ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第07話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 22:14:22

『揺れる想い』

 
 

「デュランダルはオーブか?」

 

 ブルーコスモスの定例会議の場で、老人の一人が驚いたように声を出す。

 

「左様、彼奴めは今、オーブに居る。潜入させて置いた諜報員から、それらしき人物が非公式に入国したと報告があった」
「元気な事だ。はしゃぐのが好きなところは、お前にそっくりだな、ジブリール?」
「ご冗談を」

 

 デュランダルはオーブに居る。その報を受け、ブルーコスモスの中でも動揺が起こっていた。そんな中で投げ掛けられた茶化しに、ジブリールは不快感を表した。

 

「どうやら、デュランダルの奴はオーブを取り込もうと考えておるようじゃな。あそことプラントが同盟を結ぶなりなんなりすれば、小娘が開戦に口出しをしてくるだろうよ」
「そうなればジブリール、貴様のプランも難しくなるぞ?あの小娘はナチュラルにも人気があるからな」
「……」

 

 老人達は、ジブリールが気に入らないのだろう。集団でいじめるように、ちくちくと小言を浴びせる。しかし、彼は動じていなかった。所詮は老い先短い老人の戯言と割り切っている。

 

「開戦を遅らせた結果です。あなたがそう仰ったので、未だに動けないのですよ。私のプランどおりではありません」
「ほぉ!私に責任を吹っかけてきおったわ」

 

 先日、開戦を遅らせるように言ってきた老人に向かって横目で視線を送るジブリール。そんな視線をものともしないその老人は、明らかに余裕を持っている。

 

「経験浅いお主が不安になるのも無理ないことよ。しかしな、後で私のいう事を聞いておいて良かったと思える様になるぞ」
「随分と自信が御ありの様で」
「そうよ。自信が無ければ、誰が開戦を遅らせるものかよ。デュランダルがカトンボのように小賢しい男だという事は知って居るからのぉ」

 

 この自信はあり得ない。ジブリールはそう思った。いくら自分の経験に自信を持っていても、デュランダルがオーブと接触することは、ジブリールにとっても面白くない事態なのだ。それなのに、それを許してまで開戦を遅らせる理由が、まだ掴めない。
 前回の会合での台詞を思い返してみる。確か、面白い男がどうとかほざいていたか。その男のせいで折角の開戦への道が閉ざされようとしているのなら、これは由々しき問題だ。その老人は、ブルーコスモスの精神に対する背信行為を行ったに等しい。
 しかし、この老人はこうも言っていた。その男はイレギュラーであると。その意味もまだ分かっていないが、もしそれが真実で、自分の全く想像の及ばないような切り札になるのならば、それはそれで面白いかもしれない。
 そんな事を考え、ジブリールはその老人がボケていない事を祈った。

 

「なに、後悔はさせんよ。成果も徐々に出てきておる。もう少しの辛抱じゃ」
「かしこまりました。しかし、このままデュランダルの小細工を指をくわえて見ているわけには参りません」
「どうするつもりだ?」
「丁度、大西洋連邦がオーブにちょっかいを出しているようです。彼等を焚きつけて、開戦への下準備をさせます」

 

 ジブリールは立ち上がり、少し不機嫌そうな面持ちでその場を後にした。

 

「…ふん、下準備で済めばよいがな。そのまま開戦じゃろ、普通は」
「そのつもりで動いているな、ジブリールは。やれやれ、若者は気が短いからいかん。もっと余裕を持たねばな」
「お主、あのままジブリールの好きにさせて宜しいのか?」

 

 口々にジブリールを批判する老人達。その中の一人が、開戦を遅らせるよう提言した老人に尋ねる。勿論、彼も分かっている事なので、それでいいのか気になったのだ。

 

「いいも何も、私に若者に抗する力なんぞ残っておらんよ。言い負かされて終わりじゃ」
「しかし、ジブリールに反対してまで提言したではないか」
「少しでも遅らせれればそれで良いと思っておった。それに、ここだけの話、実は殆ど出来上がって居るんじゃ」
「何と!」

 

 不敵に笑う老人。それに周囲の面々が驚きの声を上げる。部屋の中がざわめいた。

 

「あの男、かなり優秀な男だ。実戦配備までにはまだ時間が掛かるようじゃが、今開戦してもさして問題あるまい。私にとってはジブリールを抑えるほうが問題じゃ」
「お主もたぬきよのぉ」
「狐のお主に言われとうないわ」

 

 冗談を軽く交わし、残った老人達も部屋を出て行く。後に、彼等の懸念どおり、ジブリールが動かした大西洋連邦は戦争への扉を開く事になる。

 
 

 オーブでは、デュランダルとカガリの対談が行われていた。デュランダルの傍らにはタリア、カガリの傍らにはウナトとユウナがそれぞれついていた。
 前日の会食では他愛のない話しかしなかった。そこには、カガリを緊張させまいというデュランダルなりの配慮もあったが、本心は自分に対する警戒を少しでも和らげようとする目的があった。本番は正式に話し合いを始めるこの場だ。
 ある意味勝負をかけた話し合いは、デュランダルがオーブが直面している問題を指摘する事で始まった。

 

「大西洋連邦は、オーブに圧力を掛けて来ている。だから、代表はわざわざアーモリー・ワンに来て私にオーブからの難民による技術流出を防ごうとした…違いますか?」

 

 今回のデュランダルのオーブ訪問は非公式である。本来ならもっと豪華な客室で行うべきものだが、その辺の立場も考慮して普通の来賓室で行われていた。

 

「それは――」
「その通りです。我々としては、大西洋連邦の圧力は言い掛かりに等しいと思っております。なにせ、あなた方が勝手に受け入れた難民を、あなた方が勝手に就職させたわけですからな。こちらとしては不可抗力の問題です」

 

 カガリが応えようとした矢先、それを遮ってウナトが代わりに話す。カガリは、それを不愉快と思ったのか、ウナトを一瞬見やった。これではどちらが代表なのか分からない。

 

「なら、大西洋連邦が勘違いをしてオーブを敵視していると?」
「違いますな。彼等はあなた方を危険視しているのでしょう。戦争が終わって二年近く経っても尚、軍事技術に力を入れている。いつか再び仕掛けてくると危惧していたのでしょう。だから、我々からあなた方に言って聞かせるようにさせるための圧力であったと考えています。
オーブとプラントは友好関係にありますからな」
「成る程」

 

 オーブ側が言いたい事は殆どウナトに言われてしまった。勿論カガリもそれなりに返答を考えてはいたが、ウナトほど明確に答を持っていたわけではなかった。それを悔しいと思う反面、彼のような補佐がついていてくれて良かったとも思った。
 しかし、少しは存在感を示さなければならない。続けてカガリが口を開く。

