ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第37話

Last-modified: 2008-03-13 (木) 14:15:29

『Believing sign of Ζ』

 
 

 スロットル・レバーを押し込んだ瞬間に、違和感を感じた。カミーユが普段から操っていたΖガンダムよりも、今動かそうとしているΖガンダムの反応が僅かに鈍く感じられる。元々、オリジナルと全く同じに仕上げられるとは思っていなかったが、しっくりこない。
 射出口から飛び出すと、その違和感はいよいよ明確になった。操縦性は扱いやすく申し分ないが、何よりもカミーユの感性についてこられるだけの“癖”が染み付いていない。戦えるには戦えるのだが、そこに気持ち悪さを抱く分だけ、動きは鈍くなる。
例えるならば、履き慣れた靴を捨て、新品の靴でいきなり全力疾走するようなものだ。徐々に慣らして操縦性に癖を馴染ませていかないと、靴擦れだけでは済まされない事になりかねない。

 

「金色が――」

 

 しかし、今は一刻も早く味方の援護に駆けつけなければならない時。戦場に散在する多くの思念は、一所に集中して大きな盛り上がりを見せている。カミーユはその盛り上がりを頼りにウェブライダーを差し向けた。
 その場所は、マス・ドライバーの周辺。新たなΖガンダムに早く慣れようとするカミーユの焦りを更に助長するかのごとく、押し寄せる敵の思念の大津波は、仲間への精神的圧迫を強めていた。カミーユの視線が、照準を合わせるようにアカツキを捉えた。

 

「エターナルに取り付いたガブスレイは――ジェリドか!」

 

 閃きが迸った。ニュータイプとしてのセンスが拡大している中で、カミーユはそれを意に介せずに操ってみせる。それも、この世界へシフトしてきた一つの影響と言う事だろうか。しかし、それは考えない。
 マウアーのガブスレイが、アカツキに襲い掛かる。側面からの不意打ちに、たじろいで身を硬直させてしまっているアカツキは、無防備すぎた。カミーユがコントロール・レバーのトリガー・スイッチを親指で押し込むと、ビームライフルの銃口から火線が伸びた。
 ビームは見事にガブスレイの腕を直撃し、残光と共に宙に舞う。慌てたマウアーは即座に変形して離脱して行った。

 

「あのムラサメは……?」

 

 カミーユからの援護に助けられ、火線の方向を見上げたカガリの目に映ったのは、黒いムラサメだった。いや、それはムラサメに酷似したMAと言った方が正確だろうか。
見慣れないシールドの様な三角形のSFSの上に、機体が乗っかっているような印象のフォルムで、それはムラサメには見られないものだ。

 

『新手のムラサメ? ジェリド!』
「違うぞ、マウアー。あれは――」

 

 損傷部分から煙の尾を引きながら、マウアー機は後退する。それを援護するようにジェリドは飛び上がり、カミーユに向けてフェダーイン・ライフルを構えた。

 

「Ζガンダムだ!」

 

 ガブスレイのフェダーイン・ライフルが火を噴く。カミーユはそれを軽くアポジ・モーターを噴かしてかわすと、ウェイブライダー形態からMS形態へ変化させた。
 機体底部のフライング・アーマーが左右に分かれ、逆関節に折りたたまれた脚部が人のそれへと伸びる。胸部に収められていた腕が開いて正常な位置に戻り、そこへ胸部アーマーが下りてきてフライング・アーマーが背中にマウントされた。
 そして、最後に機体の中から頭部が飛び出し、上に伸びていたブレード・アンテナが左右へと展開される。ガンダムタイプの象徴とも言える双眸のメイン・カメラが、鋭く緑の輝きを放った。

 

「ジェリド!」

 

「出てきた――カミーユ!」

 

 ジェリドの表情が、歓喜に歪んだ。死して尚、追い続ける復讐者は、カミーユという存在に対して絶対的な敵対心を持っていた。それは誰よりも強く、味わった屈辱はジェリドの消える事の無い炎となって延々と燻り続けたままだ。カミーユの目に、その炎が見えた気がした。
 双方が、ビームサーベルを取り出す。バーニアを吹かし、正面からぶつかり合った。Iフィールドで刀剣状に固定されたミノフスキー粒子が干渉し、光を飛び散らせて蛍の光のように彩る。ジェリドの怒りだ――瞬間的にカミーユが悟る。
 2回、3回と切り結び、剣劇を繰り返す。ガブスレイが両肩のキャノン砲を向けると、カミーユはΖガンダムを急上昇させてそれをかわした。

 

「逃がすか!」

 

 ジェリドはΖガンダムの行方を補足しつつ、エターナル周辺の状況を把握した。マス・ドライバー付近ということもあり、ここが一番防御の厚い所だ。オーブの目的が宇宙への脱出ならば、前線を突破した制圧部隊は簡単に本島のヤラフェスを手中に収めているだろう。
そうとなれば、オーブの制圧はもう成ったも同然だ。後は、アカツキに乗ったカガリと、エターナルのラクスを押さえればデュランダルの貴重な手駒を封じることが出来る。
ゲーツが予定外の動きを見せているが、それは彼の責任の範疇でもある。目の前にΖガンダムが――カミーユが居る。ジェリドにとっては、カガリよりも、ラクスよりも優先すべき相手だ。

 

「マウアーは金色を抑えろ! スティングはエターナルだ!」

 

 ジェリドのガブスレイが腕を仰ぎ、2人に指示を出した。そして、フェダーイン・ライフルで狙撃し、Ζガンダムへと肉迫する。ガブスレイのフェダーイン・ライフルはロング・ビームサーベルとして銃口から刃が伸びた。
 カミーユは、振りかぶり、降ろされるロング・ビームサーベルを避け、バルカンでガブスレイのバック・パックを重点的に攻撃する。スラスター・ノズルを攻撃されたガブスレイは小爆発を起こし、バランスを崩して落下していった。

 

「ノズルを片方やられた!? …カミーユ!」

 

 そこへ、ビームライフルを向けるΖガンダム。カミーユがトリガー・ボタンを押そうとしたその時だった。マウアーのガブスレイからの射撃が、ビームライフルを引っ込めさせた。そして、急接近してきたマウアー機に組み付かれ、身動きが取れなくなる。

 

『ジェリドをやらせはしない!』
「この声、マウアーっていう――」

 

 接触回線から聞こえてきたのは、自らを盾にしてジェリドを救った女性の声。直感的に、彼女の名前を知った過去があった。ジェリドのものとは違う、偏愛の執念。強い女性のイメージが、プレッシャーとなってカミーユを圧倒するような、そんな感じだった。
 その彼女が、以前と変わらぬようにしてジェリドの傍らに寄り添っている。ジェリドを愛するその様は、マウアーの生き様なのだろう。
その生き方を、カミーユは否定する権利を持っていないが、脅迫されるようにして組み付かれたΖガンダムは、そのまま地面に落下していってしまった。

 

『止めだ、Ζガンダム!』

 

 マウアーのジェリドを守らんとする気迫が、Ζガンダムを得たカミーユすらも圧倒する。以前に感じたとおりだ。強烈なマウアーのプレッシャーが、ジェリドを守ると言うただ一つの確固たる信念の大きさだけで、カミーユのニュータイプとしての力を瞬間的に上回った。
 馬乗りになり、ビームサーベルを突きたてようと逆手に持った刃が振り上げられる。しかし、今度はアカツキからのビームがマウアーの行為を邪魔した。カミーユは怯んだガブスレイを蹴り上げ、上から退かした上で牽制のビームライフルを撃ち、離脱した。

 

「何てパイロットだ……!」

 

 ニュータイプとしての優れた力を持つカミーユすら慄かせたマウアーの執念は、自らの命すら惜しまずに散っていった彼女らしい。接触するだけで、その強大さがひしひしと感じられた。それも、拡大する一方のカミーユの力の成せる業なのだろうか。
ダイレクトに受け入れすぎるカミーユの感性は、マウアーの強すぎる情念の影響を、モロに受けていた。
 Ζガンダムとアカツキは、背中合わせになって接触する。目視でエターナルの状況を確認すると、ヒルダ達のドム・トルーパー隊がカオスの侵入を阻んでいるのが見えた。押し込まれてはいるが、数的にはこちらが有利。

 

『何やってんだ、お前は? パイロットをしていたんじゃなかったのか!』

 

 通信回線から聞こえてくるのは、カガリの声。本当に国家元首がMSに乗り、動かしている事にカミーユは少なからず驚きの表情を浮かべた。ターゲットになっているのは彼女なのに、それで自ら戦場に躍り出てくるなんて、無謀すぎる。
確かに戦力は少ないが、クワトロの様に特にパイロット・センスに優れているわけでもなく、それでこんな風にして文句を言われる筋合いは無いと思った。

 

「代表こそ、何をやってんです? 貴方がやられてしまえば、それこそこうして戦っている意味がなくなっちゃうでしょ!」
『このアカツキは無敵だ! 私が囮になって、敵を引き付けられれば――』

 

 気持ちの強さはキラから聞いていた通りだ。勝気で、基本的には誰かの為に行動する。しかし、その気持ちだけで、誰を助けられるものか――

 

