◆BiueBUQBNg氏_GジェネDS Appendix・序_10

Last-modified: 2014-03-10 (月) 16:14:41
 

 /33rd scene

 

 赤黒く輝く異様なビーム砲に炙られ、トライアは枯れつつあった。モビルスーツではあっても、死んだ植物のように萎び、色褪せて茶色くなりつつある。機械よりも生物に近い。

 

 「動け!動け!動け!!」

 

 それを見つめることしか出来ないコウの声は、最早人間のものではなくなっていた。ビーム砲が停止する。トライアの姿は、浜辺に流れ着いた流木に近い。
 潰された左腕を何度も何度も岩盤に叩きつけ、強引に機体を小惑星から引き剥がすことに成功した。それでもスラスターの半分以上が破壊され、満足に動くことすら出来ない。機体の質量が重過ぎるのだ。

 
 

 「ウラキ機、アーマー放棄!」
 「死ぬつもりか!?」

 

 リリー・マルレーンのブリッジに悲鳴にも似た報告が響く。モニターに写る百式改は、左腕が潰され、右足がもげ、装甲が傷だらけで今にもバラバラに分解しそうだ。トーチカの有る小惑星にとりつくのには成功したものの、微妙な動きは望むべくもない。満身創痍の状態で無様にバスター砲へと這いずっている。だが、百式改特有の傲然たる面構えと黄金の輝きは、色あせていない。

 

 「ウラキ大尉!バスター砲を掴んだらトーチカを捨てて3204に移れ!敵の攻撃はこのトーチカに集中している」

 

 ライデン機からの緊急通信が響いた。

 

 「嫌だ!!時間がかかれば、それだけトライアが傷つく!ここから撃たないと、トリエが危ない!」
 「お前が死ぬぞ!!」

 

 何を言っているんだ、この似非赤は?よく聞こえていないらしいから、通常回線、非常回線、予備回線、全て使って聞かせてやる。

 
 

          「構うか!!トリエのいない世界になんか、何の興味もない!」

 
 

 /34th scene

 

 「完全に我を忘れてやがるな……副司令官殿!砲手を更迭し、ライデン中佐への委任を意見具申します」

 

 リリー・マルレーンのブリッジで艦長のデトローフ・コッセルが操舵盤から顔を上げ、発令席にミネバと並んで座っているマツナガに、半ば以上理性を失った声でいった。

 

 「ウム……」

 

 マツナガが呻く。だが雷鳴のように割って入った声があった。

 

 「この玉無し共が!!アンタらがコウの坊やに命令したんだろう。やるっていってるんだ、やらせるべきだろう! 自分の仲間を、信じられないのかい!?」

 

 マハー・カーラーへの突入態勢を整えていたシーマからの通信だった。艦長が上ずった声で言い返す。

 

 「でもシーマ様、あいつは連邦の……」
 「あたしゃ、故ありゃ肩入れするのさ!」

 

 それでも艦橋はなお混乱していた。が、この場に最も似つかわしくない、少女の冷静な声がそれを鎮めた。

 

 「ウラキ大尉に任せろ」

 

 ミネバがつぶやくようにいった。

 

 「しかしミネバ様、あの者は個人的への勝手な愛情に凝り固まっております。あのような無謀な愚行は、彼自身の生命にも危険が……」

 

 マツナガが諭そうとするや、ミネバは急に色をなし、目を吊り上げて言った。

 

 「無礼者!父上も、母上と私が逃げる時間を稼ぐために、自らビグ・ザムを棺桶として討ち死になさったのだぞ。うぬはそれを愚行と言うか!?」

 

 マツナガは思いもかけないミネバの激昂に少し戸惑っていたが、幼い頃からプライベートでは俺・お前の仲で通していたドズル・ザビを相手にしていたときを思い出し、勝手を取り戻した。
 全く、ドズル、見た目からは分からないが、お前さんそっくりだよ。

 

 「……畏まりました。まさに、あれこそがジオン軍人の伝統というものでしょう」
 「分かればよろしい」

 

 育ちのいい人間特有の切り替えの速さで、ミネバは答えた。だが問題はこれだけではない。レイラ・レイモンド中尉のαアジールから緊急通信が入る。

 

 「しかし、先ほどの砲撃でビット・モビルスーツは実弾の5割を消費し、対空砲火も再開され、ビットの2割が使用不能となっています。これでは有効な打撃が……」
 「いいや、実弾はある!ムラサメ中尉、レイモンド中尉、実弾攻撃の代わりに、全ビットをマハー・カーラーに激突させろ!」

 

 トーチカの周囲を警備する工兵隊を指揮するガトーからの通信が割って入った。

 

 「いいんですか?あの中には中佐の……」

 

 ゼロ・ムラサメ中尉が騎乗するαアジールから疑問の無線が入った。だが

 

 「構わん!旧式の機体なぞ、いい機会だから処分してしまえ!」

 

 感傷を振り払うように言い捨てると、ガトーは、自らが騎乗しているギラ・ドーガと同じ色に塗装されたゲルググがあるはずの空域に目をやり、思った。

 

 (お前がかつて『ソロモンの悪夢』と呼ばれた私の空蝉ならば、我が想いを、守れ)

 
 

 /35th scene

 

 この距離からは効果がない対空砲火がマハー・カーラーからトーチカへと集中していた。周囲を弾丸の軌道が包む。
普通ならばなぜ弾丸を無駄遣いするのか、トライアを破壊したい理由でもあるのかと疑問に思うところだが、コウは完全に理性を失っている。
 百式はもう、スクラップにしか見えない。それでもコウが健在の右腕をバスター砲へと伸ばすと、無事接続が行われたことを示す、気の抜けたような電子音が鳴った。いける! 狙撃用バイザーを後ろの天井から引っ張り出し、手動で顔の前へと持っていく。エネルギーの最充填まで、あと10秒。

