ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第13話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 22:15:41

『オーブは落ちず』

 
 

「残りエネルギーは30%弱…武器へのエネルギー供給を最小限に抑えれば、まだ十分に戦える!」

 

 フリーダムのコックピットの中、キーボードを叩きながらキラは呟く。敵の姿が見えてきた。

 

「使用武器は…ライフルじゃ直ぐにエネルギーが尽きる! なら、ビームサーベルで!」

 

 乱戦に接近戦仕様のビームサーベルを選択する。普通はビームライフルを選択するべきだが、キラはビームサーベルでも何とかする自信があった。
 しかし、後になって考えれば、それは過信だったのかもしれない。
 調整を終えたキラはキーボードを押し込み、左手もレバーを握り締める。
 フリーダムがサイド・スカート・アーマー部分からビームサーベルの柄を取り出し、目標に定めたダガーLに向かって突撃する。

 

「エネルギー供給をカットしたことによるサーベルの長さを考慮して――!」

 

 出力を落としたことにより、ビームサーベルの刀身は極端に短くなっていた。ただでさえリーチの短い武器が更に短くなったのだ。

 

「それで出力を押さえた事によるビームサーベルの威力も考えれば、最も効果的なMSの部位は――!」

 

 コックピットを突けば一撃だが、今のビームサーベルでは貫く事が出来ないだろう。
 となると、狙う部位はMSが最も情報を集め、出力不足のビームサーベルでも貫けそうな部位。

 

「そこだ!」

 

 ダガーLのビームライフルの砲撃を掻い潜り、ナイフのように短いビームサーベルをピンポイントで頭部に突き立てる。
 ダガーLは目を失い、フリーダムの動きを確認する事が出来ない。
 フリーダムはそのまま回し蹴りで吹き飛ばし、次の敵に標的を定める。

 

「チッ! まだ動きが鈍い!」

 

 もう一度キーボードを引き出し、左手を再びせわしなく動かす。細かい部分の調整を続けながら、キラは更にもう2機の頭部を破壊する。

 

「次は――!」

 

 後ろから襲ってくるウインダム。警告音と同時に超反応し、横に回避させる。ビームをかわされたウインダムはそのまま突撃してきてビームサーベルを引き抜いていた。

 

「やらせるものか!」

 

 キラはそれをものともせずにウインダムの頭部にもビームサーベルを突き刺し、左のマニピュレータで腕を掴んで放り投げる。
 しかし、その隙を突かれ、フリーダムの六翼の一枚を吹き飛ばされてしまう。

 

「く…ぅ――!」

 

 反転して攻撃してきたウインダムに対してバルカンの斉射を浴びせる。エネルギーを節約している現状ではこんなものでしか牽制をかけられない。
 更に、周囲から敵MSが集まってくるのがレーダーで確認できた。フリーダムは孤立状態にあるが、オーブ軍の援護は期待できない。
 キラが戦っている間にも大西洋連邦軍は侵攻を続けているからだ。今キラが相手にしているのは、敵の一部に過ぎない。

 

「くそっ! フリーダムって、こんなものだったのか!?」

 

 フリーダムの動きはOSの改善でかなりいい反応を取り戻した。
 しかし、思った以上に敵の侵攻を防げていない現状に、キラは苛立っていた。これでは、バルトフェルドと交代した意味が無い。
 何が違うのか。フリーダムが予定していた性能を発揮しているのなら、おかしいのは自分だ。二年前に比べ、腕が鈍っている。

 

「こうなったら、もうフェイズ・シフトに回している電力もカットしてライフルのエネルギーに回した方がいいのか?」

 

 確かに敵MSがビーム攻撃しかしてこないのなら、実体攻撃しか防げないフェイズ・シフト装甲は無意味だ。
 その分を攻撃のエネルギーにまわせば、乱射は出来ないまでもビームライフルが使えるはず。
 しかし、問題はそこではないような気がした。昔戦っていた時と比べると、単純に腕が鈍っただけではないと思った。
 あの頃は、戦いになるともっと頭の中が鮮明になって、敵の動きが手に取るように分かったような――

 

「うっ!」

 

 考え事をしていると、新たにやって来た敵の集中攻撃でシールドと左肩部のアーマーが吹き飛ばされてしまった。
 いよいよ危機的状況に追い込まれ、キラの表情に焦りの色が浮かんでくる。

 

「このままじゃ、僕は――!」

 

 恐らく撃墜されて死ぬだろう。嫌だと思っても、回避しようが無い。キラの頭の中を色々な思考が駆け巡る。複雑に絡み合う思考は、キラの集中力を低下させていた。

 

《余計なことは考えるな。目の前の敵に集中するんだ》
「え……?」

 

 もう駄目だと半ば諦めかけた時、キラの頭の中に先程の声が聞こえてきた。彼の声は、こんな所にまで届くのか。

 

《頑張れ。君は、ここで死ねない》
「そんな事を言っても!」

 