「バカなことを!」
『なっ!? 私に向かってバカと言ったのか、お前は!』

 
 

 気持ちだけで人を救えるのなら、カミーユはこんなに苦しんだりはしなかった。フォウも、ロザミアも――助けたかった人は、みんなカミーユを置いて逝ってしまった。一人だけ残ってしまったと感じたカミーユは、その事が身に沁みて良く分かっている。
それは、カガリとて同じはずだ。聞かされた2年前の戦争で、今と同じ事が起こったオーブの国家元首ならば、ウズミを失ったカガリならば、尚更の事。
 合流して飛び上がった2体のガブスレイに砲撃され、一時的に散開する。しかし、アカツキは肩部にメガ粒子砲を受け、アーマーが吹き飛んだ。碌に訓練も受けていなかったカガリには、いきなりの実戦で反応が鈍っている。
カミーユには、そういったカガリの事情が、何と無しに感じ取れていた。彼女は、MSでの戦闘に向いていない。それなのに、自分の実力も分かっていないのに囮になるとのたまっていらっしゃる。それを守らなければいけないカミーユにしてみれば、冗談ではない。
 そんな時、エターナルが動き出すのが見えた。とうとう、順番が廻ってきたようだ。カオスはドム・トルーパー隊の攻撃に阻まれ、特に警戒する必要は無さそうだ。そうとなれば――

 

「エターナルが動きます! 代表はそれに乗ってソラへ!」

 

 ジェリドのガブスレイのビームサーベルを弾き、呼びかける。

 

「みんなの頑張りを無駄にしないでください! 貴方は、ここで死ぬわけには行かないはずだ!」

 

 カガリは、必ず生き残らなければならない人間。こうなる事を分かっていてデュランダルの提案を受け入れたのなら、何のためにみんな必死になって脱出しようと頑張っているのか。カミーユは、呼びかけに応えないのなら彼女を脅してでもエターナルに押し込むつもりで居た。

 

 返事を待っている間にも、ガブスレイに前後を挟まれた。援護に来たマウアーも相俟って、やはり、ジェリドはカミーユに執念を燃やし、狙いを絞ってきている。本来のターゲットであるカガリは、放っておかれている状態だ。
それは恐らく、いつでも撃墜できるという彼等の自信の表れなのかもしれない。
それだけに、ジェリド達の目がカミーユに集中している今なら、マス・ドライバーへ向かうエターナルに同乗する事でカガリの安全はほぼ保証される。カミーユとしては、この機会に何としてでもカガリに逃げて欲しかった。
 一方のカガリも、そういったカミーユの考えは理解している。囮になったことで、一時的にエターナルからジェリド達の目を逸らす事に成功したが、自分の技量では5分も稼げやしないことを思い知らされていた。
相手は、純粋な兵隊畑で育った手練のパイロット。気の向いたときにMSパイロットをやっていた亜種の自分とは、格が違う。
 悔しさと無念――しかし、本土を放棄する手段に手を染めようとしているカガリに、その様な感情に流される余裕は持たない。例え、犠牲を払ってでも自分は宇宙に出なければならないのだ。

 

 Ζガンダムに攻撃する2機ガブスレイが、絡まるようにして交互にフェダーイン・ライフルを見舞っている。それを見て、カガリはカミーユの言葉に応えた。

 

「……分かった。ここはお前に任せる」

 

 勝気な少女の見せた、素直な態度。それは、自分を律して冷静に努めようとしているからに他ならない。その努力がカミーユへと向けられ、受け入れられた。

 

『了解!』

 

 景気良く返事をしてくれたカミーユに感謝しつつ、しかしただエターナルに乗り込むのでは、余りにも芸が無い。エターナルの追撃を行っているのがカオスだけならば、ドム・トルーパーに阻まれている今のうちに――

 

「叩く!」

 

 エターナルに向かうアカツキは、追撃を続けるカオスに対してビームライフルを連射し、注意を引き付けた。そして、ヒルダに向けてワイヤーを伸ばし、秘匿回線で呼びかける。

 

「聞こえているか、ドム・トルーパー隊」
『聞こえているが、どういうつもりだい? あたしらの主はラクス様ただ一人。例えオーブのトップでも、命令する事は出来ないよ』
「カオスを落とすためだ。それは、ラクスのためになる」

 

 ヒルダの慇懃無礼な物言いにも、カガリは動じることなく、落ち着いて切り替えした。下賎の者として勝手に意識しておけば、感情の抑揚もある程度制御できる。それが出来るほどには、カガリは大人になったつもりだ。

 
 

 カオスの攻撃に対しては、アカツキの装甲はほぼ無敵。ビームサーベルでの接近戦にさえ気をつければ、カガリの力量でも撃墜はされない。ヒルダはそんなアカツキを援護しつつ、少しの間思考を巡らせた。
 本当なら、考えるまでもないことなのだが、カリスマをラクスただ一人として崇拝しているヒルダにしてみれば、カガリからの命令は面白くないものだった。しかし、カガリの言う事を聞くことは、エターナルを守る事になり、即ちラクスの為に繋がるのだ。
この単純な答えを導き出すのに、ヒルダは時間が掛かった。ラクスに心酔してしまっている余計なプライドが、彼女の思考をややこしくしてしまっている為だ。

 

『――で、何をすればいいんだい?』
「このアカツキにお前達の攻撃を当てろ。タイミングは、こちらで指示する」
『本当にそれでいいのかい? いくら代表だって、ラクス様でなければあたし等は手加減しないよ』
「お父様が遺してくださったアカツキ――軟(やわ)ではない!」

 

 あの程度のMSに、アカツキが落とせるものか、父上の魂が宿ったアカツキならば、絶対に切り抜けられる――強く念じ、カガリは啖呵を切った。伸ばしたワイヤーを引き戻し、大きく構えて見栄を切る。

 

 カオスのスティングも、アカツキがビームの効かないMSと言う事は分かっているようで、ファイアフライ・誘導ミサイルで細かく攻撃を続けているに過ぎない。しかし、ドム・トルーパーとアカツキを相手にしながらも、そこはエクステンデッド。
数的には不利でも、被弾は許していない。
 しかし、そうしている間にもエターナルはマス・ドライバーへ移動し続け、このままでは最悪、カガリもラクスも逃がす事になってしまう。スティングにも、焦りが無いわけではなかった。

 

「くそったれ、こいつら! ジェリドとマウアーは、何をあの新型ムラサメに躍起になってやがんだ! このままじゃ、2人とも逃げられちまうぞ!」

 

 Ζガンダムに追い縋るガブスレイは、あまり当てに出来ない。仕方無しにスティングは、カオスにビームサーベルを引き抜かせた。アカツキの装甲にビーム砲攻撃が効かないとなれば、手段は接近戦しか残されていない。
得てして、遠・中距離攻撃に耐性のあるMSというものは接近戦によるビームサーベルに弱いのがある意味でお約束だ。それはフェイズ・シフト装甲然り、陽電子リフレクター然り。ならば、アカツキもその例に倣っているはず。
ミノフスキー粒子の加粒子砲であるガブスレイのビームに効果があったのなら、コロイド粒子で刀剣状に固定されているビームサーベルによる斬撃は効果があるはずだ。
 スティングがそう考え、ファイアフライ・誘導ミサイルをばら撒いて突撃させた時だった。

 

「――今だ!」

 

 カガリの号令と共に、マーズのドム・トルーパーがカオスを牽制する。その攻撃をスティングがあっさりとかわすと、間髪入れずにヘルベルトからビームバズーカを拝借したヒルダが、アカツキ目掛けてビームバズーカを発射した。

 

「何ッ!?」

 

 スティングには、単なる誤射にしか見えなかった。しかし、それは直ぐに勘違いと分かる。アカツキに誤射されたかと思ったビーム攻撃は、何と反射してカオスに向かってきたのだ。
先ほどカリドゥスを跳ね返されたスティングは、ヤタノカガミの特性を完全に把握していなかった。
 ヤタノカガミは、任意の方向を選んでビームを反射する事が出来るのだ。それを知らないスティングは、まさかの出来事に流石に反応する事が出来なかった。とりわけ、ビームサーベルによる接近戦を仕掛けようとしていただけに、尚更反応が鈍る。

 

「ぐあぁッ!」

 

 出会い頭の一撃。スティングはそれでも尚、かわそうとしたが、被弾は免れなかった。機体を横にして被弾面積を少しでも減らそうと試みたが、アカツキの反射したビームはカオスのバック・パックを直撃し、バランスを崩して森の中に派手に転げて落ちていった。

 

(スティングが――)

 

 マウアーの目は、ジェリドと共にΖガンダムに攻撃を仕掛けているが、常に状況を把握しようと努めている。勿論、カオスが墜落していった現場も、しっかりと補足していた。
 しかし、ジェリドの目はカミーユに向けられている。彼は、恐らくスティングの撃墜に気付いていないだろう。それだけ彼がカミーユに拘っている証拠であり、マウアーにもそれは分かっている。果たして、この場でスティングを見捨てて彼に付き従うべきか――

 

『マウアー、カオスはどうしている!』

 

 旋回するウェイブライダーを狙撃しているジェリドから、不意に訊ねられた。

 

