ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第30話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 22:26:57

『エマージェンシー・デストロイ』

 
 

 オーブから出て、結構な日が経っている。残してきたカガリやバルトフェルドは、今どうしているのだろう。キラはジブラルタル基地の展望室で、海の向こうにあるであろうオーブの島々を空想した。
 カガリは、自分から見てもまだ頼りなく映る。それは、単純な経験の浅さと性格の幼さが見せているのだろう。彼女の性格は悪く言えば単純で無謀。ちょっとした事でもすぐに頭に血が上る、勝気な少女だ。
2年前の頃に比べれば多少の落ち着きも出てきたと思うが、それでもまだまだ子供だ。老獪な政治家連中と渡り合うのには圧倒的に力が足りていない。

 

「先客が居たか」

 

 低く、唸るような声。キラの視界がぐるっと景色を巡り、やがてその姿を据えた。
 例えば、このデュランダルという人物。彼が同盟を申し入れてきたのは、単純にオーブと互恵関係を結びたかったからではないだろう。その裏に、少なからず欲しいものが別にあったはず。その中に、ラクスや自分が含まれていたことに、最近になって気付けてきた。

 

「色々と大変だったそうじゃないか?」
「いえ…月では陽動の部隊を回して頂き、ありがとうございました」
「Mk-Ⅱを回収できたのだ。私も動かした甲斐があったというわけだ。それに、君からの言伝も承ったよ。パプテマス=シロッコといったか……君とフリーダムのコンビを全く歯牙にかけなかったそうじゃないか? まったく、世の中は面白いことが起こる」

 

 常に冷静で、動揺したことがあるのか疑問に思うほど、デュランダルの佇まいは超然としている。こんな人間に、ぶっきらぼうで短気なカガリが正面から渡り合えるわけが無い。
その為にセイラン親子という参謀がついているのだが、バルトフェルドの言うように彼らも何かしらの裏があるように感じる。果たして、四面楚歌の中にあって、カガリは平静を保っていられるのだろうか、甚だ疑問だ。甘言に流されて、自分を見失っていなければいいが――

 

「君達が救出したカミーユ=ビダンという少年……彼は面白いな。我々の感覚と全く別のものを持っているように感じたよ」
「話したんですか?」
「少しね。彼の情報と、そして彼自身も、私達の大いなる助けになると私は思うがね。キラ君はどう思う?」
「どう、って――」

 

 カミーユに想像も出来ない不思議な力があることは、何度か“テレパシー”を受けたキラには分かる。そして、エマやレコアなどもそれは知っているのだろう。しかし、それ以外のC.E.世界の人間がそれに気付ける者は、居ないはずだ。
彼は“テレパシー”以外は普通のナチュラルと全く変わらないのだから。デュランダルは、人の中身を覗く目を持っているというのだろうか。

 

「カミーユは、ついこの間まで心を病んでまともに立つことも出来なかったんです。僕は、あの人をもう戦争に巻き込むべきではないと思います」
「だが、彼はシロッコを止めなければならないと感じているようだ。同じ世界の“イレギュラー”分子として、この世界に混乱を巻き起こしている人間を止めるべきだと言っている」
「あの人は責任を感じすぎなんです。この世界で事が起こっている以上、その責任は僕たちが果たすべきだと思います」
「そういう理屈が彼に通るなら、私は何も言わないさ」

 

 J.Pジョーンズを急襲した時、カミーユはガンダムMk-Ⅱに乗り込み、勝手に戦列に加わった。その理由を別れ間際に問いただしたところ、エクステンデッドを放っておけなかったからだと言っていた。
自分の体調の事も分かっていないくせに、よくもそんな事を考えられるものだとその時は思った。
 しかし、それは自分にも言えることなのかもしれない。元よりキラの反応速度に耐えられるように設計されていたフリーダムならまだしも、前回の夜襲の時はM1アストレイで出撃して散々な目に遭った。出迎えたサイは、そんな無謀な自分を怒っていた。
きっと、そのときの彼の気持ちは、今の自分の気持ちと同じだったのだろう。こんな事では、余計に信頼を失くすかも知れない。

 

「そうだ」

 

 眼下に広がるのは無機質なジブラルタル基地の人工的な建築物の整然とした、街並みにも似た風景。その向こうには、イベリア半島の肥沃な大地が広がる。ヨーロッパ的な森林と草原に、川の流れがひとつのアクセントとなって景色の中に横たわっていた。
 とても落ち着く風景だ。今世界で戦争が起こっていることなど、とても意味の無いことと思えるほどにのどかな印象を与えられる。その景色に回想し、考えをめぐらせていると不意にデュランダルが声を発した。

 

「そういえば、オーブのカガリ代表から君宛てに送られてきたものがあるんだ」
「カガリが…僕にですか?」
「ここではないのだが、同行を願えるかな?」

 

 一体、カガリは何を送りつけてきたというのだろうか。デュランダルに続いて、キラは展望室のエレベーターで下に降り、後をついて行った。外に待たされていたデュランダルの専用車両に乗り込み、レクリエーション施設が立ち並ぶ区画を抜けて工廠区画へ向かう。
その検問をデュランダルの顔パスで抜けると、一棟の整備工場の前で車は止まった。

 

「ここは……」
「姉君の弟へのプレゼントとしては、少々大き過ぎるものだとは思うがね」

 

 車から降り、キラを誘うように先を行くデュランダル。釈然としないまでも、キラはハッとして後に続いて行った。
 中に入ると再びエレベーターに乗り、地下へと案内される。ザフトの格納施設というものは、須(すべか)らく同じような構造をしているものなのだろうか。似たような構造に、2年前にラクスからフリーダムを託されたときの事を思い出した。
 通路の先端にまで歩みを進めると、デュランダルはそこで手を掲げた。定石どおりであるならば、そこにはMSが立っているはずである。デュランダルの手に応えて一気に暗闇がライト・アップされ、果たしてそこから予想通りに一機のMSが姿を現した。

 

「これは――」

 

 浮かび上がったのはGタイプの頭部を持つMS。フェイズ・シフト装甲装備の機体で、火が入っていない今は灰銀の色を晒している。

 

「驚いたかね? カガリ代表は、君がフリーダムを失ったと聞き、こちらへこれを送ってきたのだ」

 