 

「そちらにこちらの意図を伝えなかったのは申し訳なく思います。しかし、大西洋連邦の圧力は日増しに強くなっていたのです。切羽詰った状況であったことをご了承ください」
「いえ、こちらも今あなた方の言葉を聞いて理解しました。その様な状況であったのなら仕方ありません」
「では、彼らの技術の軍事転用を止めていただけますね?」

 

 デュランダルの肯定する言い回しに安心してか、カガリは安直に答を求めた。しかし、誰も和やかな空気を出そうとはしない。怪訝に思って周囲を横目で見渡してみたが、誰一人として表情を崩していない。

 

「それはまた別の話です、代表。単純にその提案を受け入れられるほど世界は簡単ではありませんよ」

 

 皆分かっていたのだ。こんな簡単に要求を呑めるのなら、最初から会談の場を取り持つ必要などない。この場はカガリの勇み足だ。恥をかいてしまった。

 

「問題はオーブからの難民の職です。プラントでは、彼等が一番優遇される職こそが技術職なのです。優秀なモルゲンレーテのあるオーブには分からないかもしれませんが、彼等は我々にとってとても魅力的です」
「だからと言って、軍事技術の開発に携わらせなくとも――」
「プラントには職の自由があります。そんな中で、彼等に最も待遇が良い職から身を引けと言えますか?そんな事をすれば、プラントの職業事情は崩壊してしまいます。あぶれた元オーブ難民の方々は訴訟を起こすかもしれませんね」
「う……」
「それでは非常に困るのです。折角ナチュラルとコーディネイターが融和しようとしている中でそんな事を起こされたら、今度はプラント国民のオーブ難民不審にも繋がってしまいます。代表は、今まで積み上げてきたものを崩せと仰るのですか?」

 

 デュランダルの言葉に、カガリは押される一方である。自分が思い描いていたシナリオは、そんなに甘い事だったのか。唯単に世界が力に制限を掛ければ良いと思っていた。しかし、実際にはもっと根底にある民の暮らしというものがある。
 安定した暮らしを求めるなら、より優遇された職に就くのが常道である。特に、難民として受け入れてもらった立場の彼等にはプラントは住みにくい場所だ。そんな彼等が対等に扱われる為には、秀でた能力をフルに生かし、認めてもらうしかないのだ。

 

「私は――」
「ウナト殿は、どう思われていますか?」
「そうですね――」

 

 終わった。この時点で、自分とデュランダルとの話し合いは終わったと見ていいだろう。彼が自分にではなく、ウナトに話を振ったということは、話し相手として不足であると捉えられたからだ。
つまり、カガリはデュランダルにまともに自分と話す能力がないと判断されたという事になる。
 これはカガリにとって屈辱だった。まがりなりにも、オーブの国家元首の座を父より引き継いだ後は、自分が国を治めてきたという自負があった。だから、セイラン親子の助けがあったのを差し引いても、自分は良くやっていると思っていた。
 しかし、実際にはセイラン親子が自分を補佐してくれなければ、話すらまともに出来ない。全く、今までは思い上がっていたと言う事か。悔しさが、カガリの肩を震わせる。

 

(――!)

 

 と、その時握り締める拳に、隣に座っていたユウナが手を添えてきた。包み込むように柔らかく、そして優しかった。少しだけユウナに顔を向けてみる。

 

(大丈夫だよ、カガリ)

 

 そう言っているように見えた。ユウナは、カガリを見つめたまま優しげに微笑んでいる。それが、何となく無性に悔しかった。この場にいる中で、自分だけが何も知らないお子様のように思えたからだ。
 カガリは俯き、歯を食いしばった。このままでは済まさない。もっと、自分に力をつけ、いつかデュランダルと対等に話せるようになってやる、と心に誓った。

 

「確かに、受け入れてくださったオーブ難民の件に関しましては、現状維持が望ましい事と思います。しかし、それはプラント側の話であって、こちらとしては余り歓迎できる事態ではないのです」
「承知しております。大西洋連邦の件でございましょう」
「それが分かっていらっしゃるのなら、余りカガリ代表をいじめて下さらないでいただきたい」

 

 このように言われるのが最も惨めだ。まるで自分がいじめられっ子になった気分だ。さしずめウナトはそれを咎める優等生の役割か。あざといのにも程がある。
 しかし、カガリにはこの場の話に加われるほどの力量というものを持っていない。故に黙っているしかなかった。

 

「その様なつもりはありませんでしたよ。しかし、もし失礼に思われたのでしたら申し訳ありませんでした。ただ、事実を述べただけなのです」

 

 いやらしい言い方だ。こうして自分を弱らせるのが目的だろうか、とカガリは考える。

 

「いえ、そうでしたのなら、こちらも何も言う事はございません。それで、大西洋連邦の話ですが、彼等が引き続き圧力を掛けてくるようであれば、これはオーブにとっては由々しき問題になります。
先日のユニウス落下事件、あれが人工的に引き起こされたとなると、大分厄介な問題に発展する可能性が出てきます」
「マスコミでもユニウス落下が人的な作用によるものだと推測するものが出てきていますね。しかし、まだ真相は公にはなっていません。ならば、これが厄介な問題になると、何故お考えですか?」

 

 デュランダルはウナトを疑う。ユニウス・セブンの落下原因は、まだ公には判明していない事になっている。それなのに、これが人的な理由で引き起こされた事を前提にするような言い分に、デュランダルは引っ掛かったのだ。
よもや、ウナトほどの人物がマスコミの言う事を真に受けるとは思えない。
 ウナトはブルーコスモスの盟主とロゴスのメンバーを務めるジブリールとのパイプを持っている。ジブリールはファントムペインの持ち帰った映像でユニウス・セブン落下の真相を知っている。故に、その事を知らされたウナトもユニウス・セブン落下の真実を知っているのだ。
 しかし、ウナトはこの場でその事を口にはしない。自分の推論を述べるだけに留める。

 

「簡単な話です。衛星軌道上に百年単位で安置されていた物体が、何の前触れもなくいきなり地球に落下したのです。裏に人的な影響があったのはほぼ間違いありません」
「そうです。私もユニウスの破砕作戦の時にミネルバに乗って事の顛末を見届けました。その時に首謀者らしきジンを見かけましたが、それはザフトとは関係のない部隊です」

 

 ウナトは一々突っ込まない。ジンが現れようとも、ザフトはユニウス・セブンを砕いた。もしザフトがユニウス・セブンを地球に落とそうと画策していたのなら、それを阻止しようとするのはおかしい。
自作自演という可能性もあるが、これ程分かりやすい工作をしたのでは、地球側のみならず、プラント国内からも批判が巻き起こるだろう。デュランダルがその様な粗雑な行いをするわけがない。