「えっ……?」
『エターナルには雑魚が張り付いているはずだ! スティングはしっかりやれているのかと訊いている!』

 

 カミーユに執着するのがジェリドだと言うのは、マウアーには良く分かっている。彼の心の中には、越えなければならない壁として立ち塞がっているのがカミーユだからだ。ティターンズのエリートとして順風満帆のはずだった彼に屈辱を与えたのが、カミーユ。
それを倒さない限り、ジェリドは先に進めないと吐露していたのを、マウアーは知っている。そして、それを共に成し遂げるのが自分だと思っていた。
 しかし、最近の彼はそれだけではない事も、マウアーは感じている。モスクワでの作戦が終わった時だったか、彼はスティングを殺させやしないと言っていた。それが、ジェリドの成長の証ならば――

 

「でも、貴方はΖを――」

 

 念を押してみた。フォン・ブラウンで、偶然にも遭遇した少年に突きつけた銃口は、子供に対してやる事ではないと思っていた。
カミーユは、アポロ作戦でティターンズの占領下に置かれていたフォン・ブラウンに潜入調査しに来たエゥーゴのスパイだったとはいえ、その時はやりすぎだと感じたものだ。
 しかし、それでもジェリドはカミーユに突きつけた銃口を外す事は無かった。ライラやカクリコン――それをやったのがカミーユで、普通ではないと言っていたのだ。ある種の恐怖の対象だったのかもしれないと、今では思う。
 果たして、今のジェリドにとって優先すべき事態は、一体どういうことなのだろうか。仲間と仇敵――その二択に迫られた彼が下す決断とは何かを、マウアーは知りたがっている。

 

「いいの? 放っておいて――」
『大佐と、アイツを躾ける約束をしている! この作戦の目的がオーブの占拠なら、アイツをやらせてまで戦いに拘る必要は無い!』

 

 マウアーの念押しに、間髪入れずに返してきたジェリドの声に、迷いは無い。躊躇いの無いその答に、マウアーの心の奥底がくすぐられる感じがした。
 直情的なジェリドは、カミーユへの対抗心で動いていた。その一方で、彼は仲間を大事に思うことが出来る気概をも持ち合わせていたのだ。思い出したマウアーは、ジェリドのそんなところが好きだった。
 それが分かれば、それこそスティングは見捨てる事など出来ない。ここでジェリドの本懐を優先して、カオスの撃墜を知らせなければ彼は自分に愛想を尽かしてしまうだろう。ジェリドの行動原理は、カミーユへの対抗心と仲間への思い遣りなのだから。
 カオスから昇っていると思われる煙を目に入れ、マウアーは息を吸い込んだ。

 

「カオスは飛行ユニットを損傷し、撃墜されました。エターナルは、依然MS隊を引き連れてマス・ドライバーに移動中です」
『驕りやがったか、スティング! ――カミーユとの決着は、ソラでつける事になる。カオスを回収後、一旦退くぞ!』
「了解」

 

 マウアーのガブスレイが変形し、カオスへと進路を向ける。ジェリドはΖガンダムに砲撃を浴びせた後、同様に変形して続いていった。

 

「ジェリドが引き上げていく……?」

 

 執拗に絡むジェリドの執念が、消えた気がした。事情を知らないカミーユは、そんなジェリドの行動が以外に思えたのかもしれない。敵とはいえ、戦場で幾度も銃火を交え、互いに憎しみばかりを募らせた。そのジェリドが、あっさりと引き上げるのには何か訳があるはずだ。
 カミーユがその後ろ姿を見送っていると、ガブスレイはドム・トルーパーとアカツキに攻撃を仕掛け、散開させた後クローでカオスを引き上げ、撤退して行った。

 

「エクステンデッドを引き上げて――ジェリド……」

 

 この世界で、何かが動き始めているような気がした。ジェリドは復讐よりも仲間を優先し、去っていく。それは、ジェリドの執念の声を聞けば、考えられないような事だ。

 

「行ってくれた――ハッ!」

 

 呟きに、折り重なるように劈(つんざ)く衝撃。カミーユの頭に、声が響いた。

 

「――しまった、ロザミィ!」

 

 ジェリドを気にかけて呆けている場合ではなかった。遅れてきた分、カミーユには色々とやらなければならない事が積み重なってくる。
 カミーユのイメージした場所は、それほど遠くない。それが幸いだ。カミーユはスロットル・レバーを押し込み、ウェイブライダーを加速させた。

 
 

 ロザミアの記憶の中は暗かった。思い出せるだけの記憶も、そこに感じられる感情も、全てが曖昧だった。果たして、それが本当の記憶なのかも分からない。
 ただ、それでも一つだけロザミアにはハッキリとしていることがある。兄の存在――暗がりの中で、ただ一つだけ確定している微かな真実。それは記憶の闇を照らす、太陽の様なものだった。それがあるからこそ、彼女は生きていける。

 

「当てるぅ!」

 

 記憶の中の兄は、一人だけ。カミーユ以外になど、考えられない。しかし、そのロザミアの前に、もう一人の兄と名乗る男が現れた。今、戦っている相手がそうだ。
 ガンダムMk-Ⅱのビームライフルが、バウンド・ドックに向かって火を噴く。

 

 おかしな事になったな、とロザミアは思っていた。バウンド・ドックのゲーツと言う男は、それこそ知らないはずの男性なのに、何故か記憶に引っ掛かるのだ。“兄”と主張する彼の言い分も、まんざら嘘ではないような錯覚さえ起こさせる。

 

 バウンド・ドックは、ロザミアの目から見て奇妙な動きをしていた。絡んできた割には、攻撃する意志が感じられない。ロザミアは遠慮無しに攻撃を続けているのだが、バウンド・ドックは回避を繰り返すだけで、まともに攻撃してこないのだ。
やってくる事と言えば、牽制のビームライフルだったり拡散メガ粒子砲だったりで、今のところガンダムMk-Ⅱにダメージは無い。その一方で、バウンド・ドックは絡むようにして組み付こうと幾度も試みてきた。ドダイに乗っているだけ、ロザミアはそれを受け流す。
 ただ、不思議とバウンド・ドックの動きが必死に見えた。理由は分からないが、ゲーツの必死さが波動となってロザミアの思考を刺激している事は確かなのだ。どうしてそこまで必死になれるのかは分からないが――

 

 バウンド・ドックのクローが、ガンダムMk-Ⅱの腕を掴んだ。掴まれたロザミアは、慌てて振りほどこうとコントロール・レバーを遮二無二に動かす。まるで、ナンパを嫌がる男女の諍(いさか)いの様に、ガンダムMk-Ⅱは腕を振り回そうともがいている。

 

「放しなさいよ!」
『待て、ロザミア! お兄ちゃんが分からないのか!?』
「お前なんかお兄ちゃんなものか! あたしのお兄ちゃんは――」
『カミーユ=ビダンはお前の敵だったんだ! 倒さなくてはいけない敵なんだよ!』
「嘘よ、そんなの!」

 

 頭部を回し、バルカンで掴んでいるクローを攻撃。バウンド・ドックを引き剥がして、ロザミアはビームライフルの連射を見舞った。ゲーツはMA形態に変形させ、大きく旋回して回避する。そして、そのまま機首を再びガンダムMk-Ⅱに向け、再接近を図る。
 ゲーツの機動は、ロザミアですら辟易させる。感じた苛立ちに、滅多にする事の無い舌打ちをした。

 

「しつこいのよ!」
『聞け、ロザミア!』
「あたしはロザミアじゃないって言ってるでしょ!」
『カミーユ=ビダンはエゥーゴの中核を成すパイロットで、俺達ティターンズの敵だ!』
「はッ……!」

 

 接近するバウンド・ドックに、ビームサーベルで横に薙ぎ払う。しかし、それはあっさりかわされ、逆に背後から抱き付かれてしまった。接触回線から、ゲーツの声が鮮明に聞こえてくる。

 

『お前は俺の妹で、カミーユ=ビダンの居るエゥーゴと戦っていたんだ! 思い出せるな、ロザミア?』
「あたしが、お兄ちゃんと……?」
『カミーユはお前の兄ではない。俺が本当のお兄ちゃんで、奴は倒すべき敵だ』

 

 妙な安息を感じる。バウンド・ドックのサイコミュ・システムが、ロザミアの脳に直接訴えかけるようにゲーツの言葉を運ぶ。それに当てられているのか、ロザミアの瞳が震え始めた。
 若干のロザミアの様子の変化に、ゲーツは手応えを感じた。彼女が戸惑っている様が、サイコミュ・システムを通して何となしに分かる。このまま上手く言葉が沁み込んで行ってくれれば――

 

 その時、2発3発とビームが襲い掛かってきた。同時に、ロザミアもゲーツも誰が来たのかを察する。ゲーツが視線を火線の方向に向けると、そこから黒く塗られたウェイブライダーが飛来してきていた。
 カミーユは、ガンダムMk-Ⅱからバウンド・ドックを引き離そうとビームガンで追い討ちを掛ける。

 

「ゲーツ、まだブルー・コスモスに縛られて――!」

 

