Ξ-seed◆238氏第01話

Last-modified: 2007-11-29 (木) 21:56:09

「レーンにいえっ! ガンダムを誘導しろと!」
 ケネス・スレッグ大佐の怒声が響く。
 ここ、オーストラリアのアデレートでは、マフティーとキルケー部隊の戦いに決着がつこうとしていた。
 母なる地球をまもるために、地球に住む人間は宇宙に上がれと主張し、そのような体制を生み出す根源となった地球連邦政府の閣僚の粛正を行なったマフティー。
 マフティーが、そんなテロリズムにはしる気持ちがわかるような気がしながらも、軍人として己の務めを全うしようとする、キルケー部隊のケネス。
 固い友情結ばれたはずの二人の戦いは、今終ろうとしていた……。

「チィッ!」
 レーン・エイム中尉は焦っていた。
 手持ちのビーム・ライフルは破壊された。もはや自分にできるのは、ポイントまでヤツを誘導することだけである。
 それがレーンには悔しかった。
 あのガンダムもどきのパイロットの技術は、口惜しいが自分より上と認めざるを得ない。
 だが、だからといってレーンの敗北が決まったわけではない。むしろ、最終的な勝利は近づいているといっていいだろう。
 ポイントS-83のビルの間で、レーンは愛機ペーネロペーの動きを止めた。

 Ξガンダムのハサウェイ・ノアは、作戦の終わりを感じていた。
 このビーム・サーベルをペーネロペーに叩き込み、会議を中止させる。
 長い戦いだった。
 ハサウェイは、本当にそう思う。
 だが、感傷に浸っている暇はない。
 ハサウェイはΞガンダムの右マニュピレーターを振り上げた。その手にはビーム・サーベルが握られている。
 Ξガンダムのビーム・サーベルは、ペーネロペーを捉え、致命傷を与えられるはずだった。
 しかし事態は……いや、運命は、ハサウェイに残酷な選択を与えた。
「ウグワ―――ッ!」
 身体中が業火に灼かれるというような感覚だ。
 しかし、痛みを感じたのは一瞬だった。そのあとは、光の中を漂うような感覚にハサウェイは包まれた。
 絶叫をあげたハサウェイにとっての意識は、そこで終わりになった。

 ――…………。

 目を覚ましたハサウェイの目に最初に映ったのは、見慣れない天井だった。
「……ッ……!」
 身体を起こそうとしたハサウェイの身に激痛が走った。
 自分は死んでいないのか?
 ハサウェイの意識が最初に感じたことだ。

 身体中から脂汗が吹き出るほどの痛みに、ハサウェイはまた自分が寝ているらしいベッドに身を預けた。
「まあ……お目覚めになられたのですね!……キラ、キラ!」
 ぼんやりと、ハサウェイの視界に美しい桃色の髪が目に入った。
 一時の後、恋人らしき男を連れて、桃色の髪の少女は戻ってきた。
「本当に……本当によかった」
「君たちは……?」
 ごく自然に声を出せたことが、ハサウェイには嬉しかった。
「あ、まだ起きてはいけませんわ……本当に酷い火傷ですのよ?」
「四肢は……あるのか?」
「え?……ええ、もちろん」
「そうか……」
 生き長らえてしまったか。
 いや、それこそ感謝すべきことなのだろう。
 マフティーに参加して、自身がマフティー・ナビーユ・エリンという仮面を被ってから今日まで、ハサウェイはあまりにも生き急ぎすぎた。
(ガウマンたちは……うまく逃げれただろうか……)
 ハサウェイがやられたのだ。アデレートでの会議を止めさせるという作戦は、事実上頓挫したと言ってよい。
 申し訳ない。
 ハサウェイには、そんな言葉しか浮かばなかった。
「キラ……私は、導師やマリューさんに知らせて参りますわ」
「あ、うん……」
 少女が部屋を出ると、見知らぬ男と……それも、ハサウェイよりもかなり年下と見える男との、妙な間が生まれた。
「助けてもらったようだな……ありがとう」
「いや……」
 と、男が反応する前にハサウェイは、自身が置かれている状況の、決定的な矛盾に気付いた。
 自分は、アデレートを攻めていて、その最中に意識を失った。おそらく、建設中との噂のあったビーム・バリヤーだろう。それはいい。
 問題は、なぜ自分がこんな場所で眠っているのかということだ。
 周りを見る限り、軍の病院といった雰囲気はないし、目の前の男……キラといっただろうか? にも、医者という風格は感じられない。
 第一、自分の目の前にはペーネロペーがいたはずなのだ。
 ハサウェイがビーム・バリヤーに引っかかったのだとすれば、それこそペーネロペーのパイロットが、真っ先に自分の捕獲するはずなのだ。
 おかしい……ハサウェイの嫌な予感は、ますます深まった。
「キラ君といったかな?」
「あ……はい」
「アデレートでの会議は、どうなったか分かるかい?」
「アデレート……?」
「マフティーの電波ジャックがあったろう?」
「マフティー?」
「知らないのか?」
(……そんなはずはない。マスコミは連日マフティーを取り上げているし、特別番組もこれでもかというくらいにやっている。そんなはずは……)
「では、質問を変えよう。ここはどこかを教えてもらえるか?」
「ここは……オノゴロ島ですけど……」
「オノゴロ島? 聞いたことがないな?」
 いまいち噛み合わない会話に、ハサウェイは、ふとこんなことを聞きたくなった。
「君は……宇宙世紀という言葉を知っているか?」
「いえ……暦ですか? 統一暦とか、コズミック・イラが一般ですけど……」
 全身の痛みすら忘れてしまうような返答が、ハサウェイに返ってきた。
 ニュータイプとか、νガンダムの奇跡とか、説明のつかないことは世の中に幾らでも溢れているが、タイムスリップなどは、人がその生活圏を宇宙へと拡大しても、いつの時代も空想の産物であり、映画の世界だけでの話であった。
 第一、本当にタイムスリップなどということが出来たら、人は過去という呪縛に苛まれることはなくなるし、苦しみや悲しみといったことからも解放される。
 それは不幸である。
 たとえばハサウェイにとって、クェス・パラヤのことは確かに悲惨であり、ハサウェイの鬱病を生み出すきっかけにはなったことではあるが、だからといって、苦しみから解放されることを求めてクェスのことを忘れてしまうのは、それは切ないことである。
 人は、何かしら業を背負って生きていかなくてはならないのだ。
 ハサウェイが見つけた、真理の一つである。
 アムロ・レイも、シャア・アズナブルも、父であるブライトも、皆何かを背負って戦い、生きていた。
 それは、戦士である限り不変なのだと、ハサウェイは思う。
「そうか……」
 ぽつりと、ハサウェイが洩らした。
「? どうか……しましたか?」
「い、いや……」
 とんでもないことが続くな、我が人生ながら。
 そんなことをハサウェイは思ってしまって、苦笑してしまった。
「あの……」
「ン?」
「名前は……」
「ああ……すまない。助けてもらっておきながら。ハサウェイ。ハサウェイ・ノアだ」
「キラ・ヤマトです」
 握手をしようと精一杯差し出したハサウェイの左手は、包帯がぐるぐる巻きにされていた。視界のキラの表情を見たハサウェイは、こう言った。