 声が、余計にキラの頭の中を掻き乱す。瞳孔は開き、瞳は絶えずあちこちのモニターをチェックし続ける。レバーを握る手は汗でじっとりと湿り、額から汗が垂れてくる。
 それでも、必死になったフリーダムの動きは敵の集中砲火の中をまるで鼠花火のようにすばやく動き、これ以上の被弾を許さない。

 

《もう直ぐソラから援軍が来る。それまで持ち堪えれば、勝機が見えるはずだ》
「ソラから…? まさか、ザフトが!」

 

 宇宙からの味方という事は、オーブに配属されるというザフトの部隊のことだろう。
 本来なら明日到着の予定だったが、大西洋連邦軍の再侵攻を予測していたデュランダルによって既に呼ばれていたのだ。
 確かに、ザフトの降下部隊がやって来れば戦力差を縮める事が出来るだろう。
 しかし、それまで自分が堪えれるかどうかは分からなかった。急な実戦に、キラの体力は急速に奪われている。

 

「でも――」
《みんなを守ってくれ。君には、守らなければならない人が居るじゃないか? それは、素晴らしい事なんだ》
「守らなければならない人……」

 

 頭の中のスクリーンに浮かんできたのは、ラクスではなく赤毛の少女だった。その少女は何かを自分に伝えようとして口を動かしているが、何を言っているのか分からない。
 その少女、フレイ=アルスターは、キラが人生で最も後悔している少女。最後まで自分が傷つけたと思い込み、そのままだ。ヤキン・ドゥーエで戦死し、もう何も伝えられない。
 フレイのヴィジョンは、結局何を言いたかったのか分からずじまいのまま消えていった。記憶に残ったのは、寂しそうな表情だけ。
 しかし、その後すぐにラクスの笑っている顔が浮かんできた。

 

「ラクス!」

 

 キラの頭の中で何かが弾ける。途端に頭の中がクリアになり、かつて無い集中力を生み出した。
 もう余計なことを考えるのは止めた。自分が何をしたいのか、それだけを念じる。
 それは、ラクスや大切な仲間を守る事。優しくしてくれたみんなを守るのが、自分の最大の使命だ。
 オーブとかプラントとかは関係ない。ただ、ひたすら仲間の無事を祈った時、キラの封印されていた力が解放された。

 

「うぅおおぉぉぉぉぉ!」

 

 温厚なキラからは想像できない獣のような雄叫び。目の前の敵に集中し、1機、2機と続けて頭部を破壊する。
 感じていた体の疲れは、集中力が忘れさせてくれた。今のキラは、二年前の絶好調だった頃の調子に戻りつつある。
 もう、後でどんなガタが来ても構わない。

 

『フリーダムに続けぇ! このまま大西洋連邦の好きにさせるな!』
『オーブ魂を見せ付けてやるんだ!』

 

 キラの奮闘に触発されたオーブ軍MSが、フリーダムの援護に向かって来る。敵の侵攻もあるが、根性で少しずつ前線を押し返していた。

 

「みなさん……」

 

 援護にやって来たムラサメが、ダガーLの小隊を撃墜する。更に、M1アストレイの小隊も援護に駆けつけてきた。
 これで、勢いは完全にオーブ軍側に移った。
 数で劣るオーブが、物量で仕掛けてきた大西洋連邦を少しずつ凌駕し始めたのだ。
 キラはその光景に感動する。自分だけではない、みんな大切なものを守る為に戦っているのだ。
 あるいは家族の為に、あるいは自分のプライドの為に、そして、オーブの為に。

 

 しかし、束の間の勝機は、あっさりとひっくり返される事になる。前線に飛び出してきたオーブ軍は、部隊を前に出しすぎた。

 

《敵の攻撃が来る――!》
「え?」

 

 声が警告してきた。その懸念とは反対に、オーブの部隊は進軍を続けて、敵の本営を目指している。

 

《駄目だ! このままじゃ、まとめてやられる!》

 

 そう頭の中に響いた瞬間、前線に進出してきたオーブのMS部隊が陽電子砲の光の中に消えた。キラはその光景に慄いて、フリーダムを硬直させてしまう。

 

「ロ…ローエングリン――!」

 

 正直、キラも危なかった。
 他の友軍機が押せ押せで進軍しているのを見て、それに加わろうと思った矢先の出来事だったのだ。大西洋連邦軍は、アークエンジェルを戦力に加えてきていた。
 前回ミネルバのタンホイザーで痛い思いをしていただけに、それに対する報復の意味も込めてローエングリンを放ったのだ。
 これで、息を吹き返したかに思われたオーブ軍は再び劣勢に立たされてしまった。
 多くのMSが前に出てきたことにより、その殆どがローエングリンに巻き込まれ、本土の守備が薄くなってしまった。
 これでは、いくらキラが調子を取り戻せても、対処の仕様が無い。今のフリーダムでは、数の劣勢をひっくり返せるほどの力を持っていない。

 

「どうする? ビームサーベルじゃ、アークエンジェルを止める事は出来ない……!」

 

