ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第14話_前編

Last-modified: 2008-05-25 (日) 11:14:59

『急襲、ファントム・ペイン』前編

 
 

 大西洋連邦軍との戦いは、オーブ軍に甚大な被害をもたらした。ザフトの援軍がやって来たとはいえ、オーブの現有戦力は当初の40%にまで落ち込んでいた。
これでは、次に大西洋連邦軍が今回同様の戦力を送り込んでくれば、ひとたまりも無いだろう。ザクでは、沿岸部で迎え撃つ事しか出来ない。

 

「演出家だな、デュランダルは」

 

 オーブ、セイラン邸で、ウナトはユウナと二人でオーブの報道番組を観賞していた。どこのチャンネルでも、オーブの窮地にやって来たザフトを歓迎する内容だった。
オーブ軍の体たらくを見かねたマスコミが、プラントとの友好関係をアピールしているという事だろう。

 

「ザフトがあのタイミングで現れたのは彼の策略だったと?」

 

 ユウナが訊ねる。

 

「そうだ。オーブを窮地に立たせたのは、ザフトの恩恵を我々に知らしめるのと同時に、オーブを弱体化させる意味があった。デュランダルは徐々にオーブをプラント化させるつもりなのだろう」
「父上はそれでよろしいのですか?」
「良いわけが無い。しかし――」
「手の内はなるべく見せないで置きたい――知れば、カガリが黙っちゃ居ないですからね」
「そうだ」

 

 ウナトは腰掛けていたソファから立ち上がり、窓の側に立ってオーブの街を見下ろした。自分達がロゴスと通じていると知れば、いくらカガリでも自分たちを疑ってくるだろう。
彼等はオーブを守る手段としてロゴスとのパイプを繋げているが、理想家のカガリにそれは通用しない。そうとなれば、ユウナとの婚約も破談にされかねない。
 今回も、いざとなればそのパイプを使って大西洋連邦軍を退却させる事も出来ただろうが、その前にデュランダルの手配した軍がやって来た。ロゴスには、ブルー・コスモス盟主のジブリールが関与している。
そのパイプは、大事にしたいものだ。

 

「上手く付き合っていかなければな。どんな所とも……」
「そして、最後に立っているのはこのオーブ…ということですね?」

 

 本心を声に出され、ウナトは笑った。

 

「デュランダルのような道楽者にくれてやるには、このオーブは美しすぎる。奴には、餌でも与えておけばいい」
「その為のキラ=ヤマト…そしてラクス=クラインですか」
「デュランダルが欲しがっているのはあの二人だ。必死に信頼を集めておるよ」
「では――」

 

 ウナトにとって、キラやラクスの存在など目障り以外の何物でもない。彼等のお陰でオーブが脅威に晒されるのなら、排除した方がマシだとも考えている。しかし、それはカガリが決して許しはしないだろう。
彼等と親交の深い間柄ゆえに、カガリは二人に特別な情を挟んでいる。別荘を貸与したのも、その情が絡んでいたからなのだろう。普通なら、あんな屋敷を無償で貸し出す事などしないはずだ。
 現状、セイランにとってカガリは目の上のたんこぶ以外の何物でもない。だからこそ、ウナトは息子のユウナとカガリに婚約を結ばせている。ただし、カガリの方は今のところ全く乗り気でないのが問題ではあるが。

 

「僕らもデュランダルの手法を参考にするべきですかね? どうも、僕はカガリに嫌われているようなので」
「恋敵は不在。やるなら、今のうちかも知れんな。…だがユウナ、お前にそんな甲斐性があるのか?」
「あの子が髪を伸ばしてくれたのなら、本気にもなれましょう。今は真剣に口説く気になれませんね」

 

 ユウナの女性の好みは髪の長い女性だ。今のカガリはちょうどショートカット。その顔つきからややボーイッシュな印象が強い。ユウナの好みからは外れている。
 しかし、政略結婚を成立させ、セイラン家がオーブの実権を握るにはそれしか方法が残されていない。ここは少しずつカガリに髪を伸ばさせるよう仕向けるのが確実な方法か。我ながら甘い事を考える、とウナトは笑った。

 