 

「勿論、私もそうであると信じております。しかし、ブルーコスモスという組織が未だ健在しており、彼等の裏工作でユニウス落下がザフトの自作自演だとされてしまえば話は別です。いくら議長が潔白を言い張った所で、一度火の点いた市民感情は簡単に消す事は出来ません。
そうなってしまえば、結果的に戦争です」
「ブルーコスモスはそれを狙っていますか。ユニウスの意味も知らずに利用して、愚かな争いを促進させようと考えていると?」
「戦争になれば、大西洋連邦もオーブに参戦するよう更に強い圧力を掛けてくるでしょう。それを跳ね除けたとしても、結局は袋小路に追い込まれ、強制的に戦争へ参加させられてしまいます。そのためなら、彼等は手段を選ばないでしょうな」

 

 ウナトは、話しながら視線をカガリに向けた。それに気付き、カガリは頷く。

 

「我が国の代表がそれを許しはしません。何故なら、故・ウズミ=ナラ=アスハの掲げた中立の理念は、その娘であるカガリ=ユラ=アスハに委ねられたのです。その意を汲む私達も、カガリ代表に賛同しております。戦争への参加など言語道断なのです」

 

 きっぱりと言い切るウナト。カガリとしては、ここで自分を山車に使ってくれたのを単純に嬉しく思った。ウナトは、オーブの国家元首として自分を認めてくれていると思ったからだ。

 

「私も同感です。オーブは、二年前と同じ轍を踏むつもりはございません」

 

 続けてユウナも主張する。これ程この二人を心強く思ったことは無い。カガリは、そこに確かな結束力を感じた。
 三人で対面するデュランダルに視線をぶつける。

 

「…つまり、今オーブにとって障害になっているのは大西洋連邦であり、このまま戦争が始まれば否応無しに参戦へと追い込まれると。しかし、あなた方には理念があり、参戦するのは国が死ぬに等しい」
「そうです。ですから、この状況を打破する為にも、せめて大西洋連邦の疑いを避けられるような措置をしていただきたいのです」

 

 最後はカガリが決める。殆ど会話に参加できてはいなかったが、ここは国家元首として立てなければならない場面である。ウナトとユウナはそう考えてカガリの背中を押していたのだ。
 ここまで来れば、後はデュランダルの返答次第である。プラントに行ったオーブ難民も、故郷が戦争に巻き込まれるのは望まないだろう。だから、ここでオーブの意見を無視するような返答をすれば、プラントのオーブ難民はデュランダルを批判するかもしれない。
 しかし、ここでカガリは一人の少年の事を思い出す。

 

《流石、奇麗事はアスハのお家芸だな!》

 

 妙に耳に残る声。そして、彼は自分を憎んでいた。彼は元オーブの民で、難民の中の一人である。もしかしたら、難民になった人々は皆そう考えているのかもしれない。
 そうなると、彼等はオーブの事など既にどうでもいい存在になってしまっているかもしれない。それ以上に、皆あのシンという少年のようにオーブを憎んでいるかもしれない。それが、カガリは怖かった。

 

 来賓室に暫く沈黙の時が流れる。デュランダルは考えているのか、目を閉じて手を組んだままじっとしたままだ。カガリは、それを固唾を呑んで見守っていた。
 やがてデュランダルは目を開き、組んでいた手をほどいて立ち上がる。その口から、衝撃的な答が飛び出してきた。

 

「ならば、我々と同盟を組みましょう。そうすれば、大西洋連邦も手出しをしてこないはずです」

 

 カガリは、デュランダルが一体何を言っているのか分からなかった。彼は同盟を組もうと言っている。どういうことだろうか、彼はまともに自分達の話を聞いていたのだろうか。
 視界の中に居るタリアも目を丸くしている。同行してきた彼女も知らなかったとすれば、思いつきで言ったのだろうか。

 

「それが、この状況を打破する為の一番いい選択です」
「ちょ、ちょっと待って下さい!どうしてオーブがプラントと同盟を結ぶ事になるんです?これでは結局は大西洋連邦とやっていることが同じではないですか!」

 

 カガリは立ち上がり、興奮した口調で抗議する。そんなカガリを制止するようにユウナがカガリの肩を抑えた。

 

「カガリ、落ち着いて」
「落ち着いてなどいられるか!これが何を意味するのか、分かっているだろう!」

 

 しかし、カガリはユウナの言葉に聞く耳を持たない。デュランダルは、尚も興奮し続けるカガリを見て微笑んだ。
 カガリは、その表情が自分をあからさまに馬鹿にしているように見えた。丁寧な態度で自分と接してくれていたが、心底では笑っていたのだと思い込む。

 

「どういうつもりです、デュランダル議長!」
「話はまだ終わっていません、落ち着いてください代表」
「終わっていないだと――!」

 

 思わず地を晒してしまうカガリ。丁寧な言葉遣いを練習してはいたが、我を忘れてそんな事をすっかり忘れていた。

 

「結論から申し上げたので、些か急すぎましたな。同盟といっても、私はあなた方に戦争に参加しろとは言いません。あくまで、大西洋連邦の圧力から守る為の同盟とお考え下さい」
「つまり、同盟というのは名ばかりで、我々に協力をしてくれるという事ですね?」

 

 興奮するカガリを押さえつけ、ユウナが代わりに応対する。

 

「そうです。そうすれば、あなた方は少なくとも国を守る事が出来る」
「そして、ザフトは今までどおりの事を堂々とすることが出来る――そういうことですね?」

 

 ウナトが鋭く言葉を突いてくる。プラントとオーブが同盟を結べば、大西洋連邦も迂闊に圧力を掛けることは出来なくなる。元々友好関係であった二国である。同盟を結んだとしても不思議はない。
そうなれば、オーブの憂慮も小さくなるし、何よりもプラントはオーブに対して気を遣う事無く、今まで通りにオーブ難民を兵器開発に携わらせる事ができる。

 

「双方に損はないと考えますが」
「その点に関してはそうでしょう。しかし、まだ問題点がございます」

 

 話し合いは決着するかに見えた。しかし、ウナトにはまだ懸念する事がある。

 

「仮に、と言いますか、近い将来戦争が起こると仮定すれば、今プラントと同盟を結べば否応無しに戦火に巻き込まれます。二年前、同じことが起こりました。それは絶対に避けねばならぬ事です。オーブを二度も焼くわけには行きません」

 