 今手にしているビームサーベルでは、鉄砲に対して竹槍で向かっていくようなものである。
 例え接近できたとしても、ラミネート装甲の前に出力を抑えたビームサーベルでは傷一つ付けることも出来ないだろう。
 万事休す。キラの頭の中を絶望が襲った。

 
 

 バルトフェルドは走る。キラにフリーダムを預けた以上、今度は自分でMSを探さなければならない。フリーダムを降りはしたが、このまま手を拱いているわけにもいかない。

 

「ちょっと、そこのあなた!」

 

 基地施設内を駆けていると、突然声を掛けられた。しかし、構っていられない。そのまま無視して駆け抜けようとしたとき、不意に見覚えのある顔が目に飛び込んできた。

 

「ミリアリア?」
「バルトフェルドさん!」

 

 足を止めて少女を見やる。襟足の跳ねた茶髪にラフな格好で肩からバッグを提げている。
 彼女は、かつてアークエンジェルのCICを担当していたミリアリア=ハウだ。
 ヤキン戦役の後アークエンジェルを降り、今はフリージャーナリストをやっているはずだ。

 

「何故、君がこんな所に?」
「私、戦場カメラマンになったんです。それで、この間オーブが大西洋連邦に攻め込まれたって聞いたので――そしたら今回の騒ぎじゃないですか。ザフトは何をしているんですか?」

 

 カメラを片手に訊ねてくるミリアリア。バルトフェルドは苦渋の表情で歯を食いしばっていた。

 

「もう降下を始めている頃だろう。だが、間に合うかどうかだな。アークエンジェルのローエングリンが、こちらの戦力をかなり削ったらしい」
「アークエンジェルが来ているのですか!?」
「最悪の編成だ。ここも、いずれ戦場になるかもしれない」

 

「ちょっと、私にも話を聞かせてくださらない?」

 

 ミリアリアと話していると、先程声を掛けてきた女性が近寄ってくる。
 ミリアリアに近い髪の色のショートカットの女性だ。気の強そうな眉と、それとは反対に女性らしさを感じさせる厚い唇が印象的だ。

 

「この軍人さん、ミリアリアの知り合いなの?」
「あ、はい。昔にちょっと…アンドリュー=バルトフェルドさんです」
「アンドリュー=バルトフェルドって…ザフトの砂漠の虎じゃない!」

 

「あの、失礼だがこちらのご婦人は?」

 

 自分を差し置いて勝手に話を進める二人の女性に、先を急がなければならないバルトフェルドは困惑していた。いつまでもここで長話をしてる場合じゃない。
 このまま無視して先を急ごうかとも思ったが、知り合いを無碍にするわけにも行かないだろう。

 

「こちら、私が依頼を受けた会社の担当の方で、レコア=ロンドさんです」
「ゲリラ屋上がりなので、よくこういう仕事を回されるんです」

 

 レコアは名刺を取り出し、バルトフェルドに差し出した。それを受け取り、適当に見やって視線をレコアに向ける。

 

「まだお若いのに、随分と苦労してらっしゃる」
「よく言われるわ」

 

 バルトフェルドは、このレコアという女性にエマやカツと似た印象を受けた。何処と無く世間慣れしていない感じがする。もしかして、彼女達の推測が当っていたのだろうか。
 しかし、その問題は後回しだ。彼女達とはまたいずれ会うこともあるだろう。まずはオーブを守るのが先である。

 

「申し訳ないが、僕は急ぎますのでこれで失礼させてもらいます。…ミリアリア、何かあったらお嬢ちゃんの別荘に来い。そこが、今の僕達の住処だ」
「あ…!」

 

 そう言い捨ててバルトフェルドは再び駆ける。制止するようにレコアが何かを言いかけたが、無視した。これ以上の時間のロスは余計だ。
 バルトフェルドが去るのを見届けた後、レコアは溜息をついて髪を掻き揚げた。
 バルトフェルドがオーブの軍人として戦っているのなら、もう少し詳しい話を聞きたかったからだ。
 そして、それを制止しなかったミリアリアに呆れていた。

 

「そんな顔をしないで下さい。オーブが攻め落とされちゃったら、大変な事になっちゃうんですよ?」
「今更彼一人が出て行ったところで何が出来るというわけでもないでしょう?
それだったら、少しでもオーブの内情を聞き出すべきだったわ。"砂漠の虎"がオーブで戦っているっていうのも、いい記事になるのに」
「それはこの戦いの後、アスハ代表の記者会見でじっくり聞けばいいじゃないですか。今でなくたって――」
「あんな小娘に、まともな会見を期待するなんて間違っているわ。もっと戦いに近い人からナマの声を聞くべきよ。あなた、ジャーナリズムというものを勘違いしているわ」
「あ…ちょっと!」

 

 レコアは不機嫌そうに腕を組んで歩いていってしまう。ミリアリアは慌てて彼女の後を追っていった。

 
 

 戦線では、大西洋連邦軍がアークエンジェルを押し出してきた事により、徐々にオーブ軍が押し込まれていた。
 加えて先程のローエングリンの一撃で減少した戦力では戦線の維持が難しい。
 キラのフリーダムも、局地的にMSを相手にするので精一杯だった。