 その形には見覚えがある。かつて愛機としていたGAT-X105ストライク。その余剰パーツで組み上げたカガリ専用のストライク・ルージュだ。キラの操っていたトリコロール・カラーの機体とは違い、フェイズ・シフト装甲で一番硬い色と言われている赤に染まる。
左肩部には本人の証として、獅子のエンブレムが刻まれていた。間違いなく、カガリのものだ。

 

「ここへ通す以上、色々と調べさせてもらったわけだが、成る程、君の為に随分と手が加えられているようだ。とても2年前に製作された試作機とは思えない性能だよ」

 

 肩越しに振り返るデュランダルは、口元に笑みを浮かべていた。

 

「代表も、ただ平和に流されていたわけではなかったようだ。私がフリーダムを用意していたように、彼女も準備を怠っていなかった――これは、その証拠ではないのかな?」
「そんな! カガリは――」
「では、なぜこれを君の元に送ってきた? ――答えは、君に戦って欲しいからではないのかな?」

 

 カガリが自分に戦いを要求するのはいい。それがオーブの為になるのなら、キラには喜んでその為の礎になる覚悟はある。しかし、彼女が戦前からストライク・ルージュのアップ・デートを行っていたと言うデュランダルの推測は受け入れられない。
それは、彼女が平和は長く続かないと予測していた事に他ならず、今回の戦争は不可避と考えていたことになる。それではキラは困るのだ。現実として戦争となってしまった今なら仕方ないと言えるが、それを最初から諦めていたとすれば我慢ならない。
2年前の戦いはナチュラルとコーディネイターの争いを止めるためではなかったのか。その努力を、中心人物である彼女自身が諦めていたのでは話にならない。

 
 

「ですけど、ルージュのアップ・デートには、カガリは関っていないはずです。他の誰かがカガリには内緒で勝手にやらせたとしか――」
「中立を保つには、外圧に負けない力を持っている事が必須条件だ。代表がそう考えてもおかしくはないという事さ。オーブの前国家元首であらせられたウズミ=ナラ=アスハ氏も、そういう考えでMSの開発を進めていたのだろう? だとすれば、彼女の判断は正しい」

 

 確かに、国家元首としては国防上は正しい判断だ。しかし、カガリの持論は“力があるから戦いが起きる”だ。その考えを持つ以上、今回の件は自己規範を示す意味では失格。そして、彼女が容易く持論を曲げるような人物ではない以上、どうしても信じられなかった。

 

「僕は――」
「代表からのビデオ・レターも預かっている。これが、そうだ」

 

 デュランダルが差し出したのは一枚のディスク・ロム。それを受け取り、キラはディスクとデュランダルの顔を交互に見やった。

 

「私は見ていないよ。ただ、ウイルスの類が入っていないかどうかの検閲はさせてもらったがね」

 

 カガリにサイバー・テロ紛いの事が思いつくはずがない。そういう事は、昔からキラの得意分野だ。こんな直接的な方法を採るよりも、ネット・ワーク経由で侵略したほうが足がつきにくいことを知っているキラは、当然そうだろうと思った。

 

「ともかく、これはアークエンジェルに積み込まれる事になる。これで、フリーダムの改修が済むまでの繋ぎができたわけだ」
「僕はザフトの為に戦うのではありません。だから、あなたの為に戦うのではないんです」
「分かっている。君は君の信念の下に戦えばいい。私は、その上で君に力を提供したいと思っているに過ぎないのだよ。誰であろうと、利用できるものは利用したまえ。世の中は、君一人の力で何ができるというものでもない」

 

 自分が一人で戦っているつもりでいると思っているのだろうか。冗談ではない。今も、これまでも自分一人では生き抜いてこられなかったことくらい当然のごとく承知している。それを勘違いしていると捉えられた事が、心外だった。
 釈然としないキラは、ディスクの方々を確認すると、それを持って割り当てられた自室に戻って行った。後ろ姿を見つめるデュランダルは、相変わらず笑みを湛えているだけだった。

 

 自室に戻り、備え付けのコンピューターを起動してディスクをトレイにはめて押し込む。ビデオ・プレイヤーが起動し、自動で映像が再生される。がさつなカガリが、自分で撮影したのだろう。動画が始まっても彼女の影がちらほら映り、苦戦しているのが分かった。
 景色は、恐らく彼女の執務室だと思われる。後ろの壁にはオーブの国旗が掲げられ、何処となく見覚えのある風景だ。

 

『キサカ、これでいいんだよな?』
『録画ランプが点灯している。もう始まっているぞ』
『何!? それを早く言え! “テープ”がもったいないだろうが!』

 

 ぶっきらぼうな口調は、さすがゲリラをしていただけの事はある。大雑把な彼女の滑稽な仕草に、思わず笑いが零れた。コンピューターが全盛のこの時代に、カガリのような希少なアナログ人間はある意味貴重だろう。
 モニターの中の彼女は、カメラの前にセットされたデスクの後ろに腰掛けると、神妙な面持ちで両手を組んだ。少し髪が伸びただろうか。肩に届かない長さだった髪が、今は掛かっている。見慣れない彼女の髪型に、似合わないな、と感想を漏らした。

 

『ん゛ッ! キラ、久しぶりだな。お前たちがオーブを発ってから、色々あったと聞いているぞ。特に、お前がフリーダムに乗っていながらも撃墜されたと聞いた時には、本当に驚いた』

 

 咳払いも似合わない。しかし、語りかけてくる口調は、紛れもなく知っている彼女のものだ。双子の姉弟で、事実を知った時に強引に自分を姉と断定したカガリ。心配そうな表情は確かに姉のものだ。

 

『無敵だったもんな、昔のお前は……でも、それも全てはお前の周りに仲間がいたからなんだぞ。お前はすぐに一人で思いつめようとする、悪い癖がある。そんな事をしなくても、お前を心配してくれる仲間を信じればいいんだ。私も、力になれることがあれば協力する。
だから、無茶はするな。お前が無茶をすれば、みんな心配するし、ラクスは悲しむ。女を泣かせたんじゃ、男の甲斐性って奴が無い証拠だろ? そんなんじゃ、大好きなラクスにだって愛想を尽かされちゃうぞ』

 

「カガリが心配することじゃないでしょ?」

 

 他人の恋路を心配する余裕があるとはとても思えない。自分だってアスランと離れ離れになって寂しい筈なのに、姉貴だからといって自分の心配をしてくるから始末が悪い。先ずは自分の心配をしたらどうか。
そんな中途半端な髪形をしていたのでは、アスランに突っ込まれるのではないか。彼は、容赦なく突っ込みを入れてくるぞ、とモニターに言葉を返した。