「情けない息子よ。女の趣味でオーブの行く末を決めるつもりか?」
「とんでもない。ただ、僕にだって伴侶を選ぶ権利があります。今のカガリじゃ、僕は喜べませんよ」
「お前は気に入っていると思っておったのだがな」
「見せかけですよ。あの子は僕のお嫁さんにはまだまだです。そうですね…もっと女性らしい――」
「よい」

 

 ユウナが女性の趣味を語るとき、ウナトはいつも逃げ出していた。彼のこの手の話は長くなるからだ。
 ウナトは葉巻を一本取り出し、火を点けた。煙を纏い、目を細める。青い空と海が、美しかった。

 
 

 ファントム・ペインの指揮官、仮面の男ネオ=ロアノークは新設の基地に向かっていた。まだザフトにも知られていないその基地は、カーペンタリア基地の目と鼻の先にある。

 

「新たに私の部隊に配属になったというのは君たちか?」

 

 目の前に現れたのは金髪のリーゼントの男と、大分髪が後退した黒髪の男。リーゼントの方は細面で端正な顔立ちをしていて、黒髪の方はいかにも無骨そうな四角い顔をしていた。
ただ、二人とも体つきはかなりいい。それだけで、彼等が優秀な兵士であると分かる。

 

「連合軍特別派遣兵のジェリド=メサ中尉」
「同じく、カクリコン=カクーラー中尉。貴官が司令官か?」
「ネオ=ロアノーク大佐だ。ファントム・ペインの指揮を任されている」

 

 三人はお互いに自己紹介を交わす。ジェリドとカクリコンは口には出さなかったが、彼等もエマ達同様異端者だ。
 フランクに語りかけてくるのは、彼らの自信の表れか。普通なら上官に対する態度の修正として懲罰の対象になるだろうが、ネオはそんな事をするつもりがないし、そういう性格でもない。
だから、パイロットとして優秀であるならば、態度に特に文句はない。

 

「ほぉ…スローター・ダガーか。いいものを持ってきたな」

 

 ネオが視線を二人の後ろにあるMSに移す。黒系統で塗装されたそのMSは、高級量産型MSであるストライク・ダガーのバリエーション機だ。
本家と同様に、かつてのGAT-X105ストライクの様にパックの交換で戦況に応じる事が出来る。

 

「何機か選ばせて貰ったんだが、これが気に入ってね」
「特に色がな」

 

 ジェリドとカクリコンは振り返り、満足そうにスローター・ダガーを見上げる。彼等にとって、スローター・ダガーの専用色である黒のカラーリングは、かつてのティターンズ・カラーを髣髴とさせたのだろう。
そのジム・クウエルに似たプロポーションも、気に入っている点の一つだった。

 

「こいつにはストライカーパックの換装が出来るって思っていたんだが――」
「MSは汎用性が命だ。砲撃戦は他の機体に任せりゃいいし、接近戦主体のソードなんかおまけ以外の何物でもない」
「そりゃあそうだが……」
「だから、俺達はエールだけで十分だ。心配しなくても、大佐にはいい思いをさせてやりますよ」

 

 からかうように言うジェリド。それだけ自分の実力に自信があるということか。ネオはそれを受けて苦笑いする。ただ、このような頼もしい味方が増えるのであれば、あの3人に無理をさせずに済むかもしれない。

 

「頼むぜ? これからザフトの新型戦艦を叩かなきゃならないんだからな」
「カーペンタリアから出るミネルバとか言う新造艦か。インド洋を渡ろうってんで、それをこちらから急襲して出鼻を挫こうってんだろ?」
「手強いぞ。相手は何と言っても陽電子砲を積んでいる。それに、MSも新型が配備されるって話だ。一筋縄で行く相手ではないな」
「臆病風に吹かされるのは御免だな。それなら、俺達は俺達で勝手にやらせてもらうぜ」
「それは勘弁してもらおうか。私も、一応責任者の立場にあるからな」

 

 ジェリドの発言に、ネオは釘を刺した。いかに彼等が実力者であろうとも、こちらの命令を無視されたのではたまったものではない。

 

「中間管理職は、胃に穴でもあけていればいい。だが、その分に見合った働きは、してやるよ。なぁ?」

 

 カクリコンが笑いながら言う。冗談だとは思いたいが、あの顔で言われたら冗談に聞こえない。ネオは何も言わず、口元の引きつった笑みで返すしかない。

 