 そう、戦争が起こり、プラントと同盟を結べば、それを足がかりにして連合軍がオーブに攻めて来ることはハッキリしている。唯でさえオーブは国力が大きくないのに、連合軍に攻められれば現有の戦力ではあっという間に制圧されてしまう。

 

「私は、同盟を結ぶと言っているのです。勿論、ザフトがオーブをお守りします」
「それは、駐留軍を置くということですか?」
「その言い方は誤解を呼ぶかもしれませんが、一応はそういうことです。しかし、勝手な真似はさせませんので安心してください」

 

 このデュランダルの言葉、何処まで信用できるものだろうか。口では甘い言葉を吐いて、後で掌を返す等というのは、よくある話である。

 

「悪い話ではないはずです。あなた方は、ただザフトに守られていればいいのです。オーブ本土を危険に晒すような真似は致しませんし、オーブの主権も脅かしません。大西洋連邦にも手出しさせませんし、戦争に参加させるつもりもございません」

 

 カガリは考える。いい事ずくめだ。しかし、これだけの好条件を持ち出してくるということは、きっと裏があるに違いない。ここは怪しむべきだ。

 

「…この場では即答できません。議会で話し合いの場を設ける時間をいただきたいのです」
「承知しております。しかし、返答は出来るだけ早めにお願いします。時間はそれ程残されてはいないでしょうから」

 

 デュランダルはそうカガリに言い残すと、タリアと共に来賓室を出て行った。

 

「どうするつもりだい、カガリ?」

 

 ユウナの問い掛けに、カガリは沈黙する。どうすればいいか、分からなかった。そんな無力な自分に腹を立て、拳を握り締めるだけだった。

 

 カガリとの会談を終え、デュランダルはタリアを伴って廊下を歩いていた。
 タリアは疑問に思う。デュランダルが何故これ程までに強行に地球に降りたがっていたのかは、オーブと同盟を結ぶ為だと分かったが、それに何のメリットがあるのだろう。タリアは、思い切ってその理由を訊ねてみた。

 

「何故、オーブと同盟を結ぶなどと言い出したのですか?」

 

 デュランダルは、タリアの問い掛けに、ん、と言って視線を彼女に向けた。

 

「先程言ったとおりだよ。オーブと大西洋連邦がくっつくのが面白くなかった。焼き餅を妬いていたのさ」
「本当にそれだけですか?」
「……」

 

 その沈黙に、何かあるとタリアは察知した。過去に関係を持っていたのである。そのくらいの心情の変化は分かりきっていた。
 デュランダルはそれを承知しているのか、周囲に人影がない事を確認すると、本心を話し出した。

 

「君に隠し事をしても仕方ないな。…実は、この国にラクス=クラインが居るんだ」
「ラクス=クラインって…シーゲル元議長のご息女の?」
「そうだ。彼女がオーブに居る」

 

 デュランダルの狙いの一つ、それはラクスだった。アイドルとしてプラント国民に絶大なる影響力を持つ人物として、彼はどうしても彼女の力が欲しかった。

 

「彼女はプラントの国民にとって栄養剤のような人物だ。彼女は是非味方に引き入れたい」
「その為にオーブと同盟を結ぶなどと仰られたのですか?」

 

 呆れた、とばかりにタリアは髪を掻き揚げる。その様子に、デュランダルが目を輝かせる。

 

「若い娘に妬いているのか、タリア?」
「冗談は好きではありません。…それで、議長はラクス=クラインを守るナイトになるおつもりですか?」
「そうだ。それがザフトの士気高揚にも繋がる。そして――」

 

 急にデュランダルが立ち止まる。タリアはデュランダルを追い越したところでそれに気付き、足を止めた。振り返ると、デュランダルがこちらを向いたまま不敵な笑みを浮かべている。

 

「同盟を結んでおけば、万が一オーブが攻め落とされる事になっても、最悪彼女はラクスをプラントに上げてくるだろう。そうなれば、あのような同盟にも意義が生まれてくる」

 

 デュランダルは、最初からオーブが滅びるケースを頭に入れて考えていた。だから、一見不平等な同盟に見えても、取るべき所は取るつもりでいた。
 ユニウス・セブンの破砕作戦の時から――いや、ミネルバの進水式を二日早めると決めた時から、既にこの事を考えていたのだ。そんなデュランダルを見つめ、タリアは深い溜息をついた。

 
 

 連日報道されるユニウス・セブン落下事件。それを見つめ、バルトフェルドは溜息をつく。憶測ばかりが流れているが、どれも首謀者が居ることを前提にしている。もしそれが真相だとすれば、真っ先に疑われるのはコーディネイターだろう。
多くが地球に居を構えるナチュラルが、地球を攻撃する理由が無いからだ。地球側の被った被害は甚大で、市民感情は不信感が膨れ上がるばかりである。

 

「さて…オーブはどうするつもりなのかね」

 

 今日もバルトフェルドは新たなオリジナルブレンドコーヒーの作成に余念がない。今回の作品は上手くいきそうだ。

 

「アンディ、誰か来たよ」

 

 そんな風にして出来上がりを楽しみにしていたところに、一人の子供がやってくる。

 

「誰か?アスランじゃないのか?」
「ううん、カガリ様と、あと知らないおじちゃん」

 

 カガリは分かるが、おじちゃんとはどういうことか。珍しくキサカでもやってきたのだろうか。それを確認する為、バルトフェルドは火を止めて玄関へ向かう。

 

「元気か、バルトフェルド?」
「これはお嬢ちゃん、今日は一体何用かな?そちらは――」

 

 視線を移して驚いた。カガリが伴ってやって来たのは、デュランダルだったのだ。勿論、バルトフェルドもその顔を知っている。

 

「ギルバート=デュランダル議長!」
「ん?君は砂漠の虎か!君もオーブに居たのか」

 

 プラントの最高責任者が、どういうつもりでこんな所にやってきたのか。バルトフェルドは驚かされるばかりである。

 

「成る程、カナーバ前議長が便宜を図ったのは、オーブでしたか」
「まぁ、そういうことです」

 

 カガリが応える。

 

「それで、プラントの議長閣下がこのような場所にどういったご用件で?」
「あぁ、ラクス=クライン嬢にお会いしたくてね」
「ラクスに?」
「そうだ。彼女がオーブに居ると言う事は聞いていた。折角こうしてオーブを訪れたのだから、是非彼女にも会っておきたくてね」
「今回の訪問は非公式でいらしたのでしょう?マスコミの報道ではあなたがオーブを訪れるなどとは言っておりませんでした」
「カガリ代表も非公式にお越しいただいたのだ。お互い様だと、私は思っているがね」

 