 しかし、カミーユの思惑とは裏腹に、ガンダムMk-Ⅱの動きが少々鈍い。カミーユがいくら威嚇しても、中々バウンド・ドックをガンダムMk-Ⅱから引き剥がす事が出来なかった。

 

「見ろ、ロザミア!」

 

 ガンダムMk-Ⅱの動きが鈍い事をいい事に、ゲーツは声を張り上げた。先ほどの接触で、サイコミュ・システムによるロザミアとゲーツの回線は開かれた。ミノフスキー粒子による通信障害も、これなら無視できる。

 

「あれはΖガンダムだ! Ζガンダムはソラを落とす敵! お前は、あれを倒すためにお兄ちゃんと一緒に戦っていたんだ!」
『Ζ……ソラを落とす……』
「そうだ、Ζガンダムは倒すべき敵、そして、それに乗っているカミーユも倒すべき敵!」
『ソラを落とすΖガンダムは倒すべき敵……カミーユ=ビダンは、倒すべき――うぅッ! ち、違うわ、そんなの!』

 

 2人のやり取りを、カミーユは拾い上げている。頭を抱えてうずくまるロザミアの姿が、イメージとして浮かび上がった。

 

「ロザミィ――止めろ、ゲーツ!」

 

 ロザミアとゲーツの交感を遮るように、カミーユの叫びが響き渡った。MA形態に戻り、連射するビームライフル。ゲーツの集中力を削ぎ落とすように、ひたすら撃ち続けた。次第に濃くなっていくカミーユの感性が、やがてバウンド・ドックのスカート・アーマーを貫く。

 

『バカな――!』
「独り善がりをこれ以上戦場に持ち込むな! あなたが敵対しなければ、こんなことにはならずに済むんですよ!」

 

 ゲーツは、何処か違うものを感じる。ロザミアを説得しようと躍起になる彼の行為は、強化人間だからという理由で片付けてしまうには余りにも単純に思えた。カミーユには、付け入る隙があるように見える。
それは、ロザミアを気に掛けるという同じ気持ちを抱いているからに他ならない。ゲーツの想いは、カミーユのそれとも通じるべき箇所があるはずだ。敵だからといって、対立ばかりしていてもそれは悲しいだけ。
 たじろいで体勢を立て直そうとしているバウンド・ドックの隙に乗じ、カミーユはΖガンダムを背後から組み付かせた。バウンド・ドックのモノアイが、振り子のように左右に揺れる。

 

『何のつもりだ、カミーユ=ビダン!』
「戦うのを止めてください! ロザミィは、僕達で守っていけばいいでしょう! 彼女を利用しようと企んでいるのがブルー・コスモスのやり方なら、それが危険な事だって分かるあなたにとっても――」
『黙れッ!』

 

 バウンド・ドックの肘が、Ζガンダムの顔面を強打した。フラっと押し退けられたΖガンダムは、更にクローで突き飛ばされ、引き剥がされる。ゲーツは激情に任せ、ビームライフルを撃ちつけた。

 

『ロザミアは、俺の妹だ! それを殺しておいて、貴様は兄貴面をするのか!』
「そう言い切れるのなら、何で敵になるのを止めないんです! あなたの行動原理がロザミィなら、危険と分かっている事は出来ないはずなんですよ!」

 

 カミーユの無差別な感情が、サイコミュ・システムに影響を与えているのだろうか。言葉は思惟となって跳び、無邪気にゲーツの頭を刺激する。ニュータイプの激情は力となって、直接的にゲーツの感情を激しく揺さぶっていた。

 

「しかしな!」

 

 ゲーツの強烈な精神力は、カミーユの言葉すら撥ね退けようと抵抗を続ける。同じニュータイプとしての力を持つ者として、負けたくないと言う意地もあった。なまじロザミアを連れているカミーユなだけに、ゲーツにも男として引けないプライドがある。

 

「ロザミア、Ζガンダムを倒せ! ここで奴を葬れば、これまでのお前の敵対行動も免除される! そうすれば、お兄ちゃんと一緒にずっと居られるんだぞ!」

 

 カミーユのニュータイプとしての力と、サイコミュ・システムを通して発散されるゲーツの言葉が渦巻く。思惟の奔流が荒波となってその場を乱し、ロザミアは混乱の度合いを深めていた。2人の言葉は、どちらもロザミアにとって真実。
だからこそ、相反する矛盾の乱気流が、ロザミアを見えないプレッシャーとなって圧迫していた。
 2人の諍いを、ガンダムMk-Ⅱは微動だにせずに見守っている。カミーユは動けないロザミアをそのままに、ゲーツを止める事を優先していた。

 

「こんな事を続けていたら、ロザミィは――」

 

 サイコ・ガンダムMk-Ⅱで強襲を掛けてきたときのように崩壊してしまうかもしれない。そう心配していたときだった。別方向からの攻撃が、カミーユとゲーツの間を割って入った。
 ゲーツが振り向くと、そこからやって来たのはアッシマー。その後ろを、ストライク・フリーダムが追随し、更にその後方からパラス・アテネとバイアランが追い縋っていた。

 

「ブラン少佐!?」
『強化人間は、逐一命令を下さなければまともに任務を遂行することも出来んのか?』
「私は――!」
『フンッ!』

 

 ブランはアッシマーを加速させると、Ζガンダムとバウンド・ドックの間を駆け抜けていった。そして、マス・ドライバーに目標を定め、MSへと変形させると管制塔に向かってビームライフルを連射した。
ビームによる爆発が数珠繋ぎとなり、マス・ドライバーによる打ち上げを制御する中枢が破壊される。

 

「しまった!」

 

 キラが叫ぶ。背後からの攻撃を横にロール回転して回避するも、先行させてしまったアッシマーに先手を打たれてしまった。エターナルは既に移動が終了しているものの、これでは打ち上げを行う事が出来ない。
 もうもうと煙を上げる管制塔の近くでその時を待っていたエターナルでも、確認は出来ていた。バルトフェルドは舌打ちし、敵の行動の素早さに歯噛みする。

 

「ここまで来られるとは――ザフトは突破されたか!」

 

 エターナルが行動不能なのをいい事に、崩された前線を突破してきたウインダムが襲い掛かってくる。狙いはやはり、ラクスだろうか。アカツキが下から狙い撃つも、ミノフスキー粒子の干渉でカガリではまともに当てる事が出来ない。

 

「対空砲火! 照準は合わせなくていいから、接近されることだけは避けろ!」
「了解!」

 

 エターナルの機銃が弾幕を張り、ウインダムを寄せ付けまいと抵抗する。しかし、ミノフスキー粒子下では、基本的に前に出ている方が被弾の可能性は低い。レーダーの利かない状況になれば、目視で相手を確認できる前の方が圧倒的に安全なのだ。
それを象徴するかのように、ウインダムの後続の何機かはエターナルの弾幕によって沈んだが、しかし付近のウインダムの殆どはやり過ごされてしまった。
アカツキとドム・トルーパーが何とか防いでいてくれているが、それも何時まで保てるのかも分からない。ブリッジを直撃されれば、それで全てが終わってしまう。
 そして、遂にブリッジの正面に一機のウインダムが姿を躍りだした。構えるビームライフルが、狙っている。

 

(お、終わった――!?)

 

 バルトフェルドがそう覚悟したときだった。ウインダムの腕に絡まる鞭。狙い撃とうとしたそれを引っ張り上げ、ブリッジの正面から連れ去っていってしまった。
バルトフェルドが艦長席から立ち上がり、その行方を確認すると、先ほどのウインダムは腹部に剣を突き刺され、火花を散らしていた。
 一気にその刃が引き抜かれると、思い出したように爆散するウインダム。爆発に巻き込まれぬように離脱したそのMSは、グフ・イグナイテッドだった。

 

『済みません、持ち堪えられませんでした』

 

 グフ・イグナイテッドの指関節からワイヤーが伸び、エターナルのブリッジに貼り付いた。ミノフスキー粒子下の通信手段として、応急的に備えられたそれは、しかしガンダムMk-Ⅱにも装備されている有効的な装備だ。何よりも接触回線ならば傍受の恐れは無い。
 ひとまず安堵したバルトフェルドは浮かせた腰を再び艦長席のシートに下ろし、アーム・レストに備えられた受話器を手にしてハイネの声に返す。

 

「ハイネか。すまない、助かった」
『いえいえ。しかし、それにしても――』
「時間が掛かりすぎているからな。おまけに、マス・ドライバーの管制塔が潰されてしまったんじゃあ、余計にな。ザフトも、頑張ってくれている事は分かっちゃいるが――」
『どうするんです? カーペンタリアから俺達の回収艦隊が向かってきていますが、殆どのオーブ兵力をソラに上げた後となった今だと、彼岸戦力に差がありすぎます』
「マス・ドライバーの制御は、こちらから信号を送ってコンピューターによるオートで行っていたんだが、こうなりゃ手動で行くしかない。俺が――」

 

「えっ!? 何だって、聞こえない!」

 

 バルトフェルドが意を決し、艦長席を立とうとした刹那、ダコスタの怒声が木霊した。耳に押し付けるようにインカムを手ですっぽりと覆い、空いた方の手でマイクを可能な限り口元に近づける。