「では、私は失礼する。ガルナハンのローエングリン・ゲートの様子を知っておきたいのでな」
「ゲリラ共なぞ、苦戦する程の相手でもなかろう?」
「これも責任者の仕事でね」

 

 そう言ってネオは去って行った。口では軽く言っていたが、その後ろ姿に中間管理職としての哀愁が漂っていないとは言いきれない。色々と大変なのだろう。

 

「…マウアーとライラはガルナハン行きだったな」

 

 ネオが去り、ジェリドはふと漏らす。二人の女性の事を思っていた。

 

「また女か?」
「いけないかよ?」
「いいや」

 

 カクリコンは首を横に振る。

 

「だが、お前がどちらを選ぶのかと思ってな」
「からかうなよ。俺はもう一度生きる、このチャンスをモノにしたいだけだ」
「そりゃあそうだ」

 

 二人で笑い合う。こうしてまた出会えたのも、何かの縁なのだろう。
 サイド1での攻防戦で戦死したライラ、エゥーゴのジャブロー降下阻止作戦の折に大気圏で燃え尽きたカクリコン、ジェリドを庇って宇宙に散ったマウアー、そして最後まで復讐を果たせなかったジェリド。
その面々が、再び出会ったのだ。これは奇跡と呼ぶべきものだろう。ジェリドは、その奇跡を大事にしたかった。

 

「シロッコは月だったな」
「地球の重力が気に喰わないんだとさ。全く、これだから木星帰りは――」

 

 地球育ちのジェリドにしてみれば、シロッコの感覚が理解できない。地球は生命を育んだ母なる星だ。その地球の重力を嫌うのは長い間地球を離れていたからだろうが、そこに郷愁の念を感じないのだろうか。
宇宙空間に比べ、ずっしりと感じる地球の重力を心地よく感じられないのは、シロッコが既に宇宙人である証拠か。

 

「ん…?」
「へへへ…」

 

 ジェリドはふと気付いた。いつの間にか、直ぐ側のコンテナの上に3人の少年少女が座っていたのだ。その中の青髪の少年が、こちらを見てにやけている。その顔が気に触った。ジェリドは顔をそちらに向ける。

 

「何だ、貴様等は?」

 

 見た目どおり生意気そうなガキだ。派手な髪の色は、教育がなっていない証拠だろう。

 

「おっさん達だろ? 今度俺達の部隊に配属になったってのは」
「おっさん…」

 

 ジェリドは24歳である。まだおっさん呼ばわりされる年齢でもない。

 

「俺達は、おっさん達の先輩さ」
「貴様のようなガキがMSのパイロットをするのか?」
「おっさん達よりもいい働きをするぜ」
「このガキ――!」

 

「待て、ジェリド」

 

 激情家のジェリドには、この少年の言い方が気に喰わない。加えてティターンズのエリートであったというプライドが、彼をいきり立たせた。しかし、そんなジェリドをカクリコンが止める。

 

「そうそう。そっちのデコッぱちのおっさんの言うとおり、やめて置いた方がいいぜ。俺達、強ぇからな」
「言わせておけば!」
「だから、やめて置けといっている、ジェリド」
「何故だ、カクリコン! こういう生意気なガキには――!」
「こんな乳臭いガキにムキになるな。こいつ等から見れば、俺達は確かにおっさんだろうよ」

 

 そう言いながらカクリコンは笑う。直ぐに冷静さを失うジェリドに比べ、カクリコンの方は冷静だった。

 

「笑っている場合か! 舐められているんだぞ!」
「こっちは、やってもいいんだぜ? その代わり、どうなってもしらねーけどな」

 

 逸るジェリドを制止しているカクリコンを尻目に、青髪の少年は更に挑発をしてくる。対するジェリドの苛立ちは募るばかりだ。

 

「こんな娑婆ガキの言う事に一々構うな。どうせ、そいつらは大した事無い」
「言ってくれるじゃねーか、デコッぱちのおっさん。何なら、試してみてもいいんだぜ?」

 

「止せ、アウル」

 

 身を乗り出し、カクリコンに対して詰め寄ろうとするアウルを、緑髪の少年が制止する。見た感じでは、彼がリーダーなのだろう。3人の中では一番の年長に見える。

 