 バルトフェルドはデュランダルに警戒感を抱く。この世界情勢が不安定な状況でラクスに接触を求めてきたのは、開戦した時の切り札を手に入れるためか。バルトフェルドとしては、その様な訪問は歓迎できない。
 対するデュランダルとしては、ここでラクスに会っておきたいところだ。少しでも会話を交わして、協力を申し出る際にスムーズに話を進めるための布石にしたい。デュランダルがカガリに頼んでここへ連れて来て貰ったのは、その為だった。

 

「しかし、ラクスは今は出かけております。何時帰ってくるのかも分かりませんので、お忙しい議長をお待たせする事は出来ませんな」
「そうか、それは残念だな。私もあまり長い間オーブに滞在する事は出来ん。もし時間が空いているのであれば、今夜にでもお会いしたいのだが」
「伝えてはおきますが、期待はしないで下さい。彼女も色々と忙しい様子なのでね」

 

 デュランダルとしては、ここでラクスには是非会っておきたいところだ。オーブへ来た最大の目的の一つが、ラクスとの接触なのだから。
 しかし、バルトフェルドとしてはデュランダルとラクスを会わせるつもりはない。ここで接触を持たせてしまえば、必ず彼はラクスを戦争に利用するだろうと考えたからだ。
そして、カガリがこうしてデュランダルをここへ招いたと言う事は、既に彼の術中に嵌りつつあると見ていいだろう。そうなれば、カガリを助ける為に、ラクスは自らを犠牲にしてデュランダルに賛同するかもしれない。

 

「どうなされたのですか?」

 

 その時、最悪のタイミングでラクスが帰ってきてしまった。しかも、キラも一緒である。彼を見られるのは、非常にまずい。

 

「おぉ、ラクス嬢ですね。私はプラント最高評議会議長のギルバート=デュランダルと申します」
「最高評議会の議長様で?」
「はい。今回オーブを訪問する事になりまして、その際に是非、あなたにもお会いしたいと思っておりました。私はあなたのお父上から引き継ぐクライン派でもありますので」
「まぁ、そうでございましたの」
「それで、少しお話をしたいのですが、お時間の方は宜しいでしょうか?」

 

 随分と勝手に話を進める人だ、とキラは見ていて思った。この人は油断ならない人物だろう。
 一方のラクスは、カガリをちらりと見やり、デュランダルに対してにっこりと微笑んだ。

 

「えぇ、大丈夫です。プラントのお話をお聞かせください」
「ラ、ラクス――?」

 

 あっさりと引き受けたラクスが、キラには意外だった。彼女なら、彼が油断ならない人物だと分かるはずである。それなのに、敢えて懐に飛び込ませるような真似をして、どういうつもりなのだろう。
 二人は、そのまま奥の来賓室へと入っていった。

 

「カガリ、どういうことなの?」

 

 キラは、佇むカガリに向かって厳しい視線を投げ掛ける。

 

「デュランダル議長がラクスに会いたいと言ったんだ。だから、私は彼をここに案内しただけだ」
「それがどういう意味か分かってるの、カガリは?あの人は君を利用してラクスに会いに来たんだ。それって、ラクスをプロパガンダに利用しようって考えてるってことなんだよ」
「話が飛躍しすぎだ、キラ」

 

 少し興奮気味のキラをなだめるバルトフェルド。しかし、キラには納得できない。そんなキラの心情を理解しているバルトフェルドは、彼に代わって質問を投げ掛ける。

 

「しかし、俺も意外だったぞ。何故彼をここに連れてきた?ラクスに接触したがるって事は、キラの言うような事を考えているかもしれないって可能性がある。いくら君でも、それくらいは分かるだろう?」
「あぁ、分かっている」
「なら、何故?」

 

 忘れ物をした生徒に先生が理由を訊ねるようにバルトフェルドは言う。その裏に、何か理由があると思っているからだ。
 カガリは、少しだけ黙った後、口を開く。

 

「…プラントと同盟を結ぶ事になるかもしれない」
「何?」
「今、大西洋連邦がオーブに圧力を掛けていることは知っているだろ?そして、今回のユニウス落下の騒ぎだ。これが発展していけば、いずれ戦争になる。そうなれば、オーブも無関係ではいられないんだ。
だからそうなった時、理念を守る為にもプラントと同盟を結ぶ選択肢は、有りだと思う」

 

 カガリの頭の中では、デュランダルとの会談が残っていた。いくら彼の甘言が怪しく思えても、理念を守る為の他の対策を立てようがない。今は、彼の言葉に従うのが一番の道に思えたのだ。

 

「条件は?」
「オーブに駐留軍を置くとはいっていたが、それ以外はノータッチだ。万が一戦争になったとしても、オーブは参戦しなくてもいいし、敵に攻め込まれてもザフトが守ってくれると約束してくれた」
「随分と虫のいい話だな」
「そう思う。でも、今はそうするのが一番いいと思う」

 

 カガリは、自信の無さからデュランダルに丸め込まれかけている。元気のない様子のカガリの表情を見るバルトフェルドの目には、そう見えた。だから、危険を予感しながらもデュランダルをここへ連れて来てしまったのだろう。
 しかし、バルトフェルドはデュランダルの策どおりにさせるつもりはない。後でラクスを説得するつもりでいた。

 

「少々お嬢ちゃんに不利になる事を言うかも知れんが、見逃せよ」
「あぁ。私としても、本当はどうするのが一番いいのか決めかねているんだ。そこは、お前に任せる」

 

 そのカガリの言葉を聞いて、バルトフェルドの表情が険しくなる。今のカガリは、国家元首に相応しくない。優柔不断な態度を見せる彼女は、為政者として確固たる信念を失っている。

 

「あのな――」
「カガリ!」

 

 バルトフェルドが厳しく説教してやろうと思っていたところに、先に一喝したのはキラだった。一応の姉弟であるカガリのあまりの不甲斐無さに、穏健なキラの我慢も頂点に達したのだろう。

 

「君がそんなんでは、ラクスが可哀相だよ!彼女は、もう二度と戦争に巻き込んではいけないんだって、分かってるだろ!二人でラクスを守るって、決めたじゃないか!」
「な……!」

 

 キラの凄まじい剣幕に、カガリは怯んだ。久しぶりにこんな表情を見た気がする。

 

「それなのにカガリは、理念が大事だからってラクスを利用するの!?君までラクスを利用したんじゃ、ラクスは一体誰を信じればいいの!?これじゃあ、カガリはまるで理念の為にラクスを犠牲にしているようなものじゃないか!」

 

 先日、慰霊碑の前でシンに言われた言葉が心の中に残っていたのだろう。キラは、理念を守ろうとするあまり、大事な事を見失っているカガリの利己主義的な態度が気に食わなかった。