 

「どうした、ダコスタ君?」
「はぁ? そちらで動かすって――出来るんですか? ――はい、こちらの準備は整っていますけど――」

 

 バルトフェルドの問い掛けに、ダコスタは振り返って人差し指を口元に当てた。

 

「やれるのなら、文句は言いませんけどね――ソラに出れば待ち伏せが待っている? そんな事、百も承知ですよ! はい――で、お宅はどちら様なんですか――って、あれ?」

 

 ダコスタは首を傾げ、ゆっくりとインカムを外した。怪訝そうに何度も首を捻るその様は、一方的に通信を切られたからだろう。果たして、ミノフスキー粒子の影響なのか、それとも別の理由があるのか――

 

「何の通信だ?」
「手動で、マス・ドライバーの打ち上げを行うと言ってきていますけど……」
「何だと?」

 
 

 エターナルの甲板。カガリのアカツキも、ヒルダ達のドム・トルーパーも敵からの砲撃に晒され、防ぐのに手一杯だ。まともに反撃する事も出来ずに、防御主体の4機は自らの体を盾にしてエターナルを守っている。
その健気な抵抗も、マス・ドライバーの管制塔が破壊されたことで、どれ程の意味も持たなくなっている。エターナルが打ち上げられなければ、彼女達の奮戦は結果が実りはしないのだ。

 

「今すぐにエターナルの中に入れだと!? 何だってんだ、一体!」

 

 アカツキの装甲は、敵のビーム攻撃を跳ね返す。弾いてきたこれまでの防御兵器とは違い、そっくりそのまま返すのだ。それは、どこの勢力でも成し得なかったある意味では装甲の究極的な進化。それをやってのけたモルゲンレーテの技術力は、凡人の想像の遥か上を行っていた。

 

『誰かがサブ・コントロール・ルームから手動で打ち上げの管制をやるって言っているんですよ! メインをやられちゃったら、嘘だとしてもすがるしかないでしょ!』
「周辺海域の脱出経路は!」
『出られるもんなら、とっくに脱出していますよ! ミノフスキー粒子の干渉のせいで、周辺海域は嵐の中です。恐らく、オーブは取り囲まれています。逃げ道といったら、月でも目指すしかないですって』

 

 ダコスタが、やけに偉そうにのたまってくるのを、カガリは聞き逃さなかった。バルトフェルドの忠臣にして、彼の目や手足もこなす。大袈裟な言い方をすれば、バルトフェルドの私設エージェントとでも言うべき彼は、ラクスの護衛を任される辺り相当に優秀な人物なのだろう。
 しかし、それとこれとは話は別だ。カガリがオーブの国家元首としてのプライドを持ち始めている今となっては、彼の態度は不遜に聞こえる。

 

「本当に、逃げ道はないんだな?」
『誰の言葉だったら信じるって言うんですか!』
「分かったよ!」

 

 戦場では、国家元首であろうとも素人だ。ダコスタはプロとして2年前の戦争も戦い抜いてきた。ここで我を出したのでは、また昔の自分に逆戻りしてしまう。大人になったつもりの今では、言葉の端を掴んで一々感情を乱すべきではない。
 カガリが気持ちを持ち直し、正面に居る敵機を追い払うと、エターナルのメイン・スラスターが火を噴き始めた。設置するアカツキの足底から、その振動がコックピット内のカガリにも伝わってくる。コントロール・レバーを握る手が、振動で痺れを起こしている。

 
 

『マス・ドライバー正面! 進路の確保を! カウントダウンを省略し、進路がクリアになると同時に発進します!』
「ドム・トルーパー隊、正面の敵機を退かせろ!」
『言われなくたってねぇ!』

 

 エターナルの砲塔と、4機の一斉射撃が進路先に集中的に放たれる。進路がクリアになると同時に、ドム・トルーパー隊は即座にエターナルの中へ踊り込んだ。カガリもそれに倣おうとした時――

 

「何ッ!?」

 

 背後から放たれたビームに、アカツキのサイド・スカート・アーマーが溶かされた。ヤタノカガミを無視するその威力は、メガ粒子砲だ。気を取られ、射線の方向に注意を向けると、そこには2連ビーム・キャノンを構えたパラス・アテネが居た。

 

『そこの金色! あんたは逃がしはしないよ!』
「くっ――!」

 

 エターナルの加速が始まった。そこへパラス・アテネが急襲し、カガリが乗り込もうと思っていた出入り口を大型ミサイルで破壊して塞いでしまった。
 加速を続けるエターナル。ライラの攻撃で振動が起こったが、もう止まらない。レールは走り始め、後はエターナルの推進力とあわせて真っ直ぐ宇宙に向かって羽ばたくのみである。

 

「しまった!」
「カガリさんが――」

 

 バルトフェルドが、艦長席のアーム・レストを拳で叩きつける。モニターで確認できる限り、カガリのアカツキはエターナルに乗り込み損なった。飛び上がり、エターナルから離れるアカツキが、艦外カメラにしっかりと映っていたのだ。
 戦艦一隻を宇宙に放り上げる加速を得る為に、初期加速とはいえ相当のスピードが要求される。打上が始まってしまった今となっては、MSが単独で追いつくことなど出来はしない。重力を振り切って大気圏を抜けると言う事は、それだけ凄まじい事なのだ。

 

「エターナルが……」

 

 もくもくと白い煙を上げ、光る点となって真っ直ぐに宇宙を目指すエターナル。それを、下から見上げていたカガリは思わず絶句してしまった。よもや、こんな形で取り残される事になるとは思わなかったからだ。
 それでも、直ぐに気持ちを切り替えて、次のアークエンジェルに乗り込む事を考える。呆然としている事が許される状況ではない。後方から、拡散ビームが襲い掛かってきた。ライラのパラス・アテネが、先程からずっとカガリを狙っている。

 

『聞いておこうか? 管制塔を破壊されたマス・ドライバーが、どうしてエターナルを打上げられたのかを!』

 

 ドダイから飛び上がったパラス・アテネのビームサーベルが振り下ろされ、カガリはそれをシールドで押し付けるように当てつける。パラス・アテネのビーム兵器で、アカツキが唯一抵抗できる手段は、それだけだ。

 

「言えるか!」

 

 シールドの影からビームライフルを取り回し、突きつけるもパラス・アテネは華麗に舞って漂うドダイの上に再び着地した。コーディネイターではないにしろ、ライラの動きは素人のカガリから見れば十分に熟練している。

 

『カガリ!』
「キラ!」

 

 そこへ割って入ってきたのは、ストライク・フリーダム。クスィフィアスと2丁のビームライフルをフル・バーストさせ、一時的にパラス・アテネを退かせた。

 

「カガリ、エターナルに――」

 

 キラは白煙の先を目で追い――

 

「乗れなかったの!?」

 

 がっかりしたように言葉を放り投げてきた。狙われているのは、第一にカガリなのだ。それをラクスと一緒に放り上げられなかったのは、厄介事が残ってしまったと言う意味で残念な事態だ。正直、MSのパイロットとしては中の下と言える彼女を庇いながらでは、些か分が悪い。
それも、しんがりのアークエンジェルの準備が済むまでの間なのだが、その僅かな時間すら今の状況では厳しい。特に、ファントム・ペインの戦力がマス・ドライバーの周辺に集中してきている今となっては、それは尚更といえる。

 

 そのキラの苛々通りに、パラス・アテネがバイアランを伴って襲い掛かってきた。標的は、カガリなのは考えるまでも無い。2機のビームの軌跡は、明らかにアカツキを集中的に狙っている。

 

『くっ、くそ、こいつら――』
「カガリは僕から離れないで! 彼等の狙いは君だ!」

 

 集中砲火に見舞われ、散開しようとしたアカツキを繋ぎとめ、キラは叫ぶ。ビームシールドを展開し、アカツキの前でその身を盾にして攻撃を防ぐ。

 

「アークエンジェルは――マリューさん!」

 

 エターナルが打ち上がるのと同時に、アークエンジェルは動き出していた。今、ゆっくりと設置が完了し、後はキラを始めとする残りのオーブ兵力をその中へ押し込むばかりだ。

 

「戦線の状況は――」

 

 にわかに遠くの空が騒がしくなり始める。ハイネ達ザフトを回収しに来たカーペンタリアからの増援がやってきたのだろう。エターナルが打ち上がったのを機に、作戦の終了が近付いたと察知した艦隊が、ここぞとばかりに援護攻撃をしてくれている。
 しかし、連合艦隊を攻撃されても動じないのが彼等だ。パラス・アテネとバイアランは、連合艦隊が背後から攻撃を受けていても目的だけをしっかりと見据えている。ラクスを逃がした今、狙いはカガリだけに絞られたのだ。
ここで本懐を見失うほどファントム・ペインのパイロットは愚かではない。カーペンタリアからの艦隊が到着しようとも、戦力差はまだ圧倒的に連合軍の方が上なのだから。
 そして、キラとカガリが密集して防御に徹しているのならライラとカクリコンはそこを突く。ストライク・フリーダムがアカツキを庇っているのは目に見えて明らかだし、ここに十字砲火を掛けないで何時すると言うのか。
パラス・アテネとバイアランは円を描くように2機の周囲を機動し、交互にビーム攻撃を浴びせ続ける。