 

 丁度その頃、監視カメラをハッキングしてその模様を注視している面々があった。避難シャトルに乗っている。

 

 「おい、これ、あの連邦のアンちゃんじゃねえか?」
 「金色だしな」
 「動かし方のクセも似てる。しっかし、隅に置けねーなー」

 

 モニターを眺める一団の中に、以前コウを殴打した痩せた男もいた。

 

 (すまねえ兄ちゃん、後で俺のこと、好きなだけ殴ってくれ。だから、サイド3を救ってくれ……)

 
 

 「マハー・カーラー、再び主砲発射態勢に入りました!」

 

 絶望的な声がブリッジに響き、有線通信を通じて百式に届く。だがコウの耳には入らない。

 

 撃った。

 

 タッチの差で、コウが早かった。主砲”ガルダ”のために充填されていたエネルギーが大慌てでIフィールドへとまわされ、結果として双方が中途半端なものとなり、バスター砲に圧殺された。マハー・カーラーの姿は、一年戦争におけるソロモンを上回る悲惨なものとなった。なお捕虜の証言によると、対空砲の観測要員であった同僚からの通信が

 

 「悪夢だ!ソロモンの……」

 

 を最後に途絶したという。

 

 だがそれもこれも、後になって分かったことだ。

 
 

 /36th scene

 

 「ええい、何故だ……なぜ私の言ったとおりに動かん!」

 

 砲撃で酷い打撲を負ったらしいラウ・ル・クルーゼが、よろけつつも極秘のCPUルームに入りながら悪態をつく。目の前にはレギオン――トリエルの姉妹――が複数のコードに接続され、緊縛されている。

 

 「だが仕方ないか…敵があれだけの武器を持っているなど、計算外だった。このチャトゥルブジャ(サンスクリットで4つの武器を持つ者、という意味)の、対空砲、ガルダ、それ自身に続く最後の武器を見せてやる……自爆させ、この空域をデブリで満たせばサイド3は実質上機能不全に陥る」

 

 突然、操作パネルが吹っ飛んだ。慌てて部屋の入り口に視線を移すと、シャギア・フロストが、片手で拳銃を構えていた。

 

 ――馬鹿な、同志のはずだ。自分のような忌まわしい存在を産んだ世界への復讐。自分たちを認めず、同士アイン・レヴィを葬り去った世界への復讐。動機は違えど共に世界を憎み、サイド3に壊滅的打撃を与えることで憎悪の連鎖を巻き起こそうと計画していた筈だ――

 

 「貴様は、我が兄弟のタブーを犯した」
 「同じ肉体と魂を持ったもの同士を争わせるなんて、僕らにとっては冒涜以上だよ」
 「ま……待て、誤解だ!」
 「問答無用」

 

 シャギアの拳銃が火を噴き、放たれた弾丸はクルーゼの頭を吹き飛ばした。

 

 「さて……この姫君をどうしたものか」

 

 だがオルバは既に、レギオンを解放する作業を始めていた。

 

 「兄さん、実は僕、妹が欲しかったんだ」
 「奇遇だな、オルバよ。私もだ」

 
 

 「トリエーーッ!!」

 

 トーチカのケーブルを接続し、鉄屑同然の百式を無理やり動かした。肘の部分から切断されたトライアの左腕の下に右腕を回し、モビルスーツ整備プラントがある小惑星へと連れて行った。エアロックへと連れ込み、モビルスーツ用スイッチを押して与圧する。気圧が十分なものになったことを確認すると、ヘルメットを脱いでコックピットから飛び出した。
 仰向けに寝かせておいたトライアへと駆け寄る。トライアは生気を取り戻しつつある。自己修復を開始したのだ。
白茶けた色は濃い灰色を取り戻し、切り落とされた手足の切断面からは早くも芽らしいのが顔を出している。その分の資材を百式から吸収しているのだ。ものすごい音を立てて倒れた。分解されている。もはやモビルスーツでもなんでもない。
 しかし、コウにはそんなことに気がつく余裕はない。大急ぎでトライアの腰に乗り、ハッチの右下にある強制開放ボタンを押す。ブォンという音を立てて隙間が開いた。普通ならハッチが吹っ飛ばされるはずだ。まだ万全ではないのか。
 隙間に手を差し入れ、ハッチをこじ開けようとする。あまりの熱さに一瞬ひるむが、すぐに作業を再開する。ノーマルスーツの焼ける嫌な音と匂いがするが、今はそれどころではない。

 

 「トリエ、大丈夫か!?」

 

 目は閉じている。しかし胸は小刻みに上下している。生きている。安堵した。ヘルメットを脱がせ、肩を揺さぶった。

 

 「ア……ウラ、キ……サ……」

 

 安心のあまり脱力する。手が肩から床に滑り落ちる。

 

 「ああいう時にさ……それに、初めてカタコトでなくて、それが、さよならなんて……悲しいじゃないか」

 

 自分でも何を言っているのか分からない。後から後から、涙が溢れてくる。

 

 「ダ……メ……タスケ、テモラッタトキ……ノ、コ……トバ……シーマサ……イッテ、タ……」
 「そうだね」

 

 微かに微笑みながら、いった。

 
 
 

 「「ありがとう」」

 
 
 

 そのとき、トリエもつられて微笑んだ。コウにはそれが、大輪の花が開いた様に見えた。

 
 

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