 

『そういえば、そのラクスからこの間連絡があった。無事にプラントに入り、議長とも面会したそうだ。ただ、ラクスもプラントでしなければならない事があるからと言って、暫くは滞在するようだ。…お前、会えなくて泣いてるんじゃないのか?』

 

 カガリこそ、強がっているだけではないのか。そう言ってやった。泣いているんじゃないのか、とバカにする割には、彼女だってよく泣くではないか。人の事を言えるのか、と眉を顰める。

 

『まぁ…何だな? この映像を見てくれているって事は、お前は元気だって事なんだろ? そうなら、いいんだ。オーブも、この間の戦いから少しずつ再編成が進んでいっている。
大西洋連邦軍も、この間の大規模侵攻以来なりを潜めて、ハイネを中心としたザフト駐留軍と小競り合いを繰り返しているだけだ。私達の方は問題ない。お前達は無理をせずにオーブに帰ってきてくれればいい』

 

 カガリの表情が一瞬だけ微妙に変化したような気がした。少し俯き加減で、先程の元気な表情とはまるで逆だった。しかし、すぐに表情を戻し、何事もなかったかのように続ける。

 

『――んッと、他には……』
『カガリ、ビデオのバッテリーが切れそうだ』
『何ッ、もうか!? 早すぎるだろ!』
『リハで使った時から充電していなかったようだ』

 

 リハ? この出来でリハーサルをやっているというのだろうか。その割にはあまりにもお粗末だ。慌てるカガリの視線が、画面の外に居るであろうキサカに救いを求めている。

 

『ど、どうして! キサカが充電しておいたんじゃないのか!』
『自分でやるといっていただろう。やっておいたのではないのか?』
『そこはお前が気を利かせていると思って――』
『電源のランプが消え掛かっている。もう時間がないぞ』
『んなこと言ったって――そ、それじゃキラ! またな! 早くオーブにかえ――』

 

 結局、最後はどたばたして映像は終わっていた。せめて、もう一度録り直すといった発想はなかったのだろうか。こんなヘタクソな編集で送ってこなくてもいいのにとキラは思う。まぁ、不器用なカガリだから何度繰り返そうとも似たような出来になっただろうが。
 それはさておき、肝心なストライク・ルージュに関してが全く触れられていなかった。キラはどうしてもそれが気になり、もしかしたらと思ってディスクの中身を解析してみた。
しかし、そこには何度か上書きした映像記録以外の情報は入っておらず、目ぼしい情報は得られなかった。

 

(カガリ…どうして僕が一番知りたい事を――)

 

 尤も、カガリはその様な小細工ができるほどの器用さは持ち合わせていない。恐らく、ディスク・ロムに収められた伝言はこれが全てなのだろう。諦めてコンピューターからディスクを取り出した。
それから中心の穴の中に中指を入れ、円盤の周囲を持って改めて何か無いかと探ってみたが、何も見つからなかった。
 キラはディスクをケースの中に入れ、深い溜息をついて背もたれに体を預けた。カガリの本心は、結局は語られなかった。

 

「カガリ、一体何を考えているの?」

 

 彼女が戦えと言うのなら、それも構わない。ただ、ふと見せた一瞬の表情が、キラは心配だった。
 アークエンジェルの修理もそろそろ終わる頃だ。早くオーブに帰還して、カガリを安心させてあげなくちゃ――そう思って、キラはそのままの姿勢で目蓋を下ろした。

 
 

(おかしい――)

 

 相変わらずアークエンジェルの一室に軟禁させられているネオは、変化のない暮らしに疑問を感じていた。いつまでもジブラルタル基地に移送されないのは、自分が連合軍の大佐としてコーディネイターに忌み嫌われているからだというのは分かる。
そして、捕虜の暮らしというものが変化に富んでいるなどとは思わない。それを分かった上で、ネオは不思議に思っていた。

 

(何故ザフトは慌てないんだ? 今頃はデストロイが猛威を振るっている筈だってのに……)

 

 ファントム・ペインへのアッシマーの合流は、デストロイによるローラー作戦の開始の合図であるはずだ。囚われのネオは、そういう認識で連合軍の動向を覗っていた。しかし、その報告がなされてから既に結構な日が経っている。それなのにザフトは動く気配すらない。
デストロイの調整が難航しているのか、それとは別に作戦を延期する理由があるのか――情報を殆ど得られないネオには、全く見当もつかなかった。
 そんな時、部屋のドアが開いた。これもおかしい、尋問の時間にはまだ早いはずである。ドアの向こうから姿を現したのは、ほのかに茶色掛かった髪色の、赤服を着た女性だった。

 

「今日は尋問の時間が早いんだな?」
「そうね……尋問といえば尋問になるかしら」

 

 女性は腕を組んでベッドに横たわるネオのそばに来ると、上から見下してきた。威圧するような、厳しい視線だ。マリューとか言う女艦長と比べるまでもなく、彼女は軍人だ。

 

「何を聞きたいんだ?」
「あなたの居た部隊に、ジェリドという青年士官が居たのを知っているかしら?」
「何? ジェリドを知っているって事は、お前は――」

 

 彼らと同じ“イレギュラー”だ。名前は、エマ、カツ、カミーユ、レコア、それと、アルザッヘル基地から脱走したロザミアの5人が今現在確認されている敵側の人物だ。顔写真までは手に入らなかったが、目の前で見下ろす彼女はその中の誰かなのだろう。

 

「女という事は、カミーユ…か?」
「違うわ。本人の前で言って、殴り飛ばされるがいいわ」

 

 予想が外れたらしい。ただ、名前を間違えたことがそんなに失礼な事だったのか、女は何やら辛らつな言葉を浴びせてきた。男の名前と間違えたのならまだしも、どうして女性の名前で間違えて怒られなければならないのだろう。
“カツ”以外は全て女性の名前のはずだ。

 

「エマ=シーン。それが私の名前よ」

 

 知らなかったのだから、別段怒られる理由もないのだが、ともかく女の名前は分かった。そして、ネオは体を起こし、見下ろしてくるエマの視線に真正面から睨み合う。女性と思って舐めていれば、何かとんでもない事をされそうな気がした。
それは女の勘ならず、男の勘とでも言うべきか。自分の身に迫る危険に、背筋が震えているような気がする。