「止めんなよスティング。こいつらに、俺達の実力って奴を見せてやろうぜ。…おい、ステラもボーっとしてんな!」

 

 アウルは先程から遠くを見つめて呆けている金髪の少女に向かって怒鳴る。しかし、ステラと呼ばれた少女は横目でアウルを見やると呟いた。

 

「…アウル、うるさい」
「何だと!?」

 

 アウルの怒りの矛先がステラに向かう。

 

「だから、止めろって言ってんだろうが! こんな所で喧嘩したって何にもなんねーだろ!」

 

 しかし、それを良しとしないスティングがすかさず止めに入る。それを尻目に、ジェリドとカクリコンは去ろうとした。こんな子供の喧嘩には付き合っていられない。

 

「ちょっと待てよおっさん! 逃げるのか?」

 

 アウルがそれに気付き、カクリコンに向かって怒鳴る。しかし単純な挑発だけあり、カクリコンは意に介していない様子だ。溜息をつき、振り返った。

 

「相手にしないと言っている。ガキはとっとと帰ってママのおっぱいでも飲んで寝てな」
「――っ!」

 

 カクリコンが何気なく言った言葉を聞いたアウルは、急に表情を一変させた。顔色が青ざめ、体を震わせる。
 彼等は3人とも身体を強化されたエクステンデッドだ。特殊な訓練と投薬により、ナチュラルでありながらコーディネイターに匹敵する能力を備えている。
しかし、その代償に彼等には"ブロックワード"という一種のタブーが其々用意されていた。その言葉を聞くと、今のアウルの様に苦しむ事になってしまう。

 

「か…母さん――! あ…あぁ……!」
「ア、アウル!」

 

 アウルのブロックワードは"母親"だった。カクリコンの"ママ"という言葉に反応してしまったのだ。
 アウルの急変に慌ててスティングが体を支える。その様子に気付き、ジェリドとカクリコンは疑問の色を浮かべた。

 

「どうしたってんだ?」
「さあな」

 

 アウルは両手で肩を抱き、跪いて苦しんでいる。並みの苦しみようではないのは見れば分かった。ジェリドはその苦しみ方に、過去を思い出す。

 

「この感じ…強化人間か?」
「強化人間? ここにもあるというのか、ジェリド?」
「あの苦しがり様は、強化人間のものだ。前にキリマンジャロでカミーユと一緒に居た強化人間の女を見たことがある」

 

 かつて、キリマンジャロ基地で療養をしていた頃、ジェリドは潜入してきたカミーユが強化人間の女をつれている現場に遭遇した事がある。その時感じたのは、彼女の精神が異常であった事だ。
目の前のアウルは、ちょうどその時の強化人間とダブる。

 

「ふん、随分とでかい口を利くからどんなものかと思ったが、まともに話も出来ないポンコツとはな」

 

 吐き捨てる様に言うジェリド。これでは先が思いやられる。

 

「気にするなジェリド。どうせ、ガキに何も期待しちゃ居ない。俺達は俺達でミネルバを落とせばいい」
「そうだな」

 

 未だに苦しむアウルを気にも留めずに、ジェリドとカクリコンはその場を後にする。
 強化人間は基本的に不安定で、肝心な場面で頼りにならないのが慣例だ。それはかつてティターンズに在籍していた頃から報告で聞いていたことだ。
 だとすれば、頼りになるのは自分達の腕だけだろう。確かに強化人間は強大な力を有してはいるが、反面とても脆い部分がある。それが事もあろうに日常会話で噴出してしまうようでは、話にならない。
普通の人間が常識の範疇を超越した力を有するには、こういった代償を伴わなければならないと言う事だろう。
 ティターンズは力――そう言った自分の言葉を噛み締め、ジェリドはああはなるまいと心に決めていた。

 
 

 カーペンタリア基地で指令を授受し、ミネルバはスエズ支援のために発進する。地球上は連合軍の支配地域が殆どだ。
そこで、東ユーラシアにおける連合の勢力をスエズのマハムール基地で牽制し、彼らが築こうとしている橋頭堡を崩そうと言うのが今回の任務の内容だ。
加えて、ガルナハンにある火力プラントを奪取し、エネルギー確保をして地球上でのザフトの活動をしやすくするという目的も兼ねている。
 しかし、ガルナハンにある火力プラントへの道程には峡谷があり、連合軍がそこにローエングリンを配置しているという話だ。
現地の連合軍に対するレジスタンスと共に何度か攻撃を仕掛けたらしいが、ローエングリンが邪魔で失敗続きらしい。そこで、様々な新型兵器を積んでいるミネルバの出番というわけだった。