 

「残りエネルギーが10%を切った…ザフトはまだなのか!?」

 

 確かに動きは最高に切れている。しかし、それではどうしようもないのがエネルギーだ。このままでは、いずれただの的になってしまうだろう。そうなれば、終わりである。

 

「さっきバルトフェルドさんからこれを受け取ってから、もう大分経つのに…プラントはオーブを見捨てる気なの…?」

 

 良くない予感がする。実はデュランダルの言っていたオーブ守備隊というのは嘘で、本当はオーブが滅びるのを待っていたんじゃないかと疑った。そのメリットは分からないが、こうまで増援が遅いとなるとそう考えざるを得ない。

 

 しかし、そのキラの考えは杞憂に終わる事になる。その頃デュランダルはオーブ国防本部の部屋の中で降下部隊を衛星軌道上で待機させ、機を窺っていたのだ。
 こうしてオーブを窮地に追い込む事により、そこにザフトの部隊を送り込む事で強い恩を売っておくのが狙いだった。

 

「そろそろか…」

 

 ギリギリまで引き延ばした。こうまでやられれば、オーブも自らの無力を悟るだろう。
 通信端末で待機中の降下部隊に指示を出す。そしてデュランダルは立ち上がり、部屋を出て国防本部の発令所へ向かった。現在の状況を知る為だ。

 

「戦況はどうなっている?」

 

 扉を開き、顎に手を当てて唸っているソガに訊ねる。デュランダルの声に気付いたソガは振り向く。かなり困憊している様子で、デュランダルにとっては面白い顔をしていた。

 

「かなり劣勢です。…ザフトの降下部隊はまだなのですか?」

 

 ソガの顔には汗が吹き出ていた。その顔を見て、デュランダルは心の中で笑う。ここまで追い込めば十分だろう。

 

「フリーダムは?」

 

 ソガの質問を無視して聞くデュランダルに歯痒い思いをしつつも、ソガは通信兵にフリーダムとの通信回線を開かせた。

 

「フリーダム応答されたし」
「私にやらせてくれ。…聞こえているか、バルトフェルド?」

 

 通信兵の傍らから身を乗り出し、体を前のめりにしてマイクに向かって話しかける。

 

『え?』

 

 しかし、通信回線から聞こえてきたのはバルトフェルドの声ではない。不思議に思ってデュランダルはもう一度呼びかける。

 

「応答しろ、バルトフェルド。フリーダムはまだ持つのか?」
『その声…デュランダル議長!』
「何? 君は――」

 

「映像、でます」

 

 目の前のモニターにフリーダムのコックピットの様子が映し出された。そこに座っているのは隻眼の中年ではなく、あどけなさの残る少年だった。

 

「キラ君…君が何故そこに?」

 

 デュランダルは驚く。あれ程戦うのを拒んでいた少年が、何故かフリーダムに乗っているのだ。そして、彼に戦いを拒絶させていたバルトフェルドの姿が無い。
 と、言う事はつまり、計らずもデュランダルの図っていた状況になったという事か。

 

『す、すみません…でも僕は――!』
「いや、いい。気にしないでくれ。君がその気になってくれたのなら、私としては嬉しい。二年前に最強と謳われた君の力を見せてくれ」

 

 キラは言葉に詰まる。自分が戦うのは、仲間を守るためだ。パイロットとして優れているから戦うわけではない。それに、自分の実力がそんなに大きいと自惚れている訳ではない。先程から苦戦のしっぱなしなのだから。

 

「…それで、フリーダムのエネルギーはどうか?」

 

 キラはちらっとモニターに視線を移した後、表情を曇らせた。どうやらかなり追い詰められているらしい。

 

「…わかった。キラ君はフリーダムを思いっきり上昇させてくれ。もうザフトの降下が始まっているはずだ。降下部隊の中には使い捨てのデュートリオン・システムの送信機を持たせてある。そこでエネルギーの回復をしてくれ」
『分かりました』

 

 キラとの通信を切り、デュランダルは背筋を伸ばす。その顔には余裕の笑みが浮かんでいた。ソガはその表情に不信を募らせる。

 

「全て、予定通りですかな?」
「予定外だよ。キラ君が戦うとは思わなかったし、大西洋連邦の戦力がこれ程大きいとは思わなかった。まさか、アークエンジェルを投入してくるなどと、誰も思うまい」

 

 苦笑しているように、笑いながら話すデュランダル。拳を口元に当て、わざとらしい仕草を見せる。

 

「勝てますかな?」
「ザフトの戦力、当てにしてもらいたいな」

 

 普通に見れば、デュランダルの余裕の表情は自軍の戦力に相当の自信を持っている証拠に見えるだろう。しかし、ソガの目には全てを予定通りに進行させている余裕に見えた。
 きっと、キラがフリーダムに乗るのも予想していた事なのだろう。

 

「降下部隊の指揮は貴官に任せる。存分に使ってやってくれ」

 