 

「そ…そんな事お前なんかに言われなくとも分かってる!」
「いいや、カガリは分かってないよ!」
「分かってないのはお前の方だ!この状況で戦争になってみろ!どちらにしろ、お前達は戦争に巻き込まれるんだぞ!なら、少しだけラクスの力を借りたっていいじゃないか!」
「そういう考え、よくないよ!」

 

 憤るキラ。目の前の姉の情けない姿に、自分まで情けなくなったような気がした。

 

「そんなカガリ、オーブを治める資格なんてない!」
「何だと!?私の援助がなければ路頭に迷うしかないお前が、私のやることに口を挟むのか!」
「そこまでだ!」

 

 尚もヒートアップする両者を見かねたバルトフェルドが仲裁に入る。姉と弟、喧嘩するほど仲がいいとは言うが、これは違う。こんなところで二人を仲違いさせるわけにも行かず、取り敢えず落ち着けるしかない。

 

「二人とも言い過ぎだ。それに声が大きい。奥に居るラクスとデュランダル議長に聞こえるぞ」
「悪いのはこいつの方だ。先に私に喧嘩を吹っ掛けてきたんだぞ」
「カガリが情けないこと言うからだろ」

 

 二人の目が同時に光る。再び顔を見合わせ、火花を散らす。

 

「やれやれ……」

 

 バルトフェルドは呆れるしかない。この二人は、間違いなく姉弟だろう。偽の姉弟であるエマとカツもそれっぽかったが、キラとカガリは子供の喧嘩をする典型的な姉弟像に重なった。

 

 二人は、暫く睨みあう。と、その時カガリのポケットにしまってある携帯電話が鳴った。それに気付いたカガリは、一寸舌打ちをして、それを取り出す。キラは、それが気に喰わないのか、腕を組んでそっぽを向いた。

 

「私だ。…キサカか、どうした?」

 

 電話を耳に当て、話し始めるカガリ。荒れた声で、不機嫌な態度を隠そうともしない。しかし、少し話し込んでいると、急にカガリの様子が一変した。

 

「連合がプラントに宣戦布告!?」

 

 その場に居た全員が凍りついた。あまりにも急すぎる展開、そして無理のある展開。それを可能にしたのは、やはり先のユニウス・セブン落下事件に絡んでブルーコスモスが動いていたと言う事か。

 

「本当なのか、お嬢ちゃん!」
「テレビで確認してくれ!」

 

 バルトフェルドの問いに、カガリは電話を少し耳から離して応える。バルトフェルドは、急いでリビングにあるテレビに向かっていった。
 再びカガリは電話を耳に当て、話の続きをする。

 

「それで――大西洋連邦が同盟を求めてきているだと!?」

 

 戦慄するカガリの表情を見て、キラはとんでもない事が起こりつつあるのを予感した。予見していた事とはいえ、これ程急に戦争になるとは思わなかったからだ。

 

「――分かった、デュランダル議長にこの事を伝え、私も直ぐに戻る」

 

 暫く話し込み、カガリは電話を切った。その表情は深く沈んでいる。

 

「どうなったの、カガリ?」
「連合の一部がプラントに対して宣戦布告を行ったらしい」
「それって――」
「あぁ、ついに戦争になったんだ。それで、大西洋連邦がオーブに同盟を申し入れに来ている」
「そ、そんな!?」
「もう、オーブの領海の近くまで艦隊を派遣してきている。奴等、オーブの国力が小さいのをいい事に恫喝してきているんだ」

 

 オーブの戦力は決して大きくない。過ぎた力は自らをも滅ぼす事になると言うカガリの持論とユニウス条約の取り決めから、なるべく編成部隊数は増やさないよう指示してきたからだ。しかし、一部とはいえ連合軍側が本気になれば、そんな戦力などはひとたまりもないだろう。

 

「騒がしいようですが、何かあったのですか?」

 

 ラクスとの会談中であったデュランダルが部屋から出てくる。ただならぬ空気を感じたのか、気になって話しを途中で切り上げたようだ。

 

「デュランダル議長、連合がプラントに宣戦布告を行いました。戦争です」
「何と!連合がこんなに早く仕掛けてくるとは…」
「申し訳ありませんが、私は直ぐに行政府へ戻らねばなりません。議長もご一緒してください」

 

 しかし、カガリの申し出に、デュランダルはキラをちらりと見やると、首を横に振った。

 

「いえ、私は直接ミネルバへ向かいます。代表は先にお戻りください」
「しかし――」
「迎えのものは既に呼んであります。私の事はお気になさらずに」

 

 焦燥しているカガリに対し、デュランダルには余裕がある。これが器の違いと言う奴か。先を見越したデュランダルには、このような事態も頭の中にあったのだろう。

 

「分かりました。では、先に失礼します」

 

 そう告げると、カガリは近くに待たせてあった車に乗り込んで行政府へと向かっていった。
 その場に二人になるキラとデュランダル。と、そこへエマとカツがカガリと入れ違いになるように買出しから戻ってきた。

 

「エマさん、カツ君!」
「キラ君、聞いたわ!戦争になるんですってね」

 

 買出しの途中で、街頭テレビのニュースで宣戦布告の報を知り、慌てて戻ってきたのだ。

 

「キラ=ヤマトか」

 

 誰にも聞こえない声でデュランダルは呟く。デュランダルは、最初からキラの存在に気付いていた。しかし、目的はあくまでラクスだったので、彼には触れないで居たのだ。しかし、状況を鑑みるに、彼にも接触する必要性が出てきた。
 そして、今しがた帰ってきたエマとカツも気になる。この二人がキラやラクスと暮らしているという報告は受けていない。バルトフェルド同様に彼女達も素性を隠しているのかとも思ったが、報告人数を思い出す限り、ここ数日で新たに生活を共にするようになった住人だろう。

 

「君達、少し話を聞かせてくれないか?」
「え?…あ、あなたはプラントの議長の――」
「乗り遅れてしまってね、詳しい話を聞きたいのだが――知っている事だけでいい」

 

 デュランダルの姿にエマは驚いた。彼の事も、詰め込んだ知識の中に含まれている。そんな大物が、何故このような場所に居るのか。

 

「今は、オーブの領海の外に、同盟を求めて大西洋連邦が部隊を展開しています!これって、オーブに同盟を断らせない為ですよね?」

 

 戸惑うエマの代わりに、カツが応える。それに対し、デュランダルは手を顎に当てて考えている。

 

