を過ごすのだろう。

English (未記入)
 
 

ストーリーの考察

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