 コートをなびかせ、デュランダルは司令室を後にする。その後姿を、ソガはじっと見つめていた。

 
 

 バルトフェルドはムラサメを1機見つけて本島の防衛に回っていた。整備兵が整備中だと言っていたが、そんな事はどうでもいい。今は、少しでも戦力が欲しい時だ。MSの状態を気にしてはいられない。

 

「さっきよりも崩されている…キラはどうしたんだ!?」

 

 押し込まれているオーブ軍。戦線が維持できなくなったのか、所々で防衛ラインを突破してくる敵が居た。
 何とか基地から迎撃して本島への侵入は防げているが、それが破られるのも時間の問題であろう。
 そんな中にキラが居ない。
 アークエンジェルも侵攻して来ていて、いよいよ危機的状況に追い込まれつつあるというのに、フリーダムの姿が見えないのだ。
 彼ならこの状況をほうっておく事など出来ないだはず。

 

「まさか…落とされたのか?」

 

 頭の中を不安が過ぎる。
 やはり、いくら優秀なコーディネイターであっても、訓練を積んでいないキラにいきなりの復帰戦は無理だったのだろうか。
 こんなことなら、キラと代わるべきではなかったかもしれない。
 しかし、考えても始まらない。
 まだ撃墜されたと決まったわけではないし、何より今は敵の侵攻を食い止めるのが先だ。たとえキラが生きていたとしても、オーブが陥落すれば元も子もない。

 

「アストレイ部隊は飛べ! 地上に居れば狙い撃ちにされるだけだ!」

 

 バルトフェルドは檄を飛ばす。地上から迎撃しているだけでは、空中からの攻撃には不利だ。

 

『駄目だ、ここは動けない! 地下のシェルターにも人が居るんだ!』
「何だと!?」

 

 ならば、ここは何とかして守り抜かなければならない。M1アストレイの部隊が動けないとなると、ここはムラサメに乗っている自分が踏ん張るしかない。
 ムラサメは、先程まで乗っていたフリーダムとは違い、エネルギー消費効率が格段にいい。
 それは、消費の大きい武器を搭載していないからだ。バルトフェルドにしてみれば、フリーダムよりもムラサメの方が使いやすい。

 

「分かった。アストレイ各機はそのまま迎撃を続けろ! ムラサメ各機は各個撃破! ここを突破されればもう後が無い、絶対に守り抜くんだ!」

 

 その時、洋上に浮かぶオーブ軍の巡洋艦がアークエンジェルからの2発目のローエングリンによって轟沈した。
 その衝撃で起こった高波が沿岸部の基地に押し寄せ、それに巻き込まれたM1アストレイ数機が流されてしまった。

 

「チッ! 波にさらわれる間抜けが何処に居る!?」

 

 苛立ちを募らせるバルトフェルド。
 上手く行かない時は何をやっても上手く行かないものである。結局、数を減らされた守備隊は敵MSに対して弾幕を張り続けるしかない。このままではジリ貧だ。

 

「ザフトはまだなのか!? これじゃあ、オーブは本当に落ちるぞ!」

 

 バルトフェルドの表情にも焦りの色が浮かぶ。ザフトが来るにしても、あまりにも遅い。もったいぶっているのは何となく分かるが、これでは引っ張りすぎだろう。
 デュランダルにしても、ここでオーブを攻め落とされるのは本望ではないはずだ。
 バルトフェルドが危惧していると、一機のムラサメが被弾してバランスを崩された所に、ビームサーベルを携えて突撃してくるウインダムを発見した。
 このままではあのムラサメは撃墜されてしまう。

 

「これ以上はやらせん!」

 

 救援に向かうバルトフェルドのムラサメ。
 ビームライフルで牽制しつつ、シールドでウインダムを突き飛ばす。その間に被弾していたムラサメは不時着し、態勢を立て直そうとしている。
 それを確認し、バルトフェルドはホッと一息つく。
 しかし、その油断の隙を突かれ、ダガーLの小隊がバルトフェルドのムラサメを後ろから狙って来た。不意を突かれたバルトフェルドは、ムラサメの左腕を破壊されてしまう。

 

「くっ――!」

 

 続けざまに止めを刺そうとビームサーベルで切りかかってくるダガーL。
 バランスを崩し、反転している時間は無い。背後からの接近を告げるアラームの音を聞き、バルトフェルドは撃墜を覚悟した。

 

 しかしその時、一筋の複相ビームの光が止めを刺そうとするダガーLを吹き飛ばした。その光は、見覚えがある。

 

『大丈夫ですか、バルトフェルドさん!』
「キラ――!」

 

 射線の方向に目を向けると、そこにはボロボロになったフリーダムが佇んでいた。
 しかし、バラエーナを撃ったということは、エネルギーを回復させたという事だろう。この短時間でそんな事が出来るという事は――

 

「うおっ!?」

 

 考えが纏まる前に高度からの一斉射撃が大西洋連邦軍のMSを襲う。空中で佇んでいるフリーダムの更に上空を見ると、そこには各種ザクが武器を構えて降下してきていた。
 数は分からないが、相当な規模だ。
 その中に、1機だけ微妙に形の違うザクがいた。塗装をオレンジに塗り、かなり派手な見栄えをしている。