「ふむ…君の言うとおり、大西洋連邦はオーブを目障りに思っているのかもしれないな。このまま要求を拒むなり、返答を遅らせるなりすれば、彼等はオーブに攻め込んで来るかも知れん」

 

 この現状で実際にはそんな事はあり得ない。プラントと友好関係にあるとはいえ、まだ同盟を結んでいないオーブを敵性国家と見なすのは無理があるからだ。ならば、何故デュランダルがこんなことを言ったのかというと、彼等に危機感を持たせるためだ。
特に、デュランダルはキラに向かってこの言葉を発している。

 

「そうなれば、オーブの戦力では長くは持たないだろうな。二年前と同じ事が起こるかも知れん」

 

 そのデュランダルの言葉に、キラの表情が青ざめていく。二年前に起こったこととは、勿論オーブ防衛戦の事である。その時の悲劇は、カガリ達のみならず、あのシンと言う少年の心にも深い傷を残している。それが、また起きようとしているのか。

 

「ザフトはこの事態に動かないんですか!?オーブとは友好関係にあるんでしょう?」
「君が決めてくれるのなら、ミネルバを動かそうか?」

 

 逸るカツに、デュランダルは意味深げに話す。その不敵な表情に、カツは一瞬戸惑った。そんなカツに、エマが注意を与える。

 

「オーブの命運を、あなたが決めるつもり?それに、ザフトを動かすのは難しいわ」
「どうしてですか?友好国のピンチなんです、助けたっていいじゃないですか」
「今ザフトが動けば、連合はプラントとオーブが結託したと見なすわ。そうなれば、オーブは連合の敵性国家と見なされてしまう。何処とも同盟を結んでないこの国が、そんな状況に追い込まれれば――」
「じゃあ、プラントと同盟を結べばいいじゃないですか!」

 

 カツの言葉にデュランダルの目が光る。自分と同じ事を考えていると言う事は、この少年は自分の思想に賛成するかもしれない。

 

「君はいい事を言うな。名前を教えてくれないか?…そちらのご婦人も」
「あ…カ、カツ=コバヤシです」
「…私はエマ=シーンです」
「ありがとう。…実は、私もカツ君と同じ事を代表に提案したのだよ。まだ返事は貰ってないがね」
「本当ですか!」

 

 カツは目を輝かせる。デュランダルと同じ事を考えていたのが、単純に嬉しかったようだ。

 

「でも、それではどちらにしろオーブは参戦しなければならないのではないですか?この国の理念をデュランダル議長もお知りのはずです」

 

 疑問に思ったエマが口を挟む。エマがそう思うのも当然だ。しかし、実際にデュランダルの考える同盟は、オーブに戦争参加させない為のものである。だから、プラントからの同盟話にカガリはぐらついているのだ。

 

「同盟と言っても、オーブに戦いをさせるつもりはない。正直に言えば、私は敵を増やさない為にオーブとの同盟を考えている。大西洋連邦の思惑とは全く違うよ」

 

 デュランダルの言葉は多分本当だろう。このままオーブが大西洋連邦と同盟を組む事態になれば、間違いなくプラントと敵対関係になってしまう。そうなれば、戦争は長引いてしまうし、例えプラントが勝利できたとしても、余計な被害を被るかもしれない。
 デュランダルの頭の中の損得勘定は、オーブと連合が組むのは面白くないと判断した。だから、そうなる前にこちらと同盟を組ませて、参戦をさせないつもりでいたのだ。

 

「では、プラントはオーブと同盟を組んで、敵対する連合各国だけを相手にすると?」
「そうだ。その代わり、オーブはザフトに守らせる。これなら、文句もあるまい」

 

 きっぱりと言い切るデュランダル。エマは、そこに偽りは無いと感じたが、まだ納得できない事がある。

 

「しかし、そうなればザフトの戦力をオーブに裂く事になります。駐留軍を置くとなれば、戦力ダウンは否めないと感じますが」
「そこの問題も、彼が私に協力してくれることで解決する」

 

 デュランダルが顔を焦燥するキラに向ける。それに気付いたキラが、何事かと瞬きをして俯いていた顔を上げた。

 

「な、何ですか?」
「君に、頼みたい事がある、キラ=ヤマト君」
「僕…に――?」

 

 口の端を吊り上げ、デュランダルは笑みを浮かべる。その表情の意味を、キラは直ぐに察知した。デュランダルは、自分にMSに乗れ、と言っているのだ。
 その様子を眺めるエマとカツにもその事が分かった。そして、キラがそれに困惑しているのも分かった。

 

「僕は…」
「君の姉上の為でもある。躊躇う必要はないのではないかね?」
「あなたは、カガリと僕の事を――」
「昔の仕事柄ね――そういう噂には少し詳しいのさ」

 

 エマとカツには二人の会話の意味が分からない。それは、以前にカリダがエマに話せなかった内容に関係している。
 その時、外に車が止まる音が聞こえた。デュランダルの迎えが来たようだ。

 

「さぁ、私と共にミネルバへ来たまえ。君の相棒が待っているぞ」
「相…棒……?」

 

 デュランダルが手を伸ばす。その差し伸べられた手に、キラの腕が少しずつ上がっていく。

 

「ちょっと待ってもらえませんかねぇ」

 

 しかし、そこに待ったを掛けたのは、バルトフェルドだった。
 彼としては、このままデュランダルにキラを連れて行かれるわけには行かない。デュランダルは、キラを戦争の道具に利用するつもりでいるからだ。この屋敷をデュランダルが訪れた時から、彼はそうなる事を警戒していた。そして今、彼が想定していた事態が起こった。
今こそ、砂漠の虎が復活する時だろう。

 

「何だ、バルトフェルド?」
「キラにはもう戦う力なんて残っちゃいませんぜ。連れて行くなら、私じゃあないんですか?」
「フッ、君に彼の代わりが務まるのか?」

 

 このデュランダルの言葉は、バルトフェルドのプライドを刺激した。彼は、自分を侮っていると感じたからだ。
 自分はこの二年間、キラとは違い、戦争屋としての腕をずっと磨いてきたつもりだ。そんな自分が、今のキラに劣るはずがないのである。

 

「よぉく彼の顔を見てください。そんなしけた顔をした奴が、まともにMSを動かせるとお思いですか?」
「ふむ…」

 

 言われて、デュランダルは改めてキラの顔をまじまじと見つめてみた。…確かに、バルトフェルドの言うとおりである。戦争が始まろうとしているのにもか関らず、キラの表情に一切の覇気はなく、戸惑いの色を浮かべるのみである。
 しかしデュランダルは、MSに乗せればそんな事もなくなるだろうと考えていた。彼も男である。ここにラクスが居て、オーブが危険に晒されるとなれば、彼は自発的にMSに乗る事になるだろうと思っている。
 但し、今無理に乗せようとすれば、自分に対しての反感を育てる事になってしまうだろう。ただでさえ、ラクスを独り占めした自分を、彼は妬んでいる。出来るだけ、その様な感情は排除しておきたかった。