 

「それで、ジェリドのことだったか? 勿論、知っているさ。あいつ等は、優秀なパイロットだからな」
「私達のことも知っていたということは、既に彼らが何者なのか分かっているのではなくて? そして、シロッコの事も知っている。あの悪魔の様な男の事を――」
「パプテマス=シロッコが悪魔か――分かるかも知れんな。何処からともなくやって来て、気付けば軍の中枢に据えられていた。そして、圧倒的な知識量にMSの開発と、その才能は留まる所を知らない」
「そうよ。いつかは連合もあの男に乗っ取られる事になるわ。かつてのティターンズの様に」

 

 シロッコは、目的の為には手段を選ばない男だ。ティターンズに在籍しながらもアクシズのハマーンと通じた挙句にジャミトフを暗殺し、側近であったバスクをも排除して完全にティターンズを掌握した。
それと同じ事が、連合の組織内でも起こるのではないかとエマは危惧している。

 

「だが、上の連中はそう思っていないぜ。シロッコの事は、利用できる駒位にしか考えていない。それに、いくら奴が曲者でも、いくつもの国々が連なる連合の全てを掌握することなんて、できる訳がない」
「佐官クラスのあなたがその程度の認識なら、危ないわよ。彼は、人の心の隙間に入り込むわ。そのせいで、人生を狂わされた人だって居る。並じゃないのよ」

 

 レコアはジュピトリスに潜入した際にシロッコに会い、魅入られた。サラという少女も為す術も無く魅かれ、そのせいでカツは人間不信に陥った経緯もある。そういう悪意をばら撒くことに関しては、少なくとも天才だと認めることができる。
 その悪意が今現在連合内部を侵食中と思えば、これほど厄介なことは無い。ただでさえ巨大勢力である連合軍が、彼の思うままになってしまうのは更なる世界の混迷を意味するのだ。
 しかし、ネオはそんなエマの真剣な話を聞いても知らん顔だ。囚われている以上関係ないとでも言いたげだ。その顔がエマの癇に障った。

 

「ザフトの赤服が、わざわざ敵である我々の心配か? おめでたいんだな。そんな気を遣わなくたって、たった一人の男に連合は口説き落とせやしない。そんなことよりも、デストロイの方を警戒するんだな」
「シロッコがあなた達の中枢に配置されているということは、既に要人に取り入っている証拠ではなくて? 素性の知れない彼が短期間にそこまでのし上がれるほど、あなた達も甘くは無いんでしょ?」
「おかしな事を言う。お前だって、オーブからの転向者にしては随分と眩しい色の服を着ているじゃないか? 赤はザフトのエリートさんの証なんだろ?」
「これは――」
「どう違う?」

 

 減らず口は彼の性格か。捕虜の癖に余裕のある態度には、同じ軍人として見習うべきところもあるだろう。しかし、話題を逸らして屁理屈を口にするのは、彼もそれなりに屈辱を感じているということだ。そうでなければ、こちらを刺激するようなことは口にしないはず。
情報を漏らしたくないのなら口を閉ざせばいいのだ。それなのに良くしゃべるのは、彼が何かにあせっているからだとエマは推測する。あるいは、デストロイの件に関してか。
 エマはひとつ深呼吸して、気持ちを落ち着けた。ネオのペースに付き合っていても、こちらが疲れるだけだ。

 

「随分と焦っている様ね?」
「何処を見てそう思う? 私は努めて余裕さ」

 

 施錠された両腕を可能な範囲で広げ、余裕だとアピールする。それも、男の面子だ。大袈裟に表現するのは、本心を隠す為のフェイク。ネオはやはり何かに焦っている。

 

「いつまでも強情を張っていなさい。シロッコの動向を探りに来たつもりだったけど、あなたからはこれ以上は聞くべき事も無いみたいだわ」
「ご期待に添えられなかったようで、申し訳ないな」

 

 引きつった笑いが、ネオの強がりだと見抜くのにそれ程労力は要らなかった。エマは呆れた様に溜息をつき、横目で蔑むようにネオを見やりつつ背を向ける。

 

「ちょっと待て」

 

 エマが帰る仕草を見せると、唐突にネオが呼び止めた。やっぱり何か焦っているんじゃないか、とエマは内心でほくそ笑んでいた。彼が焦っている以上、突き放した態度を取れば引き止めてくるのではないかと踏んでいたが、そのとおりだった。

 

「何か?」
「何でザフトはこんなに落ち着いていられるんだ? 本当にデストロイは、まだ確認されていないのか?」
「あなたの証言を元に、モスクワ近辺で網を張っているんですけどね。まだそれらしき影は捉えてないそうよ。…このままじゃ、あなたの証言が嘘になってしまうわね」

 

 敵陣で堂々と嘘をつくのは度胸が要る。それも、ネオの証言は相当な規模の作戦だという話だ。それが嘘という事になれば、彼の身も危ないだろう。エマには、それを危惧する焦りに見えていた。

 

「まだ出て来ていないだと? …いや、そんな事は問題じゃない。どの程度の部隊を警戒ラインに配置している?」
「あなたが知ることではないわ」
「そういう事ではない! ミネルバもアークエンジェルもここに置いておいて、デストロイを阻止できると思っているのか、ザフトは! これまでの兵器の流れを遥かに上回る化け物なんだぞ、あれは!」
「そうは言いますけどね――」

 

 その時、部屋の中に緊急を告げるコールが鳴った。エマはそれに反応し、即座に受話器を取って対応する。

 

「どうしたの、ミリアリア――何ですって!?」

 

 エマの表情が一変する。驚きに眉を顰め、表情が険しく変化した。その豹変振りに、ネオは確信する。

 

「遂に出てきたんだな?」

 

 問いかけると、エマは頷いて受話器を元に戻し、ネオに向き直る。表情は相変わらず険しいままだ。

 

「モスクワに配置していた一個連隊が僅か30分で壊滅したわ……。あなたの情報を信じて、ザフトがかなり警戒していたみたいだけど――」
「あれは圧倒的だ。もし私がお前たちに囚われていなくても使うのを躊躇うほどのな。それだけ、デストロイの性能はずば抜けている」
「現在、ザフトの残存戦力はベルリンまで後退中。デストロイは尚も侵攻中だそうよ」

 