 

「チィッ!」

 

 ストライク・フリーダムのビームシールド一枚だけでは、如何ともしがたい攻撃。ストライク・フリーダムはビームサーベルを一本、抜き放った。

 

「そこッ!」

 

 一方の攻撃をビームシールドで、そして、もう一方からの攻撃を、何とビームサーベルで切り払った。キラの正確なテクニックと、寸分違わずに銃口を追える彼の動体視力が、超人的な離れ業を事も無げに行ってみせる。
見せ付けられたライラもカクリコンも、これには驚愕の表情を浮かべた。最早、キラのパイロット・センスは呆れるしかないのだろうか。あまりにもの次元の違うその動きに、2人も脱帽するしかない。

 

『ビームをサーベルで――化け物か、こいつぁ!?』
「中尉、慌てるんじゃないよ! いくらサーカス芸が出来たって、こっちが有利なのは変わっちゃ居ないんだ!」

 

 しかし、ライラは慌てない。キラのパイロット・センスの高さは、遭遇した時から分かりきっていた事だ。どんな凄い事をしようとも、今さら取り乱したりはしない。コンソール・パネルからビックリ箱でも飛び出してこない限り、怯むことはない。

 

「この人たち、乱れない!?」

 

 キラにしても、ビームをビームサーベルで切り払う行為など、そうそう易々と出来るものではない。極限にまで集中力を高め、神経をすり減らして初めて出来る事なのだ。
それを使わざるを得なかったのは、少なくとも達人的な芸当を見せつけ、少しでもライラ達の動揺を誘おうと考えたからだった。そのキラの思惑も、当てが外れる。彼が想像している以上に、ライラとカクリコンはプロなのだ。

 

「なら、カガリだけでも――」

 

 キラの視線が、マス・ドライバーにて鎮座するアークエンジェルを据えた。そして、アカツキの腕を掴むと、力いっぱいに引っ張った。

 

『お、おいキラ――』
「ここは僕が食い止める! カガリはアークエンジェルに逃げて!」

 

 遠心力を加え、カガリに考える暇を与える前に無造作にアークエンジェルへと放り投げる。その余計な行動を、ライラは見逃したりはしない。ストライク・フリーダムとはいえ、止まってしまえば的以外の何物でもないのだ。
キラの集中力が、アカツキを投げ飛ばす事に向いている今ならば、当てられる。

 

「もらった!」

 

 パラス・アテネが突き出した右腕の2連ビーム・キャノンが、真っ直ぐにストライク・フリーダムを定め、放たれる。キラがパラス・アテネの攻撃に気付いたのは、ライラがトリガー・スイッチを押し込んだ瞬間だった。
アカツキを放り投げた後、ハッとして回避行動を取らせるも、時既に遅し。メガ粒子砲の光が、ストライク・フリーダムの特徴的な青い8枚羽の1枚を吹き飛ばしていた。

 

「掠っただけ!? これも外されるなんて、あたしは夢でも見ているのか!」

 

 ヘルメットを平手で叩き、愕然としたようにライラの驚愕が響き渡る。不意討ちをかわされてしまったのでは、隙が無いも同然ではないか――まるで悪夢のような光景に、しかしカクリコンが励ましの声を掛ける。

 

『大尉、しかしフライト・ユニットを損傷させられたならば、少しは奴の動きも鈍くなると言うもの!』
「そ、そうか――中尉のその考え、同意しておくよ!」

 

 負けたわけではない。ライラは挫けそうな心を奮い立たせ、もう一度構えなおした。

 

「初陣で傷付けられるなんて――!」

 

 ストライク・フリーダムが背中に背負っているのは、フライト・ユニットだけではない。ライラが吹き飛ばした青い羽の1枚1枚は、全てドラグーンなのだ。
重力下で使えないそれを背負いつつ戦っていたと言う事は、即ちキラはずっとデッド・ウェイトを課されていたという事になる。
ロール・アウトしたばかりの機体――それも、調整に時間を掛けられなかった事もあり、そのままの装備でキラは出撃せざるを得なかった。本来ならば、貴重なパーツなだけに取り外して運用したかったところだが、間に合わなかったのだ。
 しかし、ハンディキャップを背負ったまま戦える相手ではない。ストライク・フリーダムは確かに究極的ともいえるMSであるが、それが勝利の絶対条件ではないのだ。パーツを惜しんでいれば、やられる。だから、キラは決断した。

 

「カクリコンはアカツキを追え! フリーダムは、パラス・アテネで押さえる!」
『了解した、大尉!』
「ん――?」

 

 ライラがカクリコンに指示を出した時だった。ライラの目に、不可思議な光景が飛び込んできた。カクリコンは気付いていないのだろうか。幸いな事に、バイアランは即座に身を翻してアークエンジェルへ落下を続けるアカツキを追っていった。

 

「フリーダムめ、何をしている?」

 

 意外な光景に、ライラの顔面がぴくっと引き攣った。ストライク・フリーダムが、フライト・ユニットだと思い込んでいた背中の8枚羽をパージし始めたのだ。たった1枚の羽をやられたぐらいでバランスを崩し、飛行能力を放棄するつもりだとでも言うのだろうか。
しかし、地上に降りてしまえば飛行ユニットである自分達には抗えないはずである。あの圧倒的なパイロット・センスを誇示するパイロットが、それほどにまでバカだとは考えにくい。
 ただ、何かをするつもりならばその前に――

 

「落とすッ!」

 

 パラス・アテネはドダイをスノー・ボードに見立て、ハーフ・パイプの中を左右に滑るように機動する。そうやって動きでかく乱した後、羽をパージしたストライク・フリーダムに向かって、2連ビーム・キャノンを連射した。
 その時、不可解な出来事が起こった。突如として、ストライク・フリーダムの姿が消えたのだ。ライラは仰天し、大きく目を見開いた。

 

「やったのか!? ――いや、違う。ビームが当たった手応えが無かった――」

 

 全面モニターで辺りをぐるりと見回し、ストライク・フリーダムの姿を追う。その僅か1秒か2秒の間を置いた後、パラス・アテネのカメラがその姿を捉え、警告音を鳴らせた。

 

「下だと!?」

 

 ライラが股の間から下方向に頭を垂れると、凄まじいスピードでアカツキを追うバイアランに肉薄しているのが見えた。
 ストライク・フリーダムはビームサーベルを片手に、弾丸のようにバイアランに突進する。カクリコンがその接近に気付いたときには、背後でデュアル・アイを瞬かせる姿があった。

 
 

「バ、バカな!?」

 

 咄嗟に反転し、内臓のメガ粒子砲を差し向けるも、ストライク・フリーダムのビームサーベルの刃はバイアランの腕を切り飛ばしていた。カクリコンが慌ててもう片方の腕で牽制を放って離脱する。

 

『な、何だコイツは――ッ!? 大尉! フリーダムがこんな動きをするなんてのは、俺は聞いていないぞ!』

 

 ライラの耳に、カクリコンの焦燥した声が響く。まるで幽霊のように突然現れたストライク・フリーダムに、さぞかし肝を冷やしたのだろう。その気持ちが痛いほどわかるのは、ライラも驚異的なストライク・フリーダムの動きに驚かされたからだ。

 

(あの光は、蝶の羽?)

 

 敢然と立ち塞がるストライク・フリーダム。その影で、アカツキがアークエンジェルの甲板に叩きつけられているのが見えた。
 アカツキは立ち上がり、自分の力でアークエンジェルの中に入っていく。その姿は、光の向こう側。ストライク・フリーダムの背中が、まるで蝶の羽のように淡いブルーの光を放っていた。

 

「あの8枚羽は、フライト・ユニットの補助なんかではなかったのか……!」

 

 MSの装備にしては美しすぎるストライク・フリーダムの光の羽。その威光に、ライラは呆然としてしまっていた。彼女の憶測では、ストライク・フリーダムの8枚羽は機動力を上げる為のものだった。
しかし、その予測はまるで反対で、機動力を押さえ込んでいたのが真相だったのだ。そして、ストライク・フリーダムがその真価を発揮したとき、これまで見た事も無かったような機動力が発揮された。
この事実は、ライラに少なからずショックを与えた。ストライク・フリーダムの性能の高さと、自らの甘さ、そしてそれを扱えるパイロットの凄さに――

 

『オーブの代表に逃げられるぞ、大尉!』

 

 カクリコンの声に、ライラは我に返る。MSパイロットとして、エース級の活躍をしてきた彼女にとって、キラの力は圧倒的だった。
 しかし、ライラはそこで嫉妬や憎しみを募らせたりはしない。その反感が、オールドタイプの証明だと言う事を、カミーユとの戦いで悟っているからである。特別な存在を相手に、その様な感情を持って戦っていても勝てるわけが無い。
 ライラは気を取り直し、カクリコンの声に応える。

 

「分かっているよ。まだ、アークエンジェルを潰せばチャンスはあるんだ」

 