 

「分かった、砂漠の虎、君に任せよう。…キラ君はラクス嬢をお守りしてやってくれ。彼女は、我等プラント国民にとっても大切なお方だからね」
「は、はい……」

 

 バルトフェルドが頷き、デュランダルと共に連れ立って迎えの軍用車に乗り込む。
 去り行く車を見つめ、キラは考える。デュランダルは、自分がラクスに好意を抱いている事を知っていたのだろうか。

 

(いや…)

 

 しかし、そうでなければ自分に告げた最後の言葉の意味が通じない。きっと、彼はその事までも知っていたのだろう。自分の出生の秘密を知っていたくらいだから、そのくらい知っていても不思議ではないかもしれない。

 

「キラ…」

 

 ラクスが先程デュランダルと会談していた部屋から出てきた。表情は少し固い。何か言われたのだろうか。気になったキラはラクスに話しかける。

 

「議長と何を話してたの?」
「いえ、唯の世間話ですわ。でも――」
「何?」
「何となく、わたくしにプラントに戻って欲しいみたいな感じでした。それに、わたくしの顔を借りるとか――」
「顔を借りる?」

 

 妙な話である。ラクスの顔を借りるとはどういうことだろうか。まさかデュランダル自身がラクスの代わりを務めるわけでもあるまい。
 ラクスは、その可愛らしい見た目と不思議と癒される声によってアイドルたらしめていたのだ。キラには、プラントにもラクスの代わりとなる人物が居るとは思えない。彼女はある意味唯一無二な存在だ。
 ただ、そう思うとそのラクスを独占するような形になってしまっている自分がズルイ気がした。一人の女性として彼女に好意を抱いてはいるが、アイドルである彼女はプラント国民の恋人でもある。そう考えると、胸の奥がもやもやとしてきた。複雑と言うべきか。

 

「どうされたのですか?」
「え…いや何でもないよ」

 

 複雑な感情が表に出て表情を曇らせてしまったか。キラは自分の顔が不安で一杯になってしまっている事に気付いていなかった。それをラクスに指摘され、慌てて取り繕う。
 しかし、不安には違いなかった。既に連合国はプラントに宣戦布告し、大西洋連邦は艦隊を率いてオーブに参戦を迫っている。この状況で不安になるなと言う方が無理だ。
 バルトフェルドに任せるしかないキラは無力だった。あの場でデュランダルに付いて行ったとしても、碌に役に立てないだろう。MSも長いこと乗ってないし、キラはMSのパイロットであった自分を極力忘れようとしてきた。

 

 一方、エマとカツは、キラ達から少し離れた場所で話していた。こうなってしまった以上、最悪の場合自分たちもMSに乗ることになるかもしれない。しかし、できればその様な事態は避けたい。彼等は、軍人である事を隠して彼等と共に居るのだから。

 

「僕はMSに乗って戦うべきだと思います。この国には、身寄りのなくなった僕達を保護してくださったバルトフェルドさん達が居るんです。黙って見過ごせませんよ」

 

 カツは、大西洋連邦とオーブが戦闘になった場合は戦うつもりでいた。彼も裏切られ続けてきたせいか、人を信じる事に疑いを持っていたが、バルトフェルド達は信じてもいいと結論付けていた。
 対するエマは難儀を示す。こんな状況でも、いきなり自分たちをオーブ側が信じるとは思えなかったからだ。

 

「それは私も同じよ。でも、私達にMSを貸してくれるかしら?」
「それは…」
「それに、操縦系統だって不明なのよ。もし、私たちの使っていたMSとは全く系統の違うコックピットだったらどうするの?まともに扱えなければ、無駄死にをしに行くだけよ」
「僕は父の博物館で、それこそ連邦の旧式からジオンのあらゆる系統のMSを動かしていたんです。多少の違いなら、乗りこなして見せます!」
「若いわね……」

 

 カツの情熱に、エマは溜息をつく。勿論、呆れた溜息である。
 カツは、確かに様々なMSの操縦をしていた。養父であるハヤト=コバヤシが、MS博物館の館長だったからだ。その手伝いついでに、操縦の訓練をしていたぐらいだ。
 特にジオンのMSは、統合整備計画以前のものは操縦系統が機種によって違っていた。統合整備計画は、そんな操縦系統の違いに不満を持ったジオン兵士達の要望によって実行されたのだ。
 そんなMS達を扱ってきてカツには、MSの操縦に対する適応能力は経験として備わっていた。故に、彼は自信を覗かせる。

 

「それにしても、デュランダル議長って、何となくクワトロ大尉に似てませんでしたか?」

 

 唐突に話題を変えるカツ。デュランダルが気になっていたようだ。

 

「そうかしら?確かに声はそっくりだったけど、私には全く違う人に見えたわ。あの人は、クワトロ大尉とは本質的に違う人よ」
「僕は似ていると思いますけど」

 

 カツはこんな所でも対抗心を燃やしてくる。若い証拠だろうが、少しは状況を認識して欲しいともエマは思った。戦いの中に身を置いていたが、戦いがなければ生きていけないわけではない。平和な時を過ごした時間のほうが圧倒的に多いのだ。
 となると、カツは少しずつ戦いに引き込まれていたと言うわけか。

 

「取り敢えず、今はオーブがどう出るかね。それによってザフトがどう動くか――アンディはそれを確かめるつもりよ」
「オーブにとって敵になるか味方になるか…ですね?」
「私達もそれに倣いましょう。そうでなければ、カミーユを落ち着かせる事だって出来ないわ」

 

 カミーユは今、個室のベッドに寝かされている。容態が一向に良くなる気配の無い彼は、エマやカツが居なければどうする事も出来ない。

 

 オーブも今、カミーユと同じ状況に追い込まれているのかもしれない。プラントと大西洋連邦という二つの国から同盟を申し込まれ、そのどちらを選んでも、少し形が違うだけで戦争に関る事になるのは確かだ。その板挟みに、もがき苦しんでいるのが現状である。
 カガリにとっては、どちらとも結びつきたくない心境だ。理念を掲げる限り、中立の立場は死守せねばならない。亡き父の意志を守るだけでなく、オーブという国、ひいては国民の為にも。

 

 迷いはある。しかし、ここでカガリは国家元首としてどうにかしなければならない。そして、現状ではプラントか大西洋連邦かのどちらかを選ばなければならないのが心苦しかった。