 間に合わなかった。ザフトもそれなりに自分の言葉を信じて警戒してくれていたようだが、如何せんデストロイは兵器の枠を超えた怪物だ。謂わば、動く戦略兵器と言ってもいい。
主力のミネルバとアークエンジェルをジブラルタル基地で遊ばせておいて止められるほど簡単ではない。
 これで、3人の内の誰かがデストロイに取り込まれたことになる。ネオの必死の願いも叶わなかった。悔しくて、拳を強烈にベッドに叩きつける。

 

「……これからミネルバとアークエンジェルは艦隊を組んでベルリンに向かい、そこでデストロイを食い止める作戦に入るそうよ。そんな化け物を、私たちが止められるのかしらね?」

 

 手をドアの枠に突っかけるように当てがり、エマはネオに尋ねる。それに対する言葉を持っていないネオは、沈黙するしかなかった。そして出て行こうとするエマ。

 

「お、おい! 俺はどうなるんだ? このままアークエンジェルと一緒にベルリンまで行くのか?」
「緊急出動だそうよ。そんな暇、あると思って?」

 

 素っ気無く告げると、エマは振り返ることも無く部屋を出て行った。それから程なくして、アークエンジェルのエンジンに火が入る振動が起こった。本当にこのまま自分を乗せて出動するらしい。

 

「私に対する扱いも、ここまでぞんざいにされると逆に気持ちいいな」

 

 皮肉たっぷりに独り言を漏らす。ただ、これは逆にチャンスだ。戦場の混乱に紛れて、もしかしたら脱走のチャンスがあるかもしれない。デストロイの性能を考えれば、いくらアークエンジェルとミネルバの2艦でもただでは済むまい。
その時に上手く逃げ出せれば、近くにいるファントム・ペインのメンバーと何とかして接触し、帰還することができる。

 

「フッ、私を甘く見た事を、存分に後悔するがいい……」

 

 チャンスは無いかもしれない。しかし、これは一生に一度あるかないかの大きな廻り合わせ。この時ほど、ネオはコーディネイターのナチュラル卑下をありがたく感じたことは無かった。自然と、口元に悪い笑みが零れた。

 
 

「よぉ、何でデストロイのパイロットがステラなんだ?」

 

 侵攻を続ける連合軍ファントム・ペインとその他の艦隊。アウルはモスクワでの戦闘を終え、陸戦艦の甲板にアビスを着陸させてライラに問いかけた。

 

『デストロイとの適合率が一番高かったからだろ? まぁ、何とかと天才は紙一重って言うからね。あの子はそういう子かもしれない』

 

 ドダイに乗ったMSが、アウルの後を追うように着艦してくる。黄緑色を基調としたその姿形は、月面でサラが使用していたパラス・アテネ。ライラに新たに支給されたMSは、シロッコからの贈り物だった。

 

「じゃあ、俺が不出来だってのかよ!」
『デカブツに拘るのは、少年の憧れかい? あんなもんに乗せられなくても、あたしと一緒に居れば戦果は挙げられる。それじゃあ不満だってのかい?』
「いや…そういうわけじゃ――」

 

 確かに、先程の戦いでもパラス・アテネの性能の高さは確認済みだ。同じ砲撃戦に特化したライラと組めれば、相当な戦果が期待できるだろう。ただ、ネオを葬ったザフトを、その手で粉微塵にしてやりたいという気持ちがアウルを逸らせていた。

 

「でも、ステラはネオにべったりだったんだぜ? そのネオが居なくなって、混乱しているんじゃねーのか?」
『或いは、だからかもしれないね。弔い精神って奴は、人間の限界を引っ張り出す。そういう感情が、デストロイのシステムとシンクロしたのかもしれない』
「じゃあ、もしあの時ライラを俺が殺していたら、デストロイのパイロットは俺になっていたかもしれねぇって事か?」
『その可能性もあったかもしれないって話さ。…さぁ、あんたはさっさとMSから降りて体を休めておきな。今回の戦闘は出ずっぱりだったじゃないか。次のベルリンではミネルバとアークエンジェルが出てくるって話もある。その時にへばってたんじゃ、話にならないからね』
「ライラ……」

 

 最近、ライラの態度が少しずつ軟化してきた様な気がする。前までは堪え性の無い自分を叱責してばかりだった彼女が、自分の体を気遣ってくれている。それは、ライラの中の自分に対する扱いが、子供から変わってきたからではないだろうか。
アウルは顔をにやけさせてライラに話しかける。

 

「それって、俺の事を――」
『あたしは坊やの調教中だって事を、忘れないことだ。あたしから見れば、あんたはまだまだ子供だよ』

 

 アウルの意図に気付いたのか、ライラは急に険しい顔つきになって言葉を被せてくる。いつもの様に厳しい視線が、モニターの中にあった。自分が変な気を起こさないように、釘を刺されたようだ。
 “そういう所があるんだよな”と一つ舌打ちし、アウルはアビスのコックピットからワイヤーを伝って降りていった。

 

 一方のジェリドとマウアーも、別の陸戦艦に着艦していた。スティングのカオスが、後に続いてくる。

 

『ライラ大尉とカクリコンのおっさんは新型を受領できたってのに、ジェリド達は相変わらずダガーのまんまだな。2人とも、忘れられてんじゃねーのか?』

 

 ちょっと小バカにした調子で言ってくるスティング。確かにライラにはパラス・アテネが支給され、カクリコンにはバイアランが与えられた。本来ならそれと同時にジェリド達にも新たにMSが支給されるはずだったが、少し予定が遅れているらしい。
結局、デストロイによる侵攻作戦には間に合わず、彼等は引き続きスローター・ダガーで戦闘をこなしていた。ジェリドは一つ鼻で笑って、言葉を返す。

 

「ガブスレイが2機だからな。俺とマウアーの――少し時間が掛かっているだけさ」
『それに、デストロイがあれば私達の出番もそう多くない。ダガーでも十分やれるわ。ステラの付き添いのスティングには、そうは思えないかもしれないけどね』

 

 マウアーの言葉に、スティングは少し憮然とした表情になった。確かにエクステンデッドとして3人で一組という考えは分かるが、別にジェリド達に楽をさせる為に従っているわけではない。マウアーの考えは、ちょっと面白くなかった。

 