 目的は、些かも変わっていない。優先目標はカガリ=ユラ=アスハ・オーブ首長国連合代表ただ一人。彼女がアークエンジェルに逃げ込んでくれたのならば、その分だけ的が大きくなったと思えばいい。
いかに高速機動状態のストライク・フリーダムと言えども、アークエンジェルの様な大きな戦艦をたった1機で2機から守れるわけが無い。加えて、殆どの兵力を宇宙に上げてしまったオーブ・ザフト軍に対し、連合軍は未だ戦線を維持できるだけの体力が残っている。
どう転んでも、失敗する事はありえないはずなのだ。

 

「2手に分かれる、中尉。どっちかがフリーダムを引き付けられればいい」
『了解だ。ブラン少佐も、こちらの状況は掴めている筈だ。勝てるぞ、この戦!』

 

「くっ――!」

 

 ストライク・フリーダムの機動力は、キラにとっても十分満足のいく性能だった。しかし、相手は2機である。散開されたキラは、尚も苦しい状況に変わりないことに苦心し、歯噛みした。いざとなったら――
 宇宙で、ラクスと再開できるだろうか。据わった瞳で、パラス・アテネとバイアランを睨みつける。

 
 

 カミーユの目は、マス・ドライバーに向いていた。先程アッシマーに管制塔を破壊され、ほぼ死に体だったはずのマス・ドライバーが、何故か機能してエターナルを宇宙へ放り上げたのだ。アッシマーは、その原因を探ろうとしているかのように動いている。

 

「アークエンジェルも打上げ体勢に入った――出来るのか?」

 

 ガンダムMk-Ⅱのドダイに一緒に乗り、カミーユはちらりとアークエンジェルを見やった。そこではパラス・アテネとバイアランの攻撃に晒され、ストライク・フリーダムとハイネのグフ・イグナイテッドが防戦に徹しているのが見える。
 先程から、ロザミアの状態が芳しくない。カミーユとゲーツの乱波動が彼女の精神を刺激し、一種の憔悴状態に入っているためだ。入り混じる記憶と感性の矛盾が、真実を求めようと動き出した好奇心に晒されて混乱を生じさせている。
 カミーユは、隣で俯くようにして沈黙しているガンダムMk-Ⅱを心配そうに見やった。

 

「ロザミィ、大丈夫か?」
『お、お兄ちゃん……』

 

 ΖガンダムのマニピュレーターがガンダムMk-Ⅱの肩を掴み、接触回線が開かれた。全天モニターにガンダムMk-Ⅱのコックピットの中の様子が映し出され、虚ろに瞳を震わせるロザミアが居た。
酷く怯えた様子で、両手を顔の前に添えてその指の隙間から僅かに表情を覗かせているだけだ。

 

『ロザミアを、連れて行かせてなるものか!』
「何ッ!?」

 

 唐突にゲーツの声がカミーユの耳に届いた。咄嗟にΖガンダムの機体状況をチェックすると、ちょうど人間で言うところの肩甲骨の間にあるロング・テール・バーニア・スタビライザーにワイヤーが絡まっている事が分かった。
高機動力を担うその特徴的な尻尾のような部分は、Ζガンダムの背中で最もワイヤーを絡め易い部分だ。
 Ζガンダムは肩越しに腕を回し、背後に向かってビームライフルを撃った。後ろに接近してきているバウンド・ドックを狙い、尚且つワイヤーも切れればいいと思ってしたことだが、効果は得られない。
 カミーユの攻撃をかわし、ゲーツは吼える。それは、まるで人質を取り返そうという親のような叫び声だった。

 

『貴様の様な狂ったニュータイプに連れて行かれたのでは、ロザミアは精神崩壊を起こす! 貴様こそロザミアを大切に思っているのなら、彼女をこちらに引き渡せ!』
「狂ったニュータイプ……? 俺が!?」
『そうだろう! サイコミュも無しにこれだけの影響を与えるって言う事はだな、それは、貴様がニュータイプとして度を越えているって事なんだよ! それが、事もあろうに精神の不安定なロザミアの傍に居ようなどと!』
「彼女はただ、記憶の中の兄さんと平穏な生活を送りたいだけだ! 僕達が一緒にロザミィの兄さんになってあげればそれで良いんですよ!」
『貴様とロザミアの兄を演じろと言うのか? 冗談ではない、貴様の存在自体がロザミアに悪影響を及ぼしている事に気付け! 強化人間は、貴様ら天然のニュータイプが居るから生み出されたんだぞ! 全て、貴様らニュータイプが――』

 

 強化人間の苦しみがいかほどのものなのか、カミーユには本当には知らない。しかし、フォウやロザミアは確かに苦しんでいた。その波動を受け取り、感じたカミーユは少なくとも強化人間の苦しみが存在する事を知っている。
 しかし、その苦しみの矛先を、ニュータイプという存在に向けるのは違うと思う。本当に怒りをぶつけなければいけないのは、強化人間を生み出した者だ。ゲーツの言う事は、間違っている。

 

「ゲーツ! そんな考え方だけじゃ――!」
『黙れッ!』

 

 バウンド・ドックの左腕に握られたビームライフルが差し向けられ、Ζガンダムを狙う。ビュンビュンと飛来してくるミノフスキー粒子の束に晒されながらも、ワイヤーに繋がれたドダイとその上に乗る2機はまるで風に流される凧のようにゆらゆらと揺れた。
 エネルギーの奔流が大気を震え上がらせ、突風が吹いたように振動を感じる。ゲーツの苛立ちがそうさせているように、カミーユには感じられた。強化人間のニュータイプへ向けられる嫉妬や羨望の類の感情だとは、考えたくはない。
自ら望んでニュータイプに覚醒したわけではないのに、そうなってしまったと言うだけで憎まれる対象にされてしまうのは人生において大きな損だ。誰も、端から争いを好みはしないというのに。

 

『ニュータイプはニュータイプを殺す道具だ! それを最も良く体現しているカミーユ=ビダンは、哀れだな! その哀れさは、いずれロザミアも殺す! かつて貴様がそうした様に!』
「ゲーツ…ロザミィに拘りすぎだ!」

 

 Ζガンダムはドダイから飛び上がり、反転してワイヤーをビームサーベルで切った。ピンと張りきったワイヤーを切られ、その反動でワイヤーが伸びていた右腕がノック・バックする。

 

「ふっ、ロザミアから離れるとは、結構!」

 

 拡散メガ粒子砲を構え、飛び上がったΖガンダムを狙う。バウンド・ドックの左腕から傘のように広がる光の筋がΖガンダムを覆い尽くすように襲い、しかしその中でカミーユは怯むことなくバウンド・ドックを見据えた。
 ゲーツは、ロザミアを取り戻そうとするあまり作戦行動が出来ていない。それが強化人間の業と言うならば、それは身も蓋も無い言い方だ。しかし、考えようによっては、ゲーツは仲間意識を持つ強化人間とも言える。
戦闘能力に特化した強化人間も、戦うためだけの存在ではなかったのだ。普通の人間と同じ様に同胞を思うことが出来る――ニュータイプとしての存在にもし、希望が持てるのなら、ゲーツと分かり合うことで強化人間を救うことも出来るのではないかとカミーユは考えた。

 
 

 Ζガンダムのロング・テール・バーニア・スタビライザーが斜め後方に伸び、シールドを前面に構えて突撃の姿勢をとる。カミーユ=ビダンの存在に憎しみを募らせるゲーツであるならば、その鎖を断ち切るにはどうすればいいのだろうか。
考えるよりも先に、カミーユは動き出していた。彼の感性が理屈を抜きに、原因を突き止めようと無意識に体を突き動かした。
 拡散メガ粒子砲の光をシールドで受け流しながら、Ζガンダムは高速でバウンド・ドックに肉薄した。光の網を潜り抜けてきたその姿を目の当たりにし、ゲーツは流石に驚きを隠せない。殆ど回避行動もせずに、無傷で襲い掛かってくるΖガンダム。
まるで、不規則な拡散メガ粒子砲の光の全てがどこに伸びているのかを全て感知しているかのように、カミーユは突っ込んできたのだ。そのニュータイプとしての可能性の強大さに、同じ存在であるはずのゲーツですら畏怖を抱かざるを得ない。

 

「そ、その人と思えない勘の鋭さ! それが俺達強化人間をどれだけ苦しめると――」

 

 目の前に現れるΖガンダムを見開いた瞳で見つめ、ゲーツは言葉を濁す。バウンド・ドックの右腕のクローが、Ζガンダムを掴もうと半ば反射的に伸びた。
 しかし、カミーユはサイド・スカート・アーマーからビームサーベルを取り出し、左腕に握らせるとバウンド・ドックのクローを下から撥ね上げる様に切り飛ばし、続けて右のマニピュレーターにも同様に握らせた。
 右のビームサーベルを逆手に持ち直し、バウンド・ドックのスカート部分に突き立て、縦に切り裂く。クローを切り飛ばした左のビームサーベルは、返す刃で右腕の肩口から薙ぎ払うように頭部を吹き飛ばした。

 

「そのMSから出ているサイコ・コントロール的な何か! 消えろッ!」

 