「哀しい顔で笑うんだな? 君は」
「えっ……?」
 キラはそう言うハサウェイの瞳に見入ってしまい、全て見透かされてるような気がした。
「フン……すまない。困らせたようだな」
「…………」
 ――若いな。
 ハサウェイも偉そうなことを言える歳ではないが、キラという少年の純粋さは、痛いほどに感じた。この少年も、何かを背負っているのだろう。
「ここには、君たちの他にも人がいるのか?」
 話題を変えるように、ハサウェイが話をふった。
「あ、はい。他にも……」
「そうか。この部屋も借りてるんだろう? 挨拶くらいはしたいな」
「そんな……」
 そこまで話したところで、部屋のドアが開いた。先ほどの少女だ。
「あ……ラクス」
「ごめんなさい……皆様、今は、少しお忙しいみたいで。あの……」
 そう言って、少女が、チラリとハサウェイに目を泳がせたのは、錯覚ではない。
「君も……ありがとう」
 そんな少女の視線は気付かなかったことにして、ハサウェイは感謝を述べた。
「いえ……」
「ハサウェイ・ノアだ」
「私はラクス・クラインですわ」
「よろしく。ミス・クライン」
 八割は包帯で埋められた顔の、眼だけでハサウェイは笑った。
「ふふっ」
 返すように、ラクスも笑う。
「何か、不都合なことはございませんか? 喉が渇いたとか、お腹が空いたとか」
「そうだな、水は欲しいな。食料は……まだ、身体が受けつけないような気がする」
「そうですか……」
「あ、ラクス、僕が行くよ」
 そう言うとキラは、水呑みを持って、水を汲みにいく。
 キラは、そっとハサウェイの背中を支えるようにして、口元に水呑みをゆっくりとあてがう。喉へと水が落ちてゆく。
「ああ……」
 声にならないような声で、ハサウェイ感嘆はした。
 食道を通って、身体の隅々まで水分が行き渡っていく感覚。
 渇ききった身体が満たされていく感覚は、素直に素敵だと思えた。
「……ありがとう」
 一言言って、ハサウェイは、また目を閉じた。
「眠りますか?」
 キラが優しい声で言う。
「ああ、そうしたい」
 別世界に来てしまった自分。
 ハサウェイには、その事実を変える力もないし、術も知らない。
 ならば、状況に身を委ねてしまった方が楽だ。考えたり、行動するのは後でいい。

 満たされた気持ちで、ハサウェイは目を閉じた。
 だが、ハサウェイはまだ知らない。
 少なくとも、このコズミック・イラという“時代”が、ハサウェイを求めていることを。

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