『デストロイは分かるけどよ、俺とアウルも一緒になって盾になる必要はねーんじゃねぇのか? 大尉とカクリコンは新型の慣らし中とはいえ、司令官のバカは俺に死んでこいって言ってるようなもんじゃねーか』
「そうは言うな。お前を死なせたりはしないさ。どんなに生意気な小僧でも、お前は俺達の仲間だからな」

 

 何気なく返されたジェリドの言葉に、スティングは一瞬固まってしまった。よもや、彼がその様なことを言うとは思わなかったからだ。

 

『お、おぉ……』
『ジェリド……』

 

 戸惑ったように歯切れの悪い返事をするスティング。こそばゆい感覚に慣れていないからだろうか、動揺が表れている。
 マウアーはそんなスティングの年相応の照れを微笑ましく思い、一方でジェリドの言葉に感心していた。きっと、彼がそう思えるようになったのは、グリプス戦役で自分を含めた多くの同胞を目の前で失ってきたからだろう。
だからこそ、スティングのような子供にもそう言える様になれた。

 

「とにかく、ベルリンが正念場だ。サイコ・ガンダムもどきがいくら強力とはいえ、奴らは並大抵ではない。今回のように単純には行かないはずだ」
『分かってるぜ、ジェリド。次の戦闘は組めるんだろ?』
「奴らが出てくるのなら、俺が出ないわけにも行かないだろうが?」
『ヘッ! そう来なくっちゃよ!』

 

 ジェリドは、いい方向に進めているとマウアーは思う。かつて、彼に世界を変える力を持つと感じた彼女の感性は、今になって現実味を帯びてきたような気がする。ジェリドの傍には、不思議と仲間が集まってくる。それは自分然り、ライラ然り、カクリコン然り――
当然、そこにはスティング達の事も含まれていた。そういった仲間が彼の下に集まるのは、つまりは彼にそれだけの天運があるという証拠なのだろう。自分の愛した男性は、やはり見込んだとおりの人物だった。
 マウアーはそんなジェリドを愛しく感じ、モニターの中の精悍な顔つきに目を細めた。

 
 

 デストロイを連れたファントム・ペイン一行は、更にベルリンに向かって吹雪く荒野を突き進む。デストロイ搭載艦・ボナパルトのブリッジに陣取ったブランは、雪で白くなっている視界の先を見つめていた。

 

「少佐、バイアランの性能は問題ありません。次のベルリンでは存分に使えます」
「ん、ご苦労」

 

 ブリッジの扉が開き、カクリコンが入ってきた。これで、彼のバイアランとライラのパラス・アテネ、そして自分のアッシマーと3機の核融合炉搭載型MSが揃ったことになる。

 

「ライラ大尉の方はどうか?」
「ハッ、順調のようです」
「よろしい」

 

 そして、視線をカクリコンから通信兵に移し、告げる。

 

「艦隊司令に次の作戦には俺も含めて3機全てを投入すると伝えろ。恐らくミネルバとアークエンジェルがでてくる。デストロイに纏わりつく敵MSは任せろとな」
「了解しました」

 

 座席から振り返った通信兵が向き直り、一言返事をするとすぐに旗艦に通信を繋げた。次は、ミネルバとアークエンジェルが出てくる可能性が非常に高い。ならば、あのセイバーという紅いMSも出てくるだろう。
前回の夜襲では見事に行く手を阻まれたが、今度はそうは行かん、と気を引き締めていた。

 

「中尉は何度か交戦経験があると言っていたな? どうなんだ、ミネルバは?」

 

 夜襲は、ほんの小手調べのつもりだった。時間制限を設けていたし、損害を与えこそしても、被るつもりはなかった。それなのに必死な抵抗に遭い、ミネルバに接触できなかったばかりかライラが乗機を失うという予想外の結果が出てしまった。
それは、単なる自分の驕りではないと思う。窮鼠猫を噛むという諺があるが、ミネルバはネズミではないだろう。天運を味方につけた、不思議な力を有する艦だとブランは睨んでいた。

 

「間違いなくザフトの主力であると思われます。現に何度かチャンスを得ながらも、後一歩のところで届かないことが続きました。我々の最大の敵であると思われます」
「そうだろうな――」

 

 カクリコンを横目で見やり、口の端を吊り上げる。

 

「デストロイは確実だ。だが、確実すぎるゲームは面白みに欠ける。だからこそ、ミネルバは面白い存在なのだよ」
「逆に言えば、ミネルバさえ片付けられればザフトは烏合の衆と言えます」
「そのとおりだ、中尉」

 

 環境窓から見えるのは相変わらず吹雪で白く染まる白銀の世界。視界の悪さなら、この間の夜襲の時とそう変わらないだろう。寧ろ、視界が白く染まる分、厄介かもしれない。やがて、ベルリンの街が近づいてくる。
 その時、敵の出現を知らせる警報が鳴り響いた。予想通り、ザフトの待ち伏せだろう。策敵兵がインカムに手を当て、怒鳴る。

 

「敵艦隊発見! 先日のモスクワで交戦した部隊の残りと、それにベルリンの守備隊、更にジブラルタル方面からミネルバとアークエンジェルが接近中です!」
「よぉし、ミノフスキー粒子戦闘濃度散布! MS隊は出撃準備に取り掛かれ。ジブラルタルからの敵増援部隊が到着次第、出撃だ! それまではデストロイに任す!」

 
 

 ボナパルトのハッチが開き、そこから黒い山のようなシルエットがのっそりと姿を現した。上半身部に巨大なレドームのような円盤状のパックを被り、ホバー移動して白銀の大地に降り立つ。その姿は奇異で、黒塗りの機体色が決して雪の白に混ざることは無い。
さながら雪原に舞い降りた悪魔とでも形容するように、存在を隠すことも無くひけらかす。一種不敵とも取れるような威風堂々とした佇まいに、誰もが圧倒されることだろう。
 そのコックピット、ステラ=ルーシェは、目の前に広がる光景を睨みつける。ベルリン郊外、都市部まではまだ距離がある。しかし、その先に確実に居るであろう敵の存在は何となく察知する事ができた。

 

「あいつらが――!」

 

 他の陸戦艦からも、部隊が出撃する。雪原の向こうからは敵がやってくる。ステラの目は、その敵を確実に見据えていた。

 

『前方に敵機を確認。迎撃に出ます』
『ま、待て! ――デストロイが前に出るぞ!』

 