 

 カーペンタリア基地を発ったミネルバはインド洋を行く。エマは甲板に出て、潮風に髪を弄ばれながら新鮮な空気を満喫していた。目の前に一面に広がるのは、青い水の絨毯と綿飴のような白い雲。

 

「エマさん」

 

 柵に体を預け、首を伸ばして潮風の匂いを堪能していると、背後から声が掛った。

 

「ルナマリア。どうしたの?」

 

 振り向いた先に立っていたのは、一人の少女。気の強そうな顔立ちに、少女とは思えない抜群のプロポーション。だが、大人と呼ぶにはまだかわいらしいあどけなさの残る印象を受ける。
そして、最大の特徴は赤髪のショートカットから生えている一本の角。最初に彼女と対面した時、カツがそれを見て"シャア専用ですよ"とか訳の分からない事を言っていたのを覚えている。

 

「オーブ、無事だったみたいでよかったですね」

 

 ルナマリアは笑顔で言う。オーブが再び大西洋連邦軍の攻撃に遭ったと聞き、エマが気を落としていたのを彼女は見ていたのだ。
 エマがオーブ襲撃の報を聞き、何とか撃退したと聞いたのはつい先程だ。本当はバルトフェルド達を助ける為に飛び出して行きたい所だったが、ザフトの救援が間に合ったらしく安堵していた。
ただ、その件でカツとシンが何やら揉めたと聞いたが。

 

「ありがとう、ルナマリア」
「いえ。エマさんって、オーブに住む前は砂漠の虎の部隊にいらっしゃったんですよね?」
「えぇ、そうよ」
「どうでした? あたし、オーブ海戦の時に少し会ったんですけど、どんな人なのか良く知らないんです」
「え? ど、どうしてアンディの事を知りたいの?」

 

 聞かれてエマはギクッとした。バルトフェルドの元部下というのは勿論嘘で、本当は彼の過去の事など文献で読んだ程度の知識しかなかったのだ。
そして、ルナマリアがザフトの士官であるならば、自分の知っているバルトフェルドの知識などよりももっと多くの情報を知っているだろう。

 

「えっ…と――ほら、あの人渋いじゃないですか! だから、お近付きになる為に少しでも何か知れればなぁ…と思って……」

 

 対するルナマリアの興味はバルトフェルドには無かった。彼女が本当に知りたいのは、エマの人となりだ。
ナチュラルで、しかも女性という立場でありながらコーディネイターに混ざって戦っていたというエマの人物像を知りたかった。同じ女性としてエマに興味を持ったのだ。
それは、深い意味では彼女を尊敬しているという事なのかもしれない。

 

「そんな事…カツに聞けばいいじゃない。カツなら、教えてくれるわよ」
「えぇ~…?」

 

 当然ルナマリアは肩を落とす。彼女が知りたいのはエマの事である。だから、カツの所にではなく、エマの居る甲板にやってきたのだ。

 

「そんな事言わないで教えてくださいよぉ。あたし、砂漠の虎と居た頃の事をエマさんの口から聞きたいんです!」
「そ、そう言われても…ほら、彼にだって知られたくない過去とかあるかもしれないでしょ? あなただって、昔の事とかで知られたくない事とか、あるのではなくて?」
「そ、そうですけど! でも――!」

 

 ルナマリアが言いかけたその時、ミネルバの警報が鳴った。艦内アナウンスでメイリンがコンディション・レッドを告げる。敵襲だ。

 

「敵襲!? こんな所で――!」
「話はまた今度ね。出撃準備に取り掛かるわよ!」

 

 言うが早いか、エマは即座に駆け出して甲板を出て行った。

 

「あ――! ちょっと、エマさん待って下さい!」

 

 遅れてルナマリアが駆け出し、エマの後を追って行った。

 

 一方ブリッジでは、敵襲に備えて次々とブリッジ・クルーが入ってくる。それぞれが持ち場に就き、最後にタリアが艦長席に腰を据えた。

 