 

『ザフト特務隊フェイスのハイネ=ヴェステンフルスが助けに来たぜ! オーブ軍、もう安心だ!』

 

 いきなり全周波で通信を繋げてきた。そのMSの趣味と相まって、相当陽気な人物である事が覗える。

 

『各小隊はオーブの守りに就け! 1機たりともここを通すなよ!』

 

 彼が隊長なのだろう。
 フェイス権限を持つということは、現場レベルでは最高の権限を持つことを意味する。案の定、彼の命令が下されるとザクが本土に着陸し、次々と迎撃態勢に入る。
 この数なら、まず突破される事も無いだろう。

 

『バルトフェルドさん、僕は前線に向かいます! ここは頼みます!』

 

 キラはそう告げると、フリーダムを加速させる。

 

『ちょっと待てよお前さん! 俺も行くぜ!』

 

 先程の調子のいい声の男が、回線も切らずに叫んでフリーダムの後を追って行く。衛星軌道上で散々待たされ、元気が余っていた。
 だが、これでオーブの守備は万全になったと言っていいだろう。ザクは飛行できないとはいえ、セカンド・ステージ・シリーズだけあり、性能はいい。
 連合の新型主力MSのウインダムよりは総合的に劣るが、そのウィザード換装による汎用性の高さで凌駕する。
 ただ、セカンド・ステージ・シリーズのMSをこれだけ投入できるという事は、プラントは軍備をずっと続けていたという事になる。それは、ある意味で残念な事だ。
 デュランダルが戦争に向けて準備を進めていたことの証明になるからだ。
 バルトフェルドは溜息をつく。それには、安堵と不安が混ざっていた。今のところは全てデュランダルが掌握している状態だろう。

 

「これが終わっても、また大西洋連邦は攻めてくる……。結局、こうやって真綿で首を締める様にオーブを弱らせ、その後で服従を迫ってくるに違いない……」

 

 そして、キラ同様にラクスを利用しようとするだろう。
 その時、オーブはまだ存在していられるかどうかは、今の時点では分からない事だった。バルトフェルドは深呼吸し、標的に照準を合わせた。

 
 

 再び前線へ躍り出たキラ。しかし、先程とは違い、今度はエネルギーが十分の状態だ。ビームライフルを使えるし、局地的にバラエーナやクスィフィアスを使うことも出来る。
今のフリーダムは、短いビームサーベルでセコセコしていた先程までとは違う。

 

「アークエンジェルは…居た!」

 

 ザフトの降下部隊を確認したアークエンジェルは、急いでローエングリンの冷却をしている最中だった。大量に降ってきたザクの大軍を見て、大西洋連邦側も焦りだしたのだ。

 

『おい、足付を落とすつもりか?』

 

 その時、先程の全周波男が話し掛けてきた。

 

「アークエンジェルを落とせば、敵はもうローエングリンを使えません。なら、僕は――!」
『落ち着けって。どうせなら、あれをかっぱらっちまわねぇか?』
「え!?」
『考えても見ろよ、そうすりゃまた敵が攻めてきた時にこちらの切り札になるじゃねぇか。
それに、足付を威嚇にも使える。敵だってそう簡単に攻めてこようって思えなくなるはずだぜ?』
「そ、そうか――」

 

 ハイネの言うとおりだ。アークエンジェルを鹵獲してこちらの戦力に加えれば、2門の陽電子砲を備えるアークエンジェルは対外的に脅威になる。
そうなれば、今回のように安易に攻め込まれるようなことはなくなるはずだ。戦力の乏しいオーブにとっては、これ程使えるものは無い。これは行けるか。

 

「分かりました」
『なら、決まりだな? ローエングリンが撃たれる前にけりをつけるぞ』
「僕が囮になります。その間にアークエンジェルを!」
『おいおい、いくらフリーダムでも、そんな状態で大丈夫か?』
「僕はまだ、死ねないんです。だから、大丈夫なんです」
『理由になってないぞ』

 

 キラは頭に響いていた声が言っていた事を思い出していた。
 気が付いたら聞こえなくなっていたが、苦戦している間は何度も励ましてもらった。あそこまで粘れたのは、もしかしたらあの声のお陰なのかもしれない。

 

「そちらこそ、大丈夫ですか? アークエンジェルの弾幕はかなりきついですけど――」
『俺を誰だと思っている? グフがザクとは違うって所を見せてやるよ!』

 

 ハイネはそう言うと、グフをアークエンジェルに向かって突撃させる。オレンジショルダーが、オーブの青い空と海を切り裂くように飛翔する。

 

「ちょ、ちょっと! 先に行ったら、僕が囮になるって言った意味が無いじゃないですか!」

 