 ウインダム部隊が前に出ようとした時、デストロイが再びホバーで機体を浮き上がらせ、前進を開始した。

 

『デストロイ! まだ攻撃命令は出ていないぞ!』
「――知るもんか」

 

 繋げられた通信回線を一蹴すると、ステラはこちらの迎撃に出てきたザフト部隊を見据えた。最初に向かってきた敵部隊の規模は、おおよそだが2個中隊といったところだろう。まだ本格的な交戦距離ではない。
 しかし、次の瞬間、デストロイの円盤部に装備されている4門のアウフプラール・ドライツェーンが火を噴く。戦艦の主砲をも圧倒するその威力が、迎撃に出て来たばかりの2個中隊を一瞬にして薙ぎ払った。

 

『デストロイ――ッ!』
『これ程とは……!』

 

 ウインダムのパイロットの目に、前方で吹き上がる雪のカーテンが飛び込んできた。たった一発放たれたデストロイの主砲が、一瞬にして敵部隊を破壊の中へと飲み込んだ。まるで氷河が崩れ落ちたような雪煙を吹き上げ、デストロイはその名の通りの力を示した。
 そして、デストロイは尚も侵攻を続ける。流石に視界の悪い中で無闇に連発をしなかったが、何かに取り付かれているかのように不気味にゆっくりとベルリンの街に向かう。
 やがて、最初に放ったアウフプラール・ドライツェーンによる効果が見えてきた。ザフトの2個中隊はほぼ全滅。生き残った機体も機能停止寸前の様子で、機体をショートさせながらもがいているようだ。

 

『これなら、いくらコーディネイターとはいえ、物の数じゃないな?』
『デストロイがあれば、改造人間ったって唯の人さ』

 

 デストロイの威容は、まさに圧倒的だった。誰も近くへ寄せ付けないかのようなオーラを纏い、味方ですら接触を拒絶するかのような勝手さで前進を続ける。それを阻止せんと、更にベルリンの守備隊が出てきた。今度は先程の数の比ではない。
一個大隊規模の戦力を差し向けてきた。
 それでも、デストロイは進む。自重を浮かせるホバーは力不足なのか、速度は非常にゆったりとしている。全身に火器を装備していながらも、回避性能はほぼゼロだ。流石に今度はザフトもデストロイの性能を分かったようで、大きく散開して襲い掛かってきた。

 

「あんた達が――!」

 

 周囲を囲まれても、ステラは一切動揺を見せることは無い。以前までなら、こうして囲まれてしまえば不安から精神状態が不安定になっていただろう。しかし、今の彼女の瞳の奥には、憎しみの光が宿っている。その光が消えない限り、デストロイの足が止まることは無い。
 デストロイ上部に掲げられるようにして設置されている円盤部分の円周が、無数の煌きを灯す。そして、まるで傘を広げるように煌きから破滅的なまでのビームが広がった。
デストロイ自身も回転を始め、円盤部に20門設置されたネフェルテムが取り囲んだ敵部隊を弾き飛ばすように焼き払う。

 

 全てが一瞬で決まってしまう。デストロイの火力は、核融合炉からの膨大なエネルギー供給を受けて無尽蔵に攻撃を続ける。空中を飛行するバビも、雪原を滑るバクゥ・ハウンドも、長距離から狙っていたガズウートも、全て関係なかった。
デストロイに仕掛けたMSは、全て虫けらの様に屠られる。たったそれだけの、シンプルな構図だった。

 

「ネオを――あんた達が奪ったネオを返せぇッ! ステラに返せぇッ!」

 

 雪煙とMSの爆発の煙が混ざり合って視界を汚す中、デストロイの歩みは止まらない。唯我独尊を誇示するように、全てを撥ね退ける威圧感を放っていた。
 ステラの頭の中は、破壊で満たされている。ネオを失ったことにより、彼女の穏やかな気質は一変した。大事な心の支えを失い、元々幼い性格だった彼女の中の支柱がぽっきりと折れてしまったのだ。結果招いたのは自我の崩壊。
デストロイのシステムに馴染むようにネオの死を誘導的に破壊へと向けられたとはいえ、ステラにはその事実だけで全てを壊せる気質があった。気性を破壊へ向けられているから、涙すら流さない。

 

 その時、一発のビームがデストロイを直撃した。しかし、それはデストロイに装備されたリフレクターによって全く効果を示さなかった。ザムザザーやゲルズゲーに装備されていたものと同じ、陽電子リフレクターだ。
デストロイには、それが巨体をカバーする為に頭部と両腕、それと円盤部にそれぞれ装備されている。故に、遠距離からの狙撃に対してもほぼ無敵。

 

「ば、バカなッ! あれにどれだけのコストを投入しているんだ、連合は!?」

 

 デストロイを狙撃したのは、換装で長距離狙撃用ライフルを背負ったバクゥ・ハウンド。寸分も効果を得られなかったことに、パイロットは驚愕していた。そして、驚いている間にデストロイの姿勢が、そのバクゥ・ハウンドに向いた。
ゆっくりと下半身が回転し、デストロイの上部円盤部が持ち上がって背中にマウントされて行く。

 

「ま、まさか――!」

 

 バクゥ・ハウンドのパイロットは、デストロイの変体に目を奪われていた。MAと思われたその機体は、単純ながらも、信じられないことに変形を始めたのだ。そして、ゆっくりと変形を終えると、そこから表れたシルエットは――

 

「ひ、人の形をしているのか、あんなものが――」

 

 そのパイロットの目に一瞬だけ焼きついたその姿は、所謂“G”と呼ばれ、人間の形に最も近いと思われているMSの姿だった。その頭部の、丁度人間で言えば口の部分から発せられたビーム“ツォーン”が、バクゥ・ハウンドを目掛けて襲い掛かってきた。
 その光景は、まさしく空想上の中に出てくる化け物の為せる所業。パイロットには、さぞかし恐怖に感じただろう。しかし、彼はもうそんなことに怯える必要は無かった。一瞬だけ焼きついたその光景は、そんな恐怖に引き攣る彼を一瞬にして消滅させてしまったのだから。

 

 蹂躙。まさに、そう呼ぶに相応しい圧倒的な力が、デストロイから放たれている。遠距離からの攻撃は全て陽電子リフレクターが防ぎ、近づく敵には無数のビームが襲い掛かる。まるでシューティング・ゲームの様に、いとも容易くザフトのMSは蹂躙されて行った。