「索敵、敵の規模は?」
「11時の方向からウインダムおよそ20機。それに、別方向から奪取された3機も来ています」
「ミネルバ一隻に大した力の入れようね。…敵艦の数は?」
「それが、まだ見つからなくて…こちらのレーダーには引っ掛かっていません」

 

 バートの報告を聞き、タリアは考える。こんな辺鄙な場所で、しかもカーペンタリア基地の近くでMSの編成だけで攻めてきたということは、もしかしたら近くに母艦なり連合軍の基地なりがあるのかもしれない。

 

(そうでなければ辻褄が合わないわね…複数方向からと言う事は、両方があると考えるべきか)

 

 恐らくこちらが情報を得ていない基地なのだろう。密かに存在していたのか新設なのかまでは分からないが、カーペンタリア基地に対抗するために造られた物なのかもしれない。
そして、ミネルバがスエズに向かうと聞き、部隊を派遣してきたか。ならば、ここで敵基地を叩いて後続の憂いを断つのが賢明と判断する。

 

「メイリン、MS隊の発進準備はどう?」
「順次発進可能です」
「了解。MS隊順次発進後、ミネルバは現空域に固定。レイとルナマリアには水上ウィザード装備でミネルバの援護をさせて。海から出てくるアビスは手強いわよ」
「了解です」

 

 ミネルバのカタパルトハッチが解放され、MSの発進が行われていく。最初に飛び出したのはアスランのセイバーだ。飛び出すのと同時にフェイズシフトを展開させ、全身を真紅に彩る。

 

『ミネルバから隊長機へ、飛行ユニット各機は敵を撃破しつつ周囲の索敵をしてください。敵の母艦か、連合軍の基地が隠されている可能性があります』
「セイバー了解」

 

 通信でメイリンからの指令を聞き、アスランは各機に通信を繋げる。

 

「各機へ、飛行可能な機体は二手に分かれて敵母艦、及び連合軍秘密基地を探索する。シンは俺と、エマはカツと共に索敵を行え」
『エマ機了解。カツ、行くわよ』
『はい、エマさん!』

 

 アスランからの命令を受けたエマとカツのムラサメが、MAに変形して陸地へと向かっていく。

 

『どうして俺が隊長と一緒なんです?』

 

 その直ぐ後でシンが不満を訴えてきた。彼がオーブからの出向者である自分に不満を抱いているのは知っている。彼としては、出戻りの自分がいきなり隊長になったのが許せないのだろう。
その上カガリのボディーガードをしていたのだから、その思いは尚更なのかもしれない。
 しかし、今はそんな不満を口にされても困る。

 

「不満があるのなら後にしろ。これは隊長命令だ、今は従うんだ」
『隊長だからって、編成まで勝手にしていいんですか?』
「何を言っている? 部隊の指揮を執るのは隊長である俺の役目だ。お前は軍人の癖に命令を無視して勝手に戦うつもりか?」

 

 シンはまだお子様だ。自分の実力を過信し、何でも出来ると思っているに違いない。シンの言葉はアスランの耳にはそう聞こえていた。だからこそ、彼の面倒は隊長である自分が見なければならないだろう。
彼が生きるのも死ぬのも、これからの自分の指導次第だ。

 

『大気圏もまともに突破できなかったくせに』
「…前方に敵小隊だ。掛るぞ」
『…了解』

 

 シンの侮辱を無視し、アスランは前方に迫ってきたウインダムの小隊に注意を促す。シンも不満そうにしていたが、一応命令には従う姿勢を見せているようだ。
 と、思った矢先にシンのインパルスが単機で躍り出て勝手にウインダムの小隊に突撃して行ってしまう。これにはアスランも呆れた。

 

『こんな奴等、俺一人で何とかしてやりますよ。隊長は後ろでのんびり眺めていてください』
「待てシン! 勝手な行動をとってどうする!?」

 

 しかし、そんなアスランの制止も聞かずにインパルスは勝手にウインダムと戦闘を開始してしまう。確かに指令内容には敵機の撃墜も含まれているが、こちらの足並みを乱されたのでは堪ったものではない。
 それでもここでインパルスを失うわけにも行かず、セイバーも突撃させるしかない。アスランは一人溜息をつく。