 スカート・アーマーに刻まれた裂傷部分から小爆発が起こり、バウンド・ドックは沈黙する。Ζガンダムがウェイブライダーに変形して離脱すると、糸の切れた操り人形のように頼りなく四肢を不規則に揺らしながらバウンド・ドックは落下していった。
そして、Ζガンダムが再びドダイの上に着地すると、メイン・カメラが振り返った先で爆発するバウンド・ドックから飛び出していく物体が見えた。カミーユの世界のMSには常識的に装備されている、コックピット兼脱出装置が作動したのだ。

 

「あれを回収できれば――」

 

 カミーユの考えている事。彼は、ゲーツを招き入れることで和解を果たそうと思っていた。そのために、邪魔になるのはサイコミュ・システムを搭載しているバウンド・ドック。
サイコ・ガンダムに似た悪魔の波動を感じた彼は、それを破壊する事で強化人間の業を振り払おうと考えたのだ。それが果たして正解なのかどうかは分からない。しかし、確かな事としてサイコミュに当てられていないロザミアは比較的安定していた。
その事実を鑑みれば、ゲーツもきっと落ち着いて話に応じてくれるとカミーユは思いたいのだ。
 バウンド・ドックから放り出された脱出ポッドが、幸いにも海に向かって落ちて行く。長い茶色の煙の尾を引きながら、オレンジの球体は頼りなく緩く回転している。
 それを追おうとドダイを方向転換させたときだった。突如として目の前に現れたのは、オールドタイプの中でも強い力を持つテクニシャン。黄色い円盤に乗ったブラン=ブルタークが、まるでカミーユの目的を分かっているように立ち塞がったのだ。

 

「強化人間をやったのか? 流石のゲーツ=キャパも、黒いガンダム2機相手では分が悪かったらしいな」

 

 マス・ドライバーのサブ・コントロール・ルームが見つからない以上、最早アークエンジェルの打上を阻止する手立ては無い。しかし、ライラは分かっていた。ブランが考えている通り、彼女はアークエンジェルそのものの破壊に取り掛かったのだ。
女性でありながらも、優秀だと思う。いや、その考えはフェミニストのする事で、軍人として見れば当然の判断と言うのが指揮官であるブランの立場としての物言いだろう。
 だが、アークエンジェルにはストライク・フリーダムがたった1機で獅子奮迅の活躍を見せ、加えて残ったザフトも最後の抵抗を見せている。オーブ側にとって、アークエンジェルの打上げの終了が作戦の終了なのだから、当然と言えば当然になるか。
 カミーユ達の前に躍り出る数瞬の間に考えを巡らせたブランは、アッシマーを滑らかにMS形態に変形させると、最短の動きで大型ビームライフルを差し向けた。

 

「アッシマー!?」
『危ない、お兄ちゃん!』

 

 不意打ちの一撃が放たれる。如何にニュータイプのカミーユでも、ゲーツを撃墜して油断したところを襲われれば一溜まりも無い。
 その前に、ブランを知っているロザミアが出足良く反応し、ガンダムMk-Ⅱの体を押し付けてドダイからΖガンダムを突き落とした。

 

「ロザミィ!」

 

 アッシマーのビームに吹き飛ばされるガンダムMk-Ⅱの右腕。肩からごっそりと持っていかれ、バランスを崩したガンダムMk-Ⅱはまっ逆さまに落下していった。
 もし、ロザミアの助けがなければ、Ζガンダムはアッシマーのビームに貫かれて致命傷を負っていたことだろう。カミーユが焦りと驚きでガンダムMk-Ⅱの行く先を追っていると、何とか片腕で持ち堪えたロザミアは体勢を取り直し、ドダイで低空を飛行していた。

 

「貴様ッ!」

 

 危うくロザミアを失いかけたカミーユが、アッシマーの行為に怒らない訳が無かった。カミーユはフット・ペダルを強く踏み込み、最大出力でΖガンダムを空中に伸び上がらせる。バルカンで牽制し、右のマニピュレーターを沿えて左腕を差し出した。
シールドの隙間から、きらりと光る2つの弾頭。両腕部に内蔵された、グレネード・ランチャーだ。良く狙いをつけて発射されたそれは、普通のグレネード弾とは違う。Ζガンダムのグレネード弾は、通常の弾頭とワイヤー付きの二種類があるのだ。
そして、カミーユが今、放ったのは――

 

「紐付きのグレネードだと!?」

 

 Ζガンダムの腕部に装備された小型の弾頭。破壊力こそ大きくは無いが、多目的に使用できるこの武器を、カミーユは好んで良く使う。
 ブランは、追尾性能も無いグレネードに油断していた。特に空中での機動性に難があるMS形態では、必要以上の回避運動を嫌う。それが、付け入る隙になったのかもしれない。
紙一重でかわすテクニックを持っているだけに、弾頭の尾に細く伸びるワイヤーに気付くのが遅れたのだ。ワイヤーは一回ビームライフルに絡みつくと、そのまま先頭の弾頭が引っ掛かった反動で回転運動を始め、纏わり付く様に絡め取った。
後は、Ζガンダムが腕を引いて取り上げるだけだ。

 

「おのれ、ガンダム如きがッ!」

 

 一つ目のアッシマーに拘るブランは、双眸を持つガンダム・タイプのMSが嫌いだ。スタイリッシュに洗練されたそのスタイルが、如何にもヒーロー然としていて鼻に付くのだ。
戦争という醜い争いの中で、美しさを際立たせようとするガンダムは、軍人をしている自分を愚弄された気分になる。戦争で使用される兵器というモノは、アッシマーの様に無骨で職人気質なモノでなくてはならない――
そう考えるブランだからこそ、小癪な手段で唯一の武器であるビームライフルを取り上げられた事が腹立たしい。ビームライフルを取り上げられると言う事は、即ち絶対に守り抜かなければならない虎の子を失くしたという事だからだ。
 ワイヤーに手繰り寄せられ、無様にも宙を舞うアッシマーの大型ビームライフル。即座にブランはアッシマーを機動させ、取り返そうと手を伸ばした。

 

「落ちろッ!」

 

 カミーユは、そのブランの焦りを見逃しはしない。ワイヤーが伸びる左腕を引き、更に大型ビームライフルを引き寄せると、代わりに自分のビームライフルを取り出した右腕を前に突き出し、無防備なアッシマーを狙った。
しかし、何発も放たれるビームは、全てブランの巧みなMSコントロールで外されてしまう。この男、どこまでもアッシマーを知り尽くした男なのだろうか。未だ新たなΖガンダムの操縦性に苦心するカミーユとは対照的に、ブランのテクニックは優れていた。

 

「けど!」

 

 アッシマーのビームライフルを取り返そうとする動きを逆手にとり、カミーユはブランを翻弄するようにワイヤーを切り離した。支点を失ったワイヤーとビームライフルは、急にその軌道を変えてあらぬ方向に飛んでいく。
ブランはこれをチャンスと思ったのか、珍しく焦って行動を早めた。
 それが、唯一の失態だった。遠くからビームライフルで狙ってくる分には、ブランの卓越したテクニックで回避する事が出来る。しかし、カミーユが取った行動は――

 

「向かってきただと!?」

 

 MS形態に於ける、空中での機動力はΖガンダムの方が上。その利点を活用し、カミーユはロング・ビームサーベルを構えてアッシマーに突撃したのだ。
 ブランがやっとの思いで掴んだビームライフル。しかし、取り回してΖガンダムに照準を合わせようとした時、既に目の前まで迫っていた。大きく振りかぶり、降ろされるロング・ビームサーベルはトリガーを引く直前のアッシマーの腕を切り飛ばした。

 

「こ、小僧!」

 

 片腕と武器を失ったアッシマーに、Ζガンダムと争うだけの力は残されていない。怒りに歯を軋ませるも、ブランには撤退するしか道が残されていなかった。瞬間的にアッシマーをMAに変形させると、ブランは悔しさを滲ませながら撤退していった。

 

 カミーユとブランの二度目の対決は、C.E.世界に於けるブランの初めての敗北と言う形であっけなく幕を引いた。

 

「逃げた――そうだ、ゲーツは!?」

 

 しかし、その代償は大きい。ブランが乱入した事で、ゲーツを乗せた脱出ポッドの行方を見失ってしまったのだ。アッシマーの撤退を確認したカミーユが慌ててその行方を捜すも、何処に落ちたのかが皆目見当が付かない。
意識を集中し、ゲーツの気配を探ろうと試みるも、こういうときに限って勘が働かない。バウンド・ドックのサイコミュ・システムが途絶えたからか、ゲーツ本人が気絶してしまっているのかもしれない。
 ニュータイプといっても、不便なものだ。カミーユは自らが感じていた観念が正しい事を再確認し、森の影に不時着しているガンダムMk-Ⅱを見た。立ち上がり、こちらを見上げている様子を見るところ、どうやらロザミアも無事で、落ち着きを取り戻してくれたらしい。

 

「アークエンジェルに急がなくちゃ……」

 

 ゲーツとブランを撃退できたといっても、作戦が終了したわけではない。アークエンジェルの周囲では、キラが頑張って持ち堪えてくれているはずだ。カミーユは呟くと、再びガンダムMk-Ⅱとドダイに乗って激戦の続くマス・ドライバーに向かって飛び立っていった。