 ただし、これではグフの方が先に標的にされてしまう。勇み足ハイネ、自ら墓穴を掘った。キラは、そんな奔放なハイネの行動に調子を狂わされた。
 ただ、息が詰まるような攻防戦に疲れていたキラにとっては、そんなハイネの奔放さは丁度いい清涼剤になった。
 アークエンジェルが存在している限り、予断を許さない状況に違いは無いが、気持ちを切り替える意味ではいいきっかけになったのかもしれない。
 キラの表情から焦りの色が消えた。

 

『フリーダム、援護を頼むぜ!』
「そ、そんな事言ったって――」

 

 無茶苦茶言う人だと思った。勝手に突撃して自分に援護を頼むなど、並の神経では出来ない芸当だ。彼は果たして自分の言う事を聞いていたのだろうか。
 しかし、今の自分になら出来る。エネルギーは十分あるし、調子も戻ってきた。アークエンジェルとグフを避けて敵を撃墜する自信がある。

 

「レールガンは迂闊に使えないな…なら、ライフルだけで!」

 

 フリーダムにビームライフルを構えさせ、グフを追い越してアークエンジェルに突撃する。
 思ったとおり弾幕を張ってきたが、キーボードを引っ張り出してフリーダムの機動性を細かく調整しなおす。

 

「新たな損傷部位は左肩と羽…推力を機体のバランスに合わせて――!」

 

 フリーダムの急襲に慌てるアークエンジェルの守備MS。それに向かってキラはビームを連射する。エネルギー効率の問題上、一撃で決めるのが理想的だ。

 

「ターゲット・ロック! 前みたいに行かないけど――!」

 

 フリーダムのビームライフルから放たれるビームは確実に敵MSを捉え、撃たれたMSは踊るようにもんどりを打ちながら海に落下していく。
 それを見つめるハイネは口元に笑みを浮かべていた。

 

「よくもまぁ…流石はフリーダムといった所か。なら、俺も約束は果たさなくちゃな」

 

 ハイネはフリーダムの獅子奮迅の動きを眺めて感嘆する。その動きは、文字通り一騎当千だ。

 

「こんな弾幕ぐらい、潜り抜けて見せるぜ!」

 

 ハイネは四連突撃銃で弾を撒き散らしながらグフにブーストを掛ける。途中で襲い来るMSをスレイヤー・ウィップで薙ぎ払いながら、アークエンジェルへと進路をとった。

 

 そして、アークエンジェルのブリッジでは突如現れたフリーダムと、接近してくるグフの機影に焦っていた。
 アークエンジェルは、大西洋連邦軍の攻撃の要として重要な艦である。ここで攻め落とされるわけには行かない。

 

「ローエングリンの発射はまだか!?」

 

 苛立つ声で艦長が怒鳴る。

 

「チャージ、今開始した所です!」
「何だと!? …それでは遅い――うおっ!?」

 

 アークエンジェル艦長がアームレストに拳を叩きつけた所で、グフがブリッジの正面に現れた。ゆっくりとソードを引き抜き、それをブリッジに向けて突きつける。

 

「チェックメイト…いや、オーブ流に言えば王手か?」

 

 どうでもいい事を呟くハイネ。しかし、ここまで接近すれば、もう勝負は決まったようなものだ。
 今、ハイネはアークエンジェルを追い詰めたと同時に敵に対して盾にしているのだ。
 この状態なら、敵も迂闊にグフに攻撃を仕掛けるような真似はしないだろう。これで落ち着いて話をすることが出来る。

 

「アークエンジェル、聞こえるか? こちら、ザフト特務隊フェイス、ハイネ=ヴェステンフルスだ。
貴艦の命運は今、こちらが握っている。このままブリッジを潰されたくなければ、こちらの指示に従え」

 

 ハイネは全周波でアークエンジェルに呼びかける。こうして戦場全体に聞こえるようにしておけば、アークエンジェルを捕捉した事が皆に伝わるだろう。
その上で交渉が上手く行けば、この戦闘を一気に終わらせる事が出来る。

 

『…こちら、アークエンジェルだ。貴官の条件とは何だ?』

 

 こちらの思惑に乗ってきた。
 このまま不意打ちで攻撃を仕掛けてくるようならば、容赦無しにアークエンジェルを潰すつもりでいたが、話し合いに応じる気があるということは、相手も冷静に今の状況を認識しているという事だろう。
 これなら上手く行くかもしれない。

 

「アークエンジェルに搭乗している全人員を退艦させろ」
『これを…そちらに引き渡せというのか!?』
「そうだ。その際、脱出艇の安全はこの俺が保障する」
『我々を根絶やしにするための嘘じゃないのか!』

 

 何とも物騒な事を言ってきた。若干雲行きが怪しい展開だ。
 ハイネとしては、アークエンジェルを即戦力としてオーブに加えるために、出来れば無傷で奪取したい所だ。

 

「何を言っている? こっちだって、出来るなら無駄な血を流したくは無いんだ。信用してくれ」

 

 なるべく穏便にと思い、柔らかい言葉を投げ掛ける。しかし、それが逆効果だった。通信回線の向こう側から、怒りで震える声が聞こえてきた。

 