 

 ステラの瞳は敵を探す。そして、その時、これまでに無い強力なビームがデストロイを直撃した。流石にその一撃は堪えた様で、陽電子リフレクターで機体にダメージこそ無かったものの、大きくバランスを揺さぶられた。
視線を射線の方向に向けると、そこには果たしてミネルバとアークエンジェルが向かってきているのが目に入ってきた。

 

「ミネルバ…アークエンジェル……!」

 

 ミネルバが、後方のアークエンジェルに道を譲るように進路を変える。そして、続けて前に出てきたアークエンジェルが、2門の陽電子砲を構えていた。ステラはデストロイをアークエンジェルに正対させ、胸部に横に3門並んでいるスキュラにエネルギーを送る。

 

 一方のアークエンジェル。ラミアスは初めて見るデストロイの巨大な威容に慄いていた。しかし、そうやって怯えていていいのは、艦長席に座っていない時だけ。艦のリーダーである自分の戦意が落ちれば、即ち艦全体の士気に関わる。
あれだけのものが出てきた以上、このままのさばらせて置く訳には行かないのだ。

 

「ミネルバのタンホイザーの効果は?」
「機体を揺さぶっただけですね……ダメージは無いものと思われます」
「こちらのローエングリンでも、効果は望めないかも……でも!」

 

 ミネルバとの連携で陽電子砲を続けざまに放つ波状攻撃。普通ならば、それだけで戦いの趨勢が決まってしまうほどの攻撃も、それに対して防御手段を持つデストロイには意味が無いかもしれない。
しかし、デストロイの目をベルリンから引き付けるには、最も効果を発揮する手段だ。

 

「デストロイにエネルギー反応! こちらを狙っています!」
「回避運動!」

 

 チャンドラが叫ぶ。それに応えて、ノイマンがラミアスの指示よりも数瞬早く反応し、船体を傾けさせる。

 

「ローエングリン、臨界!」
「発射!」

 

 船体のバランスを崩しながらも発射されるローエングリン。ノイマンの絶妙な制御バランスと、チャンドラの正確な狙いがデストロイを捉える。ローエングリンがデストロイに直撃し、しかし少し傾いたデストロイはお構いなしとばかりにスキュラを放つ。
本筋の赤をなぞる様に輝く白の輝き。複相ビームの奔流は、照準を狂わせられながらもアークエンジェルを掠め、船体を大きく揺さぶった。

 

「クッ――被害状況は!?」
「機関出力低下! 高度を維持できません!」
「そんな――たった一発の攻撃が掠めただけで!?」

 

 不時着の影響で、船体が再び大きく揺れた。一室に監禁されたままのネオは、振動でベッドから転げ落ちてしまった。不自由な四肢をもがき動かし、何とかベッドに腕を乗せてしがみつく。

 

「――ったく! 戦艦でデストロイとやり合っても勝てる見込みなんか無いってのに!」

 

 先程の一撃は、恐らくアークエンジェルに多大なるダメージを負わせたことだろう。今の衝撃が不時着した揺れならば、そう考えられる。そして、そのネオの推測を決定付けるかのように、出入り口のドアの隙間から煙が入り込んできた。

 

「じょ、冗談じゃないぞ!」

 

 ギョッとした。ネオは四肢を拘束させられていて、満足に体を動かすことすらできない。そんな状態で監禁させられていれば、この煙で窒息死もあり得るだろう。煙に目を沁みさせながら、徐々に体内の酸素を奪われてもがき苦しみながら死んで行く。
それを想像するだけでネオの頭の中は追い詰められて行った。

 

「だ、誰か! 誰か居ないのか!?」

 

 呼んでも応えるわけが無い。今は戦闘中で、ネオにかまけていられるクルーなど一人も居ないだろう。そうしている間にも、煙は徐々にその量を増やし、ネオの部屋に侵入してくる。

 

「バ、バカな……! こんな所で、死んでたまるか!」

 

 こうなれば、頼れるのは自分しかない。ネオはベッドを這いずる様に立ち上がり、ドアに向かって突き進む。そして、そのまま勢いに任せて体当たりをかました。

 

「うおぁッ!?」

 

 すると、どうしたことか、施錠されているはずのドアがいとも容易くぶち破れてしまった。ネオは破られたドアと一緒に通路に倒れこむ。どうやら、先程のデストロイの一撃は自分の部屋の近くにダメージを与えたらしく、セキュリティやロックが故障していたようだ。

 

「く…うぅ――! これしき……!」

 

 ドアの上に倒れこんだネオは、再び何とか立ち上がって周囲を見渡した。通路は煙に巻かれていて、視界が悪い。しかし、良く見ると煙の流れが一定の方向に向かって流れているのが分かった。恐らく、どこかの外壁に穴が開いているのだろう。
煙の流れを辿って行ければ、いずれ外に出られるかもしれない。ネオは、先程までの焦りの表情から一変させ、笑みを湛えた。

 

「フッ…フフフ……! ツキが回ってきたぞ、私にも!」

 

 こんな巡り合わせがあるものだろうか。運が良いとかそんな単純に決め付けていい事ではないと感じた。恐らく、デストロイが戦うことが無ければ、こんなチャンスは巡って来なかっただろう。
 それならば、デストロイを止めるのは自分の役目なのかもしれない。こうしてデストロイが3人の内の誰かを取り込んで自分に逃げる機会を与えたのなら、それは自分が助け出す為の布石。ザフトに頼らなくてもいいという安堵感が、ネオの頭の中の悩みを一掃した。

 

 それでも、ネオはまだ四肢を拘束されている状態。いくらアークエンジェルが緊急事態とはいえ、不時着して戦線から退かざるを得なくなった状態であれば直ぐに自分の脱走に気付かれるかもしれない。
ネオは、見つかるまでに何とかしてアークエンジェルから脱出しなければ。今度は、そういった焦りが出てきた。
 しかし、それも大して心配することではないかもしれない。こうして煙が充満していれば、捜索する人間が居てもそうそう見つかることは無いだろう。

 

 ネオは煙の流れる方向を見極め、その方向にあるであろう外壁の穴に向かって歩みを進める。制限させられた四肢を、転ばないように細心の注意を払いながら、チョコチョコと歩く。
 こんな所で、捕まるわけが無い。ネオは何故か確信に似た思い込みをして、こめかみから伝う汗を拭った。