『信用しろだと? ユニウスを落としておきながら…なんと破廉恥な! お前達コーディネイターのせいで多くの同胞が死んだのだぞ! この艦のクルーだって…私の家族だってそうだ!』
「なっ――!?」
『我々を苦しめておいて無駄な血を流したくないなどと、よくもそんな事を言える! 構わん、目の前の敵機を沈めろ!』
「ちょ、ちょっと待て! ユニウスの落下は――!」

 

 釈明する暇も無く、アークエンジェルからCIWSの弾幕が張られる。
 こんな至近距離では流石にハイネと言えども如何ともし難く、折角接近できたアークエンジェルから離れざるを得なかった。

 

「くそっ! どうだってんだアイツら? 俺達がユニウスを落としたって本気で思っていやがる!」

 

 ユニウス・セブンが旧ザラ派の残党が引き起こしたテロだったという事は知っているし、実際にプラント国内ではテロリストの仕業であったというデュランダルの発表が主に信じられていた。
 しかし、連合側は違ったのだ。ブルーコスモスの煽動で、ユニウス・セブンの落下がコーディネイターの仕業であると吹聴され、それが地球側の主張となっていた。
 地球と宇宙で世界が分かたれている現状で、ナチュラルとコーディネイターに温度差があるのをハイネは考慮していなかった。
 その温度差があったからこそ、戦争が起こってしまったのだ。

 

『どうしたんですか、ハイネさん!』

 

 キラからの通信回線が入る。フリーダムは、まだ敵MSを相手に善戦してくれている。しかし、それでもこれ以上待たせるわけにも行かないだろう。
 何よりも、アークエンジェルはローエングリンの発射態勢に入ってしまっている。

 

「やるしか…ないのか?」

 

 ハイネとしても、これ以上オーブが無駄な血を流すのは避けたい。もし、3発目のローエングリンが発射されるなら、今度の標的はオーブ本土だろう。
 陽電子砲の一撃を喰らえば、オーブは壊滅的な被害を被る事になる。それは、絶対に避けねばならぬ事だ。
 アークエンジェルの上空にグフを位置取り、ハイネはブリッジを見据える。無傷での奪取は諦めるしかない。

 

「ブルーコスモスの口八丁に踊らされやがって…そんなんだから、ナチュラルは馬鹿なんだよ!」

 

 ハイネは悔しい。
 アークエンジェルを無傷で奪取できなかった事よりも、彼等を説得できなかった事よりも、ブルーコスモスの虚言が彼等を間違わせていた事が最も悔しかった。

 

『貴様等コーディネイターが生まれてこなければ我々は――うぉああぁぁぁ!』
「くっ――!」

 

 ハイネのグフが放った四連突撃銃がブリッジを破壊した。そんな中で、ハイネは彼等の最後の言葉を聞く。それは、コーディネイターに対する恨み節だった。

 

 フリーダムが囮として敵MSと交戦を続けていると、にわかにアークエンジェルから爆発が起こった。それにキラが振り向き、ハイネの交渉が失敗に終わった事を悟る。

 

「アークエンジェルが――!」

 

 ブリッジから黒煙を上げるアークエンジェルの浮力が、徐々に失われていく。ブリッジを失った事により、アークエンジェルの指揮系統が失われたからだ。
 カタパルトハッチが開き、慌てたように脱出艇が発進する。残ったクルー達も、アークエンジェルがもう戦えない事を悟ったのだ。
 二年前に不沈艦と謳われ、恐怖の対象だった大天使がついに堕ちる。それを確認した大西洋連邦軍は、攻撃の要がやられたことにより退却を開始した。
 今回も、何とか撃退する事に成功したようだ。

 

『済まない、足付を無傷で奪取する事が出来なかった』
「何かあったんですか?」

 

 引き揚げて行く大西洋連邦軍の後姿を眺めていると、ハイネが話し掛けてきた。その声は暗い。

 

『お前、コーディネイターだよな?』
「いきなり何を言っているんですか?」

 

 怪訝に思った。

 

『…奴等、ユニウスを落としたのが俺達だって、本気で信じてやがったんだ。ブルーコスモスに踊らされてるって知らずに――』
「そう…だったんですか……」

 

 ナチュラルとコーディネイターの軋轢を改めて思い知る。
 自分の命が危険に晒されていても復讐を選んだという事は、それだけコーディネイターに対する怨念が強かったという事だ。それは、とても悲しい事だと思う。
 不意に、シェルターで聞いた声の事を思い出した。その声は、もしかしたらこの事を言っていたのかもしれない。

 

(これ以上悲しみを増やさない為に僕に出来る事を――か)

 

 エマがかつて言っていた。彼はユニウス・セブンに眠る悲鳴を聞いていたのではないかと。そして、彼がそういう神経を持った人物であり、今は疲れているとも言っていた。
 彼は今は動けない。それが運命だとすれば、彼はキラに動けない自分の代わりに出来る事を託したのではないか。そう思い、ボロボロのフリーダムをオーブへと向ける。

 

 オレンジと白のMSが海上を飛行する。しかし、その姿は何処か寂しげだった。